1. ミモリラジオ-自然の面白さを聴く
  2. #47 樹木の成長率は実に"2倍"..
2023-06-07 23:08

#47 樹木の成長率は実に"2倍"。サケが還る森の豊かさと日本古来のサケカルチャー〜サケマス編・その3【ミモリラジオ】

【サケマス編その3】 サケがいる森の豊かさ / 北海道の森はサケが作る / 山から海へ「落ちていく」栄養素 / サケが重力に逆らい栄養を運ぶ / 立ちションをしろ!ノダカズキの師匠 / どれくらい栄養を運ぶのか? / アラスカでの研究 / 森のリンの60%がベニザケ由来だった / 樹木の成長率が2倍に! / クマのご飯でもある / 100種類以上の鳥や哺乳類がサケを食べる / カモメが山にやってくる! / グルメなヒグマの食べのこし / クマ1頭が700匹のサケを運ぶ / 「好き嫌いのおかげ」で豊かになる森 / サケは増えてるのか?減ってるのか? / 明治時代は1000万匹 / 1880年に始まったサケの放流事業 / なぜか放流して減るサケ / 突然爆増したサケ / 放流技術の進歩だと…思っていたが…? / 乱獲と気候変動 / 海をかき混ぜるアリューシャン低気圧が創る、豊かな海 / 20~30年周期で変わるアリューシャン低気圧 / 気候レジームが創るサケのサイクル / 縄文時代へ!温暖な5000年前 / 海の中だった釧路湿原 / サケの分布は青森県までだった / 寒冷化した地球では千葉まで分布している / 温暖化が起こるとサケの分布も変わりそう / 美味しさの結晶〜サケの保存法 / 北海道〜東北の「荒巻鮭」と新潟中心の「塩引き鮭」 / 凍るフレッシュな荒巻鮭 / 低音発酵する塩引き鮭 / 新潟に食べに行ったノダカズキ / 100種類以上の塩辛天国〜村上 / 土に埋めて保存していた古代北欧 / サケを影響に保存する魔法「グラブラックス」 / アイヌ文化と鮭について / あまり鮭を食べていなかった? / 10世紀にサケエリアへの移住が起こった / 食べるためじゃなく交易のための狩猟へ / 北海道東部に「ワシの羽」目的で移住 / アイヌはどこで鮭漁を? / 川の中流でサケを獲る / 川の方が効率的だった / 江戸幕府の凄まじい交換レート / 川の鮭は脂が落ちて保存しやすい / 塩の供給で交易用サケは成り立たなくなった / 時代により大きく変わるアイヌの鮭文化 / 次回「日本が作るチリ産サーモン」     【今回の写真】 カリフォルニア・ゴールデントラウト。

淡水に暮らすと、それぞれの環境が隔絶されます。

それぞれの環境に適応することで、種類の多様さが生まれる...。

それはウミガメ編で登場した概念でした。

淡水に暮らすサケ科のバリエーションの豊かさは、これを思い出させます。

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※収録に際しリサーチしておりますが、きままな自然トークのため厳密な考証は行なっておりません。   ※内容は諸説あります。


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ミモリラジオ。このポッドキャストは、自然界から一つのテーマをピックアップして、その面白さを深堀るトーク番組です。
ファースな日程を伝えます。ミモリのアンディです。
はい、ミモリの野田和樹です。
サケマス編第3回でございます。
いやー、混乱したんじゃないかな。
いやー、前回、過去最高難易度でした。
ね、ベニジャ系、キメマス、サクラマス、ヤマメ、いっぱい出てきたもんね。
研究者の間でも結論が出ていないし、僕もなんかすごい考えながら話を聞いてる感じだったんですけれども、
はい。
今回は比較的簡単になっていくっていうことでいいのかな。
そうだね、今回ちょっと生態系、鮭がいることで、どういう風に森の豊かさが保たれているのか。
そっかそっか。
ということは、マスは今回?
