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こんばんは。
今日も寒くなりましたね。
もうね、あと、稽古に行かないときは、走るつもりで出たんですけれども、
今日ね、ちょっと戻るのが遅くなりまして、
で、もう5時からでしたらね、トラックを走れるんですけれどもね、
もう寒さに負けてしまい、
今日ね、1時半から、あれなんですよ、3時半まで、
古文書の勉強会がございましてね、月1回なんですけれども、
そちらにもありまして、帰ってくるのがちょっと遅くなりましてね、
で、まあ、お庭で高橋のおっちゃんが作ってくださったすぶり棒で、
ちょっとすぶりして、本当に情けないことでございますが、
今のうちに雨の日にどうするかということをきっちり考えておいて、
年末年始の稽古のない間をしのいでいきたいと思いますが、
今日ちょっとね、私の幼馴染の男の子のことを思い出しましてね、
彼とは中学校を卒業して以来、ずっと会ってなかったんですけれどもね、
5年前でしたか、中学の同窓会でお会いすることができたんです。
で、私は6年生の時にね、彼と同じ班だったんですね。
クラスで、グループに分かれてお勉強するんですけれども、
同じ班で、で、学校から帰り際にね、
もうどうしよう困ったとかいうことをね、話し出したんですね。
で、5人か6人のグループだったんですが、女の子は私1人だったんですよ。
あと全部男の子でね。
それで、割と近所の子たちばかりで固まってまして、話を聞きましたらね、
変なおばさんが家に上がり込んでると。
お父さんが連れてきた変なおばさんらしいんですよね。
それでお母さんがかわいそうな状態になってるっていうんですね。
びっくりしましてね。そんなことってあるのかしらと思って。
で、何かよ、方法考えてくれって言うんですね。
で、その班の全員が下校するのをやめてね、
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で、ちょっと一瞬椅子に座り直しましてね、いろいろ考えたんですよ。
で、私がその時ね、
その変なおばちゃんってお着替えとか全部持ってきてるの?って。
持ってきてるって言うんですよね。
それを全部土分に捨てたらどう?って提案したんですよ。
そしたらその彼がね、よしそれで行こうって言って、
みんな学校から帰ったら俺ん家に集合してって言って、
帰ったんですよ。
それでね、ランドセルを行くなり、
そのティークのところにね、駆けつけたんですね。
で、ティークのお家っていうのは1階がお寿司屋さんになってまして、
2階、3階が住居なんですね。
で、我々は2階に上がりまして、
おこたか何かテーブルか何かに座って黙ってね、
ずっと座ってたんです。
誰も来ないよなぁみたいな。
どこにあるの?みたいな話をしてましたらね、
ガラガラっとお店の扉が開く音が聞こえましてね、
トントントントンって誰かが上がってきたんですよ。
そしたらね、お父さんとその変なおばさんが
腕を組んで帰ってきましてね。
で、ガラッと私たちのお部屋を覗いて、
あ、みんな来てるのか、みたいな。
ゆっくりして帰れよ、みたいな感じで。
で、みんなの顔をずらっと見てね、
それでまたトントントントンって下に下がっていったんですね、お二人で。
で、みんなの顔を見られた瞬間に、
もうこれはダメだって思って、
もうみんながね、がっくり来て、
で、その場でね、もうあかんわって言って解散したんですよ。
で、私はね、それでそのまま卒業したもんですから、
なんだかね、T君に悪いことしたと思って、
ずっと何十年もそれをね、思ってたんですね。
で、T君に会ったもんですからね、
まあ立派にね、大きく、大きくって、
本当にね、立派に成長して、
お仕事も独立されてね、
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成功してらっしゃるんですよ。
でね、もうT君ごめんね、あの時はごめんね、みたいな感じで話しましたらね、
ああ、そんなこともあったかなっておっしゃって、
で、実はね、あの時のお母さんはね、僕の本当のお母さんじゃないんだよって言うんですね。
で、私たちはその、そのお母さんを助けるために必死だったんですね。
変なおばさんを追い出すために。
で、お母さんだと思ってたお母さんは、実は2度目のお母さんで、
最初のお母さんはT君を捨てて出て行っちゃったらしいんですよ。
もう私びっくりしましてね。
T君に、まあそんな大変だったのにね、
よくね、グレもせず、よく立派になったわね、というお話をしたんですね。
あの時はごめんねって。
そしたらね、彼がなんて言ったかというと、
グレるなんていうのはね、恵まれたうちの子供がすることなのよって言うんですよ。
俺みたいに一刻争う家に生まれたら、グレている暇なんてないねんと。
もう一瞬一瞬生き延びることを考えているから、
将来どうしようということも小さい時からもう念入りに考えて、
どこで脱出するかっていうのも念入りに考えて、
命がいつ途切れるかわからないっていうぐらい、
子供心に切羽詰まった状況で暮らしてたらしいんですね。
私はね、そういうことも知らずにね、
グレている友達なんかもいましたし、半分グレちゃって、
高校で無期低学になって中学校の先生の丸付けを手伝いに行ってた子もいてましたしね、
夏休みの間、1学期の真ん中頃から夏休み終わるまで行ってた子もいましたしね。
で、その子が、そのグレてた子がね、
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グレるっていうことは大変なことだと思って、
私の高校に行った友達4人とその子の家に行きましてね、
もうね、よっぽどね、その、あの、何て言うんでしょうか、
無期低学になったっていうことがね、絶対ショックで落ち込んで、
もう今にもね、もうどうにかなっちゃうんじゃないかしらと思って駆けつけたんですよ。
そしたらね、まあその子は、彼は、
あの時はありがとうと、あの時は面白かったわ、みんなが真剣にな、
あの、その、何て言うんでしょう、新学校に行った4人組がね、
真剣に、あの、変なこと考えたらあかんとか言うことをね、
言いに来てくれたと、家まで。
で、そのことを、その、自分の学校で言ったら、
そんなアホな話があるわけないみたいに言われたらしいですよ。
でもね、それぐらいやっぱり私たち仲良かったんですね。
小さい時ね。
で、その、あの話は戻りますが、そのT君がね、
結局お母さんが4回変わるんですが、
本当に立派にね、成功されてね、
私の心配というのは、無駄な心配でしたね。
そんな心配する暇があったら自分の心配をしなさいっていう風に、
そんな感想を持ちましたね。
あの、5年前の同窓会の時は。
まあそれで、ぐれている子どもたちを、
まあ最近はあまりいませんけれども、
反抗している子どもたちを見ましたらね、
彼たち彼女たちは恵まれている子どもなんだなっていうことを、
まず考えるようになりましたね。
本当にこんなに大人になってからそういうことを知りました。
だからまあ、いろいろその、松下幸之助の言い残したこととか、それとか、
就職した先はブラックな方がいいとかね、
脱出することを考えるからとかね、
いろんな経験者のお話を聞きましたらね、
本当にこの世の中ってアンラッキーなことなんてないんだわっていう風にね、
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ふと考えましたね、T君のおかげでね。
ですのでね、
あの、万が一このラジオをお聞きの方の中で、
一刻争うような状況にある人が、もし万が一ですよ、いらっしゃいましたら、
ぜひね、絶好のチャンスだと思っていただきたいですね。
彼は見事に成功してましたのでね、本当にね。
私もあまり、というか不満など言わずに、
本当に今の状況に一つ一つ感謝して、
日々丁寧に生きていきたいと思います。
皆様のおかげでこういうことがわかるようになりました。
明日は走れますように。
か、それか、もう来ようですので稽古に行きますように。
では皆様ごきげんよう。