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2005-05-27 15:25:00

S1E31 ポッドキャストは著作物じゃない

前回の続きです。

前半部分は以前の「クリエイティブ・コモンズの派生禁止作品のBGM使用」の回と内容が被ってますねぇ。なんか申し訳ないです。

クリエイティブ・コモンズの派生禁止ライセンスと著作権のことです。

  • My Mix Juice / kuss
  • Slow / Wilneida
  • all I need your love / cranberry

翻案権と同一性保持権

アーティストの楽曲の上でだらだらと喋るのは、楽曲の改変になるのじゃないか。クリエイティブ・コモンズの派生禁止が条件になった作品はライセンス違反になるんじゃないか。

もしかしたら、著作者人格権のほうをイメージしているのかもしれないですね。

著作権の中で「改変」というものは2つあります。

翻案権と同一性保持権です。

著作権法というのは知的財産法のひとつで、著作者の「財産」を守る法律です。狭義にはこのことですが、広義では著作者の「心」を守る著作者人格権を含みます。

もしかしたら、改変になるというのは心情的な意味で著作者人格権に配慮してのことかもしれないですね。

でも、国際的には著作者人格権ってのは十分に足並みが揃ってないので、クリエイティブ・コモンズでは著作者人格権までは含まず、「財産」を守る狭義の著作権の中での翻案権について取り扱っているんじゃないでしょうか。

(同一性保持権) 第20条 著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。著作権法
(翻訳権、翻案権等) 第27条 著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。著作権法

著作権法上のポッドキャストと動画

以前にも、ポッドキャストでバックにBGMを流すのは、翻案には当たらず編集著作物になるので問題はないだろうとしながらも、でも動画だとマズいかもしれないと言ったことがありますが、補足です。

実は動画になると著作権法の扱いは「映画の著作物」になってしまいます。映画と似たような効果のものはすべて「映画の著作物」のようで、テレビCMや番組から、ネット上の動画もそうですね。

この「映画の著作物」になると、著作権が厳しくなる。これはハリウッドのせいだと言えるんですが、かなり特殊な感じ。

それに、ポッドキャストと動画には著作権法上で大きな違いがある。

著作物には4つあります。
一般の著作物のほか、二次的著作物と編集著作物とデータベースの著作物。

で、ポッドキャストは一般の著作物にならないと考えられます。たとえば、喋りだけの場合。そのMP3ファイルは著作物じゃない。

だいたい、著作物とは形のない無体物を守るもの。形あるものなら所有権で守れるが、守れないんで作られたもの。MP3ファイルとなったポッドキャストは著作物を固定したもの。著作物は中身。この場合「言語」だ。

ただし、映画の著作物は例外で、固定されたものが著作物となる。

けれど、固定カメラの映像とか、ただ景色をずーっと撮っただけのものは創作性がないので著作物にはならない。鍵は創作性があるかないかだ。

それだけで著作物にならないポッドキャスト。それだけで著作物になる映像。

だから、映像のバックで楽曲を流すのはマズい時があるわけだ。創作性のある映像の時はダメなときがある。楽曲とシンクロしちゃったら完全にダメだ。

ポッドキャストも音楽的にシンクロしたらダメだ。それは曲になってしまう。

で、クリエイティブ・コモンズのライセンスでもそのことは考慮して、誤解を避けるためにと付け加え、音楽と同調して映像を載せるのは、ライセンス上は二次的著作物に含むものとしている。本当はグレーだが、念のためといった感じで。

さて、ポッドキャストはそれだけで著作物にならない。喋りだけなら。その喋り手の言語が著作物なだけ。けど、ジングルを入れたり、曲を流したり構成を考えたり、創作性があるじゃないか、と言える。

けど、それはパーツパーツに著作者がいるはず。その著作物の寄せ集めだ。それを編集して集めただけ。まあ、素材の選択や配列の仕方(重ねるも含めて)、構成などで創作性がないとは言えない。まあ、それは編集著作物だな。

