1. 耳で旅する「みみ三重ラジオ」
  2. #20-2「あなたの知らない限界..
2025-11-21 42:04

#20-2「あなたの知らない限界集落②(9/6三重テラス公開収録)」Guest: たなかなおこさん(熊野市観光協会PRボランティア"熊野市観光比丘尼")

「みみ三重ラジオ」は、三重県の伊勢から熊野をみなさんといっしょに旅するように巡り、ゆく先々で出会う人や地域の声をお届けするポッドキャスト番組です。
2025年7月からのSeason2は(ほぼ)毎週金曜日20時に、Spotify、Apple Podcast、YoutubeMusicなどの音声配信プラットフォームで最新の番組を配信しています。
リスナーのみなさんからのお便りをお待ちしております。

▼お便りはこちらから
⁠https://mimimie-radio.studio.site

サマリー

このエピソードでは、限界集落に住む魅力的な住人たちについて話されており、特に90歳のおばあちゃん愛子さんの郷土料理や地域の人々のつながり、生活姿勢が紹介されています。視聴者は、地域に根付いた文化や日常生活における人々の絆を感じ取ることができます。熊野市の限界集落における人々の暮らしや伝統文化の維持の難しさについても語られています。特に、盆踊りや地域の祭りに参加するための努力と、一人一人の力強さが感じられます。熊野市観光協会のたなかなおこさんは、限界集落での農業や地域の魅力の保存について話します。特に、高齢者たちが田んぼを守る姿や地域の若者との関わりが描かれています。熊野市の限界集落に関するトークショーでは、地域イベントや文化の重要性について語られ、参加者は限界集落が持つ可能性やみんなでの交流を楽しむことの大切さを強調しています。

限界集落の住人紹介
せーの、耳見えラジオ!
素晴らしい!
今回も溢れておりますね、人が。
後半戦ですね。
今回も東京日本橋にあります、
耳見えテラスからお届けをしています。
私、パーソナリティの玉置由里子と、
西川桃江と、
ゲストの、たなかなおこです。
よろしくお願いします。
ありがとうございます。
それでは、後半はさらに
掘り下げていこうと思うんですけど、
ディープなところまで。
まず、このお題について
しゃべりましょう。
名物、私の推し住人。
ということで。
推し。
名物の人がたくさんいるんですよね。
この人がいないと
成り立たないっていうのとか、
すごくかわいい人間性を持ちの
方々が、
限界集落にはたくさんいらっしゃるので、
まず映像を見てもらえます?
これから見てもらいましょう。
これね、私の推し住人。
じゃあ、桃ちゃんの推し住人の方の
映像をご覧いただいて。
この推し住人、
1分間くらい映像を見てください。
ちなみに、成立は?
90歳のおばあちゃんで、
あいこさん、あいこさんって言うんですけど、
あいこさんの。
ちょっとね、うちの地元のね、
郷土料理のお寿司を作ってもらっている
動画があるんです。
これね、うちの新江浦っていうところの
集落の、
巣型寿司って言います。
普段はね、カマスっていう魚でやるんですけど、
この日はカマスが取れなくて、
大きめのアジでやってます。
で、作り方をね、今教えてくれてるんです。
ちょっと字幕つけたいですけどね。
ええのができるなーって言ってます。
これね、文字通り巣型寿司なんですけど、
すっごい手間かかってるんですよ。
全部手で、
骨の細かいの取って、
で、1日半くらいつけたやつ。
ええのできるもん、
私に言ってます。
こんなやつ。
よだれが出る。
これはね、うちの村の晴れの日に
昔から作られる
巣型寿司で、
遠くからお客さんが来たときとか、
結婚式やとか、
必ず作る巣型寿司を、
今作る人が本当にいなくなってきたんです。
この間も再現するために、
おばあちゃんに教えてもらってて、
手前のホッカムリしてるのが、
愛子さん。
90歳のおばあちゃんで、
本当に私の近所のおばあちゃんで、
このおばあちゃんは、
三重浦の昔のこととか、
昔はこうやったんやとか、
習慣のこと、
昔はここにこれがあってとか、
っていうことを全部、
私に今教えてくれてて、
できるだけ愛子さんの聞き取りというのかな、
聞き書きというのかな、
三重浦のことを教えてもらうために、
こうやって寿司を作り方、
動画撮ったりとか、
とにかく元気で、
このおばあちゃんね、
うちの集落の中でも、
私でも歩いてくの結構大変やのに、
毎日そこ行ったり来たり、
ゴミ掘りに行く時も、
車に乗せて行って、
たまに会うと、
私もったろかって言っても、
いやいや、これぐらい自分でできやないかん。
って言って、
ものすごい前向きさとか、
素晴らしい。
私の尊敬する愛子さん。
が私の推し住人です。
住民の生活スタイル
一個いいですか?
めっちゃオシャレじゃないですか?
