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  2. 共鳴しちゃう、みたいな関係
2026-10-10 49:42

共鳴しちゃう、みたいな関係

M58.《さよならしてしまう友達のために、それでも》というのが台本作成時の仮タイトルでした。言葉や距離に込められた祈り、についての話。これは、恋バナだ。
《「恋愛は あらゆる抵抗に打ち勝つ相思相愛の力」「友情は 相思相愛でありながら抵抗によって達成出来ない疑似恋愛関係」》(吉野朔実『恋愛的瞬間』より引用)
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感想

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00:00
やっぱり若い時、僕はしんどかったっていう経験があるんですけど、それっていろんな要素がある中で、なんだかんだ若い10代だったり20代前半だったりっていう時っていうのは、弱い立場であるっていうことが、そのしんどさ、危うさみたいなところの要因だったなと思ってて、
そういう時って、危ういことを共有する友達とか、なんかその同じような立場にいるっていうことが、なんか言葉にしなくても共有し合える友達みたいな存在っていうのがすごくありがたかったし、だからこそそういった寂しさみたいなところもあったと思うんだけど、そこにわかってくれる友達がいて、ずっとその友達たちと一緒にいるっていうことが抵抗であり、
その弱い立場であるっていうことをお互いわかってるってことと、本来人間としてコミュニケーションする形よりも、共鳴しちゃうみたいな。若い同士、危うい人間同士で共鳴しちゃうみたいなことが僕にもすごくあったし、それは自分の中では大事な経験だったと思ってるんだけど、
それって大丈夫だったかなみたいなこととか考えていて、そういう話を今日はしたいなと思っております。この番組、心の砂地は様々な文化や日常の築きをヒントに考え続けることで、言葉の記憶装置を目指す教養バラエティ番組です。私、シャークくんです。
はい、そして私はてらだです。よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
なんか冒頭ちょっと喋ったんやけどさ、
若い時、しんどかったことが弱かったことみたいなことってどう思う?僕はそう思ってるみたいな話じゃないけど。
それは辛かったっすね、僕は特に。社会人、1年目から3年目のあたりとかって結構人生の中でも有数に辛かったなとは思いますね。
それは環境が変わったからしんどい、自分の弱さがわかるからしんどいって話か。
そうですね、新しいことが多すぎて、自分のキャパがオーバーしている状態で生きていかなあかんっていう状態だからずっと体力ゲージが赤の状態で生きてるみたいなのがかなりきつかったんだろうなぁと思うよね。
はいはいはい、まあそのキャパシティ問題っていうのもあるし、まあその弱いっていうのが本当に弱っているっていうことやな。体自体が弱っている。
自分が本当に弱っているっていうところがあるから伸ばせない状態みたいなのがなかなか続いていて、しんどかったみたいな話だよね。
まあ無力感みたいなのも当然あるけどね、なんもできないからね、社会人1年目だって。
確かになー、でもなんか仕事とかの話に関しては僕も今もあるけどさ、なんかとりあえず最低ラインを超えてたらオッケーみたいな感覚すごいあるというか。
03:05
もう無理すぎるから基本的には、あんまり労働とかをポジティブに捉えたことってなくって、
なんかでも私たちの世代間の話みたいなのにもなるかもしれないけどね、どんどん稼ぐぞみたいな感じでポジティブにやってる人はいるけども、そうじゃない人はみんな基本的にまあそんなやりたくないし、
ポジティブにできることではないんだけど、やらざるを得ないみたいな感じで、いつ辞めるかっていうのをどう考えてるかっていう感じで働くみたいな感覚はあったけど、まあそれは色々人にもよるしな。
まあ自分が働きたい度合いっていうのと会社が求めてくる度合いっていうのはまた違うから、だから会社はさ、ほっといたらこのレベルまで働いてくださいねってやっていくけど、それやるといろんなものが崩壊したりするんですよね。
だからなんか意外とその会社に言われたことをやっときゃいいってわけじゃなくて、自分は自分で守るとこは守らないといけないっていうのを社会人になったから初めて知ったかもしれないですね。
だからそういうコミュニティとかね、人間が集まってるところの中で、自分のアイデンティティとか自分の自己みたいなものと、求められてること、会社とか仕事だとそれが求められるというか、やらないといけないよねっていうふうに提示されるものみたいなことっていう、まあすごいそれは縦の関係というかあるような。
だからさ、部活とかそういう縦っぽい社会ってやっぱそういうもののプレーとして機能してるんだなっていうところはあると思うよね。
それはそうでしょうね。
だからそういうところでガンガンやられた人っていうのは割と課題もらってやります、クリア、やりますクリアみたいな感じでできるからみたいな。
でもなんかこれくらいの年齢になってくると、とりあえず課題をこなすことに特化してきた人、まあすごいとは思うんだけど、課題をこなすことに、おお、正しいと思いすぎて、他の人間関係がおろそかになってしまうっていうのも散々見てきてるから。
まあなんかいわゆるそれはあれやんな、受験型モデルって言われる話の、だから超エリートみたいな人ってロボット化するというかさ。
ああそうそう、ほんまにそうですね。
俺クイズとかやっぱ全然好きじゃないんで、やっぱそうだけどそういう人ってクイズとか結構好きみたいなさ。
なんか問いがあってそれを答えるみたいなことに、やっぱそのエリート的な日本の教育って特化してるところがあって、
実際でもスキルとかってそういうことに、まあそういうものに答えるっていうことが成果みたいな話はあるんやけど。
まあそうね、なんかやっぱそれを一個一個しかも勝負ごとやと思ってるんですよね。勝ちたいっていう感じで思ってて。
なんか全部その枠で戦ってる感じがしてて、そういう人って。
06:01
