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幸せは、この瞬間
2026-11-04 25:19

幸せは、この瞬間

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00:05
皆さんこんばんは。先日来ね、私の不思議な体験と申しますか、なんだかね、不思議なんですよ。
最初は、願いが簡単に叶っちゃったみたいな。
将来の夫の条件10項目、書いたうちの9項目に当てはまると、拍子もないことを書いたのに、それが9項目も一致してた人が現れたというお話でしたよね。
2つ目が、私のところに今の車が来た経緯をお話ししたんですが、それもこうなったらいいなっていうことをね、10項書いた中の下の方の希望だったんですね。
一番上は何だったか思い出せないんですけどね。でもその10項目のうちの一つなんです。
もう一つね、印象に残ることがあるんです。もう一つというか二つというか三つというか続くんですけれどもね。
私がまだお嫁入りする前のことなんですね。私ずっと剣道をしてますでしょ。
その先生ですね、結局私の親世代の先生がお二方いらっしゃいましてね。非常に私を影になり日向になりサポートしてくださった先生方なんですね。
よく今みんな集まっているからおいでっていうふうに、その先生がまだお元気な頃によくお家にお邪魔させていただいたんですね。
その頃私は犬と二人暮らしでしたので、自分で自分を励ますのに精一杯だったんですね。
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で、その中でですね、一人、二人ほどね、女性の作家に、作家というかエッセイスト、女性ばかりでしたね、その時は。
正確に言うと3人ですね、励ましてくれる、女性を励ますタイプの作家に急激にのめり込んで、その3人の作品を貪るように読んでたんですね。
で、その時にお一人が、とにかく自分の望みをね、もうリアルにね、イメージしなさい。よくあることですよね。思考は現実化するっていう、あの部分ですよね。
まあそんなことね、したってね、どうせそんな現実になって現れないだろうぐらいしか思ってなかったんですけれども、私ね、その時ね、
その方がどうしても大型冷蔵庫ぐらいの金庫が欲しいと思って、無理やり中に入れるものはないのに買っちゃうお話が書いてあったんですね。
その時に私の実家にあった、本当に旧式のね、押入れの下の段に入るぐらいの、ちょっとした金庫のことを思い出したんです。
父も母ももう開けるのに苦労して、結局そのダイヤルを合わせたところにね、セロテープでですよ。びちっとね、それが動かないようにね、縦文字に貼ってあるんですね。
それで、隙間を開けたままで、中に入れたり出したりしてるんですよ。何の意味もないんですよ。
で、その金庫のことを思い出しまして、そういえば私、金庫欲しいなって思ったんですね。
で、その時には紙にも何にも書かなかったんです。
金庫が、私が読んだ本の作者はね、もう冷蔵庫ぐらいの金庫が家に来ることをイメージして、冷蔵庫の前でもう飛び跳ねたのって書いてあったんですね。
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で、私もその時に、キッチンに行きましてね、これぐらいの金庫がお家にあったら素敵やろうな、どこに置こうかなとか思って、冷蔵庫をですね、こうマジマジと見上げましてね。
で、これぐらいの金庫があったら本当、普通のご家庭にはこういう金庫置いてないよなぁとか思いながら、今まで見てきた大きな金庫とか小さな金庫のことを思い浮かべながらね、
あの、その金庫というか冷蔵庫の前でね、私のワンちゃんと一緒にね、キャッキャキャッキャとね、これぐらいの金庫が来たらどうする?とか言ってね、キャッキャキャッキャ言って、ワンコの方もね、飛び跳ねてたんです
よ。
それでね、その次の日です。あの、今家にいてる?とか言って、県道の先生からお電話ありましてね、ちょっと来てくれるか?とか言ってね、お電話があったので、伺ったんですね。
そうしましたら、そのお宅の先生のお近くの、同年代の仲のいいその高齢者の先生がもう一方来てたんですね、いらしてたんです。
そしたら、そんでなんかお話が盛り上がってるんですね、私が行きましたらね。で、まあまあ座りたまえみたいな感じでね。で、あの、そこの和室のね、先生の書斎のコーナーのところにいつもザブトン出してくださる
んですが、そこに座ってね、お話をまず、なんか盛り上がってるお話を聞いてたら、金庫がどうのこうのって言ってるんですよ。
それでね、私、びっくりしましてね。前の晩に、冷蔵庫の前でこれぐらいの金庫が来たらいいのになって言って、金庫をイメージしてわんこと一緒に飛び跳ねてた私が、次の日に県道の先生に呼ばれて、お宅に伺って、
いきなりね、金庫のお話をされてるんですよ。
で、「え?」とか言って、「先生、金庫がどうなさったんですか?」って聞いたんですね。そしたら、「え、君知らないのか?」みたいな。
あの、そのお宅の先生が、「この先生はね、若い時ね、えーと、金庫の熊平の役員さんだったんだよ。」
えー!本当ですか!?