ネッカチーフ。
ネッカチーフいつも巻いてくんの。
いっぱい持っとって、
TPO言うんですか?
そこに合わせたネッカチーフ巻いてくる。
私、必ずネッカチーフ褒めるんですよね。
愛子さん、今日はええネッカチーフ。
素晴らしいって言って。
私も住んでる三浜町の、
隣の集落が卸というところなんですけど、
愛子さんにも
似たおばあちゃんがたくさんいらっしゃって、
毎日見かけると、
違うホッカムリと、
違うカッポウギをつけてるんですよ。
しかも真っ赤なやつとか、
真っ赤なやつに
ターコイズブルーみたいなやつが
オシャレなんです。
めっちゃオシャレなの。
冬に見たら、冬用のボーカンっぽい
オシャレなやつしてて、
すごいかわいいなと思って。
愛子さんも
頭のやつ、お魚じゃないですか?
合わせてきてくれた。
合わせてきてくれた。
気づかへんかった。
言ったらよかった。
言わなあかんかったね。
合わせてしてくれたよね。
本当や。
かわいらしいな。
これは、
なんこさんのほうですか?
動画出してよろしいですか?
稲刈りですね。
稲刈りでございます。
29歳年上彼氏でございます。
29歳年上の彼氏。
73歳、稲刈り中。
70歳って若者やよね。
そうですね。
主力級ですね。
若手扱いですね。
さっきの
陶芸の先生のところで
知り合った彼氏なんですけれども、
写真も出てくるかな。
彼と知り合って
一緒に住むようになって、
推し住人はこちらです。
ごめん、彼氏じゃなくて。
彼氏じゃない。
推し住人は下村富一さんという方で、
陶芸の時に
若者は夜の日の晩を
させてもらうことが多いんですけど、
その時に、いつも夜の日の晩、
徹夜でやった人に対して、
朝に6時ぐらいに
茶買いをいつも持ってきてくれる
優しいおじさんだなって思ってたんですよ。
育成町に
引っ越してきて住むようになってから、
岡井さんのおじさん、富一さんが
実は地域の放送局だ
ということが判明したんですよ。
彼氏と付き合い始めながらも、
年の差もあるし、
わざわざ言うのも恥ずかしいし、
どうしようかなって思ってたんですけど、
一緒に住むようにしようって決めてからですね、
でもこれ、
集落の人とかにわざわざ
触れてもらうのもちょっと気恥ずかしいし、
どうしようかなって言ったら、彼氏が
富一さんを呼んで、一緒にご飯食べたらええっていうんですよ。
で、彼氏が
取ってきたうなぎで、
秋に陶芸の先生と富一さんと
私と彼氏で4人でご飯を食べて、
一緒に住むことにしたからって。
そうか、よかったなとかって言われながら、
もう1週間以内に
隣の地区までみんな知ってました。
すごい放送局。
私も住むまで知らなかったんですけど、
富一さんは必ず
そういう話をするときは、
ここだけの話なって言うらしいんですよ。
だけど地区の人みんな知ってるんです。
富一さんのここだけの話は、ここだけじゃない。
1週間経たず
皆さんがご存じで、よかったですねって
その場に行ったら、よかったですねって
言われるようになりました。
こちらが集落の
推し住人富一さんです。
地域のつながりと文化
必ずいるよね、そういう人。
うちスピーカーって呼んでるそうですよ。
あのスピーカーに言うといた絵は
それっつって。
南伊勢のスピーカーはどんな人なんですか?
あっちこっちにおりますよ。
集落に1人2人はおるから、
そのスピーカーを
ちゃんと把握しておくことが大事ですね。
わざわざ会談とか、
お知らせじゃないよ。
スピーカーに言うとくんが一番早いんですよ。
もう、Xみたいな感じね。
そうそう、女の子より早い。
チレッと見といてねぐらいの感じで。
女の子より早い。
プライベートな、
オフィシャルじゃなくてもいいような、だけど
みんなに知っておいてほしいぐらいのことは
ポロンと知っておいたら、
この方が放送局内には。
これ学ぶところあると思いますよ。
Googleとかね。
イーロンマスクさんとかね。
現代のSNSのあり方について。
こういう情報は
ネットに載らないわけですね。
すごいんですよ。
素晴らしいですね。
地域のメディアですね。
じゃあちょっとこのままの流れで
今、推し10人を発表していただいたので
限界集落
限界集落と言っておりますけれども
限界なのは
どっちなんやという
喧嘩を皆様に冒頭で言いましたけれども
限界
限界ということは
人が少なくて
その分やらなければいけないことが
生きていくためにたくさんある
そういう中で
何でも自分でやっちゃうような
ものすごい人たちが住んでます
っていうお話を
これからはしていこうかなと思います。
じゃあこれは南伊勢のももちゃんところの
これはね
道行くがまのね
うちのレジェンドです。
レジェンドのひでおさん
87歳
これ今自転車ばらいてるとこですね。
自分のこれ愛車なんですけど
この自転車も
孫か何かが高校の時に乗っとったっていう
30年くらい前の自転車を
愛用して乗ってるんですよ。
パークしたもんで自分で直そうと思って
どっかにあった
自転車拾ってきてひっつけたんやけど
ひっつけたの?
