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「せっかく」つくってきたのだから 【Voice-29】(2026.7.16配信)
2026-07-16 24:00

「せっかく」つくってきたのだから 【Voice-29】(2026.7.16配信)

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人には、せっかくここまでやってきたことを無駄にしたくないという気持ちが、程度の差はあれ、けっこうあるんだろうなって思ってます。
ひとりひとりがそうなのであれば、ましてや人間集団が「せっかく」つくってきたり、成り立ってきたしくみや制度を、人間集団自らがゼロベースから捉えなおすことは、僕はそうなった方がいいなと思いつつ、簡単ではなさそうって改めて思いました。

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サマリー

今回の配信では、パーソナリティが喘息の症状に悩まされながらも、人間が「せっかく」築き上げてきたものへの執着や、それを変えることの難しさについて考察しています。辞書で「せっかく」の意味を調べたことをきっかけに、努力や希少性を大切にしたいという人間の心理が、制度や科学技術の進歩にも影響を与えていると分析。物質的な豊かさは増したが、心の豊かさとのバランスが崩れている現状に触れ、科学技術による精神的な幸福の追求の可能性についても言及しています。

冒頭の挨拶と近況報告
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。 Leave a Voice 明日へのおでんぱ僕、シンイチの声や思いを今に残しておく。
それらが電波に乗って明日の誰かに電波し、役立ってくれたらいいなーって思い出始めたポッドキャストです。
収録している今日は、2026年7月15日水曜日、29回目の配信です。
いやー、ここのところ急に暑く、夏らしくなってきましたねー。
体調を崩されている方、いらっしゃいませんか?
3回前の配信でですね、風邪を引き込んでしまいましたって言ってたんですけども、
また数日前からですね、咳とか息苦しさっていうのがまた出てきてしまいまして、
ちょっと難儀してます。
もともとと言っても、10年くらい前からですけど、
喘息があって、それが夏がですね、症状が出がちっていうのがあって、
自分としてはクーラーが結構影響してるんじゃないかなと思っているんですけども、
夏の暑い中、涼しくなるのがいいのか、
喘息の症状だと思われる胸の苦しさとか、咳が出やすくなるとかいう状態にならないように
暑さを我慢するのと、どっちがいいかっていうような話になっていますね。
この去年までの何年かはそんなでもなかったんですけどもね、
ちょっと今年は多分喘息による胸の苦しさっていうのが、息苦しさっていうのが復活してきちゃったなっていう感じですね。
「せっかく」という感情とその影響
皆さんはせっかくここまでやってきたんだから、もう少しやってみようとかって思ったりはしますか?
テレビドラマーが全10回放送あるとして、
9回目まで見たんだから、10回目、最終回も見ておこうとか、
せっかくここまでやったんだから、あと少しとか、最後までとかっていう気持ちっていうのは、
多くの人が割と持つ感情なんじゃないかなっていうふうに思います。
僕はこの明日への電波の中でも、人間が作り出した制度とか仕組みについて触れたことっていうのが何回かあるかと思います。
人間社会の仕組み、人間社会を成り立たせているような国などの社会福祉の制度とか仕組みとか、
仮閉システム、そういったことをあんまり具体的には話してないとは思うんですけども、ちょいちょい触れてきたかなって思います。
この辺りの仕組みとか制度っていうのは、人類の歴史の中で、特にこの数千年とか、
直接現在に通じている、直接影響しているっていうのは本当にこの数百年の部分が多いんだとは思うんですけども、
ともかく、やはり今までの積み重ねによって現在に至っている、過去からの連なりによって現在に至っているっていうのはありますよね。
制度や仕組みっていうのは、あればあるだけ良くない面も大きくなっていく面もあって、何とも言えないところはあるんですけども、
自然発生的なものも含めて成り立ってきた制度や仕組みに伴って、今現在まで科学技術っていうのを人類はより良いものにしていって、
物質的には相当格段に豊かになった。
例えば、乳児、幼児、子どもの死亡率っていうのは低下して、子っていうのもすごく増えた。
せっかくここまで努力して豊かになったのだから、今の流れを変えたくない。
変えるとしてもそんなに抜本的に変えるっていうのはしたくないとか、
今まで培ってきたものをうまく活用してというか、踏まえてですかね、
今までのどちらかというと延長線上でより良くしていこうっていう意識っていうのは、
人類のメインストリームとしてあるんじゃないかなっていう風に感じてます。
辞書で引いた「せっかく」の意味
僕、最近国語辞典を買ったんですね。
大文社国語辞典第12版。
前から国語辞典って、特にこのポッドキャストを始めてからですかね、欲しいなって思ってて、
言葉、日本語、まずは日本語なんですけども、もう少しちゃんと意味を知った上で使いたいなっていう欲がありまして、
せっかくという言葉を国語辞典で引いてみたんですけども、
そのことのためにことさら力を尽くすさま、骨を折ってわざわざっていうのが一番目の意味としてありました。
