1. 真鍋新一と誰かの話
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2025-12-31 18:47

EP7:2025年の振り返り&小津安二郎監督の戦争責任

丸2年、ほったらかしにしていたポッドキャストを動かしました。


2025年の大晦日。

簡単にゆく年を振り返りつつ、ちょうど今日、SNSでバズっていた「小津安二郎の戦争責任」という論文の紹介をします。


論文のリンクはこちら:

https://fukuoka-u.repo.nii.ac.jp/records/2000509


ノー編集で一気にしゃべっています。

お聞き苦しいところもあるかと思いますが、ご容赦ください。

サマリー

2025年の振り返りとして、真鍋新一は自身の活動を振り返りながら、映画監督小津安二郎の戦争責任についての新たな論文を紹介しています。特に小津の作品における戦争の影響や、当時の状況についての考察が深まります。2025年までに人々が戦争について知る機会が少なくなり、その影響が映画の中にどのように表れているかが語られています。小津安二郎監督の作品は、戦争の描写を控えめにしつつも、その時代を反映しており、多くの人々に安心して観られることが評価されています。

2025年の振り返り
2025年の年末、いかがお過ごしでしょうか。真鍋新一です。 真鍋新一と誰かの話というポッドキャストを2年ほどほったらかしにまたしてしまいました。
どうしてこういうものを作ったのかとかいう話は、初期の回をお聞きいただくといたしまして、何事もなくしれっと続きをここでまた始めてみたいと思います。
最近は、SNSは、昔ツイッターと呼ばれておりましたXというところですね。 あそこではもうほとんど告知とですね、好きなアーティストや映画の情報を再投稿するぐらいしかやっておりませんで、
もっぱら発言はスレッツというSNSでしております。 そのスレッツのプロフィール欄にですね、なんとポッドキャストがある人はここにURLを入れると大きくバナーがボーンと出せますよっていうことが書いてありましたので、私も
意気揚々とこのポッドキャストのURLをボーンと貼ってみたはいいもののですね、2年間ほったらかしたポッドキャストのURLを貼り続けているっていうのもなかなか格好悪いなということで思っておりましたので、ようやくまた定期的に、なるべく定期的にこういう声でお話しできる機会を作りたいなと思いまして、
こうして大晦日の夜にお話をしております。もうすぐ紅白歌合戦が始まります。このエピソードが公開はちゃんと年内にできるんでしょうか。皆様のお耳に届くのは、おそらく2026年が明けてからではないかと思いますので、今のうちに言っておきたいと思います。皆さん明けましておめでとうございます。
2025年の振り返りを簡単にしてみたいと思います。簡単にじゃないとすごい時間かかっちゃうので、なるべく簡単に振り返りたいと思いますが、私は1年間いろいろ映画や音楽について書いたり語ったりする機会をたくさんいただき、大変忙しい1年間を過ごすことができました。
さらに夏には、なんと初めての海外旅行、ウキウキというわけでもなかったんですが、初めての海外旅行ということで、韓国はソウルに行ってまいりまして、そこで今は韓国中心でしか活動していないアーティストのコンサートを見に行ったり、そういうことをして大変大きな刺激をいただきました。
それを機会にもうちょっといろいろ勉強しなきゃいけないなということで、韓国語のこともそうだし、あとは英語ですね。とりあえずちょっと日本語以外をもうちょっと強化していって、もっと今までよりも深い情報をいろいろ拾ってくれるようになりたいなということで、今一生懸命勉強を始めたばっかりです。
なので、個人的には来年はお仕事も大変大事なんですけども、さらにその先のね、いろいろ自分のお仕事が広がるように、なお一層勉強していきたいなというふうに思っているわけでございます。
ちょっと話が長くなっちゃうので、一応、振り返りはそんな感じでざっくりいたしましたが、今日ちょっとネットで話題になった話というものを簡単にしてみたいと思います。もう何事もね、簡単に言わないと、もうただダラダラ喋っちゃうので、なるべく簡単に。簡単に。
今、そのXでちょっと見かけて、これはと思ってびっくりした投稿があったんですけども、2024年なんで、去年ですね、に発表された論文の中で面白いものがありました。それは、おずやすじろうの戦争責任というタイトルでして、もうそのものズバリですね、もうそれ以外にもう何も書きませんよっていう感じで、もう何の逃げ場もないタイトルなんですけども。
日本が戦争をしていた頃、いろいろな映画関係者も戦地で、一、兵隊として任務に就いていたっていうことは、歴史や映画のこと、日本映画のことを勉強していれば、よく知っていることだと思います。
結局、戦争へ行ったまま日本に帰ることなく亡くなった山中貞男という、そういう才能ある監督がいたりする。そういうこととセットで必ず語られることですね。
運良く、おずやすじろう監督は日本に帰り、そして戦後、巨匠として語り継がれるほどの名作をたくさん作り続けた方なんですけども、そのおずやすじろうさんが、戦争中、中国戦線で何をしていたのかっていう話は、びっくりするほど語られていません。
