1. 地名が出てくる歌が好き
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2025-02-14 05:56

配信160:「地面師たち」を見て“もうええでしょ”と思ったこと

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ネットフリックス「地面師たち」を見て思ったこと。本来は境界のない土地に、人間は勝手に線を引いているという話。

【番組紹介】
・地名が出てくる歌のコレクターによる配信。
・国内唯一のご当地ソングメディア「ご当地ソング捜索隊」(府中コミュニティFMラジオフチューズ内のラジオ番組)のバックナンバーも、時々お届けします。
・ラジオ放送は、毎月第4土曜日 ~絶賛放送中。

【パーソナリティ】
◆ワタンド
本配信のメインパーソナリティ。地名が出てくる歌のコレクター。都市と音楽が大好き。多摩地域で暮らす。
◆しゃり
ラジオ放送のパーソナリティ。ご当地ソングは素人。オーストラリア在住のエンジニアで主にリモート参加。

【Twitter】
https://twitter.com/RRwatandia
【note】
https://note.com/localsong
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お晩です。この配信は、地名が出てくる歌が好きなワタンドがお届けするポッドキャストです。よろしくお願いします。
今回は、ネットフリックスのドラマ、「地面師たちを見て思った地域」についての話です。
地面師はね、昨年結構流行語対象に、もうええでしょっていうセリフが入ったりしたのでも有名になった話題の作品ですね。
話としては、不動産詐欺を働く犯罪者が主人公の話です。
実際にあった詐欺をモチーフにしたようなドラマにもなっていて、不動産を所有している持ち主になりすまして、
本当は土地あげてないのにお金だけもらうというのを、あの手この手でやるという話です。
不動産というのは不思議なもので、その場所にあるのに誰が持っているかはもう畳ではよくわからないというこの特性を生かして、
僕が持ち主ですよっていうのを偽造したりとか、持っている人になりすます人がいたりとか、
そういうスリングな、どうやって騙すかみたいなところが迫力あるというか、斬新なドラマにもなっています。
作品の中でも触れられているんだけども、やっぱその不動産というものが人間が作り出した概念だろうという話があるんですよね。
その場所に土地はあるだけ、場所はあるだけなのに、勝手に土地を所有しているという概念を人間が生み出して、
その目に見えない作り出した概念の所有を取引するということをしていると。
結果その土地の取引というものが大きな欲を生み、諍いを生んでいるというような話に今で及んでいます。
確かに作品の中でも言われているんだけども、昔から太古から人間は土地の取り合いをしてきたと。
国を広げて、植民地を広げて、自分の領土を広げてというのは、言ってみれば今でも続く、ずっと古くからある火種ですよね。
だから本能的に場所をもっと広く持ちたい、自分たちの場所にしたい、独占したい、みたいなものはあるんでしょうね。
その根源としては、広いことが自分が支配の象徴であるというところもあるのかもしれないし、
あとは広い土地があればあるほど資源が出てくる、実りを生み出せる、そういったところもあるからこそ、
土地がいっぱいある、不動産をいっぱい持っているということは豊かであるという象徴なんでしょうね。
このありもしないものに勝手に線を引いて所有だと思い込んでというところを、僕の好きな地域の話に落とし込んで考えると、ちょっと思うことがあるんですよね。
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というのも、地名が出てくる歌の時に、自治体単位とかという歌があったりするんでね。
何々市の歌とかね、はたまた何々県の歌とか、ああいうのも結構あるんですよね。
けどその何々市とか何々県とかっていうのは、ある種、人間が作った、統治しやすいように作った線引きでしかないんだよね。
この場所に自分が思い入れのある場所って、それこそ暮らしている、よく行く駅の周りみたいなところなのかもしれないし、
いつも通勤で使っている沿線みたいなところなのかもしれないし、もうちょっと線引きってふんわりしてるよねって思うんだよね。
きっぱり自治体の行政境に乗っとって、八王子市のことは一通り知ってるけど、隣の日野市のことはようわからんとかっていうね。
で、線に引かれたうちの八王子市のことは大好きだけど、隣の日野市になっちゃうともう愛着がないとか、そういうもんじゃないじゃん。
八王子市の端っこに住んでるんだったら、自分が住んでる端っこから隣接している日野市のところも含めて自分の住んでる街だって認識してたりするわけなんだよね。
だからこの自治体境に沿って地域への愛着が謳われることは多いんだけど、実体そうじゃないよなって思うんだよね。
もっと人間が捉えている地域、自分が好きだなって思う地域って、作られた線引きじゃない、もっとふんわりしたものだなというふうに思います。
2回同じこと言ったかな。だから、作られた土地を考える、不動産を考える、地域を考える時に、やっぱりどうしても線を引くことは考える上でね、分かりやすくする上でも、管理しやすくする上でも必要なんだけど、実体は違うよなというのは常々思ってたりします。
それでも好きなんだけどね。秋田県の歌とか、岩手県の歌とか、大阪府を歌った歌とか、分かりやすいしね。なんとなくあるあるっていうか、そうだよねそうだよねって思っちゃうんだけど、ちょっとせめぎ合いですね。
結局は全部好きなんだけど、ちょっと違うところもあるんじゃないのというふうな相反する気持ちを思いながら日々聞いてます。
そんなわけで、今日は地面主たちから感じた地域の土地の線引きについての話でした。またお会いいたしましょう。
ワンでした。
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