タイヤの大きさが違ったわこれ
と思いとる
写真です。
ひでおさんは
とにかく
私らよりも元気
レジェンドも一番道行くの中では
年上で一番元気に
されてる方なんですけど
ずっと道行くに住みながら
朝は4時くらいから
自分の船で出て魚釣りに行って
昼からは農業
米作りをずっとやって
ってやられてる方で
漁師さんもやる
あとチェーンソーで木こりもやるし
木も切る
機械系も全部払えて
自分でやるし
農業ずっとやられてたから
自分でハウス作って
中にパイナップルとマンゴーと
パッションフルーツと
パッションフルーツ?
すごい研究して
めっちゃ育ててんの
80代のおじいちゃんがパッションフルーツ育てるんですか
パッションフルーツ研究しとるんだ
研究してるんだ
ほんとちょっといないって言って
いつもちょっとちょっとって言って
これ持ってけっていうのが
イノシシの足1個
イノシシの足1個
もうちょっとちっちゃくしてって
言ってもらったりするんだけど
すごい
自転車も直せると言えば直せる
直してないけどね
車輪の大きさ違うけど直せる
木も切れる
野菜も作れる
魚も獲れるイノシシも獲れる
道行くか前行く道をね
道路私運転してたんですよ
そしたらこっちが山川で崖になっとるんだけど
秀夫さんが登っとる崖
もう5メーターぐらい上を
え?と思ってなんで?と思って
大丈夫かなと思って
ちょっと秀夫さん何しとんの?って言ったら
猿を追うとんにやった
猿が出てきたから追うとんにやった
鉄砲持って5メーターぐらいの崖を
登っとんですよ
87歳
すごいなぁ
超人ですよね
超人
スーパーマンみたいな感じですよね
めちゃくちゃお元気
秀夫さんすごいな
これは熊野の写真なんで
これは
一人ではないんですけどね
うちの陶芸の先生は
地域の超人たちに支えられて
やってるんですよ
言うたら
先生がもうすぐ
70代最後ぐらいかな
元木こりのおじさまが
88歳
超えてきたかな
自分たちで木切って
薪を作って
1週間ずっとくべ続けられるだけの
松の薪を
みんなで作ってるんです
ほんとね
やっぱり
60でもこんなこと
なかなかできないと思うんですけど
都会から遊びに来てくれた
陶芸趣味の友達が
先生なんでこんな安い
値段でやってるんです
正直粘土台しか取らない
ぐらいの感じで陶芸体験を
やってるんですよ
都会で言ったら新聞一面で
焼くのに何万円
作るのにいくらみたいな
地域の暮らしと支え合い
そんな感じで都会の陶芸教室
ってやってるらしいんですけど
うちの先生は
先生講習料取ってくださいよと
これじゃ粘土台しか出てないじゃないですか
というのは
地域のおじさんたちでみんなで
木切って薪作って
ってやってるからなんです
たぶんね私ほんとに
都会の定年とか
歓歴前後くらいの方をですね
鎌滝に連れてきたくって
漏れなくピッカピカの
人としてお迎えをするはずなんですね
ほんとそうなんです
鎌滝はほんとに誰でも
くべるのであればできるんですけれども
その前に
地域の70から80
ぐらいのおじさんたち
中心になって薪作りとかを
してるのでそのお手伝いしながら
人生について
いろいろと語ってもらうと
まあ面白い話がいっぱい
聞けます
この同心釜のメンバーの中で
言うとやっぱり木こり
元木こりの高尾さん
たぶん88越えたはず
やっぱりね
うちの彼氏73歳のうちの
彼氏から言ってもですね
高尾さんはこの急な斜面を
草刈り機分回してるのは
すごいわって言って
あんな斜面で重たい草刈り機をですね
自分でも寄せんわみたいな
ことうちの彼氏が言うぐらいの
長人たちによって
今は支えられているわけなんですよ
こうやって聞いてると
もう我々が
10人ぐらい
束になってかからないと
たぶんその人と釣り合わないぐらいの
エネルギーで毎日
働いてらっしゃるんですよね
なかなかこうね
後を継ごうって言っても継げるもんでもないんですけれども
本当に一人につき
少なくとも
3,4人ぐらいずつ
弟子に入らないと受け継げないなー
って思ったりはしますね
マルチワークとか言うけどさ
この方らはすごいよね
いくつも仕事持ってるっていうか
やっぱり限界集落なので
何でも自分でするとか
2,3人揃ったら
家が建つぐらいの
知恵とスキルを集めながら
協力しながら住んでるような
土地なんですよね
本当にさっきの機械とか
陶芸の先生
メガネかけていい器だな
っていう顔で見ているのが
うちの陶芸の先生
