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2026-10-07 24:28

Season 5-17. Zoom 創業者のビザは9回目で通った

1995年,25歳の中国人技術者が,出張先の日本でビル・ゲイツの講演を聞いていました.のちに Zoom を作るエリック・ユアンさんです.アメリカに渡ると決めた彼のビザ申請は,そこから8回続けて却下されます.

第17回は,Zoom の創業者エリック・ユアンさんについてお話しました!これは,8回突き返されたビザ申請書と,「顧客が喜んでいない」という感覚と,社名が子ども向けの絵本から来ているという話です.是非お聴きください💁


【今回の内容】

  • エリック・ユアン(袁征):ビザを8回却下されて9回目で渡米し,英語がほとんど話せないままコードで WebEx に入った人
  • Cisco の VP of Engineering:800人を率いながら「満足している顧客に一人も会わなかった」と感じて辞め,40人が後を追った
  • Zoombombing:利用者が3ヶ月で20倍に増えている最中に,新機能の開発を90日止めてセキュリティを直した


【参考リンク】


ではでは(=゚ω゚)ノ


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サマリー

Zoom創業者エリック・ユアンが、中国から日本で聞いたビル・ゲイツの講演をきっかけに渡米を決意し、ビザを8回却下されながら9回目で渡米した経緯をたどります。英語をほとんど話せなくてもコードを書く力でWebExに入り、Ciscoで約800人を率いるまでになりますが、顧客が満足していないと感じて退職します。40人の仲間と新会社を立ち上げ、Zoomへ改称し、利用者が急増した2020年にはセキュリティ問題への対応のため90日間新機能開発を凍結しました。失敗の回数ではなく挑戦の回数を数えることや、顧客が喜んでいないと気づいた後の行動について、話者自身の受託開発経験と重ねて考えます。

