1. FM八ヶ岳 マジョのあのね
  2. 2026/02/10 マジョのあのね
2026-02-27 24:24

2026/02/10 マジョのあのね

サマリー

パーソナリティは、休日の後、朝起きづらい体調不良と、AIの進化による仕事への影響について語ります。特に、AIが選挙演説や絵画を生成する能力に驚きと不安を感じています。また、近年の記録的な少雪と、世界各地での異常気象に触れ、地球温暖化や地球活動の変化について考察します。後半では、八ヶ岳での湧き水探しの経験から、バーバラ・クーニーの絵本「湖に消えた村」と平沢牧さんの「水の歌」を紹介し、水と人間、そして地球との関わりについて深く考えさせられる内容となっています。

休日の後の体調とAIの進化
マジョのあのね、はじまるよ。この番組は、公園ラボとエホムラの提供でお送りいたします。
思い切りね、元気でハローって言いたいんだけど、なんだかね、朝起きづらくてしょうがないの。
どうしたのかしら。あのエホムラが多分ね、今お休みだからだと思います。
約ね、1週間だけ土曜日日曜日もお休みして、さあこれから春の支度をするぞって。
本当ならば、探電あたりに。あたりにっていうのはね、ややこしいんですけど、
力を入れて、気を入れて、やっていかなくちゃいけないって思うんですけどね。
なんか久しぶりに立て続けのお休みになると、皆さんも多分そうだと思うんだけども、
なんとなくテレビの友達になってしまいますよね。
これ、私ね、本当に今年、テレビはね、毒だと思いました。
もしもテレビ局にお勤めしている方、テレビのシナリオを作っている方、聞いてたらごめんね。
なんだかね、私たちの時代の作り方と変わってきてるんですよね。
そして、新聞には載らないようなこともね、少しニュースで発表されましたけども、
なんと、AIが選挙演説してる。
えーって、意味がわからない意味が、みたいなね。
なんだかね、まったくその人と同じような、お顔だけ、あるいはデータとかもいるのかな、
全部入力すれば、その方の思いを、AIが全部演説に変えてくれたりとか、
そう、そうね、私たちの仕事も危ないですね。
例えば、だりとか、みろとか、そこにちょっとルーノワールも転写して、
いや、やっぱり岡本太郎のドヒャッとしたものも入れてって、
AIにね、お願いすると、それらしい絵が描けるらしいです。
らしいっていうのもね、本当はいけないんでしょうね。
私ね、全然そういう分野に詳しくなくて、本当に手作りの人なんでね、
AIを操れる方、正直言います、うらやましい。
だけど、うらやましい反面、そのAIが作り出したものが、
これはね、ここだけの話。
ここだけの話で、こんな公共の電波を使っていいのかと思うんですが、
すごい絵が上手なんですよね。
仮想空間にある絵、皆さんが想像の中で美しい景色を描いたりとか、
こういう空間があればいいなっていうものを、
どうするのかしら、打ち込むの?文章で。
例えば、誰それ封とかってやるのかしらね。
そしてそれを組み立てると、なんと絵になってるんですよね。
しかも、私が描いた絵は動かない。
当たり前だよね。
画面を両サイドから持って、ブラブラブラって動かしても目が回るだけでね。
だけど、AIが描いた絵って動くんだよね。
動くしおしゃべりもできる。
えー、じゃあ私たちの仕事。
私たちって言うと複数の人を指しますので、
小さな私の仕事って何だったんだろう。
もしかしてもういらない?なんてね。
ちょっと悲しくなってしまいます。
そんなニュースを見ていると、今は選挙演説だとか、いろいろあるわね。
例えばCMも本物のタレントさんを使わなくったって、
美しい女性を作り出して、その方にアナウンスさせるっていう方法もあるのね。
いやー、まいったまいった。
異常気象と地球の変化
