#014|ジョージ・ナカシマ|こだま|フリーエッジ|蝶形継ぎ手|ミニドカ収容所|ニューホープ|コノイドチェア|平和の祭壇|ミラ・ナカシマ|ジョージナカシマ記念館|高松・牟礼|竹中大工道具館|展覧会|12月13日まで|Knoll|瑞宝章|美術館|スポケーン|ポンディシェリ|ゴルコンド|軽井沢・聖パウロ教会|アントニン・レーモンド|彦川源太郎|ロックフェラー邸220点|一点もの|木工家具
2026-10-28 18:12

#014|ジョージ・ナカシマ|こだま|フリーエッジ|蝶形継ぎ手|ミニドカ収容所|ニューホープ|コノイドチェア|平和の祭壇|ミラ・ナカシマ|ジョージナカシマ記念館|高松・牟礼|竹中大工道具館|展覧会|12月13日まで|Knoll|瑞宝章|美術館|スポケーン|ポンディシェリ|ゴルコンド|軽井沢・聖パウロ教会|アントニン・レーモンド|彦川源太郎|ロックフェラー邸220点|一点もの|木工家具

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MeeFM特別編。今回はニュースを離れて、木工家ジョージ・ナカシマ(1905–1990)一人の人生を掘り下げます。ワシントン州スポケーンに生まれ、建築家として出発したナカシマは、インド・ポンディシェリで精神的な転機を迎え、ミニドカ収容所では工匠・彦川源太郎から手道具と継手の技術を受け継ぎました。ニューホープの工房で貫いたのは、「一本の木に唯一の完璧な用途がある」という哲学。自然の縁を残すフリーエッジ、割れを留める蝶形の継ぎ手、平和の祭壇、そして娘ミラへ受け継がれる工房。締めくくりには、高松のジョージナカシマ記念館と、神戸・竹中大工道具館で12月13日まで開催中の展覧会など、日本で実物に出会える場所も紹介します。

この番組を作っているチームのアプリ「Moshilin」では、世界中のアート好きと音声ルームで直接話せます。ダウンロードリンクは番組の概要欄にあります。iPhoneの方は、Webブラウザから safekids.win にアクセスすればそのまま試せます。

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♪今日の1曲:ジャズ(番組中盤)

■参照サイト

George Nakashima Woodworkers 公式/History & Team - https://nakashimawoodworkers.com/philosophy/history-team/

George Nakashima Woodworkers 公式サイト - http://nakashimawoodworkers.com/

Smithsonian American Art Museum/George Nakashima - http://americanart.si.edu/collections/search/artist/?id=5896

EBSCO/George Nakashima Biography - https://www.ebsco.com/research-starters/biography/george-nakashima

Wikipedia(英語)/George Nakashima - https://en.wikipedia.org/wiki/George_Nakashima

Wikipedia(日本語)/ジョージ・ナカシマ - http://ja.wikipedia.org/wiki/ジョージ・ナカシマ

SFMOMA/George Nakashima - https://www.sfmoma.org/artist/George_Nakashima/

Densho Encyclopedia/Gentaro Kenneth Hikogawa - https://encyclopedia.densho.org/Gentaro_Kenneth_Hikogawa

Knoll/The Soul of a Tree - https://www.knoll.com/knollnewsdetail/george-nakashima-studio

NGV/George Nakashima and Isamu Noguchi: A Life Between - https://www.ngv.vic.gov.au/essay/george-nakashima-and-isamu-noguchi-a-life-between/

Geoffrey Diner Gallery/George Nakashima Biography - https://dinergallery.com/artists/30-george-nakashima/biography/

Sworders/George Nakashima's Harmonies in Wood - https://www.sworder.co.uk/news/george-nakashimas-harmonies-in-wood/?pc=3453

Sceners Gallery/George Nakashima - https://scenersgallery.com/collections/george-nakashima

The Spaces/Seven destinations for George Nakashima furniture - https://thespaces.com/eight-destinations-where-you-can-worship-george-nakashima-furniture-in-its-element/

Nakashima Foundation for Peace/Altar for Peace - https://nakashimafoundation.org/project/north-america-usa-altar-for-peace/

