YouTubeを始めたい思い
ハロー、MARIKOの何を言ってるかわからねぇと思うが、感じたことをありのまま話すぜっ。
なんか、今これ、今日3本目。3本目撮ってます。1回喋り出すと、なんか連続で喋りたくなるっていうね。
あの、なんでも、なんかやり出すとスイッチ入るみたいな。で、これなんでしょうね。
やり出すまでが長いんですよ、私。もうとにかくもう、めんどくさがり屋でね。
セッパ詰まってないと何もやらないからね。部屋が汚いのは別に死にはしねえわっていう感じで。
もうずっと、もう何年も汚いんで。
え、なんだっけ。何話しようかな。今は、今回は。
えっと、あ、すいません。鼻水すすっちゃった。
えっとね。あ、ちょっと待って。小田切ヒロさんの音声を消して。
えっとね。あ、そう。ちょっと、2026年にやりたいなと思っていることの話しようかな。
まあ、そんな情熱を持ってね、熱いパッションを持って生きているような人間ではないんですけども。
2026年、やりたいなと思っていることは、YouTubeちょっとやりたくて、なんかえ?って感じかもしれないんですけど、
自分を映さないスタイル
いや、その前に別にこの配信、どなたが聞いてくださってるんだろうレベルで、そんなね、リスナーさんもそんな多くないので、
初めて聞いてくださった方も、お前誰だよって感じだと思うんですけど、
え、まーりこさんがYouTubeみたいな感じだと思うかもしれないし、自分でも思ってるんですけど、
私がやりたいのは、この音声配信延長のようなYouTubeをやりたいなって前から結構思ってて、
で、自分あんま映したくないんですよ。よっぽどのことがない限りは。
なんでかって言うと、ちょっと待って、このなんでかっていうのは、顔を映したくないことのなんでかじゃなくて、
YouTubeをやりたいことのなんでかは、音声配信だけだとね、物を見せたりとかしながらじゃないと話せないことが結構私の持ちネタには多いんですよ。
どういうことかって言ったらですね、買ったものの話とか、これ気に入ってるとか、ファッションの話とかもだし、
ファッションの話はね、もうちょっと特化したチャンネル作ろうかなっていう音声のね、あの、原因もしてるんですけど、
まあそれはちょっとまた置いといて、この音声だけだとちょっと細かいこと伝えられない、本当に何言ってるかマジでわかんないっていうなるだろうなと思って、
放置しちゃってる、本当は共有したいなとか、何言ってるかわかんないなりにこのおすすめ、これめっちゃ好きみたいなとかを話したいなっていうものがいっぱいあるんですけど、
音声だけだとやっぱりそれができなくて、スポティファイを使えば、ポッドキャストね、スポティファイとかYouTubeポッドキャストとかに音声を流せば、流せばっていうかそっちも連携するっていうかね、
そっちを主体にしたら、今ビデオポッドキャストっていうのがあるんですよ。音声、映像を流せるポッドキャストがあって、それを見ながら聞いてもらえるっていうのがあるんですよね。
でも多くはビデオポッドキャストの、全部チェックしてないですけどね、多くはって言いながらツーチャンネルですけど、やってはる人のスタイルとしては、収録して喋ってる様子を載せてはるっていう感じなんですよ。
何かをしっかりテロップとかしっかりつけて、何か解説みたいなのはやっぱりポッドキャストではなくて、YouTubeっていうそっちの方なんですけど、YouTubeのポッドキャストとかスポティファイのビデオポッドキャストっていうので配信してる人は、
マイクの前で喋ってはる様子とか、対談の様子みたいなのを表情とか見ながら内容が聞けるっていう風になってて、それもいいんですけど、私がメインでやりたいスタイルは、基本手元を映す感じ。
コッコのYouTubeスタイル
自分があんま映らないっていうのをやりたいんですよね。もともとファッションのスタイリストのことを形にしようみたいな気持ちでいろいろ発信を始めたんで、それで言うなら、自分がちゃんと映って、おしゃれして映ってとか、
