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みなさま、こんにちは。すがすがしい季節になりましたね。
緑もだんだんと色濃くなり、次の季節にバトンタッチをしているように見えます。
ここで目につくのが庭の雑草です。
雑草という名の草はないと植物博士、名前は忘れましたが、
言っていたのを先日聞いてハッとしました。
確かにそうだよな。私が知らないだけでちゃんと名前があるんだよな。
と草取りの姿勢がほんの少し変わったような気がします。
先日、海外に住んでいる方にこの番組のことをお知らせしました。
日本にいた時は、カウンセリング、ヒーリングなどを自分のためにといって受けていました。
夢があって、カナダに留学をし、そこで巡り合った方と結婚しました。
もちろんカナダの方です。
日本に帰省した時は、必ず夫婦でヒーリングを受けに来られます。
お二人の雰囲気にないものねだりを感じている私がいます。
当たり前のことかもしれませんが、ネットがつながっていました。
ただただ嬉しく感動しました。
過去の放送もアーカイブスで聞いたとのことでした。
ありがとうございます。
メールをいただいています。ご紹介させていただきます。
私が中学生だった時の話です。
もうずいぶん昔のことなので、正直どうでもいいかと思っていましたが、
この放送を聞いているうちに、どうでもよくならなくなり、メールをしました。
私は運動部に入っていました。
今はすぐに大罰だとか言って大騒ぎになりますが、
私の時代は当たり前でした。
それはある試合でのことでした。
結果を出した選手に賞と言ってトロフィーとか盾をもらえるんです。
誰がどう見ても私がもらえる賞でした。
もちろん私自身が一番思っていました。
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ところが表彰式になったら私ではなく、違う子の名前が呼ばれたんです。
呼ばれた本人も困惑したような顔で私を見ていました。
その時は何が何だかわからず、涙があふれるだけでした。
帰りの車の中、後部座席の隅に座り、タオルで口をふさぎ、声を出せずに泣いていました。
車の運転をしていた副顧問の先生が、ルームミラー越しに
分かってるよと言わんばかりの眼差しを私に向けてくれていました。
夕食時、普段はうるさいほどその日にあったことを話す私でしたが、
あの日は何も話せませんでした。
両親はそんな私に何も聞こうとはしませんでした。
そして食事が済んだ頃、
ショーをもらったこのお母さんから電話がありました。
母はその電話でようやく意味がわかったようでした。
大丈夫ですよと母は言っていました。
電話を切った後も母は私に何も聞くことなく、
今日の茶碗洗いはいいよと言って台所に行きました。
私は意味がわからないことに対して極度に恐怖心を覚えたのはこの時の経験からです。
あの日のあの時の、普段の生活の中で切なかった思いが思い出されます。
この思いは消せますか?という内容でした。
担当職人に言うと、消す必要はないと思います。
この方はきっと心優しい方なんでしょうね。
この優しさはたぶん、たぶんですがこの時の経験から得られたんだと思います。
言葉に言えなかった切なさは外間にいた人たちに十分に伝わっていたと思います。
みんな同じ思いをしていたと思います。
でも誰も何も言わない。
お父様お母様もそうです。
その切なさを感じていたと思います。
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みんなの優しさに包まれていたんでしょうね。
またそういう優しさってあるんですよね。
言葉ではなく感じ合うものが、この方は切なかった思いを持ちつつ、
ご自分では気づいていない周りの優しさもずっと持ち続けていたんだと思います。
包まれていたんですね。
だから消す必要はないなぁと感じます。
いろいろなことを見たり聞いたりするととありましたが、
いっぱいいっぱい切なさを感じてください。
ご自身が経験したように、
誰かのその切なさを感じるだけで、
優しさの種がまかれるんじゃないかな。
それで私はいいと思います。
お父様お母様をはじめ、
みんなに感謝ができるのではないですかね。
自分にありがとうですね。
一つとして同じ事柄はありません。
だから答えも同じではありません。
この場合は傷ついたことに間違いありません。
でもその傷ついた心はすでにその時に癒されていたんですね。
そういうこともあるんですね。
優しさを大事になさってくださいね。
中にはその時に遡り、
自分の脚本を書き換えて癒していく方法もあります。
本当にお一人お一人違うんです。
私がその必要性を感じた手法で、
相談者と向き合います。
以前にも言ったかと思いますが、
教科書は相談者であり、
答えを導く方程式も相談者、
そしてもちろん答えは相談者にあります。
ありがとうございます。