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2023-07-16 39:31

EP#157【スピリチュアル】MARS × SHIROUSA どスピリチュアルな対談 13 「どスピリチュアルな雑談・生死観」

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★前回の雑談の続きで、今回は生死観についてのお話が中心です

★タイムスタンプ

自分の人生は過去より良くなっているか?

自分の人生は自分が作る

過去は過去、現在は現在

死の恐怖について

MARSの母親が亡くなったこと

人や物を通して近くにいることを教えてくれる

Shirousaさんが夢で見た、MARSの母親の映像

エンディング


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サマリー

MARSさんとSHIROUSAさんは人生やスピリチュアルについて雑談しています。MARSさんは過去の苦難を受け入れ、スピリチュアルに目覚めることで人生が良くなったと感謝しています。SHIROUSAさんも自分自身で成長し続けることの大切さについて語っています。彼らは生死観について対談し、新たな自分の生まれ方や時間軸での生き方を考えています。また、彼らは死に対する恐怖や魂の存在についても話し合っています。この対話はエネルギーを受け取ることや母親についての内容です。

自分自身で人生を変える
はい、みなさんこんにちは。MARSです。
前回ですね、SHIROUSAさんと雑談会をしましてですね、結構人生の話をずっとして終わっちゃったんですけども、
まだまだね、いろんな雑談をしたいなと思っていたので、今回はですね、その続きをしたいと思いますけれども、
今回もですね、少しまたSHIROUSAさんと雑談をしてみたいと思います。
SHIROUSAさん、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、前回ちょっとね、人生のことで話が盛り上がりましたね。それで終わっちゃいましたね。
なんかちこちこ、初めてのことだったんでね、ちょっとまとまりがどうなのかなとは思いましたが。
ちょっと膨らましすぎてもあれかなと思ったんで、ちょっとまた今回も少し違う話とか、また人生の話になっちゃうと思いますけども、やりたいと思います。
はい、お願いします。
えっと、この間というか最近考えるようになったことが、今まで自分の人生を振り返って、現在っていうのは過去よりも良くなってるか悪くなってるか変わらないかっていうふうにいろいろ考えたことあるんですよね。
SHIROUSAさんはどうですか?どう思います?自分の今の人生は過去よりもどうなってると思いますか?
過去は過去で、今は今として一生懸命生きてるので、なんか比較っていうのは私はないですね。今は今としていいと思っています。
はい、だからなんか自分自身が変わっているので、過去の自分と今の自分って違うので、はい、そんな感じです。どうでしょうか?
自分は学生時代、親に育てられて親と一緒に住んでた時はやっぱりすごい心に重みがあった。なんか負担があった。結構親から受けるそういう負担とかそういうものが結構あって、
結構不幸だとかね、自分は不幸だとかそういう思いをずっと抱いてた子供だったんですよね。
すごい人生的にも自分は不幸なんだなっていう思いをずっとなぜか持っていた学生時代だったんですよね。
それでも自分はすごくそれを突破していこうっていう気力のある人間だったので突破できたんですけれども、
やっぱりこう親から受ける影響ってすごく大きいじゃないですか。うん、大きいですね。
そういうものでやっぱり自分の心の中にすごい負担があって、なんか人生、まあそのところはね、人生なんて分からなかったんで、
生きるとか死ぬとかそんなのも分からなかったので、ただただこの負担を抱えながら生きていたっていう感じで、すごく思いつらいっていう思いがたくさんあったんですよね。
でもそういう少年時代、学生時代、そして社会人になってもいろいろあったんですけども、
でもやっぱりこの最近の10年ぐらいのスピリチュアルがすごく大きくなってきたところから、
少しずつ自分の考え方も変わってきて、やっぱりスピリチュアルのことは昔から興味あったんだけども、
ここ5、6年じゃないですか、このスピリチュアルって流行っているのは。
