映画の概要と感想
精神科の知識を学べる番組、歴史から学ぶ精神科ラジオ。この番組では、精神科医療を作った人々、現在のトピックスを精神科医が解説します。精神科専門医30年、医学博士で現在、開業医のマリモと、
その姉で、障害を持ちの方の就労支援事業所を経営していて、運営しているもう一つの会社、社会人サッカークラブの今期の活動が無事に終了して、ホッとしている桜がお送りします。
映画、どうすればよかったか、感想会です。私、マリモ先生から教えてもらって、初めてこの映画の存在を知って、上映会で観てきました。
観てきましたか。
ありがとうございます。観てよかったです。
感想としたら、観てよかったなという言葉と、あとは一言でなかなか感想が伝えにくい。言葉にしにくいなというのが正直なところ。
でも、障害福祉の仕事に携わっていく上では、想像は普段からしているんだけど、ドキュメンタリーとして現実を知ることができて、すごい貴重な機会になったなと思っています。
そうでしたか。自主造映会で観たんですよね、桜さんは。
そうです。
混んでいましたか、あまり混んでいなかったですか。
まあまあ、ちらほらという感じですね。
でも、30人から40人くらいはいたと思います。
統合失調症の描写
30人、40人は観てたんですね。
2025年の12月の自主造映会で観たんですよね。
ありがとうございました。
僕はこれを実は2回観て、ちょっと語ろうかなと思ったんですよね。
2025年の6月に1回観て、実は先週ね、2025年の12月ですけども、もう1回観てこようと思って。
あ、そうなんや。
平日の会に頑張って行ってきました。
頑張りましたね、仕事あるのに。
ちょっと午後から休みの日があるので、そこちょっと映画頑張って観に来ました。
映画どうすればよかったか、2024年公開の映画です。
を語っていきたいと思います。
まず大きく3つに分けて語ろうかなと思うんですけど、
今回はまずはじめとして、映画で映っている統合視聴症の病気の側面を語ろうと思います。
まずこの映画どうすればよかったかドキュメンタリーなんですけど、
これは唯一無二ですね、生の統合視聴症の姿が映るドキュメンタリーなので、
ぜひ関係者には見てほしいなと僕は強く思いました。
私自主上映したいなと思いましたもん。
やっぱり長期間、25年間の記録なんですよね。
しかもとても信頼のある方が撮っているので、
勉強にもなるし、いろいろ考えることが多いなと思っています。
あとプライバシー問題ってどうしてもこういう病気の問題っていうのがあるんですけど、
これは弟さんが監督なので、しかも本編の中でお父さんも了解しているということで。
これはなかなかないですね。
なかなかないですね。しかも映っているお姉さんが患者さんなんですけど、
その方はお亡くなりになっているというプライバシー問題が一応クリアできているというのがとても大きいかなと思うんですね。
症状の変化と治療
ただ全てがというわけではないと思うんですけど、やっぱりそこは語りやすいというか見やすいというところがありますよね。
この映画結構流行ったんですよ。今も流行っているんだと思うんですけど。
そうやと思います。
このドキュメンタリー映画としては流行っている映画ということもあって、
皆さん割と見ている方も多いかなと思うし、
例えばこんなポートキャストとか動画とかでも、ちょうどこの1年ぐらい前から公開した映画ですけれども、
去年の12月、1月、2月っていろいろと盛り上がっていたんですよね。
やっぱりそうなんですね。
この映画のことを語っている方というのが結構たくさんいてて、
だからそういった意味で興味を持たれている、社会的にも興味を持たれている映画かなと思うんですね。
だけど、僕としてはやっぱり統合主張症のことに関わる方というのは、やっぱりこれをぜひ見てほしいなと思いました。
この統合主張症の生の姿が映っているので、その話を今日は言おうかなと思うんですけど、
ちょっとその前に、この映画の初めにテロップが流れました。
監督からのメッセージだと思うんですけど。
この映画の初めに。
結構頭に残っています。
2つ出るんですよね。
姉が統合主張症を発症した理由を究明することを目的としていません。
この映画はね。
