はい、お願いします。じゃあちょっと最初にたまきさん、自己紹介お願いしてもいいですかね。
はい、わかりました。初めましての方、初めまして。たまきと申します。
私は2年半前にですね、コロナなどいろいろなきっかけがありまして、昔から思っていた富士山を見つめながら生活をしたいという思いもあって、横浜から静岡へ移住して、今は田舎暮らしをしております。
夫婦で法人経営をしていて、私はその中でストレミングスコーチとして活動をしています。美子さんとは初プラ講座でご一緒させていただいて、仲良くさせていただいてます。
今日はよろしくお願いします。
よろしくお願いします。さわさんもこんにちは。きなりさんもこんにちは。作業しながら楽しく聞かせていただきます。どうぞどうぞ、作業しながらで聞いていただいて嬉しいです。
じゃあすいません、私も自己紹介をさせていただきます。
私は40代で3人子育てをしながら企業で働く産業カウンセラーの美子と申します。
おばあちゃんになっても自分らしく働くことを目指してキャリアを切り開いていく様子をスタイフでお届けしております。
今は日本一音声配信をしている産業カウンセラーを目指したいなと思って日々スタイフで発信中です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
じゃあ早速なんですが、時間今日限られておりますので、インタビューをちょっと色々させてもらって深掘りどんどんしていきたいなと思っておりますので、やっていきましょうかね。
そもそも在庫っていうのが何かなってちょっと疑問に思われている方もいらっしゃるかと思うんですけど、
在庫っていうのはスキルとか知識とか経験とかそんなイメージであってます?
そうですね、私はそういうイメージでおります。
ですよね。
そうですね。
わかりました。
私たちが在庫が多いって気づいたのが、さっき玉木さん自己紹介でも言ってくださいましたけど、
発信を学ぶアメブロトップブロガーとスタイフやボイシで活躍されていらっしゃる井原佳林さんの発信力プラス講座がご一緒したのがきっかけで、
玉木さんとは出会わせていただいたんですけど、その講座の中でのコンサルで気づいたんですよね、在庫が多いってこと。
そうですね、それまでは思ってもいなかったですね。
本当に何か思ってもいなかったし、何か無自覚じゃなかったですか?
いやもう本当にまさにまさにです。在庫多いってどういうこと?と思って。
え、そんな在庫持ってたっけ?ってなりませんでした?
なりました。
なりますよね。
なので意外とそういう方っていっぱいいらっしゃるんじゃないかなと、
いると思います。
思うので、なのでちょっと今回のライブ聴いていただいてもしいかしたら在庫に気づく人も出てくるかもしれないなって思ってるんで、
何かそんなきっかけになるといいですよね。
いや本当です。
はい、じゃあ早速在庫掘っていきましょうかね。
お願いします。
じゃあちょっとね、先に私から玉木さんにインタビューをしていきたいんですけど、
まずね、ちょっと気になっているのが、
井浦史佳林さんにコンサルしてもらって在庫に気づいたと思うんですけど、
何言われました?
まずちょっとざっくりな質問で申し訳ないんですけど、
どんなこと言われたかね、
初回は多分皆さんそうかなと思うんですけど、
佳林さんに自分のことを知っていただくために自己紹介をしてくださいみたいな。
ありましたありました。
その自己紹介をしていく中で、
今現在の自己紹介はさっき冒頭でさせていただいたような感じで、
短くまとめられるんですけれども、
これまで生きてきた中での履歴というような自己紹介をしていくと、
話の中からもすごく長くなっていきまして、
もうその途中ぐらいからですね、
もう在庫多めですねって感じなんですけど、
私は会計業務をメインで始めたんですけれど、
っていうところから入るとまた中途半端になってしまうんですけど、
大学卒業してまず最初に会計専門学校に行ったんですね。
大学とは別に?
別に大学卒業した後に。
新卒では就職をしなくて、
生理士になろうかなと思って会計専門学校に行って、
そこで必修の科目とかあるんですけど、
会計科目の2科目っていうのは一発で合格したんですね。
その後からちょっと1年に1回しか試験がないんですけど、
なかなか次の科目が合格できなくて、
25くらいの時にちょっと1回就職しなきゃと思って、
監査法人に就職をして、
就職しながら勉強をするという予定だったんですけど、
仕事をしながらの勉強がなかなかできなくなってしまって、
勉強するより仕事の方が楽しいかなっていうのもあって、
そこで頓挫してしまった形なんですよ、生理士の話は。
その出だしから結構長いですよね、新卒で。
そもそもね、そこで立ち止まりたいんですけど、
生理士を目指そうと思ったのはなぜですか?