そうですか。一応そういうこととしましょうか。
そうなんですよ。YouTubeとかそういった動画とかたくさん出てきたのは5、6年ぐらいですよね。
その頃からだんだんスピリチュアルに目覚めてくる人も多くなってきたんじゃないかなと思うんですけど、
その頃から自分も少しずつ考え方が変わってきて、自分の人生も良くなってきたなっていうふうに思うんですよね。
というのもやっぱり自分一人じゃ何もできなかったんだけども、
そういうスピリチュアル的な話とかそういうものによって自分の考え方が変えられたっていうのがあるので、
すごく助かってるっていうかね、自分の人生はそれで変わったなっていう。
だから最近はもちろん良いことも悪いこともあるんだけども、
でも今の人生にすごく感謝してるし、生きてて感謝してるっていう思いが強いっていう感じですかね。
例えば具体的に一つ何かあげるとしたらどういうことですか?
一つだけじゃなくて、今の生きてる人生とか環境とか全部が感謝だなって思うんですよね。
例えば、こんなこと言うとあれだけども、自分の家はですね、小さい頃親に育てられたんです。
その家も決して裕福な家ではなかったので、結構お金に関してはいろんな思いがあったし、
自分がお金持ちじゃないっていう思いをずっと持ってって、その思いとともにやっぱりお金も入ってこなかったっていうのはあるんだけども、
そういう考えをやめたことによって、お金的には全然今の方がすごく余裕がある人生を送ってるし、
あと環境とか対人、人に対してもすごく難しいとか、結構人見知りするので、人は苦手なのは変わってないんだけれども、
でもそれを乗り越えてっていうかね、それを認識したことによって周りも変わってきたっていうか、
言葉っていうのは難しいんだけども、でも昔のように落ち込んだりとか、そういうことも少なくなったなっていう感じがするかな。
行きやすくなったっていうことですよね。
そうですね。行きやすくなったっていうのかな。
それはスピリチュアルな、YouTubeとかそういうので助かったっておっしゃってましたけど、
どういう点が一番そういった動画とかを見てよかったなって思いますか?
やっぱり一番大きいのは自分の気持ちで周りの環境も変わるっていうことかな。
そういうことがやっぱり自分の人生は自分が作るんだっていうのかな。
だから自分次第で人生は変わる。
自分がいいと思えば全部良くなるし、悪いと思えば悪くなるっていう考えかな。
だから結構昔はネガティブな考えばかりしてたんだ。ダメだとか、もうダメだとか、そういう考えばかりしてたんだけども、最近はそういう考えもしなくなって、
いい考えをするようになってから、やっぱり周りも変わってきたっていう感じかもしれないですね。
そういう考え方っていうのをすんなり受け入れられたっていうことですよね。
それを実践したらやっぱり楽になって、いい循環が生まれてきたっていうことですよね。
そうですね。
過去の経験と現在の人生
でも結構シンプルですね。そうやってずっと悩んだり、ちょっと苦しんだりしてた時代というか時期が長かったって今おっしゃってましたけど、
それでもそういうふうなきっかけって、まあ些細なことですよねきっかけは。
まあそういう動画を見たりして、でもたくさんいろんなことを考えてたから、きっとそういったちょっとしたきっかけで変化できたのかもしれないですよね。
そういう考えもあるんだなっていうことですよね。
だから、昔から悩んでたばかりだった。人生だったのかな。
でもその答えがだんだん出てきた。最近になって。という感じなのかな。
だから、前よりも昔よりも自分の人生は生きやすくなって、良くなっているのかなって思うようになったかなっていう感じですね。
なるほどね。それは自分の質問なんですけど、ただそういうのを見て、全然知らない人がやってますよね。YouTubeとか。
で、それを見て、受け取って、ああそうなんだって、これはわかるんですけど、ただそこの心の状態が、自分で受け入れ体制がなければ単に通り過ぎるだけだと思うんですね。
何か動画って見ても。でもそれを必要としてたっていうか、待ってたっていうか、自分の本来の声っていうのにつながったっていうふうには思わなかったですか?
もちろんそれはそうだと思うんですよね。だから、基本的に自分は受け入れることは、全て受け入れる体制はできていて、
いろんなものを受け入れて、いろんなものを試してみようという気持ちはあるので、いろんなことをやってみて、これはダメだった、あれはダメだった、今度はこっちにやってみようっていう気持ちはずっとあって、