またこの映画は、どんな病気であるのかということも説明することを目的としていません。
というのが初めにダンと提示されるんですよね。
監督さんは、この映画は統合主張症についてではなくて、家族についての作品だというふうに説明もされていて。
もちろんそうだかなと思うんですよね。
映画としてはもちろんそういうことであろうかなと思うんだけど。
ここでは僕は監督の意に背いて、統合主張症の病気としての側面を、この映画から語りたいなと思います。
マリモン先生の精神科医という立場でないと、それはなかなか語れませんから。
監督はお医者さんじゃないしね。
それもあるしね。
僕の責任で語るので。
いろんな正しくないこともあるかもわからないし。
映画のことで言うと、いわゆるネタバレということを当初から言わないといけないので。
そういったことで、ちょっともしかしたら、今回のみんながみんな聞いてもいい話じゃないのかもわからないんですけれど。
ただ、統合主張症のことを知りたい方は、この映画を見てほしいし、僕のこのポットキャストを聞いてほしいなと思うんですけどね。
じゃあまず、監督がこの冒頭に統合主張症のことを説明するのを目的としていませんと書いたのはなぜかという話なんですけど。
想定するに、たぶんお姉さんの症状が統合主張症の病を代表するものではない。
つまりNイコール1だから、言うのはおかしいよねと思ったということもあると思うし。
もう一つ、映画に映っていない部分って結構大きいと思うんですよ。
そうですよね。ほとんどが25年間のほとんど映ってませんもんね。
そうなんですね。つまり映ってる部分っていうのは、この後半部分が映っているんですよね。
後半部分でも全てじゃなくて、監督が実家に帰った時に撮っているっていう場面なので、全てじゃないっていうこともあるので、
この映ってる場面だけで病気というのはどうだろうって思ったかと思うんですけどね。
映画に映ってる部分からわかるこの病気の症状などをちょっと解説したいなと思うんですけどね。
映画の画像っていうのはお姉さんが43歳の頃からなんですよね。
一番初めの冒頭部分に、画像がなくて音だけ、声だけっていう部分があるんですけど、
あれがね、34歳のお姉さんの時の妄想、幻覚、妄想で叫んでいる部分が初めて登場するんですよね。
なるほど。
あれ聞き取りました?っていうか、よくわかりにくかったかと思うんですけど。
記憶に残ってないけど、結構衝撃なところから始まったなと思ってます。
そうですよね。割とわーって叫ぶ感じでね、わけのわからん感じの声が出たり入ったりするような感じから始まりました。
これが34歳の時の救世図枠の時の声を監督が撮ったんですね。
あれでもすごいタイミングですよね。
この時監督が26歳で、まだ大学生としてご自宅にいる頃に、お姉さんが悪くなった時に録音したんですね。
ここでお姉さんの言葉であるんだけど、「うちから統合失調症が出るなんて!」っていうような言葉が出て、
自分を客観視して叫んでいるような場面があるんですけれど。
これがお姉さんが34歳で監督が26歳の時の録音を彼は撮りました。
それ以降監督自身は自宅を出て東京の方に移って専門学校で映画の勉強をして、
その後お姉さんが43歳ぐらいでご本人が35歳になってから定期的に映画を撮り始めるんですよね。
自宅したたんびにお姉さんとか家族の様子を撮っていくというのが十数年間続いていくことになります。
当初お姉さんは医療に関わらないというか、家族というかご両親が関わらせないというか、
サポートしないですよね、受診することにね。
これが一番問題だと思うんですが、ただ50歳の時にお母さんが認知症になられて、
お父さんがお姉さんの入院をサポートするというか、それを指示するわけですね。
治療するととっても良くなるんですよ。
ただでもとっても良くと言っても100%良くなっているわけではなくてということでした。
この時の症状のどんな変動があったかというか、この3ヶ月だけ入院するんですけど、お姉さんが3ヶ月。
3ヶ月か、はい。
たった3ヶ月入院するんですけど、入院して帰ってくると割と良くなっているように見える。
見えましたね。
これがこの映画で一番後半のカタルシスというか、こんなことが起こるんやということだと思うんですけど。
