いいですね。ちょっとこれ本当に今日からマネしてくれるというか。
岐阜新聞の社員が、紙面には載らない岐阜のこと、岐阜じゃないことを骨混じりに語り合うポッドキャスト、ききかぢ、報道部、山田俊介です。
ゲスト回です。岐阜県日田市にあります、高IU、高イノベーション大学競争学部長寿の小山真樹さんです。小山さん、よろしくお願いいたします。よろしくお願いします。
小山様、地域防災ですとか災害時の人間行動、被災後の生活再建ですとかを研究されています。
今日聞きかじっていただきますのは、生き残るためにどうすれば地震防災の日に考えるということで進めていきたいと思いますが、
10月28日がちょうどあの岐阜県地震防災の日なんですよね。
1891年に農備地震が起きた日ということで、この日が地震防災の日ということになっているんですけど、
今年でちょうど農備地震から135年という節目でもありますということで、改めて防災についてこの番組を通しても考えていこうというのが今回のテーマなんですが、
なかなかこれだけいろんなところで大きな地震が起きているという中で、危ない、気をつけなきゃ、何とかしなきゃ、何か対策しなきゃという意識はそれぞれに根付いてきているとは思うんですけど、
じゃあどうすればというところのなかなか答えが見つからないというのが現状でもあるのかなと思うんですけど。
特に地震災害については日本全体で見ると毎年のように大きな地震が発生しているんですけれども、
自分がすべての人が年に1回経験しているかというとそういうわけではなくて、
そうすると、日々の生活であったりとか、子育てしていたらお子さんのことだったり、介護していたら介護される方のことだったりとか、
そういうことをお仕事している人だったらお仕事のこととかでそっちを優先してしまうというのは当然だと思うんですね。
そうするとわざわざこれをやるというところになかなかこの行動につなげるというのが難しいというところはある。
これは人間の特性としてそういうことはあるかなというふうに思います。
平時のことでいろいろ手一杯になっていて忙しい忙しいとなっている中で、
その有事のことを考えるというのは結構億劫になってしまうみたいなところがあるわけですかね。
そうですね。特にですね、これがですね、たまには旅行に行こうかとかですね、誰それのコンサートに行こうとかっていう滅多にないというか、
たまにのことでも楽しいことというか自分がやりたいと思っていることだと人は動けるんですけど、
うわーめっちゃやりたいと思うことでないとなかなか腰が重くなっちゃうっていうのがあるかなと思います。
結構防災のために日頃からの地域の繋がりをどう作っていくかという中で、
いろんな地域活動をやってみる取り組んでみる団体さん自治会さんとかねあると思うんですけど、
だからその一つ一つが住民にとっては結構面倒なことだったりするじゃないですか、
っていうところもあって、いわゆる愛を死活に向かうっていうところと比べるとちょっと億劫になる気持ちは確かにわかるなぁとは思いますよね。
防備審議から135年経つということで、まもなく135年が経つということで、
135年も前なのでもう人も社会も街も制度もそっくり変わっているわけですけど、
この節目に当時の被害状況ですとか過去にどんなことが地域であったのかっていう知るきっかけの節目の一つにはなるかなとは思うんですけど、
それと合わせて今教訓として伝えないといけないなというふうに思ってみえることとかありますかね。
それで言うとまさにですね、むしろ振り返ってもらいたいというか、地域の歴史なので、
災害対策っていう目線だけじゃなくて、私たちの街でこんなことが起きてきて、そこから人はこういうふうになってきたんだっていう人のなりわいとか生活とか文化とか、
そういう目線で振り返ってもらうといいかなと思ってるんですね。
例えば野火地震の場合だと岐阜市に震災記念堂っていう記念のお堂があったりとか、
あと実は当時の小学校には小学校ごとに記録紙が作られてたりとかするんですよ。
ところが残念ながらもう135年ということで、
灯灰号とかもあるじゃないですか、その関係でもう失われてしまっているものもあるようなんですけど、残っているものもあるんですね。
でもこれは人が覚え続けてないとそうやってなくなってしまうので、
対策対策っていうだけじゃなくて、やっぱりそういう歴史的なところも含めて思い出す日、
そういうのをちゃんとメンテナンスしていくというか、
そういうのがあったよねってみんなで見ていく日っていう風になっていくっていうのはとっても大事かなと思います。
それが土台になっていくっていうことですよね。
