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S12 「古代の福岡を歩く」もシーズン12年目を迎えました。
2026-10-10 30:32

S12 「古代の福岡を歩く」もシーズン12年目を迎えました。

磐井の乱が来年2027年、乱から1500年を迎えることもあって番組は磐井の乱から 始めます。 古代史専門の方々から「筑紫の君磐井と私」というテーマで話しを伺い、 磐井の君磐井の人物像に迫っていきます。 1回目は古都太宰府保存会・学芸員の田中健一さんです。
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数々の人気ポッドキャストやアリーナイベントを成功させてきた元日本放送のプロデューサー石井ヒカルさん初のビジネスショー自分でやらない方がうまくいくがPHP研究所から出版されました。
これを記念して10月21日水曜日午後6時30分からJR博多シティ8階丸善博多店で石井ヒカルさんをゲストにお迎えしてポッドキャストラボ福岡の公開収録を開催します。
さらに石井さんの本を買った方にはその後のサイン会にも参加できます。イベントの参加申し込みお問い合わせは丸善博多店0924135401、0924135401までどうぞ。10月21日水曜日午後6時30分から皆さんの参加をお待ちしています。
ポッドキャストラボ福岡古代の福岡を歩く遥かな昔海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。その足跡を訪ねる古代の福岡を歩く
この番組は屋根市岩戸山歴史文化交流館の共産道の駅室方の提供でお送りいたします。こんばんは、坂田秀大です。古代の福岡を歩くも12年目、シーズン12とも言える回に入ってきました。
この祝いの乱も来年2027年、乱から1500年を迎える節目の年になります。そこでシーズン12でも祝いの戦い、祝いの乱を中心に据えて番組をお送りしていきます。祝いの乱が起こったのが527年、6世紀のことです。
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祝いは当時つくしの国、後のちくぜんちくごやひの国、後のひぜんひご、そしてとよの国、後のぶぜんぶんごの九州北部の三国を支配していました。しかし大和王権と戦って敗北してしまいます。
その後祝いはどうなったのか、殺されたのか、逃げ延びたのか、はっきりわかっていません。そしてやめしにある岩戸山古墳は祝いの墓だと言われます。大和王権との戦いの要因も様々な説があります。さらにこの乱の主役、つくしの君祝いとは一体どういった人物だったのか、
今一つはっきりしないところがあります。そこでまずこの番組では、つくしの君祝いと私というテーマを設けまして、専門の方に登場していただき、真の人物像に迫っていこうと思います。まず登場いただくのは、古都太宰府保存協会学芸員の田中健一さんです。
田中さんには毎回太宰府のいろんな場所を一緒に歩きながら、太宰府をご紹介していただいています。シーズン10では四王子山、大和城跡を数回にわたって一緒に登っていただき、詳細にご案内いただきました。シーズン11では太宰府の神賀をご案内いただきました。田中健一さんです。
祝いの君について興味を持ったのは、いつ頃からになりますか。私は今、太宰府でお仕事をさせていただいているわけなんですけども、高校生の頃から地域で史跡をご案内するボランティアガイドをしておりまして、今はお仕事で忙しくなったんですけど、時々お手伝いに行くんですが、
ある時、ボランティアで史跡巡りをするということになりまして、佐賀県の鳥栖市に、太宰本町という町がありまして、そこには鶴木塚古墳という大きな古墳があって、高速道路の鳥栖ジャンクションのすぐ北側にあるような場所なんですけれども、
岩戸山古墳よりちょっと小さいんですが、6世紀前半の80メートルぐらい墳長がある、結構大型の墳墓でして、初めて見たときは、私もまだ10代の後半の頃でしたので、古墳って立派に間近で見るとすごいなと思ったんですが、佐賀県の鳥栖市では鶴木塚古墳をはじめとして、実は6世紀前半に4つぐらい大きい前方高円墳ができるわけなんですが、