生理士は、私大学が経済学部小学科という。
じゃあ関連はしてるんですか?
そうなんです。その中で、それこそ必修で、
語記論という授業があって、
それ結構好きだったんですよね。
そう。そういう流れで。
でもそういう流れ、そうですね。
私スキーブだったんですけど、
スキーブ?そこも気になる。
スキーブだったんですね。
冬の間ずっと山にこもってるんですよね。
山から降りてきたら、ほとんど就職活動が終わって、
降りてくるの何月ですか?3月ぐらい?
3月の半ばぐらいの時ですね。
私たちの頃は、葉書で資料請求したり、
電話の箱取ったり、電話して面接の予約とか、
そういう感じだったんですけど、私はそれを全くしてなくて、
周りの同期はしてたんですよね。
そういうことに全然気が付いてなくて。
山から降りてきたら、ちょっともうすっごい遅れてるっていう。
あー、そうだった。
じゃあ、それもあるし、
もともと興味なんてボキロンに興味があったので、
改定する専門学校に行こうかなっていう風に。
さこひなさんが税理士さんになるには、別で専門学校に行けないといけないんです?
っていう質問ありますけど、それはそうなんですか?
専門学校に行かないで、自力で勉強する人もいますけど、
でもほぼ、95%は行ってると思います。
じゃあ、だいぶ高確率なんですね。
スキーぶーってさこひなさんも言ってますけど、
雪国育ちでしたっけ?
違います。
違うけど、スキーが好きなんですか?
スキーは大学入って、なんか勧誘されて。
あ、そういう感じなんだ。
へー、それも面白すぎる。
はいはいはい。
すいません、ちょっと話止めちゃって、
もうこれずっと何時間もかかっちゃうかも。
そうね、何時間もかかっちゃう。
ね、かかりますね。
あ、若室さんこんにちはー。
仕事しながら拝聴しまーすって。
お母さんも山って、山こもってた、スキー部で。
へー、そうなんだ、めっちゃ面白い。
で、じゃあちょっと話し進めますか。
ほんとだ、たまきさん、スキーゴルフアクティブですね、てきなりさん。
確かに本当にアクティブ。
スキーはね、大学卒業してから全然やってないんですよね。
あ、そっかそっか、でもそこで山を見てたから富士山とかにもつながるんですかね。
沢さんが富士山って言ってくださってる。
ねー、いや面白ー。
そうなんですよ、だからね、もうこういう話ししてるとたぶん。
そうですね、ちょっと1日以上かかるんで、じゃあちょっと次の話に行きますか。
で、結局就職の方がいいかなってなったんでしたっけ、最終今話どこまで来ました。
勉強の途中、まだ全部受かってないけど、ちょっともう25ぐらいになってるから、
いっぱい就職してこないと就職できないかなって思って。
で、監査法人に行って、仕事はしてたんですけど、
監査法人から他の会計事務所の方にもまず最初に転職をして、
監査法人って会計士じゃないとメインの仕事できないんですよね。
そうなんですか。
そうなんですよ、だから私は事務スタッフだったんですけど、
もうちょっと会計寄りの仕事したいなと思って会計事務所に転職をして、
で、そこにいる間に、割と単調なんですよね。
毎月やることとか季節ごとにやることっていうのが決まっていて、
もう何年かいるとその流れに乗っていけばできる。
嫌いではなかったんですけど、慣れた頃にちょっと他の仕事したいなと思ってるときに、
主人が、知り合いがベンチャーを起こすので、
そこで事務やる人いないかって探してるんだけどどう?って言われて、
面白そう、そんな立ち上げ面白そうって言って転職をして、
そこはもう事務系、管理系やる人はもう私しかいないので、
全体を見渡せる仕事っていうのが楽しいなと思って。
え、夫さんいきなり登場してきましたけど。
夫さんが知り合いのところでっていうので。
そうです。知り合いがそういう会社を起こすっていう。
それもまた面白い。
えりもさんこんにちは。
こんにちは。
嬉しい。
嬉しい、すげえみんな。
ね、若村さんも夫さんって言って、急に夫さん来た。
たさこひなさんから質問。
夫さんとは監査法人での出会いですか?って推理が始まった。
夫さんとは監査法人の出会いではないんですけど、
会計の専門学校で、
あ、そっちか。
でも夫はもう働いてたんですけど、
コンサルティング、経営コンサルティングみたいな仕事をしていて、
財務商標とかもっと読めるようになりたいとか、そういう感じで来てたんです。
あ、そうなんですね。
よろしいでしょうか。
よろしいです。はい。
すいません、慣れそめ聞いちゃった。
で、そっちのベンチャーの方の立ち上げのお仕事行かれたんですよね。
で、それからはどうですか?
