1. キウイの基
  2. #3 キウイの歴史
2022-07-19 27:13

#3 キウイの歴史

キウイの歴史について語っています。原産地はどこ?どうやって日本に入ってきたのか?開発者はだれ?

キウイの名前の由来は?キウイフルーツになる前の名前があった!?などなど。

そしてキウイの基礎となるヘイワードは誕生して何周年なのか!?

キウイの基へのお便り (google.com)

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この番組は、キウイのことをもっと知ってもらって、もっと食べてもらうようにおしゃべりする番組です。
パートナーは、キウイ農家の山田です。
キウイ農家の深井です。
キウイ農家パートの片山です。
よろしくお願いします。
今日は、キウイの歴史を勉強したいなと思って、
このキウイの歴史は、ちょっと深井さんを奉仕にお願いして、
キウイの歴史を教えてもらおうかなと思いますので、深井さんお願いします。
はい、わかりました。
キウイの歴史ですが、キウイがどのように世界に、そして日本に入ってきて広がってきたかというところから始めます。
本当に他の作物、果物に比べて歴史はすごい浅いんですね、キウイの歴史は。
多分100年ぐらいかな。
本当に商業栽培というか、ビジネスになるような果物になって100年ぐらいだと思います。
キウイのまず、キウイといえばニュージーランドが有名ですよね。
キウイの原産国って片山さんご存知ですか?
知らないです。ニュージーランドじゃないですか?
じゃないんですよ。
違うんですか?
あの国ですよ。
どの国ですか?
中国です。
中国がキウイの原産とされています。
マタタビカの落葉果樹。
ツル製の植物ですね。
何かにくるくる絡まって伸びていくというツル製の。
キウイの本名は?
本名は、その当時は、まだキウイになる前はヤンタオと呼ばれていて、
それが漢方薬として利用されていたという風に出ていました。
そのヤンタオ、自生している植物であったんでしょうね。
それをニュージーランドの高校の先生が、女子高校の校長先生が、
その果物の種をニュージーランドに持って帰ったというところが始まりまして。
なぜその人が持って帰ったかまでは調べきれなかったんですけれども、
その種を持って帰って、植物学者の方に栽培を依頼して、
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これを物になるようにしてくれと言ったんですかね。
それを栽培がそこで始まったとされています。
そこで実った果実が、その当時の名前でチャイニーズグーズベリーという名前です。
そこがニュージーランドでのキウイの発祥とされています。
それが1900年とかですね。
ここが発祥なんですね。
これが発祥みたいですね。
でもまだまだ全然食べれる状態ではないと思うんです。
その後に種苗生産者みたいな方の手に渡って、
グーズベリーの開発がどんどん進んでいくんです。
そこですごい発明が起きたんですね。
今でも最も一般的に栽培されて、
世界中で食べられている緑色のキウイがそこでできたんです。
それを作った人がヘイワードさん。
人類の名前なんや。
ヘイワードライトさんという人がすごいキウイを作ったと。
その名前を取ってヘイワードという品種が出来上がった。
それがちょうど100年くらい前。
ヘイワード100周年。
100周年。
何かやらないといけない。
その100年前のキウイが今でも世界中のスタンダードであったという。
すごいですね。
すごいですよね。
もうその当時からあの味あったってことですか。
でしょうね。
その味あったかどうかわからないですけど、
ポテンシャルはあったんでしょうね。
作り方によっては。
その理由として大玉で安定した収量が取れると。
作りやすくて貯蔵性も優れてて、
食味も良かったと。
生産面、流通面で最も安定しているということが
スタンダードになった理由かなというところです。
その後ヘイワードさんの発明によって
キウイのグーズベリーの可能性がすごく見出されて
商業栽培がスタートしました。
最初はニュージーランドに行ったアメリカ軍人の間で
すごく人気のある果物になったそうです。
ニュージーランドの国内ですごい高値で取引もされるようになって
もっともっと市場の拡大が必要だという発想になり
輸出されるようになりました。
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ヨーロッパとかアメリカに輸出されるようになって
そこでネーミングが問題になって
チャイニーズグーズベリーではってなったんでしょうね。
名前を考えようとなったときに
ニュージーランドの国庁のキウイの鳥の姿に似ているということから
キウイフルーツという名前がここでできました。
歴史っぽいですね。
ちなみにキウイになる前にメロネッテという名前に一回
メロネッテという名前に一回なったらしいんです。