なんか昨日ちょうど高校の頃の同級生と話したんですけど、その子はまあ今は全然やってないですけど、
やっぱそのマッチングアプリをめっちゃやってる頃とかあって、高校に行ったりとかしてる時があって、
その時に別に対象の相手が好きなわけじゃなくて、この人を持ち帰るというか。
はいはい、攻略したいっていう。
そうそう、ゲームとしての勝ち負けとしてが正直考えられてなかったみたいなことを言ってて。
はいはいはい。
だからもう全部そうなんですよ。仕事も受験も恋愛も全部そういう目でしか見れなくなってしまうっていう。
いやだからそうなんよね。だからそういうのってやっぱ人間の人権意識とかそういうことを、
言ったら攻略する、だから勝つっていうモデルで生きてるっていう危うい人、めっちゃ危ういことやんか。
で、そういうことをやる人ってなんか、僕はその人間を食っちゃう人ってよく言葉で表現するけど、
はいはい。
食っちゃえっていう人の利益になるからね。
マッチングアプリとかだったら恋愛をしろとか、パートナーを作れっていうことで利益を出してるし、
そういったいろんなさ、言ったら資本主義みたいなでっかいものに全部回収されちゃうみたいな話はあるが、
そういったところのために、そういうお金を使え、働け、恋愛をしろ、結婚をしろ、子供を作れみたいなところは、
そういったものからのプレッシャーで与えられてるもんっていうことは結構あるみたいな。
で、それを内面化しちゃった人が人間を食っちゃうみたいな感じで。
で、その初めに戻すと、食べられる側に若いうちっていうのはすごいなるっていう話。
それはそうですね、ほんとに。
うーん、ある種僕らはさ、男性であるとか、それなりに働いている人間である、
毎月働いて給与とか振り込めながら生きている人間であるっていうところで、
ちょっと多少さ、それがこなせる人間になったとこで、食う側にもなってる部分はあると思うんだけど、
その、やっぱ食われる側だった時のこととかを、やっぱすごい忘れるなーみたいな、若い子とかと喋ると。
うんうん、そうね、確かに。
で、自分が危うかったなーとか弱かったなーっていう時とかって、
なんか冒頭ちょろっと話した、
なんかその、同じようにしんどいとか、それかもっとしんどい人みたいな人と一緒にいることが、
少しこう癒しというか、あ、そうだよねーみたいな感覚になれるみたいな、ここがあったなーっていうところがあって、
そこをさ、そういう危ういこととか、例えば自分のトラウマだったり、
自分のしんどい経験みたいなのを打ち明ける、互いに打ち明けるみたいなところで、
なんかそういうことってさ、まあ本当にその、悪い親玉が一緒だったりするからさ、
まあそれこそその、お金重視の社会とか、だからこそそういう弱い立場に歪みが出ているみたいなところやんか。
だから、わかるって言い合いやすいというかさ、全然違う体験でも、
しんどいことはここがしんどいよねーみたいな。
09:00
で、それってさ、癒しだし、すごいコミュニケーションになるし、いいんだけど、
なんかそこがすごい閉じられていくというかさ、
これって共感っていうより、まあ共感なんだけど、こういうこと共鳴だと、
なんかふとさっき思ってて、共鳴してるみたいな、それぞれが。
なるほどね、具体的な事象で共感し合ってるっていうよりは、なんとなく同じ立場があって、
共鳴し合ってるみたいな。
そうそうそう、響き合っちゃう。
で、なんかそこの音がハーモニーとしてこうお互いになってて、気持ちいいから、
やっぱ会うと、別にそうじゃなくても共鳴し合えるっていうことで、
どんどんこう閉じられた関係になっちゃうみたいな。
あー、で、そういう感情がこうどんどん増幅されていく感じとかね、わかるしね。
そうそう。見てたらさ、友達とかが友達として仲良くなって、
なんかどんどんたぶん閉じていっちゃう人っているやんか。
そのグループとかでいたんやけど、たとえば2人とか、
まあそれは、たとえば恋愛関係とかだとわかりやすいけど、
恋愛もその共鳴でいく人とかいるから。
まあ、共依存とかに言ったりするからね。
うん、そうそうそう。
どんどんこう、互いで依存していって閉じちゃって、
もうそこでしか遊ばなくなるみたいな。
で、そのこと自体はさ、なんかもう世界系じゃないけどさ、
君と僕の世界みたいなのって、まあ誰しもさ、大事だし、やっていいと思うし、
僕からするとそこでも、互いが完結し合って幸せなら、
もうそれでいいやんって言って、そういう時期もあるだろうし、
もしかしたらそうしかしたくない時間があるし、
そうしなければ彼や彼女らは立てない時間があるみたいなことは、
なんか僕もそんなどっぷりはないけど、感覚としてちょっとわからんでもないことないから、
ああ。
それでいいやんって、うん、すごい思ってる部分もあるんだけど、
うん。
多分それはまだまだ僕が20代とか10代の感覚、周りに、
そのどんどん共鳴して、はいはいって飛んでいく人がもっともっと多かったし、
うん。
跳ね返りも早いというか、やっぱもう全然ダメでしたみたいな、
あの人やばかったですみたいな感じで帰ってくる友達とかさ、
うん。
そういう入れ替わりがどんどん激しかったから、
うん。
まあまあそういうもんだよねって思わないと、
この毎回それにさ、感情持ってかれてるとしんどいし、
うん。
しんどいっていうのも俺は別に関係ないからいいかみたいなさ、
ただ友達になっただけみたいなとか、
うん。
そういうことも思ってたんだけど、
こう35ですから今僕、
はいはい。
ゆっくりとさ、なんかもっと深いところにドーンって友達がさ、
さよならしてしまうみたいなこともなんかだんだん経験していくというか、
具体的に言っちゃうとさ、まあこう言うと分かりやすいけどさ、
うん。
さよならしていくとか閉じていく理由が、まあ言ったら陰謀論とかさ、
ヤバめのネットワークビジネスとか、
うん。
信仰宗教的なものとかだったりとかにいるとかで、もうなんかさ、
閉じられ方がもう多分1年2年3年とかで、ああやっぱダメでしたとかってのが、
12:02
これは10年とか20年もしかしたら今後の人生ではもう1回待ち合わせることないんちゃうかなみたいな、
うーん、なんかそういうさよならしてしまう、まあしまうって言い方もあれなのかもしれないけど、
友達とかのことを、
うん。