橋爪先生なんですけど
彼は現役時代に電気工事とかをやってた人なので
移住者とかは
電気の配線とかいじんなきゃいけないときは
先生のところに
すぐに相談に来たりするし
うちの彼氏もいろんなことやって
趣味で釣りはやってるものの
現役時代は牧場をやってやめて
移動販売をやってやめて
ただお父さんが
タデ具を作るような
人だったので
日用大工というか日用じゃないレベル大工
みたいなことをできる人たちがいて
3人集まると
家建つんじゃないかってみんな
家建ちますよね
彼らのお父さん世代は
リアルに丸太を
肩に乗せて運んで本当に自分たちで
家を建てた世代なんですけれども
今私たちから見て
超人だって言ってるおじいちゃんたちは
いやーでも親父ほど
丸太担げないみたいなことを言う
確かにみんな
言いますよね
あの人ほどはできんという謙遜をするんですよね
だから上には上がいるというか
上には上がいるみたいです
でもそれこそやっぱりね
私なんかは名古屋の
都会と熊野を
毎週行き来してるので
なんかまざまざと感じる
というかやっぱり都会に住んでると
いろんなことがよくも悪くも
分業化されてるんで
お店にいたら誰が作ったか分からない
ものが並んでておいしく食べられ
ますけどそれが
ダメっていうわけじゃないんですけど
なんていうかその
全部のルートが見えるというか
自分の手元に届いたものとか
使ってる道具とかそこの山で切ってきた
やつやよみたいな
それがすごいんですね生きる力の
強さというか
やっぱり焼き物も
伝統文化の維持の難しさ
引っ越してきて焼き物にあまり興味なくて
私は1200度の炎しか最初
興味なかったんですけれども
せっかく焚くんだったら自分で作ってみよう
とかって言ったら
去年亡くなったおばあちゃんに
大体私と手の大きさ同じなんですね
でおばあちゃんも
私と同じ手の大きさだからって言って
頼まれて湯飲み作ったんです
お茶碗とかお湯飲みとか
自分の手に合わせてとか
家族の手に合わせて作ってあげられる
ってほんと幸せだなって
思いましたね
ちなみにこれ焼くときの
土とかは
粘土については
しがら木の土を
お買い物して
多分先生のお師匠さんが
使っていた土とか
東京で今陶芸趣味の人とかは
作品を自分で作ってから
かまたきに作品と一緒に
持ってきて焚いて帰る人とかもいます
昔は
玉百合さんのいる三浜町にあった
三浜焼きあそこは多分
本当に土の粘土で焼き物
あそったみたいなんですけど
今は三浜焼きも
する人がいなくなってしまったので
地元の粘土で焼き物やってるところは
なかなか近くにはないんですよね
残念だからね
次の話題に
行こうかなと思うんですけど
集落最後の○○
ということで
今まで話してきた
限界と呼ばれてはいるけれども
ものすごく力強く
日々を生きている人たちがいて
でもやっぱりそれって
維持が今難しくなって
いってしまってる
そんな現状についても
話していこうかなと思います
私から行こうかな
私の方も
限界集落と言いつつ
まだ少し新地とか
それこそこの間やったら盆踊りとか
まだちょっとできてるんですよ
でももうそろそろ
盆踊りも縮小化していこうかとか
やっぱり人もおらへんからとか
石足太鼓叩く人もおらへんよねとか
っていう形で少しずつ
ちょっと無くなりそうな雰囲気が
出てきてるんですよ
私の住んでる三重浦っていうところは
だいたい人は
400人も住んでないから
300人ぐらいのところです
もう200個ぐらい家があるけど
3分の1ぐらいもう空き家になってしまってるような
ところなんで
昔は盆踊り3日間やってたけど
今年も1日だけ
というふうに少し縮小しながらやってて
でも盆踊りがなくなってしまったら
絶対寂しいなと思って
これ写真ね
ヨーヨー釣り
私も一人でヨーヨー釣りを始めたんです
これももちゃんの
お店ですか
まさに一人でやってますよ
ちょっとでも人がヨーヨー釣りに
ヨーヨー釣りに来てもらえるように
盆踊りに来てもらえるように
ヨーヨー釣りで人を釣ろうと思って
誰でも無料ですと
一人一個無料
子供も無料ですから
ヨーヨー釣りに来てくださいって言って
一人ヨーヨー釣りを始めました
そしたらねやってくるやってくる
へーみんな好きなんや
まず子供らは釣れて孫釣れて
じいちゃんばあちゃんとか大人
お父さんお母さん来るんやけど
一番釣りたいのは大人なんです
そうなの
大人がね釣りたいって言って
もう嫌嫌言って大人が釣ったりとかね