この時の前後の症状のところをちょっと見たいなと思うんですけど、
映画で多くの場面で映っていて、4回ぐらい映画の前半とか中盤にあったんですけど、
お姉さんが結構大きな声を出して叫んだりとか、訳の分からないことは終始おっしゃっているんですけど、
よりもっと分からなくなって結構興奮する場面というのが、冒頭の34歳の時を含めて3回、4回ぐらい映っているんですけどね。
一番悪くなるのが、お母さんが認知症になってお姉さんに変なことを言った時にワーってなるのが一番目立つ場面があったんですけど、
それが治療が全くなくなりました。
ただ、幻覚妄想が全くなくなったわけじゃなくて、夜のコンビニに行った時に、
誰か知らない男が刃物を持って家に行っているみたいなことを店員さんに言ったものだから、
それを真に受けた店員さんが通報して、警察が家に来るみたいな事態があったというのも映っていたので、
だから50歳治療を受けた後も妄想が全くゼロになったわけではないんだが、
少なくとも43歳ぐらいに見えていたような、40代になったような激しい妄想はなくなった。
あと興奮状態というのも、50歳以降はなくなったようだ。
この興奮状態というのも特徴的なんだけど、大声を出したりとか、お父さんを押しのける場面はあって、
映画にも映っていなかったけど、皿を割る場面とか、机に乗ることというのはあったようなんだけれども、
でもお姉さんは、暴力は最終的にいつも振るわなかったということは書いていました。
監督のディレクターズノートというかパンフレットがあるんですけれどもにおいてましたね。
そういうのは全くなくなりましたね。50歳以降治療を受けたらね。
そうですよね。落ち着いたように見えてますよね。
だんだん落ち着きましたね。
それだけでは、実は症状ってないんですよ。統合視症状って。
幻覚、妄想と興奮状態というのが一番目立つんだけれども、それ以外にもいくつかあって、
例えば思考障害というか、まとまりのない思考とかって言うんですけれども、ちゃんとものが考えられなくなるんですよね。
これが話しかけてもじっと黙って見ているというか、違うような話をしちゃうとかっていうのが40歳の時に映画に映ってたと思うんですけれども、
ちゃんと会話として噛み合わなくなるんですよね。
それが50歳以降話しかけたらちゃんと返ってくるっていうことで、そういった意味で思考障害は減退はしたな、
少なく軽くはなったなと思うんですけれども。
でもこのディレクタースノートにも書いてたんですけれど、お姉さんは最後まで自分は統合視症ではないっていうふうに考えてたみたい。
そうですよね。
自分が統合視症であるとは認めてない。
だが認めてないが病院の通院はするし、服薬も嫌がる時期もあったようなんだけれども、基本お薬は飲むと。
ちょっとこういう状態なわけですね。
これって割と統合視症症の、長く統合視症症を呼んでいる人の中では時々あるんですけれども、二重検討式とかって言うんですけどね。
つまり、病気は拒否はしていたりとか、妄想の世界はあるんだけれども、現実にもうまく対応できるっていう、
ちょっと一般的には考えにくいというか、両立するんですよね、一人の中でね。
そういうふうな思考状態になってたのかなと思います。
お姉さんとしては、この病院受診に関して言うたら、この監督が書いてたのは、お医者さんと世間話にしに行くみたいな感じで、
弟に連れられて、毎日というか定期的に受診は継続していたみたい。
してるね、なるほどね。
あと、気持ちの情動の不安定性とかね、そういうのが統合視症症には目立つことがあります。
怒ったり泣いたりとか、不適切な時に怒り出したりとかっていうのが、映画の場面では時々あったと思うんですけれども、
それは治療を受けてからほぼなくなりました。
あと、この自発性の低下って言うて、あんまりぼーっとしてるというか、じっと家でいてるとかっていうのがあったと思うんですけれども、
それが治療を受けてから、ちょっとずつ日常の意欲っていうのが出てきたりとか、
統合失調症と家族の愛
あるいは朝食を作れるようになったりとか、自分の興味があるところに出かけたりとかっていうのがしやすくなってきた。
でも、朝0時に朝食を作ったような場面も映ってましたけれどもね。
なかなかああいう障害というか、ああいうことをする方あるよね、とか思いつつ。