それはすごい面白かったんですけど、
はい。
で、そうな時に夫が留学することになって、
もうちょっと待って、そこ待ってほしい、待ってほしい。
何の留学ですか?
それはMBAで。
はいはい、なんか聞いたことあるけど。
経営学習士。
へー、社会人の方がなんか取るやつです?それって。
そうですね、はい。
で、しかもね、それ会社からじゃなくて、自費で行ったんですよ、うちはね。
え、給食とかしてですか?
給食して、はい。
で、それで2年間イギリスに。
え、長い。
そう、やばいんですよ。
いやいや違う違う違う、長い、長い。
やばいじゃない、長いです。
長い。
長い、あ、そうなんだ。
そこでもう2年間で生活費込みで2000万ぐらい使ってきたので。
うわー、すごい。
へー。
びっくりですよね。
びっくり。え、で?で?
で、帰ってきて。
そうだそうだ、お菓子と出会ったのはイギリスで、
もともと私家庭料理を知りたくてイギリスの。
イギリス料理まずいまずいって聞きますよ。
でも家庭料理を知りたいなと思って。
え、なぜ?なぜそう思ったんですか?きっかけありました?
なんだろうな、そんなにまずいと言われる家庭料理はどんなのなんだろう。
あるはどこへ行ってもママの味はおいしいはずっていう風に思って。
そういう家庭料理を教わりたいって夫に言ってたら、
夫が学校でいろんな人に声かけて探してきてくれて、
お料理上手のママがいるからその人のとこ行ってみるっていうことで行ったら、
その人がお料理プラス最後にデザートをいっぺん必ずつけるっていう主義の方で、
必ずいっぺんお菓子を作ったんですね。
そのお菓子の方にはまってしまったっていう感じがします。
半作ひなさんフィッシュ&チップスしか知らないかもです。確かに。
そうですよね。
あしもさんから質問。イギリスのどんなお菓子に出会ったんですか?って。
そうですね。イギリスのお菓子は、皆さん知ってるところで言うと、
クリームティー、アフタヌーンティーとか。
あの段のやつですか?
ん?
段々のやつですか?3段ぐらいのやつですか?違います?
あれ違う?アフタヌーンティー。
ちょっと違うかな。
あ、違う。ハイエージしかない。
アフタヌーンティーは3段ぐらいのやつ。
あれであってます?
それぐらいしか情報がない。
お菓子はスコーンとか。
スコーン。
はい、あのビクトリアサンドイッチケーキとか。
何それ何それ、全然わからない。
なんかね、フランス菓子みたいにキラキラしてなくって、
すごい焼きっぱなしのお菓子とか多いんですけど、
すごくすごくおいしい。
へー。何味ですか?チョコとかどんな味なんだろう。
チョコのものもあるし、あとはスパイス効いたものとかもあるし。
へー。
ちょっと噛みごたえありそうなものが多いですね。
ふわふわ系のお菓子ではなくて、
ちょっとハード系?
そうですね、しっかりしたもの。
へー。
ビスケットとかすごい種類が多いですね。
ビスケットはわかる。
へー、そっか。
しもさん、私も3段のイメージって言ってくださって一緒だ。
ちょっと待って、もう1時のいい時間です。
ほんとだ、ちょっと終わらない終わらない。
じゃあ次進めます。
でもね、時間的にはまだ25分ぐらいまではいけるかなと思ってるんで、
いきましょういきましょう。
2段の気になります。
で、お菓子でそっから出会いました。
で、どうなりました?
