白寿生科学研究所の概要と社名の由来
下田文代 リーダーズストーリー
こんにちは、RKBアナウンサーの下田文代です。 この番組では、毎週お一人の
福岡、そして日本の経済を支えるリーダーたちの これまでの人生、そしてこれから開く未来のストーリーを語っていただきます。
今日のお客様です。 株式会社白寿生科学研究所代表取締役社長 原 浩之)さんです。
ようこそお越しくださいました。 どうぞよろしくお願いします。
この白寿生科学研究所、これは本業としては、事業の柱としてはどういうことになるんでしょうか。
事業登録的にはですね、医療機器の製造業という形を取っております。
社名の由来というのはどういうところにあるんでしょうか。
創業は100年を超えているんですけれども、拠人化を取ったのが昭和38年でして、その翌年の昭和39年に法人なりしたという流れがあるんですけれども、
その頃の多分日本人の平均寿命は60代だったと思うんですね。
考えていただくと奈美平さんの設定が54歳じゃないですか。
55歳で引退して、60歳過ぎで亡くなって、あの時代に白寿まで長生きできればいいなという思いの中で、
白寿99歳のお祝いの年まで生きることを科学する。
なので名前を付けさせていただいたようです。
そうですね、今となっては人生100年時代となりましたけどね。
だから今はね、健康寿命白寿生科学研究所名前変えたいんですけど、
もうね、わけわからないし、インボイスもかけないし、覚えられないんで、
でも目標としては健康寿命をどうやって99歳まで持っていくかというのが、
今のうちの会社の使命かなと思っております。
その医療機器の主だったものとして、どんなものがありますか。
祖父が発明したのがですね、電位治療器というカテゴリーのもので、
体に電圧をかけることによって治療していくという、そういう装置の発明なんですけども、
ヘルストロンという商標で、昭和38年に医療機械の認可も取ったんですけども、
世界ではほとんど例がない家庭用の医療機器というカテゴリーを、
うちの祖父が作ったというのが一番の主力商品になってまして、
主力製品「ヘルストロン」と「白寿プラザ」
あと座ってもわからないんですよ、マッサージヤーと違って。
体感がないので、お客様にキュアの改善を含めてご理解いただく必要があって、
それに体験してもらう会場をほとんど直営店舗で、
白樹プラザという商標が、今福岡県内にも30店舗ほどあるんですけども、
そちらの体験会場でヘルストロンという機械を体験していただいてるんですけど、
いわゆる食育だとかそういうこともやらせていただいているので、
売り上げの半分以上、国内の売り上げの半分以上は実はヘルストロンではなくて、
健康食品の売り上げになってるんですね。
なので医療機能メーカーと言ってるんですけど、
8割以上の社員が営業マンという、だいぶ変わった会社ですね。
全国で見ると何カ所くらいになるんですか。
450ですね。
そうですか。
祖父の出身が佐賀の今里なので、九州人の熱さってあるじゃないですか。
あります。
なんかもうできなくても必ずやりますみたいな、
ああいう気概を持ってる方々がすごく思いが強くてですね、
比率としては本当に九州が2割近く九州になるのかなっていうぐらい、
皆さん厚い社員がたくさん働いてくれてますので、
あとは全国に営業所が27あるんですけども、
福岡県だけは北九州と福岡役員に営業所が2つございまして、
唯一なんですね、営業所が2つある県が。
なので九州にはものすごい思い入れがあります。
そうですか。
しかしそのようなプラザを設けることで、
治療、また交流、そして学習ということがかなう場所でしょうか。
そうですね、だから今はWHOの健康の定義が、
単なる病を回避するだけではなくて、
身体的、精神的、社会的なウェルビングの状況を言うというふうに言われてまして、
薬を飲んでも結局薬を咀嚼して小腸で吸収して血液で運んでるじゃないですか。
結局そこのインフラが整わないと、結局はもう体は悪くなるので、
だからそういう職域的な、
治る治らないの話はもうお医者さんが診断することなので、
どうやったら健康で生き続けられるかみたいなことを店でアドバイスして、