あと、元気になってからお姉さんがピースサインを出したりとか、変わったポーズで写真を撮ってもうたりとかっていうのがあったと思うんですけどね。
かわいらしい感じですかね。
かわいらしい感じでしたね。
こういうのも統合症症の方って時々あったりするんですけど、
お姉さんの10代、20代の頃、病気になる前の人格を伺わせるような感じなのかなと。
映画で映っているのは50代のお姉さんでしたけれども、ちょっとその若い時の様子が伺えるかなと思いましたけどね。
という感じで、激しい症状は物治療によっては良くなったんだけれども、まだちょっとした症状というのは50歳以降も残ってたということは伺えるかなと思います。
割と特徴的というか、よく見る統合症の方かなと思って見ていました。
そうですね。
やっぱり問題になるのが、その密治療期間というか、病院に行かせなかった期間ですよね。
映像に映っているのは43歳から50歳までなんですけれども、この間でいろんなことというか、ずっと見ているわけじゃないけれども、いろいろあったよねとか思うんですけど。
そうですね。
ちょっと見ててつらかったですよ。
この時代、つらかったですよね。見ててね。
あの場面を見ながらも、早くお薬投与しようよってずっと僕は思いながら見てましたけれども。
そうなんよね。そりゃそうですよね。
で、またよくでも考えてみると、この時の対応って主にお父さんお母さんがしてたんですよね。
はい。
すっごくお父さんお母さん大変やったんちゃうんかなと思うんですよ。
大変ですよ。映画の中も大変やったけど、見えてない部分はもっと大変やったんだろうなと思います。
そう。これが本当に十数年間続いたわけですよね。
そう。
そこで映っている場面で見るとね、お父さんお母さんは何してたかっていうことなんやけれど、見守るのみだったんですよ。
わーってなってもさ、見守ると。安全確保に努めるという風に言ってもいいかもしれないね。
これってでもね、実は大変なのよね。
どう思います?
ついついあんなことになっちゃったら、見てる方がしんどいから、見守る方が逆に暴力的な対応しちゃったりとか、極端なことをしがちになるんですよね。
これをお父さんお母さんは全くしないんですよ。
でしたね。
ずっと見守っておられるということ。とってもつらかったと思うけどね。
それこそ十数年間ですよ。
お父さんお母さんとしたらですね、60代から80代にかけて。
そうやね。
約20年間ですね、娘があんな風に騒ぐ場面をずっと見守ることができた。逆に言うたらね。
その幻覚妄想みたいなことを訴えても、現実的な対応をしたじゃないですか、お父さんお母さん方は。
そうなのよ。あれ驚きました。
一応その現実的な対応に終始してて、それに対して激しい否定したりとか怒ったりとかするんじゃなくて、気をそらそうとしたりとか、まあまあとかっていうようなことだったよね。
もう一つこの映画の場面で特徴的というか衝撃的なのが、難勤状を家にかけるっていうのがあったでしょう。
ありました。
あれはなかなかの場面だなって思うんですけど。
よく考えると、家から出て行っちゃうようになっちゃってたんですよね、この頃。
ちょうど47歳ぐらい、お姉さんが47歳ぐらいの時に、たぶん難勤状をかけたかなと。
なるほど。
たぶんそれと同じ年、あるいはその前の年間にお姉さんは勝手にアメリカに行っちゃったんですよね、一人で。
おっしゃってましたね。
自分でこの生命保険、自分の生命保険を解約して、そのお金でニューヨークまで行って、そこで保護されて、お母さんが迎えに行ったっていうのがあって。
まあそういうことがあったりとか、勝手に家から出て行ったりしたら危険やねっていう、安全確保しないといけないよねっていうことで、開けられないように、家の内側から難勤状で上をしたと。
あくまでその家の中に鍵をして、お姉さんもそうですけれども、ご両親も出れなくなっちゃうんですね、玄関からはね。
そうですよね。
もちろんね、お父さんはね、どこから出入りしてたかと思うんですけど、なんかどうもこの時期にお母さんも足の骨折をしてたらしくて。
そうなんや。そういう場合がいなかったですね。
僕2回目見てよく見てたら、その場面の時にお母さんは確かにギブスしてた。
本当?