その対策をする上でかつて地域に何があったのかっていうことを知っていくことが今の対策にもつながる部分が。
そうなんですよ。当時の人がそれに対してどういう風に向き合ってきたのかとか、
学校でその先生方がどうしていったのかとか、
そうやって今の先生方にとってもすごい参考になると思いますし、
とっても大事かなと思います。
そういった歴史を知ることっていうこともありますし、
あとはそうして知ったことを通じて、今じゃあ何を気をつけないといけないかなっていうことを思い浮かべたときに、
いろいろやらなきゃいけないことが出てくるとは思うんですけれど、
そういった備えっていうのが結構地域ごとに違ったりするのかなというところもあるのかなと思いまして、
というのも岐阜県って広いじゃないですか。
この街の方っていうのもあれば中山間地域もあり山間部もありっていう中で、
この備えっていうのもそれぞれちょっと変わってくる部分ってありますかね。
そうですね。やっぱり中山間地域はコミュニティがまだ強く残っているっていうところの一方で、
都市部だとなかなかご近所付き合いがなくなっているっていうようなところもあったりしますよね。
そうすると近所の助け合いみたいなところっていうのは、なかなか今都市部だとあえて考えないとやりにくいっていう部分が出てきたりっていうのがあるのかなと思います。
そうするとやっぱりおのずと備えとして考えないといけないところっていうのも変わってくるのかなっていうのもありますし、
今例えば岐阜市だと市内にタワーマンみたいなのも建っているじゃないですか。
電気が止まると水もポンプ止まりますので上がらない。
しかも換気とかも止まっちゃうので。
しかも歩いて何十回もお水持って上がるのかっていうと。
ちょっと技術じゃないですもんね。
そうするとあの人たちが全部降りてくるっていう、電気止まってる間は被災生活したて生活をするみたいなことになるようになりますよね。
じゃあその人たちはどこに入るんですかとかですね。
これは山間地だとだいぶ違いますよね、状況が。
そうですね。山間地にはない町のほうならではの課題っていうところですよね。
本当に町の様子もこの何十年から変わってきましたもんね。
そうですね。
特にタワーマンがどんどんできてるっていうのは大きな変化ですよね。
こうして135年前もそうですけど近年も大災害、地震が頻発している中で、
その地震の恐ろしさってものは身に染みてっていうところもあるでしょうし、
いろんな報道を通じてだったりだとか、いろんな被災された方の言葉であったりだとか、
いろんな形で知ってはいるとは思うんですけど、
ただそれが普段の行動に結びついているかというとまた別の話になっているというところで、
この何か対策しなきゃなと思ってはいても、
先延ばし先延ばしにしてしまうところがあるのかなと思ったんですけど、
これってどうですかね、ちょっとその個人の意識だけの問題なのかなっていうところが
考えたいところではあるのかなと思ったんですけど。
これはですね、個人の意識でできる人はやれるんですけど、
一緒に考えていければいいのかなと思うんですよね。
バラエティはいっぱいあると思います。
今日これやってみようかな、こないだこれやったから今度はこれやってみようかなっていうふうにつながっていくっていうことですね。
今度は何とかの集まりやるんだったら、そこでちょっと時間ちょうだいよとかですね。
カットインしてこういうこともやってみるっていうのはね。
あとはちょっとこれがなかなか難しいなと思うのが、
今結構そういう地域のつながりっていうものが弱まってきてしまっているみたいなことが言われますよね。
そのコミュニティだとか災害時の人の行動っていうところが研究対象になっている中で、
その顔の見える関係っていうのをどう作っていくといいのかなっていう。
先ほどの話で言うと、すでにある集まりの中で枝穂を伸ばしていくっていうところだと思うんですけど、
なかなかそこにたどり着いていない人だったりだとか、結構つながっていない人っていうのも現状いらっしゃるなと思うんですけど、
どうなんでしょう、そこも含めて地域の力を強くしていくためにはどうしていったらいいと思われますか。
ベタなんですけど、やっぱり挨拶とか。
それ思います、そうですよね。結構そこからですよね。
私今アパートというかマンションというかに住んでるんですけど、
引っ越してきた時に最初に挨拶して回っておくと、どんな人がその建物の中に住んでいるのかが分かるので、
挨拶しやすくなるというか、そうすると何かあった時でもつながり合えるかもしれないっていう可能性を保持した上ですごくするかなっていうのがあったりして、