昔結構やってたことがあって、遠隔操作でエネルギーを送りますみたいな。そういうのもあって、そういうのも何回か試してみたんだけども、
エネルギーが自分は感じられない人間だっていうのを知らなくて、全然変わらないっていうか、全然効果はないなって感じでやめちゃって。
そういうこともあったし、YouTubeでいろんなこと言ってるのも何回か試してみたりとか、考え方を変えてみたりとか、そういうのもやってみて、最近ようやくそれが少しずつ実ってきたかなっていう感じですかね。
だから基本的にいいなと思ったのは受け入れる体制なので、一旦まず受け入れてみる、そしてやってみるっていうのはもう自分のやり方ですよね。
じゃあいろいろ試してはきたんですね、今まで。
うん、そうですよ。結構いろんなことやってきたっていうか試してみたんですよね。そういうエネルギー遠隔操作で送るとかっていうのもあったし、あとは、
もちろん占いは信じてないんだけども、霊感占いとかそういったものもやったことがあったし、
そうなんですね。
なんかいろいろ本当にね、やっぱり自分の人生を良くしようと思っていろんなものを試してみて、
そうなんですね。
これはダメだ、あれはダメだとか言って、やっぱりそういう占いとかってその人にもよるし、その人のやり方にもよるし、
そうですね、相性もありますからね。
相性もあるしね、そういうのもダメだと思ったりとかして、結局行き着いたのは自分自身で自分の悩みを変えるっていうことか。
でも一番それが大事ですね、やっぱりね。
時々サポートしてもらうのはね、物事によっては人によっては必要なこともあると思うんですけど、
でもやっぱり自分自身が腑に落ちないことっていうのは、やっぱりずっと変わらないのでね、
自分で腑に落としていくことが一番ですよね。
だからそれまではね、自分は自分の人生を変えるために誰かを頼ってたんですよね。
いろんなものを試して、誰かが変えてくれないかな、誰かが変えてくれないかなって言って、試してたけどダメだった。
結局自分自身で変えるんだっていうのをわかって、そっから良くなってきたっていう感じかな。
良かったですね。
それに気付いて良かったなと思う。
本当そうですよね。
多分全てそうだと思います。
他人は自分の人生を変えられないんだなっていうのは分かったし、そういうものに頼ったり参考にしたりするのはいいけども、
結局は自分自身が問題なんだなっていうのを勉強したっていうか、そういう人生だったかなっていうふうに思うんですよね。
じゃあこれからますます良い方向に。
あとは自分自身の心がポジティブに考えられるような、そういう思いをするように努力するのが課題かなって思いますよね。
なんか今ちょっと急に思ったんですけど、私最初にお話しした過去の自分と今の自分って違うのでってお話ししましたけど、
今も思っているのが、過去から現在、そして未来ってずっと一つの線というか道として見てますかね。
私は昔はそうだったんです。
一つの一本の道として見てました。
時がありました。
結構前からそれを全部否定するわけではなく、過去は過去、それはもうそれでその時の私で成立してました。
良いことも悪いことも全て経験なので必要だったっていうふうに思って、今良かったって思ってます。
今は今で、続いていくんじゃなくて、その時その時で写真のように切り取って、映像というよりは切り取っていいと思うんですよ。
だからそれをずっと継続するとか、例えば未来に続くとか、こうしなきゃいけないから、この先のためには今こうしなければいけないとかっていうふうに思わないっていう見方をして生きてるんですね。
それについてどう思いますか。
たしかにそれはそれが正しい考え方だと思うんですよ。自分でもね、いろんな話を聞いていろんなことを言ってることを聞いて、それがまあ過去は過去で、
結局時間軸っていうのはこのね地球で生きてる人間しか考えられてないので、この映画とかそっちの世界に行くと時間軸がないっていうのは知っていたので、
たしかにその過去を一つ一つを一つ一つの現象だと捉えるっていうのは正しいと思ってるんですよ。でもこの地球上に生きてる人間っていうのは時間軸で生きてるので、やっぱり過去のいろんなことがあって現在があるっていう考え方、これも大事だなっていうふうに思ってるんですよね。
だから今自分がこうやって自分の人生を変えるのは自分しかないっていうふうに考えられるのは、過去にそういういろんな経験をしたからこそそこまで至った、そこに到達したっていうのが本当かなと思うので、