うん。だからお母さんも実は一緒に家の中で閉じ込まれられてたんだよ。もちろん自分で閉じ込めたわけなんやけれど。
そうか。
ずっとだから家でいてたってわけやね。
ただこの頃っていうのは、40歳以内後半っていうのは、お姉さんの病状っていうのは比較的どんどん悪くなっている時期で、多分意欲減退が強かったと思うんですよね。
だからあんまり出ようとはしなかったと思うんだけど、なんか興奮とかした時にパッと出る可能性があったので、一応軟禁状ということになったのかなと思うんですけどね。
2人で一日過ごしてたんかなと思うと辛いですけどね。
なかなかの精神症状状態、つまりご両親にとってもね。だったかなと思うんですけどね。
こんなことができたことって、なぜこうしたかっていうのが一番の謎やと思うんですけれど、僕が想像するにですよ。
やっぱりお姉さんへの愛情やお姉さんのためになるんだろうということでやってたってやっぱり思うんですよね。
で、プラスご両親がそのいわゆる我慢できる力っていうのは強かった人やと思うんですよ。
これがですね、普通の方はなかなかここまでのことはできない。
できないですね。
このご両親はできたんですよね。
この能力っていわゆるネガティブケイパビリティとかって言うんですけどね。
確実なものとか、解決不能なものに耐える能力っていうことですね。
答えが容易に見つからないような事態に耐える能力とかって言われてて、結構人間いろいろあるじゃないですか。
この先一体どうなるんだろうっていうことに耐えないといけないっていうのが結構人間つらくって。
で、陰謀論に飛びついたりとかいろんなことが起こったりはするんですけれども。
確かに確かに。
このですね、例えばご両親というのはこのいわゆるネガティブケイパビリティ、お姉さんが大声を出したりとかわけのわからんことの状態になっている状態を耐えるっていうことができるんですよね。
そうですね。私思ったんですけど、夫婦でもやっぱり頭のいい方達やから、お二人ともお医者さんでしょ。
だから会話がものすごくあるなと思ってたんです。
お父さんとお母さんもその医学用語でいっぱい話をしてたりとか、
お姉ちゃんと真子ちゃんの話を本当にちゃんと向き合ってできる家族だったから、黙ってるタイプの方だったらしんどかっただろうなと思うんです。
そうですよね。ご両親の直接な話し合いっていうのはなかったと思うけど、でも割とうまく指示疎通できてるんだろうなっていうのは感じましたね。
すごく喋ってた、二人とも。
確かに60代70代のご夫婦としては確かにそうかもしれんね。
お姉さんの病気というか症状に二人して立ち向かってたというか対処してたっていうことが言えるのかなと思うんですよね。
ちゃんと理由を見つけようと思って、ああだこうだってすごくお話しされてたから、
その時やっぱり考えてらっしゃったんだろうなって。
共有できてたからかなと思うんですよ、夫婦で。
確かに二人での協力関係はあったよね。
だからこそこの十数年間は家で耐えられてたっていうところもあるしね。
確かにそこはあったね。
でも逆に精神科の先生に早く見てもらってほしいって私も思ったので、見てて。
そしたら落ち着くし。
ご本人もね、お姉ちゃん自身がちょっとでも安定した心が一瞬でも手に入るんじゃないかなと思って、
お医者さんに相談しない。お父さんお母さんはお医者さんなんだけど。
でも専門の先生になんで相談しない相談しないことが、
お姉ちゃんへの虐待にも見えた私。
でも丸山先生はお姉ちゃんへの愛情って捉えてるじゃないですか。
これはすごいなって今思います。
確かに愛情なんよね。
そうなんよ。愛情なかったらこんなに我慢できへんし。
この仕事してるとどうしても相談しないこと、第三者を介入させないことが虐待につながるやんか。
だからそっちとも見えて。
確かにそういう側面はあるよ。もちろんそうよ。
専門医療にかからせないっていうのはね、確かに大きな問題ではある。
難勤状かけてたら本当に役場の方も来れないし、力になるチームが組めないでしょ。
