私てらだです。 シャークンです。よろしくお願いします。
ということで本日も始まります。心の砂地。
いやだからほんま見た瞬間俺ランディ・サフェージみたいになってますね。
あんまおらんけどね。派手さの引き出しにランディ・サフェージしてますね。
ランディ・サフェージみたいになってますね。
でもやっぱ天竜とランディ・サフェージの試合も見るよね。
心の砂地。シャークン。
はい、というわけでまずはちょっとカモンカモンのね、概要を説明していきたいんですけれども、あらすじをね紹介したいと思います。
ニューヨークを拠点にアメリカを飛び回るラジオジャーナリストのジョニーは、
ロサンゼルスに住む妹が家を留守にする間、9歳の老いジェシーの面倒を見ることに、
それは彼にとって子育ての厳しさを味わうと同時に驚きに満ち溢れたかけがえのない体験となる。
それぞれの孤独を抱えた二人は、ぶつかりながらも真正面から向き合うことによって新たな絆を見出していく。
というところですね、これは公式サイトからインをさせていただきました。
で、先ほどシャークさんもおっしゃってましたけど監督脚本がマイク・ミルスっていうね、
まあ映画も撮ってますけどそもそもグラフィックアーティストの方。
そうですね、ストリート系の。
はい、出演がホワキン・フェニックス、ウディ・ノーマン、ギャビー・ホフマンとか多数あるんですけれども、メインはこの3役ですかね。
そうね、ほとんどこの3人しか映ってないもんね。
そうね、いやでもホワキン・フェニックス、僕そんなにいっぱい作品見てるわけじゃないですけど、
インヒアレント・バイスとかジョーカーとかの印象だと結構このなんかもごもごしゃべるイメージがあって、
その中でこのもごもごボイスがさ、逆にこう今回はちょっと安心できるこのおじさんの演技に生かされてる感じがあって、
ああ、こういう役似合うんやっていうのが。
まあ、なんかそういう映画でいろんな役見てるっていうのもあって、
こう、余計ね、ホワキン・フェニックスが出てるっていうのにはそういうところに意味があるんだろうけど、
いろいろあったんやろうなっていう感じの中年の感じが良かったね、やっぱりね。
そうね、だからその昔から穏やかのおじさんでは決してなかったんやろうなっていうのがすごく、
ホワキン・フェニックスの他の出演作を見てる分そういう深みみたいなのが出てしまうっていうのはあって。
ああ、やっぱね、人としてのあれがちょっと、ホワキン・フェニックスがやってるってことがこの映画を特別にしてる何かっていうのは間違いないでしょ。
はい、あとまあその妹のね、ビブね、ジェシーの母親のウディ・ノーマンもなんかすごくいい役だったなというか。
よかったねー。
ちょっとかっこいい感じの雰囲気のお母さんなんですよね。
言ったら若い時はニューヨークノリノリの文化に尖った人だったはずなんだけど、そういう人が中年になって、ソフィア・コッポラとかもそうなんだけど、みんなそういう映画作り出してるっていう現象はあって。
あんま使いたくない表現かもしれないですけど、そういうオシャレさみたいな音楽の使い方とかは完全にそういう匂いが残ってる感じがしますね。
さっきのTシャツもそうだし、奥にちらっと映ってるレコードとか、いろいろ小物とかはそういう意味があるんだけど、その辺にも。今回音楽もナショナルの兄弟がクレジットされてたね。
ナショナルね。あんま通ってきてないですよね、ナショナル。
僕は聞いてわからんかったバンド代表ぐらいに名前出るぐらいの距離感。
ナショナルね。僕もあんま、でもかなり話題になってなかった。
当時はそれこそニューヨーク、USインディーみたいな、ヴァンパイアウィークエンドみたいな。
あー、ヴァンパイアウィークエンドか。
その辺。ナショナルもうちょっと前からいるんだけど、その辺のって結構言われてたよね。
今のナショナルがどれほどどういうのかって僕もかなりわかりかねてるけど、ずっとね。
言ったら前ウェスアンダーさんの話をしたことがありますけども、その時周りの人っていうかね。
日本でもやっぱそういう、ある種オシャレのアイコンとしてずっとやってきた人っていうのが、
今回このブラック&ホワイトっていうかね、ホンマ白黒映画で、
オシャレはもちろんオシャレなんだけど、そういう話を一切してないやんか。趣味趣向とか。
そうですね。やっぱノイズになるからっていうのもあるんやろうけどね、そういうものは。
そう言ったらすごいミニマルなものを撮ってるっていうか。
やっぱり20th Century Humanとかはすごい好きな映画だけども、
ちょっと僕は個人的には一番下の息子っていうのを、
マイク・ミルズが自分の少年時代っていうのに投影してるんだろうなっていうことを僕は勝手に思ってて、
そこがスケボーをやって、ハードコアのライブ行って、
すごい戦影的な姉達に育てられてみたいなさ、
ちょっとこう、インテリのやだみみたいなさ。
鼻につく感じみたいな。
まさしく鼻につくなと思ってはいたんだけど。
まあなんかさ、そこは僕やっぱちょっと逃れられない部分があるかなと思ったところがあって、
批判的なものを差し込むのであれば、
シャークさんコレーダー監督の名前も出されてたと思うんですけど、
コレーダー監督とかと決定的に違うところってこの貧困の匂いがあまりしないというか。
そうだね。
今回のカモンカムについてもあまりお金の事情みたいなことは問題にはなっていないですよね。