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地元の先輩のブランティアさんが、「田中君、これは知ってるかね?」と。これは実は津久井の君の祝いの戦いの制圧しに来たモノドベシの古墳だと言われてるんだよと。モノドベシ
?いわゆる制圧しに来たもののお話があって、そうなんですかと。時代もちょうど戦いが終わった後の6世紀前半でして、
立地が丘陵城になって、ちょうど筑後方面が望めるいい場所に立っているわけなんですよね。それまでほとんど鳥栖の方は大きいものがなかったんですが、突如としてその時期からどんどん4つ大きいのが連続してできるということで、記録なんか見ますと、モノドベシが紀伊野国作り、いわゆる今の喜山町とか鳥栖市とか佐賀県の一部、
そこの国造、国作りに任命されてるっていうのもあって、どうもそういう方のお墓じゃないかなと考えられそうでして、その話を聞きまして、そんな有名な戦いにまつわるものが自分の住んですぐそばにあるんだなということで、改めて教科書の出来事だったのが改めて知ると、そんな身近にまつわる人、モノドベシは残念ながらいわゆる戦った方なんですけど、
そういうのが身近にあるっていうところからですね、古墳ですごいなというのと、やっぱり戦った畜生の君の居合はどういった戦いだったのか、人物だったのかなというのにちょっと関心を持ったのが、10代後半頃のお話でございました。そうですか。早いですよね。10代の頃からもうすでに。もともと戦国時代とか中世を勉強してたんですけども、
身近に見るとやっぱり私は山に岩戸山に行きますと、やっぱりあのスケールがすごいですけども、やっぱりそういう実物を見ると改めて心を打たれるというか、すごいなと思って、特殊な場合はそんな接点があるんじゃないかと言われたところから、ちょっと関心を持つようになったところです。モノドベシからですね。ちょっとそちらの方からなんで、地元で。
面白いですね。それでいわゆるいわゆの君の人物像と言いますか、これは田中さんの中ではどういうふうに作り上げられていたんでしょうか。そうですね。このつくしの君のいわゆと言いますか、本当にたくさんの方がご研究されて、本当に諸説様々なお話があるわけなんですけども、私はせっかくダザイフでお仕事をさせていただいているので、
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ダザイフの方から見たというか、もうちょっと見た視点から言いますと、あれだけ多くの方々を今も惹きつけるというのは、一つスケールの大きさというかですね。やっぱり辞め地方だけではなくて、九州北部という地域全体に及ぶようなお話が一つあるというのと、あとは岩戸山古墳という実物が今もしっかりと残っていまして、
そこから関連する石神石場とか、そういった史跡や文化財が今も残っているというのが、やっぱりそれを見て皆さん関心をお持ちになるということで、ダザイフの場合と残念ながら建物とかがなくてですね、史跡はきちんと残ってますけども、やっぱりその愉快なものが今にも大切に伝えられて残っているというのは、やっぱり関心を寄せて皆さん惹きつけられるのかなと。そうですね。福岡という地だけではなくて、
九州全体に影響が広がっていたというふうな捉え方でよかったですか。そうですね。やはりそのスケールというのは、国内だけじゃなくて海外とも、特に品木などとの交流があったというか、戦いの演員になったと言われてますけども、そう考えると国内だけじゃなくて海外とも交流があったというのは、やっぱり一つ大きなポイントで、
つくしの君岩井という方が国内だけじゃなくて海外とも交流があった。そういうことは九州北部の重要な位置づけにもなるかなと。残念ながら岩井の方は乱で終演して勢力が変わっていってしまいますけども、そういう受け継がれていって、ダザイフの役職として古代設立したダザイフというのは、やっぱり海外との交流の担い手でありますし、
やっぱりここをガチッと抑えることで海外との交流であったり、九州の軍事外交になるという、そういうことに発展していった、やっぱりその原点を築いたのがつくしの君岩井なのかなと。そうですね、それだけスケールが大きいと言いますかね、福岡だけじゃなくて九州、九州だけじゃなくて今度は海外の方へ行って、朝鮮半島の方とか、