だから早くつながってほしいんだけどな、どうなるんだろうって思いながらヒヤヒヤしてました。難勤状のあたりは。
僕がご両親の愛情かなと思ったのは、ちょっとまた後で言うんですけども、
精神科医療の必要性
これ一番謎やったんですよ。なんでご両親がこんなことをしたのかなっていうことを考えて、僕はそうかなと思ったので、
そんなふうに今は言ってるんですけどね。またちょっと進んだらそのことを言いますのでね。
幻覚妄想が起こったときにどうすべきかっていうことをとりあえず言っておくと、
精神科病院で同じようなことが起こったらどうするだろうっていうことなんですけどね。
当然ありますよ。精神科病院で入院している方が同じようなことって起こります。
お薬投与してたとしても起こることがあるので、どうするか。
基本同じなんですよ。安全確保っていうことなので、隔離室というか鍵のかかる部屋に入ってもらうっていうことが一般的ですね、今の日本では。
そのときに興奮を抑えるための薬を投与したり、注射したりとかお薬を飲んでもらったりってする場合もあるしない場合もあるし、
安全を与えるための声かけをしたりとか。
だから藤野家でやってたことというと、この薬物治療がないかあるかだけなんですよね。
確かにね。
やってることだけで言うたらね。
お母さんお父さんがやってたことっていうのは、素人的な対応としてはほぼ満点に近いんじゃないかなと思うんですけどね。
お父さんお母さん自体の健康とか精神的なこともキープできてたっていうこともすごいよね。
そう。
1回2回やるだけじゃないもん。いつ起こるかわからんことへの対応をずっとしてたっていうことですよね。
そうなんですよ。
それができる能力というかがあった方々なんよね、この家族っていうのはね。
あともう一つさ、論文作成っていうのがいくつか出てきたじゃないですか。
ありました。そうなのよ。
家で研究所を作って、研究して論文を書かせたっていう問題。
これ自体見るとちょっとグロテスクには確かに感じるんですけれど、
別の側面から見るとね、この作業療法って何か手作業であったりとか、
小さな作業をしていくことっていうのは統合症症とか精神症状には良いって言われてます。
例えば彼女にとっての論文作成だったりとか、
主にこの論文作成の中でも彼女は英語論文の翻訳を主にしてたみたいです。
実際はこのお父さんがしてたみたいけどね。
なるほど。
あと占いのこと、本を書いたりとか、占いの物品とかも作ってたっていうことが。
後半の閉じ込められた付近に、お姉さんが作ったちょっと訳のわからない物品が写ってたんですよ。
監督がちょっと呪術的なものを写してたと思うんですけどね。
あれ多分お姉さんが作ったもんだろうなと思うんですけど。
なるほど。
妄想に影響されたのかどうなったか分かれへんけれども、
例えばでもああいうことを作ること自体は、作業療法的な関わりとは見ないこともないかなということで。
それを認可してたというか、許可してたっていうのはご両親悪くないんかなという気もしてますけれどもね。
これはすごいですよね。
そう考えたらね。
お父さんもお母さんも勉強して知識を持ってたってことよね。
いや、そこはたまたまかなという気はするけど、
ちゃんと勉強してたらやっぱり病院にかからしたと思うんやけど。
そうだよね。確かにね。
そこがあるかなと思う。たまたまそうだったかなって。
彼らがお姉さんにやってたことっていうのは、お薬の投与以外では問題がないのかなとも思ってたんやけど。
精神科医療の現在
でもね、この前ちょろっと言ったことがあるオーブンダイアローグって最近精神科で注目されてるものあるって言いましたやんか。
あれを専門にしている斉藤珠季先生っていう有名な先生がいらっしゃるんですけど、
この先生がどうすればよかったかを見たコメントを出してくれてて、
それちょっと確認したんですけども、
斉藤珠季先生はあの段階でお姉さんとの対話を十分起こってきた。
そうするともっとうまくよくなったん違うかみたいなコメントを出されてて。
そうかもね。
確かにそうなんだねとかって思うけど、
