snariさんの決断とホンダの歴史への感動
みなさん、おはようございます。
昨日は、本当にありがとうございました。
さらばさん、snariさんにリンクをお送りいただいて、恥ずかしいことでございますが、
もう少しね、私たちの感動した部分をね、共有するべきだったなっていう風に、
朝、ボイシーの加藤先生の放送を聞きまして、思いましたね。
一つは、ホンダという巨大企業が、いかに素晴らしい企業であるかということですよね。
そのこと一つで、もう全部理解できましたね。
ホンダ総一郎から続く長い歴史ですよね。
もう一つね、私も夫もね、やっぱりなぜ涙が流れたかっていうところはですね、
やっぱりsnariさんの決意ですよね。
ごめんなさいね。また思い出しちゃった。
お化粧がね、取れちゃいますよね。
人生の進路決定とマインドセットの重要性
さっき走ってきたんですけどね。
本当にね、やっぱりね、進路を決めるとき、
進学と就職と結婚という、この大きく人生を左右する進路を決めるときにね、
ちゃんと目標が定まっている人と、目先のいろいろに惑わされているどちらかですよね、2種類。
もう行く方向が決まってしまった。
もうこちらに行きたいというのを交わした後、気が変わったというか、
どうだと見せられた場合に、こちらに行くという決断ができる、その素晴らしさですよね。
それができなかったものがほとんどだと思うんですよ。
社会人になってからでもそうじゃないですか。
なんだか目先の、すぐにお金になる、そういう風な、どう言ったらいいんでしょう。
手法というか、ノウハウというか、そういうのに群がっている若者たちを見ると、
かつて自分もそうだったなという風に思いますね。
そうじゃなくて、その上のマインドセットを自分でできているかどうかですよね。
これはできていなかった私だから言えるんですよ。
本当にお恥ずかしい話。
子どもたちが全員独立してくれた後にね、そういうことに気づいたんですから。
snariさんの覚悟と憧れ
エスナリさんの覚悟、決断、自分の研究室の教授も立派ですよね、ついて行ってあげるというね。
そういうのにね、結局ね、私自身が憧れているんですね。
夫とかエスナリさんとか、私の担当の美容師さんとか、もう決まっているんですよ。
それ途中で何が弊害が出てこようが何しようが、そんなものは何ら問題ではない、
そういうのが出てくるのが当たり前だという風に思って進まなければいけないんですよね。
それが出てくることによって、何かをまた教えてもらう材料になりますしね。
子供への経験の伝承と進路選択の困難
だからその自分の挫折の部分を子どもには味合わせたくなかったから、
やっぱりね、何度も言いますが、あの三者婚の時はね、びっくりしましたよ。
中学校から高校に上がる時の理系に行くか文系に行くかのお話ですけれどもね。
そこで三者婚が六者婚になっている前の女の子が泣きながら出てきた時の姿を見た時に、
もうかわいそうで、かわいそうで。
自分が体験済みだというか、嫌というほどそういう経験をしてきたのでね。
もうかわいそうで、かわいそうで。
おじいちゃん、おばあちゃん、お母さん、お父さん、本人、外単人の先生の六者婚ですよ。
で、その一段が出ていった後に私と息子が入ったんですけれどもね。
進路相談とサッカー部顧問とのやり取り
もう息子が入る前に一言もしゃべるなと言って入りましたので、一言もしゃべりませんでした。
そしたら単人の先生サッカー部の顧問で、ずっと六年間教えていただいた顧問なんですが、
もうお母さん何か最後に一言いただけませんかっておっしゃったんですが、
バシーッとスネを蹴られまして、一瞬考えた挙句。
先生、PKを蹴る時のゴールをこちら側にするか、あちら側にするか決めるのはどうやって決めてらっしゃるんですか?
