情報発信が続かない原因と「意味」の捉え方
今回もですね、ビデオポッドキャストでお届けしたいと思います。 Spotify の人は動画付きで見れますけど、他のプラットフォームの人は音声のみになります。
どうやらAppleのHLS形式配信のビデオポッドキャストもいずれSpotifyから配信できるようになるみたいですけど、現状おそらくAppleには音声のみで出てくると思うので、
今後そういうふうに動画投稿できるようになったら、Appleの人もぜひ動画で見てもらえればと思います。
今回はですね、自分のやっていることに対して意味を見出すというテーマですね。話していきたいと思います。
この情報発信が続かない原因ですね。続けられない人はどういう思考をしているのかというと、こんなことをやっていて意味があるのかなというふうに考えるんですね。
基本的に特に僕たちがやっているようなブログ、YouTube、ポッドキャストというのは時間がかかる媒体なので、今日発信したから明日何か起こるとか、来月何かに結果につながるとかそういうものではないんですね。
地道にコツコツコツコツやってたら1年後とか2年後に何かちょっとずつ目が出てくるみたいな、そういうものなんで、結果だけを見ている人っていうのは意味を見出せないわけですね。
こんなことをやっていて意味があるのかなって思っちゃうわけですよ。こんなことをやっていて意味があるのかなって考える人はもう十中八九やめるんで、だから続けられないというふうになるわけですね。
そもそも意味を見出せるのかってことですよ。今の自分にそんな、自分のやっていることに意味があるのかどうかって正しく判断できますかってことです。
それはこういうマーケティングだけじゃなくて人生全てに多いって言えますけど、今自分のやっていることが本当に意味のあることかって毎回正しくね、自分の正解を選べますかってことですね。
意味があるのかってのはその先に進んでみないとわからないことだから、今この時点でそれが意味があることなのかどうなのかってのは判断できないわけですね。
あとはその目的によってその意味っていうものが変わってくるわけですよ。
例えば学校の勉強ありますよね。試験勉強とかありますけど、じゃあ学校の勉強って意味があるのかなって考えたら、あの知識をそのまま社会で生かすという点においてはほぼほぼ意味ないわけですね。
学校で習ったことなんか社会で使わないことが大半だから、じゃあ学校の勉強は無意味なのかというとそういうわけではないですね。
例えば学校の勉強を一生懸命することによって、その勉強する習慣が身についたとかね、努力したっていう一つの自分の自信につながったとか、そういうことを考えたら学校の勉強も決して無意味ではないわけですよ。
だから何を目的にするかによってそれに対して意味があるのかってのが変わってくるし、
例えば自分が音楽の道に進みたいとか絵画の道に進みたいとかであれば学校の勉強は役に立たないかもしれないけど、
普通に大学に入ってどっかの企業に入りたいというのであれば学校の勉強は必要になってくるから意味のある行為になるわけですね。
つまり意味があるのかどうかっていうのは目的によって変わるんですよ。
例えばこのポッドキャストとかもですね、特にこのポッドキャストが続かないっていうのは、
その分かりやすい結果が見えないから、そして数字が伸びないからってのがあるんですね。
再生回数が本当に1桁とか10回とかそれぐらいしか出ないから、こんなの意味ねえやつって大半の人はやめちゃうんですよね。
でもそれはその再生回数というところでしか見てないっていうのが一つあると思うんです。
目的によって変わる「意味」の定義
でもまあ前も言いましたけど、例えば10回しか再生されなくてもその中に1人ものすごい強烈なファンがいて、
自分のバックガンの商品を買ってくれて、しかもリピーターになってくれる人がいるんであれば、それは成功と言えるわけですし、
そもそも何のためにポッドキャストをやっているのかってことを考える必要があるわけですね。
それによって意味があるのかどうかってのは変わってくるわけですよ。
ポッドキャストを配信する目的っていうのは、
自分がどういうふうな役割をここのポッドキャストに持たせたいのかっていうことによって変わってくるわけですね。
例えばポッドキャストっていうプラットフォームにいるユーザーにリーチしたい場合、
ブログとかSNSとかYouTubeで発信していてもそのユーザーにはリーチできないんであれば、
ポッドキャストで配信することによってそういう新しい見込み客層みたいな人たちにリーチできるわけですね。
だから新規見込み客層にリーチするために配信しているっていうのが一つ目的としてあるわけですね。
あるいは既存の見込み客の信頼構築のために使うっていう目的もあるわけですよ。
すでにメルマガン登録している人たちにポッドキャストのエピソードを聞いてもらって、
より信頼をためるっていう使い方もできるわけですね。
だからどこに目的を置くかによって変わってくるわけですよ。
それが意味があるのかどうかってことが。
イメージ広告とダイレクトレスポンス広告の比較
例えばテレビCMありますよね。一般的にイメージ広告と言われるやつです。
ダイレクトレスポンスマーケティング推しの人たちがよく言うことがですね、
イメージ広告って意味ないでしょうみたいなことを言うわけですよ。
ダイレクトレスポンスマーケティングっていうのは今やったことがすぐ結果に反映されて、
その自分がやった施策がちゃんと意味のある施策だったのかっていうのを計測できるんですね。
こういうことをやってそれに対してこの数字が出てきているから、
じゃあここのキャッチコピーを書いたらこれだけ反応が変わったからとかって、
計測できるんです、ダイレクトレスポンスマーケティングっていうのは。
でもイメージ広告っていうのはそれが計測できないんですね。
だから例えばテレビCM見て、シャンプーのCM見たからじゃあシャンプー買いに行こうってならないじゃないですか。