日本に帰ってきて、もともと働いていたスタートアップベンチャーですね。
はい。
挨拶行ったら復職させてくれるっていうことになって。
あーすごい。
で、そこで働きつつ、
日本に帰ったらこの人のところでお菓子学びたいなと思ってた先生のお菓子教室に通い、
ちょっと待ってください、それはイギリスの時に調べてたんですか?
そうなんです、インターネットで見て。
へー。
で、それで通っていたらもうそっちもハマりすぎて、
結局そこで生徒からそこで働くスタッフに。
すごい。
すごい。
のめり込むタイプですか?
のめり込むタイプですね。
すごいですね。
その先生がまず魅力だなと思ったのはなぜですか?
その人に習いたいと思ったのは。
えっとね、私がイギリスにいたのって20年くらい前なんですけど、
その当時って今みたいにお菓子の先生ってそんなにはいなかったんですよ。
へーそうなんですね。
私の行ってた先生はもう亡くなったんですけど、3年か4年くらい前。
その加藤知恵さんっていう先生、すっごい本をいっぱい出してるんですよ。
へー加藤知恵さん。
その方とあともう一人くらいがお菓子の応募書っていう人がいて、
今はね、SNSから飛び出したお菓子の先生とかそういうのもいっぱいいると思うんですけど、
日本の先駆者みたいな人がいて、すごいセンスもよくて、
そこで学びたいっていうふうに思って。
あきなりさんがお話を聞いていて玉木さんの適応性が爆発してるって思いましたって言ってくださってますよ。
そうですね、爆発してますね。
すごい爆発、全部爆発してる感じがしますね。
へー、でもう働いたんですねそこで。
そうなんです、なので復職したところはもうやめて。
やめて、はいはいはい。
でもうね、すっごい激安ですよ。
もう実給だったんですけどその時は。
はい。
1900円くらいとかで。
へー。
でもう夜中まで働くし。
え、アシスタント?何の仕事になるんですか?
えっと教室のアシスタントではなくて、
製造って言うんですけどもお菓子をひたすら作り続ける部隊がいて、
デパートとかにもねイベントで卸したりとか。
へー。
あ、そうです坂雛さん見てくださいました。
あ、加藤知恵さんのインスタ開いたらすごいお菓子の数々でびっくりです。
へーそうなんだ、ちょっとまた後でじっくり見させてもらおう。
じゃあそういうのが作れちゃうってことですね。
そう。
すごーい。
でもね、あのやっぱり綺麗な世界の裏は大変でもすごい重労働なんですよね、力もいるし。
あーそっか。
もう真夏の時期にクリスマスケーキの試作とかが入るので。
はいはいはいはい。
でクリスマスの時期はもう三菌包帯です。
わー。
あ、泉稲さんこんにちは少し耳だけありがとうございます。
今ね、たまきさんがお菓子にハマってお菓子のところで働いて重労働だったっていう話してます。
三菌包帯なんだクリスマス前は。
私はもう下っ端なので。
はいはいはい。
働く場所ではもう軽量とか粗いのか、もういかに先輩の動きを止めないかっていうのが私の主要。
それも適応性なんじゃないですか。
そうですね、先回りして考えても道具を出す。
はーすごい。
だからトイレに行けないんですよね、なかなかね。
あー。
私がトイレ行くともうみんなの手が止まっちゃうかもと思って。
えーちょっと病気なっちゃいますよそれ。
そうなんですよ、だからね飲み物を全く取らないし。
もう余計にな。
あーつらい。
やっぱり倒れちゃったんですよ。
あーそうなんですか、あらーそっか。
え、それ何年ぐらいしてたんですか?
えっとね、生徒で入ってから延べ6年ですかね。
生徒だった時期が3年で、働いて3年。
へー。で、6年経ってどうなったんですか?
6年経って、まずあの、尿管消して引いて。
え、病気の方ですか?まさかの。
でも、あのー、すごい痛い病気。
いやー、聞きますね。
お分かりだと。
あららららららら。
もうそれがきっかけで、その後人員運営になって、庁営になって。
え、え、ちょっと待って待って待って。
ちょっと待って、それも追いつかない。
えー。
さ、今すごい話でした。
玉城さんがお菓子の世界にハマって、働いたら、
えーと、6年経過してすごい病気いろいろなったっていう話でした。
えー。
作品屋さんもうちの夫も救急車で運ばれました?
えー。
そうですよ、救急車ばりのもう痛さで。
え、じゃあその、え、その病気になって初めて辞めようと思ったっていう意味ですか?
