メディアヌップ、こんばんは、ささきるです。今回のメディアヌップは、特別編として、3月4日月曜日に開催された東野文化遺産セッション、文化遺産を守る思考法と題した、私の講演と言いますか、岩手県東野市のアエリア東野というホテルで講演してきたんですけども、その内容を録音してきましたので、その内容を編集してお届けしたいと思います。
内容はですね、ホドボラ稲荷神社の修善・保存に関するお話、その取り組み方とかね、考え方とかをお話ししてくださいということだったので、ちょっとそれをまとめたんですけども、メディアヌップでは過去ですね、ホドボラ稲荷神社の話を何回かしてまして、第97話と第131話で取り上げております。
それに続くお話になりますので、過去をさかのぼってぜひ聞いていただければと思います。
ちなみに、この講演自体はですね、アエリア東野というホテルの中ホールですかね、そこで開催されたんですけども、当日の司会をしてくださったのが田田遥さんで、メディアヌップにも過去何度も出演されてますけども、知ってる人がね、この後司会で出てきますけども、ご案内してくれてすごい私安心しながら話すことができました。
ちょっとね、うまく話せてるかどうかちょっとわかりませんが、どうぞお楽しみいただければと思います。
それではこれより基調講演を行います。講演は文化遺産を守るための志向を土台しまして、佐々木大介様にお願いいたします。皆様、拍手でお迎えください。
佐々木様は1980年、東野市下組町に生まれ、幼少期より東野遺産である小野原稲荷神社に親しみ、現在は同神社に関するトークイベントやプレッキングを開催しております。
株式会社ライブドア、LINE株式会社、スマートニュース株式会社執行役員を歴任し、現在はフェールダウトオープンズ株式会社代表を務められています。
それでは佐々木様、よろしくお願いいたします。
本日改めまして、佐々木と申します。よろしくお願いいたします。
今日、私の友人が随分遠くから、新潟県からいらっしゃったお客さんもいると聞いて、にわかに緊張してきましたが、
今日お話の中には東野の話がたくさん出てくるんですけれども、東野の方、東野のことをご存じない方にもなるべくわかりやすくお話したいと思います。
始めに先ほどご紹介いただいたんですが、東野市出身なんですけれども、特にこの近くの東野高校の近くの下久美町で生まれまして、
その後、小中高と東野で過ごしまして、大学時代は仙台の方におりました。
その後は東京に行って、今まで拠点を置いて仕事をしていますので、もう東野に住んでいない時の方が長くなってしまったんですけれども、
実は東野でいくつかのお仕事とかプロジェクトとか、あるいは創作活動みたいなものをこの5、6年やっていまして、
年に10回ぐらい機会を見つけて、1回5泊6日とか1週間ぐらいおりますので、年間4、50日は東野にいるという状態を数年間続けております。
天野由さんなんかにいると、僕もちょくちょくいたりするんですけれども、ちょくちょく東野にいます。
今何をやっているかというと、去年までは20年ぐらい情報を扱うメディア系のお仕事をしていました。
例えばインターネットサービスの中でブログとかメッセンジャーとかニュースアプリというのをスマートフォンをお持ちであれば何かしら見たり触ったりすることがあると思うんですけれども、
そういったサービスの設計とか運営とかというものを通じて、情報とかメディアというものの過去とか未来とかというのをずっと関心を持ってきたんですけれども、
その関心が最近では地域のプロジェクトとか文化遺産の方にもどんどん向いていって、それで東野でいろんなプロジェクトをやっておりまして、
ちょっとこんな貴重なお時間をいただくことができました。
直近ですと起業家、作家と書いてあるんですけれども、いくつかやっているプロジェクトがありますので、ちょっとそれを自己紹介がてらご紹介したいと思います。
中でも東野に関わりの深いものだけ3つ持ってきました。
一つがですね、私小説家でもあるんですけれども、この一番左側が僕らのネクロマンシーという小説で2018年に出したものです。