まあね、金庫の熊平って言ったら、私も名前は知ってましたね。
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あの、大阪の環状線に入りました。熊平って書いてますしね。熊平さんのことは存じ上げてましたね。
で、「えー、その時にですよ、えー、金庫の熊平の役員さんってどういうこと?」
あの、私ね、えーと、実は冷蔵庫ぐらいの金庫が欲しくって、昨日冷蔵庫の前でわんことはしゃいでたんですって言ったらね、その先生びっくりされてね、
金庫いるの?って言うんですよ。
でも、金庫ね、あの、君の家に冷蔵庫ぐらいの金庫は置かない方がいい。その半分ぐらいにしなさいって。
あの、中古があるから、それを持ってこれるようになったら持ってきてあげるからって言うんですね。
すっごく重たいけれど、私はプロだから大丈夫だとか言って。
運び方があるんだとか。
おっしゃってね、その日にお約束したんですよ。
押入れの下に入る、下にギリギリに入る、ふすま1枚分ぐらいの金庫なんですよ。立派な金庫なんですね。
もうあの、どんな重さっておっしゃってたか。
もうとにかく重さにも日にも水にもすべてバッチリな金庫がその半年後に我が家に来るんです。
で、私はそれと筋トレのバーベルとタンス3本。
やっぱり和服はね、タンスに入れざるを得ませんのでね。
その重いもの3つをまずは運ばせていただいたんですね、この家にね。
で、私の大事なものなんてそれぐらいしかないんですよ、結局ね。
で、それを運びましてね。
で、しばらくして、細々したものも運んで、その日からこちらの家に住むようになったんですね。
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で、それからしばらく半年経って、結婚式、ちょっとしたパーティーを開いてくださいまして。
披露宴とまでは行きませんね、親戚だけのお食事会ですね。
そういうささやかな、でもお互いに重要な人たちはみんな来てくださるということでね。
ありがたかったですね。
だから不思議なことの3つ目は私、金庫なんですよ。
本当に金庫が欲しかったんですけれどもね。
まさかね、何十年もお付き合いしてる先生が、その若い時にどっかのね、消費者かなんかにお勤めだったのかなって思ってて、会社の名前まではね、うかがってなかったんですね。
それが金庫の会社で、そのお宅の先生は設計師さんでいらっしゃったんですね。
関西の方では有名な設計会社のご出身で、後に独立された設計師さんなんですね。
その先生の設計した銀行に金庫を搬入したのが、私に中古の金庫をくださった先生なんです。
なんだかね、本当にこの世の中って不思議でできてるんじゃないかしらってね。
思いますでしょ、皆さん、このお話聞いて。思いません?