なんかそういう共鳴することと、じゃあどうすればよかったんだろうねみたいなことはすぐ考えてるみたいな。
ああ、そうやなあ。
まああの勧誘とかはまああるあるって言いますよね。
まあまあ勧誘ネットワークビジネス系ね、まあいわゆるマルチ商法とか。
うん。
まあちょっとほんまに自分の友達がそうなっちゃうってことが僕あんま想像できんくて、
ただなんかまあ唯一ちょっと違うかもしれないけどあるとしたら、
なんかその結構仲良かった友達が異常にこのギャンブルにハマっちゃったことがあって、
うんうんうんうん。
その時は本当にちょっともう言葉が通じない感じがしちゃうというか。
うんうんうんうん。
その時にどうしたらいいんやろうなあと思ったよね。
うーん。
なんかでもほんまそのレベルの娯楽しかもう脳が需要できてないのよね、そういう時期。
うーん、そうね。
相手って。
だからその人にとってはまあ一番癒やしなんやろうね、こう自分にとって効率のいい。
なんかそれをやっぱ自分が否定できるんかって思ったんですよね、割と。
うーん。
でも今この瞬間の精神状態のこの人にとってはもうそれしかないんかなみたいな。
で、そうじゃないともうもしかしたらその命を例えば絶っちゃうというかさ。
うーん。
そういうのって考えたらまあこっちの方がマシかみたいな。
なんかそういう二択で考えてしまうときはある。
そうねー。
実際のところ本当に相手がどういう苦しい決断をしたのかっていうところがわからないっていうのがあるからね。
うーん、まあなんかそこがさ、その決断っていうよりはこう緩やかに入っていって。
飲み込まれていくみたいな。
そうそう、で本人としては別に何も変わってない感覚っていうのがやっぱすげえ怖い話だよな。
まあ外から見たら。
全然どこでスイッチが入ったんだろうとか、どこでこうなっちゃったんだろうとか、なんかそう思ったりするけど。
たぶん彼や彼女にとってはその緩やかにこう、まあ今ちょっとそういうこと考えてんだぐらいで。
まあ例えばSNSだったら、なんかそういう投稿だけになってるとかね。
で、これがまあ例えば陰謀論とか、まあそういうそういう反ワクチン的なことだったり、まあ差別とか。
まあ言ったらアメリカのディープステート的なものの、こういう人たちがいてみたいな、そういうもんとか。
まあもっとライトな都市伝説的なところからそっちに行くっていう人とかもいるし。
なんかその辺のボーダーが見えにくいところが陰謀論系とかはなんかたしなみなのか、どこまでガチで思ってんのかっていうのが外から見るとちょっとあんまわかんないみたいな。
まあ確かにこの都市伝説レベルで楽しんでた人が、
15:03
じわじわと侵食されて陰謀論にハマっちゃうみたいなのが全然あると思うしね。
そうそう。し、なんかその語り手の人とかもみんなそうなんだよね。
はじめはなんか芸人だったりだって、ある程度受ける話術としてやってたのが、
ずっとやっていくうちにガチで言ってったほうが受けがより良くなるから、どんどんどんどん言って。
本人はバランス取れてると思ってるけど、全然、いやもう発信の内容としてそういうことを言い切ってしまったら、
もうあなたは余裕で人を殺してる可能性がありますみたいなさ、陰謀論とかの場合だったら。
アメリカのね、ああいうピザゲートの事件とか、ピザ屋の地下にそういう誘拐してる子供たちを囲ってるところがあるっていうことを信じて、
銃乱射したやつがいるっていう最悪の事件があるんだけど、
本当に分かりやすくそういったとこにならなくても、マジで人を殺しちゃってることって多分あると思うんだよね。
そういったことで人間を孤立化させて、その人がコミュニケーションできなくなっちゃって、来ていけなくなっちゃうとかっていうこともあるし。
まあまあそういうことは何回も俺に触れて言ってるんやけど。
なんかでも、例えばちょっとハマっちゃった友達とか、ちょっとコミュニケーション取れなさそうな感じするなーみたいな人とかと、
会って面と話してみると、別に多分だいたいが、割とコミュニケーション成り立つことは多いっていう感覚が僕はあるんよね。
まあ話はね、通じるか。
特にそれはSNSの山行って話でもあるけど、SNSだとそういうことだけずっとやってるけど、
多分そいつにとっては24時間それやってるわけじゃ意外とないとかさ。
あーそれはあるよね。
でもみんな今SNSで人間見てるから、
うわもうずっとこれしか言ってない人なんだって思っちゃうけど、会うと別に普通のことを、
今日の天気の話とかする時間もあればみたいな、これ美味しいなっていう時間もあるから、
まあそういったところで、コミュニケーション成り立つかみたいなことは結構あるなっていうことはすごく思ってて。
なんか僕、社交活動っていうのを去年ぐらいからやってるんやけどさ。
言ったらそういうインターネットのアイコンとか、たまに社交前にオープンチャットとかで軽くやり取りしたから、
どんって、あ、何々ですって言われることもあるんだけど、
訳わからんハンドルネームのやつとか、例えば競馬の馬みたいな名前のやつみたいな。
そういうやつとかが。
よくわからんられっての。
で、SNSとかを見てみたら、大丈夫かなみたいな、話せるかなみたいな。
それこそ政治のことしか書いてないみたいな人とかも結構いるやんか。
これはこれで一つの病だと思うけど。
でも会ってみると全然、めっちゃ普通みたいな。
むしろ面白くコミュニケーションできるみたいなことって。
これちょっと極端な例だけど、めっちゃあるというか。
だから対面でのコミュニケーションっていうことの素晴らしさというか。
人間っていうのは、ちゃんと話し合えるっていうことは、対面するとすごい信じられるところはあるっていうのはあるんだけど。
18:04
その人がSNSでどういった発信をしたいかっていうのって結構人によって違うと思うんですよね。
僕はわりとSNSやったら、映画とか料理とかビールの話ばっかり発信してるんですけど、別にそれだけやってるわけじゃないんですよね。
だからその人がSNSでどういうことを、自分の中でどういう要素を発信したいかっていうのを。
四六時中つぶやいてる人とか、発信してる人からしたら、どこまでがその人なのかっていうのが、その人の何割が見えてるのかってわからへんから。