エリック・ユアンの8回のビザ却下と渡米
雨宿りとWEBの小噺fm
はい、どうもこんにちは。 雨宿りとWEBの小噺、始まりました。
伊豆キーの配達屋、keethことKuwaharaです。 この番組では、気にも止めていなかったものに光を当てることで、世界の見え方が少し変わるかもしれない、そんな
WEB業界の裏話や小噺をご紹介しております。 今回のお題は、
Zoomの創業者が過去にビザを9回目でやっと通った、みたいな逸話があるので、これについて触れてみようかなと思います。
最近だともう、 次回のミーティングZoomで、とかこの後のミーティングZoomで、という言い方、もう定着したと思います。
うちの会社だとMeetを使うことの方が多いんですけど、Zoomはまだまだ主流だと思っていて、
会議をするという意味の動詞として、 サービス名がもうそのまま使われているような状況だと思っています。
でもこういうことって、実際現実ではそんな頻繁には起きないと思っていて、 検索するという意味でググるとかはまああったでしょうし、その程度のものはたくさんあるっちゃあると思いますけど、
そんなに頻繁かというとそうではない。が、 10年ちょっと前に生まれた
Zoomという会社の名前が、今では世界中の予定表の中にもう入り込んでいるという現実。 そのZoomを作った人の名前、創業者はエリックユアンさんと言います。
中国のお生まれで、本名はちょっと漢字で書かれて読めないんですけど、 中国語の読み方でいくとユエンジェンさんというらしいです。
今もZoomのCEOをやっている方です。 このユアンさん、アメリカで働くためのビザを申請したときに、8回も連続で断られています。
1回目、却下。2回目も却下。3回目も却下。みたいな感じで、まあいろんな理由でしょうけど、そのまま8回断られて、期間にして大体2年やったそうですね。
普通はこれ諦めますよね。 僕たぶん3回目くらいで心折れるんじゃないかと思っちゃいますね。これはもう縁なかったなぁみたいな感じで、別の道を探し始めると思いますが、
ユアンさんはですね、少なくとも8回目を出す前には1回平成になれるかと思っていたんですけど、9回目を出されたんですね。
そしてその9回目が通ったと。 今回はこの8回突き返された紙切れの話なんですが、
そこから自分が作っているものを誰も喜んでいないと気づいてしまった人の話になって、最後はあの社名が実は子供向けの絵本から取られていたみたいなところまで
いきますので、お楽しみにいただければ。 はい、ではまずユアンさんがどういう人なのかっていうところから入ります。
生まれは1970年の2月、中国の三島省太安という町で生まれています。ご両親は2人とも鉱山の技術者だったそうで、ユアンさん自身も大学では応用数学を専攻して副専攻でコンピューターの応用をやっておられます。
その後、北京の中国工業大学というところで地質工学の修士号を取られていて、名前の通り地面の下を掘る方の学問ですね。
つまりこの時点でのユアンさんはどう見てもシリコンバレーに行く人のコースを歩んでいないんですよね。
親と同じように中国のどこかの鉱山で技術者をやるというのが率直な未来だったはずです。
ちなみに私生活の方も早くて、22歳の時にシェリーさんという方とご結婚されています。 今もご夫婦でお子さんは3人いらっしゃるそうですね。
人生が変わっていくのが1995年です。 この時25歳のユアンさんは仕事で日本に来ていました。
そこでビル・ゲイツさんの講演を聞くことになります。 地味に面白いなと思ってて、中国で育った人が日本に出張して、そこでアメリカ人の話を聞いてアメリカに行くことを決めるというので、
全く日本関係ないんですけど。 経路が完全に三角形になってて面白いなと。
インターネットというものがこれから世界をひっくり返すという話を日本のどこかの会場でユアンさんはお聞きになって、これは自分がやるべきじゃんと思ったそうですね。
そこからビザの申請がスタートします。 そして冒頭の話に戻っていく、却下の連続ですね。
ここで一つ、なんで8回も断られたのか、その理由は公表されていないんですね。 当時の中国からアメリカへの就労ビザというのは審査の基準が外から見えにくく、
何が足りなかったのか本人もわからなかったというふうにおっしゃっています。 しかも一回断られたらそこで終わりではなくて、また書類を用意して手数料を払って、
あの緊張する面接を受け直す。 8回ですよ、2年もかけて。