だから社会的健康を取り入れてもらうために白獣プラザがあるぞというようなことで、
役割あるよねってことで社員に働きかけてます。
そうですか。
そしてヘルストロンを利用されている方、
またそれの機器が設置されている場所ってどんなところになりますか。
白獣プラザというのは全国で450箇所ぐらいありまして、
そのうち百数十店舗、スーパーマーケット、量販店の中に、
あとは商店街だとか路面とか住宅地になります。
あとは医療機器としての認可が別にありまして、
保険対応になっている機械もありますので、
こちらは医療施設、あるいは福祉施設、介護施設等に、
全国にBtoBでは5000箇所ぐらい設置させていただいて、
売上のほとんどがBtoCで白獣プラザからという感じになってます。
そうですか。
創業100年超の歴史と未来への構想
創業が1925年、大正14年で、
そのヘルストロンはおじいさまが開発されたということで、
そうですね。
3代目になりますけれども、
会社ももう間もなく1世紀ということですか。
100年に向けてという構想を持ちですか。
ちょうど大正14年に、
帝国レントゲンという会社を、
レントゲンの発明をしたと同時に創業したのが、
白獣のちょっと前の形ですけれども、
それがちょうど101年前で、
今年で101年目。
ただ、ヘルストロンという商品が、
昭和3年発明ですので、
再来年がヘルストロン生誕100年ということで、
そこに向けてというところはありますけれども。
どんなことを取り組んでいきましょうか。
変わらない理念とAIを活用した変革
現状はですね、
変えてはいけないことと、
変えちゃいけないことがあるよねという話をしていまして、
変えてはいけないというのは、
人が人を思うところですね。
母への愛というか、
お母さんを助けるために発明された機械なので、
そういう母への愛をきっかけに作ったものですので、
お客様に向けてもですね、
名前の方だったら、
自分の親だったらどう対応するか。
同世代だったら兄弟。
下だったら息子。
だったら声の掛け方が変わるじゃないですか。
そういう気持ちで臨んでいきましょうというところだけは変えない。
特に、
例えば富士名人が将棋で強くて、
みんな応援してるじゃないですか。
でも富士名人をAIがやっつけても誰も感動しないと思うんですよ。
そこはもうとても大切にして、
このままやっていきましょうと。
ただ今、
今年ですね、
AIカンパニーを30代の社員に社長になってもらって、
スタートアップをやってるんですね。
この時代に要請したながら変えていくっていうところ、
表現だとか、
そういったところは今の世の中についていかなければいけないところですので、
症状を言ってもらって、
お医者さんがアドバイスして、
ヘルストロンをこういうぐらい使ってくださいっていう、
処方箋で使用線を出すんですよ。
そのやりとりと使用線を今AIに覚えさせていまして、
医師が監修に入った、
セルフチェックのアプリみたいなのを開発してまして、
これはもうちょっとスタートアップなので、
博士も出資してなくて、
私も役員に入ってないんですけど、
30代の人間に社長になって、
今すごく頑張ってやってもらってます。
あとは世界への展開っていうことで、
海外展開と今後の展望
売上が4分の1になってしまってるんですけども、
海外についてはとにかくメーカーに徹して、
ちゃんとしたパートナーを作って、
そこに白樹プラザ形式のお店をやってもらってっていうのが、
かなり各国準備が進んでいますので、
100年に向けてというか、
早い段階で海外展開がかなり激しくいきそうな雰囲気になっております。
そうですか。
世界に旅したら、ヘルストロン、白樹プラザ、
立ち寄ることができるようになるかもしれませんね。
そうなると嬉しいですけどね。
さて、原さんは2020年に社長に就任されましたけど、
それまでの道のりなどは来週伺いたいと思います。
ありがとうございます。
どうもありがとうございます。
今日のリーダーは株式会社、
白樹生化学研究所代表取締役社長原博之さんでした。
この続きはまた来週。
お相手は下田文夫でした。
それではまた。