2024-04-02 13:30

小さな幸せに気付いた日の事。

ご飯を家族で食べるって、実は何より幸せなことかもしれない。と、気づいた日のことです。小さな幸せに気付いてみたいですね。

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はい、くじもぐらのひとみです。小学校受験の通信教育の経営をしたり、 くじもぐらというバンドで音楽活動をしたりしております。
ずっと声日記が続いておりますが、実はですね、小学校受験の方のネットラジオっていうのがありまして、それはまあ30分ぐらい喋ってるんですよね。
それはきっちりと原稿を書いております。 まあ、あの情報をお伝えする、小学校受験の受ける方がしっかりと聞いていらして。
で、えーと、まあそんなんでしっかり原稿も書いてるんだけど、こちらはね、あのまあ楽しい気持ちで遊びに来てねっていうことでですね、実は今ですね、
何もないんですよね。ここに原稿とか声日記の時は何もなくって。 で、一応今日も座ったんですよ。何喋ろうかなと思って。
声日記っていいですね。なんか何にもない時こそ何があったんだろうって、ちゃんと振り返っていいところを見つけられるなって思ったんですよ。
で、これね、あの実は幼稚園生ですよね。小学校受験するお友達にも私ずっと言ってるんですね。
なんか1日の中で何にもなかった日、まあ何にもっていうのはおかしいんだけど、まあいつもの日っていうのがありますよね。朝起きて幼稚園生だったら幼稚園行って帰ってきてみたいな。
そんな中でどんなところに心動いたかっていうのを見つけてねっていうふうにお話をしてるんですけれども、
なんか振り返ると大人はどうなんだろうって思いません?
ね、会社に行って帰ってきる中でね、帰ってくる中で、例えば道端の花を見た感動があったりとかっていうのは子供の方が得意ですよね。
なんかそういうことにいつまでも感動してたいなーって思ったんですけど、なんか今日はね、ふとね夕食の時に
なんか幸せだなって思ったんですよ。家族が、まあうちは4人子供がいて、で私の母と同居してるんですけれども、
あ、そういえば母今日いなかったな、ごめんね母ね。まあなんだけれども、なんかご飯をみんなで囲んで結構喋ってるんですよね、うちね。結構喋ってる。
で、それぞれ春休みでいろんなことがあって、昼間は全然違うことやってるわけですよね。
で、例えば今日は中学2年生の子がどうやら女の子と花見に行ったらしいけれど、彼女じゃないと言い張るという話だったりですね。
お兄ちゃんはバイト行ってたのかな。で、上の年齢も学校生の子ね。で、高校2年生の子は何もしてないんじゃないかな。
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分からないけれど、何もしてないと。で、まあそんな話をバーってしていることがすごく幸せだって思ったんだけれど、あの食を囲むということはすごく大切なことで、なんかやっぱり一緒に食べるっていうのはすごく絆が深まるんですよね。
あの前にね、どうしても手術があってご飯をあまり食べられないという方がいらっしゃった。これは本だったかなって読んだんだけれども、いらっしゃって、だけど食事に誘われるんだと。
で、いやいや、自分はね、手術直後でご飯もあんまり食べられないからって言うんだけど、大丈夫大丈夫って。自分たちも絶対食べないからそんなにとか言いながら。で、一応参加するでしょ。そしたらこう言われるの。ちょっと一口だけでもいいから食べなよみたいな。
とかね。とかなんか、あの例えばあんまりご飯が欲しくなかったとしても、相手が食べてなかったら、なんかちょっとなんとなくね、あの食べれないじゃないですか。だからなんか食事を共にするっていうのはすごい行為なのかもしれないって今日ね、なんとなくふと思いました。
だって同じ釜の飯を食うとか言いますけれども、本当にそうで、あの例えばなんだけど、ちょっと誰かお腹痛くなったりとかしたら、同じご飯食べたよねみたいになりません。ねえ、そういうこともそうだし、なんか食べながらっていうのは座ってられますよね。あれ、ご飯の時間の、何分くらい食べてるんだろうね。結構喋ってたりするんですよね。
20分くらい喋ってんのかなぁ。
うーん、まあそう思ったら短いかもしれないんだけども、ご飯の時間20分間を、ご飯がなかったとしたら結構きついんじゃないかな。でも女子はいけるかな。ねえ、あのお茶だけでいけるかもしれないけれどね。でも家族でね、こうやって囲って笑ってる時間っていうのはすごく大切だと思います。
で、私すごい思うことがあって、まああんまりこういう発想するべきじゃないんだけれども、今を楽しめばいいんだけど、この時間っていうのがちゃんといつまでも続ければいいなって思うんですよ。だけど、寂しいことにいつかは終わっちゃうじゃないですか。
で、どうしてそういうことを考えるかっていうと、やっぱりあの幼い頃の家族を思い出すからだと思うんですよね。幼い頃は私と妹がいて、まあお父さんとお母さんとおばあちゃんがいて、猫がいてっていう家族だったわけなんですけど、まああるとき猫からいなくなっちゃったんですよね。ものすごい寂しくって。
