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モータ。MOTAで検索。下田文代。リーダーズストーリー。
こんにちは、RKBアナウンサーの下田文代です。
この番組では、毎週お一人の福岡、そして日本の経済を支えるリーダーたちのこれまでの人生、そしてこれから開く未来のストーリーを語っていただきます。
今週のお客様は、先週に引き続きまして、西日本鉄道株式会社代表取締役社長執行役員、林田浩一さんです。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
先週は2021年の4月に社長に就任されて、新型コロナウイルスからの立て直しという話を伺いましたけれども、ご出身は長崎県?
そうなんですよね。福岡の西鉄の社長なんですけど、実は長崎県の御前田家の南のふもとに、昔は西原家町っていった町があって、今は南島原市と市町村合併になってますけど、そこの出身です。
どんな場所でしたか?
いわゆる典型的な田舎なんですけれども、特徴的なのは、島原そうめんは皆さんご存知だと思うんですけれども、それの古くからの中心地ということで、地域としてはそういうそうめん工場がたくさん集まっていたり、すぐ山とか川とか海とか近いところですので、非常に自然豊かなところで昆虫とかたくさん飛んできて、海に行ったら潮干狩りするとたくさん貝が掘れるような、そんなところで育ちましたね。
どんなお子さんでした?
小さい頃は非常に泣き虫でした。
泣き虫?
怖がりで泣き虫で、よく思い出の子っていうのは保育園とかに預けられてたんですけども、少しでも迎えが、母が遅くなると一人で泣きじゃくって、ほぼさも困らせてたなというふうな記憶があります。
そうですか。そこからやんちゃになった?
やんちゃっていうのは早く幼稚園に次にあって小学校に上がっていくんですけども、一人で動ける行動範囲が広がってくると少しは強くなったんでしょうね。
友達も結構たくさんいましたし、よく集まっては、昔野球ボールのビニールの柔らかいやつがあったじゃないですか。
ああいうので三角ベースのハンドベースボールとかっていうのをよくやってましたですね。
よく学校のガラスを回ってました。
どうですか。そして大学から福岡へ。
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そうですね。高校まで南島村、島村のほうで過ごして、九州大学の邦楽部のほうに進学したんですけれども、いろんなご縁があってですね、福岡なんてあんまり来たことなかったんですけど、初めて来て住み始めた時には、町がでかいのにびっくりするのもあるんですけど、まずは寂しかったですね。
寂しかった。
やっぱり田舎もんが都会に来ると、なんか取り残されたような感じになっちゃうというか、そういったところがありましたよね。
その寂しさってどう癒していましたか。
貧乏学生でしたから、持っていくもんってテレビとかもなかったんですよね。だからラジオカセットだけで、もうひたすらラジオを聞いてましたよ。
そうですか。
ラジオを聞きながら本を読んだり、部活の関係も高校時代から球道はやってたものですから、大学に入っても球道場に入ってですね、ほとんどの時間を球道場で過ごして仲間といることで、寂しさを紛らわせたというところがあるんじゃないですかね。
青春時代はでは球道とラジオが。
特に大学時代はほとんどテレビが長い時代だったので、まさにRKBさん初めですね。さまざまなラジオを聞いておりました。
そうですか。そして就職の時期になりました。福岡を選んでそして西鉄を選んだ。これどういう経緯だったんですか。
当時はやっぱりバブルになりかけてた頃というところがあって、一つはその不動産関係のビジネスにすごく興味を持ったというのが一つ。
もう一つはその部活の関係でですね、どちらかというと腕前がそんなに上がらなかったものですから、裏方のトップみたいな仕事をやってたんですね。
でやっぱり遠征とか合宿とかの段取りだとか、それとか大会の運営とかそういったことをやって非常に楽しかったんです。仲間と一緒の場合はやれるんで。
ですからそういう旅行だとかイベントだとかそういったものに関われるような仕事もいいななんていろいろ思いながら就活をしてたら、たまたま西鉄が当時ソラリア外区の開発をやってたので、これも面白そうだなということで入社をさせていただいたということです。
そうですか。入社して5年10年で楽しい思い出ってどんな思い出が残ってますか。
そうですね。長く不動産の開発の仕事をやってて、開発のキャリアの半分程度は実はホテルの開発をやってました。
ホテルっていうのはやっぱり何もないところに当然建物を作ってホテルを作り上げていくんですけども、やっぱり作るまでご近隣の話とか関係者の調整とか苦労も多いんですけども、出来上がってしまって竣工してお客様がたくさん最初入るんですけども、そこに家族も連れてきたりカップルが来たりでにこやかに集まっている姿を見たら、やってよかったなと。
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そういった姿を出来上がったホテルのロビーでぼーっと眺めているのがすごく幸せだったなという思いがありますね。
さて社長就任から3年と少しですけれども、今後何か描いている夢っていうのはお持ちですか。
そうですね。西鉄っていう会社はやっぱり鉄道バスから始まって常に皆さんの側にいてくれた会社だというふうに思っています。
やっぱりこれからも地域の皆さんが人生の様々な場面を振り返られる時に、いつもその思い出の側にいる会社でありたいなというふうに思っています。
これからもぜひ地域に密着して細やかに共に作り支えるっていうスタンスが今打ち出しているんですけども、まさにそういったスタンスで街に夢を描き続ける会社。
そのような会社の今の時代を預かる社長として、社員一人一人の夢、それと会社の夢、そして地域の皆さんの夢をシンクロさせて、心から面白いと思える仕事ができるよう会社をリードできればなというふうに思っています。
先週と今週のお客様は西日本鉄道株式会社代表取締役社長執行役員、林田浩一さんでした。ありがとうございました。
ありがとうございました。
お相手は下田文夫でした。それではまた。