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2026年1月5日放送 九州電力株式会社 特別顧問 瓜生 道明さん
2026-01-05 10:27

2026年1月5日放送 九州電力株式会社 特別顧問 瓜生 道明さん

瓜生さんは1975年(昭和50年)に九州電力に入社しました。当初の仕事はエンジニアで火力発電所のオペレーターとしての勤務でした。その後経営企画室勤務なども経験し、2012年4月に社長に就任しました。就任時は東日本大震災の影響で原子力発電所はすべて停止、その後再稼働に向けて準備をしていましたが、「やらせメール問題」が発覚、九州電力そのものが厳しい状況に置かれました。しかしその後に着手した経営体質の改革などの立て直しをへて、ついに川内原発(鹿児島県)の国内初の再稼働にこぎ着けました。瓜生さんはその後会長に就任、そして特別顧問になりました。経営の第一線から退いた現在は、福岡に存在する国連居住人間計画・ハビタットの福岡本部協力委員会の会長を務めています。この活動では国外の色々な国での住環境の改善やまちづくりの促進をサポートする活動をしています。また国際NGOオイスカの西日本支部の会長にも就任。オイスカは農業技術の振興を目的としている世界的組織で、早良区にある西日本研修センターは1968年に開設。現在までに28の国や地域などから1500人を超える人材を育成しています。

