そして上司と辞める時期についても相談して辞めることにしたのですが、辞めると決まればやはり色々と行動を起こし始めるもので、まずは急いで一等もののアパートを購入しました。
IBMといえば大企業でして、大企業のサラリーマンの信用力というのはかなり大きな武器になりますので、その信用力があるうちに少しでも収入源を得ておきたいという思いもあってアパートを購入しました。
結論から申し上げると、このアパートからの収入には当初かなり助けられました。
そして会社を退職した後始めたのが、フランチャイズの権利を購入してフィットネスジムを2店舗経営するということでした。
あれ?英会話のビジネスじゃないの?と思われた方もいらっしゃるかもしれません。
実は私はIBMを退職した時点では英語は全くと言っていいほど話せませんでした。
例えば会社の仲間とニューヨークに行ってマクドナルドに入った時、その時みんなで時間がないのでここでランチにしようという話になって入ったんですけれども、
入った他の私以外のみんなトレーの上に食べ物を持ってテーブルのところに来たんですね。
ある意味当たり前だと思います。
ただ、私だけは持ち帰り用の紙袋に入れられていました。
これは現地でHere or to go?持ち帰りですか?もしくは店内で食べますか?という質問が全くわからず、
キョトンとしているうちに店員さんに紙袋に食べ物を入れられてしまったと。
そういう状況でした。
そんなレベルだったので、当時は英会話スクールを経営するだなんて夢にも思っていませんでした。
そして話を戻しますと、2015年4月末でIBMを退職し、1店舗目のフィットネスジムの開業準備に入りました。
その時点でもうそれはそれはたくさんのつまずきポイントがあって、なんとか1店舗目を6月末にオープンさせたのを覚えています。
そして1店舗目のオープンが終わってすぐに2店舗目の準備に取り掛かり、10月には2店舗目もオープンさせました。
こういうと最初から順風満帆に事が進んでいるように聞こえるかもしれませんが、実は全くそんなことはありませんでした。
フランチャイズ本部から聞かされていたような売り上げはなく、
退職金はすべて事業資金に当ててしまっていましたし、退職金だけでは足りないところ銀行から1000万円ほど借金もしていました。
その頃の私は不安な気持ちに押しつぶされる思いで3時間と連続して眠れなかったことを今でも覚えています。
そんな中、フィットネスのビジネスだけでは食べていくどころかお金がどんどんなくなっていく状況だったので、
なんとか生活費を稼ごうというふうに思いましてコンサルタントの仕事を始めました。
IBMのキャリアの中でも営業の期間が長かったため、中小企業向けにIBMがどのように営業のマネジメントシステムを回しているかということをお伝えするコンサルタントとして事業をスタートしました。
しかし同じサラリーマンの方であればお気づきかもしれませんが、お客さんなんてどうやって見つけたらいいか全く見当もつかない状況でした。
そんな中、IBM時代の知り合いの紹介でBNIという経営者の交流会を知ることができました。
BNIというのはアメリカで生まれたビジネスを紹介し合うチーム作りをするような集まりでした。
まさに新規の顧客を探していた私にとって藁に藁をもすがる思いで入会を決めました。
結論から言うと、ここが私の経営者人生を大きく変えるきっかけとなりました。
BNIの活動をする中で本当に多くのことを学びました。
言ってしまえば当たり前のことなんですが、自分が欲しいものではなく顧客にどんな価値を提供できるのかを考えること、
他者に貢献することで自分にも巡り巡って帰ってくるということ、
そのために人と接する態度がとても大事だということ、本当に多くのことを学びました。
そしてまさにそのBNIのメンバーからの紹介を受けてコンサルタントとしての売り上げも上がるようになってきました。
そんな中、ある紹介でとある外国人と出会うことができました。
当初できるとは全く思っていませんでしたが、いろんないきさつもあってその外国人に英語でコンサルティングをするせざるを得ない、そんな状況になってしまいました。
当然最初の頃はまともに英語で会話なんてできていませんでしたけれども、結果としては1年以上彼へのコンサルティングを続けることになり、
平日毎日彼と英語で話し続ける、そういったことを続けていました。
そして1年ほど経ったタイミングで海外旅行に行ったとき、たまたま入ったバーで隣り合わせになったオーストラリア人とお酒を飲みながら英語で談笑できている自分がいることに気づきました。
IBM時代もそうは言ってもいろんな英会話スクールに行って体験を使いましたし、聞き流すだけでペラペラになれるという広告を見て超有名な英会話教材を全巻揃えたり、そういう経験もしましたが全く話せるようにはなりませんでした。
そういった意味では私は当初、私には英語を話すスキルが、才能がない、そういうふうに思っていました。
そんな私ですが、彼と文法も単語もめちゃくちゃだったかもしれないんですけれども、毎日話し続けているうちにいつの間にか見ず知らずの外国人とでも雑談ができるようになっていました。
これがきっかけで今のLATという英会話スクールを立ち上げる、そういった決断をしました。LATをスタートしたのが2017年のことでした。
またLATについての詳しい話は別の機会にさせていただければと思いますけれども、2018年には廃業の危機も迎えながら、現在では20名のスタッフに支えられながら、これまでになかった形の英会話スクールを経営することができています。