うん、私思った。休まない方がいい。
お休みになるとやっぱりね、テレビ見ちゃうんだよね。
ねえ、FMやつがたけ聞けっていうのにね。
なんとなくね、テレビのチャンネルをひねって、
お菓子を食べながら、みかんを食べながら、
寒いから動きたくないので、ワンちゃんと一緒にテレビ見る。
あ、だめって。お正月はもう終わったんだぞ、とっくにね。
2月もね、立春を越えて、あっという間に半分ぐらいに来ますよ。
ねえ、なのにね、うーん、満月の残り日のような朝ぼらけの月を朝に見るみたいな。
あ、私と同じだ。頭がぼらけてるよねって。
なんかね、ついつい思っちゃうんですけども。
でも、それさえもね、たぶん春の、なんだろう、春の何かなのかしらね。
友人たちがね、寒すぎて朝起きれないっていうのとはまた別に、
いつまでもね、布団から出られない。
それは寒いだけじゃなくて、体もね、なんかぼきちゃったみたいな、ほわほわするのっていうね、
友人が2人ほどおりますね。
そういうのを聞くとね、あ、やっぱり私たちも地球の一つ、地球の一粒のかけらみたいなものでね、
運べとか、彗星とか、いろいろなものが今目立ちを始めようと思うんだけど、
めんどくさいなあ、もう少し寝てたいなあ、みたいな状態なのかなというふうに思いますけどもね。
これは魔女の見解でございます。
皆さんはそんなことないね。朝早くから頑張ってると思います。
朝もう本当に6時20分くらいになると明るくなってくるのでね、
もう私もほどほど漢方の中田先生のおっしゃる通りに、日の出とともに起きる時期がやってきたかなというふうに思います。
さて、お休み中に少しね、感じたこと。みんな感じてるかな。
雨降らないよね。1ヶ月もっと?パラパラっと小雪が舞ったっていうのは2回ほど経験があるんですけど、
こんなに雪のない安方って、私本当に初めてかもしれない。
安方のね、お山の方もね、ちょっと少ないでしょ、雪。
やっぱり晴れる方が好きな方が圧倒的に多いので、喜んでる方もいるけれど、
八ヶ岳、そう、雪が降らないってことは、私たちの飲料水とか大変になってくるんだよということをね、
43年も住んでますと、何十年前かな、一度そういう時期があったんですよね。
節水してください。お風呂だってね、毎日入らない方がいいね、なんてお互いに言い合うように、本当に節水しなければいけない時期があったの。
どうしちゃったんだろうね、反対に北陸の方、北海道の方は雪で雪で雪で、もうこんな雪初めてっていうぐらいね、
金沢、石川県とか、すごいですよね、もう気の毒なくらい、私たちはそちらの雪を少しこちらに分けてくださいって思うんだけど、
なかなかそうもいかないものなのね、あちらは多すぎて、こちらは何にもないっていう。
どうしたもんでしょうね、世界各国では、なんか川が氾濫したりとか、日上がったりとか、やっぱりね、これ温暖化のせいにするのはすごい簡単なんだけど、
ただ温暖化だけではなくて、地球の活動機に入ってるのかな。
ノースポールって聞いたことがありますか?北と南、ノースポール。
ノースポールが時たまね、地球の歴史上で移動する。
いやーね、これ簡単に移動してもらっては、そこに住んでる人たちは一体どうなっちゃうんだろうというふうに思うんですけどもね、
あの千葉の方でチバリアンっていうね、地層が見つかって、それが本当に確証を得たという話も聞きました。
地層も見せてもらいました。これがねって説明も受けたんですけど、何のくっちゃ全然わからない。
もう私は結構ね、古代史とか知史とか大好きなのに、そっちの方に行かなかったのがね、やっぱりこの年になって悔やまれるのね。
学びたいことと水の絵本
うん、そしてね、冬の間いろいろ思ったの。
いや、英語を学びたい。そう、そして中途半端なドイツ語もしっかり学びたい。