説明とかが一番求められてたりとか、王道なのかもしれないんですけど、多分そうだと思うんですけど、家帰って1個前とか2個前ぐらいの配信でもしたんですけど、アパレルの仕事終わって帰ってきて、またお客様をお迎えするモードに自分を整えて、
っていうのがね、今の私のキャパではできないんですよね。
何言ってるかわからないことをつらつら喋る時間は、私にとってはすごくチャージする時間なので、申し訳ないけど、自分のための配信みたいなとこ、比重がまだちょっと大きいんですよね、お恥ずかしながら。
なので、家帰ってきてからとか、リラックスしたいお休みの日に、
何て言うんですかね、体制を整えて、
ん?体制を整える?2本買ってます?間違えてたらすみません。
ちゃんとファッションスタイリストマリコとしてのビジュアルとかを作って、配信するみたいな気持ちが持っていけないんですよね。
だからね、巻き期間がないんでしょうけど。
だからどっちかというと、このつらつらつらつら喋るみたいなのを、もうちょっとバリエーションを持たせたいっていうのが自分の中であって、
映像もあったほうがいいよな、でも自分は映りたくないな、みたいな感じだから、手元を映すYouTubeとか、そういうのでどうかなとか思ってるんですよね。
コッコっていう歌手知ってますか?COCCをね、強く儚い者たちとか、レイニングとかね、結構代表曲だと思うんですけど、90年代末から2000年代半ばぐらいまでに、結構名を残したというか、今も全然活動されてるし、私好きな歌手で、去年もライブ行ったりしてるんですけど、
コッコがやってるYouTubeがあるんですよ。公式の音楽の方の配信じゃなくて、本当に本人が編集したりしてるような、それがね、めっちゃいいんですよ。しょっちゅうしょっちゅう見ないんですけど、
なんかそれを見つけた時に、ああこういうYouTubeのスタイルいいなっていうのをね、彼これ見つけたら3年ぐらい前ですけど、思ってて、再生回数もね有名人なのに申し訳ないけどすごい少なくて、でもなんかマイペースでやってあるんやろうなっていう、
コッコの人となりっていうか、あの可愛さがね、キャラクターがすごい伝わる動画ね。基本本人の顔はね、ほとんど出てこないんですよ。本人も顔は出したくないっていうのも公言してて、
メディアには基本顔出したくないんだみたいなことも言ってるんですよね。手元が映ってて喋る声がね、コッコのことファンはあっちゃんって呼ぶんですけど、あっちゃんのなんかこうラフな
喋り方とか、なんか脈絡なく喋ってることとか、アフタヌーンって言ってよーみたいなことをね、こう言ってたりとかね、沖縄弁って言うんですか、なんかすごいいいんですよ。本人映ってないのに、なんかすごい良くて、ラジオっぽく聞いてもいいし、映像見ててもいいし、
怒った出来事をね、一生懸命絵に描いて説明してる時とかもあって、もうそんな可愛いなーって感じなんですよ。
顔出さなくて、ただただ感じたこととか感じてることとか、怒ったこととか、自分の心の整理、思考の整理みたいなのしてるのいいなーみたいなのがあって、
あーそれちょっとやってみたいなーっていうのがね、あるんですよね。それをする場合はスタイフではできないので、
YouTubeに飛んでもらわないといけなくなるから、それはちょっとひと手間、もし聞いてみたいなっていう方がいたら、このままスタイフでは再生ができないので、申し訳ないなって思うんですけど、
そんなめっちゃリスナーさんいるわけじゃないんでね、貴重なリスナーさんみなさんはいつもありがとうございます。たまにね、いつも聞いてますってね、言ってくださる方いらっしゃって本当ありがとうございます。
そんな感じでね、手だけ映すYouTube、ファンデーション、これ買ったよとか、顔も映してね、塗ってこうで、ビフォーアフターとかまでできたらいいんでしょうけど、それができないメンタルっていうかキャパオーバーだなって思うんで、