確かに意外と、「ああ、そうか。それは人間なんやな。」って思うこともあると思うんだけどさ。
でもこれ逆にさ、当たり前のように普通に話してた人がちょっとSNSで見てたら、めっちゃそういう発信しかしてないっていう逆説的なビックリもあるよな。
で、その量とかからすると、多少ちょっとやってるっていうよりは、これをもっと言わなければっていうリツイートの量とかツイート量とかと思って、
ガンガン出してるなっていう人とかいると、まあまあそういうことがすごい言いたいっていう内面があるんだろうなっていうのは感じちゃうっていうのもあって、難しいなっていうさ。
ただ、そうね、コミュニケーションは取れるということを信じて生きていかないと、やっぱり結局は生きていけないなみたいなところはすごい思うんだけど。
まあそれって結構今、極端な例、極端な例でずっときてるんやけど、このタイムラインからの影響みたいなものの有害性みたいなところとかもすごい考えてて。
たとえば会社の人とか、友達の友達とかで会った人とかでも、その時見たツイートのことをそのまま喋ってるみたいな人ってめっちゃおるなって思ってて。
それは全然確かにいるね。
うん。だから、たぶんそれって、自分の言葉を、僕はこう思いましたっていうことを、たぶん1日1回も言ってない人って、まあそれこそ仕事のロボットとかと一緒というか。
それってたぶん、それこそ、自分の言葉とかだと食われる可能性があるみたいな。
お前はなんでそう思うんだとか、そういったこととか、自分で考えるってことって割とコストがあるし、そこで詰められるとやっていけないから、
何々で見たんだけどっていう話しかできなくなっちゃってるんだろうなみたいな人。
それは、うん。わかるそういう人いますね。
うーん。
ほとんどみんなそうなってるんじゃないかなって感覚あるんよね。
あー、そうね。でも確かにその、自分の中にあるまだ脆い意見を言うことに対してすごい抵抗がある人っていうのは、結構多いかなと思う。
なんかそういうのを逆に、なんか茶化す雰囲気というか詰めたりする雰囲気も結構あるなと僕は思ってるから、この社会全体に。
だからまあそりゃ言いづらいんやろうねと思うよね。
なんかポロッと言ったことをさ、もっとこう、授与していくべきやなって僕は思ってるから。
21:04
うーん、そうそうそう。
それ何?えー、そうなん?ちょっとわからんわみたいな感じで、このしっかりした意見、何か根拠のあるもんじゃないと授与しなさすぎてるな、みんながっていう。
うーん。
それはだから縮こまっちゃうよねっていうのはあるね。
わかる。だから俺なんかさ、普通に雑談とかでさ、会社の雑談とかでフェンって流しとけばいいやつとかでも、
それで、ああそういうもんすよねって言ってると、もうおかしなっちゃうって時があるわけ。
明らかにおかしいのに、まあどっちもやばいっすよねみたいな話みたいなさ。
明らかに被害者加害者の立場の、例えばインターネットとか、なんか事件の案件なのに、なんかどっちもどっちっすよねみたいな会話になることって多いんよね。
会社の雑談的なもんで。
で、俺はそれがマジで許せない。もうそういうことを言われたらやめようと思って、それで怒られたら俺はもう別に、この場所が終わってるんだから俺は間違ってないし、
そういう独裁方をしたくないっていう、反逆者みたいになってしまってるから、もうそうして生きようと思ってるから、
いやそれ、それねマジでおかしいんですよみたいな。
全部うわーって、そんな朝のみんなフワフワしてる時にポロッと言っただけなのに、なんか立ち上がってもう全部演説のように喋っちゃうみたいな時があるんだよね、大げさに言うとね。
いやそれは違ってーみたいな、とか言うんだけど、みんなやっぱびっくりしてるもんね、毎回。
あー、なるほどね。ちょっと難しいよねテンション感は。
そう、俺も、そうじゃなくてこういうこともありますよねって言えばいいんだけど、なんかやっぱ演説的に喋んないとちゃんと伝わんないっていう空気。
ポロポロって言っただけでは、ああまあそれもあるよねみたいな感じだけど、いやもうなんも伝わってないやんみたいなさ、
っていうことがめっちゃあるから、もうそこまででよしとけばいいのに、ちゃんと説得性を持ちたいがために、もう演説のように喋っちゃうみたいなことってあるんよね。
へー。
だから、でそれって多分インターネットとかで起きてることもそうだし、正しいこと言ってるけど、なんかわけわかんない長々した演説に見えるから伝わんないみたいなこともあるだろうし、だからもう、むずみたいな。コミュニケーションむずいなーみたいな。
だからまあ、そのあんまりそこに別に正しさとかを求めてないっていうか、まあ倫理的な落とし所をそもそも考えてなくて、
雑談として表示されてるものやけど、いやめちゃめちゃ普通にパワハラとかゼクハラの話する、そういうことってまあめちゃくちゃあると思うんですよね。
だから、そこがまあ本当にどうでもいい、誰も気づかないぐらいのもんだったら、別にその笑い話にしていいんだけど、やっぱそういう人権的なものに触れるとかハラスメントに触れるとかね、差別に触れるみたいな話になっちゃうと、
なんかそれはやっぱ自分がいる立場として、それが普通にまあそんなもんだよね、どっちもどっちだよねみたいなものになると、俺はそんなところで働きたくないみたいなさ。
24:03
だからそういう強い気持ちで反応してるから。でも本当にそういう過剰反応する、まあ過剰反応だと僕は思ってないけど、言うべきようなものを言ってると思ってるけど、
でも多分受ける人からしたら、「うわ、これで本当にちゃんと怒る人がいるんだ。」とかさ、「ああ、なんかちょっとヤバいこと言っちゃったんだ。」っていう感覚だけでも残しておくっていうことがすげえ大事なことだと思って、なんか僕は戦ってるみたいなところがあるんやけど。
まあそうだね、そこ1個差し読むっていうのは大事だと思うけど、難しいのが本当にそのまあコミュニティ内の立場というかさ、そういうものもあるやろうから、ちょっとシャークさんがどういう感じかわからんけど、それを言って、なんかあいつ変な奴やなって言われて孤立しちゃうみたいなパターンもあるって思うんだよな、このように。
だから、やれるタイミングではやったほうがいいねんけど、見極めが必要な行為ではあるなとは思うかな。
