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2026/03/23 まちほくラボの八枚おろし(座談会 4)
2026-03-28 29:10

2026/03/23 まちほくラボの八枚おろし(座談会 4)

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サマリー

このエピソードは、まちほくラボの八枚おろしシリーズの最終回として、ピッコロ幼稚園を20年間運営してきた中島さんと、番組ホストの小林さん、山本さんによる座談会です。中島さんは、自身の健康問題や、幼稚園をいつまで続けられるかという自身の将来について率直に語ります。それに対し、山本さんは、中島さんがいなくてもピッコロ幼稚園は続くという信頼感を示し、中島さんを安心させます。また、20年間で卒園した子どもたちがどのように成長し、社会で活躍しているかについての話題では、ピッコロ幼稚園で培われた主体性や共感力が、子どもたちが困難に直面した際に自分を信じて進む力となっていることが語られます。さらに、親と子の関係性、特に「迷惑をかけたくない」という考え方について深く掘り下げ、子どもが親に手を貸すことは学びの機会であり、親の愛情や姿勢が子どもの成長に不可欠であることが強調されます。最終的に、子どもは皆善人で生まれてくるという前提に立ち、大人が子どもを信じ、責任を持って生きていくことの重要性が語られ、シリーズは締めくくられます。

座談会の始まりと中島さんの近況
FM八ヶ岳 まちほくラボの八枚おろし
この番組は自然豊かな高原エリアでつながるが合言葉。 政治・自然環境・福祉・文化芸術
子どもの育成などそれぞれの分野の人たちが集代わりで登場し自由に未来語りをします。 この番組は
小渕沢のまちほくラボ株式会社の提供でお送りします。
皆様お疲れ様です。 今回でグループトークは最後になりました。
なんか最後と、最後を迎えるというのはちょっと寂しいけれどね。 みんなと会えなくなるのかなぁなんてね。
また小林さんと二人でやるのかなぁ。
ちょっと小林さん、ちょっと声が高い。そこは控えるところだから。
大人だからそういうところをね。そうだよ、それが学びじゃなかったのかなぁ。
ということでね、今回で最後になりますけれども、よろしくお願いします。
初参加ではないか。この間出たか。 中島さん、初参加です。
今回は中島さん中心でトークを重ねていきたいと思います。
よろしくお願いします。
ドキドキする。
いいよ。いいですか。
ピッコロ津金でピッコロ幼稚園を立ち上げさせていただいて、
なんと4月から20年目になるっていう。
私こんなに一箇所の会社とかで勤めたことはなかったっていう感じで。
いろいろありまして、本当にいろいろありまして。
子供とのことがいろいろありすぎて、ラジオのネタなんかもずっとできるぐらいあるんですけど。
本当に子供はすごいなと。甘く見ちゃダメだなっていうことを実感してるって感じかな。
よく私はね、今ここで気になっていることは何ですかって。
私カウンセリングをやってるので、そこで気になっていることは何って言うと、
一番初めに気になることを話してくれるのね。
それが自分の本当の問題であって、それから奥深く聞いていくと、
潜在意識の中からどんどん出てくるんだよね。
なので中島さんが今気になっていることはここでね。
自分ですか。社会。
自分。
国会とかじゃなくてね。
それはそれでまた。
そうではなくてね、今ピッコロの幼稚園は20年やられてるってことでね、
ラジオのネタは尽きないって言うほど子供たちにもいろんな情報を与えてもらってるんだろうけれども、
その中で一番気になっていること。
気になること。自分のことですか。いつやめようかな。
おー、潜在意識ですね。
いつやめようかってピッコロってことですか。
いや違う。いつまでできるかな。
あれかな。ほら、そこから全然違うでしょ。いつやめようかなって言うと。
小林さんがそう聞くと、いや違うってね。
体とかね。
それはでも、あんまり心配することがないと実は思ってて、
うちの娘もお世話になってるんですよ。ちょうどそれこそ20年くらい前に立ち上げの頃だったんですけど。
例えば中島さんができなくなったとしてもピッコロは続くと思ってるので私は。
そういう意味では、ご自身がいつ引くかっていうのは懸念実行かもしれないけど、
大丈夫じゃないですかってすごい思ってるけど。
そうですね。基本的にあんまり心配とか怖いとかないんですよね。
私、ちょっと変なんですけど、変かもしれないですけど。
ところど、そうですね。神様が分かってることかなとは思ってます。
なんとなく口数が減っちゃうな、その喋り方は。
本当ですか。
私がトーン下がるのが分かる?
