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下田文代 リーダーズストーリー
こんにちは、RKBアナウンサーの下田文代です。
この番組では、毎週お一人の福岡、そして日本の経済を支えるリーダーたちのこれまでの人生、
そしてこれから開く未来のストーリーを語っていただきます。
今日のお客様です。株式会社西日本新聞社取締役会長柴田建哉さんです。
先週に引き続きよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
西日本新聞社、福岡市一億展示日本社を置かれます。
その源流と呼ばれるのが、この読み方でよろしいでしょうか。
蓄支新報の刊行が1877年。
そうですね、写真にそういうふうに書かれてます。
明治10年で西南戦争に伝えていたと。
付録に戦況地図も付いていたと私読みましたけどね。
そういう時代から続いています。
今、九州で一番読まれている新聞ということですけれども、
今はもう紙媒体がどんどん少なくなって、
SNSでの情報が氾濫しています。
その中での使命というものを改めてお聞かせいただけますか。
紙という媒体で届けられた時代が明らかに変わっているので、
これからそれをどうやってお届けするのかなというのは、
会社の経営としては大きな課題です。
ただ一方でSNSデジタルの情報が、
よく言われるように一人一人がメディアになっちゃったので、
全世界に発信できるし、全世界から情報が届く時代に、
何が本当なのか、みたいなことが情報があふれかえて分からなくなっているので、
こういう時代こそテレビもそうですけれども、
きちっと取材して裏付けのあるような情報を伝えていくという役割が、
めちゃくちゃ重要になっていると思います。
これは本当にそう思っています。
その使命を果たしつつ、多額経営だとか新規事業とか、
そういった取り組みも進んでいらっしゃいますね。
それはそういうふうにメディアが置かれている環境と、
もう全く裏腹なんですよね。
どういうことかというと、取材した記者を要請したり、
取材拠点を置いたり、紙の新聞を印刷したり届けたりするのは、
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やっぱりそれなりの投資が必要で、
昔はそれを紙の新聞を売って、紙の新聞に広告を載せていただくことになっていたんですけど、
それがなかなか厳しくなったと。
となると、報道を支えるためには新たな収益構造がいるでしょうといって、
うちの新聞社でいえば、例えば不動産事業をやったり、
新たな別の会社を買収したりとか、新たなビジネスを取り組もうとか、
いろんなことにまだチャレンジしている最中ですよね。
そのチャレンジってやっぱり必要ですね。
これがないと報道が守れないですね。
若干、我が社のPR的になりますけど、
うち豆腐の移動販売の会社を買収したんですよね。
私が社長になってすぐ。
その時に、相当いろんな人からいろんな反応がありました。
なんで新聞社が豆腐屋なんだと。
厳しく言われた先輩もいたけど、
私は報道を守るためには豆腐も売りますっていうことを、
いろんな場で発言していて、
実際そういうことをしていかないと、
新聞を売るだけじゃとてもまかない。
だからもっともっと必要だと思いますけどね。
あれですよね、我々147年なんですよね。
147年続いたDNAってのは当然守らなきゃならないと思ってるんですけど、
それだけじゃやっぱりダメだと。
劇的に環境が変わってる。
テクノロジーがすごいスピードで進化してて、
AIとかITとか言ってたけど、どんどん病態で変わってるんで、
その時に我々の機能を守ったり育ったりするには、
我々も変わらなきゃならないというのは必須ですよね。
どこの会社もそうですけどね。
まだ変わってる途中かなと思ってますね。
若い時、海外放浪をされたということで、
海外旅行、放浪はさすがに今からはどうでしょう?
僕ですね、大学時代に結果的には留年しちゃったけど、
どうしても海外に行きたいというか放浪したいというので、
半年くらい行って、
それは自分の中でもすごい思い出なんですよね。
思い出だし、楽しかったなというのもあるんで、
もう一回いつの日か行きたいなと思ってますね。
どこに泊まるとか、どこに行くとかということを決めずに、
とりあえず空港からどこかの海外に行って、
行ったらそれからサイコロ振ってどこに行くか決めようみたいな、
そういうのはやっぱりしたいなと。
その頃、夫婦で放浪してる人っていたんでしょうね。
特に海外の人が多かったし、日本人もいたし、
夫婦というかペアでカップルで。
ああやって何ヶ月も気ままに旅してるというのはいいなと。
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今そんな体力があるかどうかわからないですけど、
いつかやってみたいなという思いはありますよ。
うちのカミさんには何も言ってませんけど。
一人で行ってと言われるかもしれないけど。
2025年、最初のリーダーは株式会社西日本新聞社取締役会長、
柴田健也さんでした。ありがとうございました。
どうもありがとうございました。
お相手は下田文夫でした。
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