なんか昨日ちょうど高校の頃の同級生と話したんですけど、その子はまあ今は全然やってないですけど、
やっぱそのマッチングアプリをめっちゃやってる頃とかあって、高校に行ったりとかしてる時があって、
その時に別に対象の相手が好きなわけじゃなくて、この人を持ち帰るというか。
はいはい、攻略したいっていう。
そうそう、ゲームとしての勝ち負けとしてが正直考えられてなかったみたいなことを言ってて。
はいはいはい。
だからもう全部そうなんですよ。仕事も受験も恋愛も全部そういう目でしか見れなくなってしまうっていう。
いやだからそうなんよね。だからそういうのってやっぱ人間の人権意識とかそういうことを、
言ったら攻略する、だから勝つっていうモデルで生きてるっていう危うい人、めっちゃ危ういことやんか。
で、そういうことをやる人ってなんか、僕はその人間を食っちゃう人ってよく言葉で表現するけど、
はいはい。
食っちゃえっていう人の利益になるからね。
マッチングアプリとかだったら恋愛をしろとか、パートナーを作れっていうことで利益を出してるし、
そういったいろんなさ、言ったら資本主義みたいなでっかいものに全部回収されちゃうみたいな話はあるが、
そういったところのために、そういうお金を使え、働け、恋愛をしろ、結婚をしろ、子供を作れみたいなところは、
そういったものからのプレッシャーで与えられてるもんっていうことは結構あるみたいな。
で、それを内面化しちゃった人が人間を食っちゃうみたいな感じで。
で、その初めに戻すと、食べられる側に若いうちっていうのはすごいなるっていう話。
それはそうですね、ほんとに。
うーん、ある種僕らはさ、男性であるとか、それなりに働いている人間である、
毎月働いて給与とか振り込めながら生きている人間であるっていうところで、
ちょっと多少さ、それがこなせる人間になったとこで、食う側にもなってる部分はあると思うんだけど、
その、やっぱ食われる側だった時のこととかを、やっぱすごい忘れるなーみたいな、若い子とかと喋ると。
うんうん、そうね、確かに。
で、自分が危うかったなーとか弱かったなーっていう時とかって、
なんか冒頭ちょろっと話した、
なんかその、同じようにしんどいとか、それかもっとしんどい人みたいな人と一緒にいることが、
少しこう癒しというか、あ、そうだよねーみたいな感覚になれるみたいな、ここがあったなーっていうところがあって、
そこをさ、そういう危ういこととか、例えば自分のトラウマだったり、
自分のしんどい経験みたいなのを打ち明ける、互いに打ち明けるみたいなところで、
なんかそういうことってさ、まあ本当にその、悪い親玉が一緒だったりするからさ、
まあそれこそその、お金重視の社会とか、だからこそそういう弱い立場に歪みが出ているみたいなところやんか。
だから、わかるって言い合いやすいというかさ、全然違う体験でも、
しんどいことはここがしんどいよねーみたいな。
で、それってさ、癒しだし、すごいコミュニケーションになるし、いいんだけど、
なんかそこがすごい閉じられていくというかさ、
これって共感っていうより、まあ共感なんだけど、こういうこと共鳴だと、
なんかふとさっき思ってて、共鳴してるみたいな、それぞれが。
なるほどね、具体的な事象で共感し合ってるっていうよりは、なんとなく同じ立場があって、
共鳴し合ってるみたいな。
そうそうそう、響き合っちゃう。
で、なんかそこの音がハーモニーとしてこうお互いになってて、気持ちいいから、
やっぱ会うと、別にそうじゃなくても共鳴し合えるっていうことで、
どんどんこう閉じられた関係になっちゃうみたいな。
あー、で、そういう感情がこうどんどん増幅されていく感じとかね、わかるしね。
そうそう。見てたらさ、友達とかが友達として仲良くなって、
なんかどんどんたぶん閉じていっちゃう人っているやんか。
そのグループとかでいたんやけど、たとえば2人とか、
まあそれは、たとえば恋愛関係とかだとわかりやすいけど、
恋愛もその共鳴でいく人とかいるから。
まあ、共依存とかに言ったりするからね。
うん、そうそうそう。
どんどんこう、互いで依存していって閉じちゃって、
もうそこでしか遊ばなくなるみたいな。
で、そのこと自体はさ、なんかもう世界系じゃないけどさ、
君と僕の世界みたいなのって、まあ誰しもさ、大事だし、やっていいと思うし、
僕からするとそこでも、互いが完結し合って幸せなら、
もうそれでいいやんって言って、そういう時期もあるだろうし、
もしかしたらそうしかしたくない時間があるし、