まだね自分もね、過去は過去だっていうことを捉えるっていうのはわかってるんだけど、それはまだやっぱり時間軸で今まで生きてきたので、なかなか難しいですよね。
そうですね、でもきっとそこでまた一個ご自身で成長されるっていうか、成長っていうのは子どもが大人になるっていう成長じゃなくて、大人になってからずっと成長し続けるんですよね、私たちって。
新しい自分の生まれ方
で、それが気づきだったりするんですよね。だからそこでそういう考えが一個生まれたら、今すごくいい感じになってて、そしたらきっとまた違う新たな自分っていうのがまた生まれてるわけなんですよね。
だから違う目線をもう持ってるわけですよね。そこでまた新しい世界を見れる、また世界を作れるっていう、なんかそういうふうに常に作り直せるっていうふうに考えると、またすごく楽だし、別に過去を否定するとかないものとするとかいうことでは全然なくて、
今をそういうふうに作るっていうことが、なんかとても楽しいし、自分でしかないんですよね、そこがね。誰も作れないし。だからそうやって切り取ってみると面白いかなって思ったんですけど。
だから人間っていうのは時間軸で生きてるので、やっぱり過去から今が続いてるっていうふうに思うんだけれども、そうやって区切りをつけるのが難しいと思うので、例えば引っ越しをするとか会社を変えるとか、そういう機会があるごとにまた新しい人生が始まるみたいな感じで区切りをつけてみたらいいんじゃないかなと思うんですよね。
そうすれば、あの時はあれだった、この時はこれだったっていう感じで、一つ一つ区切ると思うんですよね、この人生を。時間軸で生きてるので、なかなかね、そうやって一つ一つ分けるの難しいかなっていう人もいると思うので。
なるほどね。あと新しい体験をしていくとか、今までのやったことないことをやってみるとか、私はちょっと心がけていることがあってですね、なんか初めてのこと、初めて行く場所、同じ知ってる人でも違うその人との関係性の中でなかったことをしてみるとか、
もちろんあの、いろんな、なんていうのかな、様々ありますよね、体験することって。そういうことをすることによってまた新しい自分が生まれていくっていう風に、割と身近に捉えてるんですけど。
うん、なるほどね。
うん、はい。
いいですよね、そうやって新しいことをすることによって、また新しい自分が始まるみたいな。
そうですね。
そういう考え方もいいかもしれないですね。
はい、発見がありますね。
しろう座さんっていうのは、死ですね、人間が死ぬことに関してどういう風に考えているのかなっていうのをちょっと聞いてみたいんですけど。
そうですね、どういう風にって言うと、一言で端的には難しいですけど、生きている延長線上にあることですね、死は。
確かに、肉体は終わるけど、魂は終わってないっていう感じですかね。
そうですね、その魂丸ごとっていうことではないと思いますが。
死に対する恐怖とかそういう感情は?
そうですね、体験してないので、もちろん生きている方みんな体験してないですから。
だからそういう意味では、恐怖、昔はすごくあったんですよ。
そういう夢みたいなのをよく、熱を出したりすると見てて、すごく怖くて死ぬということを漠然と、どっかの何かの記憶なんですかね、そういうのがあったんです。
でもね、もういつぐらいからかちょっと思い出せないですけど、もちろん初体験っていうのは、怖くないって言ったら嘘になるじゃないですか、いろんな意味でね。
死に対する恐怖
でもそういった恐怖に怯えるっていうようなことの感覚はなくなりました。
どうやってなくしたんですか?普通人間って死にたくないじゃないですか。だから死が怖いじゃないですか、やっぱり。
なくしたっていう感じではないです。
なんて言ったらいいんでしょうね。
自分も一応魂は続くとは思っているけれども、やっぱり人生が終わってしまうっていうのは恐怖っていうか、やっぱり死にたくないなとはもちろん思うし、長生きしたいなと思うし、魂はその後も続いていると思っても、やっぱり死は怖いじゃないですか。
例えばね、今日死ぬとしたらやっぱり怖いじゃないですか。例えば何回病気で余命宣告なんか受けたらやっぱりすごい怖いじゃないですか、その時が来るのが。
でもやっぱりね、死の恐怖っていうのは生きてる人間にとっては脱げないものだと思うんですよね。
そうですね。健康寿命を、だから私はそういう意味では大事にしているんですよ。天命と健康寿命って違うんですよね。天命っていうのは天の命で天命ですね。