でもね、この年じゃね、そこで諦めちゃうんだけど、何とかね、年と関係なく一つ一つね、自分で納得するまで学んでもいいんじゃないかと。
そう、後期高齢者のテストを受かったから急に偉そうになりました。そうなんですよ。死ぬまで勉強だよね。
ってなってくると、やっぱりやりたいな、知史とか古代史とかすごくないですか。
ね、何かだからいろいろ知らないことの方が多すぎて、後のね、少しだけ残った人生を学びに当てたいなって思うのは私だけ。
水の話から。どこへ行くんだ魔女。
はい、じゃあね、水の話からね、ちょっと戻りましょうか。
私ね、ある方にお願いされて、水の絵本作らないかと言われたことがあるんですね。
私はね、1200メートル、1300メートルはいかないかな、400メートル近くまで行ったかもわかんない。
八ヶ岳のね、上の方に湧き水を求めて、ちょっとね、自分で何日か彷徨ったことがあるんですね。
いやー、私ね、すごい無知だったと思うんです。
あの、登山される方とすれ違ったんですね。
何してるのって、そんなけいそうで。
いや、湧き水探してるんです。
上に行ってもないよって。
あの、1000メートル地点、950から1000メートル地点に行ったら、湧き水いっぱいあるじゃんって言われたんですね。
あ、バカだなあ、私。
っていうので、家の近くで十分なんだと思って、あちらこちらの湧き水を行ってみました。
ある湧き水は、1万年くらい前から湧いてるんじゃないかと言われるところ。
ある湧き水は、もう水路になっている。
もうそういうね、素敵な水をね、いっぱいね、見てきて。
そして、素敵なね、あの、詩が浮かびました。
あの山の向こうに、一雫の雨が降りました。
聴いてください、水の歌。
私の家の近くにある貯水池は、大きな淡水湖の一つです。
素晴らしい徹かずの自然に恵まれ、
わしが悠然と空に舞い、
鹿が足跡を残して行きます。
けれど、昔そこは山々に囲まれ、
スイフト川という川が流れる谷間でした。
谷間には小さな町や村がいくつもあって、
せっせと働く人たちが何代にもわたって住み続けていました。
家という家はすべて、
それに教会も学校も、
人間が生きていた証となるものはすべて、
永遠に水の底に沈んでしまいました。
はい、今ね、読んだのはね、実は、
私の大好きなバーバラクーニーさんの
「湖に消えた村」っていうね、絵本なんですね。
絵本の前描きの部分なんです。
そして、聴いていただいた曲は、
「水の歌」
そう、平沢牧さんが作曲して、
トンボ池での体験と水の歌
もう私は驚いたのは、
平沢牧さんとの出会い、
ただの出会いではなくなった、
とても思い入れのある曲なんですね。
平沢牧さんも知ってましたけども、
何回かお会いしている中で、
私ね、水の歌っていう絵を描いたのって、
絵本にするのって言ったんですね。見せてって。
はい、これよ牧ちゃんって見せたんですね。
牧ちゃんが、え、これ私の曲みたい、みたいな。
えーって、牧ちゃんの曲をお借りして聞いて、
まったくそうだ。
ちょうどね、曲が流れている時に、
曲の向こう側にいらっしゃるギジさんとね、
ちょっとこの曲を説明してたんですね。
今ここ。
ここはね、小淵沢にあるスズラン池のその奥に、
私が名付けたトンボ池っていうのがあってね、
そのトンボの池で無数のトンボがね、
生まれてくるのって。
これ全部本当の話なんです。
そこで味わった私は、
いや、孤独を味わった私はだ。
なぜ孤独だったかっていうと、
もうトンボがね、放っておけば口に入ってくらい、
ブワーッと湧いてたんですよね。
私ね、じーっと見てるとね、
ふと気がつくと、体中にトンボが止まっていたの。
考えられます?って私ね、
あ、トンボだ!と思ったんですよ。
その瞬間、全てのトンボが私を蹴倒して、
蹴り倒して飛んでいったんです。
その時にね、トンボの風圧感じたんですよ。
これ分かるかな?