そうしなければ彼や彼女らは立てない時間があるみたいなことは、
なんか僕もそんなどっぷりはないけど、感覚としてちょっとわからんでもないことないから、
ああ。
それでいいやんって、うん、すごい思ってる部分もあるんだけど、
うん。
多分それはまだまだ僕が20代とか10代の感覚、周りに、
そのどんどん共鳴して、はいはいって飛んでいく人がもっともっと多かったし、
うん。
跳ね返りも早いというか、やっぱもう全然ダメでしたみたいな、
あの人やばかったですみたいな感じで帰ってくる友達とかさ、
うん。
そういう入れ替わりがどんどん激しかったから、
うん。
まあまあそういうもんだよねって思わないと、
この毎回それにさ、感情持ってかれてるとしんどいし、
うん。
しんどいっていうのも俺は別に関係ないからいいかみたいなさ、
ただ友達になっただけみたいなとか、
うん。
そういうことも思ってたんだけど、
こう35ですから今僕、
はいはい。
ゆっくりとさ、なんかもっと深いところにドーンって友達がさ、
さよならしてしまうみたいなこともなんかだんだん経験していくというか、
具体的に言っちゃうとさ、まあこう言うと分かりやすいけどさ、
うん。
さよならしていくとか閉じていく理由が、まあ言ったら陰謀論とかさ、
ヤバめのネットワークビジネスとか、
うん。
信仰宗教的なものとかだったりとかにいるとかで、もうなんかさ、
閉じられ方がもう多分1年2年3年とかで、ああやっぱダメでしたとかってのが、
これは10年とか20年もしかしたら今後の人生ではもう1回待ち合わせることないんちゃうかなみたいな、
うーん、なんかそういうさよならしてしまう、まあしまうって言い方もあれなのかもしれないけど、
友達とかのことを、
うん。
なんかそういう共鳴することと、じゃあどうすればよかったんだろうねみたいなことはすぐ考えてるみたいな。
ああ、そうやなあ。
まああの勧誘とかはまああるあるって言いますよね。
まあまあ勧誘ネットワークビジネス系ね、まあいわゆるマルチ商法とか。
うん。
まあちょっとほんまに自分の友達がそうなっちゃうってことが僕あんま想像できんくて、
ただなんかまあ唯一ちょっと違うかもしれないけどあるとしたら、
なんかその結構仲良かった友達が異常にこのギャンブルにハマっちゃったことがあって、
うんうんうんうん。
その時は本当にちょっともう言葉が通じない感じがしちゃうというか。
うんうんうんうん。
その時にどうしたらいいんやろうなあと思ったよね。
うーん。
なんかでもほんまそのレベルの娯楽しかもう脳が需要できてないのよね、そういう時期。
うーん、そうね。
相手って。
だからその人にとってはまあ一番癒やしなんやろうね、こう自分にとって効率のいい。
なんかそれをやっぱ自分が否定できるんかって思ったんですよね、割と。
うーん。
でも今この瞬間の精神状態のこの人にとってはもうそれしかないんかなみたいな。
で、そうじゃないともうもしかしたらその命を例えば絶っちゃうというかさ。
うーん。
そういうのって考えたらまあこっちの方がマシかみたいな。
なんかそういう二択で考えてしまうときはある。
そうねー。
実際のところ本当に相手がどういう苦しい決断をしたのかっていうところがわからないっていうのがあるからね。
うーん、まあなんかそこがさ、その決断っていうよりはこう緩やかに入っていって。
飲み込まれていくみたいな。
そうそう、で本人としては別に何も変わってない感覚っていうのがやっぱすげえ怖い話だよな。
まあ外から見たら。
全然どこでスイッチが入ったんだろうとか、どこでこうなっちゃったんだろうとか、なんかそう思ったりするけど。
たぶん彼や彼女にとってはその緩やかにこう、まあ今ちょっとそういうこと考えてんだぐらいで。
まあ例えばSNSだったら、なんかそういう投稿だけになってるとかね。
で、これがまあ例えば陰謀論とか、まあそういうそういう反ワクチン的なことだったり、まあ差別とか。
まあ言ったらアメリカのディープステート的なものの、こういう人たちがいてみたいな、そういうもんとか。
まあもっとライトな都市伝説的なところからそっちに行くっていう人とかもいるし。
なんかその辺のボーダーが見えにくいところが陰謀論系とかはなんかたしなみなのか、どこまでガチで思ってんのかっていうのが外から見るとちょっとあんまわかんないみたいな。
まあ確かにこの都市伝説レベルで楽しんでた人が、
じわじわと侵食されて陰謀論にハマっちゃうみたいなのが全然あると思うしね。
そうそう。し、なんかその語り手の人とかもみんなそうなんだよね。