一応これ100個用意してるんですけど
もう100個
結構早めに売り切れましたよ
とはいえね
私一人でこれ横見てくださいよ
これ私一人で100個作るんでしょ
もう
ボンで忙しいのにお客さんも来とって
ヨーヨー釣りせなあかんから
もう
水濡れながらね
なんで水濡れてるかって言うとね
コロナの前にこうたヨーヨー釣りがね
やっぱりゴムがもう傷んでしもて
劣化してる
入れたら割れる入れたら割れる
300個ぐらい入れて100個やっと使えるような
状態でですね
私ずぶ濡れになりながら
ヨーヨー100個作って
ヨーヨー釣りやりました
ちょっとでもね
集落の祭りがなくならんように
というかね人来てもらえるように
と思って頑張ってやってます
今年思ったのはその太鼓叩きもね
祭りの時のボンドリーの時の
太鼓叩く人も
高齢化してて
その人たちも4人ぐらいで回ってやっとるんだけど
もうこれもできひんかな
って言うとったもんで
来年太鼓叩きもやったろうかなと思って
思ってます
太鼓ってうちの集落だと
男の
おっちゃんがやる感じのイメージある
おっちゃんしかやらへんし多分女の人叩いてないんですよ
そうやけどもうやったろうと思って
これはね続けていくには
それが賑やかしになったらいいじゃないですか
見せ物じゃないけどさ
いろいろやり方変えて
太鼓叩いて花火でもあげて
でも踊り寄せようかなとか
さっきの
直子さんが歌を歌ってくれたけど
寄せ歌
寄せ太鼓とかね
って感じを考えてます
そうやってやっていこうかなって
思ってる
それはやっぱり
新しい試みとつながり
地域の中でどんどん
人は出ていってしまうけれども
それでも人の
つながりを守りたいっていう思いですよね
何かやり方があるなって思ってて
今まで通りやったら確かに
無くなってしまうか分からへんけど
今までとやり方変えることで
またちょっと何か新しいにぎわいが
できるんじゃないかなって思って
だから何か新しい手法を
大事にせないかの部分は
残しながら
何か新しい手法で
盛り上げていきたいなって思ってます
無くしたくないなって思ってます
昔からつながってきた
ずっと連綿と人から人へ受け継がれてきた
大事な文化っていう意味もあるし
でもそれだけじゃ
人が来なくなってしまってるから
もう取り入れられるものは取り入れて
生き残っていこうという
そうなんですよ
何かそういう強さも
あるのがいいところだなって
私も思います
何か移住者のみですけど
私とかナオコさんなんかは
そういうのを受け入れてくださる土壌もあって
何ていうか
自分たちだけでは
無くなっていくっていう
ところも問題として
感じられていて
じゃあやっぱりよその人にも来てもらって
できることをやっていこうよっていう
生き残っていこうよみたいな
その力強さがすごく
いいですよね
見ててもやっぱり
自分らのことばっかり守っとっても
やっぱりね
守りきれへんですよ
何か新しいものが入りつつ
続けていく
ちょっと変化しながら続けていかんと
生き残っていけへんの
ちゃうかなって
思ってますね
続いては
どのお写真かな
これですか
思いっきり他の出しましょうか
実は
集落最後の〇〇じゃなくて
最後の集落みたいな感じなんですけど
ここ
夕焼けがねうちの集落の一個
10分ぐらい上にある
もう人口1の
集落から眺めた夕日
人口1
最後の1人
最後から2番目のおばちゃまが
一番上に住んどった方が
もうさすがにあかんわって言って
うちの集落まで
お家を帰ることになったんですけれども
おばちゃんの最後の
お家で過ごす日に
一緒にお月見をさせてもらったんですけれども
そのおばちゃまの
うちの近くで撮った夕日
夕日なんですよね
うちの集落はまだ数十人人間いるんですけれども
人口1とか
あそこもあとどのぐらいみたいな
病読みみたいなところが
限界集落の変化
ちょっといったところにいくつも
あるような地域で
本当に私
やっぱりももちゃんと同じように
とりあえずこれは
なくなってほしくないから延命をしよう
という感じで
これだったらこの行事だったら
人を呼んでちょっと手伝ってもらえば
素敵なおっちゃんたちと一緒に続けられるわ
とかそういうところに関わっていきたいな
と思いながらしてたりするんですけど
ちょうど
次の写真がある
これですか
こちらのこれが先ほど
うちの先生の
薪作りの主力メンバーの一人
木こりのたかおさんなんですけれども
88歳?