でもお気に入りはシェアしたりとか、これいいよとかもやっぱあるんですよね、全然テカらへんとか、やっぱりまあそういうね、そんなんもなんかパラパラシェアしていきたいなーみたいな動画バージョンでね、思ったりしてるんですよ。
YouTubeって基本なんでしょう、そんなラジオみたいに聞くものじゃないっていうか、テロップもついててとかが多分一番一般的というか、強いコンテンツを強くするという意味では大事だと思うんですけど、テロップつけるのもね、それもキャパオーバーになるから、
本当にもうこのラジオの延長って感じでやれたらなーとか思ったりしてるんですよ。どうですか、興味ある方いてます?そんなこと。
誰が興味あんねんっていうハッシュタグね、私結構昔から、最近使ってないけど、なんか使うことあって、今やってないんですけど、昔ハテナブログでブログを書いてたときに、このハテナがね使いにくくなったんでしょう。
なんでこのとこに広告出すねんっていうぐらいの、その記事のね、大事な、いい場所に広告バーって入るようにとかなっちゃって、ちょっと使いにくいんで、ハテナは今使ってないんですけど、前にハテナブログやってたときの自己紹介の文章に、あなたにとって有益な情報はおそらくありませんみたいなことを書いてたんですよ。
なんかこれって最初に、いや私大したことないんでって自虐して、なんか防御栓張ってる、それも垣間見える自分の心理状況っていうか、心理状態が現れてるなと思うんですよね。
なんかそういうのってあるじゃないですか、会話でも、先に自分の、誰も突っ込んでないのに、自分のボロが出ないように先に言っとこうみたいな、なんかそれっぽい感じがするんで、逃げみたいなのを感じるんですけど、
YouTubeを始める理由
でもまあそうやって公言しとくことでね、有益なことありませんよっていうので、自分が気が楽になるっていうか、見た人がほんまに何枚もなかったなってなったとしても、そうやって書いてますやんっていう感じなんで、
これも何を言ってるかわからねえがって、最初に公言してますんで、何言ってるか文字でわからなかったって、慣れたらそれはそれでチャンネルのタイトルどおりですっていう感じなんで、
それが成立するように、そういうタイトルとか、こういうブログですって説明とかをね、ついやっちゃうんですけど、そのついやっちゃうそのついの中に自分のパーソナリティが含まれてる場合もありますよね。
それがすごくその、癖っていうか人生をいつもこう、何て言うんですかね、良くない流れに持って行ってしまう悪い癖な場合もあれば、そんな何かこう、正しさなくても改善しなくても、
それはその、あなたのパーソナリティでいいんじゃないっていう場合もあると思うんですよね。
私のこの、何を言ってるかわからねえがって、最初にバーンって、私たいしたことないんでって最初に言うこの感じ、これがその悪い癖、思考の癖なのか、これが私のパーソナリティ魅力なのか、ちょっとそれは今ちょっと自分では判断ができないんですけど、
YouTube始めるとしても、ちょっと結局この感じで行くと思います。
有益なことなくてすいませんね、みたいな、そういうスタイルにはなると思うんですけどね。
自分がリラックスしてできる状態でやりたいなっていうのがあるんで、世のため人のためっていうよりは、まず我が我って感じ。
そういう人間なんで、今のところ。
なんでYouTubeね、ぼんやりやりたいなって思ってるんですよ。
見てくれる人は少ないかもしれないけど、自分の人生のログみたいになっていくのも面白いしなって思うんですよね。
ノート書いたりとか、そういうのも、SNSもそうなのかな、そうですよね、そうなのかなっていうか。
ブログももともとウェブログですからね、ウェブ上にログしていくっていう意味で、そこから略されてブログっていう言葉が生まれてって感じで、
細かい日々感じたことを極力こぼさずにログしておきたいんですよね。
時間的な制限とかね、体休めて、頭休めて、心休めてってやっぱりする時間を優先してたら、文章を打つとか、