ということになるものと考えられるわけです。と思います。

00:08
こんにちは、My cup of teaのポトフです。
前回の放送は長くなったので、途中で切りまして、また始めたいと思います。
ということで、まず曲を流してますのが、ガレージバンドユーザーズクラブの方からですね。
マイミックスジュースという曲です。
このようにね、曲の上でダラダラと喋っている、このような感じがですね、作品の改編となって、これが二次的作品となるかどうかというところなんですけども。
改編ということでね、ライセンスの条約文でも、音を重ねたりしての改編はダメです、ということは書いてあるんですけども。
これはね、物理的にね、手を加えて改編するということじゃなくてですね、これは法律的なところでの改編というところで、
手を加えて、例えば音を重ねるなんかの手を加えて、全く別のね、オリジナルものと別のものと区別される作品を作り上げることを改編して、二次的作品を作るということになりますね。
この時、注意しなきゃいけないのは、全くオリジナルものと別のものの別個たる作品で、そこに創作性が付け加えられているというものでないと二次的作物とは言われないですね。
しかも改編というからには、オリジナルの作品のエッセンスというんですかね、物がちゃんと認められた上でまた別のものに仕上がっているというものじゃないと二次的著作物とは呼ばれません。
こういった音を重ねると、バックの服でね、オリジナルの作品はもちろんエッセンスというかままなんでね、分かりますけども、これにこうやって声をだらだら重ねているのが創作性があって二次的作物になるのかというのはどうなんでしょうか。
一つですね、例えば音楽を後ろに流さずに、こうやってMP3ファイルで喋った内容、これは著作権で守られるかというと、厳密には著作隣接権で守られます、MP3ファイルはですね。
オリジナルの著作権、一次的著作物として守られるのは、喋っている言語のみです。
03:03
これがなぜ著作隣接権で守られるのかというと、この喋っている自分が実演者として著作隣接権で守られるということになっています。
行くとね、バックに音楽があったMP3ファイルはバックの音楽を流して、著作物となる言葉を喋ったファイルを上に重ねただけで創作性があるのかどうか。
もし創作性が過労してあって、二次的著作物だとして、どこからどこまでが作品の長さかというところですね。
例えば曲の前半部分だけにかかったという場合は、じゃあそのバックの曲の長さの部分が二次的に新しくできた作品なのか。
これが載っている部分だけが二次的著作物なのか。
そういう区別がどこからどこまでなのかというのがわからないですよね。
これってね、音をシンクロさせて載せるかどうかっていうと、どうなんでしょう。
僕はこの辺で二次的著作物とは思わずに、ただ編集作業で載せただけでは編集著作物だという風に区別しているんですが、どうでしょう。
ここなんでここまでこだわるのかっていうのは前回にも言ったようにですね。
これね、もうどっちがどっちかわからないと。
もう二次的著作物か編集著作物か要はわからん。
だから使うのはやめとこうとなるとね、アーティストがせっかく広められるチャンスなのにそれを失ってしまうんじゃないかなと。
どうなんでしょうね。
曲っていうのはね、一回聴いただけでなかなかいい曲って認められる時もあるんですけども、やっぱり繰り返し聴くことによってその曲の良さが伝わるっていうことはあると思うんでね。
僕としては、例えばこの僕の中で放送の中で何回か流すよりも、どんどんどんどんいろんなポッドキャストなんかで使われて、
この曲向こうでも使われてたなっていうのが増えていくといいなと思ってるんですよ。
そういうのがどんどんどんどん増えていってほしいなと思うんですよね。
ここでちょっと思ったんですけども、
クリエイティブ・コモンズのライセンスにおいて、この派生禁止ですね、ノーデリブスではですね、改編というもの、音を重ねる等の変形とかですね、改編っていうものは、
06:04
あくまで二次的著作物を作る上での改編、デリバティブ・ワークというものを作る改編ということに対して制限をしているわけなんですけども、