だからどうしてもやっぱりそのあたりは不必要だったっていうのもあるかもしれないんですけど、
ちょっと鼻につく人は鼻につくのかもしれないと。
確かにね。
日本とアメリカでそういうシングルマザーとかのケアとか、
それが違うっていうのが大きい理由としてはあると思うと思うんだけど、
すごく登場人物が抱えてるのと同じようにすごい感じたし。
だから任されてね、母から。
任されてホワキンフェニックスが一緒に、
一日いるだけでもめちゃめちゃ疲れたみたいなもんさ。
見ててすごいその疲れが伝わってくるから、
結構うんざりみたいなさ。
そういうとこまで入っていけたから。
そうね。結構まあやっぱジェシー可愛いみたいな感想もあんねんけど、
そういうこっちゃないというか、
そういう感想を否定するわけではないんだけど、
ああいうシャークさんが言う落ち着きの無さみたいなもののリアリティがやっぱすごい。
まあそういう人の持ってるしんどさと愛らしさっていうのがすごく伝わってくるなっていうのが好きでした。
なんかやっぱめちゃめちゃ可愛いところは可愛いように撮ってるんやけど、
やっぱそこでギリ創殺されない感じみたいな感じだな。
あるねそれは。
途中でジャクリン・ローズの母親たちっていう。
本の引用みたいなのが差し込まれるところがあるんですけど、
そこの差し込まれたのがものすごく刺さるんですよね。
母性っていうもの、個人的な政治的な失敗のための究極のスケープゴートであるっていうような部分の一節が出てくるんやけど、
なんかそこの部分がさ、いやもうほんまにそうやんみたいな。
言ったらその政治的な失敗だったりっていうもののさ、しわ寄せを全部その末端の育児に関わる人たちっていうのが辻褄合わせしていかないといけないっていうことですよね。
安全なものを保障していかないといけないっていうのが、まさに本を読んでるとも伝わることではあるんだけど、
映像をもってしてその一節が差し込まれるから。
いやもうしんどいよ育児みたいな。
そのビブの振動さみたいなのがめちゃくちゃクリーンヒットするっていうのは。
なんかでもそういうのが入ってさ、次パッてどっか一緒に行ってるシーンとかでさ、
引きでもうすごい完璧なショットみたいなのが出るやん。
海辺でさ、2人で歩いていくとかさ、街の中を歩いていくシーンとかさ、もう超美しいやん。
あれってうわー素敵だなーみたいなさ、すごい愛おしいなってなるやん。
その2人の関係とそれでも彼らがコミュニケーションをしている感じっていうのが一緒の場所にいて。
やっぱその寄せるとこと引きでグッとさ、撮るとこみたいなの強着がすごくて。
あーそうね。
まあ海辺とかもそうやし、街を引きで撮ってるとことかもすごいよね。
あの迷子になるシーンとか。
いやすごいね。
すごいよね。このやっぱ2人だけの世界やったみたいなところが引きになって、
急にやっぱこの街の中に迷子になるっていう、なんていうのこの世界に凍り込まれた感みたいなのはね。
多分それってほんと育児とかそういうことが、言ったら3人とか2人だけの世界みたいな感じになっていくけど、
いざこう社会っていうのが出たら、この中の街中のここなんですみたいなさ、そういう感じで描かれてて。
うわー俺は映画を見ていると思うね、ああいうのを見るとね。
映画の素晴らしさですね、ああいうショットがあると。
素晴らしいなと思いましたね。
気になったところで言うと、ジョニーが独身であるっていうことを結構強調される。
一発目から言われるからね、そこにね。
別に独身が別に悪いってわけではないんですけど、
ジョニーっていうのが前半語ったみたいな、家族の存在から切り離されている存在であるし、
なおかつ、ジャーナリストでその街に住んでいる子供たちにインタビューをするけど、
ジョニーはインタビューをしたらもう関係性は折れだけど、
その街ではその子供たちは明日も生き続けるっていうものとして、
またちょっと街からも切り離された存在、特別な存在として描かれてるっていうところがあって。
そういう存在がジェシーと触れ合うことによって、でもまた別れるわけじゃないですか。
それで忘れてしまうよっていうのが、より苦しいところでもあるよね。
まさにそういうことを知ってる人やから、ジョニーは。
そうなんだよね。だからこそああいう子供たちのインタビュー、これからのアメリカの話みたいなのを、
自分よりすごく若い世代に聞いていってるってことを仕事にしてるっていうことと、
自分のいった憎しん関係にある子にいざマイクを向けた時には語ってくれないっていう見事ですよね。
やっぱそのジョニーがコミュニケーションを取ることに対してすごく誠実であるっていうことが、
ジェシーとの関係だけじゃなく仕事にしてるところからも伝わってくるっていうのがものすごく僕は良くて、
なんかそのジョニーのインタビューしてる子供っていうのは、
ジョニーにとっては今日会うだけの人だけども、明日もその街に住んで生き続ける存在だっていうのって、
すごく僕も海外旅行とか行った時に強く思うことなんですよね。
エンタメとして消費しちゃうのやばいなって思っちゃうんですよ。
そこで会った人たちをさ、自分の非日常を味わわせてくれるエンタメみたいに思っちゃうのって最悪じゃないですか。
ある種、もっと例えばスラム街とか行ってとかスラムツーリズムとかですごく批判されたりするけども、
まあそういうラインっていうことだよね。