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モータ。MOTAで検索。下田文代。リーダーズストーリー。
こんにちは、RKBアナウンサーの下田文代です。この番組では、毎週お一人の福岡、そして日本の経済を支えるリーダーたちのこれまでの人生、そしてこれから開く未来のストーリーを語っていただきます。
今日のお客様です。先週に引き続き、福岡貿易会からのご紹介です。津田ホールディングス株式会社代表取締役、津田鶴太郎さんです。よろしくお願いいたします。よろしくお願いします。津田さんは福岡商工会議所の副会頭でもあり、福岡貿易会の副会長でもあり、日々お忙しく。大変です。
ご出身は福岡?
はい、私から福岡です。祖父、父までは滋賀県関西人で。
そうですか。
そうです。おじいさんが昔から言ってたのは、お前から福岡だから、博多の方から嫁さんもらえよって言われてまして、おかげさんでそういう風になってました。
そうですか。滋賀のご出身ということから、そのご福を九州で展開されたというご縁もあるんですか。
そうですね。もともと祖父が田村駒株式会社というところに勤めていて、それの福岡の方の支店長だったんです。それを若い時にして。
ただそこから最終、戦争とかあの辺の関係で田村駒さんが、一応福岡への支店を引き上げる時に独立。
その時にいろいろと、簡単に言うと田村駒さんの売った先のお金の回収をして、それを田村駒さんに渡す時に、途中何パーセントかもらえるとか、そういういろんなことがありましてね。ついてたって本人は言ってましたけど。
ご商売人でらしたということですね。田村駒も専業分野で。
そうですね。専門分野で。田村駒ロビンスって野球なんかも持ってたんですよ。
そうですか。おじいさまがそういう仕事を始められて。と言いますと、社長津田鶴太郎さんはおぼっちゃまでらしたんですか。
そうでもないんですけどね。周りから見たらそうなるんでしょうけどね。
そうですか。幼少期はどのようなお子さんでらしたんですか。
小さい時、山下さんに連れて行かれて、水ぶっかけられて、泣きながらも二度と出るかというふうな感じとかですね。
ただ、福岡教育大学付属小学校に受かってしまったんで、小学から中学はエスカレーターですし、高校受験ちょっとしましたけど、西南に入っちゃったんで、西南高校から西南大学もエスカレーターですし、
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ほとんど入学試験とか、ああいうのしないというか。
そして最後、田村コマも実を言うと、おじいさんが話しつけてきて、行ってこいって言うんで、コネで入っているようなものですんで、試験をしらないんですよね。
そうですか。そして、津田産業ですか。これ、社長に就任したのは、おいくつなんですか。
そうなんですよ。実は29で、結局、おじいさんがいろんなところで私の名前を言ってまわっているんですよ。
だから、全然知らない人に挨拶すると、あんたが鶴太郎くんね、というような感じでですね。
でもそれだけ言ってまわっていたんで、うちの父も、お前社長になれと。
社長の名刺を持ってまわった方が早いと。その方がやっぱり、いろんなところにまわれるんでですね。やっぱり社長という名前と、そのおじいさんの言ってた名前と。
うちの父はもう社長せずに会長で、だから私2.5代目とか言ってますけど。
確かにそうですね。今でこそね、その起業家で20代の社長っていないわけではないですけど、当時としてのご苦労ってどういうものがありましたか。
当時はですね、僕はなんてしてませんね。だって私みたいなの分かりませんから、
電話、あのですね、贅沢に私、セルラーの携帯、当時レンタルで1万5千円、電話代も1万5千円です。3万円するぐらいの持ってたんですよね。
当時の値段としてね。
で、それに電話かかってきて、社長どうしましょうかって知るわけないじゃないですか。勝手にやってっていうものですよ。
そのためにあなたいるんでしょ。そっちに行って役員でしょ。みたいな感じ。
で、だいたいみんながやってくれて、おかげさんでなんとかなったという感じですよ。
そうですか。しかし、だから社長業がもう何年になりますか。
だから30年過ぎちゃいましたね。33年、4年になっちゃいました。
そうですね。その期間はまあ、あの、そういうおぼっちゃま的な社長業から、でもやっぱり大波小波をこうね。
そうなんですよ。もうよく直接いろんなことがありましたからですね。本当は60で辞めようと思ってたんですけど、辞めるどころじゃなくなりましたけど。
でも明るいお性格がやっぱりこう、なんでしょう、乗り越える。
ですかね。
さてこれからなんですけれども、会社をどのように導き、そしてご自身はどうありたいですか。
基本的にはホールディングができたんで、それぞれの事業会社の事業部長イコール社長ですよね。
それがやってくれればいいんで、そういうスタッフをきちっと育てていけば、実はホールディングの下に、またいろんな一緒にやろうという人があれば、一緒にどんどん集めたいなと思ってるんですよね。
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ホールディングにいろんなところ一緒にならないと、今から厳しいと思ってるんですよね。
本当はそうやって早くそういう風になってくれると、僕さっさと社長辞めてから嫁さんと海外旅行でもしたいんですけど。できなやくて困ってるんですけどね。
そうはとんやがおろさないというところですかね。福岡商工会議所の副会頭であり、福岡貿易会の副会長でいらっしゃるから。
そうですね。そういうのも山ほど来るんで、頭痛いところですけど。
いやいや、まだまだお役目があるということですね。
先週と今週のお客様は、津田ホールディング株式会社代表取締役、津田鶴太郎さんでした。どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
お相手は下田文夫でした。
それではまた。
バッテン少女隊の春野きいなと、青井梨奈です。
RKBラジオでお送りしているガールズパンチ。
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