いや私はこれすごいと思いますよね。 技術力とか専権性とかそういう話の前にこの8回も突き返された。
ところにもう1回もう1回って何度も並べるかどうかっていうところですね。 で9回目が通ってユアンさんがアメリカに渡ったのが1997年、27歳の時です。
都米した時点でのユアンさんって英語を実はほとんど話せなかったらしいですね。 でもコードは書けたと。だから当時できたばかりのビデオ会議の会社
WebExというところに 最初の20人くらいの社員の一人としてエンジニアで入れたんです。
この英語は無理だけどコードは書けるっていう状態は 僕らエンジニアならちょっとわかるところあると思っていて
私自身やりとり全部英語っていう現場に常駐で入ったこと過去にあるんですけど 朝会もそうですしキットハブのやりとり、スラックも
全部英語だったんですね。 日本にある日本法人の会社なんですけど中で働いている言語だけが完全に英語みたいな環境です。
僕はベンダーとして入っていて窓口をやってくれたPMの方は日本人で その方はもちろん日本語も通じるし必要なところでは通訳もしてくれました。
なので完全に孤立していたわけではないんですけど朝会で自分が昨日やったことを今日やることを みたいな共有する時は
自分で英語を喋らないといけない。 というので最初に英語で文章を作っておいてそれをただただ
読み上げるみたいなことをしてまあなんとかそれはなんとかなったんですよ 問題は動機のやり方の方です
起動機でつまりテキストで書いてあるものを読んで返す分には問題ないんですけど 時間をかければ読めるし今だと全然AIもあるし
翻訳ツールもあるしということなんですがちょっとした 口で話した方が早いですねみたいな流れになったとき
スラックで実際に 喋り始めた瞬間ですね急に難易度跳ね上がると
向こうは英語の 喋れる人ばっかりなので普通の速度で喋ってくるんですよ
まず早い早いそして発音も聞き取りにくいと でこれ本当に申し訳ないんですけどインドの方の英語のアクセントって
僕はほんとキツくて他の方もいろんな方おっしゃっててなんぼのもんじゃいってちょっと 思ってたんですけど
聞き知り勝る難しさでした 聞き取れないというか癖が強いみたいなレベルで
正直同じ英語なのかってたまに思うような単語を喋る時もあるんですね 結局わかるところだけなんとか拾ってただ正しい英語で返して
あとはやっぱりテキストにしましょうと言って起動機に戻るということを何度もやりました めんどくさいんですけどその方が確実なんでね
だからユアンさんが英語を話せないままアメリカに渡ってそれでもエンジニアとして 採用されたって話はちょっと納得感というか共感がありました
コードって別に発音の影響とか全然関係ないんですよね 書いたものはそのまま伝わると逆に言うと喋りの速度で勝負しなくていい
いう触手だったからこのスタートがユアンさんも切れたんじゃないかなというふうに 思っています
Ciscoでの成功と顧客不在の違和感
でそのWebExですけど会社としては大成功を収めます ビデオ会議という分野の先駆けみたいな存在になって
2007年シスコという巨大なネットワーク機器の会社に買収されています ユアンさんはそのままシスコに移ってエンジニアリング担当の
ヴァイスプレジデント つまり技術部門のトップの人になっちゃいます
で率いていたエンジニアの数がおよそ800人と同じ年にアメリカの市民権も取られています この流れを見ると
すごい成功談に聞こえますよね ビザ8回も断られた青年が10年で大企業の役員になって給料も肩書きも申し分ないと
ところがですね本人は全く幸せはなかったらしいです ユアンさんが後に振り返っている
言葉があるんですが退職する前の1年間 web ex を使っていて本当に満足している
顧客に自分は一人も会わなかったと言っています これ結構強烈な言い方だと思っていて一人もって言ってるんですよね
自分が技術のトップとして800人で作って世界中に売っているプロダクトについて 喜んでいる人に一人も会えなかった
しかししかも本人は朝起きるのが嫌になっていた という趣旨のことも語られております
僕はこの話を読んだ時正直気が重いなというか ちょっと心当たりあるなぁみたいな感覚がありまして
住宅で開発していた時の話なんですけど とある会社さんの社内 sns を作る案件があって
社内向けのチャットアプリですね言ってしまえば で発注してくれた会社の窓口の方がそのままプロジェクトの