まだ足を伸ばさないと人物像が浮かび上がらないというか、逆にそういう人物像であったということなんでしょうね。そうですね、やっぱり決して日本の国内の枠組みだけなくて、やっぱり海外とのやり取り、そういうところと技術なども導入しながらというのが、めぐりめぐってやっぱり彼の築しの君岩井の魅力に繋がっているんじゃないかなと、そういうふうにも思っております。
それまでは例えば九州なら九州の地を治めて踏んどり返っている人が多かっただけにね、今度は国外の人、あるいは近畿の人とも会いたいしたり、あるいは仲良くしたりと、そういうスケール感がありますよね。そうですね、決してやめ地域とか福岡の一地域に留まらないというのが、
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やはり中央、大和のほうとも交流がありますし、やはり朝鮮半島とも出会ってくると、やっぱりなかなか一言では終わらない。いろいろこれからまたいろんなものが見つかって発見されていくと、さらに広がっていくんじゃないかなと、そういう希望というかロマンも感じるようなところがあるかなと思っております。そういったところですが、この太宰府と岩井の乱との関連ですね、
直接的にはどういうふうな関連があったんでしょうか。岩井の戦いというのが527年と言われてまして、今日お越しいただいた太宰府というのは、7世紀後半頃から設置されたという、ちょっと間の時間というのは600年代後半ですね、少し空きますけども、
日本の統一国家で統治していくという、前提的な視点で見ると、岩井の戦いの後には息子のくず子が資材を免るために、かすやの土産というのを献上して、それで免じられてというところがありますけれども、こういう各地に土産が設置されていくと、その後に七つの土産も設置されていくんですね。
細かく言うとそれぞれ役割が違ったわけなんですけども、やはり各地域を統括していく、治めていくというので、いろいろな施設が発展して設置されていって、岩井の戦いで直接的なかすやの土産ですけども、そのようにちょっとずつ時代が流れて、七つの土産が設立されて、最終的にはその流れを組んで、この太宰府の地に、この最下位と一体を統括する太宰府が設立される、
日本全体、大和とか中央から見たときに、九州を抑えていく、そういった施設が変遷して、最終的に置かれていった施設の流れを組んで、この太宰府が最終的に設立したと思いますと、やはりそういう地域を治めるという視点で言えば、脈々と大きい流れは岩井の方からずっと繋がっていってるんじゃないかな、というふうに考えているところです。大和王権が地方を監視すると言いますかね、
そういう役目で三宅というのを作っていきますよね。そのうちの一つののは三宅だったと。それが大きくなっていって、こういう太宰府というところへやってきたという感じですかね。そうですね。それぞれの地域を治めていた三宅とかが、徐々に発展したり変化していきながら、最終的にやはりこの九州を治める、一つの統治期間を置かないといけないということで、
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西海道全体と軍事外交の拠点として置かれたのが太宰府と言われていますので、その変遷というか流れをずっと見ていけば、大きいところ最後はそういうところに合流してくるのかなというところですね。つくしの君、岩井と私というテーマで、今夜は古都太宰府保存協会学芸員の田中健一さんにお話を伺っています。
太宰府に目を移しますと、やはり昔から重要な地だったことが分かります。田中さんに続けて話を伺っていきます。太宰府でお仕事をしていますと、どうしてもいつも太宰府、太宰府ってなっちゃうんですけど、年齢にかけると太宰府があるというのは、やっぱり都の平城郷とか平安郷とかがあっての太宰府であって、そうするとやっぱり中央から見た時の九州がどんだけ重要だったのかっていうのをですね、