はじめはなんか芸人だったりだって、ある程度受ける話術としてやってたのが、
ずっとやっていくうちにガチで言ってったほうが受けがより良くなるから、どんどんどんどん言って。
本人はバランス取れてると思ってるけど、全然、いやもう発信の内容としてそういうことを言い切ってしまったら、
もうあなたは余裕で人を殺してる可能性がありますみたいなさ、陰謀論とかの場合だったら。
アメリカのね、ああいうピザゲートの事件とか、ピザ屋の地下にそういう誘拐してる子供たちを囲ってるところがあるっていうことを信じて、
銃乱射したやつがいるっていう最悪の事件があるんだけど、
本当に分かりやすくそういったとこにならなくても、マジで人を殺しちゃってることって多分あると思うんだよね。
そういったことで人間を孤立化させて、その人がコミュニケーションできなくなっちゃって、来ていけなくなっちゃうとかっていうこともあるし。
まあまあそういうことは何回も俺に触れて言ってるんやけど。
なんかでも、例えばちょっとハマっちゃった友達とか、ちょっとコミュニケーション取れなさそうな感じするなーみたいな人とかと、
会って面と話してみると、別に多分だいたいが、割とコミュニケーション成り立つことは多いっていう感覚が僕はあるんよね。
まあ話はね、通じるか。
特にそれはSNSの山行って話でもあるけど、SNSだとそういうことだけずっとやってるけど、
多分そいつにとっては24時間それやってるわけじゃ意外とないとかさ。
あーそれはあるよね。
でもみんな今SNSで人間見てるから、
うわもうずっとこれしか言ってない人なんだって思っちゃうけど、会うと別に普通のことを、
今日の天気の話とかする時間もあればみたいな、これ美味しいなっていう時間もあるから、
まあそういったところで、コミュニケーション成り立つかみたいなことは結構あるなっていうことはすごく思ってて。
なんか僕、社交活動っていうのを去年ぐらいからやってるんやけどさ。
言ったらそういうインターネットのアイコンとか、たまに社交前にオープンチャットとかで軽くやり取りしたから、
どんって、あ、何々ですって言われることもあるんだけど、
訳わからんハンドルネームのやつとか、例えば競馬の馬みたいな名前のやつみたいな。
そういうやつとかが。
よくわからんられっての。
で、SNSとかを見てみたら、大丈夫かなみたいな、話せるかなみたいな。
それこそ政治のことしか書いてないみたいな人とかも結構いるやんか。
これはこれで一つの病だと思うけど。
でも会ってみると全然、めっちゃ普通みたいな。
むしろ面白くコミュニケーションできるみたいなことって。
これちょっと極端な例だけど、めっちゃあるというか。
だから対面でのコミュニケーションっていうことの素晴らしさというか。
人間っていうのは、ちゃんと話し合えるっていうことは、対面するとすごい信じられるところはあるっていうのはあるんだけど。
うーん、そうそうそう。
それ何?えー、そうなん?ちょっとわからんわみたいな感じで、このしっかりした意見、何か根拠のあるもんじゃないと授与しなさすぎてるな、みんながっていう。
うーん。
それはだから縮こまっちゃうよねっていうのはあるね。
わかる。だから俺なんかさ、普通に雑談とかでさ、会社の雑談とかでフェンって流しとけばいいやつとかでも、
それで、ああそういうもんすよねって言ってると、もうおかしなっちゃうって時があるわけ。
明らかにおかしいのに、まあどっちもやばいっすよねみたいな話みたいなさ。
明らかに被害者加害者の立場の、例えばインターネットとか、なんか事件の案件なのに、なんかどっちもどっちっすよねみたいな会話になることって多いんよね。
会社の雑談的なもんで。
で、俺はそれがマジで許せない。もうそういうことを言われたらやめようと思って、それで怒られたら俺はもう別に、この場所が終わってるんだから俺は間違ってないし、
そういう独裁方をしたくないっていう、反逆者みたいになってしまってるから、もうそうして生きようと思ってるから、
いやそれ、それねマジでおかしいんですよみたいな。
全部うわーって、そんな朝のみんなフワフワしてる時にポロッと言っただけなのに、なんか立ち上がってもう全部演説のように喋っちゃうみたいな時があるんだよね、大げさに言うとね。
いやそれは違ってーみたいな、とか言うんだけど、みんなやっぱびっくりしてるもんね、毎回。
あー、なるほどね。ちょっと難しいよねテンション感は。
そう、俺も、そうじゃなくてこういうこともありますよねって言えばいいんだけど、なんかやっぱ演説的に喋んないとちゃんと伝わんないっていう空気。