出てこないです。
あ、安心です。
ほぼ出さないです、マスの単語は。
はい。
北海道って森が豊かって言うじゃないですか。
すごくよく言われるね。
これほぼほぼ僕は鮭だと思っていて、九州の川とかって鮭登ってこないんですよ。
そうだよね。
北海道から鮭が登ってくるじゃないですか。
ってことは、基本的に全ての有機物、栄養っていうのは重力に従って山から海へどんどん降りていってるんですよね。
なので、上の方にある山とかは栄養がどんどんなくなっていってるんですよ。
そうだよね。森とか山で作られた栄養が海に流れ込んでいくっていうことだよね。
そう。なので、鮭がその海に流れ込んだ栄養を重力に反して戻してくれてるんですよね。
そうだよね。そういうことだね。あるよね。
だから、北海道っていうのは、こんだけ鮭が戻ってきているので、森が豊かって言われたりします。
あと、僕の自然の師匠がいるんだけど、すごいタチションしろって言うんですよ。
栄養を?
栄養を。
なるほどね。
人間という生き物は田舎で農作物とか牛とか作って都会に持っていくじゃない。
ってことは有機物が都会に集まってしまうと。
なので、お前は札幌で買ったセコマのおにぎりを食べて同等でのぐそをするんだっていう話を何回もされてるんですけど。
栄養をこっちに持ってこいと。
そう。持ってこいと。でもみんなのぐそしたくないじゃないですか。
まあそうだね。
っていうのを代わりにやってくれてるのがこの鮭ですね。
でね、鮭がどのくらい森へ栄養を戻すのかを研究した人がいるんだけど、
これね、ワシントン大学のドナルドソンっていう人が研究してて、
これはね、世界最大の紅鮭がいるアラスカのイリアムナ湖で研究してます。
で、ここの研究によると、
イリアムナ湖のリンの供給量、植物に必要な三大栄養素はカリウム、窒素、リンなんだけど、
ここのリンの60%が紅鮭の死骸によってもたらされることがわかってます。
そうなんだね。本当に紅鮭のおかげで森が回ってるんだね。
本当にそうですね。
あとカナダの研究によると、最初に言ったんだけど、鮭が蘇生する森とそうでない森の樹木の成長率、2倍違います。
そのリンの60%っていうのがね、裏付きになってる感じがあるよね。
樹木の年齢、見ると1800年代の方が1900年代よりも年齢の間隔が広いそうです。
03:02
ということは1年に大きくなるペースが早いということになるね。
早い。ということはこの1800年代の方が鮭の蘇生の量が多かったことがわかったりします。
紅鮭がたくさんやってくる水産物の話だよね。
あとクマも重要な鮭を使う動物なんだけど、よく獲っているよね。
鮭はいろんな動物の餌になってるんだよね。
北米だと100種類以上の鳥、哺乳類が鮭を餌として使ってます。
この北海道白尾町においても、秋になって鮭が川を登ってくると、普段海にいるカマメが山に来るんだよね。
すごいよく見かけるよね。
鮭が移動するところに、みんな餌を食べに移動してきてるからね。
鳥がすごい来るんだよね。
っていうのが見られる。
これね、クマもすごい大事な役割をしていて、よく美味しいところしか食べないって聞いたことないから。
いくらばかり、内臓ばかり食べるって聞いたことがある。
最後の方の脂が抜けた鮭は、皮の部分だけを食べる。
へー、そんなこともあるんだ。
ヒグマってめっちゃグルメなんですよ。
ただこのヒグマっていうのが、グルメで好き嫌いめっちゃ多いのね。
森に鮭を持ってって捨てるんですよ。
なるほど。
これがめっちゃ大事です。
すごくそれで森に栄養が直接供給されるんだね。
これがね、北米の論文に書いてあったのが、クマ一頭が鮭を年間2000キロ食べます。
すごい量だね。
約700匹を鮭を森に持ち込み食べます。
ほぼほぼ美味しいところだけ食べて、あと残半として捨てるので、好き嫌いっていうのはめっちゃ大事なんですよ。
確かに。それをめがけてキツネが来たり、タヌキが来たり、樹木が成長したりとか。
そうだよね、そうだよね。
ていうので、好き嫌いこそ循環の妙って僕メモしてるんだけど。
積極的にポイ捨てしてるからこそ森が回ってるっていうところがあるんだね。
そう、そう、そう、ていうのがあったりします。
あと鮭資源の変動。
川に戻ってくる鮭がどのくらい多くなったりとか少なくなったりとか。
