子供の頃の宝物
小さい頃、神社の裏山の土手を掘ると、土器のかけらが出てきました。
土の中から現れるその小さな破片は、まるで宝物のようで、胸がドキドキしたことを今でも覚えています。
再び見つけた土器のかけら
先日、久しぶりにその神社を訪れました。
雨上がりのしっとりとした空気の中、ふと見ると、名刺ほどの土器のかけらが落ちていました。
そっと手のひらにのせると、ひんやりとしていて、遠い昔の時間が指先から伝わってくるようでした。
よく見ると、その表面には細かい線が重なり合った模様がありました。
指でなぞると凸凹が心地よく、作った人の指の動きまで感じられるようでした。
この模様にはどんな意味があったのだろう。飾りだったのだろうか。それとも祈りや願いが込められていたのだろう。
もしかすると、同じ形を何度も描きながら、家族の幸せや豊かな実りを思っていたのかもしれません。
作り手の想像
この土器を作った人はどんな顔をしていたのでしょう。
どんな暮らしをし、どんな思いで土をこね火に入れたのでしょう。
楽しい日もあったはずです。悲しい日もあったかもしれません。
そんな数え切れない時間の積み重ねが今、私の手の中にあるのです。
土器のかけらが伝えるもの
土器のかけらは小さくても、ただの割れた破片ではありません。
そこには人が生きてきた証があり、時代を越えてつながる命のぬくもりがあります。
私たちが毎日を過ごしているこの場所にも、長い長い物語が巡っているのだと教えてくれます。
何気ない土の中に計り知れない謎と尽きることのない夢が隠されています。
そう思うと、いつもの帰り道も見慣れた風景も少し違って見えてきます。