そしてトンボ特有の匂いも感じました。
あれ、私が人間であるって意識した時、
あ、トンボって感じた時に、
トンボが私から離れていった時の孤独って、
なんだかね、あーっと思ったことがあるのね。
そしてそのトンボ池をね、ずっと上の方に遡っていくとね、
小さな湧き水があるの。
そういう話をしてたんですよ。
あ、ここよ。今ね、白樺林の間はね、水が流れていくの。
本当にそのような曲、
もう私が見てきた湧き水界隈が映像として流れるような曲だったんですね。
私たちのために水は、私たちが旅人だとしたら、
喉を潤してくれて、
その曲をね、皆さんに紹介したかったのね。
前曲、本当は流したかったんですけども、
雨漕いのために、
ダムによる村の沈没と人間と地球の関係
本当に少しは雨が降ってもらいたいなという気持ちがありました。
その反面、私たちは自然をいじっていじって、
今までここに来た。
さっきのAIではないんだけど、風景ももしも人間が、
年齢的には60代以上の年齢の方が、
自分の理想とする風景をAIに描いてもらったら、
このバーバラ・クーニーの湖に消えた村のような、
穏やかに人々が住む村だったのではないかなというふうに思います。
こちらね、どこの出版社から出ているか、
ホルプ出版から出ている本なんですけど、
ちょっとね、滑舌悪いね。
午前中ちょっとね、仕事してたので。
このバーバラ・クーニーの絵がね、
本当に飾らない絵で大好きなんですよね。
この中に描かれているのは、子供の頃遊んだ小さな村、
その村の四季折々の風景、
そしてそこに登場する自分の幼馴染み、
おじいちゃんやおばあちゃん、
そして農村で働く人たち、
一年間起こる行事、いろんなことをやるよね。
例えばホタル狩りもするよね。
そして湖に氷が張ったら、それでスケートしたりとか。
でもそれだけじゃないんだよね。
天然の氷だから、それを切ってカップに注いで、
男の人ならスコッチかなんか飲むのかしらね。
そういうね、一年の本当に静かな生活をしている町が、
ダムのために全部沈んでしまうわけなんですね。
ダムもいいけど、人の暮らしと、
なんだろう、それが消えていく悲しみっていうのを、
私は味わったことがないので、
もしかしてこの辺りに住んでいる方で、
ダムによって村が沈むのでって、
移動してきた方も清里の方にはいらっしゃるのではないかしら。
そしてここに出てくる少女が、
おじいちゃんと一緒にそのダムにボートを出していくんですね。
見てごらん。あそこにプレスコットへ行く道があるんだ。
あれはビーバー川へ出る道だ。
あそこがお前が洗礼を受けた教会が建っていた場所だ。
あれは学校。あれは組合会館。あれは粉引き場。
もう二度と見ることはないだろう。
なんだかここだけでも私の胸が詰まってくるような感じがするのね。
だけど見ることができなかったのね。
見えるような、見えないような、よくわからなかった。
でも暗くなって、星が瞬き始め、
水に映った星影が蛍のようにチカチカ光ったり消えたりしました。
私は船渡りカー身を乗り出して、星屑でいっぱいの水を両手ですくいあげました。
そのときふっと柳を吹き抜ける風を、
汽笛を鳴らしてウサギ街道を走っていく列車を。
うーん、友達と会った十二郎。
素敵ね、みたいな気がしました。
何もかもすっかり水の底に消えてしまったんだけど。
そうね、ほんとそうだと思う。
だけどね、私ね、水と人間との関わり合い、
もう少し大きく言えば、地球と人間との関わり合いを、
今ここでもう一度考えなければいけない年になったんじゃないかなという風に思いました。
水が社会、世界、地球、それを循環していく。
その循環の先にあるものが平和な世界でありますように、
今日はね、祈りに似た気持ちで水の歌をかけさせていただきました。
ではまたね、3月からは平常通り、えほんむら開館いたします。
バイバイ。
この番組は公園ラボとえほんむらの提供でお送りいたしました。
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