語られていませんというか、本人が言わなきゃ、基本的にそういう話は出てこないもんですね。特に、おず監督の場合は、そういったお話をあまり残されず、しかも60歳という比較的若い年齢で、お亡くなりになりましたんで、その後、作品についてもそうだし、彼のパーソナリティ、個人的な問題に関しても、
あまり深追いすることが、なかなか難しい存在なんですよね。映画監督なんで、そういう主張とかメッセージとか、そういうものは、作品を見ればいいじゃないかっていうのは、それはその通りなんですけども、でも聞けるものは聞いといた方がいいと思うんですよね。
そんな中で、この論文は、今残されている非常に確かな資料でもって、当時、おず監督が中国戦線でどのような任務についてだろうかっていうことを、わりと細かく、しつこく書かれています。
さらに、本人のことにとどまらず、一般的に当時の中国戦線で日本軍は何をしてたのかとか、戦後の東京裁判、軍事裁判でどういうことが問われていたのかとか、そういう基本的な部分も補助的に書かれているので、大変参考になる。
とてもよく調べたなっていう感じの論文です。
映画と戦争の影響
誰でもインターネットで読めるようになっておりますので、興味のある方はぜひ読んでいただきたいと思います。
そこで、私が読みながら思っていたことなんですけども、それについてだけ、今回はちょっと、年末ですけども、お話をしたいと思うんですね。
おず監督の映画ってご覧になった方、映画好きな方は必ず何本かはご覧になっていると思います。
東京物語とか、三馬の味とか、だいたいこの2本を見ている方多いですね。
個人的には、おはようとかね、映画がすごい好きなんですけども。
だいたい、日本人、特に戦争を経験した日本人っていうのは、やっぱり敗戦いたしましたしね。
やっぱり、例えばつい十何年前のね、例えば東日本大震災とか、そういう大きな出来事があると、やっぱり当事者でなくても、その同じ時代に生きていた人が、みんな心にある意味、傷を抱えるんですよね。
それは311の時に被災地にはいなかった自分でさえそうだし、他の人もそういう人たくさんいると思うんですけども、
特に、戦争があった時代っていうのもきっと同じように、たくさんの日本人がショックを受けて、とても胸を痛めた、そういうことだったと思うんですよね。
それは、映画監督も例外ではなくて、やっぱり戦争を経験した映画監督の作るものっていうものは、やっぱりにじみ出るものがあるわけです。
で、例えば私の好きなゴジラですね。特撮映画のゴジラですけども、あれでも本田石郎監督は、戦争の経験が非常に長くてね、
戦争に行ったことによって監督昇進の機会がすごく遅くなってしまったっていう監督だったりしてね、そういう監督の思いなくしてはゴジラっていうのは生まれていないわけなんですけども、
ゴジラでさえそうなんですよ。昔の日本映画をいっぱい見ているとですね、戦争の影っていうものは本当に深く深く刻み込まれている。
それは戦争中の映画を見ているから、戦争中に作られた映画がそういう戦争の背景にある物語になるっていうのは当たり前なんですけども、
戦争が終わった後に作られた映画も、戦後10年、15年ぐらい経つまではやっぱりついこの間まで戦争だったんだっていう雰囲気を出してくる映画っていうのが本当に多いんですね。
この間もちょっとSNSに書いてみたらちょっとバズっちゃったんですけども、特に戦争が関係している映画ではなくても、例えば登場人物の親戚の人とかお兄さんとかお姉さんとかお父さんとか、そういう肉親がですね、戦争で亡くなっているっていうのが、そういう描写が当たり前に出てくる。
当たり前。だから、日本に住んでいたほとんどの人が誰かしらが身近な人を亡くしていた。なのでそういう話が映画の中に入ってくるっていうのはごく普通のことなんですね。そんな中でですね、小谷素次郎監督の映画っていうものはびっくりするぐらいそういうものを感じないんですよね。
で、非常に見たらわかると思うんですけども、とっても抑制的ですね。誰かがどなったり殴り合ったりとかですね、暴れたりとかするような映画ではありません。非常に静かでね。その雰囲気や、あと出描かれる風景の美しさとかね、そういったものを持って、これが日本の映画の素晴らしさなんだっていうふうに思う方はたくさんいらっしゃると思います。実際そうだと思います。
その小谷素次郎監督の遺作になった三魔の味の中で、ちょっと戦争の話が出てきますね。
リュウチシュウさんという俳優さん、それから加藤大輔さんという俳優さん、2人とも戦争経験されてると思うんですけども、戦争が終わって良かったみたいな話を飲みながらするんですよね。バカが威張らなくて良かったとかね、そういうセリフがなかなか生々しくて、それはやっぱり経験してる人じゃないと説得力ないなって思ったりするんですけども。
せいぜいそのぐらいのもんでですね、基本的にはもうホームドラマがメインですので、特にことさらに戦争がどうだみたいな話っていうのは出てくる必要もないしね。ないんですけども、出てくる必要もないんですけども、全くこう、にじんでもこないっていうところがすごく不思議だなって前から思っていて。