だからそのCMが本当に意味があるのかっていうのは計測できないわけですよ。
だからこそそういうDRA模式の人たちはあんな広告なんか意味がないって言って、
ダイレクトレスポンス広告だけやればいいんだみたいなことを言ってるわけですけど、
じゃあそれ本当に意味がないのかってことですよ。
何のためにイメージ広告を、しかも企業は何億円っていう高いお金をテレビ局に払って出してるのかってことですね。
シャンプーのCMを出してすぐにシャンプーを買ってもらうためにCMを出してるわけじゃないんですよ。
覚えてもらうっていうことが一つあるんですね。
その存在を覚えておいてもらうことによっていざシャンプーが必要になった時に、
そういえばなんかCMで見たからあれ買ってみようかなってなるわけですよ。
あるいはそのたくさん並んでるシャンプーの中でどれにしようかなってなった時に、
知らないやつばっかりの中に1つCMで見たことあるよく知ってるやつがあったらこれにしようかなってする確率が高くなるわけじゃないですか。
だから覚えてもらうっていう目的であれば十分やる意味はあるわけですよ。
でもあれでじゃあ何かに勾配につなげるっていう目的だったとしたらほぼ意味がないわけですね。
あの広告を出したからじゃあすぐ買いに行きますとかね、車のCMとかもそうじゃないですか。
あれ見てよしじゃあ車買いに行くぞとかならないしね。
それこそそういうなんかなんだろうな、食品会社のCMでもいいですよ。
なんかそういうおいしそうなものを紹介したからよしじゃあ今からスーパー行って買いに行くぞとはならないじゃないですか。
いざその人たちが何か買いたいなと思った時に思い出してもらうためにイメージ広告っていうのを出してるわけですよ。
だから目的によってその意味っていうものは変わってくるってことです。
「意味」は後から付与されるもの
だからポッドキャストをやるとか情報発信をやるっていうのも自分が何のためにそれをやってるのかってところが
明確じゃないと意味がある行為なのかどうかっていうのはわからないわけですね。
だし考えたところでわかんないんですよ、その意味っていうものはね。
だって先に進んでみないとそのわからないわけだから。
だから考えてもしょうがないと。
もうやるって決めたらやるしかないところですね。
っていうのが一番いいと思います。やっぱりそこ継続する秘訣というかね。
まあはっきり言って情報発信なんか自分がやめようと思わなければいくらでも続けることはできるわけだから。
なんで続けられないかっていうとそういう自分の中で
そういうこんなことやってって意味あんのかなみたいなね。
ことを考えてしまうからやめてしまうっていうのがね一つあるんで。
まあ考えてもわかんないんだったら考える必要はないわけですね。
もうやるしかないっていう感じでやる。
目に見えない副産物の価値
あとはそこに目に見える結果だけが得られる結果ではないっていうことも頭に入れておくといいと思います。
いわゆる副産物と呼ばれるものですね。
今回はポッドキャストを例にしますが、
例えばポッドキャストをやることによって得られる結果っていうのは例えば集客とか売上だけなんですかっていう話ですよ。
例えばこういう情報発信をすることによってスキルが見えつきますよね。
だから表向きの結果そういう目にわかる可視化できる結果って何も出てない可能性があるわけですよ。
だけど喋るスキルが見えつくことによってそれがコンテンツ作りにいきたいとかね。
アイデアを考えるスキルが見えつくことによってネタがポンポンポンポン出てくるっていうことができるようになったりとか。
あるいは喋りがうまくなったから実際こういうセッションとかセミナーとかやるときにアドリブで喋れるようになるとかね。
そういう副産物もあるわけですよ。
でもそれって目に見えないんですね。
だからそういう可視化できる数値ばっかり見てる人っていうのはこんなの意味ねえやつってやめちゃうんですよ。
その副産物っていうものを見てない。
あとはそのポドキャストで言うなら、例えばその一つ自分のブランディングじゃないですけど。
たくさんこう例えばね。
僕だったらメインチャンネルで1300本ぐらいあるから。
すげえなこの人ってなるんですね。
それも意味があるわけですよ。
すげえなこの人って思ってもらうためにただやるだけみたいなこともあるから。
それも副産物ですね。
直接的な狙いとしては集客とか売り上げっていうところが直接的な狙いだけど。
その副産物としてたくさんコンテンツ上げてるから。
この人なんかすごい専門家なのかなって思ってもらえたりとかね。
すげえなって思ってもらえるみたいなこともあるわけですよ。
じゃあそれ僕がやってること。
仮にじゃあこれ全く集客できてなかったとしたら意味ないのかっていうと。
そうじゃないですよね。
そういう自分の気づいてないところでいろんな副産物が生まれてるわけですよ。
だからそういうふうに考えると大抵のことは意味があるんですよ。
意味を見出すための考え方
それはビジネスだけじゃなくて人生においてもそうですけど。
僕たちが日々やってることはほとんどのことが意味があるし。
それを意味を持たせるかどうかっていうのはその後の自分の選択と行動次第なわけですね。
一見すると無意味に思えることもそれをじゃあいかに正しい決断だったのかっていうふうに正当化するっていうのは
その後の自分の行動とかによって変わってくるわけだから。
意味がないと思うんだったら意味を持たせるように自分で努力をするっていう方法しかないわけですよ。
なのでそういうことを考えてもしょうがない。
わからないしね。意味があるかなんか。
意味があると言えば何でも意味があるし意味がないと言えば全てのことは意味がないと思うんだよね。
哲学家でも多分そんなのはわからないと思うから。
余計なことを考えないっていうことが大事だし、今回お話したみたいに目的は何なのかとかね。
見える、可視化できる結果だけが全てなのかとか。
そういうところもちゃんと考えてやっていくっていうのはすごく大事だと思います。