昭和の駅売店の情景
夕焼けひとりきり、始まりました。昭和、二桁生まれのパーソナリティ、ミッキーロンリーがご案内します。
昭和レトロ、今は懐かしい思い出、明日の心配もせず駆け抜けた昭和の時代、温かく優しい昭和の情景、
心のままにお話しできればと思っています。どうぞお付き合いください。今日は、昭和レトロのお話、テーマは、駅の売店、
皆様のあの時、あの頃の駅の情景、昭和平成の世代の皆さん、現代に生きるリスナーの皆さん、
これまでの歩みを振り返るとした時に、数言数学、そして観光でも多くの鉄道を利用された経験がございますでしょうか。
そこに利用した人もいるかもしれません。 そんなあの時の駅の売店、私ミッキーがエピソードを交えてお話ししてまいります。
聴いてください。駅の売店、昭和の時代から平成令和と巡り、
よく私たちの通学通勤での利用の中で駅の売店を、その情景というものは、あの時と今では大きく異なってきています。
時代が変わり、キャッシュレス、スマートフォンの普及により、自動販売機でもスマートフォンをかざすのみで購入できる便利な時代に、私たちがあの時の駅の情景、
人によっては利用された駅に小さくまとめられて、ビンジュース、ビン牛乳が売られていたり、スポーツ新聞が高く塔のようにそびえ立てられていたり、
上から傘の絵の具のようなもの、服で多くのお土産やハンドバッグのお菓子がぶら下げられていたり、そして少し錆びついたような背向き、誰もが思い出す、そんな状況もありましたよね。
私、ミッキーも、実は郊外に住んでいました。
町に行くときは緊張して、友人の切符売り場で券を、固いものを、そして切符を駅員さんに通してもらって、ホームで鉄道そのもの車両に乗る行為、それが緊張の連続。
もちろん普通列車、ドンコウと呼ばれるものです。
そして、通駅行ったところでホームに降り立ち、急行列車、特急に乗り換えて都心まで行かなくてはいけない。そんな便利な時代ではなく、そのホームでは今の時代とは異なる光景で、ホームにそんな売店がございました。
おばさんが商品に囲まれて、小銭を千住観音のように多くの漁師のお客様に、瞬時に、例えばスポーツ仕事を引き換えにお釣りを渡したり、
瓶牛乳を腰に手を当てて飲んでいる人がいて、その片付けをしたり、お土産コーナーに陳列したり、お菓子もガラスの小ぶりのケースに陳列する。
先出しも丁寧にされることながら、多くの人的な丁寧さ、心配りも備わっていた。その情景を、あの頃、子供の自分は眺めていたような気がします。
感心したものですね。大人の世界というものの奥深さに。
接客も今の時代よりも何かホットなイメージで温かいものがありましたよね。
そして列車に乗る時に乗り換えた列車が急行が来て乗り込んだ時に手を振ってくれたりしてね、そんな思い出が蘇ります。
そして今の時代まで、その駅の風景も自動販売機で、当時は瓶牛乳、瓶物が主流だった時代から缶に変わり、コーラにしても炭酸飲料にしても細長い缶が主流だったものが。
そして缶コーヒーもメーカーによってはオリジナルのものが一種だったのが細分化されて多くの利用者にニーズに備ったものに変遷していきます。
そして紙パックのもの、そしてペットボトルのものに今ではその飲み物を変遷していきましたね。
そしてなかなか見機の住むこのエリアにおいても駅のホームに売店はまずありませんし、当時の地下鉄にややコンパクトながらあった商店街、
映画館があったりしたものも今は改装がなされ、広く大きな地下街が広がっています。
そしてふと思うのは時として寂しい気持ちになったりするのですけれども、セキュリティの面からまた少しでも駅ごとにあの頃のような売店があったり、
例えば都市部で地域の一つでも名古屋なら駅弁が統一したものが売られていても面白いと思いますし、
何か地域の顔というものか無機質なものの駅から人々が何か当時のように立ち話したり笑顔をはじけたり、そんな光景がふとタイムスリップしたあの頃のように今でも感じてみたいなと思うことが
今の駅を見て思うことがあります。何か便利になった今の時代の駅の数、本数は多いけれども多くの場所で素通りしていく状況というのは何か当時の立ち食い論があったり、何かあの頃が恋しいこの頃です。
皆様はどのような駅の売店の状況を思い出しますでしょうか。
今日はショゴレットのお話、駅の売店について語ってみました。
このあたりで終わります。お付き合いしていただきありがとうございます。
次回の番組、お楽しみに。