これは私たちが決められない寿命です。だけど健康寿命っていうのは自分で気をつければできるんですよ。だから、暴飲暴食したりとか、いろんな不節制をしていると体に負担がきますよね。もちろんストレスとかも。
だからそういうことは気をつけてます。健康寿命に関しては自分でできるので。それだけは気をつけてますけど、天命っていうことに関してはもうお任せするしかないので、そういう考え方ですね。全部自分の想念から来るものだと私は思っているので、あくまでも私はですけど。
じゃあ死ぬ時は寿命が来て死ぬっていう。
そうですね。なのでそういうのも自分の思いです。延長線上にありますよね。自分が思い描くイメージを持つことっていうのを大事に思ってるんですよ。
じゃあ、もし病気で亡くなるっていう人はそういうイメージをしてるからそうなっちゃったってことですか?
いやそれはそうとは言えないですね。そういうもともとそういう考えがあられないかもしれないので、私に関してはもうそういう生きるっていうことは自分の思いとか想像とかイメージとかっていうのはすごく影響していくっていうのを認識しているので、
そこに死っていうのが今お話があったからそこだけ違うってことはないと思ってるんですよ。
でもいつかは寿命は来て死ぬじゃないですか。人間だから。
はい。そうです。
その日が来るのはどうですか?怖くはない?全然。
怖くなくないですよ。やっぱり初めてなのでどうなるのかなっていうのは思います。
でも多分そこに至るまでにちゃんと準備ができる気がしてます。
私のことなんですけども、この間も言いましたけどもスピリチュアルのことを色々知ることによって以前よりもね死があまり怖くなくなってきたっていう感覚があるんですよ。
もちろん怖いですけども死ぬことは。でも魂は続いてるんだなっていうことも知ったし、あとあの肉体がなくなるだけであって魂が行く世界があるっていうことを知ったし、それも見たことはないけどもそれは確実だなっていうふうに思うし、
だから例え死んだとしてもそれでも次の世界に行くだけだっていう感覚はあるんですけども、それがねやっぱり感じられたのは、2021年に母親が亡くなったんですよね。
私の母親が亡くなったんですけども、その母親が亡くなったのが自分の身近な人で亡くなった初めての人なんですよ。
そうですか。
自分の家族とか、おじいちゃんおばあちゃんはもちろん亡くなってますけど、家族とか親戚とかそういう人が亡くなったっていうのはあまりなくて、家族が亡くなったっていうのは初めてなので、そこからちょっと死についてやっぱり考えるようになって、
今亡くなった母親はどこで何をしてるのかなとかいろいろ考えたりとかすることもあるし、いろんな情報とかで亡くなってから行く世界とかね、そういう世界があってそこで何をしてとか、そこに行ったんだけども地上にまた降りてくることもあるとかね、いろんな話を聞くことによって、
今母親はどこにいるのかな?何をしてるのかな?何を考えてるのかな?とかいろいろね、そういうことを考えたりするんですよね。そういうことを考えることによって、亡くなっても怖さは薄れてきたっていう感覚になったのかな?そんな感じなんですけどね。
魂の存在
ありますよね。やっぱり身近な人が亡くなると死が怖くなくなるっていうのはよく聞きますよね。
だからまだ父親は健在なんですけども、万が一もし父親がそういうことになったとしても、悲しまないっていうのはおかしいけども。
でも、なんつうかな、そばにはいってくれるんだろうなと思うし、全く別世界に行ってもう会えないってわけでないんだなっていうのはなんか考えられるようになって、そんなになんか、その時が来たらちゃんと送ってあげようっていうふうに思うようになったんですよね。
そうですね。それがすごく大事なことかもしれないですね。生きてる人の方が大変かもしれないですよ。
そうね、生きてる方が大変かもしれないですね。
そう、なんか一説によると亡くなって、やっぱりいろんなね、こう、やっぱり人にもよると思うんですけど、生きてきた、生き方によるんですよね。亡くなった後もね。
そうね、そうですね。
そうです。だから、いろんなこう、忙しいんですよ、あちらも。
あちらも?
あちらの世界も。そう、あちらの世界も忙しいんです。
忙しい。
だから、いろんなことをやらなきゃいけないので。
何を?何をするんですか?
魂が。いろいろあるんですよ。
なに、なんつうこのいろいろって。
生きてる人たちが、こう、悲しみにね。だから、よく仏教で49日とか、それはご存知ですか?
