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2026-10-04 28:11

テテくんの体験記|「ありがとう」を、目を見て伝える。人とつながることを始め直すまで

LAP1期・テテくんの2025年3月22日の取材音声を、体験記の記事の流れに沿って編集しました。本人の言葉で語られた気づきや選択を、声でお聴きください。記事の全文朗読ではありません。

文章で読む:https://note.com/moksacommons/n/n524ca82757ce
LAPについて:https://www.moksacommons.jp/lap

感想

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00:01
受講しようと思った理由やきっかけを、改めて聞かせていただいてもよろしいですか。
はい、そうですね。
認定コースに参加して、終わったときに、不完全燃焼が残っていたタイミングで、ちょうどLAP始まるぞと伝えられ、知って、興味を持った感じですかね。
確か、特に説明会で純粋な事故、純粋性っていうキーワードが出てて、そこにすごく惹かれた感覚はあったかなって思います。
ただ純粋性っていうものを興味持とうと思ったら、多分ネットで調べればいいだけだったんですけど、このタイミングでこのLAPというプログラムに参加する何人かで参加して、
かつ、僕のコーチングは、お母ちゃんから始まりLAPで1個完了するとしたら、お母ちゃんで始まり、お母ちゃんで終わっているような感覚もあるので、これも縁だなっていうのもありましたし、
コーチングを初めて受けた時から、自分は多分コーチになり、インテコースが終わった時にコーチになりたいんじゃなくて、ただセッションを受けたいとか、
もっと自分がうまく力発揮できてないなみたいな違和感みたいなものを取り除きたかったというか、向き合いたかったっていうのも、
この辺うまく言語ができないんですけど、でもそういう直感が、ここに向き合っておくべきなんだろうな、今っていうのはありました。
その何らかの感覚を信じてきたところはあります。
ありがとうございます。
もっと自分はできることあるんじゃないかなっていう自己期待かな。
03:08
あとは何だったんだろう、本当にあんまりいろんなことがうまくいってないタイミングだったんですよ。
ちょっと最後の切り札的な、何が起きてるんだっていうのも、LAP期間ともに進んでた気がします。
仕事で、社会人で、ある種、クライアントと自分、自分なんだけど自分じゃない自分が出来上がっている状態。
自分と他者っていうここの関わりの中で、自分が自分ではない瞬間があるような気持ちあるさ。
気づいたら、自分もこの社会人5年目終わるを突入する手前で、人に言わないところは、人には言ってなかったですけど、心の中では、
休みやっとようやく休みだとか、月曜日仕事やりたくねーっていうのがあって、なんか毎日楽しくないぞっていう。
その思い描いてた理想と現実との違和感を感じてたところがあったような気がしますね。
ダサン的な自分もいたような気もしますけど、計画的にというか、20代の後半のうちにこの自分とは何かみたいな、
そういうところに目を向けておくことは、今後レバレッジが効くんじゃないかなっていうのは、めちゃめちゃ正直には思ってましたね。
06:08
それが、早すぎてもよくないなって思うし。
でも大学生の時にLAPを仮に受けてたとしたら、そこの時に感じてた、それなりに感じれることはあったと思うんですけど、
今の受けてよかったなーっていうほどの体験にはつながってなかった気がするので、やっぱりこのタイミングだったのかなって思います。
実際に受講してどんな気づきがありましたか?もしくは特に印象に残っているセッションやワークはありましたか?
印象に残っているセッションというかワークで、やっぱりマンダラが、真実のマンダラの回が特に印象的で、
自分のこれまで言葉にできてなかった部分の気持ちとか、思っていることを言語化できたなっていう気持ちよさがあって、
その場の、それをきっかけに大げさに言っちゃうと、でも真実のマンダラの中で自然と泣けたんですよ。
全然普段涙流さないタイプなんで、なんか泣けたことが気持ちよかった。
初めてその涙した理由も、自分は悲しかった。
09:04
過去の出来事に対して今でも悲しいって思ってたんだ。寂しいとか辛いって思ってたんだ。
その時泣きたかったんだなっていうのに気がついて、そこから肩軽くなったなっていう感覚がありました。
何に気付いたかって言われると、気付いてたことに気付いたというか、改めて気付かされたみたいな。
そんなワークでした。
言葉に気が付けたのは、間違いなく一緒に受けてくれたメンバーもそうですし、ガイドのお二人もそうですし、
あの場全体がその言葉を引き出してくれたんだなっていう風に捉えています。
そこ、出しにくい言葉だったんで、みんなが出してる、向き合っているっていうのにすごく背中を押された感覚でした。
外から見てどう思われてるかわからないですけど、自分としては自分らしさが取り戻されてきてるような、まだまだ、本当にまだまだなんですけど、
でもちょっとずつ日々、刻々と変化できてる気がするので、やっぱあの時の出来事はすごく大きな体験でした。
バディとの対話の時間があったのが結構大きかったですかね。
LAPで真実のマンダラで言葉をできました。
12:02
そこで終了ってなったら、現実まで変化を起こせなかった気がするんですけど。
2週間1回バディセッションする時間がある種、自分を取り戻すためのリハビリタイムというか、リハビリの時間というか、
この純粋な自己、本当の自分に近い自分から言葉を出すだけで安心できるっていう、
ここは当たり前なんですけど、当たり前じゃないというか、そこのパワフルさって、結構衝撃的でしたね。
安心感。
