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今回は「法句経(ダンマパダ)」から、現代にも通じる論理的な教えをご紹介。
「恨みは恨みで返しても消えない」という言葉の真意は、恨み続けることが自分自身の貴重なエネルギーを浪費する「コスト」になっている点にあります。
相手は忘れていても、自分だけが苦しみのコストを払い続けていませんか?
感情を無理に消そうとするのではなく、一歩引いて俯瞰するための具体的なヒントをお伝えしました。
人間関係でモヤモヤを抱えている方に、ぜひ聴いていただきたい内容です。感想やリクエストもお待ちしております。
#副住職 #蓮城院 #禅 #お釈迦様 #法句経
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「恨みは恨みで返しても消えない」という言葉の真意は、恨み続けることが自分自身の貴重なエネルギーを浪費する「コスト」になっている点にあります。
相手は忘れていても、自分だけが苦しみのコストを払い続けていませんか?
感情を無理に消そうとするのではなく、一歩引いて俯瞰するための具体的なヒントをお伝えしました。
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感想
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どうも、コウブンです。 都知事県の片田舎にある蓮城院というお手屋で、副住職をしております。
今日はですね、いつもの禅の言葉を紹介する。 あなたにぜひとも知ってほしい、禅の言葉というシリーズから、
少し別のアプローチをとりまして、あなたにぜひ覚えていただきたい、お釈迦様の言葉というところをやってみたいなというふうに思います。
なぜそんなことをやろうかなと思ったかと言いますと、やっぱりお釈迦様の言葉ってすごく論理的なんですよね。
現代でも十分通じる言葉なんですよね。2500年ほど前の方ですけども、お釈迦様はね。
でも、そのお釈迦様の教え、全部じゃないにしても、現代でも十分通じる。
というか、昔の人も同じような悩み、苦しみがあったんだというのがよくわかるんですよね。
なので、現代でも十分理解できるし、役に立つ言葉だと、そのように私は受け止めております。
なので、ぜひとも紹介してというところなんですよね。
ということで、何を紹介するかというと、ダンマパダと呼ばれるお経、日本語で言うと北経って言うんですよね。
北経、あるいはダンマパダ、どちらでもいいんですが、そちらのお経の中に書かれている言葉、それをご紹介したいなと思います。
ちなみにこのダンマパダっていうのは、お釈迦様の言葉が割と純粋な形、できるだけオリジナル、お釈迦様の実際喋った形に近い状態というふうに言われております。
なぜなら、私はこのように聞いたというような語り口で始まる、そういう言葉を集めたものがダンマパダなんですよね。
つまり直接聞いた人がいて、それを寄せ集めたということですよね。
どこまで本当かというのは実際はわかってないんですけども。
ただ研究によるとかなりお釈迦様の言葉に近いだろうというふうに言われております。
その北経、ダンマパダですね。そこからご紹介をしたいなというふうに思います。
紹介する言葉はこういったものですね。
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恨みは恨みで返しても決して消えない。恨みを手放したときに初めて消える。
これは昔も今も変わらない真理であるという言葉ですね。
すごくないですか。今でも十分理解できる内容ですよね。
昔の人もやっぱり恨みつらみということで苦しんでいる人多かったんですよね。
そこに対してお釈迦様が語ったことだと思います。
永遠の真理というふうにお釈迦様は言っております。
これは私たち人間が人間という社会を形成している以上、集団で生きていますから、
人間関係というのはどうしてもどこかで摩擦が起きてしまいます。
なぜならそれぞれが違うから、生きている環境が違うから、育った環境が違うから、感性が違うから、
いろんなものが違っていろんなものが違うものが協力し合うときにはやっぱり摩擦が起きるということですよね。
その摩擦の結果、摩擦がきちんと解消されることもあればそうじゃないこともあるというところですよね。
その中で恨みという形で人生を苦しめることもあるということなんです。
これはだから、やっぱり昔だからあった、現代だからあるということではなく、
人間同士、人間であるがゆえに起きてしまう、そういったことなんですね。
つまりこれは真理であるというふうにお釈迦様はおっしゃっておりますが、私もそのように思います。
では、なぜ恨みが消えないのかという部分ですよね。
恨みというのは実は非対称なんですよね。
恨む人と恨まれる人というのがあって、例えば何か余計な一言を言ったとします。
それによって傷ついちゃった、嫌な思いをしたみたいなね。
つまり、言った側と言われた側というのがそういう関係性があって、
そして言った側はもう忘れちゃっている。
でも覚えているのは言われた側、自分だけという状態ですよね。
そのように恨みというのは非対称性の形なんですよね。
そうなんです。
その恨み続けている間というのは言った側はもう忘れていますから、
06:03
全然言葉に対して何のコストも払っていないんですよね。
でも一方で言われた側、つまり自分ですね。
自分の方はそのことをいつまでも覚えていて、それに対していろんな思いがあってというような