言いにくいんですけど
ただ当時メロンにすごい高い関税がかけられてたんですって
メロンに連想されるんでこれはダメだと
でキウイになったと。
良かったですねキウイのことが。
良いですね。メロネッテよりはキウイが良いですね。
そんなことも書いてました。
なんでメロネッテだったんですか。
なんででしょうね。なんでやろうか。
そこまでは書いてなかったな。
そっか。
なるほど。
だからこの1950年代くらいから
バンバン輸出されるようになって
世界中にキウイが広まっていくということが始まりました。
そうなると輸出業者が増えて価格競争が起きますよね。
そこでニュージーランドが考えたのは
そういう運営とかマーケティングとか
そういうものを一本化しようと
組織化しようという動きができまして
ある組織が立ち上がりました。
その名前がニュージーランドキウイフルーツマーケティングボード
という会社というか組織ができたそうです。
これが今で言うゼスプリ。
その時は会社名が違った。
会社名が違った。
今でも有名な、CMでも有名なゼスプリ。
あれがこの時期にできました。
でも本当最近ですよ。
そうなんですね。
1980年代ですからね。
本当に最近ですよね。
日本にもゼスプリジャパンという会社があります。
という流れで世界のキウイの歴史を辿っていくと
やっぱりゼスプリができるというのが
一番大きな出来事かなと。
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バーンと出てきますね。
バーンとここで出てきて広まっていくわけです。
でですね、日本にはどうやって入ってきたかというと
日本には1960年代ニュージーランドから初めてキウイフルーツの種が導入された。
でも輸出はされとったんかな。
その前から果実は入ってきとったんでしょうね。
種が導入されたのがその頃で
1970年代、僕らがちょうど生まれる時期ですよね。
その頃にちょうど柑橘、みかんが生産過剰で価格暴落になっていた時期で
みかんの代わりに何か代わりになる作物はないかなというふうに探していたところでキウイが注目されて
西日本を中心に柑橘栽培されている地域
だから和歌山とか愛媛とか九州
あの辺にどんどん導入されて急速に栽培が増え始めて
キウイブームが起きたというふうに言われています。
キウイブームがあったんですね。
そうですね。みかんに代わるもの。
当初はキウイは虫もつかない、病気にもならない、肥料もいらない
ただ植えただけでなるよと。
実際は病気にはなるわ、虫もつくわ、台風にはやられるわ、樹風もせなあかんし、枝の管理もせなあかんし
大変やなってなったんでしょうね。
お世話のかかる子やったんですね。
お世話かかるんでしょうね。
こんなおいしい話じゃなかったようで。
それでバーっと増えたんですけれども、そういう立地条件が悪い園地、
気当りが悪かったり、水あけが悪かったり、糖度が乗らないような園地というのは徐々に淘汰されて
いろいろなことが起き上がってきて、
そういう経緯もあってですね、日本では量で勝負するというよりは、やっぱり品質、高い品質のものを使って、
もっと大きな園地を作っていくというのが、一番の条件であったんですね。
そういう経緯もあってですね、日本では量で勝負するというよりは、やっぱり品質、高い品質のものを作るというところで勝負する、日本人らしいですよね。
そういうところが果物文化につながったのかなという日本の独特の、海外とはちょっと果物に対する価値観というかがやっぱり違いますよね。
違うんですね。
試行品ですよね、日本では。海外ではやっぱりバーッと作って、バーッと。
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一回作って。
そうですね。
海外、試行品ではないんですか?
見たいですね。すごい手軽に食べるイメージですね。サラダに入ってたりとか、そんな感じなんで。
多分安いし。
もっと日常的に食べてる、水飲むぐらいの感覚で果物を食べてるっていうイメージですけどね。
そんなイメージがあるっていうのは聞いたことがあって、日本みたいに贈命で1個何千もするようなものっていうのは、日本独特なんかなっていう。
そうなんですね。もっとライトな感じなんですね。海外だったら果物が。
そもそもやっぱりニュージーランドっていうのが、キウイの栽培にすごく適してたんでしょうね。
リッチ条件とか気象条件とかっていうのが。
修理も全然違うんですよね、日本とは。
そうなんですね。
暖守というか。
あっちだったら本当に手軽にたくさんできたんで。
嘘ではない。
嘘ではなくて、日本にそのまま持ってきて。
できなかったっていうだけの話で。
気候に合わなかった。
それがまた違う形になって文化になったという。
面白いですね。
子供の頃食べたキウイフルーツって酸っぱかったイメージがありません?
むちゃむちゃ酸っぱかったですよ。
あれは?
あれはどうかな。
食べ方を知らなかったんだけど。
かな?