パタフリー役でもあってこれどっかで話したかもしれないですね まあ以上を続けます社内でもまあかなり上の立場の方が窓口だったんですね
実績も十分で社内の信頼も本当暑かったんだと思いますけど その方が作りたかったものは志としてはすごい立派なものでいいなと思っていたん
ですね将来的に新しい事業がボトムアップで生まれるようにしたい 若手がもっと対等してほしいと実力のある人をちゃんと抜擢できるような仕組みを整えたいと
そのための土台として社内のコミュニケーションの場を作るんだと言って このプロジェクトがスタートしています本当言ってること自体はすごく良いことなんですよね
ただ作りながら引っかかっていたのは他のメンバー本当に使いたいんだろうかと思っ てて職場の人の声がどうも入っていなさそうだったんですよね
あくまでその方が頭の中で構想したシステムっていうのが こういうものがあればみんなこう動いてくれるはずだという設計になっていたんですよ
じゃあ実際に使う人たちは何に困っているのかというところが見えて来なくてですね 僕らからして
でこちらまあしかも受託で入っている立場なんで 正直作れと言われたものを作るしかないんですね
喜ぶのは結局この人だけなんじゃないかっていう感覚が 僕だけじゃなくて実はチーム全員なんですけどあの最後まで消えませんでした
で結果まあ納品をしてリリースまで行くんですけどまずその方の周辺 同じ部署の20人くらいの方に旅しに使ってもらったんですね
今でいう poc っていう形 いろんな意見は出たんですけどあんまり好意的ではなかったと
聞いてますそして前者に展開するのもやめようと いうかもうこのプロジェクトシステムを閉じましょうという意思決定が入ったそうです
しかもリリースしてからですね結構早い期間でその声を聞いたので やらかもうなんだかなぁと私たちは思いました
で保守の契約期間もまだ残っていたんですけど直す機会はまあそもそもないし使われて いないのでまあバグの報告も改善用語の1個も上がってこないと
本当なんか独特の気分ですねあれは そして一番答えたのがその後の話です同じ会社の他の部署ではもうスラック導入されて
いたんですよ でそっちで十分じゃないかっていう話に結局なったんですよね
これ僕らも提案したんですけどなぜかその担当者の方は違うとフルスクラッチで作る ということで
でも他の部署で使えるってことはセキュリティの審査も通っているし予算的にも 通せるっていうことなんですよね
つまり一緒に仕事をしていたその部署も普通にスラック使えたはずなんですけど 結局ねなんだったんだろうなぁって感じでした
もちろん受託の仕事全部がこういうわけだったっていうことではないんですけど 基本的にはお客さん側でもちゃんと考えて会社として方針も決めて解決したい課題があって
伸ばしたい事業があってそのために必要だったからこれを作るという話で まあまずはきますと
そういう仕事のが結局ずっと多いんですよね ただあの案件だけは作ってる最中から
これ誰が喜ぶんだろうという感覚が消えないままでした だからユアンさんのこの満足してる顧客に一人も会わなかったっていうことは僕結構
他人事じゃなくてですねうーんってちょっと気が重くなりましたね ただし決定的に違うところが1個あって僕の場合はベンダーとして入った1案件です
終われば次の案件に行く ユアンさんの場合は自分が技術のトップで800人の部下もいらっしゃって
Zoom創業と社名の由来
会社の主力プロダクトがそれだったと要は逃げ場がないんですよね それでユアンさんはどうしたかとまず会社に提案をします
スマートフォンで快適に使えるビデオ会議の仕組みを一から作らせてほしいと これが2010年前後の話だと考えると結構筋の良い提案だったと思います
iphoneが出て数年でみんなが電話を持ち歩き始めていた時期ですね そこにかけたいとおっしゃっている
しかしシスコはこの提案を通さなかったんです 当時の会社としては企業向けのソーシャルメディアの方に力を入れたかった
会社の判断として別に無茶苦茶ではないとは思います ただユアンさんがやりたかったことはそこにはなかったということです
そして2011年ユアンさんはシスコを退職されます ユアンさん辞めた後一緒に働いていた800人のエンジニアのうち40人が後を追って会社を辞められて
ユアンさんのところについてくるんですね しかもそれだけではなくユアンさんが辞めるという話が広まってから1週間で