それはやっぱり意識してですね、やっぱり違う目線っていうのも大事かなと。そう考えると中央から見た時にこの太宰府が400年も役所が置かれてですね、ここで外交の最前線の窓口になったりですね、九州統治の役名を400年間ずっと役所があったということは、やっぱり中央から見るとそういう役所がなければいけなかった場所って重要な期間だと思うと、やっぱり中央から見るとこの場所っていうのは必ず抑えておいて、
ここを抑えることで諸外国とのやり取りがやっぱり進めていくと。そう考えるとやっぱり中央の方々から見ると、ここは絶対中央の範囲に収めておきたいと。そういった中で九州でずっと有明海連合とかでまとまってきたこの畜生の君祝いっていうのは、やっぱり中央を政府化すると是非抑えておきたいところだったんだけども、やっぱり中央としてはずっと久田らを支援して政策をやってきた中でですね、
ずっといろいろ送り込んだりしてますので、やっぱり中央としては大和側としては久田らを支援していただいて。しかし祝いは久田らじゃなくて白木の方を。そうなんですよね。やっぱりそうすると大和政権がずっと外交で続けていたのに対しては、
敵対する、白木に利するような行為っていうのはやっぱり感化できないものがあったとですね、思うわけなんですよね。ただそうすると、じゃあ畜生の君の祝い側としても記録見ていきますと、やっぱり最前線で旧市は最前線の地で、久田らの救援とかにどんどん最前線で人員とか物資とかをされるので、
記録なんかも例えば久田らの搭乗を送り込むときは畜生の兵士を500人つけて送ったとかいう記録が出てきますので、やっぱり中央は久田らを支援してあらこうだって進めている中で、一方、九州のこちらの人たちは不満であったり疲弊であったりですね、なっていったっていうところがあると思うんですね。
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この畜生の君の祝いの戦いっていうのも多分おそらく突発的にポンと起こったわけではなくて、このように中央から見るとなかなか九州の連中が言うことを聞かないっていう不満とかそういうのがあったと思いますし、一方、九州の人からするといつも中央が命令を出して、やれ人員だ物資だを出さないといけないと、九州は九州で疲弊していく。
お互いそういう不満であったり圧力っていうのがこの527人に表面化してこの大きな戦いになったんじゃないかなっていう。今一つわからないのは、白木を岩井が一緒に手を組んだというのがいまいちわからないんですけど、
攻撃関係が白木と非常に親しかったという段階で話は通るんですかね。いやこれが多分複雑でですね、今でも外交するときって片方だけに勝たず、いろんな外交で、全方位外交というとあれですけども、もちろん建前上、くだらを支援してっていうのはあるんでしょうけど、じゃあ白木と全く遮断していかない、そういうこともないと思うんですよ。やっぱり交流は様々ある中で。
今言ったように中央はくだらっていう政策を取るんだけど、でも畜生の君岩井にとってはそれがベストではなかったかもしれないんですよね。だからくだらでも有効ももちろんあるんだけども、そればっかり言ってくる大和政権に対してちょっと違うルートも当然独自のルートも持っていたと思うんですね。最終的に大義名分として大和政権がそういうふうに表すわけですけども、
畜生の君岩井にとってはですね、もうそれぞれ南の水間とかですね、そのくだらとか白木とかいろんなところのルートを持っていても、それは当然様々なルートを持っているのが普通だと思うんですね。どこか一角に絞る必要は多分ないと思うんでですね。そういうとこが逆にとやり玉に挙げられというか、いろいろ目立ってしまったっていうこともあるのかもしれませんね。
田中さんのいつものダザイフ関連の話は後日改めて登場いただき話を伺う予定です。今回はどうやら完全音時が登場する予定だそうです。今回は田中さんはダザイフ完全音時を中心に一緒に説明していただくと聞いておりますが、
ポイントとなる注目点というのをちょっと挙げていただくとどういうことか。今回ですね、もう毎回様々なダザイフのポイントをご紹介させていただいてますけども、やはり完全音時はこの埼明天皇の母代を弔うために天地天皇が婚留したということで、まさに先ほどご紹介した古代のダザイフの役所とともにやはり1300年の歴史を誇る古札ですけれども、