今なかなかそれももしかしたらないのかもしれないなと思ったりしますね。
特にですね、ここは新しく開学したんですけど、学生の多くは下宿なんですね。
都会から来ている学生さんとかもいるんですけど、地元だと鎮近所の人に挨拶なんかしたことがないっていう方が、
こっちに来たら地域の人は普通にみんな挨拶するので、
そうですよね、すれ違いさんめっちゃされますよね。
それでも今では挨拶するの普通になりましたみたいな。
そうですよね、結局習慣化されればするようになるんでしょうし、
なかなかそのきっかけっていうのが年分ほど少ないのかなっていうところはありますよね。
そこをあえてこんにちはとかおはようございますとかっていうのを自分でやるようにしていくっていうのが一つあるのかなって思いますね。
でも人間ってやってないことをやるのって結構勇気がいるって言ったり、
踏んじりをつけないとみたいなところがありますよね。
喉元まで出るけど出てこないみたいなのがあると思うんですけど、
私昔バスとかで譲ったりするじゃないですか、
気恥ずかしくてなかなかどうぞって言えなかった頃はあって、
その時にでも人がやってるのを見て、友達とかがやってるのを見てやっぱりいいなと思ったんですね。
それを自分もやりたいと思ったけどやっぱり最初それでできなかった。
自分でこれは何をやってるわけでもないんだけど、これは罰ゲームだと自分に言い聞かせて、
こういう時にはこれをやらなければいけないと自分に貸して。
一人罰ゲームみたいな。
知りる理由を自分でうまく構築するみたいなことですね。
良いことをしようと思うとそれに対してしゃに構えた自分みたいなのは言いにくいけど、
これはこういう理でやらなきゃいけないんだってなれば自分の中でいいわけ。
私は良いことをしようとしてやってるとかじゃなくて、これはやることになっているのでみたいな。
一瞬恥ずかしくなって踏みとどまっちゃうことってありますよね。
それを乗り越えるための何か自分の中での負荷みたいな。
理由が。
一人罰ゲームって良いですね。ちょっと実践したくなるキャッチコピーというか。
何回もやってるとだんだんそれが自分の中に入ってくるので、
全然打ってならずにできるようになっていくので。
もうそれ普通ですみたいな感じでだんだんなっていくわけですね。
良いですね。ちょっとこれ本当に今日から真似してくれるというか。
でも本当このいろんな方が今地域社会の中っていらっしゃるじゃないですか。
先ほどの東京の高齢者の方であったりだとか、障害のある方であったりとか、
外国籍の方だったりとか、子育て中の小さいお子さんのいる方だったりとか、
本当それぞれ事情が様々だなっていうのは思うんですけど、
一方で誰一人取り残さない社会を作るということも言われていて、
それを防災という中で地域で進めていくとき、最初の一歩になるのがまず挨拶ということですかね。
そうですね。やっぱりお互いが知り合いというかですね、
メンバーシップというか所属意識みたいなのが、この人たちはみんな仲間だという意識があると、
そこはやっぱり助け合いが生まれたりとか、その中であんまり悪いことが起きにくくなるというか、
そういうのはあると思うんですよね。そういうのを作っていくというのが大事で、
その最初が挨拶かなと。さっきも言ったみたいに、やりたくないことをやろうというのってなかなか難しいじゃないですか。
本当にだから義務としてもこれはやらないといけない、こういう例えば法律で決まっているとか、
そういうことだったらあれですけど、そうじゃなくて自主的なところでこれをみんなに共生するみたいなのっていうのは難しいですけど、
今コミュニティ活動がそういう状況になっちゃっているので、そうするとやっぱり難しくなっちゃうんですよね。
どうしていくのかといったら、やっぱり一つはやりたくなることと合わせていくということで、
特に災害対策というか、事前のじゃなくて事後の災害対応の話って大規模イベントとだいぶ近いんですよね、オペレーションが。
だから例えば運動会とかそういう地域のイベントをみんなで作るっていうのは、それで顔の見える関係できるし、
企画の何とかで楽しく何とかをするための集まりだったらやりやすいじゃないですか。
ご飯どこから調達してとか、誰呼んでどんな企画やってとか、そういうのをやっていく中で関係性ができていくっていうのは一つあると思うんですよね。
あとそこのやり方として難しいのが、昔はコミュニティっていうのはこの日にこれをやらねばとかって本当にわりとねばならない形式になったんですけど、