Nakashima Foundation for Peace/Environments for Peace - https://nakashimafoundation.org/environments-for-peace/

桜製作所/ジョージ ナカシマ記念館 - https://www.sakurashop.co.jp/nakashima

The Noguchi Museum/Biography - https://www.noguchi.org/isamu-noguchi/biography/biography/

Geoffrey Diner Gallery/Isamu Noguchi Biography - https://dinergallery.com/artists/83-isamu-noguchi/biography/


■声質変換:つくよみちゃん公式RVCモデル(CV.夢前黎) https://tyc.rei-yumesaki.net/work/software/rvc/

■元の音声:本番組用に生成したDJナレーション音声

感想

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00:02
ミ・F・M
あなたがもし、森の中で大きくひび割れて半分腐りかけたような巨大な丸太を見つけたとしますよね。
あの普通の木工職人だったら、まあ先に薪にして燃やしちゃうか、まあ使えない欠陥品だなって見向きもしないと思うんですよ。
そうですよね、家具にはちょっと使えないなって。
ええ、でもある一人の男は違ったんです。
彼はその荒々しい割れ目の中に、これから生まれる究極の傑作の姿を見ていたんですよね ということで毎朝のアートニュース
MEFM特別編へようこそ 水曜担当の花です 同じく大地です
本日のテーマは 機に第二の人生をです
20世紀を代表する木工家であり、画デザイナー ジョージ中島
本名は中島勝義と言いますが、この一人の人物の数奇な人生と彼らたどり着いた深い 哲学をあなたと一緒にじっくり紐解いていく特別編になります
楽しみですね あの本編に入る前に少しだけ振り返りなんですが
お聞きの皆さんは昨日2026年10月27日配信の第8話 通常放送はお聞きいただけましたでしょうか
昨日の放送ですね
昨日は中島と彫刻家イサム野口の特集 第1部ということで
二人の生い立ちとか戦争、日系人収容所時代という激動の背景を取り上げました
そうですね 通常回では明日以降も第2部第3部とこの二人の特集が続いていきますので
ぜひそちらも聞いていただきたいんですが
今日の特別編ではあえてジョージ中島一人の人生と哲学にフォーカスして特集します
彼がなぜ木という素材に運命を感じて あの独特の美学にたどり着いたのかを
さらに深く探求していこうというミッションですね
ジョージ中島の家具って一目見ればそれとわかる圧倒的な存在感があるじゃないですか
ありますね あの木の自然な形を残したテーブルとか
ええ でもただ美しいだけじゃなくて その背景にある思想がとてつもなく深いんですよ
まずは彼の出発点から見ていくと その思想の理由が見えてきます
1905年にワシントン州のスポケーンという自然豊かな町で生まれまして
スポケーン はい ボーイスカウトで森を駆け回るような少年時代を過ごすんです
でワシントン大学に進学するんですが 彼が最初に専攻したのは実は林学だったんですよ
ここでいきなり素朴な疑問なんですけど 森が好きで林学を選んだんだったら
そのまま林業とか森の研究者に住めばよかったんじゃないですか
でも彼はその後すぐに建築へ転校してますよね
そこがすごく重要なポイントでして 林学っていうのはどうしても資源の管理とか
経済的な効率っていう側面が強くなるんですよ
ああ いかに木を早く育てて効率よく木材として切り出すかみたいな
まさにそうです でも彼が求めていたのは自然の素材を使って空間を創造することだったんですよね
03:02
だからこそ建築の道へ進んで MIT バサチューセツ工科大学で建築の修士号を取得します
MITですか なんか超エリートコースですね
その後フランスへ渡って近代建築の巨匠ル・コルビジェの建築にも触れます
