新シリーズでは、誰もが一度は耳にしたことがある超大物科学者の「ルイ・パスツール」をご紹介します。
第一回では、激動のフランス革命期を生き抜いたパスツール家の歴史を紐解きます。 貧しい農奴(奴隷身分)から自力で自由を勝ち取った曽祖父、ナポレオン戦争の激戦地を生き抜き最高勲章を授けられた父。
ワインと革なめしの匂いが染みつく街アルボアで、父から愛国心を受け継ぎ育った少年ルイは、実は学校では「どんくさい生徒」と思われていた? そんな彼が10代のときに見出された「意外な才能」とは。天才の圧倒的な集中力と観察眼のルーツに迫ります。
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生命科学の冒険者
ようこそ、生命科学の冒険者へ。
プレゼンターのあきです。
アシスタントのとみーです。
この番組では、生命科学における画期的なブレイクスルーを成し遂げた偉大な研究者たちの人生と、その背後にあるドラマをお届けします。
はい、ありがとうございます。ということでですね、また新シリーズになりました。
久しぶりにこの最初の文面を読んでもらったんですけれども、最近なかなかの研究者の人生に触れるようなシリーズをやってなかったので、今回久しぶりにやらせていただくというところでですね。
これ、とみーからも依頼があったんですけれども、今回取り上げたいのはパッスールになります。
パッスールなんですけれども、フランスの偉大な化学者なんですね。
それで生命科学の方でもかなりすごい発見をした方という形になります。
パッスールというふうに聞かれて、名前は聞いたことあるなという人は多いと思うんですけれども、
例えばとみちゃんだったら、どんなパッスールに対してイメージを持ってますか?
なんか、お料理の発酵の本とかに名前が出てきたりするんだよね。
なるほど、たぶんパスチャライゼーションとかパスチャライズド、低温殺菌の概念で出てくるんじゃない?
たぶんそう。
発酵を止めるっていうところかな。
とかで出てきたのかなっていうのと、化学系の話じゃなくてお料理の本に出てきたのと、
あとはこの番組をやるようになってからパッスール研究所の人いっぱい出てくるじゃん。
出てきますね。
誰やねんと思ってたというところですね。
なるほど、ありがとうございます。
たぶんそんな形でいろいろとあちこちで、僕のポッドキャストを手伝ってもらっているおかげで
パッスールを耳にすることが多くなって気になってくれたのかなというところで、
僕もちょうどいい機会だったので、パッスールについて改めて調べ直してみました。
パッスールなんですけれども、彼はおよそ150年前に活躍したフランス人の化学者になります。
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生命科学のほうで大きな功績があるんだけれども、最初は化学のほうで頭殻を表して、
それから生命科学のほうにも入ってきたような、そういった方になります。
幼少期の頃はフランス革命の時期というような形で、ヨーロッパが大荒れの時期でした。
王政の時代から、一般市民の代表者が政治を行うというような変革が起こって、
また王政に戻ったりとか、今度はナポレオンが出てきたりとか、
フランスやヨーロッパがぐちゃぐちゃの時代になります。
大体日本の幕末のあたりにもなりますので、
パッスールがなくなるぐらいの手前ぐらいの時には、
以前紹介させていただきました北里柴桜なんかも会いに行ってますので、
そんな若き日の北里柴桜が老人のパッスールに会っているというような形の時代の方になります。
ガラッと世界が科学の力を使って変わっていくような、
そういった時代だったのかなというところですね。
さっき話題に挙げましたけれども、彼が非常に身近な発見としては、
牛乳パックとかにパスチャライズド、低温殺菌とかいうような文言が書かれているのを見たことがある方も多いんじゃないかなと思うんですけれども、
これはパッスールが発見した方法なんですけれども、
食品の風味を飛ばさずに、かつ食品を腐敗させてしまう菌だけを殺す技術ということで、
パッスツールという名前と、それから最後にizeって付けて、
これが動詞化するための設備字になるんですけれども、
日本語で直訳するとパッスツールするっていう意味ですね。
これが低温殺菌の言葉として今使われているという形になります。
後ほど紹介しますけれども、そもそも彼はワインの風味を飛ばさずに発酵を止めて、
ワインが腐らない、酸っぱくならないようにするという技術を開発した人でもあります。
それが今現在牛乳とかにも応用されているということですね。
あと、怪我をしたら傷口を消毒するとか、感染症を防ぐためにワクチンを打つとか、