分かんないね。
そうか、分かんないか。小林さんには分かるよね。
たぶん山本さんが中島さんに対する期待のところのリアルな反応がなかったからってことですか?
違うな。今ここで気になってることって言って、いつまでできるかなっていう根拠を知りたい。
根拠?
どうしてそういう風に思うのかなっていう風に。
年齢かな?
今おいこつなんですか?ごめん。
61歳です。
何を言ってるの。
何を言ってるでーってね。
61歳なんてまだまだ。
いやいや。
何を言ってるの。
でも外に、今もう週だから2回ぐらいしか仕事をしてなくて。
昨日も外で仕事だったんですけど、帰ると本当に疲れて。
でもこんなラジオでこんなネガティブなことすいません。
大丈夫、大丈夫。
疲れて結構早く寝るとか、そういう感じかな。
いろいろね。
自分の手術とかいろいろあって、そういう感じですね。
自分の何?
手術したり。
何?どこで手術するの?
あのね、この間の放送でも言ったかな。
肋骨の中にこんな大きい腫瘍ができまして。
で、骨取らないと取れませんよって言われて、え?って。
ピッコロ幼稚園の卒業生とその成長
でも骨をパチッと切って、その腫瘍を取って。
で、骨は戻しませんって言われて、何でですかって。骨折なら治るけど、パチッて切った骨は戻せませんとか言われて。
ここね、だから無いんですよ。肋骨が。
え、じゃあ穴開いてるの?
そう。で、上と下の骨をギュッと縮めて、なんか紐で縛ってあるみたいな。
え、手術をしたの?
しましたよ。私だって大手術でした。
そうですね。
あ、そう。
だから体がね、何かそういう意味でね。
あ、そうかそうかそうか。
私でもちょっと中島さんに実は聞きたいことが。
20年やってらっしゃるじゃないですか。
その時に、例えば6歳で卒園した子が、最初はだから3歳ぐらいでお預かりしたのかな。
で、今もう20歳過ぎたりとかしてるわけでしょ。
なんか子供の、その時頃で学んだ子供たちがどんな風に育って、人それぞれだと思うんですけど、
どんな風に育っているのかなって、その子を知りたいです。
そうですよね。そうですよね。
今1期生だから22歳かな。
で、幼稚園教諭になったり、あとは普通に会社に勤めたりしてまして。
みんなじゃないですけどね。
ある子は就職を決めるのに、私とかは給料とか待遇とか、いろんなことも考えて決めたんですけど、
その子は創設者の本を読んだりして。理念みたいな。
理念かね。
で、こういう人と働きたいみたいな。見えないこと。
本的ですね。
で、決めたり。全員じゃないですけどね。そんな感じかな。
なんか猫的な保育園とか、一般的な保育園、園舎で普通に過ごす保育園とはやっぱり違うじゃないですか。
環境ももちろん違うけど、一番違うのってやっぱり子どもたちの接し方だったり、
子どもたちが持っているものをいかに受け止めるかっていう姿勢が結構違うんじゃないかなというイメージですよ。
そこのところを大切にして、このピッコロを立ち上げられたと思うんですけど、
そういう子たちが、例えばピッコロ卒業して、普通の公立の小学校に行きました。
公立の中学校に行きました。公立の高校に行きました。
そこから就職したり、また大学に行ったりっていう中で、ぶつかったり、壁、あとは行きづらさだったり、
あるいは逆にすごく良かったメリットがあったとかっていうのがあるのかしら。
そうですよね。追えてないっていう感じはありますけど、自分を信じている感じには見えます。
自分、学校とか行って、自分はこう思うけど、先生はこう思うのよとか言って。
そこで考えるっていうツールっていうんですか、考えるっていう習慣は持って社会に出てると思ってるので、
先生はそう思うのよ。私はこうなのよね。で、どうしようってことはないですけど、
そうやって一個一個進んでるようには見えるかな。
すごい頼もしいですよね。だから、すごい突飛なわけじゃないんだけど、
ベースの部分が自分で考えるっていうことをすごい大切にされているんだなって。
それを幼児期にやらせてもらえたっていうのは、ある意味ね、小学校とかに行くと、
こうしなさいっていうルールもすごいしっかりしてるし、
公立だと余計にそういうところが多いかもしれないけど、
それでもちゃんと外れずに馴染みながらでも、自分はこうだっていう。
でも他を否定するわけでもなく、っていうのがあるようにイメージとしては見受けられる。
みんな私はこう思う。あなたはこうね、あなたはこうね。で、それで?っていう。
自分だけが合ってるわけでもないし、誰かが合ってるわけでももちろんないし、