https://www.kyuden.co.jp/
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リーダーズストーリー。 こんにちは、RKBアナウンサーの下田文代です。
この番組では、毎週お一人の福岡、そして日本の経済を支えるリーダーたちのこれまでの人生、そしてこれから開く未来のストーリーを語っていただきます。
2026年最初のお客様です。 九州電力株式会社特別顧問
ウリュウ・ミチヤキさんです。よろしくお願いいたします。 新しい年を迎えましたけれども、今年どんな気持ちで?
そうですね、いつもあの正月は新しい気持ちになるんですが、年を取ると毎年同じですね。
はい、毎年同じで平穏だったらいいですね。 さてウリュウさんは
1975年、昭和50年に九州電力に入社されたということですね。 技術系だったということですか。どんなお仕事をされてきましたか?
最初はやはり私自身は技術系ですけど機械屋なので、火力発電所のオペレーター、3校体から始まりまして
3校体がある程度卒業して、本店の方でいろんな企画的な新しい発電所をどんなものを作ろうかと。
当時は電源開発が非常に盛んだったので、新しい発電所を作ることの計画が主体になっていました。
そういう仕事、それからシステム開発もやらせていただきまして、いろんな火力のいろいろな運用する時のシミュレーション
そういうプログラム、それから騒音を予測するプログラムとか、そういうプログラム作業も相当やらせていただきましたね。
そして2012年の4月に社長に就任されました。それは入社当時から自分が描いたストーリーでしたか?
基本的にですね、この会社に入ったら役員にはなりたいなと思ってましたが、社長にはなるとは思ってなかったです。
ほう、それはどうしてですか?
多分優秀な人間がいっぱい、人材はいくらでも横にたくさんいましたから、彼らが社長が務まるかなという人はいくらでもいたので、私はワンロブゼムかなと思っていたんですけどね。
その社長に就任された時の環境というのは、社会情勢とか経済、それから会社の状態になる、どういう状態?
一つには、いわゆるやらせメール問題が当時3.11以降発生いたしまして、社会問題になって、非常にお客様と給紙電力の信頼関係が既存していた、損なわれていた。
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それからもう一つは、実は社員の皆さんと経営層との間の信頼関係も既存していた。
ああいう問題を起こすようになった、我々の会社の体質、部門自身それぞれが独立会社みたいな感じで、非常に他の部門に対してあまり批判もしないし、情報も交換しないという、そういう体質も変革化しつつ厳しい時代だったので、
本当にですね、焼け石を拾いに行くような覚悟で、実はもう社長業を始めたのが最初ですね。本当に大変な時代だったんですね。
火中の栗を拾うというよりも、火中のその石、焼けた石を拾いに行くと。
栗は冷えれば食えますけども、石は冷えても食えないんで、本当に努力するしかないなという、そういうような環境だったんですね。
そうした中で社長を受けるという、どんな気持ちで?
先ほど言ったように、本当に私以外に他にいないのかいっぱいいるのかと思って、なんで私を選択したのか、非常に不思議だというか、おかしな感じがしましたけどね。
というのは、私実はその前の年に副社長にもなってしまってたんです。
でもそこで、まず大切にされたこと、あるいは取り組まれたことってどういうことですか?
やはり何と言っても、現場の皆さんとのコミュニケーションが大事だということで。
私は当時54営業所がありましたけど、全ての営業所を自分の足で歩いて、そしてスモールミーティングというか、皆さんと大きな団体で話をすると皆さんご意見が出ないんで、
10人ずつくらいの単位に分けて、皆さんからのいろんな会社に対するご意見だとか要望等をお聞きして、
その中で、今非常にトンネルの先が見えない、トンネルの中にいるような我々だけれども、
ぜひ皆さんの力で頑張って、この九州電力をもう一度再構築しようじゃないかという、それをずっと訴え続けたんですよね。
それと同時に、実は週刊五流通信といって、RKB映画社の皆さんが、うちの会社の社内放送を担当されてますんで、
そこで週に1回火曜日の日に、15分くらい、私が先週、私がやった仕事の内容はこんな、今週はこんなことをやります。
今、我々の会社はどっちの方向に行くのかということを、皆さんにずっとメッセージを流し続けたんです。
これはコミュニケーションの中でも一歩通行の話なんですけどね。
でもそれで、おそらく、だからそれで営業所に回ると、だいたい社長の顔なんて、入社式しか見たことないのが、
いつもチャーナリティビで見てるんで、親近感があって、皆さんいろいろな話をしてくれるようになったんです。
それは全部で153回くらいやりましたね。
中で体験型のものもありませんでしたか?メッセージだけでしたか?
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体験型はありました。どういう、昔山登りしてたじゃないか、そんな話とかもやらせていただきましたけどね。
そうやってメッセージを発信して、トンネルの中に入っている先が見えないとおっしゃいましたが、
どの時点で、ちょっと光を感じたなっていう時期はありましたか?
それは基本的にですね、やっぱり原子力の再稼働が、日本で最初にできそうになったという、あの時点ですね、やっと努力が報われたと思います。
基本的に原子力の再稼働をするにしても、地元の皆さんのご理解がない限りは絶対無理なんですよ。
だからだんだん地元の皆さんとの信頼関係が、少しずつ私たちは出来上がっていっているだろうし、
また社員の皆さんも全て、しかも部門を超えてですね、規制庁に対応するいろんな資料を、
原子力部以外の人間は、その中身はわからないけど、テニファーをまだチェックしようとは、全部チェックしてくれて、
そういう資料を作り上げることにしたんです。
それに日本で最初に、じゃあ先にまず仙台を浮かしてみようという、そういう決定を受けて、
日本で最初に仙台原子力発電所が、2015年ですね、8月に再稼働しました。
もうあれからやっと、一つの会社の手を成してきたな、と私は思っていますね。
鹿児島の仙台原子力発電所ですよね。
もう激務で過ごされてきた6年3ヶ月だと思いますけれども、
ご自身の精神状態とか体力っていうのは、どうですか?保ってましたか?
いや、本当にきつかったですね。
もう、いや、変な話、もう俺は死なないといけないというふうに思ったことがいくらでもありますよ。
もうこれはあかんと思ってですね、もう日知も札知もいかんという、もう非常に厳しかったですね。
しかし、私酒が好きなんで、人間の脳というのは、その時に抜けた記憶というのは、
酒を飲むと、全部人が死んでしまいますから、忘れるのが早いんですよ。
いろいろともう非常に苦しい目に遭った時には、さっさと酒を飲んで忘れるようにしてました。
そう思いますと、お性格としてはその寝墓っていうのが昭和の言い方で、
令和で言うと陽キャっていうか、陽気なキャラクターっていう、陽キャっていう言い方しますけど、陽キャですかね?
まあ、たぶん目は明るいんだろうと思いますけども、ただ当時その知ってる人から私言われたんですけどね、
昔は本当に厳しい顔してたと。
最近、やっと笑いが見えるようになったね、と言うような、当時は笑う余裕はたぶんなかったと思います。
そうですか。今、お会いすると、笑顔で陽キャなウリュウさんっていう感じがしますけれどもね。
そして去年の6月から特別顧問も務められていて、忙しい社長会長時代を経て、
地域貢献ですけども、世界に貢献する活動を行っていらっしゃいますので、
来週また、ハビタット、国連人間居住計画での活動などについて伺いますので、来週もお願いいたします。
今週のリーダーは、九州電力株式会社特別顧問、ウリュウ道明さんでした。ありがとうございました。
09:03
お相手は下田文夫でした。それではまた。
アップル、スポティファイ、アマゾン、ラジコなど、各種音声プラットフォームで配信中。
4649、よろしく!
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