そうやね。
追縮できてない状態で食べるから酸っぱかったかもしれないですね。
かもしれないですね。
あれはニュージーランド、大体ニュージーランドのやつです。
だったんすかね。
国産ではない。
ないでしょうね。
長旅をしてきてのやつですよね、きっと。
むっちゃ酸っぱかったですね。
酸っぱいもんってキウイはね。
思ってましたね。
そうか。
作る技術もその頃はまだ今よりはそんなに研究もされてなかったっていうのと、
追縮の技術も知識もなかった。
酸っぱい状態で食べとったんでしょうね。
こういうもんだと思って食べてたんですかね。
そういう形で日本らしい形に変わって、
4,50年かけて日本でも定着した果物になりつつあると。
今、日本でも1年中キウイが食べれます。
食べますね。
前もちらっと話出たかもしれないんですけども、
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日本で1年中キウイが摂れるわけじゃなくて、
輸入品、輸入物と国産と時期がずれるので、
それをつないで1年中キウイが食べれるという環境ができたので、
日本国民にもかなり親しみのあるものになりつつあると。
メジャー果物と言っていいのか。
メジャーに仲間入りするかしないかぐらいのところですかね。
そうですね。
日本のキウイはいつ摂れるでしょう。
秋です。
確か秋です。
秋摂れて秋冬国産が出回りますね。
そうですね。
ヘイワードさんの話がやっぱりおもろいなと思って。
ヘイワードさん、正式にはいつが100周年やん。
100周年やん。
ヘイワードさん。
何かやりたいです。
ヘイワード100周年。
本当ですね。ありがとうヘイワード。
ヘイワードさんはね、1924年?
じゃあもう再来年?
再来年ぐらい、ちょうどいいじゃないですか。
間違えてたらもう一回やったらいいじゃないですか。
そうですね。
ほんまに100周年ですね。
イベントあるんですかね。
ジェスプリは仲するんやろか。
ジェスプリさんね。
ヘイワードは作ってるんですか?
作ってはいると思いますけど、見ないですね。
見ないですね。
ジェスプリグリーンですからね。
品種は変わってますが、でも期限は期限ですよね。キウイの。
そうですね。
今この手元にある本には1920年代にヘイワードさんによって選抜されて1930年代初期に命名されたと。
そうなんですね。
ちょっと先になりますね。
8年先はちょっと長いですね。
続いてますかねこれ。
なかなか100年ですよ。
意外と短かったですね。
もっと古いんかと思ってました。
今はもしかしたら標準じゃなくなりつつあるのかもしれないですけども、
でも間違いなくキウイの大発明というか、今まで引っ張ってきてくれた品種ですからねこれが。
100年前の品種が今もずっとあるって、果物界では当たり前の話なんですかね。
どれぐらい、どういうもんなんですかね。
ありそうですよね。
ありますかね。リンゴとかありますかね。柿とか。
でもあるか。
ありそうですけど。
でもすごいですよね。主力でまたずっとね。
まだまだいけますよ。おいしいですよヘイワード。
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これがキウイのきっかけになった品種ですかね。
キウイフルーツというものができた初めての品種。
そうですよね。もともとあって作ったわけじゃなくて、
それができたから広がったみたいなところがありますもんね。
お祝いしましょうじゃあ。
8年後。
8年後。
覚えておきましょうね。
おいしいですよねヘイワードもね。
おいしいですよ。本当に。
なんかこのキウイランキングで、自分の中のキウイランキング。
結構トップに来る時もありますもんね。
やっぱりおいしいなって。
いくら品種改良されてもヘイワードがおいしいって思う時があるんですよ。
そうなんですよ。おいしいヘイワード。本当にむちゃむちゃおいしい。
この功績はすごくあると思います。
ただこの日本でこんだけキウイが広まったのっていうのは、
やっぱりゼスプリさんの影響っていうのはかなり大きいかなっていうふうには思いますね。
だいたい2000年代に入ってから、品種のところでも出ましたけども、
黄色系のゼスプリゴールドがバーッと出てきて、
そこからなんか火がついた感じがするんですよね。
あれも日本人向けに開発された品種なんで。
そうなんですか。
そうらしいです。
黄色のゴールド。
甘くて酸味が少ない。
日本人向けに開発された品種だと僕は聞いてるんですけども。
本当にそれでヒットして、
CM、今キウイブラザーズのCMもすごくいっぱい賞を取ってますよね。
取ってますね。
あれもすごく当たって、
もちろん店頭でのPRとかね、そういうのも力入れてますし、
キウイのイメージアップというか消費拡大にはかなり大きな影響を受けています。
その中で国産キウイもどんどん進化して、
独自の品種もいっぱい開発されて、
特に今僕らの香川県なんかは、
オリジナリティの高い品種がたくさんあるんで、
これらを強みにそういったキウイブラザーズを
どんどん開発していきたいと思っています。
