1. 浜辺のはなし
  2. #45 あなたの課題は私の課題で..
2026-01-28 22:26

#45 あなたの課題は私の課題ではない

白ワイン・小学生・大声の挨拶・嫌われる勇気・課題の分離・役割の境界・寄り添わない・承認欲求・他人は他人・薄情

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湘南の海で収録しています。浜辺のお話。
今日は火曜日で、昨日に引き続き自宅で仕事をしております。
昨日は、夜家にいたのでご飯をいつも通り作ったんですが、
いつも朝、子供を送った帰りに買い物をしているんですけど、
大体いつもお酒を飲むときは氷結無糖とかを買うんですけど、
何を買おうかなと思っていたら、後ろから殺草とおじいさんがスタスタ歩いてきて、
自分のちょうど真後ろにあった、たぶんそのお店で一番安い白ワインの瓶を
サッと取って、サッと去っていって、すごい早かったんですけど、
そんなすごい安い750mlの白ワインが400円しないぐらいで売っていて、
こんな安いのあるのか、普段ワインとか全然買ったり飲んだりしないので、
あんまり相場がわかんないんですけど、そのおじいさんも面白かったので気になって買ってしまいまして、
そしたら夜は案の定ガブガブ飲んでしまいまして、
たぶん半分ぐらい、コップを思いっきり2杯分飲んだので半分ぐらい飲んだんじゃないですかね。
そんなに酔ったりは酷くはなかったですけど、アルコール入るともう眠くなっちゃうので、
そこから仕事を8時半ぐらいから戻ったんですけど、
なんかちょっといまいち眠いなっていう感じで失敗したなと思いました。
でもまだ半分残ってるんで、たぶん今日も飲むんですけど、
ああいう瓶だと再現なく飲めちゃうんで、ちょっと怖いですね。
でも味は400円で買った割には全然まずいとは思わなかったので、
いいなと思いましたね。たまに買っちゃうかもしれないです。
今日だいぶ天気良くて晴れて、昨日までの寒さと打って変わって風もほとんどないので、
ちょっと暖かいかなぐらいになりましたね。
ちょっと暖かくなると嬉しいんですが。
今日はちょっと冷たい話というか、あんまり聞いていい気持ちにならない人もいるかもしれないんですけど、
ちょっと率直に思ったことを2つほど話そうかなと思うんですが、
1つは今朝の出来事なんですけど、
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さっきも言ったとおり、朝買い物して家に自転車で帰るんですね。
いつも結構線路沿いの細い道を走るんですけど、
今日はなんだか自分が進む先にすごい大量の人の並んでいる列みたいなのが見えてきて、
何かなと思ったら地元の小学校の遠足家なんかだと思うんですけど、
先生も結構いっぱいいて、子供ぐらいですかね、1クラス分は絶対いるだろうなと。
3、40人ぐらいいたかなという感じなんです。
小学校、低学年、中学年ぐらいですかね、遠足に行くんだと思うんですけど、
ものすごくちょうど狭い道なので、
自転車で横をすり抜けるのも結構すれすれで怖いなぐらいなところだったので、
無理に抜かすのも無理だからだいぶのんびりのんびり走っていたんですけど、
それにしても人数も多いので全然前に進まなくて、
これじゃ拉致が開かないなと思って、ゆっくり横をすり抜けようとしていたんですけど、
前々から先生たちとか子供たちは後ろ時折見ているから自分がいるのは気づいていて、
自転車来ているよって言っていて、いざ自分が通ろうとするとちょっと端の方に寄ってくれたりというのはもちろんあったんですけど、
そしたら突然子供たちが自分に対してすごい大声でおはようございますって言ってきて、
それも一人二人とかそんなんじゃなくて、集団の何十人という、
みんなじゃないんでしょうけど、ものすごい勢いで大きな声でおはようございますって挨拶されて、
これはすごい正直な気持ちなんですけど、うるさいなと思っちゃったんですよね。
そういうふうに人が通るときは挨拶しようねみたいなふうに言われているのかなと思ったんですけど、
自分はどうも音で結構入り込まれるというか、
自分の空間に一方的にすごい大きい音とか気になる音とかで入り込まれるのがすごい嫌で、
うるさいなって嫌な気持ちになっちゃったんですよね。
そんな子供なんだからこんなこと言っても大人げないなっていう話なんだと思うんですけど、
まあ率直な気持ちはうるせえなっていう感じでしたね。
そんな初めてですね、そんな体験は何十人も一斉に子供にバーって言われるっていうのはちょっと嫌でしたね。
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周りの家の人も別にそんな朝早くとかそういうわけじゃないからそんな気にしないのかもしれないですけど、
うるせえって言われそうですからね。
なんかちょっとモヤモヤしてしまいましたね。
それがいいと思ってやってるんだと思うんですけど、そうは思わない人もいるぞっていう。
知らない人から突然大声で話しかけられるとかね、相手が子供であろうと大人であろうと普通に嫌ですから。
反応も困るし。
おはようございますって返せばいいんでしょうけどね。
そういう気分にはもうならなかったので、そのまま過ぎ去りましたが。
ちょっと嫌な話ですね、これは。
もう一個は昨日一昨日、今日もその続編をしてるんですけど、
オーディブルでたまたま目についたずいぶん前からベストセラーになっているであろう、
嫌われる勇気っていう作品を聞いていて、
今その続編の幸せになる勇気っていうのを聞き始めてるんですけど、
こういう自己啓発症、哲学系とかビジネス系もそうなんですけど、
普段全くもう摂取しないようにしているので、
ビジネス症とかは読書をがっつり始めた頃は、それこそそういうのばっかりずっと読んでたんですけど、
気づいてみると読むは読むけど、結局身についたことって何かあったかなっていうと、
日常の仕事とかには知識ベースで多少役立つことはあっても、
何か考え方が変わったとか、全然そういうのなかったなって思ったときに、
じゃあもうそういうのを読んでも何かが身につくわけじゃないし、やめたと思って、