今やっぱり働き方も多様なので、得意な人が得意なことをできるようなちょっと柔軟性のある形での実行委員会というか、そういうのができるといいんですけどね。
確かにそういったイベント自体は結構地域地域にまだギリギリ残ってたりだとか、ちょっとそれも後継者不足とかっていう風で難しくなっている地域もある中で、
例えば市民運動会って地域ごとに岐阜市とかだとやってたりとかしますし、そこにちょっとそういう防災的な要素を織り込んでいく、
競技の中にそういうものを一つ入れてみたりっていうことも確かに主眼ですよね。
地域地域で残ってきているものを繋いできた取り組み自体は、その地域が誇れるものだなとも思うんですけど、
一方で中にはこれ何のためにやってるんだろうっていう疑問を感じながら参加している住民の方も結構いらっしゃるんじゃないかなっていうことを思ったりすることは、
取材を通じて思ったりするんですけど、そこにこれはこうだからやる必要があるんだよっていう、こういう意味合いが生まれてきて将来その辺に繋がるんだよっていうようなところを、
対話を通じて染み渡らせていくっていうことが一つ必要なんじゃないかなっていうのは結構思ったりしますね。
なのでそういった取り組みの中に織り込んでいくっていうことも一つなんでしょうけど、
あとは結構これもよく言われるのが担い手不足ですよね。
地域の活動を維持していくためにその担い手が減ってきてしまっている地域、
その後やっぱり、その後もう生活が続いていくので、
家が壊れた中でこれでも、今は助かって良かったけど、じゃあ家建て替えるのかどうするのかとか、
そういう、でももう例えば70、80とかになってたら、今から家を建て替えるのはだったりとか、
でもまだ同じところに建てるのか、建てるとしたらですけど、じゃあどこに住むのとかですね。
その先も考えていかないといけないこと、その先の人生とかっていうのって結構大変なんですよ。
だけどこれが起きてしまってから考えることってものすごい難しいんですよね。
例えば、自分の家を再建するだけだったら、自分はどうするかなので良いんですけど、
でも最初って例えば家族が亡くなったりとかして、本当に日々の毎日の家の片付けだったりとか、
いろんな処分を、これは処分してどうこうだってやってると、それだけでも何ヶ月も過ぎちゃうわけですよ。
その先へ行くのがものすごく難しい、そういう状況に追い込まれてしまうっていうのが、
今年ですと熊本地震の被災地の様子ですとか、報道ベースではあるんですけれど、
いろんな被災者の方の経験だったりとかその声を通じて知りましたけど、
やっぱり会ってしまった後のことがものすごく大変っていう、そこから抜け出すまでにものすごく時間を要するっていうことですもんね。
でもそれが起きることはもう分かってるんですよ。
そうですね、起きてしまったらもうそういうことになるっていうことですよね。
しかも例えば、被災した家屋は工費の解体、撤去っていうのがあるんですけど、
それをやるときにも資材が入ってたらダメなんですよね。
自分の財産が入っていると。一緒に壊すわけにいかないので、それ全部一回出さないといけないとか。
それを例えば独居の高齢者の方がそれを一人で全部できるのかっていうと、そもそもっていう話があって。
でもそういうことが起きるのはもう分かっているから、だから起きた後どうするか。
今の仕組みでそれは解消されるのか。解消されないとしたらどういうことが必要なのかっていうことを、
やっぱり起きる前に、何が起きるかはだいたい分かっているので、それを一緒に考えるっていうのが必要なのかなと。
この時に災害、災害って言うとみんなあんまり聞きたいっていうのがあるかもしれないんですけど、
事前復興まちづくりっていう考え方があって、これは個人の世帯の話っていうよりは地域全体の話なんですけど、
ある意味はスクラップ&ビルドになるわけですよ。
今お家が建っているのは個人の財産なので、行政の区画整理とかになればあれですけど、
そうじゃなかったらこの町どうするって言っても個人それぞれの話だからどうにもならないみたいな感じになると思うんですけど、
でも災害が起きて、例えば地震が起きていっぱい被災するっていうことになった時に、
じゃあこの町どうありたいか、どう復興していきたいかっていうのは起きる前だったら考えられるし、
逆に何でも言えるんですよ。
まだ起きる前であればイメージを膨らませる余裕があるっていう比較的いろいろ忙しい中だとは思いますけど、
あと方向性としてみんなで助け合える町みたいなのを実現したらどうするかとか、
あとその家のこと、復興住宅みたいなところもどうしていこうかとか、
その商売を続けられるためにどうしようかみたいな話も起きる前だといろんなことが言えるんですけど、