これもしかしたら皆さんが勝手に曲の上に言葉を乗っけて出したら、それは制作者が嫌がるだろうというような部分の改編っていうのは、これは著作権の中でね、
これは著作権っていうのはね、もともとは知的財産法の中の一つで、著作者の財産を守るための財産権の一つなんですよね。
クレリブ・コモンズの中では財産権の一つの主体の法案権っていうものがあるんですけども、それが二次的著作物を作ることを許す権利ですね。
これは許すときにライセンス料を取るとかいうものの権利を守るために設けられたものの財産権ですね。
これに言及しているはずなんですよ。ただ皆さんがおっしゃっているのは、もしかしたら著作権の中でその第三権と区別されてもともと一つ設けられている、著作者人格権と呼ばれるもの、これを持っているんじゃないかなと思うんですよ。
著作者人格権っていうのもですね、これはアメリカよりも日本の方が進んでた部分がありまして、著作者の財産じゃなくて心を守る権利ですね。
そして著作者人格権っていうのがあるのかというとですね、名前の表示を勝手に変えられない権利とかですね、改編されない権利とかですね、そういうのがありまして、
そこで言う改編っていうのはですね、例えば小説なんかのですね、結末を勝手に変えられるとかですね、絵画とかの色使いを勝手に変えられるとかですね、そういうものが例に挙げられています。
音楽で言っても、そういう意味で発表する場で勝手に声が乗ったら単純に嫌だろうと、そういう意味での改編ですね。
09:02
そのことを言ってるんじゃないかなと思うんですけども、クリエイティブ・コモンズではそこまでは多分言ってません。
どちらかと言っては本案権ですね、財産権の中の著作物を作る本案権について言ってるはずなんで、皆さんが思ってるのはちょっと考えすぎというか、それがまた違う権利ですよということですね。
逆に言うと、クリエイティブ・コモンズなんかで言うと、ちゃんとライセンスに従っていれば、その著作者の人格権というのは行使しませんよということになってます。
なぜかというと、著作者人格権の同一性保持権というのが改編されない権利というのは、その辺が客観的な判断基準がないんですよね。
だから、著作者がそんなのは嫌だって言ったら大抵認められちゃう部分があるんで、特に国際観で言うと、相手の国籍によってただ単にそれは嫌だ、そんな使われ方は嫌だって言うことができちゃうんですよね。
なので、そこを含めちゃうと、アメリカが結構反対してるんですけども、国際的にそれを適用するのね、嫌われ者のところがあるんで。
アメリカは逆に国際的なところでは含めたくないっていうのを言ってるぐらいのものなんで、多分それはクリエイティブ・コモンズでは言われていません。
クリエイターの心理的な部分でこんな改編のされ方は嫌だっていう部分は、この場合は当たらないはずです。
この場合はどちらかと言えば、前提的に日的著作物を作る上での改編っていうことなので、その辺は皆さんも注意してください。
そういうところの使い方で間違いないと思いますので、そういう使い方であれば日的作品を作るわけでなければ、バッグに流すっていうのは構わないと思います。
ただ、映像の場合でいくとこれがちょっと判断が難しくなりますので気を付けてほしいんですが、ポッドキャストであれば比較的簡単なんじゃないかなと思います。
またちょっと長くなってしまいましたが、最後にまた一曲流しますね。
こちら。ガレージバンドユーダーズクラブから一曲。
12:01
イントロの入り方と後から歌が入ってくるんですけど、イントロのイメージとちょっと違う歌が入ってきて、そのギャップが結構心地よかったりする曲です。
クランベリーでAll I Need Is Your Loveという曲を流してお別れしたいと思います。
では、さよなら。ポッドキャストでした。
ポッドキャストの歌を聴いてみましょう。
ポッドキャストの歌を聴いてみましょう。
ポッドキャストの歌を聴いてみましょう。
ポッドキャストの歌を聴いてみましょう。
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ポッドキャストの歌を聴いてみましょう。
15:25:00

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