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この境内をじっくり歩いていただきますと、やはり古代のそのもののものはなくても実は面影が境内の随所に残っていたりしまして、実は塔の起壇の跡とかですね、あるいはかつて建っていた高堂などの建物の組織とかですね、そういった様々なものがじっくり完全音時を見ていくと面影がいろんなところに残っておりますので、
いつも通りですね、サクッと行くわけなくても隅から隅まで縦膜の隅をつつぐではないですが、本当に完全音時のいろんな魅力をご紹介して楽しく一緒にご紹介できればなと思っているところです。田中さんと一緒に歩いていますと、普段何度も完全音時は来てるんですけども、
え、そんな建物があったんですかというのが現れますからね、それが面白いですね。ぜひ完全音時の歴史は、やっぱり現地に残っている遺構であったりとかですね、あるいは宝像のほうのいろいろな文化財なども、宝像のほうのものはご紹介していただくんですかね。ぜひご一緒と思いますのでですね、そういういろいろ魅力が残っていて、
それが古代から1300年の間受け継がれてきたという地域の方々の完全音時を愛する心なんかもいろんなところに保護の跡なども残っていますので、この1300年をぜひ皆さん訪れていただいて感じていただけるようにいろんなポイントをご紹介していきたいと思います。特に宝像といいますと仏像のね、え、こんなに大きいんですかというような巨大な仏像がいますからね。
そうですね。まさに見上げるようなですね、上六像と呼ばれるようなまさに大変大きな仏像もございますし、ダサいふうにお越しになりますと皆さんですね、やはりダサいふうに天満宮に参拝されて、九州国立博物館で国宝を見てってなるんですけども、この完全音時もご覧になっていただくと、この古代からの成り立ちというのもまた理解していただきますし、
またその宝像というのは本当に国立博物館にも負けないように素晴らしいものが展示してありますので、素晴らしいですね。届きますよね。そうですね。私なんかも来たらぜひお立ち寄りくださいということを言っていますけれども、こちらを併せて見ていただくことで、この古代の主要都市であったダサいふうにより皆さん知っていただけるんじゃないかなと思います。その辺が一番楽しみですね。今まで宝像に何回も足を運んだんですが、
田中さんがこれはどういう風船な説明をなさうのかっていうのも楽しみですね。びっくりするような物像がありますので、それをぜひ皆さんも耳で聞きながら楽しんでいただきたいと思います。楽しみにしております。ぜひ皆さん楽しみにお待ちいただければと思います。どうもありがとうございました。ありがとうございました。
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古代の福岡を歩く。2027年がいわいの乱から1500年になりますので、まず、つくしのきみいわいとわたしというテーマで、いわいの人物像に少し迫っていただきました。お話は、ことダザいふ保存協会学芸員の田中健一さんでした。ここで古代の福岡を歩くリポーターの中島理恵さんです。はい、今回はいわいの乱、いわいの戦いから1500年のプレイベント、
いわいフェス1500が行われる話です。行われますのは10月の25日日曜日。場所は岩戸山歴史文化交流館、いわいの里と岩戸山古墳の周辺なんです。イベントのステージだとか、古代マーケット、体験などが用意されているんですが、やめじ教育委員会歴史文化交流館係係長の原雅宏さんに、おすすめの前にこんな場所でやるって話を聞きました。
岩戸山古墳の横にベックっていう広場がありますので、そちらの方にステージを組んでですね、そちらで催しを中心に。古墳のすぐ横って感じですか
?そうなんです。昔はここで裁判が行われていただろうっていう広場のところですね。ここでのイベント、おすすめについてはこうおっしゃいます。やっぱりいわいたいそうですね。
やっぱりいわいたいそうなところにフラワー、ダンスバージョンがですね、すごい感動してます。動画とか実際に見させてもらった時にですね。ぜひ楽しみにしていただければと思います。これ見どころありそうなんですが、横から女性の声もしました。同じく歴史文化交流館係の定崎玲さん。