でも多分社会ってそういうことで、それで自分はどうするかっていうのは、
それは自分の気持ちはちゃんとわかるから、自分の気持ちと考えは自分としては合ってる。
そうやって多分生きててるかな。
私に損たくしないように。
前に幼稚園保育園に勤めたときは、私が喜ぶように子どもたちは生きててくれたと思うんですけど、
ピコロでは、私には損たくしてないので。
でもね、終えたらいいですよね。
でも損たくじゃないけど、決して否定してないし、むしろ喜ばしい方向に行ってくれてるじゃないですか。
子どもたち。
びっくりしますよね。
ベースさえしっかり与えてれば、子どもってちゃんと考えてくれるし、そういう大人になってくれるし、
すごいそれはね、何人か私も見てるんですけど、そういう子たちだなと思って見てます。
ありがとうございます。たぶん自分は信じてますよね。
うんうん、ですよね。
どんな自分でも。
一時期がありますね。
中島さんはだいぶ前からね、お顔拝見したり、場面場面で顔を合わせたことはありましたけど、
今回こうやって8枚卸しの担当になっていただいて、本当によかったなと思ってますけど。
こういう関係になってから、最初の時もちょっとお二人で話させてもらったりしての、
子どものことですから、幼児の関係のことだから、自分の思いとかね、そんなこともお話させてもらったと思うんですけど、
象徴的なのはやっぱり主体性というか、子どもさん幼児の段階で主体性をきちっと身につけて、
それともう一方では共感、子どもたち同士の共感、意識もちゃんと持てると、
その二つが非常に印象的なね、僕なんかも共感するところで、
それでその後、いろいろピッコロの物語、日々の物語を聞かせてもらうと、
すごく3歳から5歳ぐらいの間というのは非常に重要な時期だと。
僕はアドラ的な本を読むと、今現代社会で言うと3歳から10歳ぐらいまでが非常に人間形成を構築するのに非常に重要な年頃だと読んだ記憶がありますけど、
全くそうだと思うんですよ。やっぱりまずはそこが人間形成がある程度その養殖期にできて、
それから学問の方に入っていって、これがいろんなお役人になったり、
企業家でもそういうところに羽ばたいていくという順番だろうと思うわけ。
僕の印象は今までというのはどっちかというと学歴社会ってそっちの方ばかりが割と目立っていたというか、
社会的にそれが当たり前ということでしたけど、こういう状況になると、
その前にピッコロ幼稚園のああいうスタイルというので、3歳から10歳の幼児期に人間形成ができたところの
次のステップが学問の方に入っていく。
そうすると、社会に対しての貢献度だとか大きな企業になるにしても、
常に社会に対する貢献度というところはぶれないだろうというふうにすごく思っていたんですよ。
だからすごく素晴らしいなと改めて感じている。
社会に貢献してもいいし、別に本当に自分の生活だけを妥協点ですね。
それも社会に貢献していることになると思うんですけど、
本当にその子がやりたいような自由な生き方が一番いいなとなってほしいなと思っていますけど、ちょっとわかりませんか。
僕は日本というのは民主主義国家とは言いつつも、やっぱり民主主義というのは一人ひとりが意見をきちんと言えているんですよ。
自立していないと。
自立していないと本当の意味での民主主義国家とは言えないと、そこ行くと思うんですよ。
依存していたらダメ。
多くは今のところ大人でも背景が操作してきたのかもしれませんけど、
依存度が日本人というのは高くてお任せしてきちゃったというところが、一方ではこういう環境をつくってしまっているのかなと。
これは誰のせいという話でもないですけど、過去に終わったことはしょうがないけど、
やっぱり気づいて、これから未来というのはどういうふうに人間形成なりコミュニティをつくっていったらいいかというのは、
やっぱり意識してみんなで話し合って、自分たちでつくっていこうと。
行政と一緒に公民一緒というのが街をグラボの一つのテーマですから、
どっちにお任せでなくて、それが非常に重要かなと思います。
親子関係と信頼の重要性
人づくりだから、怖いね。
怖いですよ。入社年間ずっと怖いなって思ってます。
でもベースにその相手、小さくてもその子を信じているというのがとてもベースにあって、
とにかく下の立場というふうに見ない対等の立場だし、
この人はこういうことがきちんとできるはずだとか、
この子はこの子の思っていることができるはずだという信頼があるわけじゃないですか。