一銭通近くの一緒に働きたいという連絡も届いたと言われています 40人辞めてついてくるっていうのも機会に目に入ってすごいことで全然普通じゃないですよね
それぐらいの人気と 引力があったということです
みんな大企業の給料とか安定を捨ててもそうしたいと言ってるんですからね しかもその時点でユアンさんの新しい会社には別に何もないと
製品もないし顧客もいないし あるのは今のビデオ会議は顧客を幸せにしていない
だから作り直すっていうこの一つの方針しかないんですね その状態で40人が動いたと
いやこれはもうプロダクトの話じゃなくて本当ユアンさんの魅力が凄まじかったんだなと思います で会社ができたのが2011年の4月
ただ最初の社名はズームではなかったんですね
サースビーという名前の会社で文字通りサースと8のビーを合わせた増合です 正直に言うと僕的にはちょっといけてないなと思っちゃいましたごめんなさい
で創業から2ヶ月後の2011年6月 300万ドルの最初の資金調達をします
出資したのはtsvcというベンチャーキャピタルと ダンシャインマンさんそしてビルタイさん
マットオッコさんという投資家の方々 そしてもう一人webex創業者である
スブラアイヤーさん本人なんですよね これおもろいですね
ユアンさんが顧客を幸せにできないって言って飛び出してきたそのwebexを作った当人 会社の代表が飛び出した側にお金を出してるんですよ
普通なんか気まずかったりまあ円満に退職されたかもしれないですけど こんな感じだと思ったら意外とそうじゃならなくて結構関係地良かったのかな
でおそらくアイヤーさんの側にもそう自分の作ったものが買収された後にどうなって いったかという思うところがあったんじゃないかなというふうに予想してます
で社名の話に戻りますがサースビーという名前は2012年の5月 約1年後ですねに変更されて新しい名前がズームになりました
この名前がどこから来たかっていうとちょっといい話でタッチャーハードさんという絵本 作家のズームシティという子供向けの絵本から取られたというふうに言われております
車がねビュンビュン走り回る小さい子供向けの絵本です 世界中の会議室で毎日使われている言葉の出所っていうのが子供に読み聞かせをする絵本でしたと
こういうのなんか僕こういうエピソード好きなんでほっこりしましたね 重厚な企業理念から降りてきた名前じゃないっていうのが本当いいなと
早い軽いビュンみたいなその絵本に出てくる互換そのまま 製品の狙いになっていると
急成長、Zoombombingと90日間の機能凍結
製品としてのズームが実際に世に出たのが 2013年でそこからじわじわ伸びて2019年の4月に株式を公開します
この年の ip の中でも屈指の成績でイワンさんはここで一気に億万長者になりました そして2020年
ここからの数字がちょっと現実話題していて 2019年の12月の時点で1日に使う人の数が1000万人くらい
それが2020年の3月には2億人になっています たった3ヶ月で20倍なんですよね
コロナ禍が世界中で一斉に流行ってこう在宅勤務になった結果ももちろん後押しを していると思いますけどこの時期には初めてズームを使ったという方は多いんじゃないですかね
でここでちょっと皮肉な展開がありまして急に使われすぎた結果 ズームのセキュリティの穴っていうのが一斉に見つかり始めちゃいます
一番有名なのがズームボミング 日本語だとズーム爆撃みたいな直訳ですけど
会議の url さえわかれば知らない人が入り込めてしまって全然関係ない第三者が突然会議に乱入して
なんかいらないことを言ったりとか不適切な映像を流したりみたいな事件が多発したん ですね
おそらくアメリカだと思いますけど でアメリカの FBI が公式に注意喚起を出すレベルの騒ぎになっています
さらに追い打ちがかかってズームはそれまで通信はエンドツーエンドで暗号化されていると 説明していたんですが
エンドツーエンドの暗号化というのは送る側と受け取る側の間でだけ中身が読める状態にして 途中を通るサーバーの運営者ですら中身を見られないという
仕組みのことをですね一番強い部類の守り方と思ってもらえれば ところがシチズンラボというカナダの研究機関がこれを調べました
そしたらね実際の作りは説明されていたものと違ってて さらに北米で使われていた会議の通信の一部というのは中国にあるデータ選定を経由して
いたことがわかって これはちょっと厳しいなと世界中に急にこのサービスに依存し始めたタイミングで安全性の説明が実態と