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こういったのもパッスツールの発見が元になっています。
手術をするお医者さん、当時は手を洗わずに手術するというのが当たり前でしたので、
半分はその後の感染症でなくなるという形でした。
それに対してパッスツールは、傷口から病原菌が入り込んで、
それが感染症を起こすんだということを見抜きまして、
いろいろなお医者さん、外科医に手術の前には手を洗えとか、
手術剤は清潔にしろとか、そういうのをうるさく言ってもらった人でもあります。
なので、化け学者ですので、医者からは嫌われまして、
医者に対して医者でもない奴が何を偉そうに言っているんだ、みたいな感じで、
結構反発もあったみたいです。
なんですが、確かにそれをすると、
感染してなくなる方、手術の後の傷口が生んでなくなるという方が非常に減りましたので、
そうなんだなという形で、だんだん世の中に認められていったりということでもありました。
そんな感じで、清潔で感染症が死ぬ人が少なくしてくれた人ということでもあります。
パスする以前までは、人類は最近の正体をほとんど知らなかったというのが、
そういう時代の転換を起こしてくれた人という形になります。
彼は、医学と科学の歴史の中で微生物というものに対して光を当てて、
それでいろいろな科学を発展させた天才というような形になります。
パスツールのルーツをまずご紹介したいと思います。
まず、グググッとパスツールが出てくる前の時代、フランスの世の中を紹介したいと思います。
パスツールの祖祖父の時代、ひいおじいちゃんの時代の話をさせていただきたいと思います。
これが1760年代になります。
今から260年ほど前なんですけれども、
フランスは、いわゆるアンシャンレジームという旧体制の状態で、
王様がいて貴族がいてという厳しい身分制度の中にありました。
当時のフランスは、土地に縛られて貴族の所有物として一生ただ働きをさせられる農民の奴隷というふうに書きます。
ただただ農作業だけをずっとして一生生きていくという人たちが一般市民でした。
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パスツールのひいおじいちゃんはまさにその能動のお一人だったということです。
ただ、ひいおじいちゃんは諦めない、この苦境を出してやろうという野望を持った人でもありました。
そして必死にお金を貯めて、1763年に地主の貴族から自分と家族の自由を買い取ることに成功いたします。
当時フランスはイギリスとの7年戦争に負けて、
この7年戦争というのは、イギリスとフランスで世界中で植民地の分取り合戦をしていたのですが、
フランスが持っていた海外の植民地、カナダ、アメリカ、インドなどの植民地がこれに負けることによってイギリスに奪われてしまって借金まみれの状態になっていました。
ですので、貴族たちは非常にお金に困っていて、農道の人たちはお金さえ払えば自由が得られるという仕組みが出来上がっていた時でした。
それ以前は、そもそもお金を払ったりしても自由なんかなれるわけないじゃん、みたいな感じだったのですが、
貴族がそもそも金に困っていたという状態がありました。
自由の実になったひいおじいさんは、家族を養うために今度は農業の仕事はできなくなりますので、何か仕事をしないといけないということで、
新しく始めた仕事が、動物の皮をなめすレザー工場の職人になります。
農道だった方が解放されてからなれる職業としては、きつい汚い危険の産経職業しかなかったみたいですが、
特に皮なめしは動物の死体を取り扱わないといけないとか、
臭いとか動物が非常に重いので肉体労働も大変だと、
危険な薬品も使うということで嫌われた職業でもありました。
ただ皮は非常に重要視された製品だったので、どうしても必要な職業ということで、
農道の人たちが解放されてからなれるのが皮なめし職人というのが一つあったようです。
ひいおじいさんは一生懸命働いて、それなりの財産も築いていくような形になりました。
皮なめしの技術は息子たちに伝えられ、パスツールのお父さんであるひいおじいさんから見ると孫のジョセフさんも
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その技術を引き継いで皮職人になっていきます。
そんな中、1789年、フランス革命が勃発します。
イギリスとも7年戦争で負けた後の世界で、戦争の借金返済のためにフランスは非常に重税が稼いでいました。
このあたり古典ラジオとか聞いてもらったらわかるかなと思うんですけれども