私も自分の反省にもなるし、一般的な人もちょっともう少しって思ったりすることについては、
もう少し子どもなり、いわゆる年の下の世代の人たちに対して、
信頼してもいいのになって思うことは、特にこういうお墓の仕事をしていると思うことがあって、
よく子どもに迷惑をかけたくないという魔法の呪いの言葉があるんですけど、
じゃあ亡くなった時に、自分が死んだ時にトコトコお骨が歩いて他に行くんですかという話じゃないですか。
そこで子どもに迷惑をかけたくないから、これもこれもあれも全部準備して、ここまでお金揃えて、
子どもに世話にならないようにこの人にお金を払って頼んでって言うのって、
なんか違うなっていつも思っていて。
それどう思います?長島さん。
長島 私はお母さんに迷惑をかけてほしいって思っている。
長島 そうでしょう。私もそう思う。
普通そう思いますよ。だってこれだけ迷惑をかけながら、
お世話してここまで育ててもらった親に対して、それを迷惑と思うかどうかって話ですよね。
ある意味それをやることも学びだったりするし、
子どものせっかくの学びの機会を断ち切って全部自分でやれるもんだと思っちゃうっていうのは、
ちょっと傲慢かなって思うと思います。
小島 親の気持ちはわかるよね。
長島 そうですよね。親はね。
小島 だけど今長島さんが言ったように、やってあげたいっていうのは子どもの気持ちだよね。
今私もそこで気づかされた。
子どもはやってあげたいって思うんだっていう。
それを迷惑とね。思わないんだって。
小島 役割なんですよね。
長島 振り返ってみると自分の両親を送るときどうだったんだろうなって、
今話聞きながら思っていたけれど、私は準備している今。
小島 準備は大事だと思いますよ。
長島 困らないように準備している。だけどそれこそ一人でお墓入れないからね。
だからそこはお願いしなくてはならないけれども、子どもはやってあげたいんだよね。
小島 私はね。
長島 私もやってあげたかった。
小島 やってあげたい。
長島 できなかったから。
情報を揃えるっていうのはすごい大事で。
何にもないいきなりバーンと大変なことを任されちゃって、
仕事もあるのにバタバタっていうのは、それはちょっと準備不足っていう意味もあると思うんです。
だからこれはこうだよ。だから頼むね。
ここまではこういうふうに自分でやってきたことだから、
それを知った上で後任せるからね。
っていうのは大事だ。それが就活だと思うけど、
子どもはどうせ帰ってこないし、宛てにならないし、
いいえ、そんなもんやらんでもみたいなね。
そういうことではすごくもったいない。
もっと信じてあげてもいいのに、きっと。
こうやってきちんと社会に出られるような人になったってことは、
それもできるはずだし、やりたいと思っている。
育ててもらったときに。
おむつ変えてくれて。
本当にそうです。
返したいって言うんだけど。
それはだから、ちっちゃい頃と高齢者っていうのはわりとつながる部分があって、
その時に親が子どもに対してやることは義務でも何でもなくて、
これは愛だし役目だし。
それはあれですよね。全く僕も愛だと思いますけど、
親の最後を見とったり、ちゃんと最後まで面倒を見るというのは、
子どもの立場であれば義務ではもちろんないと思います。
だけど、それまで、
子どもに向き合う姿勢だとか愛情だとかっていうのは、
親が親次第って話でもあるわけですよ。
子どもはどう感じるかだよね。
子どもがどう感じるかっていうのは、親の姿勢次第だから。
それは一番重要な部分。
どう背中を見せるかって感じですね。
普段からですよ。
もう顧客半分が足を突っ込んだような時期になってですよ。
一生懸命子どもに向かってね。
そんな人がよく喋りますね。
子どもに向かって、私がどうのこうのなんて言ったって、
今まであんた、親、私に対してどういう姿勢だったのって、
そういう話ですから。
だから気持ちが、感情が決めるわけですよ。
だから常日頃の親子関係が最後の最後に出るっていう。
大丈夫、今からでも間に合います。
十分間に合う。
でも本当、両親が本当に可愛がってくれて、
こうしなさいとか、誘導も全然しなかったし、
でもしつけとかは厳しかったんですけど、
でも本当に可愛がってくれたっていうのはもう分かるから、
だからもう普通にやりたいになる。
厳しさの中に愛情がちゃんと感じたからってことですよね。
今、可愛がってくれて、しつけとか、
なになにしなさいとか、しつけは厳しかったっていうので、
私自分を振り返ってみると、親に怒られたことないの。