急なられたかな
元気やねこれ
極端な斜面に
立ってても
背筋シャンとしてる木こりって
すごいですよね
このおじいちゃん立ってるところは
彼の田んぼううちの目の前なんですけれども
今年ね
たかおさんのコンバイン
という稲刈りの機械が壊れちゃったんです
たかおさんまだ稲買ってないんだな
いつやるんやろうねって彼氏と
言ってたんですけれどもよく聞いたら
機械壊れちゃって
ご近所のお友達が稲刈り終わったら
お友達に手伝ってもらって
一緒に刈るけれども
もう機械を直してまで
米続けるのはしんどいから
今年で最後にするわ
っておっしゃってたんですね
それすごいよくあるの
機械壊れたら
人はめちゃくちゃ元気なのね
機械が先に駄目になっちゃう
そうなんですよね
だからもう80いくつになったらね
そこにお金かけることできんから
正直言うとたぶんこの人たちは
日々暮らすだけだったら
年金暮らしで
暮らせる人たちなんですけれども
正直米は買ったほうが
安いっていうんです
ただやっぱり
家族で守ってきた土地が
お米田んぼ作らなくなると
あっという間にすずきの原になっちゃうんですね
うちの集落結構まだ
きれいに田んぼ残ってるんですけど
隣の地区だと私なんかね
無邪気にねわーすずきがきれい
とか言っちゃったら隣で彼氏が
あそこもあそこも工作放棄地になっちゃった
って嘆くみたいなそんなことがあって
うちの地区はまだこれを守ってくれる人が
おるんですけれども
機械のほうが先にね
行ってしまうっていう中で
できればなんかご紹介とかでね
もうちょっと米
面積増やしたいと思ってたみたいな人が
頑張って誰か高尾さんに紹介して
来年またここにね
このきれいな金色の波ができるように
うまくつながるといいね
なんていう話をちょうどして
ちょうどしてから
こっちに来たばかりなんですよ
でもねほんと
うちの道行く窯も同じ農村で
一緒なんで
さっき紹介した秀夫さん87歳も
もうね
ここ2年ぐらい田んぼもうやめてた
っていうのも機械のこともあるし
あとね
機械ももちろんそうなんやけど
従来でねやられてしまってね
でそれきっかけで
ちょっと模様やらんって感じで
2年田んぼやめてたんですよ
ところが今年ね
田んぼやった
秀夫さんのお孫さんが
道行く窯に
移住してきたの
孫たんですよねいわゆる
孫はそこで生まれてないんですよ
お父さんお母さんが生まれて
南さんの外に出て
その孫がおじいちゃん大好きで
おじいちゃんが田んぼを頑張って
雇って戻ってきた
で孫が戻ってきたから
一緒に田んぼやるんやって言って
今年また田んぼ始めたんです
嬉しい
で田植え
やっとったんやけどやっぱり田植え機
壊れてしまって2年ぐらい使ってへんかったから
田植え機壊れて
しまってもんなら
俺は手植えでもやるって言って
手植えってめちゃくちゃ偉いんですよ
腰も何も偉いですよね
それを手植えでやるんやって言って
手植えでやっとったんですけど無理やろって言って
部長さんが無理やろって見かねて
わしが機械出してあるよって言って
部長さんが機械植えて
植えてくれて
収穫してました
いい話
そういうのもあるから
希望捨てずにやっぱり頑張って
何かのことで続けられることはあると思うし
体動く間はやってほしいなって思うし
本当に
地域との結びつき
米作ることがやっぱり生き甲斐なんですよ
そうなんでしょうね
私のいる三浜町の
それこそ卸のあたりでも
もう本当に
田んぼの担い手さんがいなくて
できる人
それこそ70代が若手なんで
70代の方に集中していくんですよ
やれんからやってくれんかって
そのおじいちゃん1人に集中していって
結果東京ドーム10個分ぐらいのところを
1人の70歳の
おじいちゃんが管理してるっていうことが
起きていて
その方も年を取られていくんで
どうしようどうしようって言ってて
でも今そこは卸ってすごい
移住者の方が増えてる地域で
若い夫婦とか家族連れが増えてるんで
そういう方に
無償で機会を
貸し出して
しかも作り方も教えてくれて
それでいいからやってくれ
っていう形で
よそ者に何も知らないんだけど
でも作り方を教えて
なんとか繋いでいこうと
してる人たちもいて
教育と体験の重要性
そういう形で
繋がっていってるんですよね
本当に一度途絶えてしまった
ものでも
5円とかが繋がると復活することが
あるんだなって
観光の仕事して熊野古道のお話をしてると
もう道になってなかった
ところとかを発掘してくれた
おじさんたちがそれぞれのルートに
いて本当に必要なものって
ちゃんと復活する
蘇るものなんだなって思うので
そこに関わりながら
いろんな都会と5円繋ぎながら
私たちも頑張っていきたいなって
本当そう思いますよね
実際に興味を持って
くれた方が
こっちに来たいと思ったり
もっと深く知りたいと思ったときに
いろいろ企画を2人もしているようなので
その辺の話も最後
聞いていきたいなと思いますけど
これはこれかな
すぐに来ていただけるもので実はなくて
いつかいろんな人が来てもらえるように
今私がやっていることなんですけど
南瀬町でね
シビックプライド塾というのを始めているんです
去年からやり始めて
シビックプライドって難しい言葉やけど
シビックは市民
生活している方ですよね
プライドは誇りを持つこと
住民の人に誇りを
まず持ってもらいたいなって私は思っていて
やっぱり田舎で
うちの町は何もないしとか
本当に何もなくてこんなところに行って
言いがちなんですよね
やっぱりさっきも言ったような
町人がいたりとか文化とか
歴史とかもたくさんあって
特にうちは伊勢神宮に関わる歴史なんかも
よくあるんでね
そういうものをまず地元の人に知ってもらうこと