重税というとどれぐらいの税金かというと、収入の90%が税金で取られるみたいな、そんな世界ですね。
さらに税金を課そうとして、空気にまで税金をかけると言われた時代になります。
そんな無茶苦茶な状態で、庶民は全然生活が立ち行かなくなりますので、民衆たちは非常に怒りを持っておりました。
それがこのフランス革命を呼び起こして、法権制度が崩壊するということになります。
1793年の1月、ルイ16世がギロチンにかけられて、さらに同じ年の10月には王妃のマリー・アンターネットもまたギロチンにかけられて死刑になるというような形になります。
これがヨーロッパの周りの王国がこれに対して恐怖したわけですね。
自分たちの国も民衆が立ち上がって自分たちの立場が危うくなるかもしれないということで、フランスの民主制をぶっ潰せということで、フランスは周りの国々全てを敵に回すような状態になります。
そんな中でフランスの救世主として立ち上がった大天才がナポレオンになります。
ナポレオンは1799年にフランスの実権を握りますと、今度1804年には皇帝の座に就くという形で、政治が王政から市民のものになったんですけれども、なぜかそこから皇帝が出現するというような形になりまして、
ナポレオンは戦争の天才なのでヨーロッパ全土で戦争を巻き起こしまして、ヨーロッパをほぼ統一するような形になります。
どこもかしこも打ち負かしたみたいな感じですよね。
その中で徴兵制を敷きます。とにかく兵士が必要ですので徴兵を敷いたという形になります。
この国家の強制徴兵によりまして、パッスルルのお父さんジャン・ジョセフは川南職人から兵士へと変わります。
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徴兵された彼はナポレオン戦争の中でも最もしんどい戦場に送られます。
それがスペイン戦線になりますけれども、1812年から始まったこの戦いの中で、
初めてスペインの兵隊たちはゲリラ戦というのをやります。
とにかく見えない中待ち伏せをして、それでフランス兵に襲いかかってパッと切り上げるという形の戦いになります。
この中でジャン・ジョセフは襲われる側の兵隊だったわけですけれども、
スペイン北部の山岳地帯の中に潜むゲリラの指導者たちを討伐するというような任務が課せられるのですが、
やはりゲリラ戦でどんどん仲間が倒されていく。激しい上にも遭うという中で黙々と義務を果たしまして、どんどん出世をしていきます。
という形で泥沼の中で戦いを続けるわけですが、
1814年、ナポレオの衰退とともに、ロシア、オーストリア、プロイセンなど当時の強国です。
この連合軍を迎え撃つために、スペイン戦線で活躍したジャン・ジョセフたちはフランスの本土防衛に回されます。
フランスのシャンパーニ地方のサン・ディジエという場所で戦いをするという形になります。
この戦いでは味方の部隊がほぼ全滅して、お父さんを含む最終的には200人ぐらいしか残ることができなかったという大変な激戦を戦ったみたいです。
ここでお父さんが亡くなっていたら、もちろんパスツールもいなかったのかなというところです。
この死に物狂いの防衛戦の中で、ジャン・ジョセフはかなり活躍をしたようで、ナポレオ本人からも功績を与えられておりまして、
どんどん昇進しまして、フランスの最高の栄誉であるレジオン・ドヌール勲将というのを授与されたそうです。
本当に祖父・祖父の時代には能度だった家庭がですね、勲将を抱くほどのことになったということですね。
という形で戦場で一旗揚げてですね、非常にいい立場になったのかなというところになります。
ただですね、当然歴史が知るようにナポレオンは負けます。
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なので、ナポレオンを失った後のフランスというのは、また今度処刑されたルイ16世の弟がですね、呼び戻されて王政にまた戻るという王政復興が起こるんですね。
で、パスツールのお父さんはですね、ナポレオンの優秀な兵士として勲章まで授けられた人ですけれども、故郷の町サランという場所にですね、帰ることになります。
そこでですね、また河南氏諸君に戻りましたよという形ですね。
で、その時にパスツールのお母さんとなるジャンヌ・ロキと出会いまして、結婚してドールという場所に移り住みます。
1822年になりますけれども、ジャンとジャンヌの間にはですね、すぐに子供が生まれたんですけれども、生後数ヶ月で亡くなってしまうんですね。
1822年がパスツールが生まれた年なので、それより前の話ですね。
1818年に二人目の娘さんが生まれまして、それから4年後の1822年の12月27日にルイ・パスツールが生まれます。