すごい。
すごいでしょ。
だからこんなになっちゃったんだけど、
本当に怒られた記憶がないの。
本当に自由だった。
だから小林さんと話をするときに、
アルポスの少女ハイジだって、
ヨーレレイティーって感じで、自由に野原を駆け回った。
そうなんだ、山本さん。
そこは私と共通ですよ。
僕もね、親に怒られた記憶がないんですよ。
手がかからなかったっていうか、
だいたい子供の頃は野原を飛び回り歩いてた方だから。
小林さん今、手がかからなかったって言ったでしょ。
私はね、手がかかったようですよ。
なんかね、田んぼ洗いしたりとか。
それは共通ですよ、共通。
苦情がきっていうか、何回山に歩いたかなんてね。
それは下手くそだったっちゃうね。
でもね、自分でね、この歳でも思うけど、
本当に愛されて育ったなって。
だから人を疑うことも知らない。
むしろ信じるなんてことは当たり前のことだから、
それも当たり前だとも思わない。
自然にできた。
だからね、愛は大事だよね。
無償な愛で。
私が逆でね、
父親はね、すごい怒りんぼだったんです。
いろいろ厳しいことも言われたし、正当なことも今から考えればあったかもしれないけど、
不条理な怒られ方したこともあるっていう記憶がある。
だけど、その父親をちゃんと人間として送り出せたっていうのは、
すごく自分の誇りだし、
父親に対しての、ある意味関係性がそこでちゃんと作れたなって思ってるから、
それも多分、ある意味、迷惑と思ってなくてやったことだと思ってるので、
いろんな関係性があると思う。
愛情ばっかりでね、いい子いい子って育てられた子ばっかりじゃないと思いますけど、
そこにもやっぱり、いろんな親との関係性とか、
社会とのつながりをどういう形で築いてきたかにもよりますけど、
そこででもだから、親の方から一方的にしなくていいよっていうのは、
ちょっともったいないなっていうのが、ちょっと痛かった。
そういう意味ね。
もっと子供を信じてあげてもいいんじゃないですかって、
こんなに素晴らしいものを持って、ここまで大きくなってきた人たちなので。
今、信じる信じるって言葉がね、連呼されてるけど、
子どもを信じることと学び
やっぱり信じるには待つ姿勢だね。
そうですね。
待ってないから言っちゃうんでしょ。
自分の思い通りにさせたくなっちゃうから。
だよね。
自分の思い通りが正しいって思っちゃうから。
でも、私がやってることは子供にとってあんまり正しくないっていつも思ってる。
それが思えるってすごいね。
いや、ほんとなんですよ。
いや、ほんとに。
そこに気づけるのなかなかないですね。
どんなところでそれを感じるんですか?
なんか、昨日、いい例がね。
例えば、静かにしなさいとか言って。
よく言いますね。
死後。死後。ダメよ。学校行くんでしょ。
でもよく聞いてみると、その子はこの子が泣きそうになってて、それをケアしてたみたいな。
それ分かりにくいよ。
だからそうすると、もう静かにしなさいとか言えなくなって、なんかしてるかなって最初思うじゃないですか。
でもなんかしてるけど、でも学校とか行ったらこれは死後になっちゃうからっていうふうに遠慮がちに話すようになりますよね。
コラーじゃなくてね。
それが二十年間ずっとだから、子供はすごいことを分かりにくすぎる。
だから理由がなければそういう、だからその理由だよ、根拠だよね。
そこを見れないと怖いな。
怖い。鳥肌立ってる。
本当に教えられることばっかりですよね。
怖い怖い。
本当に自分は絶対会ってないって思いすぎてて、でも自信がないわけじゃないんですよ。
分かる分かる。
もう研究にならなきゃ、もう街が当たるみたいな。
怖い。
教えてもらってるんだもんね。
本当です。
いい話だね。
いい話だね。
子供はみんな、多分世界中の子供たちみんなそういうふうに生きてるから。
大人になると分かんない、そういう。
僕はね、ちょっと簡単に言うと、世の中の子供が生まれて、世の中に出た時、全部が善人で生まれて。
本当そうですよ。
発信しようとか思って生まれてこないから。
それがスタートだから。
善人で生まれてくる。
信じていきましょう。
私たちは責任を持って生きていきましょう。
かつては自分もそうだったってことにしときましょう。
自分もそうでしたよ。
ありがとうございました。
失礼いたします。
この番組はこぶちさわのまちほくラボ株式会社の提供でお送りしました。
29:10

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