別に、例えば僕とかはどう思われてもいいわけ、その立場だったら。例えば今僕の会社とかだったら別にどうでもいいと思ってるしっていうのだから、それはやれてるみたいな話だし、もうちょっと寄せていくと、「ああ、なんかこういうこと言うとややこしい人がややこしいこと言うんだな。」みたいなもんになって、伝わるもんが逆にめっちゃ距離遠のいちゃうみたいな。
例えば、フェミニズムって言葉とかってやっぱりそうだと思うんだよね。多分、フェミニズムっていう言葉の意味をわからずフェミがって言ってる人ってめっちゃいるみたいな。
性差をなくしていくことだから、男が男性がこういうふうに、男性という性別によって不当な立場にあるっていうことも、そこも乗り越えていくっていうさ。性差をなくして不当なことをなくしていくってことがフェミニズムやんか。
これって、僕とてらだ勘だったら超当たり前やんか。でも、多分、女性の権利向上のためのものだって思ってるみたいな人がすごい多いみたいな。
そうやな。
とか、だからそれも、怒られてるみたいなことを感じる人とかは、フェミニズムってもの自体の言葉自体が、自分にとって嫌なものだみたいな認識で思っちゃうと、もっともっと距離を感じてしまうみたいなさ。そういうことが入ったらもう見ませんみたいなことになっちゃうみたいなこともある。
シャットアウト、なんかめんどくさいから関わらんとこっていう、そこでシャットアウトしちゃう可能性もあるからね。
なんか難しいな。
それは確かに難しくて、フェミニズムとかって、やっぱり最初に飲み込むのってすごい大変じゃないですか、正直言って。そういうものと向き合わないといけないっていうことが、男性にとってはちょっと一個のハードルがあるところだと思うんですよ。
それをなんで自分が飲み込めたかっていうのを考えたときに、例えば人からコンコンと説明されて飲み込めるんかなっていう、結構僕の場合は、自分で考えて、嫌やけどっていうか苦しい、苦しいけど、自分も辛いけど、でも言ってること正しいから飲み込まなあかんみたいな感じで頑張って咀嚼して、今、ああなるほどねって理解した感じやねんけど。
27:23
これちょっと難しくて、人から言われるからシャットアウトしてしまう人も一定数いると思うんだよな。
そう、そうなんだよね。
自分が選択したものじゃないっていう感じがしちゃうっていうか、プライノーの高さとかもあると思うんだよな、それって。
だから、これなんか結構いい、またしたい話に来てる感じがするんやけど、さっきの共鳴とか、共感っていう言葉とかすごい今大事にされてるし、わかるっていうことがすごい大事にされてる。
逆に言うと、わからないというものは価値がないということ、それをわからない自分もわからない作品とかわからない表現についても意味がないみたいなことがあるような感覚がある。
それがどんどん加速してるとは僕は思う。
で、一つあるということは、やっぱり自分ごとにすることっていうのはすごい大事なことだとされてると思うんだよね。
自分の話だって思ったら、全然知らなかった言葉とか知らなかった興味のなかった内容でも、ずっと自分ごととして受け止めてくれるっていうスピードがすごい速くなってるっていう。
これは、僕は基本的にはすごい批判してることというか、もう全部自分のことばっかりすんなよみたいなところっていうのはすごい僕は言っていて。
僕はやっぱり人間というものが大事だけども、やっぱりそいつ一人で生きてないやんっていうことをすごいめっちゃ言いたい人なんだよね。
だから、「私だと思ったら全部私やからな。」っていうツッコミをしとかんと、本当に全然関係ないものも私だと思って落ち込んじゃうとか、
私だと思っておかしくなっちゃうみたいなこととかがあるから、「私だと思ったら全部私なんだよ。」みたいなことをすごい言ってるっていうとこなんやけど。
でも、さっきてらだくんが言ってくれたように、フェミニズムとか自分が飲み込みにくいけども大事だとか、
社会とか自分がより良い人間として生きていくために、前進させるためには、そういったものを自分ごとだ、私だって思うことで飲み込めるっていうことはやっぱあるやんか。
うん、そうね。
そうそうそう。で、さっきの共鳴とかが怖いのは、やっぱそこが人間同士でガツンとやると、「あなたは私だ。」みたいな話になっていくわけやんか。
うん、わかるね。
だから、やっぱそこが、一番僕が自分ごととか、「全部自分の話やん。」みたいな感じで。逆に、「やっぱ自分の話、もっとしてくれ。」とも思ってるんだけども、
全部自分が食べちゃうと良くないなっていうところに、すごい思うところがあるっていう中で、やっぱ僕は共鳴とか二人の関係みたいなことが一番怖いと思ってるのって、やっぱそうだね。
30:08
あなたは私だってなると、すごい一番ミニマルな一番怖いことがやっぱ起きるみたいなさ、人間同士みたいな。だからやっぱ、うん、怖いと思っているみたいな感覚があるかな。
なあ、そうやな。なんかでも、ほんまに他人がまるで同じ人間間のように繋がり合う一時の美しさみたいなのってあるとは思うんやけど。
うん、もちろんもちろん。
だからそこを、お互いがいてもこいつ他人やからなっていう、他人やけど今美しいよねって思ってんのか、うちら一緒やんみたいに思っちゃうかって、結構全然違うと思うんやけど、
なんかやっぱり年を重ねていく方が、まあ大前提として僕ら他人やんってお互いちゃんと思ってる安心感みたいな。
でも分かってくるもんね。
うん、あると思うんやけど、確かに若い頃って、なんかまるでそれが奇跡みたいなさ、感じがしてしまう。
経験がないしね。おそらくそう、まあ20歳だったら重なる部分はあるけど、その15年プラスされるとやっぱ全然違うことの方が増えていくみたいなことはやっぱあるよね、それはね。
だから年取ってくると相対化されてバランスが取れてくるってそういうことなんやろうな。
まあそうやな。だから、なんかそれはそれでめっちゃいいことやなと思うよね。
自分と全く一緒じゃなくて、自分と全然違う人やけど、なんか一瞬通じ合う瞬間があるみたいなことの方がむしろ。
そうだね。
すごくいいことやんって思えるし。
そうそう。だからなんか僕はやっぱすごいそういう方向に向かってるし。
てらださんはさ、自分の経験としてさ、もう優はてらだやみたいなさ、感じに思ったことってある?