ポロポロって言っただけでは、ああまあそれもあるよねみたいな感じだけど、いやもうなんも伝わってないやんみたいなさ、
っていうことがめっちゃあるから、もうそこまででよしとけばいいのに、ちゃんと説得性を持ちたいがために、もう演説のように喋っちゃうみたいなことってあるんよね。
へー。
だから、でそれって多分インターネットとかで起きてることもそうだし、正しいこと言ってるけど、なんかわけわかんない長々した演説に見えるから伝わんないみたいなこともあるだろうし、だからもう、むずみたいな。コミュニケーションむずいなーみたいな。
だからまあ、そのあんまりそこに別に正しさとかを求めてないっていうか、まあ倫理的な落とし所をそもそも考えてなくて、
雑談として表示されてるものやけど、いやめちゃめちゃ普通にパワハラとかゼクハラの話する、そういうことってまあめちゃくちゃあると思うんですよね。
だから、そこがまあ本当にどうでもいい、誰も気づかないぐらいのもんだったら、別にその笑い話にしていいんだけど、やっぱそういう人権的なものに触れるとかハラスメントに触れるとかね、差別に触れるみたいな話になっちゃうと、
なんかそれはやっぱ自分がいる立場として、それが普通にまあそんなもんだよね、どっちもどっちだよねみたいなものになると、俺はそんなところで働きたくないみたいなさ。
そういうさ、メタに自分の言葉の使い方の認識とかって、まあ僕とかはさ、テラダもできるけど、ポッドキャストとかも6年とかやってるから、
あ、伝わんねえなっていう感覚はちょっとわかるやんか。だから、たぶんそういうことができるんだけど、あんまりそういうことって人間、これは特殊スキルなんだよね、だいたい。
とか、たぶん大学とか、研究とかラボとか、そういうとこに行ったら、定義をまず決めていくみたいなこと言われるから、
これはこういう定義で、みたいなこと。定義から始められる人って、アカデミックの人とかいるけど、でもまあそういうことももうごく少数やんか。
だから、オリジナルの語彙で当たり前のようにそういうことを使ってるっていう人間がやっぱりすごい多いんだよね。
ああ、なるほどね。まあそれ、なるほどなあ。まあそれはあるかもなあ。
そうそう。で、なんか僕とか、多いのが、まあそろそろ先輩との関係が俺は多いからね。先輩たちがまあよく揉めるわけよ。
で、その第三者としてこういうことなんやけど、どう思うかっていうことを聞かれるみたいなことがすごい多いんだよね。変な立場なんやけど。
で、聞き取りしていくわけ、ずっと。すると、え、これってどういう言葉で、それって何何って言ってるんですかって聞いたら、
これはこうこうこうで、はいはいはい、みたいな。
ああ、なるほど、みたいな。で、揉めている人の方に、もうまたオリジナルの語彙で、
え、それってどういうことで、どう思ってどう言ったんですかみたいな。
これってどういう意味でこの言葉を使っていますかって言ったら、ああ、こうこうで、みたいな。
ああ、それはちょっとあんまりよくわかってなくてとかさ。ふわっとしてて使ってるみたいな言葉だったりとかで。
で、その、僕が明確にしたやつを二人ともに当てると、「あ、そういうことやったんか。」みたいな感じになるのよ、だいたい。
だから、その、だいたい5人で切れ合ってるんよね、だいたい。言葉の意味を取り違って切れてるってことが多いんだよ、揉め事って。
そうやろ。実際、だってさ、ほんまにこう、言葉というか意味合い、お互いの意図するところを、ほんとにちゃんと細分化してコミュニケーションしていけば、ほんまに喧嘩ってなかなかなりにくいところだと思うんだよな。
そうそう。
こことここが自分たちで違うんだねとかさ、そういうレベルの話って別に怒りじゃないと思うからさ、違いを発見していく行為だから。
でもやっぱりそこをないがしろにして、しかもやっぱり言いづらいと思うんだよな。なんか知らんけどこういう言葉で言ってるっぽいなって。
今更なんですけど、これってどういう意味でしたっけって、たぶん絶対言われへんと思うから。
言えない、言えない。
だから、やっぱりそういうことになっちゃうのよね、ふわっとしてる状態で進んでいくとね。
だからこれは、アドバイスとしてはやっぱ、それはやっぱやらなあかんのよね。言いにくくても、え、それってどういう意味で何々って言葉を指してんすかみたいな。
引っかかったワードとか、わかんねえなってことがあったら、やっぱそれは話し合いとか喧嘩になりそうなものとかの時だからこそ、冷静にそれってやっぱやんないといけなくって。