その出来事に対してエネルギーを使う、つまりコストを支払っているということなんですよね。
苦しみのコストを払い続けているのは自分だよということなんですよね。
恨みを返すというような言葉もあるかと思いますけれども、
それは逆に火に薪を踏めるような行為なんですよね。
恨みを返そうといろんなことを考えます。
そうするといろんな恨みに付随していろんなエネルギーを支払っているということですよね。
ほんのり覚えている程度だったら私も、そうじゃなく恨みを返すためにああしようこうしよう、
こういうふうに言ってやろうとか、こんなことをしてやろうとか、そんなことを考える。
そうやってエネルギーをたくさんたくさん使ってしまう、相手は忘れているのに自分だけ。
これは自分の人生においてたくさんエネルギーを使っている、たくさんコストを支払っている、そういう構造なんですよね。
例えば、友達が何かぽろっと一言言った、余計な一言、そんなことがあったとします。
自分の知られたくなかったこと、それを結果的に暴露されてしまった。
相手は何気なく言ったからきっと覚えていない、気にも止めていないかもしれませんね。
でも自分はその言われたこと、すごく嫌な思いをした、恥ずかしい思いをした。
直接的にないにしても、自分で知られたくないことを誰かに知られてしまった。
そういったことをずっとずっと覚えているんですよね。抱えている、執着している。
そういうことってありますよね。私だってもちろんありますよ。
小さい頃、友達に言われた一言、やっぱり今でも時々思い出すことあります。
そうなんですよね。きっとその友達は忘れているとは思います。
09:02
しかもその友達に対して恨みを返してやろうとまでは思いませんが、
やっぱり少しだけその方に対して警戒をしてしまうというかね。
そういう部分はありますよね。
でもそれってやっぱり自分の人生にとってはマイナスですよね。良くないこと。
エネルギーを支払っているわけですから。
できれば自分の大切なエネルギーを自分のことに、自分の人生をより良くする方に使いたいですよね。
でもそうじゃないところに使ってしまっている。
じゃあどうすればいいのっていうところですよね。
ただこれはこうしなさいっていうことじゃなくて、こんなふうに考えてみてはという。
そういう提案みたいなものなんですが、まず恨み。
私で言えば友達に言われたあの一言。
それが頭に浮かんだときは、またあのことを思い出しちゃったな。
そんなふうにちょっと俯瞰してみる。
第三者視点って言ったらいいのかな。
まるで他人事のように。
自分事じゃない。
ちょっと一歩引いた目で見てみる。
そういう態度がいいんじゃないかなと思います。
失くそう失くそう。
これはダメだ。こんな考えはダメだ。
そういうふうに思うんじゃなくて、今そういうふうな考えが出たな。
いつものが出ちゃったな。
それだけでいいんですよね。
その上で、この友達に言われた一言っていうことを思い出して、
その方に対して、一言を言った方に対して、
どれだけ自分はエネルギーを支払ったのかな。
どれだけ自分の労力、コストを支払ったのかな。
そんなふうに考えてみるといいかもしれませんね。
大したことない、ちょっとしたことであったりとか、
それとも、もしかしたら自分の人生を揺るがせるような大きなことかもしれません。
いろんなことはあるし、どっちにしても、
相手に対して自分はどれくらいコストを支払ってるのか。
どっちがエネルギーを使っているのかというところを、
少し冷静に計算してみるというのがいいんじゃないかなと思います。
自分がどれくらいエネルギーを使っているか。
相手はどれくらいエネルギーを使っているか。
そんなことをちょっと考えてみるといいと思います。
そういうことを考えてみると、
なんかちょっと馬鹿らしいなというような考えにいくかもしれません。
そうしたら、今後こういうことは考えるのはやめようと。
12:04
こういう思いが出たら、それ以上追求するのはやめようとなるかもしれませんね。
そのような形で、恨み。
恨みは恨みによって消えることはありませんから、
恨まないという選択肢を選ぶということですね。
これは決して我慢をするということではないんですよ。
我慢するんじゃなくて、あくまでもそれ以上追求しない。
あ、恨みがあったな。
自分の中にそういった余計なコストを支払っているところがあったな。
というところに対して支払いをストップする。
もうこれ以上は支払いません。
という態度で望めばいいんじゃないかなと思います。
時にはどうしても顔を見たら思い出しちゃう。
というのであれば離れてみるということも必要かもしれません。
そうではない。
毎日顔を合わせなくちゃいけない。
そういう状況であれば、その出来事に対して話題になるようなこと。
その出来事と同じようなシチュエーション。
できるだけ避けてみる。
そういった努力ももしかしたら必要かもしれませんが、
それはその人の状況次第で考えていただければいいのかなと思います。
ともかくこれ以上コストを支払わないんだ。
というところ。
そういったところを意識付けるというのが大事かなと思います。
今日はこんなところでお話を終わりたいと思います。
このようなお話また聞きたいなという方は
どうかリクエストをいただければ、私の方でも必ずお答えしますので、
どうぞよろしくお願いいたします。
連常院副住職の幸文でした。
ではまたね。
13:58
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