よく数が減ってきているみたいな話を聞くことはあるけれども、本当のところはどうなのかということかな。
そう、ていう話をしておくと、明治時代の1890年、今から120年前ぐらいだね。
約1000万匹戻ってきてます。
すごい量だね。
すごいよね。
もちろん水底地だよね。
この時は石狩川、同王だけなんですよ。
だから今の同等とかの数は全然入ってないので、
めっちゃ戻ってきてたんだなっていう感じで大丈夫です。
1880年にこれ時に白鮭の人口付加、放流事業が始まってるんですよ。
そんなに古いんだね。
すごいよね。100だから40年前ぐらい。
放流を始めてから数めっちゃ減ってます。
06:01
どういうことなんだろうね。
グラフ見たら放流すればするだけ鮭が減ってるっていうグラフがわかるんだけど、
放流を始めてから20年ぐらい経った1900年から1920年は200万匹から400万匹ぐらいで、
この10年前とかは1000万匹戻ってきてたからね。
そういうことだよね。
だから数が半分以下っていう状況になってます。
ただそれどうしても推定値だから難しいなって思うところはあるよね。
これは実際戻ってきて捕獲した数ですね。
捕獲した数なんだ。
捕獲した数を、だからこれよりも本当はもっと多いんだと思う。
沿岸に戻ってきて捕獲した数ですねこれは。
なるほどなるほど。
だから半分以下になってるって感じだね。
1970年に戻ってくる鮭の数が爆増します。
そうなんだ。
爆増しますね。
それはまた漁獲量ベースでっていうことかな。
漁獲量ベースで。
これがなんで起きたかっていうと、
放流技術の進歩だとみんな思ってたんだって。
何が進歩したかっていうと、
今までは孵化した鮭を餌を与えずに海に戻してたんだけど、
この時ぐらいから1ヶ月間乾燥飼料を与えてちょっと大きくしてから、
数が増えだしたんだよね。
この放流事業の数が固定された後もどんどん数が増え続けたの。
おかしいねそしたら。
放流に関係なく鮭が増えてる状況ができてるんじゃないかっていうことだよね。
っていう感じですね。
2000年をはじめに今ちょっと減少傾向をたどってます。
この鮭の増減が放流でもないんですよ。
さっき見てきたけど。
卵殻でもないんだよね。
登ってくる数しか取れないもんねどうしても。
もっと大きな原因があってこれが気候変動ですね。
地球温暖化ではないですねここでいう気候変動は。
地球のサイクルみたいな話で。
鮭類が多く回遊しているのがベイリング海っていうところなんだけど、
ここでアリューシャン低気圧っていうのが強くなると嵐が起きるんですよ。
嵐が起きると海水がかき混ぜられるんですよね。
すると下に溜まってた栄養が上に上がってきて、
もう魚たちはフィーバーなんですよ。
魚たちがね。
魚たちは。
噛んじゃったけど。
プランクトンの量もそれで一気に増えて、
プランクトンを食べる魚の量がどんどん増えるっていうことだね。
前台風の話をみもりラジオでしたんだけど、
台風っていうのは人間にとっては災害なんだけど、
海の生物にとってはかき混ぜて栄養が戻るので、
有機物の量が増えるからっていう。
海にとってはめぐみですっていう話をしたんだけど、
まったくそれと一緒の話です。
このアリューシャン低気圧が強くなるか弱くなるかっていうのは、
09:01
2,30年周期で変わるんですよ。
そんな周期があるんだね。
これ気候レジウムがシフトするっていう風に論文にめっちゃ書いてあるんだけど、
このシフトが1924年と1947年、1976年、1997年で2,30年に変わってます。
1924年にアリューシャン低気圧が強くなるシフトになると鮭が爆増します。
栄養が海に増えてどんどん増えていくってことだね。
1947年、これ鮭が減る気候にシフトすると鮭減ります。
そういうことなんだね。
2000年以降は鮭が減るシフトなんですよ。
そうなんだ。あれけど去年ものすごく鮭多かったよね。
97年に変わってるんですよね。
そうなんだ。
もうそろそろ気候レジウムシフトが変わってもおかしくないっていうのは言われてます。
だからもし来年とかも多いのが続くのであれば、
この気候レジウムが変わったんじゃないかって言われてますね。
面白い。
人間が温暖化って言っちゃうけど。
あるいは放流がって言っちゃうけど。
