こんばんは、MeeFM。カルチャー編です。突然ですが、あなたは毎日使っている道具の内側をじっくり見たことがありますか?
内側ですか?カバーを外すくらいはあっても、中の構造までは、なかなか見ませんね。
そうですよね。今夜は、私たちが美しい音色として楽しんでいる楽器の内部に広がる建築の世界へご案内します。
楽器の中の建築。
今夜の主人公は、写真家のチャールズ・ブルックスさんです。ニュージーランド生まれで、今はオーストラリアのメルボルンを拠点に活動しています。
彼が続けているプロジェクトの名前が、アーキテクチャインミュージック。音楽の中の建築、です。
シェロやバイオリンの内部を撮影すると、数ミリの空間が大聖堂のような巨大建築に見える、というあの写真ですよね。
そうなんです。まず、ブルックスさんの経歴からお話しさせてください。
彼、もともとカメラマンを目指していたわけではないんです。
11歳でシェロと出会って、そこから約20年間、プロのチェリストとして世界を渡り歩いてきました。
中国のシンセンやキヨウ、チリ、そしてブラジルのオーケストラで、主席奏者を務めたほどのトッププレイヤーだったんですよね。
はい。写真が本業になったのは2016年からです。
ここが今夜、最初の驚きなんですけど、彼は20年間、毎日何時間もチェロに触れて、体の一部のように扱ってきたのに、
自分自身のチェロの内部を見たのは、20年でたったの2回だけだったというんです。
たった2回ですか。
大修理が必要になって、職人さんに開けてもらった時だけだったそうです。
なるほど。
弦楽器の内部は、ルシアと呼ばれる製作者や、修理の職人だけの生意気みたいなものですからね。
例えるなら、20年住み続けた愛着のある家なのに、水道管が破裂した時の2回しか、壁の裏側を見たことがないようなものです。
一番身近な相棒なのに、完全な未知の世界だったわけですね。
では、そんな彼が、なぜカメラを持って楽器の内部を撮り始めたのか。
そのきっかけは、あのパンデミックでした。
コンサートが全て止まってしまった時期、彼は弦楽器の空房に、修理やメンテナンス待ちの楽器が溢れているのを目にします。
そこで職人たちと協力して、エンドピンの穴のような既存の開口部から、医療用の内視鏡やプローブレンズを入れて、内部の撮影を始めたんです。
医療用レンズですか。面白いアプローチですね。
そして生まれた写真が、本当に驚異的なんです。
バイオリンやチェロの中が、まるで中世の巨大な大聖堂みたいに見える。
でも、なぜ数ミリの空間が、そんな巨大な建築に見えるんでしょう。
普通に拙者しただけでは、ああはならないですよね。
そこが、ブルックスさんの技術のすごいところです。
小さなものを近くで撮ると、普通はピントの合う範囲が浅くなって、背景が大きくぼけます。
脳はそれを見ると、これは小さなものだと判断してしまう。
だから彼は、手前から奥まで全てにピントの合った画像を作る必要がありました。
使ったのが、フォーカススタッキング。
ピントを少しずつ奥へずらしながら、一枚の作品のために数百枚、時には数千枚もの写真を撮るんです。
数千枚の写真を重ね合わせて、全てにピントの合った一枚に使い上げるんです。
ただ、楽器の中は真っ暗です。
強い光を当てれば、熱が出る。
何十億円もする古い名機に、熱を持ったライトを入れるのは、木が割れるリスクがあります。
だから彼は、楽器の表面のニスを絶対に28度以上にしない、という厳しいルールを自分に課しました。
温度を監視しながら、8秒に1回というペースで、何千回もシャッターを切っていく。
撮影というより、精密な手術みたいですよね。
市販のプローブレンズがバイオリンの穴には太すぎて入らなくて、ヒートガンでレンズの防水ケースを溶かして小型化した、という話もありましたね。
レンズを溶かしてまで、中を見たい。
でも、そうして見えてきた空間に映っていたのは、ただの美しい空洞ではありませんでした。
そこには、その楽器が辿ってきた、人生そのものが刻まれていたんです。
人生、ですか。
例えば、ファツヨーリのグランドピアノの内部。
約1万千点もの手作りの部品が規則正しく並んで、まるで精密な巨大工場か、近未来の神殿のようでした。
一方で、弦楽器の内部には、もっと生々しい人間の歴史があるんです。
例えば、1780年製のロッキーヒルのチェロ。
製作者のロッキーヒルは、1790年にバレボーの罪で処刑されてしまった人です。
でも、残されたヒル家は、後にイギリスで最も有名な弦楽器製作者の一族として名を残すんですよね。
外側は完璧に磨き上げられていても、内部には、処刑された男がのみをふるった生々しい工具の跡や、修理の跡がそのまま残っている。
外側が完璧な美しさなら、内側は嘘のない日記なんですね。
内部こそ、その楽器の歴史が見える場所だ、というブルックスさんの考えは、まさにそこから来ています。
さて、ここで少しだけ物語の時間にお付き合いください。
修理の跡が人生を物語る、という考え方が一番よくわかる、あるチェロの物語を再現ドラマでお届けします。
時は、1929年、ニュージーランドでの出来事です。
あるチェリストが、大切なチェロを車の屋根にしっかりと縛り付けて移動していました。