優はてらだやって思ったこと。ああ。
なくはないですよ、やっぱ若い頃の恋愛とか。
なくはないんや。
僕が思ってることをそのまま言うやんみたいな瞬間があったりして、すごいみたいな。
だからやっぱその、ほんまにだから優はあなた、え、何ですか。優はあなたは。
優はてらだ、優はてらだ。
優はてらだや。
君こそてらだだって。
なんかみたいなもの、でもお互い同じとこからスタートするものって絶対うまくいかないんですよね。
絶対どっかで不安が生じていくから、なんかこれ、すいません、なんかこんな年になって恋愛のことを言うのあれなんですけど。
いや、もう言っていこう。
その、やっぱ若い頃っていうか20代の特に前半ぐらいって、恋人に何を求めますかって言ったときに、結構な人は価値観がどれだけ合うかみたいなこと言うんですよ。
はいはいはいはい。
価値観が合うかどうかって結構言うんですけど、僕も当時そう思ってたけど、これぐらい年齢になってから価値観が合うかどうかって本当にクソどうでもいいなということを思ってて。
一番重要、僕の中でね、これあくまで30代の僕の意見として聞いてほしいんですけど、これ一番重要だと思うのはどんだけ話し合いができるかと思うんですよ、やっぱり。
33:02
価値観が違っても話し合いができてすり合わせができたら、価値観が違うことなんて問題にならないんですよ、基本的には。
うーん、そうね。
価値観が一緒っていうことが前提になっちゃうと、その後不安が生じたときにもう戻せなくなっちゃうじゃないですか。
でも価値観が違う、でも話し合いはできるっていう状態なら、価値観がどんだけ違ったりとか問題が生じたとしても話し合いができる、だから解決に導けるっていうのがあるから、だからそっちの方がよっぽど大事やなっていうことに。
一番気づきましたね、この30年経ってから。
それはめっちゃわかる。
で、僕もほぼほぼ一緒なんやけど、やっぱり唯一価値観が一緒みたいなことが、それも大事だよなみたいなことで言えるっていうところは、やっぱりベース?それこそ人権意識的なこととか。
あー、本物のベースのところね。
本物のベース、そこも価値観ともさせるところであって、たぶん僕はそれもあるよなっていうか、そういう人間として、今社会の人間として、それこそいい人間として生きるっていう方向、ちゃんとした人間として生きるみたいな方向の、このボトムのラインみたいなところっていうのが、
例えば恋愛とか、そういった2人の交際関係みたいなところで、を結ぶのであれば、そこはやっぱベースあるなって思うところで。
それはそうかもしれないですね。そこが共有されてるっていう。最低限のルールがこの前提になってるというか。
そうそう、そういうのは、もちろんもちろんあるし、で、なんか話し合いできるっていうこともめっちゃ僕もそう思うんやけど、
それこそ僕社交とかやっててとか、あとまあ、年取ってきて先輩たちが揉めたり喧嘩したりみたいなさ、なんかそういうのもなんか要は見てきて思うのが、
その話し合いって、やっぱね、語彙が共有されてないと話し合いにならへんのやなっていうことは当たり前のことなんやけどめっちゃ思ってて。
それはわかりますね。同じ意味合いとして同じ言葉を使ってるかっていうところがずれてると、全然話が平行線やったりするし。
やってて、で、なんかそのギャーンってこうさ、すごく言葉が出せるし、その人自身が話したいこととか自体は方向としてわかるんやけど、
そういう話し合いで大事なのって、このラインでこういうことがあって、なんでこういうことをしたんかとか、繊細な違いを擦り合わせていく作業やんか、基本的には。
そこで、なんか結構、オリジナルの語彙で喋ってる人っているのよ。
例えば、一般的に例えば性欲っていうことを使ってるときに、その人がオリジナルの語彙の性欲っていう言葉の言い方をしてるみたいなことがあるんだよね。
なるほどね。
うん。で、それを、この性欲って言ってるのは、こういったことで、こういった意味で性欲ってことを使ってて、みたいなことを説明してくれてたらいいんやけど、
36:10
そういうさ、メタに自分の言葉の使い方の認識とかって、まあ僕とかはさ、テラダもできるけど、ポッドキャストとかも6年とかやってるから、
あ、伝わんねえなっていう感覚はちょっとわかるやんか。だから、たぶんそういうことができるんだけど、あんまりそういうことって人間、これは特殊スキルなんだよね、だいたい。
とか、たぶん大学とか、研究とかラボとか、そういうとこに行ったら、定義をまず決めていくみたいなこと言われるから、
これはこういう定義で、みたいなこと。定義から始められる人って、アカデミックの人とかいるけど、でもまあそういうことももうごく少数やんか。
だから、オリジナルの語彙で当たり前のようにそういうことを使ってるっていう人間がやっぱりすごい多いんだよね。
ああ、なるほどね。まあそれ、なるほどなあ。まあそれはあるかもなあ。
そうそう。で、なんか僕とか、多いのが、まあそろそろ先輩との関係が俺は多いからね。先輩たちがまあよく揉めるわけよ。
で、その第三者としてこういうことなんやけど、どう思うかっていうことを聞かれるみたいなことがすごい多いんだよね。変な立場なんやけど。
で、聞き取りしていくわけ、ずっと。すると、え、これってどういう言葉で、それって何何って言ってるんですかって聞いたら、
これはこうこうこうで、はいはいはい、みたいな。
ああ、なるほど、みたいな。で、揉めている人の方に、もうまたオリジナルの語彙で、
え、それってどういうことで、どう思ってどう言ったんですかみたいな。
これってどういう意味でこの言葉を使っていますかって言ったら、ああ、こうこうで、みたいな。
ああ、それはちょっとあんまりよくわかってなくてとかさ。ふわっとしてて使ってるみたいな言葉だったりとかで。
で、その、僕が明確にしたやつを二人ともに当てると、「あ、そういうことやったんか。」みたいな感じになるのよ、だいたい。