本当の自分に近いところからの言葉をただ出して、それを受け取ってくれた人がいるだけで落ち着く、安心できる。
そういうバディという存在、時間もそうですけど、
一緒に参加したみんながいてくれるなっていうのは、すごく心強い存在として3ヶ月間一緒にいてくれたなっていうのは、
それも気づきだったかもしれない。気づきでした。
今振り返るとこの3ヶ月間っていうのは、ててくんの人生にとってどんな期間だったなっていう感じがしますか?
始まりって感じですかね。再スタートとか。
自分と他者みたいなものをちゃんと認知したというか、
あとは西田鬼太郎さんのこの部分が一番大好きなんですけど、
絶対矛盾的自己同一が、私は一人一人は行為することで世界を表現していくんだけど、
15:10
その表現する中でも、自分もいるけど、世界の中で自分も一人の一員っていう、
ここら辺の西田さんの考えが、たぶんとてつもなく自分にインパクトを与えて、
LAP以降も西田さんを追っかけたくなるのは、この概念が自分に響いてるから、今も定期的に言葉を見返したくなるんですけど、
そういう意味でいうと、このLAPの3ヶ月間って始まり、つながることを始め直すみたいな、そんな感じですかね。
ちょっと大人になれた気分というか。
とにかくこの部分が大好きです。
なので、再スタート。改めて、自分という存在が、この世界に対して何を表現して、どう世界を形作っていくのかっていう、
自分は一員でもあるんだなっていう安心感もありつつ、その一部でしかないっていう、ちょっと虚しさみたいなものも感じつつ、
でも大きなものの一部なんだっていう安心感も感じて、なのでやっぱり再スタートというか、つながりを感じるみたいな、そんな期間だったような感じですね。
つながり、つながることを始め直す。これはさらに言うと、どんな感じですか?
つながり直すこと、つながることを始め直す。
18:12
本当の自分に近いところから言葉を出していく。
やっぱり日常の中にある気がするんですよね。
例えば、めちゃめちゃちっちゃいことですけど、コンビニに行って、目を見てお会計してくれた店員さんにありがとうございますって目に言うだけでも、
これはなんか僕はつながり直している感覚というか、それができてる時もできてない時もあるんですけど、
例えば仕事に追われて、何かの案件のことをずっと考えてたら、
この店員さんに言ってくれてありがとうっていう言葉を出てくることが気づけない。
違うのかな。でも、ありがとうって素直に言うとか、
あとは、本当に素直に言葉を出していく。ありがとうとか、すみませんとか、
嬉しい、美味しいとか、お腹減った、トイレ行きたいとか、
なんか、それを言葉であったり、何か行動で表したりしていくことですかね、つながりを始める。
なんか、それまでLAP前とかは、ありがとうって言った方がこの人喜んでくれるかなとか。
仕事で、時には必要なのかもしれないですが、打算的にこれやったら評価されるかな。
自分のことしか考えてない、自分のことしか考えることができない状態だった。
ところが、どんどん自分が小さくなって、自分が大きく広がっていく。
21:08
自分が小さくなって、自分が広がっていく感覚で、人と接していくというか。
人のためにっていうのも違うんですけど、自分のためにもやってるし、人のためにも何か行為していくことが、
自分だけが見えてる世界は作られてつながっていく。
あったかいなあって思います。
面白そうだなと思うのは、もしLPを重工しなかったとしたら、今の自分はどうなっていたのだろうかみたいなのは、
考えたこともなかったって感じなの。面白そうだなと思ってます。
ぜひその問いを最後にしますか。
LPを重工しなかったら。
怖いですね。もっと辛かった気がします。
自分を守る、自分と他者っていう境界線が生まれたからこそ、
自分は誰かと生きてるし、誰かを生かしてるし、誰かにも生かされてるなっていうことに気が付くことができたので、
受けてなかったとしたら、自分は一人で生きてるんだ、一人で生きていかなきゃいけないんだとも、
そういう自分の中での体験もあって、
24:05
すごく辛いときに自分一人で相談できる人がいないと思ってて、
誰に相談していいかわからなかったときに、
自分って世界で一人ぼっちなんだなーって思った瞬間が過去ありまして、
その自分が今もずっと続いてたとしたら、きつい。きついなーっていう。
かといってLAP受けても受けなくても、人生は辛いし理不尽で、
時間は平等に与えられてるけど、全然不公平な世の中だと思うんで、
辛いは辛いんですけど、
でも誰かとつながっているんだと感じれるだけで、絶望ではなくなるというか、
やっぱりギリギリ光は射してるなーっていう感じなので、
受けてても受けなくても何かしら気づくことはあったのかなっていう、
それがたまたま自分の人生の場合は、自分の人生で選択してきた、
自分が選択してきた人生においては、
LAPは最後の一押しになったんじゃないかなというふうに思います。
なのでありがとうございます。
当時もありましたし、今もどうしようかなっていう部分もありますけど、
でも今を積み重ねていくしかないんだなっていう結論にはいたってます。
今日の時間の中で、初めて言葉にできた部分もあったので、
今日の時間も一つLAP終わったなーの区切りというか、感じがしました。
27:02
終わってからも続いてるなっていう感覚がありすぎるので、
お二人一人一人の作っていく世界と、
自分がどういう道を進んでいくんだろうっていうのは今もわかんないんですけど、
それがもしかして繋がる未来があったら、
それは面白そうだなーっていうのをちょっとだけ妄想していました。
こんな感じです。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
28:11

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