うん、知ってますよ。
うん。だから、そういう時間っていうのは、あの、あながち、その、間違ってなくて。
うんうん。
なんか、49時間は、49時間は地上に行って、そっから天井に行くみたいな、そういう話を聞いてますけどね。
そうですね。だから、その道の途中なんですよね。あちらに行く途中なので、その間に、こう、生きてる方、家族とかが、やっぱり、こう、いい方向にね、行けるように。
で、こう、祈り続けたり、その人を思うことですよね。
うんうん。
だから、そういう時間っていうのは、すごくあると思うんですよ。
で、まあ、南海記、南海記とか、まあ、それぞれのね、いろんなご家族の、あの、思いとか、事情とかがあって、まあ、形としてやるやらない、法要とかをやるやらないとかは、皆さん違うと思うんですけど、
でも、思うっていうことはすぐに通じるので、あの、形はないですけど、肉体はなくなりますけど、つながるんですよ、すぐに。
その辺の感覚はね、人間は分からない人も多いので、分かんない人も多いと思うんですけど。
私はそういう感覚がないので、まあね、そういうふうに言われても、自分はなんか、そばに、もし、万が一そばにいたとしても、それを感じることはできないだろうなって。
何かしら、こう、雰囲気じゃない、なんだろうな、気配は感じるかもしれないけども、その程度かなって思ってるんですよね。
うーん、それででも十分じゃないですか?気配を感じるだけで。
確かに。前に、音声配信で言ったんですけども、あの、音楽をね、思い出させて、母親のことを思い出したってことがあったんですよ。
えー、それはどういうことですか?
音楽っていうのは、昔流行った歌で、「こんにちは赤ちゃん」っていう歌があるじゃないですか。
昭和時代に流行った歌。あの歌が、いきなり頭に思い浮かんだんですよね。
で、その歌っていうのは、子供の赤ちゃんがね、すごく生まれて幸せだっていう歌じゃないですか。
で、その歌を思い出して、ふと思ったのが母親のことだったんだよね。
母親が、私のことを生んで幸せだったっていうことを言いたかったんだなっていうのが、なんか分かったんですよね。
だから、そういうふうに、もう見えやはしないんだけれども、ものとかを、思いとかを通じて、そういう意志を伝えてるのかなっていうふうに思ったことありますけどね。
でもそういうのって、もう本当にその人しか分からない感覚なので、それは間違ってないと思いますよね。
人には分からなくても、自分がそう思ったってことが一番そうだと思います。
そこで繋がってるっていうことですよね、お母さんと。
そうそう。だから、見えやはしないけれども、気配を感じたりはしないけれども、そういう思いを伝えて、なんかね、思い出させるみたいな、そういうことをしてるのかなっていうふうに思ったんですよね。
そうですね、そうですね。
で、あの、ちょっと、あのね、こないだ、だいぶ前に、母親がね、亡くなったときに、しろうささんが母親の映像を見たっていう話をね、されてましたよね。
あー、だいぶ前ですよね。だから、本当に結果的に知ったっていうことですよね。お母さんが亡ったっていうね、映像。
これは説明が難しいですね。
夢で映像が見えて、っていうことで、それを説明したら、おそらく、まーさんのお母さんであろうということが分かったんですよね。
そうなんですよね。だから、そのときどうでしたっけ?最初にしろうささんが伝えてくれたんでしたっけ?
一番最初に、えっとですね、これはお話していいんでしょうか?スタイフの音声配信で、一緒に朗読の配信をする、相談をするっていうことで、お話を初めてさせていただくっていうときの朝に、
夢についての対話
私が見た夢で、はっきりと起きる寸前に見えた映像をお話ししたんですよ。気になって。もしかしてっていうのが、きっと関係がある方だなっていうのが分かったので、お話ししたんだと思いますね。
そしたら、私は全然事情を知らないで、まーさんのお母様のことも知らなかったですし、入院されてたり、ご病気だったりっていうことも全く知らない状態で、それでお話をしたんですね。こういう夢を見たんですけど、
どうなったか?何か思い当たりますか?っていうこと。そして少し詳細をね、お話しして、そしたらそれが自分の母親じゃないかっていうお話だったと思います。
あれって、母親が亡くなってすぐだったかな?ちょっと思い出せないんですけども。
そうだと思うよ。
確かそうですよね。
すぐではないと思う。
だって、その見た映像が、母親が病院にいるような、なんか管をつけているような。
そうですそうです。