もっと大きなところだったんだねっていう話ですね。
あとじゃあ縄文時代の話を少ししておくと、
今から5000年前から6000年前。
縄文時代で言うと終わり頃に。
終わり頃だね。
日本の気候は2度高かったらしいですね。
いいな。
そうだよね。
うらやましい。
現在串露湿原、これ海だったみたいですね。
そうなんだね。
だから5000年前、6000年前串露湿原海だから最近だよね。
ものすごい最近だね。
みもりラジオはすぐ万年単位になるから、
そこからするとものすごい最近っていう話です。
この串露湿原、当時は青森ぐらいの気候だったそうで、
当時串露から鮭の骨とかは出土してるんだよね。
食べてたんだね。
今の青森県の八戸より南側で鮭の骨見つかってないです。
そうなんだ。
温かかったから北原がもっと北の方にあったんだね。
北に行ってた。
今の南原は千葉県とか茨城県ぐらいなんだけど、
そこから南は鮭は行かないっていうのが今の現状なんだけど。
だからこの5000年前、6000年前から現在にかけて地球って寒冷化してるんですよね。
なので今この太平洋、千葉県とか日本から京都までいるっていう話ですね。
なるほど。
それが5000年前、6000年前の話。
多分温暖化すると鮭が消えるみたいな話があるけど、
6000年前は2度高かったら多分こんな感じになります。
そうだね。
縄文時代ぐらいの感じになるから、千葉県とかで鮭が見られなくなるだろうなっていう感じだね。
そういう感じになりそうですね。
次なんだけど、鮭の保存方法。
これ多様性がすごいですね。
これは一旦日本のお話になるのかな?
日本の話をした後ちょっと海外の話をするんだけど、
12:01
日本だと荒巻き鮭、塩挽き鮭聞いたことあるんじゃないですかね?
ありますね。北海道だとよく聞きますね。荒巻き鮭。
北海道から東北にかけては荒巻き鮭。
新潟県村上市を中心として日本海側では塩挽き鮭。
そうなんだ。
これ何が違うとか、僕全く知らなかったんだけど。
正直荒巻き鮭はすごくよく聞くし、我々が今座ってるこの箱も荒巻き鮭の箱なんだよね。
塩挽き鮭の箱、塩挽き鮭は聞いたことがないです。
そうだよね。何が違うかっていうと、荒巻き鮭は内臓を取るじゃないですか。
で、水洗いするんですよ。で、塩漬けするんですよ。
で、外で干して冷凍保存になるんですよね。
なるほど。
寒いから。
外に干すだけで冷凍保存みたいになるってことだよね。
そう。で、塩挽き鮭も同じく内臓を取って塩漬けして干すんだけど、
日本海側は絶妙に凍らないんだよね。
っていうのがまず全然違った結果を思うんだけど、
凍るか凍らないかぐらいだと鮭の低温発酵が起こるらしいです。
だから旨味がキュッと出るみたいな感じだよね。
だから荒巻き鮭の方がどっちかというと新鮮さの保存に対して、
村上の醤油挽き鮭は発酵食品というカテゴリーになります。
そういう味も全然違うんだろうね。
僕が食べた感じだと塩挽き鮭の方が塩強いですね。凍らないので。
今回実際に新潟に食べに行ってたよね。
行ってた。
体調崩すぐらい食べてたけど。
新潟県村上市は100種類以上のほんと全部食べるんだよね。骨の部分とか。
部位のお話だね。
内臓とか。で、全部塩で保存してるから。
あとこっちほど寒くないので塩の量も多いんだよね。
塩辛みたいな感じになってるんでしょ。
全部塩。
僕ちょっとむくんでたんですけど。
それが大きな違いだね。
あと海外だと土の中に埋めるっていう保存方法があります。
どういうこと?
これ1000年前の北欧でやってたらしいんだけど。
鮭だけじゃなくてニシンとかサメも埋めて保存してますね。
それはどんな処理をしてとかっていうのも残ってるのかな?
書いてなかったです。
とりあえず埋めてることはわかるけれども。
そのまま読むね。
1週間ほど埋めておけばグラブラックスが完成した。
グラブラックスが埋められた鮭って意味だね。
長い間埋めておけば鮭の化学的な素性が変わって鮭を永久に保存できるようになったと書いてあります。
ちょっと雑だよね。
どういうこと?
何の魔法?
謎の魔法があるっぽいね。
今だけ聞くと。
グラブラックスっていうのはグラブが埋める。
ラックスが鮭って意味なんだけど。
埋める鮭って意味だね。
それは今も行われてるのかな?