違っていたという話です でユアンさんどうしたかというと2020年の4月2日ブログでシンプルに謝罪をします
自分たちはコミュニティの期待にも自分たち自身の期待にも届かなかったと認めた上で そのことを深くお詫びしますと書かれています
そしてここからの対応が僕はすごいと思ってて これから90日間新しい機能の開発を全部止めると宣言されています
いわゆる機能凍結ですね エンジニア手を全部セキュリティとプライバシーの方に振り向けると
ユーザーが3ヶ月で20倍に増えている つまり作れば作れるほどもうほんと売れる状態ですと
そのタイミングで新機能を止めるというのは普通ねできない判断だと思いますね 株価はこの発表の後11%も下がっちゃうと
ただ私はこの一連の流れを見ていてほんと一貫しているなというふうに感じてたんですね
おしすこを辞めた理由っていうのが顧客が満足していないということでした そして世界中に使われるようになった後で顧客が安心して使えていないという状態にやっぱりなったと
時に売上が伸びる方の作業を止めてやはりそっちを直しに行くと言っていることで ほんとやっていることがずーっと一貫して揃ってるんですね
もちろんあの状況で止めざるを得なかったという見方もできます 違反をかわすための判断だったみたいな言い方もできると思いますけど
ただ同じ状況で機能追加を続けた会社も過去にはいくらでもあったので僕はこの判断 自体は強化していいと思いますねほんとすごいと思いますけど
失敗ではなく挑戦を数える
で最後にもう一個だけ ユアンさんの中国名
読み方本当わかんなくてごめんなさい 漢字の中に遠征の聖という字が使われています
これは遠くへ出かけていく遠征するというふうに本当にその意味の字なんですけど 生まれて時についていた名前がそのまま人生の要約にもなっていると
中国の内陸の街で鉱山の技術者になるはずだった ユアンさんが日本で聞いた講演をきっかけにアメリカを目指して8回断られて
9回目で入国をして最終的に世界中の会議室に自分の作ったものを置いたと いやほんとねご両親は
こんな人生を歩むことを想定してこの順位を選んだわけではないと思うんですけど結果として めちゃくちゃ出来すぎているエピソードだなと思いましたね
はい ということでまぁそろそろ時間もいい感じなので終わりに行こうと思いますけど
最後ちょっとだけ言いたかったこととして 8回の数え方ですけど8回却下されたと書くと通らなかった回数の話に聞こえますけど
失敗の記録なんですよね でも同じ出来事を9回出したと書くと挑戦の回数の記録になるんですよ
出来事は完全に同じなのにどちらかを 数えるかで意味が反転をしますよね
そしてもう一個が顧客が喜んでいないという感覚の扱い方 作ってるもの誰も喜んでいないと気づくこと自体は実は別に難しくはないようと
現場にいれば大体わかりますと 難しいのは気づいた後
ユアンさんは役員の椅子と800人の部下と相当長くの給料というものを手放して何もない ところからもう一回やり直す
それに40人ついてきました 僕はあの時なんか作り切って納品して次の案件に
行ったんですけど 受託で入ってる以上それが仕事ではあるのでそこは間違っていないと思ってますが
これ誰が喜ぶんだろうなぁと思いながら手を貸していた あの数ヶ月のことは
やっぱ何年経っても覚えてるしなんかこうユアンさんのエピソードを聞いて 僕のやったことをちょっと思い出して
うーんなんというか 自分だったら改めてどういう行動を取ったのかなっていうのは
いろいろ思うところあるなと思いました はい
今日はオチがあんまりよろしくないんですけどこんな感じで終わっていきたいとおもいます
はい今日のお話いかがだったでしょうか ズームの創業者のビザ9回目で通りましたみたいなお話ですね
はい次回も何かしらウェブテクノロジーの小話をお届けしたいなと思っておりますので お聞きくだされば嬉しいなと思います
それではクロージングです この番組面白かったよという方はぜひチャンネル登録もお願いします
もし聞いていて気になることや話してほしいトピック 感想などございましたらxでハッシュタグウェブ小話でつぶやいてください
ウェブはアルファベット小話は漢字でもきらがなでも大丈夫です それではまた雨宿りしに来てください
今回もお聞きくださりありがとうございました雨宿りとウェブの小話お相手はキーズでした バイバイ
24:28

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