戦争を知る人々の減少
で、それはやっぱり今の時代、もう戦争を知ってる人っていうのはほとんどいません。80年経っちゃいましたから、終わった瞬間に生まれた人はもう80歳なんで。でもって80歳まで生きられる人って、まあそんなにいない。人生100年時代とか言ってるけど、80まで生きる人ってのはまあそんなにいないと思うんですよね。
なんでほとんど戦争を知ってる人がいなくなってしまったって。だからやっぱりそういう時代に生まれた我々にとっては、戦争とかそういう話が出てくるとちょっと話が生々しく感じられてね、まあ嫌だなっていう、そういう、まあ嫌かどうかわかんないですね。
なんて言ったらいいのかな。あの、生理的なちょっと拒否感みたいなものがどうもあるみたいで。で、その点、オズ先生の作品は全くそういうものはなく、安心して見ることができるんで、後の時代ほど評価されるのはやっぱりそういうことなのかなっていうふうに、ちょっとその論文を見ながら改めて思っておりました。
やっぱりそうなんだよな。いろいろあのコメディ映画とかね、別にそんなにあの、戦争の話なんかあえてしなくてもいいのに、そういう、まあ戦争で行き分かれたとかね。あとなんか孤児になったとかそういう話とか普通に出てくるし。で、僕がそのSNSで投稿したときに例としてあげたのが、まあコメディ映画で木下圭介監督の春の夢っていうコメディ、お正月のコメディ映画があってね。
で、まあ結構ドタバタセリフもいっぱいあって、すごい面白い映画なんですけど、その中に出てくるあの、やっぱりそこでもリュウチシュウさんが出てくるんですけどもね、あの薄汚い焼き芋屋のおじいさんが出てくるんですよ。
焼き芋焼いて、そのリアカーってんですか、あの焼き芋の積んだ、あの石焼き芋のね、リアカーを引いて町の中をとぼとぼ歩いているおじいさんなんですけどね。寂しいおじいさんなんですよ。で、身寄りもなくてね。
で、まあなんで身寄りないかっていうと、どうも空襲で自分以外の家族を全員失ったと。まあそういう話がいきなりドーンと出てくるんですよ。でもそれは別にその、だからといってこう、なんか映画の中にね、戦争はいけないんだとか、戦争反対とかそういうメッセージがあるわけでは全然なくて、それは当時のまあ普通のことの一つとして出てくるわけです。
その映画は昭和35年に作られた映画なんで、15年前まで戦争をやってたわけですよね。だから当たり前なんですよ。で、そういう風景っていうものは映画ではまあ大体その昭和30年代に集中してるんですけども、まあ映画では描かれなくなってからも、まあそういうことっていうのはみんなの日常の中にきっとあったのだろうということを考えたりします。
で、そういう古い映画を、日本映画を見れば見るほどそういう部分が見えてきますね。で、っていう感じでそういうことが言いたかっただけなんです。なんであの日本映画をいっぱい見ましょうっていう話です。有名な映画だけじゃなくて何でもいいからとりあえず見てみる。
で、まあつまんない映画も中にはあると思いますけど、つまんない映画はそんなにあの、なんて言ったらいいのかな、そんなにあのつまんない映画は残らないので、今あのネットとか配信とかあとはあの名画座ね、都内の名画座とかで見られる映画ってのはまあ大体いい映画ですので、あの安心してご覧いただきたいと思います。
あ、そうそう。だから戦争のことで言うと、あの人儀なき戦い、あれは昭和47年8年とかの映画なので、あのちょっと後の方の映画であるんですけども、広島の闇市のところから話が始まりますね。戦争の頃の話が出てきますんで、ああいうのを見て、あの戦後の時代とか、終戦直後の時代とかに興味を持つ人っていうのは結構いるみたいですね。
最近でもあのゴジラ-1っていう映画があって、あれも終戦直後の映画なんで、戦争から帰ってきた主人公の上木隆之さんが出てきて帰ってきたら、まあ空襲で家はなくなりお父さんもお母さんも死んでいたみたいな設定が出てくるんですけど、あのそういうのは本当に
当時の日本映画では割と普通の出来事だったんで、そういうことを改めて今の日本映画でやることによって、戦争について考える人が多くなるきっかけになったのではないかなと思います。
そういうきっかけが1個生まれれば、あとは自分でひたすら過去を探っていけばいいだけだと思いますので、小枝素次郎監督はだけど、探っても探ってもなかなか戦争の話が出てこない。でも戦争の話が出てこないからきっとみんな安心して見られるんだろうなーっていうことをちょっと論文を読みながら思った次第です。
はいおしまい。論文のリンクについては多分このポッドキャストの説明欄に貼っておくと思いますので、皆さんそこからぜひ読んでいただきたいと思います。それについての感想とかもありましたら、ぜひ私宛にお聞かせください。
こんな感じで、日々思ったことや、あとはちょっと文章に書いてる時間がないようなことをこうやって声でこれからも定期的に続けてお届けできればいいかなと思います。喋りすぎて喉がカラカラになってきましたので、今日はこれで終わりにしたいと思います。皆さん良いお年を。来年もよろしく。
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