どうだろうね。
ただこの鮭を埋めるっていうのが職業になってたみたいです。
面白いね。
すごくない?
面白い。
14世紀の職業としてなってて。
1348年、ノルウェーの中部にオルファー・グラブラックスっていう人物の名前が残ってるんだよね。
15:04
名前がグラブラックスさんになってるんだ。
職業名を仕事にするのはヨーロッパ結構あるじゃないですか。
なのでこの時は結構な数の人がグラブラックスさん。
鮭を埋める仕事をしてるあの家はみたいな。
いたって言われてますね。
そうなんですね。
ただ今はあまり見かけなくなってきたんだろうね。
そういう書かれ方をしているっていうことは。
そうだろうね。
じゃあちょっと次、アイヌ文化と鮭について話しておこうと思うんだけど。
アイヌ文化の主食は鮭であるっていうふうに思ってますか?
半分そうかな。
あとはなんか鹿肉とあと山菜を一年中摂る生活をしていたから
なんかそういう鮭もその中に入ってたぐらいの感覚でいます。
そうだね。
川に無人像に登ってくるタンパク質なので。
種類を採集しててね。
あんな光景見たら神様かなって思うよね。
そういうちょっとアイヌと鮭の関係について僕ちょっと調べてたんだけど
あんまり食ってなかったんじゃないかっていう。
そういう説が?
っていう説も結構出てきてて。
10世紀よりも今から1000年ぐらい前だね。
前の時代は北海道鮭が登るとこにもちろん人住んでました。
ただ鮭の疎上の限界を超えた山にも人がたくさん住んでたんだよね。
そっかそっか。内陸部だね。
10世紀より後になると石刈川、鮭が登ってくる川のとこだね。
札幌とか旭川とかに人が大量に住み始めるんですよ。
一方フラノとかヤマアイの方は無人地帯になるんですよ、10世紀以降。
この頃に石刈川、札幌、旭川では鮭の骨が大量に出てます。
すごくよく食べてたんだね。
この10世紀あたりの鮭がいるところへの移住っていうのは
公益がすごく関わっていて、他の地域でも偏った狩猟が見られるんですよ。
偏った狩猟?
偏った狩猟。
例えば道南のオクシリとアシカとアワビしか入っていない貝塚が見つかったりとか。
なるほど。つまりは自分たちが獲ったり食べたり、
要するに使う用じゃなくて、他の地域に公益のために輸出するために獲っていたってことがあるんだね。
っていうのが10世紀以降起こっていて。
トカチとかでは大量の鹿の骨が出土するようになります。
それぞれの地域に産業みたいな感じでできているんだね。
10世紀より前はこういう偏った狩猟っていうのがなかったらしいんですよね。
自分たちが食べるように獲ってたっていうことだよね。
10世紀以降はアイヌの人たちの生活も変わってきて、同等に大量に移住してるんですよね。
なんで?
大鷲です。
羽ですか。
アンティー君も僕も宮洞部だからわかると思うんだけど、矢に使うんですよね。
宮洞の矢の羽の中で今も使われている一番良いのが鷲なんだよね。
18:03
当時も同じだったと。
そう、当時も同じだった。
大量に獲ってたりするんですよね。
あと狐とか狸とかイタチ、こういう小型の毛皮獣のことをチロンヌプ、我々が殺すものっていう風に呼んでるんだよね。
だからアイヌは攻撃をして、攻撃がだいぶもっと江戸時代入ってからみたいな印象があるけど、
10世紀越えてからは各地でやっていたっていう風に、こういう考古学っぽい視点から言われたりしてます。
で、このアイヌがどこで鮭漁をやっていたかについてなんだけど。
よく川に登ってきた鮭を捕まえるための罠だとか、それを捕まえるための道具とかは博物館にも展示されているよね。
これが僕意外だったのが沿岸部、河口、川の河口らは捕ってないんですよ。
あ、捕ってないんだ。
川の中流ぐらいなんですよね。
博物館行ったらそういう展示があったりするよね。
そうそう。で、この沿岸部の村を発掘しても鮭漁の痕跡がないんですよね。
で、なんか油が乗った状態の方がおいしいじゃないですか。
だから海で捕ったほうがいいんですよ。
今の感覚だとね。
今の感覚だとね。
そう、だけどアイヌ社長は川の中流ぐらいで捕ってて。
その理由は?