そして1934年には日本へ渡ってアントニン・レーモンドの建築事務所に入るんです
フランク・ロイドライトのお弟子さんだった方ですよね
そうです そこで前川邦夫とか吉村潤三といった後に日本の近代建築を背負って立つ巨匠たちと同僚になるんですよ
一緒に軽井沢の聖パウロ教会の設計とか家具の製作にも携わりました
ちょっと待ってください MIT を出てコルビジェを見て日本でレーモンド事務所に入って前川邦夫たちと肩を並べるって
これ当時の建築家としては考えられる限り最高のキャリアじゃないですか
未来のスター建築家が約束されているような状況ですよね
間違いありません 巨大なプロジェクトを動かすエリート建築家への王道ですよ
でも彼はその道を自ら下りてしまうんです
えーなんでですか
理由は当時の近代建築のシステムそのものに対する強烈な違和感でした
巨大な建築になればなるほど極端な分業化が進むじゃないですか
あーなるほど設計する人と実際に建てる人が完全に分かれるってことですね
そうなんですよ設計師は綺麗のオフィスで図面を引いて現場の職人に指示を出すだけ
彼は自分が本当に求めていた自然や素材との直接的な対話から遠ざかっているって感じたんですね
頭の中で完璧な図面を書くことと実際に手で木に触れることの間にすごく大きな溝ができてしまったというか
そうですそして1937年に仮に大きな転勤を訪れます
インドのポンディチェリにあるアーシュラムと呼ばれるヨーガの修行所の寄宿舎ゴルコンドっていう建物の建築現場に監督として派遣されたんです
現場監督としてインドへ
ただここは普通の建築現場じゃありませんでした
彼自身が図面を引くだけじゃなくて自ら道具を手に取って現場の職人たちと一緒に汗を流して建具とか家具を作り始めたんですよ
へー
これが彼にとって初めての本格的な家具作りの経験になりました
さらにここでヨガとか思想家のシュリ・オーロビンドの教えに深く出会うんです
美を喜ぶものを意味するサンスクリット語の名前スンダラナンダを与えられたのもこの時ですね
そこで建築から家具へシフトしていくわけですが
なんかそれって例えるならハリウッドの超大作映画の監督を辞めて
絵の具の調合からキャンバスの貼り上げまで全部自分一人の手でやるソノの画家になったようなものですよね
ああその感覚に非常に近いです
スケールは小さくなるかもしれないけどその代わり隅々まで自分の魂を行き渡らせることができるというか
はい
06:00
彼は当時の建築の分業体制を英語でディスインテグレーションつまり統合の崩壊だって批判してましたから
始まりの木材選びから最後の仕上げまで自分自身の手と目で完全にコントロールできる
家具という小宇宙を選び取ったんです
自分の美学を一切妥協せずに貫けるサイズ感が家具だったんですね
でもせっかく見つけた自分の居場所が歴史の大きな渦に飲み込まれてしまいますよね
1942年第二次世界大戦の影響で日系人強制収容所に送られてしまう
間補修のミニ土家キャンプですね
ここで少しだけ昨日の放送で取り上げたイッサム野口と比較してみましょうか
はい
同じ日系人の芸術家としてよく並び掃されますけどその童貞は全く対照的なんですよ
野口はポストン収容所に自主的に収容されて
その後も世界中を移動し続けましたよね
そうでしたね
素材も石とか金属で量産体制も活用してました
一方で中島は強制的にミニ土家に入れられて
後にニューホープという土地に定住します
そしてひたすら木という素材に向き合って一点物の手仕事にこだわり続けたんです
移動と定住、石と木、量産と一点物
同じ収容所を経験しながらまるで見ている景色が違ったんですね
ええ
ただ中島にとってそのミニ土家での生活はただの悲劇では終わらなかったんです
皮肉なことなんですがこの鉄縄網に囲まれた絶望的な環境が
彼にとって人生最高の修行の場になりました
修行の場ですか?
そこで彼は四国出身の伝統的な高尚彦川玄太郎という人物に出会って弟子入りするんです
え、収容所の中で師匠に出会ったんですか?
そうなんですよ
廃材とかキャンプの周りに生えている木を切り出して家具を作りました
ここで中島は日本の大工道具
彼が道具と呼ぶものの精神性を徹底的に叩き込まれます
日本の大工道具って西洋のものとそんなに違うものなんですか?
根本的な思想が違います
西洋のノコギリは押して切りますけど