そういう映像だったって言ってましたよね。
はい。
だから、それって、本当にまさにそのままだったんですよね。母親が病院にいた時に、鼻に管を通していたんですよ。ずっと。
たぶん、何だろう。酸素を食ってたのかよくわかんないですけども。
そういう状態だったので、それがそのまま映像として見えたなっていうのがわかったので、これはもう母親だなって思ったので。
はい。
志郎さんを通して、何か言いたかったのかもしれないですね。
そうですね。今思い出しましたけど、泣いてらして、そして、全くその時ね、まあさんと本当に初めてお話しするっていう状態だったので。
そうですよね。
でも、何か伝えなきゃいけないなって思ったんですよね。全然事情を知らないのに。
で、それはメッセージだったから、そういう強いものを私は感じて、お話ししたんだと思うんですけど、すごく泣いてらして、お願いしますっていう感じだったんですよね。
だから、心配されてるって思ったので、どなたかお知り合いの方かなと思って、心配されてますよっていうことをお伝えしたと思いますよね。
そしたら、お母様だったっていうのが後から分かって、っていう感じだったと思いますよね。
まあさんは結局、お会いできなかったんですよね。
そうなんですよ、そう。だからコロナだったので、オーストラリアから出ること難しかったし、日本に入ること難しかったので、結局亡くなった時は、日本に行けなくて、で、そのままだったんですよね。
だから、それを聞いてすごく納得しましたね。私が見た映像と、はい。なので、その時も多分お伝えしたと思うんですけど。
なんか、あれですかね、しろささんと私が話をするっていうの分かってて、しろささんのとこに行ったんですかね、母親が。
あ、もちろんそうだと思いますよ。じゃなかったら意味がないので。
まあそうですけどね、それ分かるんだなと思って、すごいなと思ったんですよね。
そうだと思いますよ。それを伝えて欲しかったんだと思ったので、私もそれをキャッチしてお伝えしたんだと思います。
なるほどね。
ただ、ぼやっとしたものだったら、エネルギーとしてね、弱いものであれば、私もわざわざお話ししないと思うんですよね、そういうのを見ても。
だからやっぱり、そういった目に見えないこととか、エネルギーって目に見えないですけど、キャッチして、これは先ほどもそう、お母様とのね、お歌のやりとりもそうですけど、きっとお母さんがそう思ってたんだって思うことっていうのは、そういうエネルギーを受け取ってるんですよね。
なるほどね。
自分ではそう感じていないかもしれないですけど。
私もそうやって、橋渡しのような役目をその時に結果的にしたわけですよね。でもそれはエネルギーなんですよ、全部。物理的なものは何もないですから。そうなんです。
そういうのは現実に起きます。いろいろ起きてますし、ありますよね。
いろいろそういう話もね、いろんなところで聞きますけれどもね、やっぱり自分がそういう体験したのは初めてなので、ちょっとびっくりしてるっていうかね、そういう感じなんですよね。
しかも、そんなに交流のない城沢さんからそういうことを聞いたってことで、なんかびっくりしたんですよね。
生死観についての対話
なんで城沢さんと言ったのかなって思って。
私もびっくりしました。そうですよ、私もびっくりしましたよ、それは。
そういうご事情もね、やっぱり聞いて、ああと思ったので。
そんな感じで、ちょっといろいろ不思議な話とかもしましたけれども。
本当にこう、人間の肉体っていうのは死を迎えないといけませんけれどもね、それをちょっと克服できるような、ポジティブに考えられるような、そういう考えができたらいいなっていうふうに思いますね。
できると思いますよ、これから。
なかなか普通の人間には難しいと思いますけれどもね。
城沢さんのように精神的にも高い方がそういうふうに思うと思うんですけども。
いやー、そんなことない。これからは変わると思います、でも。
そうですね、ちょっと変わってますもんね。
うん、変わっていくと思いますよ。
はい、わかりました。今日も長い時間になりましたけどもね、雑談ありがとうございました。
ありがとうございました。
はい、じゃあそんな感じで今回はね、こんな感じで終わりたいと思います。今回も城沢さんありがとうございました。また次回もよろしくお願いします。
はい、ありがとうございました。よろしくお願いします。
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