起きた後だと被災してそれどころじゃない時にそんな話をして、今そんな話をするなみたいな話になっちゃうので、
そもそも話し合うことが難しい。そもそも話し合うことが難しいし、
でも再建早くしたい人は再建しちゃうから、先にどんどん進められる人は進めちゃうんですよね。
そうするとすごいまだらな町とかになっちゃって、こんなはずではみたいな。
最初からそういうことを考えていればもうちょっと違う町のあり方があったかもしれないけど、
でも起きてからなりゆきに任せてしまうとそうなってしまうっていう。
だからそうですね、事前の対話、語り合いの中でちゃんとそのイメージを起きた後のイメージも持っておくっていうことですよね。
当然その通りになるかどうかはわかりませんけど、
でもそこでイメージを共有しておくとか、それをベースにまた話をそこから始めるっていうことはやりやすくなってくるので。
なかなかその先のことを考えるってすごく難しいことでもあるなと思いながらも、
そうやって前もって考えておくことがその先何が起きるかはわからないですけど、
そこに対処していくための力になり得るっていうことですよね。
あとそうですね、これちょっと推計にはなるんですけど、
2018年の7月に西日本豪雨がありまして、岐阜県でも関市の上野のあたりとかで被害が出たりとかした中で、
小山先生その時に被災後の気持ちの回復について研究もされてますよね。
研究の中で見えてきたそういう気持ちの回復に時間がかかる傾向だったりだとか、
そういったハードだけでなくてメンタルだったり人の面での難しさっていうところをどういうふうに感じてみえますか。
やっぱり人とつながりがないと回復が遅いっていうのがあって、
例えばボランティアさんが来てくれて一緒に手伝ってくれたりとかするとそれでほっとしたり気持ちが上がったりっていうのがあったり、
ちゃんとその本音だったり言わねが欠ける場所を作るっていうことが結構大事になってくるんでしょうね。
それも含めて平時からの取り組みっていうことなんでしょうね。
そういうのがやっぱりソーシャルキャピタリズム、社会関係資本とか言いますけど、そういう関係性を持っているかどうかっていうのは色んな意味で大きいですよね。
なかなか今、どうしても孤立孤独の問題が言われていたりだとか、結構何でも一人で解決してしまうように思ってしまいがちなんですけど、
それってあくまでも何にもないときだからこそ言えるんじゃないかなっていうのは結構思っていて、
その状況で何があったとき大丈夫なのかなって周りを見てて不安になるなって思うことがあるんですけど、
やっぱりそれは大丈夫じゃないよって思っておかないといけないなと思いますね。
そうなんですよ。だから平時のときに一人迷惑をかけるなって言い過ぎちゃうと人に頼れない社会を作ってしまうので、
人に頼れない社会になると、でも社会ってそもそも人が助け合うのが前提なんですよね。
確かにそうですよね。
社会って。ということは社会がどんどん弱くなるというか、何かあったときにだからもう全体として維持できなくなっちゃうので、ちょっと怖いなというか危ないなっていうふうには思いますね。
そうなんですよね。何かが直撃してきたときにそのままボキッと折れてしまうのが今の社会なんじゃないかなっていう、
なんとなくしなやかさを失ってないかなっていうのは結構取材をしていても感じるところですね。
ただ何とかそこに抗っていかないといけないなということで、最後に防災というテーマではあるので、
今日この一つだけやってもらえるとしたら何から始めましょうかっていう。
それは挨拶ですね。
そういうパソコンになるわけですね。パソコンになりますかね。
そうですね。やっぱりつながり作るのきっかけをまず作るところからっていうことですよね。
そうですね。それは対策とかでは備蓄もとかね、ただ耐震カーとかもありますけど、でもそれ一個だけって言っても一個やって安心していったらダメで。
確かにそうですよね。結構やること多いですもんね。
そこへのきっかけみたいな挨拶なんかはだからそこへのきっかけっていうか、全てに関係するって意味ではそこからかなみたいな。
いやでも本当まずそこからだなって思いますね。
この地域、岐阜県っていう地域の中でもちょっとだんだん失われつつあるのが挨拶なのかなっていう気もしているので、
そこから始めていくといろんな方が多様な、いろんな方がいらっしゃいますけど混ざり合って強い社会を作っていく始めになるかなっていうことですよね。
そうすると雨がものすごい降るときは対策されましたじゃないけど、今晩ちょっと危ないらしいですよみたいな話も声かけやすくなりますよね。