上の一人目は亡くなって、お姉さんがいてパスツールが生まれたと。
で、後に二人妹が生まれてですね、一人の姉と二人の妹の4人兄弟のですね、二番目の長男という形で、当時はなかなかこう男尊女卑な社会なので、
家族の中でですね、唯一の男の子ということで非常に大事にされて育っていったそうです。
ルイ・パスツールがですね、4歳になった1826年ですね。
一家はですね、ルイのお母さんのほう、ルイ・パスツールのおばあさんですね、母方のおばあさんと一緒に暮らすためにこの住み慣れたドールから離れてですね、
マリノという小さな村へと移り住んで、さらにですね、また近くのですね、アルボアという町に移り住むことになります。
で、アルボアはですね、フランスでも有名なですね、ワインのですね、名産地として知られる場所なんですけれども、
お父さんはですね、ここに川の古城、川なめしの古城をですね、置きまして、それで生を出したということで、
ルイはですね、この町でですね、ワインの香りとあと川なめしの匂いが混ざり合う環境の中で少年時代を過ごすということで、
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なんかこの匂いがですね、とにかく懐かしい匂いだということでですね、本人はとても忘れられない良い思い出だったようです。
で、お父さんはですね、毎晩のようにですね、戦争時代の話をルイたちに聞かせたみたいですね。
なので、ルイ・パスツール自身はですね、非常にナポレオンとかを尊敬していたみたいですし、
あとフランスに対しての愛国心ですね、これが非常に育ったそうですね。
あとですね、ここから徐々に成長していくわけなんですけれども、
アルバーの町でですね、育ったルイなんですけれども、
学校ではですね、決して天才と呼ばれるような、頭がいいというような子供では最初はなかったみたいですね。
で、教科書をですね、じっくりと時間をかけて読むとか、非常に慎重でもの静かなですね、生徒だったそうです。
なので、先生たちからちょっと少し鈍臭い生徒だなぁみたいな感じで思われてたそうなんですね。
なんですけれども、そんなルイがですね、10代前半の時にですね、
周囲の大人たちをですね、あっと言わせるですね、驚異的な才能を発揮いたします。
それがですね、パステル画だったんですね。
で、ルイが描いたですね、パステル画っていうのは今でも残ってまして、
それがですね、少年が描いたと思えないぐらい非常に緻密な、正確なですね、絵になりまして、
自分の両親とかですね、あと姉妹とか、あるいは近所の人々の肖像画をですね、パステルでいっぱい描いたみたいですね。
本当にすごい、これが少年が描いた絵なのかというぐらいですね、なかなかの緻密な絵を描いております。
同時代のですね、有名な画家で、フランスの有名な画家のですね、ジャン・レオン・ジェロームが残した言葉なんですけれども、
彼がですね、科学の道に進んでくれて、私たちはとても本当にラッキーだったと。
もし彼が絵の世界に残っていたなら、私たちはとんでもなく恐ろしいライバルを相手にすることになっていたよというふうに、
彼の少年時代の絵を見て絶賛していたそうです。
本当に科学者になってありがとうみたいな感じですよね。
という形で、すごい絵の才能を持っていたということですね。
たぶんその後、生物学者になってから顕微鏡を除いて、生物学者というか化け学者になってからですね、
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すごい観察眼を発揮することになるんですけれども、そういったものを細かく緻密に見る目っていうのはですね、
おそらくこの頃から持っていたという、彼のすごい才能の一つなのかなというふうに思います。
はい。
ルイが15歳ぐらいになった時に、地元の学校の校長先生が、
彼の並み外れた集中力と才能を見抜いて、父親に診言をします。
ルイをこの田舎で終わらせてはいけないよと、フランスの最高学府であるパリの高等師範学校、
エコールノルマルというところらしいんですけれども、そこに入れさせるべきだというふうに診言してくれます。
なかなか15歳ぐらいになった頃には非常に集中力のある子だということ、
それから勉強もかなりできるようになってきていたのかなと思います。
それでこういうふうな診言をしてくれたそうなんですね。
それでルイはパリに15歳で出向くことになります。
というところで、とりあえずここまででルイパスツールの1回目を終わりたいと思います。
ということでありがとうございました。
ありがとうございました。
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