真ん中にあるのがアートとゲームと書いてあるんですけれども、これはゲームオブザロータスというタイトルで、いろんな街中を歩きながら遊んでいくゲームというものを去年からスタートして提供しています。
一番右側、果物と飲料とあるんですけれども、これは無農薬無肥料のリンゴを作って、それからハードサイダー、シードルとか呼ばれるお酒まで作って販売するというプロジェクトを去年、
そして今年もちょうど今真冬なんですけれども、リンゴの剪定を今週から始めて、リンゴ作りまでやっているというふうにやっています。
それぞれどんなふうに東野と関わりがあるかというとですね、この僕らのネクロマンシーという小説はSF小説なんですけれども、舞台が東野です。
中でも下組町から話がスタートして、最後松崎町で終わる作品の舞台が完全に東野を歩いていくようなお話での未来の小説なんですけれども、
実は本の中身だけじゃなくて作品のスタイル、造本ですね。造本のスタイルも柳田邦夫の東野物語の初版レイアウトを研究して、それと全く同じスタイルを現代に復刻したという方法を取って出版をしまして、
ラッキーなことに2019年の造本創生コンクールの文部科学大臣賞を取って、その翌年のワールドグランプリ、審査員がドイツ人の人が審査しているんですけど、それで同賞をいただきました。
なので、この中にも今日テーマになっているホドボライナリ神社が重要な場所として出てくるんですけれども、もともとすごくこだわりがあって、そういう作品を作っておりました。
あとこれがですね、ゲームオブザロータスというアートとゲームの作品なんですけれども、これは女性のキャラクターが3人いるんですけれども、これ何かというと、東野三山の女神、早稲さん、六甲子さん、石上さんの女神の話が東野物語第2話に出てくると思うんですけれども、
その3人が現代に甦った姿、その現代に甦った3人がいろんな東野の場所を訪れながら、いろんな東野にまつわるアイテムを集めていくというゲームを作って提供しています。
ちょうど今、左上に一番大きく映っているのはダベクラ城の桜の場所ですね。ここに行くとこういうアイテムがもらえますよという、現実に紐づいたゲームを作って提供しています。
ちなみに、この作品の舞台が1926年という、伊能神里が死んだ翌年に柳田邦が3回目に東野に来た時という、ちょっと変わった作品を大正時代を舞台にしていまして、
その辺の普段あまり日が当たっていない時代を作品にして盛り上げるみたいなことをやっています。
これは昨年からスタートしたリンゴ作りとハートサイダーのプロジェクトです。
左上に映っている、左側2番目ですね。これが越生おじさんというんですけれども、これが下組町でリンゴ作りをしていると。
今回のホドボライナリ神社の寄附金集め修繕プロジェクトに関して、ちょっと私に声をかけてくださった人でもあります。
この辺から繋がりがありまして、一緒に農作業をしながら、ところでホドボライナリ神社の雨漏りがひどいんだけどどうにかならないかというのを度々相談をいただくということからスタートしたんですけれども、
農作業をしながら、だんだんと文化遺産保存の話に自然に巻き込まれていったという感じです。
今日のお話ししたいなと思っているテーマに直接関わる内容なんですけれども、
私が普段こういった小説とかゲームとか飲み物とかを作りながら、これ去年出会った言葉なんですけれども、非常に勇気づけてくれる言葉だなと思ってですね、
メモしておいたんですけれども、これは小説家の宮城谷正道さんという、歴史小説とか時代小説、三国史と中国の古い時代の書かれている方なんですけれども、
その方が書いていた言葉で、歴史とは定型を持たずに、いつでも無に変える用意のあるものであるが故に、歴史が歴史であるためには常に創造が必要であるという自覚が生じたというふうに自分のことをおっしゃっているわけなんですけれども、
このですね、歴史が歴史であるためには常に創造が必要であるというのが、自分がやっている活動、小説書くとかゲーム作るとか、
終わりかけているリンゴ農園を再生させるみたいなことが、自分がやっていることってこういうことなのかもしれないなというふうに直接思えたというかですね、