お尋ねさせてあげました。
そしたら先生、丁寧にコイントスをして答えてくださいました。
若者へのメッセージと本音の重要性
やっぱりね、若い人たちに言いたいですね。
もうね、自分の本音っていうのはわかっていると思うんですよ。
なのに、目先のすぐに出る結果というか、パチンコ的というか、
そういうので体力をつけなければいけない時期もあるとは思うんですがね、
そっちのね、そのノウハウを売り物にしている人に、しかもまた最新のノウハウを次々出して売り物にしている人に、
群がっても仕方ないぞって、自分の心にちゃんと聞き合って思います。
ほんとすごいお話でしたからね、昨日とつい。
バンチ師匠の経験と「五輪の書」
で、またその直後にバンチ師匠が夕日合子会社でしょうか、株式会社でしょうか、夕日なんたらなんたら、あの巨大企業。
もうね、もうそこ、もう帰ったら即、それから何十年経ってるでしょうね、バンチ師匠が、その経験をされて。
もうかなり多くの完全拒否する顧客を生み出しているでしょう。
まあそういうことでね、まあこう涙ぐんでばかりもいられませんのでね、ちょっと読みますわ。
「坊っちゃん」のモデルと母校
えーとね、原文をね、まず読みたいと思います。
これね、途中まで読んでみたいです。
他流に足使いあること、足の踏みように、あ、ごめんなさい、それとね、昨日ねびっくりしたんですが、
えすなりさんのご主人公、ぼっちゃんの主人公にモデルとなった人の方、あの先生の主人公と同じだそうなんですが、
あのぼっちゃんのモデルとなったあの先生はね、我が母校にね、ここ、ここですけどね、我が母校に2年間ぐらいね、赴任してるんですよ。
本当びっくりしますよ。えっと、我が母校の資料室みたいなとこあるんですけどね、そこにやっぱり袴と着物で袴のお写真ありますね。
もう一回よく見ていきたいですね。割と可愛らしい方で、なんか下駄に袴に、白っぽくて、
えっと、ちょっと十字のような点々が入ってるようなかすりじゃなくて、夏大島のような、そんなお飯物で首元に昔のボタンのシャツがちらっと見えてるみたいな、シャツって下着のシャツ。
それで股を開いて座ってらっしゃるみたいな、石かなんかに。そんなお写真でしたね。またぼっちゃんを読まなければって。
ぼっちゃんもね、また話が外れますが、ぼっちゃんも最後に生卵を京都にぶつけたじゃないですか。
snariさんの決断力と「坊っちゃん」の対比
もうあれがね、それまでの我々の体制に対する精一杯のギリギリのラインだったんですよ。いくら学生が腹立ってもね、どうせそこまでしかできないんだよっていうことをね、夏目漱石は分かってたんですよ。
この辛さ、その矛盾を一番夏目漱石が分かってたと思うんですよ。辛いじゃないですか。でもね、エスナリさんはね、最後に生卵を顔にぶつけてるんですよ。もう本当に涙が出て。
あのね、昔はほら、バイクをね、乗るのは不良だとかなんとかかんとか言ってね、バイクの免許を取らさないように社会全体動いていったじゃないですか。暴走族とかいっぱい追っかけっこしてた時代にね。
その時に、うちの夫もお誕生日4月ですから、パッと取ったらしいです、免許は。で、その前からレースでは乗ってたんです。そうやけど、公道ではね、走るのにお誕生日来たらパッと。で、それがちょうどエスナリさんの頃でしたら帰省がかかる頃だったんでしょうね。
なんで法律で決められているとおり守ってそれで行って免許をいただいてきているのに、学校が低額にするの。はあですよね。
それをね、坊ちゃんのようにね、もう生卵投げるしかなかったんじゃなくて、もう確実にね、勝つ兵器を作ってね、それでね、ていうか一人で交渉に向かったって感じですよね。
でね、合戦の向こうは槍とか鉄砲とかいっぱい持ってザーッ並んでるんですよ。お城の前にブワーッと。で、そこに本丸に書状を持って、自分で書いた書状を持って、本丸に乗り込んで行って、その書状を読んだって感じですよね。
で、そしたら、まあ敵の大将が参ったと。そういう感じですよね。私2日連続でね、Sナルさんにね、ちょっと感動さされてね、ちょっとね、五輪の書ね、全く読めなくなりましたが、
また17本も仕上げてしまいましたので、五輪の書は明日にいたします。では、皆様今日も良き一日をお過ごしいただけますようにお祈りしております。ではごきげんよう。