でもこれって本当に最新というか、2010年以降の新しい統合秘書書の関わり方なので。
お姉さんが一番悪かった時期っていうのは2000年初めの段階なのでね。
まだオーブンダイアローグの考え方も日本には全然入ってきてない段階だから。
これをちょっとその映画に当てはめていうのは、コクの話ではあるんだけれど。
現状としてはもうちょっとやり方っていうのは増えてきてるんかなと思うんですけれど。
対応自体はそんなに悪くないんかなという気もしますけどね。
一番の問題点で僕は考えたいのが、精神医療の受け入れに25年かかったっていうことですよ。
これ題名になってるどうすればよかったか、医療として考えたいなと思うんですけど。
まずですね、この精神科医療の受け入れに25年かかったっていうのがさらっと言うんですけれども、
これって実は藤野家だけの問題じゃなくて、精神科の中では割とある話なんですよ。
と思います。
つまり症状が出てからすぐにかかれない人って結構あるんですよね。
はい。
こういうのを統合症症の未治療機関って言いますとDUPとかって言うでね。
カシュラムデュレーションオブアントリートメントサイコーシスとかっていうのがあるんですけれど。
DUPとかと訳すことがあるんですが、未治療機関っていうのが結構有名で、
これに注目とかっていうのも割と90年とか2000年代にありましたね。
統合症症の未治療機関が短いほど色んな意味で良くなるよっていう文脈で使われるんですよ。
未治療機関が長ければ長いほど予後は悪いなりますよっていうような研究結果も出てて。
だから未治療機関を短くしましょうっていうようなのが2000年代以降の精神科医療での一つのブームがありましたね。
お姉さんがこの25年かかったっていうのは非常に長いDUP、未治療機関を持ってた症例ですということになります。
この未治療機関が長いとどうなるかっていうと治療を受けた後でも症状が改善しづらかったりとか、
臨時機能が低下したままになったりとか生活機能が下がったりとかいうことがありますね。
そういうのが言われてたり、あとなんで未治療機関が長くなるんだっていう要因も多数例とかで一応解析されてて、
一番は本人が病識がないっていうこと。
これ統合症症の特徴なんですけどね。自分が病気だとは認める能力から失われるんですよ。
ここの場面ってどうすればよかったかには描かれないんですよね。
ご本人の病識欠如っていうことに関して言うから。もっと症状が悪いのが出てたから。
病気かどうかっていうこともお姉さんは言わへんけどね。
34歳の録音の場面では、「どうしてこの家から統合症症が出るの?」みたいな発言があったりもしましたけどね。
ありました。
だから病気を認めないっていうのが、この統合症症の症状の一つで有名なんですよ。
あとその未治療機関が長くなる理由っていうのは、社会とか家族への誤解。
まさにこの家族の誤解っていうのが未治療機関をこの場合に長くしました。
でも今でもこれありますよね。
ありますね。
だって身近になかったら分かりませんもん。なんか調子悪いやんっていうまま日は経っていく気はします。
そうですね。
心理教育、疾患教育って言うんですけど、これってやっぱり問題よねって言われるのがあって、
5年くらい前からかな、高校の教科書にも精神科の知識が出てきたようですよ。
そうなんですか。
精神疾患についての科目というかその内容が教科書の中に入ったっていうのが、
医療業界の僕たちの中ではニュースになってましたね。
それはすごいですね。
だからやっぱりみんながこういうことを知っておく病気っていうのはあって、
治療にかかることが必要だっていうことを、社会の認識として知っておくということが大切なのかなと思うんですね。
社会とか家族の誤解っていうのがDUPを長くしたりとか、
あと医療システムだったりか文化的要因があるんかなとかって言われてますけれども、
日本でも若干の文化的要因があるのかも分からないけどね、偏見とかはあるんですけれども、
そういうのも影響して長くなったりしますよって言われてます。
続きは次回お送りします。