ということでシビックプライド塾っていうのを
みんなで勉強しましょうよって
自分の歴史とか
自分とこの町の歴史とか
自分の町の良いところをまずみんなで勉強しましょう
っていう塾を今やって
わりと今街歩きめっちゃしてるんです
こういうのとか
これなんかはね
江戸時代にできた古井戸なんですけど
こんなんも
ちょっと忘れ去られたように
集落の中にポツンとあって
まわりちょっと草だらけになったんですよね
いろんな言われがあって
この井戸があって
こういう井戸も回ったりとか
これがいつかシビックプライド塾が
もちろん自分の町の人たちにも案内したいけど
こうやって玄海集落に
興味のある方に来ていただいて
そういう方にも伝えできれば
町の人らもまた
あ、よそからこういうことで
興味持ってきてくれる人が
こんだけおるんやってことがまた
地元の人らにとってもまた力になる
こういうことって魅力があるんや
ってことがわかるので
私はいつかこれが
いろんな方に来ていただけるような
街歩きツアーみたいなものに
発展していけるかなと思って今ちょっと
コツコツやっております
地元の人たちは
すごく気づいてない
っていうのありますよね
尚子さんなんかも特に思われると思うんですけど
いやいやこんなホラーが
聞こえんだよ朝からみたいな
最高じゃんみたいな
それが当たり前すぎて
やっぱりわからない
方もいるからそこも
あえて伝えていくことで
やっぱり
みんなで守っていこうっていうね
動きになればっていうことですね
それから尚子さん
尚子さんの方はすごいんですよね
9月から11月まで
イベント盛りだくさんなんです
ちょっと紹介してもらいましょうよ
あちらにチラシを
今日会場にはお持ちしているんですけれども
緑色のチラシ
うちの集落はもう学校がないんです
隣越境してですね
和歌山県北山村に
行かないとうちの集落には
学校がないんですけれども
学校って私子供のため
だけじゃなくてですね
なんか本当に日本全国
そんなところに旅してきたんですけれども
なんかこう日本って
日本の田舎って学校に
行事の中心があるって言うんですかね
そういうとこあると思ってて
みんなのための学校が欲しいって思ってですね
欲しい欲しい言ってないで
自分でやろうって思ったやつを
この集分に始めようと思って
9月の20日から23日にですね
うちの集落なので
川の最上流の
うちの彼氏と協力しながらですね
あゆとかあまごとか
お水の中にしか住めない
お魚についての勉強を
食べながらやるという
流域志向という科目を考えたりとか
あと私本当に
歴史オタクでもあって
それが工事で熊野に行ったっていうところもあるので
自分なりにできる歴史の授業とかをですね
こういう東京の
おそまきながら
実は私実家近くにある
東京大学という大学を
出させていただいたんですけれども
東大に行ってもわからなかったこととか
こちらで本を読んだり
勉強してきたことがですね
熊野で実際のものを見たりとか
自然を相手にしながら
なりわいを立ててきた人たちの
話を聞くことで
自分が勉強したことは本当は
こういうことだったんだっていうのがわかるように
すごく楽しかったんです
その時初めて私論語の
講師様の言葉の意味がちゃんと
わかったんですね
学びて時にこれを習う
また喜ばしからずやってそういうことだったんだ
と思って
単なるお勉強だけじゃなくて
体の知識とそれがつながった時に
すっごく人間って嬉しいわーって
なるものなんだなというのが
中学校の思い出がわーっと
よみがえってわかったので
都会にいる人たちにも
そういう学びの体験をぜひしてもらいたいし
本当はさっきの
おしじいちゃんたちをですね
こういうところに連れてきて
皆様にお会わせしたいんですけれども
山暮らししている人とかって
こっち連れてくるとですね
うちの観光協会長もですね
東京にPRに来ると
帰ってから何日か寝込むんですよ
さすがに
70代の賢者たちをこっち連れてきて
授業させるわけにいかないので
地域イベントの魅力
皆さんが来られるうちに
ぜひ来てほしいんです
今年は私9月にこれをスタートさせるので
もしですね
良かったら多分年に2回か4回ぐらいの
間で頻繁に
行おうと思うのでぜひ今日チラシ
持って帰っていただいて継続的に
そのホームページ見ていただきたいのと
10月にはさっき言った
同心窯のかまたき1週間
1200度の日をお盛りする
というのがありまして
これも私のホームページとか
農家民宿をやっている先輩の
雨宿さんと一緒に告知をかけていくので
もし良かったらFacebookで
田中直子をお友達登録していただければと思います
さらにお酒好きの方には
もう1個ね
今年はももちゃんにも来てほしいんですけど
12月23日何の日かわかりますか
日本全国勤労感謝の日でございます
そして三重県では
この勤労感謝の日に酒イベントやる
土地が多いんですよ
うちの集落は
うちの地区で採れたお米を
かもしたドブロク祭りがあって
うちの先生の釜で焼いた器に
お振る舞いの
ドブロクをお分けする
ドブロク祭りというやつがあります
誰でも来られますアクセスが悪いだけです
でもバスが
バスがめっちゃ混むと聞いています
なので11月23日
よかったらお酒とか
発酵文化のお好きな方は
ぜひ押さえておいてください
ドブロクって飲めないですから
なかなか飲めないですね
全国で
でもこれが日本の本当の秋祭りの原型だなって
こっち来て本当にそう思ったんですよね
その年の恵みをお酒でかもして
それを神様に今年もありがとうって
お供えしてみんなでお下がりで
飲むっていう
ぜひ皆さんに
味わってほしいですね
いいね
行きたいドブロク
飲み放題?
