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こんにちは、おあです。3児子育て中で、小学生の娘2人は、ホームエデュケーションを選択しています。子どもたちが毎日を楽しく、自分らしく過ごせる社会にしていくために、これからの学びの在り方について考えるチャンネルです。
第46回目のきょうは、私自身のことについて。パート2。結婚の呪いが解けるまで、というテーマでお話ししていきます。
前回の放送でお話ししたとおり、私は、団塊世代の親に、いい男性と結婚するのが女の子の幸せというふうにすり込まれて育ちました。
大学では、児童文学ですとか、発達心理学を専攻していたんですけれども、時代は就職氷河期でですね。
私は就職をせずに、そのまま大学院に進学をして、臨床心理師という資格を取って、児童相談所や子ども発達センターといったところで働いてきました。
ところが非正規雇用というのはですね、ボーナスもなければ退職金もなければ、産休も育休も取れないという、しかも1年雇用だとか3年雇用だとかって人気があって、それが切れたらおしまいっていう世界なんですよね。
20代の私は、その雇用形態が不安定なために、精神的にも経済的にもとても不安で、当時手取りが20万もいかなかったので、一人暮らしもできないんですね。実家から出られないんですよ。
自分が置かれた状況をどうしたら改善できるのか、どうしたら脱出できるのか、ちょっとわからない、行き詰まっている感じでしたね。
当時ですね、長くお付き合いをしている同業の男性がいたんですけれども、私はですね、社会人になってお付き合いをしている人でしたら、普通にそのまま付き合ってたら自然に結婚するのが当然だと思っていたんですね。
というか、付き合うっていうのは結婚のために付き合っていると思ってたんですよ。お付き合いの先には必ず結婚というゴールがあると思い込んでいたんですよね。お付き合いを始めた当時は、おそらくお二人の間でも、いつか結婚したいね、みたいな感じだったと思うんですよ。
ところが私も30になってきてですね、なかなか結婚の話にならないわけなんですね。あとちょっと遠距離まではいかないんですけど、ちょっと離れていたんですよ、住んでいるところが、仕事をしているところも。
なので、結婚した後のことを考えても、その彼の地域に仕事を見つけてですね、移ったほうがいいなと思いまして、あと何よりもとにかく実家を出たかったので、その地方都市であれば家賃がかなり安くなるので、そこならなんとか暮らしていけるんじゃないかという望みもかけて、思い切ってそこで就職先を探してですね、
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移り住んで、新たにまた似たような発達障害のお子さんや重度心身障害者のお子さんの施設に、またここも非常勤職員として勤め始めました。
今思えばですね、彼と結婚したかったわけじゃないんですよね、私はね。とにかく不安だったんですよ、経済的にも精神的にも。だから安心安定したかったんですよ。
曲がりなりにも彼は正職員でしたので、一緒に暮らせばかなり生活は楽になるんですよね。
何よりですね、段階の親にですね、女の子は結婚して子供を産むのが一番の幸せって洗脳されて育てられていたわけで、私も当然ですね、20代で結婚して30前には子供を産んでいるだろうと思っていたわけなんですよ。
ところがもう30歳になっちゃってですね、あれって思ってたのと違うって感じだったんですよね。
だって周りはですよ、大学時代にサークルで知り合った彼とそのまま結婚して、もうお母さんになったりしてたんですよ。
年齢的にも焦りが出てきましたし、普通に結婚して子供に恵まれた家庭を築いているっていうような人生しか思い描いたことがなかった。
未来への不安みたいなものからしがみついてしまったんですね、その彼にね。
今思えば思い描いているゴールがお互い違うわけですから、さっさとお別れして同じゴールを共有できる相手をさっさと見つければよかっただけのことなんですけれども、
やっぱり当時はですね、こんな30になるまで付き合ってきちゃったんだからみたいな、いわゆる損切りできない心理ですよね。
サンクコストでしたっけ、今まで彼に費やしてきた時間やエネルギー、彼の元にね、引っ越しまでしてきたわけですからね。
結婚というリターンで回収しないと、もう諦めきれないって意地になってた感じですよね。
未来もないのにね、ずるずる損切りできずに付き合ってしまいまして。
さすがにですね、32歳になってしまいまして、もう女性のね、やっぱり妊娠期間って限られているわけなんですよ。
私はやっぱり子供を産んで育ててみたかったんですね。
なので、やっぱり32歳という妊娠的利益を過ぎてやっと目が覚めたんです。
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時代は知らぬ間に変わってたんですよね。
ちょうど婚活という言葉が出てきた時でした。
段階ジュニア世代の私がかけられていた結婚の呪いというのは、自然な出会いですよ。
大学とかサークルとかバイトとか就職先とかで自然な出会いで、自然にお付き合いをして、恋愛の延長線上にあるのが結婚。
自然な出会いのもとお付き合いが自然に始まって、当たり前に付き合っていく中で自然と結婚していくこと。
それが私にかけられていた結婚の呪いだったんですよね。
そんな呪いを解いてくれたのが、社会学者の山田雅宏さんが解かれた婚活という言葉だったんですよ。
段階世代の親の時代とは全く違ってですね、もう今のこの日本社会では就職活動のように積極的に結婚するために活動しないと結婚できないという時代になっていたんですよね。
とどめが2011年の東日本大震災でした。
私が当時住んで仕事をしていた地方都市はかなりの揺れでした。
仕事中に大きくて長い地震を経験して、職場のテレビにものすごい津波の状況が映っていて、一段落した時点で一人暮らししていた当時のアパートに戻ったんですけれども、
室内はめちゃくちゃになっていたんですよね。
その地域は結核停電がなされていたので、本当に暗くてですね、寒い部屋で過ごすことになってしまったんですね。
その時初めてですね、もう生きていくのに本当に必要なものなんて実はそんなになかったんだなってやっと気づいたんですよ。
雨風しのげる家と飲むものと食べるものと、そしてもう一つがこういう大変な時に支え合って生きていける人。
教会の結婚式で神父さんが読み上げる誓いの言葉が有名なのがあるじゃないですか。
辞める時も健やかなる時も悲しみの時も喜びの時も貧しい時も止める時も愛して助け合って慰めて敬って命ある限り心を尽くす。
そんな人生のパートナーを本当心の底からね欲したんですよね。
これからの長い人生一緒に自分たちの家族を築いていける人。
それはどういう人かなってイメージした時に、いわゆる参考ですか?