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で、まあまあそれでも家族という形は続いていくわけだけれども、私が先に家を出たのかな。家を出て、で、まあその後ですよね、まあ子供っていうのは家を出た後も家族っていうのはいつも帰れる場所としてあるんだろうなと思っていたら、あの父と母が離婚をしたんですよね。
そう、それであれ、なんか全部嘘だったのかなとか、なんかね、すごい頭の中がもう大人だったのに結構崩壊しちゃったんですよね。
で、まあそうこうしているうちに父親が雪山で遭難して亡くなってしまって、あれって思って、じゃあなんかあの時囲ってた食卓のなんか一人ずつが亡くなっていく寂しい感覚に襲われたんですよ。
で、おばあちゃんが亡くなって、で私あのごめんなさいね今日ちょっと暗い話、でもまああの私はあんまり暗いとは捉えてないんですけども、あのその後妹がですね、私6歳離れてるんだけどステージ4のがんになりましてね、この時ばかりはえーって思いました。
まだ30代ですよね、5、6ぐらいだったかな、それでまあ一応ステージ3Bだったんだ、それで4じゃなかったっていうことでちょっと安心した、まあそれも手術してもう中開けてみるまで分からなかったわけですよ。
リンパーにね転院してたら4だったんだけれども、まあそれがねまあなんとかなんとかそうじゃなくって、で助かって、こんなこともあるんだなと思って、でもう私の心の中ではやっぱりずっとあのなんか家族って言ったらやっぱり食卓を囲んでいるっていう印象がすっごい強いんですよね、そうでずっとやっぱり生きてます。
生きてるんだけど、あのやっぱりいつか終わってしまうもの、だからこそすごくね、今を大切にしたいと、だからって寂しい気持ちになるんじゃなくって、今日なんか食卓でふと思ったように、わ、めっちゃ大切にしたいって思ったんですよね。
あの今、ムラブリ語っていう、ムラブリ村っていうのがあるらしいんですよね。ちょうどタイの横かな、でのところらへんなんだけれども、でその言語学者の方がそのムラブリ語っていうのを、まああの研究しに行く話なんですけどね、そのムラブリ語には明日っていう言葉がないらしいです。
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で明日がないから、明日どうするのって聞いたって分かんないって言うんですって、あの改めて言語っていうのはなんかすごいものなんだな、なんかこう思考を整理するもんなんだなって、ふわーっとしたものを確定させるもんだから、明日っていう言葉がなかったらそういう発想がないことになるんだろうかってすごく思った。
でそこにも書いてあったんだけど、例えば英語をしゃべりだした途端、なんかちょっとあのなんていうのかな、ジェスチャーも大きくなって、発言とかもちょっと強気になる人いるじゃないですかって書いてあったんですよね。
あーなんとなくわからなくもないなっていう感じですよね。で言語っていうのはその国の文化だったりをまあ体現するようなものでって書かれてたんですよ。そうだからすごい幸せな民族といえばそうなのかもしれないなってすごく思ったんですよね。
ものすごいこうなんか最近タスクとかね、なんかいっぱいこうなんだろう、予定とか管理とかタスクとかそういった言葉がすごくやっぱりたくさんあって、今っていうこと、
あのそこになかなか焦点合わないからちょっとしんどくなったりしますよね。一つ一つのことって本当に、例えばご飯を食べるときにまあ本当ベラベラしゃべってるんだけど、あの今そのご飯の味をちゃんと味わってるとかそういうことできてるかなーって思ったらまあそれすら怪しいですよ。
なんか会話の中身も、なんかねえねえ明日何してるのとかもうなんかもうちょっとちょっと前のめりなんですよね。まあでもねそんな中にもう話は前のめりなんだけど今日はふとね、
あ、めっちゃ幸せこの時間むちゃくちゃ大切にしたいなってすごく思ったんですよ。
なんかすごくないですか家族って。いろんな、もうその長い歴史の中でよくこの、この時にここに一緒にいるなっていう不思議さって世界広いのにさ。
ね、一緒にいて一緒に話をして、なんて人たちなのってちょっと思ったりもして、今っていうのを感じれば何にもない時のこともちょっと感動できたりするのかなって思いました。
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またでも、なんかそういうものをちゃんとなんか大切にできる人でありたいですよね。
うん、なんか幸せになるためにどうしたらいいんだろうってことをみんないろいろ考えてて、仕事に邁進したりとか、
まあ物欲だったりお金持ちになりたいとかいろいろあると思うんだけど、まあ全部まあ未来に幸せになりたいと思ってやってる行為なんだろうなって思うんですよね。
だけど本当は今の今、実は目の前に青い鳥じゃないんだけど、幸せってあるんだろうな、きっとね。
そう、いつか幸せになるために頑張るっていう発想がすごく根強いんだけど、なんかね、すぐそこのその時間をね、
かみしめられる、まあなんかそんななんか本当の幸せだと思うんだけどな、そう、をかみしめてね、いきたいなってね、今日はそんなことを思った日でした。
ということで、ちょっとあまりにも小絵日記がお手軽すぎてありがたいなと思ってるんですけど、またなんかね、こんな小絵日記でよければ遊びに来てくださいね。
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