前回、5年越しでカイコの病気と格闘し、フランスの養蚕業を救ったパスツール。皇帝ナポレオン3世は終身上院議員の勅令に署名までしましたが、それが公表されることは二度とありませんでした。わずか数日後、フランスとプロイセンの間に「普仏戦争」の火蓋が切られたからです。
18歳の一人息子ジャン=バティストは、東部方面軍に志願入隊。47歳・半身不随の父パスツールにできることは、戦況をただ聞くことだけでした。戦況はやがてフランスにとって悲惨なものとなり、セダンの戦いで皇帝ナポレオン3世は捕虜に。パスツールを終身上院議員に任命したはずの帝国は、わずか数日で崩壊してしまいます。
戦火はパスツール個人にも牙を剥きます。名誉あるドイツ・ボン大学の博士号はみずから送り返し、化学者として、そして一人の夫として歩み始めた思い出の地ストラスブールは、講和条約により異国の領土となってしまいました。
そして極めつけは、行方の分からない息子を探して、雪の中を最後の一台の馬車で走らせた家族の物語。栄光の絶頂にいたはずのパスツールは、わずか10か月ですべてを失ってしまったかのようでした。
【今回のハイライト】
・皇帝が用意した「終身上院議員」の勅令、ついに公表されなかった理由
・18歳の息子は従軍、47歳・半身不随の父にできた”たったひとつのこと”
・セダンの戦いと帝国崩壊――一夜で消えた皇帝の地位
・ドイツの名誉博士号を送り返した男
・吹雪の中、最後の馬車で敗走する息子を探しに
・ドイツへ復讐したいパスツールが、次にとった意外な一手とは
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サマリー
普仏戦争により、パスツールの人生は激変しました。皇帝ナポレオン3世からの終身上院議員の任命は公表されず、18歳の息子は従軍。セダンの戦いで皇帝は捕虜となり帝国は崩壊。パスツールはドイツのボン大学から贈られた名誉博士号を返送し、思い出の地ストラスブールはドイツ領となりました。息子を探して雪の中を駆け巡るなど、わずか10か月で多くを失いましたが、パスツールはドイツへの復讐としてビール醸造の研究に着手し、低温殺菌法を応用しました。