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イケメンで背が高くて収入があって学歴が高いでしたっけね。
そういうことじゃないってことははっきりわかりましたね。
例えるなら私は行き先の違う電車に乗ってしまっていて途中であれ違うなって気づきながらもなかなか降りられなかったんですよね。
でももう降りようとこれは違う電車だっていうことできっぱり降りましてですね。
自分が行くべき方へ向かってくれる電車をしっかりもう一度探し直すと乗り直すというふうに決めました。
不謹慎かもしれませんけれども東日本大震災の翌週から私はもう婚活を盲然と始めたわけです。
細かい婚活のプロセスはここでは詳細は省きまして
現在の夫とはヤフーおみやいというアプリで知り合いました。
当時はですねまだまだアプリでそういう結婚婚活っていうのは始まったばかりのサービスで
私もねネットで出会い大丈夫なのかなってちょっと心配ではありましたね。
そのヤフーおみやいの前に別のサービスでは3、4人とちょっとお会いしたんですけれども
そのヤフーおみやいに移ってからは一人目だったんですよ夫が。
今でもはっきり覚えていますけれども最初にメッセージをくださった時から
もうこの人は違うこの人だなって分かりましたね。
お互いですねその当時は写真も非公開でしたし
本当にお互いのプロフィールとメッセージのアプリ上でのやり取りしかできない状態だったんですね。
でも顔がわからなくても会ったことがなくても私はもうこの人だってはっきりわかったんですよ。
長かった恋愛をやっとの思いで終わらせてですね震災直後で私自身のその神経がものすごい研ぎ澄まされてたんじゃないかと思うんですけれども
だから動物的な直感がものすごかったんじゃないかとは思いますけれども
すぐに会いましょうということになりましてですね
ただ今の夫である当時ちょっと離れていたんですよ違う県に住んでいたのでお互いに
ちょっと中間地点で初めてお見合いをしたわけですけれども
もうね確信したわけですね
ただあまりに良すぎちゃったんですよね
でちょっとおかしいなとそんなうまい話あるかなとかなり私も疑心暗鬼というか怪しいなと思っちゃいまして
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いろいろねほりはほり聞かせていただきましたね
どうしてこの年齢になるまであなたのような方が結婚できずに余っていたのかというようなことですよね
知りたいのは
私の男バージョンだったんですよ私の逆バージョン
長くお付き合いをしていた方が女性がいたんだけれども
お互いに目指すところが違っていたということでお別れをしたということだったんですよね
本当に結婚は縁とかタイミングだって言いますけれども
本当そうなんでしょうね
私としては運命だったとしか思えませんし
結婚して10年以上になりますけれども
今でもですね本当に夫との出会いにも感謝しかないですよね
人間ってやっぱり社会的な動物だと思うんですよ
誰でも何らかのコミュニティを求めていて
自分の居場所と思える場所があって初めて
安心して飲んだり食べたり寝たりできるんじゃないかなと
人は一人じゃ生きていけないから家族を作るんじゃないかなと
もちろんその家族っていうのは別にね
男女のペアである必要は全くないと思うんです
私自身もし今の夫と出会ってね結婚していなかったら
おそらく別の形の疑似家族って言うんでしょうか
例えば同じ年齢ぐらいの同じように
独身同士の女性同士で気が合う人を見つけて一緒に暮らすですとか
とにかく何かあった時にお互いに信頼し合って支え合える相手仲間
そういうコミュニティみたいなのを多分求めて作っていたんじゃないかなと思うんですよ
というわけで私自身は結婚によって自分自身の人生の基盤
地盤みたいなのがやっと得られたという感覚がありまして
ここから新たな第二の人生が始まったっていう感覚ですね
人生の第一章が親の結婚の呪いに侵されている人生があったとしたら
第二章はその呪いから解けて自分で家族を作って
自分たちで新しい人生を歩んでいくというステージに入っていけたということになりますかね
ちょっとここまででまた15分近くになってしまいましたので
この辺で私のどうでもいい結婚のお話は終わりにさせていただきまして
この続きパート3をやるかどうかちょっと迷っているところではありますが
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ちょっと前の2回前ですね第44回でしたか
でちょっとですねあまりにも酷い放送を
怒り狂ったおばちゃんの放送をしてしまったので
それを挽回するというか
するために一生懸命このように私自身の話をしてみました
こんな私自身の話を2回もしたところで
焼石に水という気もしますけれども
お聞きくださりありがとうございました
また次回お会いしましょう
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