勇気づけてもらえたので、ちょっとこれを最近断ることに引用しているんですけれども、今日もこのテーマに応じた話をしていきたいと思います。
というわけで、文化遺産を守る志向法ということで、私が実践した、実際にやったということをユースケースとしてお話しするのが良いと思いましたので、
昨年取り組んだホドボラ稲荷神社の修繕工事の内容についてお話ししたいと思います。
これ、きっかけそのものは、ホドボラ稲荷神社の総代をやっている越雄さんが雨漏りが続いて、しかもずいぶん長い間放っていると。
このまま放っておくと床まで腐っちゃって、かなり修繕が難しくなっちゃうから、今ぐらいで屋根の吹き替えをしたいんだと。
そのためには地域の寄附金だけでは足りないので、というのもですね、ここから近いんですけれども、山の中にありまして建築資材なんかを運ぶのも大変なので、
まず道を作るという工事をする。その分余分に費用がかかる。時間もかかるということなので、
ちょっと普通の平地にある神社の屋根の吹き替えよりも余分にお金がかかるんですね。
どうにかその寄附金を集められないかということで、
越雄さんが多分どこから聞いてきたんでしょう。
最近インターネットではクラウドファンディングになるものがあると。
見ず知らずの人たちが大量のお金を寄附してくれるらしいという噂を聞きつけて、僕のところに来たんですけれども、そんな上手い話はないわけですよね。
見ず知らずの人が寄附してくれることはあるかもしれませんが、そのためにはここはどういう場所で、どういう価値があるのかということを強く訴えられなければうまくいかないわけなので、
いやちょっとそれ難しいんじゃないかなと思って、最初ちょっと無視したんですね。
そうしたらリンゴ作業で買えるたびに、僕1年で10回くらい買えるんですけど、買えるたびに言うので、
これどうやら本気だなってことが途中で分かりまして、
もちろん僕も小さい時から通ってた神社だし、キャンプもしたことあるし、何かできないかなと思ってやろうと思ったのが、
まずクラウドファンディングではなくて、この場所がどういう場所なのかっていうのを自分自身調べるっていうことからスタートしたんですね。
僕が知らなければ誰にも訴えることができないので、自分が勉強するってことからやりました。
やった順番にちょっとご説明しようと思うんですけども、まずホドボライナリ神社について調べて、
その勉強の過程というか勉強の結果をブログに書きました。
ブログに書くだけですから無料です。誰でもできます。
それを書いた後に、割と長々と書いたんです。文字数も多くて、
友達に何人かに送ったんですけど、ちょっと長くて読めないと。よっぽど興味がないとこれ読めないって言われたんで、
そうか、じゃあこれじゃダメなんだと思って、それを圧縮して、かつ真ん中にパンフレットがあるんですけども、
これ歩き回れる地図みたいな、今日会場にいらっしゃっている皆さんにお配りしているパンフレットがあるんですけれども、
観光ガイドみたいな体裁にしてはどうかと思って、このブログに書いた文章を地図と文章とかコラムみたいなふうに変換したっていうか書いたんですね。
これはパンフレットですので、印刷費用がかかります。
だいたい金額で言うと一部ぐらい、一部10円ぐらいで作りました。
なので、1000部吸ったら1万円とかそういう感じなんですけども、
かなり分かってきているんですけれども、
そういうものを取り入れて考えた結果、
東北の例外、東北でお米が取れなかった
みたいな話じゃ実はなくて、
実は全地球的な人の移動とか
関連化とか関連があるみたいな風にも捉えられると。
そうするとですよ、
例えば僕なんかまだ外国の方を
500日間にご案内したことないんですけれども、
その時に多分自分だったらどういうかなって想像すると、
昔この辺寒くてお米取れなかったんですよって
言わないと思うんですよ。
ただそれ事実だとしても
もっと関心持ってもらうために
例えばヨーロッパから来たお客さんだったら
ラキ火山知ってますか?フランス革命知ってますか?