発信するっていうことにエネルギー、リソースを避けないことも多いんですけど、
なるべくこぼさないようにログしていくっていうのをやりたいんですよね。
これはお商売的な発信とか、うんうんっていうよりは、自分を整える術っていうか、チャージさせるっていうか、
自分のブチャブチャの思考をまとめていくっていうか、同時並列でいろんなことを同時にブワって考えて、
それが絡まっていったりするんで、それを整理するっていう意味でも、細かくログするのが結構自分にとっては大事なんだろうなって思うんですけど、
Twitterとかだとね、スマホを見続けることになったりとか、ブログもそうかな、人の情報も入ってきちゃったりとかがあるんで、
この喋るっていうのがね、なんか結構気楽だなっていうのはあるんですよね。
話どんどん脱線するけど、この細かいことをログしていくっていうのは、なんていうのかな、
インターネットの海にね、自分の感じたことの種とか、破片とか、芽とか、なんていうのかな、どれが一番最適な表現かわからないんですけど、
人かけらを残していくっていうか、巻いていくっていうかね、そういう行いでもあるかなって思うんですよね。
このインターネットの海みたいなものが、現代ではアカシックレコードみたいなね、宇宙のすべてのことを記録している場所みたいな、
そういうところにもアクセスしていくっていうか、そういうものと同等っていうか、そういう感じがするんですよね。
そこに自分というものの思いのかけらみたいなのを置いておく作業っていうか、作業っていうか行い、行為。
そうすると、自分というもののこの肉体がなくなった後も、それがその海に漂い続けてくれるっていうかね、
私がいたという記録、情報がこの宇宙に残り続けるみたいなね。
インターネットというものがなくても、このアカシックレコードっていうものの概念的には、
インターネットがなかったとしても、それは残り続けているんですけど、
インターネットというものがあることで、その人がいた証っていうものが、情報がもっと具体性があるっていうかね、じゃないですか。
それは、この今喋っているスタンドFMとか、ノートとか、有料ブログであってもね、ワードプレスとかもですけど、そのサービス自体が
終わってしまったらね、倒産とかね、支配ってね、雨風呂倒産とかして、そのサービスが終わってしまったら、消えちゃうものでもあるんですけど、
ますます何の話かわからなくなってきた。
でも、わからない、難しいな、フェイスブックとかも100年後ないかもしれないもんな。
そう思ったら、完全にこの未来へを、インターネットの海に自分の思いを漂わせとくっていうのは、難しいことかもしれないけれども、
しばらくの間はね、漂ってくれるかなっていうね。
そういった意味でも、自分が感じたこと、些細なことでも、何かこうやって、人に共有するっていうのと同時に、
この宇宙というものに放っていくみたいなね、そういうのをこまめにもっとやりたいんだなっていう思いがね、あるんですよ。
お商売とか集客とかの発信以前に、それとかよりも、何ていうのかな、自分の人生を肯定っていうか、していくためのアクションを一つとしてね、
つらつらと、ただ喋る、脱線しながらでも文章を書くとか、そういう非常に無益なというか、そういうことが私にとってはとっても大事なんですよねっていうので、
インターネットとの関わり
話を無理やり戻しますと、YouTubeもそれの一環になるといいなぁみたいな感じです。
公開はもしかしたらしないかも、限定URLでね、ブログとか、こういうスタエフのコミュニティ機能から飛んでもらえるようにとかするかもしれないんですけど、
でもまぁ、インスタ、インスタじゃないわ、頭おかしなってきた。YouTubeね、ちょっと来年やっていきたいなーって思ってるよっていう、そういう話でした。最後まで聞いてくださってありがとうございました。また次回の配信でお会いしましょう。またねー。