ほとんど、ほとんどというか全く読んでないんですけど、
哲学系とかもわからないんですけど、
なんとなくちょっと怖いものを見たたで聞いてみようかなと思って聞き出したんですよね。
書店とかではいつもどこでも見かけるので。
そしたら結構聞き出すと、久しぶりっていうのもあるかもしれないんですけど、
かなり面白いなと思って、
まあその時期に、
あっという間にずっと2倍速で聞いていて、
嫌われる勇気は昨日のうちにばーって聞き終えて、
今朝から幸せになる勇気を聞いているんですけど、
その一作目の、
嫌われる勇気、アドラー心理学ですか、
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それの本なんですけど、
二人の、
一人の青年と一人の哲学者の対話形式でずっと話が進んでいく、
ナレーションが二人ということもあって、
それもあって物語を聞いているみたいで面白いというのも、
これはなんかそういう意味では、
オーディブルで耳で聞くのがより良いんじゃないですかね、
今気づきましたけど。
その嫌われる勇気の中に、
課題の分離というキーワードがすごくたくさん出てくるんですけど、
まあそうですね、
端的に言うと、
あなたの課題は私の課題ではないという、
こんな感じのことを指すんですけど、
言葉としては、
あなたの課題は私の課題ではないという、
ここがすごくピンときたというより、
そもそも自分がそういうふうに常々考えているなという、
自分が考えていることをだいぶ全体を通じて
なぞってくれたような作品だったなというふうに思いました。
ちょっと終盤は正直話がすごいほっこうというか
とちらかっている気がして、
何言っているかわけわからなかったんですけど、
途中まではその課題の分離みたいなところは、
うーんそうだよねみたいな感じで聞いていたんですよね。
で、
自分が考えていることをだいぶ全体を通じて
なぞってくれたような作品だったなというふうに思いました。
それを特にどういう場面で
そういうふうに自分の場合強く考えているかなというと、
それはやっぱり仕事の中の振る舞いが一番大きいかなと思うんですが、
例えば分かりやすいことで言えば、
何でも仕事ができると何でもかんでも頼られるんですよね。
頼られるというか、すごく問い合わせとか
とりあえずあいつに聞いておこうみたいな感じになるし、
知識ベースとしてはあったりできちゃったりすることも多いので、
何でもかんでも聞かれて何でもかんでも対応するということ自体はできるんですけど、
ただそれは自分が本来持っている領域の話じゃなかったら、
対応できる内容であっても対応しないようにしているんですよね。
それはその人の課題というか、
自分の課題には本来なり得ないという、
本来自分が担当していることではないので、
あなた、相手が持っている課題を相談されても、
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それは自分が受け持っている範囲を超えた部分の話なので、
私の課題にはなり得ないですよということで思っているんですよね。
なのでそこをちょっと取り違えて、
何でもかんでもできるからと対応しているうちに、
役割を分担する意義そのものがなくなってしまうので、
そういうところはかなり意識的に区切っているんですよね。
だから一見冷たいなと思われることもきっとあるんですけど、
本質的なところをずれた対応に加担してしまうと、
そのうちみんな抱え込みすぎて潰れてしまうので、
それを意図的にしないようにしていますね。
何かちょっと違う話をしちゃった気がするんですけど、
課題の分離というのは、
何かしたりしなかったり何でもいいんですけど、
物事に対して最終的にその結果によって起こることとか、
責任とかを引き受けるのが最終的には誰なのかという、
そういう意味であなたの課題は、
あなたがその結果やその責任を最終的に受け止めるものだから、
それは私の課題ではないよということですね。
ちょっと説明が難しいですね、突然しゃべろうと思うと。
あと近いかなと思った、割と最近のこととしては、
結構悩んでいますみたいな話をされるんですよね、チームメンバーから。
そういう話が出ると、特にそれがその人の感情の面とか、
感情、気持ち、スタンス的なところ、感情的なところ、気持ち的なところで悩んでいますみたいなことを言われるんですけど、
それに対して自分が、一応自分が冗長で、その人がメンバーでという、
立ち位置関係はあるんですけど、その話自体はもちろん聞くことはできるし、
内容によっては自分が同じように感じたり、共感する場合はある。
聞くことはできるし共感する場合もあるけど、
ただ寄り添うことは自分はしませんよというふうに答えていますね。
それは自分の役割じゃないからというふうに答えています。
もし相談して寄り添ってほしいというか、自分を慰めてほしいみたいな、
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もしそういうことを望んでいるんだったら、それは家族か友人か、
もしくはそういう話をしてもよいと思える別の同僚か、別の人にしてくださいというふうに話しています。
これもだいぶ冷たい話だなというふうに思われるかもしれないんですけど、
これこそ課題の分離なんじゃないですかね。
その気持ちの面でどうとか、別に気持ちじゃなくてもいいんですけど、悩んでいることがどうとかって、
結局のところ最終的にそれを解決できるのはその人自身でしかありえないじゃないですか。
ここを結構取り違えたり、あんまりよく考えていないなと思う人ってすごい多いと思うんですけど、
相談するのはもちろんいいんですけど、でも相談相手が自分の相談事を解決してくれるわけじゃないですからね。
意見をもらったり、ヒントをもらったりとか、自分だったらこう考えるけどみたいなフィードバックをもらったり、
することはできるし、それをもらうことを目的として相談するっていう、
そこが分かってて相談するのはすごくいいと思うんですけど、
そうじゃなくて解決してほしいっていうタンク?