あ、そうですよ、もう病気になって、救急車できなくなってしまったので辞めるっていう。
またなんかそれをさらりという玉城さんが玉城さんらしいんですけど、ちょっとびっくりですね。
アサヒルさんがさすが在庫タイプって言って笑ってるし。
さくひなさんも本出せそう。玉城の繁盛って言ってますよね。
いやーこれはもっともっと知りたいですよね。皆さんね。
いやー面白い。ちょっとこれ続編したい。
しおもさんおじさんまでの道のり長かった。
いやほんとそう。でもこれ絶対言ってないことまたまたやむほどありますよね。
そうですね。
ねー。
今もう忘れちゃうんですよね。本当に。
分かるなー。でもその忘れるって言うと。
そうですよねー。
アサヒルさんが最上志向あるあるなんだよなー。在庫を在庫とみなさない。
あー確かにそれはギクッとしますね。
これが私って何もないなーって。
いやいやいやいや。
この話で何もないって言ってる田口さんがあるっていうのはどれぐらいあるんだろう。
ちょっと逆に興味津々。
アサヒルさん日本人は最上志向さん多いそうですよーって。
一番ですね。
あー一番なんですねー。
あーちょっと面白かった。みんな謙虚だからってアサヒルさん言ってる。
いや謙虚と違うんですよね多分ねこれ。
あ違うんですね。
うん。私はもう全部中途半端感なんですよ。視覚も全部取り切らなかったとか。
えー中途半端なんですねー。
そうかなー。
いや謙虚ではってアサヒルさん言ってくれてる。
ねーいやーちょっと面白かったですねー。
一旦じゃあ第1回目のインタビューはこの辺りにしておきますか?
ちょっともう時間も考えて。
リポさんのお話を聞かせていただいて。
いやーもう私この後に喋ることないってなってくるんですけど。
それがあるんですよ。
いやいやいや何回になるのかなーって。
ちょっと続編しましょう続編。
僕なんかいきなり中国に行ったって話してるからえ?って思ったし。
言ってるんですよ。
そうそうそう言ってないこといっぱいあります。
はい。
じゃあインタビューは交代。
はいお願いします。
あのなんだっけ。私なんかだとあの美子さんはすごい一本道で来てるようなイメージがあるんですけどちょっと違うんですよね。
そうですね一本道なんですかね。
なんかねその最初の会社が入ってから20年働いてるんでそういう意味では一本道なのかもしれないんですけど
ただそっから40代になってこうなんだろう激変しだしたんですよ。
ちょっといろいろ変わって転職してそっからいろいろ動き出したっていう感じですかね。
そうですよね。
じゃあその激変からにしますか?
そこまでの道。
でもちょっと聞きたいな。
あの社会人になる前のきっかけみたいなのが大学生の時。
そうそうそうそう。
中国気になりました。
中国の話なんかさらっと入れてしまったんですけどね。
はいわかりました言います。
えっとね。
皆さんエリモさんも初めて知りましたって言ってくださってありがとうございます。
えっとちょっとねこれ私まだ言ってなかったんですけど実は私外大卒なんですよ。
そうなんですね。
でもなんでこんなオープンにしてないかっていうとすっごい英語が苦手な外大生だからなんですよ。
でなんかねその本当は心理学とかはやっぱり興味があったからそっちに行けば私よかったなって思ってるんですけど
高校生の時になんか留学をちょっと夢見たんですよね。
であとなんか英語できたらかっこいいっていうこの単純な理由で外大に行ったんです。
でそれであの行ってみたら外大なんて英語が得意な人しか来ないに決まってるじゃないですか。
そうですよね。
そうなんですそうなんです。
英語ですよね。
そうそうそうだからもう本当に一番下のクラスにもなったし
あーもうこれは英語はもう無理だ手放そうってなって
もう専攻も英語をできるだけ取らないように外大なのにしてて
でもこれはこの道ダメだって思ったから大学時代にダブルスクールしたんですよ。
ダブルスクールっていうのは別にスクールに行くっていう意味なんですけどね。
でその当時リクルートが出してる雑誌があって稽古と学ぶっていう雑誌があったんですよ。
ありました。
ありましたね。
でそこでなんかOLからパソコンのインストラクターになりましたっていう記事を見たんですよ。
でパソコン自体はなんとなくテレビの延長線上に私その当時思ってて
まあなんか好きかなって勝手に思ってたのと
あとスクールっていう場所なんか学びに行くっていう場所にちょっと惹かれたから
そのパソコンインストラクターにOLからなってるんだったら
もう若い学生のうちから行ってしまった方が得なんじゃないかっていう考えにいたり
学生の時にバイトをしまくって
あ、ゆきえさんこんにちは。
あ、ゆきえさん。
バイトをして、その時ね50万ぐらいかなコースが
パソコンインストラクター養成コースが
そうなんです。
でそれをもう自分で稼いで
で受けに行ったんですよ。
でそこで大学生しながらパソコンインストラクター養成講座っていうのに行ったんですけど
そこでやった内容がパソコンの勉強もやるんですけど
人前で話しする先生だから
前で発表するやつとか
あと授業の組み方とか
カリキュラムの作り方とかそういうのをやってて
でもうそのままそこに就職したんです。
おー素晴らしい。
あ、それで20年間ですか?