せっかく頑張ったのにとか、せっかくの行為が無駄になったとかいう用例が載ってますね。
2つ目の意味として、めったにないことを大切に思うさま、せっかくの遠足だから晴れてほしいといった用例ですけども、
そういう2つ目の意味もある。
つまりとても努力をしてきたとか、希少価値が高いから大切にしたいとか、そういった感じですかね。
だから連続ドラマ10回のうち、9回まで見たんだから10回目、最終回も見たい。
9回目まで頑張って見てきた。
9回目までずっと見ることができたっていうのは希少である。
めったにないことなんだっていうことですね。
これ僕も結構やってますね。
築き上げたものを手放せない心理
囚われてる面があるって言ってもいいのかな。
人間が作ってきたもの、人類が生み出してきたもの。
せっかくだったら上手くいかせないかな。
確かに課題っていうのは生じていて、変えた方がいい、行き詰まってるなっていうところはあるんだけど、
アレンジをして創意工夫で使いこなしていくっていうんですかね。
そうした方がいいとか、そういうのができたらいいなっていうのは、
全ての面ではないんですけども、考えているんだろうなって思います。
過去にした努力とかやってきたことっていうのを無駄にしたくないっていう気持ちっていう風に言ってもいいかもしれないし、
人類とかいう話になると、ここに先人たちがやってきたことを大切にしたい、尊重したいっていうか、
そういう気持ちっていうのもあるんじゃないかな。
僕に関しては、そういうのはもちろんあるんですけども、
尊重とか大切にしすぎないようにしてるっていうんですかね。
そういう面があるんですけども、一般的にはっていうんですかね、
より常識的には先人たちの思いとか、やってきたことを尊重するとか、
尊重とか大切にするっていうのは、まずあるんだろうなっていう風には思います。
因果の積み重ねと人間の意思
ただこういうのは、今から振り返ってみると、全てが原因があって結果がある。
その結果がまた次の原因となって結果になっていく。
その無限の因果の積み重ね、網の目的な因果の積み重ねなんだけど、
大きいところで言えば、人類、人間が豊かになろうとして豊かになってきた。
人間それぞれの個体が生き続けたい、死にたくない、
寒い思いや暑い思いをしたくないとか、自分の子孫を残したいとか、
そういった欲求が意思となって現れて、それが今につながっている。
そういう風に今の我々がやってしまう人間集団としてのストーリーっていうのがある。
だから今も自分たちの意思である程度は思う方向に変えていけるのではないか。
もちろんこのストーリーの面もあるし、その程度の度合いの話なので、
人間集団の意思というのが何々したいというのが全然反映されないわけではないんですけども、
歴史とか哲学を自分が本当にわずかに学んだ限りだけでも、
やっぱりそんなに人間の意思というのが歴史にはならないっていうんですかね。
結果はコントロールできない。
それ以上にたまたま偶然そうなったっていう方が多い、大きい。
そういう風には僕は落ち着いてみるとそう思うんですよね。
せっかくここまで科学技術っていうのを進化させて豊かになったんだからっていうのをですね。
そこまでカタクナに守らなくてはいけないのかなっていう風に至りもするっていう感じですかね。
物質的豊かさと心の豊かさのバランス
物質的なだけでなく精神的にも豊かになる。
そのバランスを取れた状態っていうのが幸せな状態。
あくまで心の豊かさっていうのが上位というか大切であって、
その心の豊かさを満たすための物質的な豊かさなはずなんですよね。
物質的な豊かさを生み出す機械の歯車というのはだいぶかなりの勢いで回るようになってきたざっくりとした話ですけども。
それは心の豊かさの歯車を動かすために、その手段として物質的豊かさの歯車を回すことに一生懸命になっていたんだけども、
やってみたらそんなにも心の歯車は回らないぞというのがわかってきたのかなと思いますかね。
もっと物質的な豊かさの歯車をうまく回すとか、スピードを速くするとかすれば、どこかでガチャッとはまって、心の豊かさの歯車というのもいい感じで回るようになるとかあるんですかね。
例えば、脳科学的なアプローチで、人間が幸せであるという状態を常に、人間がそういう幸せな状態になるように。
それに科学技術の進歩でそこまで持っていくとか、人類全員がそういうふうになる。
人類全員にそういうふうに、人のニューラルネットワークのハック技術を提供する、なんか言い方どうなのって感じはするんですけども。
人類全員にっていうのもできるものなのかなとか、結構疑問に思ったりもするんですけども、そういう可能性もなくもないってことですかね。
多分実際にそういうのを目指している研究者とかはいそうなんですけども、僕の感覚としては、なかなか実現は難しいんじゃないかなとか、現時点では思ってますかね。
科学技術と自己存在
会話とくに何を言いたいのかがわかんなくなってきました。だいぶ瞑想している感はあります。
でも一つ事実っぽく言えるのは、この科学技術、物質的に豊かになったおかげで、自分が今ここに存在している可能性っていうのが高くなって、ここに自分がいるっていうんですかね。
そんなこともふと思ったりしてみました。
皆様、今回もお聞きくださりありがとうございました。
今日はこのあたりで。ではまた。
24:00

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