あと解決してほしいっていうよりは分かってほしいみたいな感じ?
つまり寄り添ってほしいっていうふうに一旦自分は変換するんですけど、
それを相談相手に望むのは少なくとも冗長がいて、メンバーがいて、
そこでのワンワンですよみたいな、そういうやっかわりの場で寄り添ってほしいって
そこでその相手に対して思うのはちょっと違うかなというふうに思ってるんですよね。
言葉のまんまその通り伝えてますけどね。
聞くことはできるし、共感する場合もあるとは思うけど、
寄り添うことはしないですよ。
なぜならそれを最終的に解決するのはあなた自身でしかないんだから、
自分が解決できる話ではないから、フィードバックはもちろんするけど、
そういう趣旨での相談にしてくださいねって伝えてますね。
ひょっとしたらこいつに話してもしゃーねーなって思われたかもしれないですけど、
それならそれでいいんですよね。
この相手はこういう話の仕方とか相談の話の仕方をする相手じゃないんだなっていう、
そういうふうに理解はしてほしいので、それも役割ですよね。
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役割、課題の分離はつまり役割の分離なんですかね。
自分の中でイメージしやすいのは、最初に話してた担当領域の話も同じですけど、
担当領域の話は組織の話だからちょっと違うかもっていう感じはしますが、
そんなことを考えていて、小学生におはようございますって言われて、
うるさいなって思っちゃった話とか、これは好感度下がりそうですけど、
好感じゃなくていいですから別に。
今ちょうどその幸せになる勇気の方を聞き始めて、
今ちょうどその承認欲求の話が出てるんですけど、
これも結局今ちょうどその反論みたいな話が出てたんですけど、
承認欲求に基づいて動いてなくなった感じですかね、自分は。
それよりも自分で自分自身を認めるっていう、
そんなワードがさっきちょうど聞いて出てましたけど、
まさにその通りだなっていうふうに思っているので、
結局のところ何して生きててもそうなんですけど、
自分が何をやってどうやって生きていくかって自分しか決められないですからね。
それを他者から存在をわかりやすく言えば褒められたりとか、
感謝されたりとか、ここにいていいんだみたいなふうに思わせてもらえるみたいな、
そんなふうに考えていると結局それは自分自身の存在を他者に委ねているだけだよねっていうふうに思うので、
これはよくスーさんの相談踊るでもそういう話が出る気がしていて、
そういう話が出るたびに出た出たこれみたいなふうに思っているんですけど、
極論自分以外の人間が結局その相手が家族であろうと何であろうと、
自分以外はみんな他人だと思っているので、
別に冷たいって思われたらそれで構わないんですけど、
でもそうじゃないですか実際、自分は自分で自分以外は自分以外の人で他人だから、
他人の人生をどうこうする権限もなければすることもできないですからね。
そんなことを言っているからね、母親にあんたは悪情な子ねなんて言われて育ってきたのかもしれないですけど、
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でも承認欲求みたいなのもある意味このポッドキャストが
そういうちょっとうがった形での承認欲求にならないようにということは
ちょっと気をつけないといけないかなとは思っておりますが、
でもこんな話をしている時点で承認欲求も何もない気がしますね。
これで誰が承認するんだろうっていう。
同じふうに思う人ももしかしたらいるかもしれないですけど。
ちょっと強い内容になっちゃったな。
でもこういう本当に思っていることはこういう感じですかね。
もう時間だいぶ長くなっちゃったんで、今帰り際というかトンネルをくぐって
階段を登りながら自転車を拾って帰ります。
ありがとうございました。
22:26

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