実は体験ブースもいろいろあって、コマ回しだとかダンボールクラフト、あと九州国立博物館の旧博物館がやってくるんだと。ここをおすすめとおっしゃるんですね。やめ古墳群の中から出てきた短甲、甲冑ですね。このレプリカがあるんだそうですが、これを着ることができるというんです。実際着てみて、うちに展示があるんですよ。同じ時に出ているものが。
同じものではないですが、これとこれが同じ時期に同じ古墳に置いてあったんだなというのも、実際のものも見ていただけるという、ちょっと大という体験かもしれないです。個人的にはそれは楽しいんじゃないかなって思っています。なりきり古代人。そうなんですよ。古代衣装も着ることができるらしいので、かなりこの体験盛り上がりそうです。あともらったチラシの中で私が気になったのが、岩戸山古墳見学ツアーっていうのがありまして、
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しかも関人先生による案内解説があるって書いてあるんですね。関人先生。気になるでしょ。定崎さんに聞きました。岩戸山を巡りにあたって、先生役としてこの人はすごい敵人だっていう方を呼んできましたので、ぜひどんな方かっていうことも含めて、この先生何話すのっていうことも含めて、
まず岩戸山のこともよくわかんないしなって不安に思っている方も、岩戸山もっと話を聞こうじゃないかって思っている方も、ぜひ足を運んでいただければと思っています。気になるんですよ。どんな人なんでしょうか。午前午後があって、この申し込み受付が10月8日から始まりますので、ぜひ岩戸山のホームページから、もしくはお電話で申し込んでいただければなと思います。
これ、事前予約制になっています。岩戸山古墳見学ツアー。そして、とにかく詳しい人からあまりよくわからない人までハードルを下げて楽しんでほしいという、このいわいフェス1500ですけども、原さんがこんなふうな気持ちを聞かせてくれました。まず古墳に来ていただいて、こういうお祭りの雰囲気を味わいながらですね、こういうイベントごとの中身を通じて、
歴史を味わっていただきながら、体験していただきながらですね、持ち帰っていただいて、来年の1500年というのに、もう少し興味を持っていただけたらと思っているところです。いいんですよ。お楽しみ抽選会とかね、おいしいものも用意されていますので、10月25日日曜日です。いわいフェス1500。詳しくは、いわいの里のホームページで確認してください。
雨が降っても規模を縮小して館内で行えるそうなので、安心して、そして晴れたら芝生のようですごい気持ちのいい時間が過ごせそうです。ぜひお出かけください。中嶋理恵さんでした。番組からのお知らせです。ホームページのご案内です。これまでの放送内容と番組を1回目からじっくり楽しむことができます。RKBラジオのホームページの、古代の福岡を歩くのバナーをクリックしてください。
また、ラジコ、アップル、スポティファイ、アマゾン、ユーチューブなど各ポッドキャストでもお楽しみいただけます。この番組は、やめ氏岩戸山歴史文化交流館の共産、道の駅村方の提供でお送りいたしました。ご案内は、坂田秀大でした。
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数々の人気ポッドキャストやアリーナイベントを成功させてきた元日本放送のプロデューサー、石井ヒカルさん初のビジネスショー自分でやらない方がうまくいくがPHP研究所から出版されました。これを記念して10月21日水曜日午後6時30分からJR博多シティ8階丸善博多店で石井ヒカルさんをゲストにお迎えしてポッドキャストラボ福岡の公開収録を開催します。
さらに石井さんの本を買った方にはその後のサイン会にも参加できます。イベントの参加申し込みお問い合わせは丸善博多店0924135401、0924135401までどうぞ。10月21日水曜日午後6時30分から皆さんの参加をお待ちしています。ポッドキャストラボ福岡
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