私はその冷蔵庫の前でキャキャキャキャ言ったのは、その先生とお会いする直前、前日ですが、金庫を欲しいと思い始めたのは、
その作家の本を読んだ時に、私も家に金庫があって、金庫が欲しいんだわっていうことに気づいて、
それからね、金庫ってどれぐらいのお値段なのかしらとか、どんなメーカーがあるのかしらとか、いろいろ調べてたことは事実ですね。
それで、そのページを読んだ時に、私ももう冷蔵庫ぐらいの金庫にした方がいいんじゃないかなって、その時思って、
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そんなみみっちいね、小っちゃいね、引き出しの中に入るような金庫じゃなくてね。
持ち運べるような金庫じゃなくて、持ち運べないような金庫の方がいいんじゃないかってね。
思って、その瞬間にキャッキャッと騒いだ。
その次の日に金庫が来るようになる、お約束を取り付けたということなんですよ。
それでね、これも不思議なお話なんですけれども、
去年夫と話をしたことは、
今日は午前中、1年分のお米を友人の農家のお家に取りに伺ってたんですね。
それで2人してお昼ご飯を食べて、その後近くにできたダイソーに行ったんですよ。
あまりにも近いので、このまま家に帰るのも何だかもったいないから、
どっかにお茶しに行くというお話になって、
それもご近所の古びた喫茶店というのがぴったしのところに行って話したんですね。
ラバウルさんの放送でね、今回和歌山東大会で自分が若い頃、
若い頃って今も若いですけれども、
お小さい頃から持っていた幸せの基準というのがだいぶ変わってきたということをおっしゃってたんですね。
そういうことを夫に話したんですよ。
私自身も公務員の両親に育てられてますので、
思いっきり庶民の感覚なんですね。
勤め人の庶民の感覚。
お勤めというのは、一箇所で一生勤め上げるのが当たり前だという常識の中で育てられた人間なんですね。
そんな中で、幸せの基準なんて親が示した通りみたいなところがあったんですね。
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ラバウルさんがね、そういうふうに変わっていったんですっていうお話を夫にしたんですよ。
そうしましたらね、幸せってね、俺たちもそうだったように
こうしなければとか、この目標でとか、これをしようねとかね。
そこに向かってね、行ってね、手に入るもんじゃないって言うんですよ、夫は。
今ね、今この瞬間、幸せを感じなければ、もう永遠に幸せって感じられへんやんって言うんですよ。
いや、確かにそうだわって私も思いまして。
以前はね、夫がね、こういうところを全部片付けてくれて、こういうことをしてくれたら私は幸せになれるわとかね。
それとか、私自身がね、これぐらい稼げるようになったら本当に幸せだろうなとかね。
思ってたんですよ、本当に思ってたんです。
でもね、その時は非常に夫と揉めました。
夫もね、最初は大変だったじゃない、俺たちもって言うんですよね。
本当にそうでしたね。
でも、それがね、いつしかね、幸せって日常の中にあるなって二人とも気づき始めたんですね。
で、ふと考えればね、もう非常に幸せな状況なんですよ。
誰と比較するとかそういうんじゃなくって、私自身がね、本当に満たされてるんですね。
あの孤独だった時期を乗り越えてきたからかもわからないですね。
それがわかったのはね。
で、ある時、その夫にいろいろ要求するっていうのは、
それは自分が自分と戦ってる自分自身の問題だなってね、ふと気づく瞬間があったんですね。
結婚して半年目ぐらいでしょうかね。
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もう非常に、あの夫との摩擦はすごくトゲトゲでしたね。
で、そんな中でね、よくこんなところからハリー・インターまでよく走りに行ってましたね。
で、それをね、少しずつ乗り越えて、
で、これは自分自身の問題なんだわ、本当には申し訳ないわっていうことに気づきましてね。
で、そこからね、やっぱり私ってもう非常に満たされてるんだわっていうことに気づき始めるんですね。
で、今こうやってお話ししていること自体が、本当に幸せな状況ですよね。
で、どこかへ行くから、何かを得るからとか、
すごい大きな賞を受賞するからとか、何かそういうビッグイベントではなくて、
なんだかね、この前も本当に木の会うっていうんですか、葉鳥の会う人ばかりが集まったらね、
もうね、もう居てるだけで幸せなんですよ。
和歌山プチ党大会のお食事の時、そうでしたよ。
だからやっぱりね、昔のラジオのチューニングを合わせるみたいに、そこで合わさった人たちがやっぱり集まってくるんですね。
で、そのラジオ局である先生の、やっぱりその何キロヘルツか何かあるんでしょうね、それに集まってくるんですよね。
もうそうしたら、その居心地の良さたるや、こんなラジオで説明できないその場にいたその瞬間瞬間、幸せじゃないですか。
もうそこにはね、なんかこれから頑張るぞみたいなね、頑張ってあそこに幸せを取りに行こうとか、そんなんじゃないんですよね。
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そこにいること自体、同じ空気を吸っていること自体、もう満たされてるんですね。
この満たされている感覚に気づかずに何かを追っかけ始めたら、一生追っかけなければいけないんじゃないかという、そういう感覚に夫も私も陥ったんですね。
ああそうだわって、本当にね、これなんだって、日常なんだって、この今しかないんだわっていう、今しか幸せって感じられないんだわっていうことに、だいぶ歳をとってから気づきました。
ということで25分はしゃべりまして、またこの続きのお話はまた次回。ではおやすみなさい。ごきげんよう。
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