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みなさま、おはレモンです。 このチャンネルは、おいしい柑橘や、上手な柑橘の選び方など、柑橘がもっとおいしくなる柑橘の魅力をじわっとお届けする番組でございます。
今日も早速やっていきたいと思います。今日は、柑橘の現代史を紹介しますということで、やっていきたいんですけれども、
日本の柑橘の歴史というのは、有史以降、西暦0年から見るとですね、3世紀頃にはですね、立花というものや代々、小みかんなんてものがあったんですけれども、
それは相当、紀元は置いておいて、日本の在来の柑橘というのは立花のみだったというふうにされているようですが、
そこから語っていくと終わらなくなってしまうので、柑橘の現代史というところで、1960年以降をお話していきたいなというふうに思っております。
まず最初はですね、1961年以降ということで、日本の政策ですね、農業基本法や果樹農業推進特措法の制定をきっかけに、
雲州みかんの増産体制の整備が進められたということで、当時ですね、高度経済成長にも圧倒され、産地の拡大、生産量の増加というのが急激に進みました。
そしてですね、1960年代から右肩上がりの雲州みかんの生産量というのが増えていきましてですね、1975年がピークですかね、367万トンまで伸びたんですけれども、
供給過剰となりまして、一気に市場価格が崩落ということですね。
1973年のオイルショックで高度経済成長も終わったということもあって、雲州みかんの生産量、消費量というのはここからもう右肩下がりの糸になっております。
良かった時代というのは、みかんの木1本から大卒の新入社員の初任給の1ヶ月分の収入が得られると言われていたみたいですけれども、良かった時代というのも1960年から1975年までの意外と15年くらいですかね、意外と短い期間だなと思ったりもします。
この時代に切り開かれた山々というのがたくさんあるのかなと思いましてですね、今はそこがまた農家さんがいなくなって山に帰ってきたりしているのかなということに思いはずたりもいたしますが、
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その後ですね、生産調整によりましてイオカンとかネーブルとか中板カン、いわゆる中板カンという大きい玉のものが多いんですけれども、園地の更新が進みまして消費者ニーズに合った果実を作っていこうという取り組みが開始されております。
よくも悪くも奥手のウンシュウミカンというのは年明けも寝かせて寝てますけど、収穫時期というのは年内に終わってしまうので、年明けに食べられる柑橘類というのがこの時期から増えてきて、今のように多様な品種改良されたものが出回るようになってきて、今に至るという状況になっております。
なかなか皆さんね、正月にコタツでミカンを食べるということも見なくなってきたのかなと思います。
私の家でも今年40歳になって今39歳なんですけど、子供の頃は箱ミカンからコタツミカンを食べたりした記憶があるんですけれども、今では大家族から家族になってなかなかそういうことも減ってきたのかなというふうに思いますが、
ミカン農家としましては、ミカンも美味しいんでね、今美味しいミカンもたくさんありますんで、食べてほしいなと思ったりしておりますというところで、今日はサクッとした配信でありましたが、こんな感じで終わっておこうと思います。
休日ですからね、皆さん土日ゆっくり楽しんでお過ごしいただければ幸いでございます。
水溜りボンドでした。