だから、その、だいたい5人で切れ合ってるんよね、だいたい。言葉の意味を取り違って切れてるってことが多いんだよ、揉め事って。
そうやろ。実際、だってさ、ほんまにこう、言葉というか意味合い、お互いの意図するところを、ほんとにちゃんと細分化してコミュニケーションしていけば、ほんまに喧嘩ってなかなかなりにくいところだと思うんだよな。
そうそう。
こことここが自分たちで違うんだねとかさ、そういうレベルの話って別に怒りじゃないと思うからさ、違いを発見していく行為だから。
でもやっぱりそこをないがしろにして、しかもやっぱり言いづらいと思うんだよな。なんか知らんけどこういう言葉で言ってるっぽいなって。
今更なんですけど、これってどういう意味でしたっけって、たぶん絶対言われへんと思うから。
言えない、言えない。
だから、やっぱりそういうことになっちゃうのよね、ふわっとしてる状態で進んでいくとね。
だからこれは、アドバイスとしてはやっぱ、それはやっぱやらなあかんのよね。言いにくくても、え、それってどういう意味で何々って言葉を指してんすかみたいな。
引っかかったワードとか、わかんねえなってことがあったら、やっぱそれは話し合いとか喧嘩になりそうなものとかの時だからこそ、冷静にそれってやっぱやんないといけなくって。
39:04
し、僕とかはやっぱ、残すっていうさ、この言葉を残して誰かに伝えようみたいな意識があるポッドキャスターみたいにやってるから、
その言葉の定義とか、それの言葉が正しいかみたいなことに対してちょっと異常なぐらいこだわりがあるわけよ。気にしてる。
だからそれを僕が言って、間違ってインプットされた人がそのまま使っちゃったら、なんか恥ずかしい思いとかしたら、なんかそれは俺の責任やんと思ってるとこがあるから。
だからそういうのだから、異様に定義をまず見ようとするけど、そういったことみんな、やっぱないから。
でも、それはポッドキャスターの配信者として、単純にそうのほうがいいなと思ってやってたことだけど、これ結構大事なことだったかもしれんみたいな。
みんな割とオリジナルの語彙で喋りすぎてるから、それ自体は面白いんだよね。
オリジナルの語彙で言ってるからこそ、その言葉が、みんなが実証的な定義から超えていくってことがあるからね。
まあ、言語学的には面白い場合だと思うけどね。
そうそう。でも、そこでなんか、例えば今回で言うと、共鳴って僕そういう感じやん?
共鳴って多分お互いが通じ合うみたいな恋愛的なところで共鳴って使われてないんだけど、でもこれって共鳴って俺は呼びたいと思うみたいなさ。
ということで、ちょっと何か新しいものが見えてくるときがたまにあって。
だから、オリジナルの語彙にすることってすごい大事なんだけど、それが自分で使ってて当たり前になって。
例えばこれを聞いてくれてる人が、共鳴の話でさーとか言って、ああーって言って、これ俺が作ったオリジナルの共鳴が仲間間では当たり前になっちゃうよね、前提吹っ飛ばして。
でも、全然違う人からすると、え、なんだ?みたいな感じになるっていうことに、そういう人とばっかりいると、話し通じる人としかいると、自分が作ったオリジナルの語彙だってことをすぐ人間って忘れちゃうんだよね。
そうね、一定数定義なしでも通じる人っていうのがいちゃうから、どうしても。そういう人からしたら共鳴って聞いて、わ、それだー、共鳴だこれ、みたいな。定義なしでガンって伝わる人もいるけど、そうじゃない人もいるから、わかんなくなっちゃうよね、そこがね。
そうそうそう。でも結局は、私はあなただみたいなコミュニケーションと、その辺ってすごい食い合わせ悪いっていうか。だから、オリジナルの語彙ってオリジナルの語彙なんやけど、私はあなただって思ってると、全然違うのに、私だとかあなただとか思っちゃうから、どっかでそこが食い違ったときとかに、じゃあゼロです、みたいな感じになっちゃうとか。
うん、そうね。でもさっきのオリジナルの語彙とかの話でめちゃくちゃ思うねんけど、僕結構仕事から現場の工場みたいなところとか行ったりするとさ、職人、職人敵のおっちゃんみたいな人がおったりするわけよ、おじいちゃんみたいな人らとかって。そういう人らってさ、そういうのめっちゃ多いわけよ。どういうニュアンスで言ってるのやろう、みたいなことが。
42:08
そうだね。 そういう人の周りって、特に立場がね、その人が上やったりしたらさ、それを翻訳する人みたいなのがおったりするわけよ、たぶんシャークさんみたいな。あの人は言ってるけどこういうことやから、みたいな。そういうことをやってくれてる人がずっといて。
なんかでも、そういうののさ、慣れの果てがほんまに、あの人悪い人じゃないんだけどね、みたいな。そういう扱いの人なんやろうなって思うし。それをたぶん、老夫婦でやってる人も相当いるやん、これ。男性性とかの話になってるんだけど。
そのめちゃくちゃギャーギャー言ってるおじいちゃんをなんとかこう社会に接続させてあげてるおばあちゃんみたいなさ。そういうのってやっぱあると思うんすよね。だからなんか、そこをね、誰かにやらせるようになってはいけないってすごくやっぱ思いますね。
うーん、だからそうね。やっぱそのオリジナルはオリジナルで、やっぱ使うなら、あ、これオリジナルでって、もう毎回説明しないとやっぱダメだよね。それも長くなるし、もう意味わからん感じに聞こえるけど、でもやっぱそういったことを言わないといけないよね。なんか、やっぱさ、音楽とかやってるとさ、それこそさ、ドレミファソラシドとかって世界統一企画なわけやん、基本的には。
そうね。
あの、そうじゃない音楽はもちろんあるんだけど、そうじゃない楽はあるんだけど、なんかそういったことに、例えばミディとかさ、なんかそういう統一されてる企画っていうものの素晴らしさみたいなことって、僕らすごいわかってるところがあるやんか、音楽やってると。だからやっぱそのワールドスタンダードにちゃんと通じる言葉で喋んないといけないみたいなことが、なんかすごい僕は意識としてあるんだけど、でもまあそれ特殊なやつよな、特殊なやつだから。