日本の道具は引いて切りますよね
あ、確かに
西洋の道具は自然を力で征服するためのものですが
日本の道具は自然と対話するためのものだと言われてるんです
ここで今日の一曲をお楽しみください
今日はジャズでお届けします
09:13
彦川玄太郎は木を切るのに6時間かけるなら
その前に刃物を研いだり手入れするのに4時間かけるような職人でした
圧倒的な準備と道具への経緯ですね
釘を使わない伝統的な継手の技術もここで学びましたし
何より木にはスピリチュアルな命があるっていう
日本大工の深い哲学を吸収したんですよ
木はただの材料じゃなくて生き物なんだと
その哲学を胸に1943年彼はペンシルベニア州のニューンホープの農場へ移住するんですよね
そして1946年から自身の工房を構えてついに本格的な家具作りをスタートさせます
彼の信念は一本の木には唯一の完璧な用途があるというものでした
ここで後に彼の代名詞となる数々のデザインが誕生するんですよね
木の自然な輪郭をそのままテーブルの縁に生かしたフリーエッジとか
名作のコモイドシリーズとか
同時にノール社という大手メーカーと協業して量産ラインも手掛けつつ
一方でロックフェラー邸のために
220点にも及ぶ巨大な一定もののプロジェクトも制作してます
手の届く量産品と究極のオーダーメイドを両立させていたんですね
ただここでどうしても掘り下げたい技術があるんです
彼を象徴する長型の継手いわゆるバタフライジョイントなんですけど
来ましたねバタフライジョイント
普通家具を作る時って木の節とか割れ芽って欠陥品として切り捨てるか
見えないように隠すのが当たり前じゃないですか
なんで彼はわざわざその割れ芽にリボンのような形の木片を埋め込んで
あんなに目立たせたんでしょうか
まず物理的な仕組みから説明しますね
木っていうのは切られて家具になった後も生きてるんですよ
呼吸をして湿気を吸ったり吐いたりする
その過程で木が収縮して内部にものすごい張力が生まれるんです
それに耐えきれなくなった時にパチンってヒビが割れるんですよ
生きているからこそ動いて割れてしまうんですね
その通りです
で一度割れた木はそのままにしておくとどんどん割れ芽が広がっちゃうんです
そこで彼は割れ芽をまたぐように別の固い木片をぴったりとはめ込んだんですね
それが超継手です
真ん中が細くて外側に向かって広がるあの可愛らしい形ですね
あれはただのデザインじゃないんです
外側に広がる羽の形が木の繊維を物理的にがっちりとロックして
それ以上割れ芽が広がるのを食い止めてるんですよ
なるほど完全に力学的な理由があったんですね
なんか外科手術の方法みたいですね
傷口が開かないように縫い合わせてるっていう
まさに方法です
そしてここからが彼の哲学の凄みなんですけど
彼は前夜日本の民芸の思想に影響を受けていまして
木の傷や割れを隠すべき欠点ではなくて
自然が刻んだ足跡
12:01
つまりその木が生きてきた過酷な歴史そのものだと捉えたんです
ああ隠すんじゃなくて癒し補強することで
その傷跡そのものをデザインの主役に消化させてしまった
せい森で傷つき倒れた木に家具としての第二の人生を与える
不完全さの中にこそ宿る美しさを
彼はこのバタフライジョイントで表現したんです
分断されて割れてしまったものを別の形で繋ぎ合わせて
新しい美しさを生み出す
これってなんだか人間同士の関係とか
異なる文化の関わり方そのもののように聞こえますね
本当にそうですね
違う背景を持つ者同士が出会って摩擦や割れが生じる
でもそこに適切な継手があれば
それは一つの美しい長話になるんです
実はですね私たちが作っている
言語交換アプリのモッシュリンも
まさにその継手になりたいっていう思いで作られてるんですよ
ああなるほど
モッシュリンは世界中のネイティブスピーカーと
音声ルームで話せるアプリなんですけど
リアルタイムのAI翻訳と字幕表示がついているので
言葉の壁という分断を恐れずに対話ができるんですよね
素晴らしいコンセプトですよね
現在20以上の言語に対応してるんですよね
はい例えば今日お話ししている
中島のフリーエッジの魅力について
海外の木工ファンと直接語り合ってみたり
ニューホープの現地の人に当時の工房の雰囲気を聞いてみたり