飲み放題です
うちの会社はお酒飲まないで継ぐ方なんですけど
時間がお昼ぐらいから
お振る舞いが始まって
10時から12時ぐらいに神社の御神事があって
12時から2時ぐらいで
そんなに長い間じゃないんですけど
どうですかって言うとみんな
飲み干して
無理に進めとるわけではないんだけど
どうですかって言うと断る人は
おらんなと
ただちょっとお気を付けください
歳によってアルコール度数ちょっと
違ったりして
青春酔いでも回りやすいんですよ
去年はすんごい幸せそうな顔しながら
両腕をお友達に
かからえられて引きずられていく
おじいちゃまだった
私まだ見たことないんですけど
限界集落の可能性
借り終えた半分に転がっている
酔っ払いとかはよく
聞いているので
気を付けて楽しんで飲んでいただきたい
楽しそうだ
一押しイベント
天国ですね
こうやっていろいろ
熊野の学び屋もそうですし
桃ちゃんのこれから企画していくこともそうですし
ドブロック祭り
鎌田木もそうですけど
ただ旅をして回るだけでは
わからない
深くまで触れられる機会が
やっぱりここにちゃんと
来ていただきましたから
知っていただいて
より知りたいと思っている方は
ぜひ一度連絡もらって
気軽に遊びに来てもらえたらと思うので
遊びにいらしてみてください
そろそろ
トークショーは終わりのお時間になりますけど
最後に一言ずつ
今日の感想とかまとめをもらって
終わりにしましょうか
考えてなかった
感想でいいです
私から
冒頭にも言いましたけど
満を持して来たんですよ
限界集落の話を
わざわざ東京で
させてもらえる機会ってほとんどないんです
移住の仕事をしてますので
うちの街素晴らしいですよって話は来るんですけど
限界集落に特化して
話しに来れることは
なかったんで
私はすごくありがたかったし
そんな話をね
限界集落っていうワードで来ていただける方々が
いるってことがすごく
嬉しかったです
ありがとうございました
なおこさんも
お願いします
皆さんから見ると
うちみたいなところは限界集落に
見えるんだと思うんですけど
東京から移住した身としては
東京とか今の資本主義社会とか
環境問題とか
いろんなことに限界を感じながら
どうしたらいいんだろうって
思いながら旅をしている中で
今私が住んでいる地区に出会ったんですね
今の私は本当に
限界集落は限界突破の種に
満ちていると思ってですね
皆さんの中にももし
なんかもうちょっとって
今のこのままだと突破できないみたいな
ご自身の人生だったり社会環境だったり
お仕事だったり
そんなものを感じている方がいたらですね
うちぐらいの壁地に来ないと
それは突破できないと思うので
ぜひ今の環境と極力違うような
限界集落に
ももちゃんやら私やら訪ねて
ぜひ遊びに来てください
長人たち賢者たちをたくさんご紹介するので
ぜひ遊びに来てほしいです
今日はどうもありがとうございました
ありがとうございます
すごい
いい言葉ですね
限界の限界から
突破されていくという
宇宙なんかもビッグクランチ
ビッグバンなんて言いますけど
広がって広がって限界に行った後にキューって
収縮して限界まで行った後にまたバーンってなるみたいな
そういうことですから
そうしたら
次の日本の未来は限界集落にこそ
あるのかもしれないということで
今日は締めさせていただきたいと思います
ということで
今日のお相手は
私パーソナリティの玉置由理子と
西川桃江と
田中直子でした
ありがとうございました
ありがとうございました
この番組は
トリオ事務局がお送りしました
42:04

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