そう、そうなんです。
私超氷河期世代だから
周りの人も外大ってねめっちゃ自由なんですよ。
だからなんだろう
一般的なレールに乗ってない人ばっかりで
就職してない人が当たり前だったから
私も就職活動もほぼもしてなくて
そこにしか行ってなくて
それでパソコンのインストラクターになったんですけど
またここで座説を味わうんですよね。
私はパソコン自体がそんなにあんまり好きじゃなかった
っていうことに気がついて
何やってるんだろうってなったんですけど
苦痛で苦痛で質問が
もう私としては
もう使えたらいいやんってすごい思ってしまうんですよね。
聞かれたことに何でも答えられるぐらい
そうなんです。
だからすごい深いこと聞かれても
結局これできるからいいですよね
みたいな感じになっちゃって
それはちょっと良くないじゃないですか。
だからちょっとそこが向いてないなって
すごいモヤモヤしてたんです。
で、そこでね初めて
対象者、社会人とかの方が多かったんですけど
転職目指してる人がやっぱ多かったんですよ
パソコンを習いに来てる人って
それでその方の今後の夢を一緒に聞いて
目標を設定して
どの講座がいいですよみたいな
カウンセリングというか面談ですかね
それをしだしたんです。
そしたらその人の話を深く聞ける
一対一で深く聞けて
夢とかが聞けるっていうのが
来ましたね。
来ました。ここです。
ここで私のなんだろう
面白いってすごいなって
そうなんでそこがあって
営業の方に変わったんです。
職種が変わった。
それでその社会人向けの講座を
パソコンとかビジネス系が
多かったんですけど
例えば価格帯で言うと3万とか10万とか
30万とか50万
最後100万ぐらいのコースがあったんですけど
私が一番得意にしてたのは
100万とかだったんですよ。
素晴らしいです。
もう中途半端なのに
絶対こっちがいいって
なんかそれが楽しくって
なんかねすごい私の中では
すごい好きな仕事だったんです。
素晴らしいですね。
あしもさんがどこにきっかけがあるか
分からないですね。
そうなんです。
ほんとたまたまの偶然ですからね。
そうなんですそうなんです。
それで
すごい好きだったんですけど
ただね時間帯が良くなかったんですよ。
勤務時間が。
社会人向けのスクールだったんで
7時以降がメインの時間帯になるから
毎日終電だったんですよね。
その頃は途中で結婚されたわけ?
そうですそうです。
結婚してからもう終電で帰って
もうね夜中の1時とかに空いてる
ビックリドンキーとかに行って
ちょっとレストラン味わうみたいな
そんな生活をしてたんですけど
やっぱりちょっと子供ができたと同時に
移動届を言って
大学で次は
同じ会社なんですけど
大学の中に属して
大学生に資格講座を売っていくっていうのを
大学の中でアウトソーシングとして
やっていくような仕事が
同じ会社の中にあったので
そっちに行ったんですよ。
なるほど。
でそっちに行ったら
行ったでまた
ちょっとんって思うことがよくあって
やっぱ大学生向けの講座って
すっごい安いんですよ。
100万の講座を売っていたんですよ。
そうそうそう
1万円台とかになって
しかも私100万円の講座売ってたのは
やっぱ1対1でじっくり
信頼関係を作って
一緒に夢を実現するために
計画立てていくっていうのが