高い品種がたくさんあるんで、
これらを強みにそういう品種を作りこなす技術というのを
確立できたのが日本の特徴かなというふうに思います。
こんな感じの流れで現在のキウイの栽培であったり、
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植物化が出来上がってきたのかなというふうな。
だからイメージだけど、キウイが作られて40年くらいか。
栽培がっつりされて、日本で40年くらい。
ちょうど今第1期が終わった感じ。
今からまた新しい時代、キウイの時代です。
生産面ではなっているような感覚が肌感覚としてあるんで、
作り方なんかもこれからまた開発していく感じで、楽しみですよね。
どうなっていくんでしょうね。
とりあえず今のところとにかく人海戦術じゃないですか。
何にも機械化されていないじゃないですか。
そうですね。
ニュージーランドは機械化されているけど、
日本はとにかく人の手でやるしかないんで、
これをもうちょっと次は楽に作れる方法というのを模索されるかな。
品種とともに。
あとあるいは1個流れが変わったのが、
ジェスプリのキウイが国内でも作られるようになった。
日本でも作られるようになったっていうのが、
あれがちょっと何年前かな。
4、5年前。
最近ですね。4、5年前。
それぐらいから契約栽培みたいな形で、
愛媛県とか佐賀県とかかな。
あの辺がジェスプリさんと契約して、
ジェスプリのキウイが国内でも作られて流通するようになったんです。
その辺で今までの流れがちょっと変わりつつあって、
大規模な園地ができたりとか、
向こうの畑園地作り、ニュージーランドの畑を作る技術なんかも国内に入ってきて、
結構大きな農業法人が大規模開園したりとか、
そういう動きも出てきてて、
ちょっとザワザワしてる感じはありますけどね。
なるほど。どうなっていくんでしょうね。
ね。
楽しみですけどね、どうなるか。
そうですね。
いろんな系の形がキウイ農家といってもできつつあるかなっていう。
ただ気候も変わってきてるんで、
自然環境というか、雨の集中豪雨とか、
夏の暑さとかも変わってきてるんで、課題もたくさんありますよね。
なるほど。
今までのやり方ではなかなかうまくいかないところも出てくるかなっていうのは感じます。
前回ちょっと話した、キウイフルーツシンポジウム、国際シンポジウム。
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でもなんか世界中で寝ぐされ、キウイの寝ぐされが問題があるらしくて、
やっぱり雨の量が違ってきて、
熱候が腐ってしまう現象が起きているっていう発表があるらしいので、
気象変更は相当影響がありそうですね。
そうですね。
じゃあ、適地を求めて移動する。
移動。移動するね。
じゃあ、昔の瀬戸内とかの気候はちょうどよかったってことですか、キウイには。
そうですね。
愛媛とか香川はそうですよね。
みかんとかの畑がそのままキウイ畑になったって聞いたら、
やっぱ斜面とかをすごい想像するんですけど、ニュージーランドも斜面なんですか。
すごいなだらかな広い斜面だと聞きました。
いいですね。いいですね。
ホームフラットみたいな。
そうなんですね。だから機械も入れるし、きっと。
しかもキウイ畑の真ん中にキウイ農家さんのデカい家が建ってるらしい。
めっちゃいいですね。
周りが全部キウイ畑らしい。
囲まれてるんですね。そうなんですか。
見てみたいですね。
行ってみたいですね。
いつかニュージーランドで収録を。
どこかニュージーランドの畑に来てますっていうのを知ってみたいですね。
そうですね。それをちょっと夢見て。
歴史とこれからと。
そうですね。
分かりましたか。
はい。
一番最初はなんやったっけ。ヤンタオやったっけ。
ヤンタオ。
ヤンタオからチャイニーズグーズベリーになって、
向こうのあやたけ。
メロネッテ。
メロネッテになって、キウイフローズンになったと。
そうです。
なるほど。
っていう歴史。名前の歴史は。
メロネッテちょっとツボですね。
メロネッテね。
なんかね、気になりますね。
ちょっと使いたいな。
組み合わせというか、ネッテ。
ネッテね。
さあ、名前が今後変わっていくのかどうか。
本当ですね。キウイフローズンから。
キウイフローズンでもむちゃむちゃいい名前というか、
鳥がよく追ってくれたなって思いますね。
めっちゃかわいい。
キウイバードめっちゃかわいいですよね。
似てるカラーですよね。
毛がなくなってきたから、名前が変わってもいいですけどね。
キウイの毛がね。
ツルンとしているから。
メロネッテに近づけた。
ほんまや。
じゃあ、次メロネッテで。
分かれますね。毛のあるやつとないやつでね。
キウイ頂戴。
じゃあ、歴史はこんなところで。
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歴史はこんなところで。
じゃあ、ありがとうございました。
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