2つあります。
1個目が大量に鮭を捕る必要があった。
海で捕ると広いじゃないですか。
網が大量に必要なんだけど、細くなっていく川だと一気に少ない範囲の網で鮭を大量に捕れるんですよね。
鮭量の効率がよくなるんだね。捕まえやすくなって。
そう、というので1個それがあります。
この時の鮭の交換レート、本州と和人と交易してるからね。
これさ、江戸時代ってことになるのか。
これ17世紀江戸だね。
米10キロに対してどれくらいだと思う?干した鮭。
えっとね、100匹とか?
お、正解!
すごいね。
鉄鍋は鉄鍋。鉄鍋1個。
いやー、それ大量に必要なんじゃない?
結構江戸時代の幕府側の人たち、足元見てるからね。
すごいですよ、これも。
500匹とかじゃない?
惜しい、880匹。
やばいね。
一番やばかったのが、漆塗りの器ですね。
えっと、それは、アイヌの人たちが儀式とかに使ってたんだよね。漆塗りの器とかを。
これすごいですよ。
2000とかですか?
4800とか。
あー、やばいね。
すごいよね。
なので、こういう記録があるので、僕たちのアイヌの人たちのイメージって、食べる分だけみたいなイメージあるじゃない?
あるね、狩猟最終のイメージでしょ。
でも、この数字とかレートを見ると、たぶん1人当たり数千から数万獲っていたんじゃないかっていうのは言われてます。
確かに、そういうことになるよね。
なので、川の狭くなっているところで獲る必要があったっていうのを言われてる。
大量に獲るための工夫ってことだね。
はい。
2つ目、これ保存方法が、沿岸付近の鮭は油が乗っていて、美味しいんだけど、脂肪が酸化してしまうんですよ。
腐りやすい、痛みやすいんだ。
そう、痛みやすい。保存に向かないんだよね。
21:01
なるほど。
で、新潟県村上とかは、大量に塩漬けするんですよ。大量の塩で。
ただ、北海道に塩が入ってくるのは、和人が持ち込んでいるので、あいぬは油が落ちきった、川の鮭しか商品にすることができなかったんですよ。
なるほど。ある程度、川に登ってきて痩せてきた、油の落ちた鮭を獲ってたっていうことなんだね。
っていう感じですね。
事実として、干し鮭を出荷していたのは、石狩川とか十勝川とか、後ろ側の内陸のあいぬなんですよね。
へー。
だから、海の量というよりも、保存方法で仕方なく、比較的奥の人たちが獲っていたんだね。
っていう風に言われたりしています。
はい。
っていうのが、あいぬの鮭文化の、ちょっと違う視点ですね。
そうだね。10世紀くらいから、交易目的で獲るっていう流れもあったし、江戸時代になると、その流れがすごく加速していたっていうことだね。
で、和人が入ってくると、加工で鮭を獲るようになるんですよ。
あ、加工で獲るようになるんだ。
だって、塩持ってるからね。
そうだね。そっかそっか。荒巻き鮭的な保存ができるようになるんだ。
その辺くらいから、荒巻き鮭っていうのが出てくるんだろうね。
これで、あいぬの干し鮭は、商品として価値がなくなっていきます。
なるほど。
で、ここで、自給自足のための鮭料になっていくんだよね。
はいはいはい。
だから、あいぬの主食が鮭っていうのは、たぶん鮭が交易で成り立たなくなって、和人が鮭を塩で保存するようになって、その後の一部のあいぬの姿じゃないかっていう風に言われています。
なるほどね。いつの時代で切り取るかで、全然変わってくるしね、あいぬの人たちの生活って。
はい。
分布も変わってくるしね、あいぬの人たちも。
いや、そうだと思うよ。
彼らもね、交易生活があるからね。
そうだよね。面白かったです。
はい。次は、最後になるんだけど、新潟県の村上と、僕たちが今一番食べてるチリサンのサーモンの歴史。
はい。
これ、日本ですね、やってるの。
へー、どういうことですよ。
日本の企業が入ってやってるんですよ。
ああ、そうなんだ。総合商社ですか、例えば。
っていうのを最後話していきたいと思います。
そこからは次回ということで。
はい、ありがとうございます。
楽しみです。
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