言葉が通じないからって諦めていたコミュニケーションが
モッシュリンを通せば繋がるんです
いいですね
ダウンロードリンクは番組の概要欄にありますし
iPhoneの方はウェブブラウザから
safekids.winと入力するだけで手軽に試せますので
ぜひ異文化との対話を楽しんでみてください
さて対話による繋がりという意味で言うと
中島の晩年の活動はまさにその集大成と言えるんですよ
1984年彼は巨大で信じられないほど完璧な
ウォールナットの丸太と出会います
この丸太との出会いが彼の人生の最終章
世界の大陸ごとに平和の祭壇を作るっていう
壮大なプロジェクトへと繋がっていくんですよね
はい1986年にはニューヨークの
セントジョン・ザ・ディファイン大聖堂に
その第一号となる祭壇が設置されました
そして彼自身は1983年に日本政府から随奉賞を受賞して
1990年にこの世を去ります
でもその後も娘のミラ中島さんが
工房と哲学を受け継いで
平和の祭壇プロジェクトは現在も続いてるんです
ここでふと考えたんですけど
平和のモニュメントって言うと
普通は空高くそびえ立つ塔とか
見上げるような巨大な彫刻を想像するじゃないですか
そうですね圧倒されるような
なんで彼は平和の象徴として
あえてテーブルを選んだんでしょうか
モニュメントって
権力やイデオロビーを象徴して
15:01
人々を見下ろすものですよね
でもテーブルは人々が集い向き合うための
平らな場所なんです
ああなるほど
国籍とか思想文化が違っても
同じテーブルにつき
同じ高さで顔を合わせて対話をする
割れ目を長型の継手で結びつけるように
人々の分断を対話でつなぎ止め
彼にとってテーブルは単なる家具ではなくて
平和のためのプラットフォームだったんですよ
木の割れ目をつなぐことと
世界の分断をつなぐことが
彼の中では完全に血続きだったんですね
その話を聞くと
お聞きなあなたも実際に彼の作品を
この目で見て触れてみたくなりませんか
実は日本国内で
彼の実物作品を体感できる場所があるんですよね
香川県高松市の群れという場所にある
ジョージ中島記念館ですね
ここは1964年以来のパートナーであり
中島が世界で唯一その技術を認めて協業した
桜製作所が2008年に設立しました
アメリカのニューホープの工房以外で
彼の作品をこれだけまとまって鑑賞できる場所は
世界でもここだけなんですよ
しかも今なら神戸の竹中大工道具館でも
12月13日まで特別な展覧会が開催されているんです
彼らミニトカ収容所で
彦川玄太郎から学んだ手道具の精神性とか
木と対話する息遣いを肌で感じるには
これ以上ない機会ですね
はいぜひ皆さんも足を運んで
木に宿る精霊
彼が呼ぶところの子玉を
ご自身の目で確かめてほしいと思います
さて今日全体を貫くテーマは
木に第二の人生をでした
彼が輪郭から建築へ
そして陰へと辿った道のりは
一見遠回りに見えますけど
全ては自然との直接的な対話を求める
切実な旅だったんですね
ええそして不思議や我といった
不完全なものを愛して
そこに第二の人生を与える視線
なんか効率や完璧さばかりが求められる現代において
傷つき壊れたものをどう扱うかっていう
彼の哲学は
私たちの生き方そのものに
鋭い問いを投げかけている気がします
言葉や文化の壁を越えて
そういったアートの感想をシェアするツールとして
先ほど紹介したもし輪も
ぜひ活用してみてください
違う視点を持つ人と話すことで
あなたの中にも
新しい長兄の継手が生まれるかもしれません
今日の特別編の感想や
次はこんな作家や展覧会を特集してほしい
というリクエストがあれば
ぜひSpotifyのコメント欄から送ってくださいね
お待ちしています
最後に皆さんに一つ問いを投げかけて
終わりにしたいと思います
お聞きのあなたの日常生活の中にも
傷があったり古くなったりして
不完全だなって思っているものはありませんか
もしそれに
ジョージ・ナカシマのような眼差しを向けて
長兄の継手を当てたとしたら
18:01
その者はどんな第二の人生を歩み始めるでしょうか
ぜひゆっくり想像してみてください
それではまた次回の放送でお会いしましょう
18:12

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