あの時地球は冷え込んでて、
その時この地域ではこういうことがあって、
それの異例の日としてこんな風に
500日間掘った方とかいるというか、
地域に大事にしてきたんだよっていう風に
関心持ってもらうためにそういう風に言うと思うんですね。
なので事実は変わらなくても、
今改めてこういう風に言い直すことができるんじゃないかと思ってます。
これはちょっとユースケースとしてまだ実践してないんですけども、
やってみたいなと思っております。
っていうのがちょっと今日の大体の本題だったんですけども、
多分ちょっと数分余っていると思うので、
ちょっとこういうのを紹介したいと思うんですけども、
まずですね、今回私が文化遺産を守るための
施行法っていうのをやらせていただくんですって
友達に言ったらですね、
その友達は清水寺のPRとかやってる
広告代理店の人で、金沢とかに住んで
いろんな自社物価のプロジェクトやってる人なんですけども、
その人が何で遠のってこんなに文化度が高いんですかって
いう風に言ったんですね。
僕はよくかかってるから、
そういう距離感わからなくなってたんですけども、
確かにそこまで清水寺のPR担当してる人から見ても、
なんかすごいイベントがちょくちょくあるの、
何でなのって言われて、
その時僕答えたのが、
簡単な答え方と難しい答え方があって、
簡単な答え方は、
遠の物語があったからですよって言ったんですね。
その時長話できなかったんで、
それで終えたんですけども、
これが無煙毒細胞の長い方の話です。
何で遠の物語があると文化度が高くなるのかっていうことなんですけども、
これちょっとグラフが何を示してるかというと、
縦軸が遠の物語の出版部数、
世にどれぐらい広まってるかって数です。
350、数万、数百万、無数、4つメモリがあります。
横の軸は年号です。
佐々木季前と柳田邦があった1908年をスタート地点として、
1935年、1962年、2012年というふうに4つに区切っています。
それぞれで時代が違っていると思うんですけども、
まず最初の時代はオリジネーターの時代。
まずオリジナル、柳田邦、佐々木季前、水野陽周、井野岡典なんかが
遠の物語についてバンバン書いていくんだけれども、
350冊プラス当社版が何部かしか存在しないっていう世界だったので、
みんな関心はあるんだけれども、
手に入れられないっていう時期が25年ぐらい続きます。
その間に沸騰した遠の物語欲しいっていうのに応えて、
遠の物語情報版っていうのが1935年に出ます。
これでみんな変えるようになりました。
ここからがフォロワーの時代と書いてあるんですけれども、
一番有名なのは折り口忍ぶ、あとは共同幻想論で遠の物語を知った方も多いんですけれども、
吉本隆明なんかがそれをこの再版版を読んで、
遠の物語をどんどんどんどん広めていく。
しかもそれで評判になるもんだから、
岩波文庫、門川文庫等にどんどん収録されて、
数万冊、数十万冊っていうのが日本のどの書店でも手に入るようになります。
その後、柳田邦が亡くなります。
亡くなると、それまでの出版されてなかった手紙とか、
未刊講習なんかがガンガン出てきます。
なので、さらにさらに本が出てきて、
ここからが研究者の時代ですね。
石井正美先生とか口寺さんとか後藤宗一郎さんとか、
遠の物語の研究本で数々の名前のある人たちが、
ここからバーって出てきます。
その皆さんが何に向けて活動したかというと、
2012年に遠の物語の著作権入れ、
下50年で著作権が切れて、
それを使ったいろんな出版活動や再創作が自由になる瞬間があるんですけども、
そこを一つのピークとして、
原本遠の物語三部作なんかも出たのが去年ですけれども、
そういったものに向けてどんどん研究活動がどんどん広まっていって、
もう行くとこまで行った、
もうこれ以上研究するものありませんっていうのは、
原本三部作、去年出たところなんですけども、
じゃあ一方、2012年より先どうなっているかというと、
この遠の物語を使って自由にものを作る人たちがたくさん出てきた。
それは文章もそうだし、映像もそうだし、
あるいは共同芸能を新しい手法で再構築する、
リデザインするというのもそうです。
いろんなクリエイターが参加するようになっていると。
なので、やっぱりこの時代に意味があって、
オリジネーザーの時代、フォロワーの時代、
アカデミシアの時代、クリエイターの時代と続いてきていて、
今、私及び集まっている皆さん、
そしていろんな地域で活動されている皆さんというのは、
遠の物語をきっかけにフォロワーがいて、研究者がいて、
その研究論文に大量にアクセスできるようになっている状態で、
私なんかがさっき事実を収集して、
何かを付け加えるということが簡単にできるようになったわけですね。
この前の時代がなかったら、全部それができないわけですけど。