そう、そうね。だからほんまにビジネス的な文章を打つときとかレポートとかにしてもそうやけど、いかに誤解なくちゃんと相手に伝わる語彙を選択するかっていうところはすごくあって、なんかこの前その会議で、なんか一個のスライドの単語の部分が、いやどれが一番しっくりくるかみたいなのを大の大人が10人ぐらいでずっと議論してる時間があって、なんかこういうのめっちゃいいなと思ったな。
うん、いいねいいね。 なんかもうどうでもいいじゃないっすかみたいなさ、テンションの人もおんねんけど、でもみんなが真面目に、いやその表現やとこう思われる可能性があるくねみたいなことを言ってて。
うーん。 なんかあ、でも言葉に対してそう、こんだけみんなが頭絞ってる時間ってすごく美しいよなとは思ったね。
うーん、大事大事。なんかでも結局やっぱ言葉っていうのは変換されるから、その100のニュアンス伝わることってないんだよね。なんかそこ結構忘れがち。
ないけどベストを選んでおきたいっていうね。なんかその誠実さみたいなものを持っておきたいよね。
だから今のてらだの話だったら、この言葉だったら70、100伝えたいなって72、でこっちで書いたら73.5やけど、みたいな、なんかそういう話だと思う。
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そうそうそう。 この増えた1.5は違うニュアンスが増えてるだけで、こっち72の方がスリムでちゃんと伝わりやすいからいいんちゃうかみたいなさ。
なんかそういうことがあるやんか。でもなんかそれこそずっと通貨の話みたいなことだけやってたり、私はあなただみたいなところでやってると、
オリジナルの語彙なんだけど、言葉が100だと思っちゃうんだよ。言葉ってだいたい100じゃないんだよね。変換されてるから。
感情を言葉にするところで何か落としてるところがあって、でその自分がオリジナルの語彙で使ってるからこれは100だと思ってるけど、一般的な言葉の定義とずれてるから、
人に伝ってんのは25みたいな。でその20のうちは多分あなたが伝えたいニュアンスじゃないものみたいな。だから5ぐらいしか伝ってないみたいな。
でその5って音だけなんちゃうかみたいな。音だけ伝ってる。じゃあゼロなんじゃないかみたいなことってマジであると思ってて。
でも音鳴ってたら基本人間ってリアクションするからみたいな。
あるね。あとさ、ごめんちょっと話広がってあるやけど、その言葉は私にとってはキンクなんでゼロとしますみたいなルールある人もおるやん。
あるあるあるね。 その言葉使う人も私信用してないんですみたいなさ。そういうのもあるから一発ドボンワードみたいなのもあったりするのよ。
あるあるあるある。その辺は難しいのがリテラシー的なところとかで、それを日常言葉に使うのかとかで、俺も割と多分ある方でこだわりがあるから言葉に。
だからインターネットスラングでしかもそれが差別的な用語のスラングとか使う人とかって、二度と使うなお前それって俺言うからね。どんな人でも。
それはダメっしょって言うしね。なんかさ難しいのが、そういうほんま倫理的にあるとねさ、わかるし言えんねんけど、これ結構人生であったことあるのは、頑張ってねって言わんようにしてる人ね。
人に頑張ってって言わないようにしてる人っているじゃないですか。でもなんかこの、頑張ってほしいなって思ってる、応援してるつもりで頑張ってねって言いたい時あるけど、
この人頑張ってねって言われるのめっちゃ嫌なタイプやったらどうしようって思って、応援してるでって言い方に変えたりとか、みたいな。
ちょっとねこう、そういう入れ替えとかをねやってる。
そういうレベルのほんとダメな人もいるから、これ難しいんだよなと思う。
難しいよね。まあでもさ、そういう全然違うっていうところが社会で関係でめっちゃおもろいみたいな話よね。みんな全部一緒だったら多分さ、やりやすいんだろうけど違うから、それこそ価値観違うから面白いじゃないってことは同時にあるというかね。
人間違うから面白いってやっぱ。僕は本当は、面白いかどうかで言ったらやりやすいほうがいいよ。それこそ一緒のほうがやりやすいからいいと思ってないんだけど、
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でも全然違うから面白いって思うようにしちゃうの。話し合わねーって、話し合わねーしんどいってなったら、全部人生しんどくなるから、話し合わねーおもろって言ったほうがやっぱおもろくて。
で、おもろいと思ったらやっぱ面白いことは見つけられるみたいなさ、考え方で議論してるんだけど。
まあそれはほんまそうだね。
だから、そういう感じでなんかさ、いろんなコミュニケーションできたらいいなーみたいなことは考えてるっていう話すかね。
はい。
なんか結構広がっていい話だった気がするな。
そうね、やっぱコミュニケーションの話ってまずおもろいからね。
おもろいな、やっぱり。いろんな定義がある。
いやなんか、コミュニケーションそのものの話ってやっぱみんなもっとしていくべきだと僕は思いますね。
そうね、やっぱアプローチもいろいろあるしね。やっぱポッドギャストだから、基本的には言葉の定義とかさ、そういう方向に行くけど、なんかもっと身体的な距離感とかの話とかもすごいあるやん、コミュニケーションって。
距離近いとか、やっぱすごい嫌がられる話とかでもあるやんか、なんか身体的に距離が近いみたいな。
そういうのも結構あるしね。面白いっすよね。
いやいや。
ということで、ここまで聞いていただきまして誠にありがとうございました。
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ということで、てらださん今日はありがとうございました。
ありがとうございました。
それでは皆様、ごきげんよう。
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