だからこの110年ぐらいの間で何が起こったかというと、
もともと無数の人々が喋っていた遠の物語や遺産という財産が、
再び無数のクリエイターのもとに戻っていっているということが、
一回出版物になって権利が生じますけど、
もう一回再び自分たちの自由に使えるもののもとに戻っていっているというサイクルなんですね。
なんで僕らがやらなきゃいけないことというのは、再創造するというか、
創造するということなんだろうなというふうに思っていまして、
改めて本日のキーメッセージなんですけれども、
遺産であるためには全員創造が必要であるということで、
終わる前に絶対言えと言われたのが、
ホドボライナリ神社の寄付を外の受付で壮大な皆さんがやっていますので、
ホドボライナリ神社というのは下組町11区の遺産なんじゃなくて、
遠野市の遺産だなってちょっと思ったんじゃないかと思うので、
もしよろしければ現地で寄付をやっていますので、
お立ち寄りいただければと思います。
というわけで本日どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
会場の皆さま、私さまに今一度大きな拍手をお願いいたします。
という感じで40分くらいの講演をやらせていただきました。
この後ですね、パネルディスカッションがあったんですけれども、
それ全部お届けできなかったので、
私の発言部分だけちょっと編集してお送りしたいと思います。
その最初の回答内容というのが、
この資金集めというのをどんなふうにやったか。
これもちょっと先ほどのホドボライナリ神社の事例紹介になるんですけれども、
あそこで起こったこと、
その3.3ヶ月半ぐらいで予想の余る120万円ぐらい集められたというのが、
何が起こったかというと、
値段がついている商品はなるべく多くの人に届けた方がいいわけですね。
1個500円、1個1000円とかっていうのは、
たくさんの人に知ってもらった方がいいわけなんですけれども、
寄付のように値段のないものは、
その情熱の深い人、感謝の深い人、
そういう人に届けないといけない。
つまり人口も減っていくとか、
観光客もそんなにたくさん来る場所じゃないというところでは、
1000円、2000円のものをたくさん売っても財源にならないんですけれども、
やっぱり人の感謝とか信仰心に上限はないので、
いかにそういう人に深く届けるかということを意識しました。
これよくマーケティングの世界だと、
100人の真のファンとか、
102ファンとかって言うんですけれども、
いかにその100人の本当に熱狂的な人に届くかということを意識しました。
特に小田原稲荷神社の場合は、
病気とか婦人病とか出産とかっていう、
デリケートな部分に関してのご利益があるというところなので、
例えばツイッターでバズった、SNSで告知したときに、
これでお子さん授かりましたとか、
不妊治療中ですとかっていいねする人いないんですよ。
いるわけないじゃないですか。
でもその人たちは日々ブログとかポッドキャストとか、
自分のSNSで身元を明かさずに済む貴重な情報源を求めているわけですよね。
そういう人たちに届けるために、あんまりSNSはやらなかったんです。
ブログとかポッドキャストとか静かなメディアを選んで、
紙とかね、やったんですね。
やっぱり今の世の中って、YouTubeとかTikTokとかSNSとか、
バズるものに注目されるんですけども、
だいたいスマートフォンを持っている人の人口に比べて、
SNSをやっている人も少ないですから、
その静かな多数がたくさんいるので、
特に寄附とか振興に関わることは、
静かなメディアを使うべきだと思ってやったんですけど、
こんなにうまくいくと思っていなかったんですけど、
でも本当にその理屈の通りなんだなということで、
学ばせていただきました。
そして最後はですね、今回の来場者の皆さまに
メッセージをお願いしますという質問に回答した内容になります。
メッセージというと僭越なんですけども、
私からは東の物語と東の物語周囲、合わせると400話ぐらいあるんですけども、
あの中にですね、過去100年ぐらいまだどんな研究者も注目していないエピソードが
まだ山ほど眠っていますので、
今日した話も私本読んで喋っているんじゃなくて、
まだあれだけ解釈の内にあるような事実がたくさんあるので、
必ずその地域の文化遺産に関連したエピソードがほぼ確実にあると思って、
それをちょっと関連するところを探してみるというのはすごくいいと思うので、
お勧めしたいと思います。
長時間お聞きいただきありがとうございました。
今回のセッションなんですけども、市役所の方からご提案いただいて、
話す機会をいただいたんですけども、
タイミング的に自分の活動を振り返って、
その大事なメッセージを抽出するすごくいい機会をいただいたなというふうに思っています。
途中引用したんですけども、