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20261004 最北端のまちのそのまた北へ
2026-10-05 30:00

20261004 最北端のまちのそのまた北へ

インターネットラジオゆめのたね放送局にて毎週日曜日21時から放送しているラジオ番組のアーカイブです。

「北海道の“音”で、あなたの未来を応援する。」
北の大地から、素敵な音を届けたいという思いで「北の音」と書いてKitanoneー
「Kitanone」は、北海道の歴史、四季・風景・人々の想いを通して、今を生きる人たちにエールを届ける番組です。

番組名:北の音-Kitanone
https://www.yumenotane.jp/kitanone

放送日:10月4日(日)
オレンジチャンネル 日曜日 ~

今回のテーマ:最北端のまちのそのまた北へ

2026年やりたいことリスト「050稚内へ行く」を達成すべく計画した稚内旅行。
絶景と、潮風と、祈り。
海を越えた先に浮かぶかつての日本、そこで暮らした人々の生きていた証。
最北端のまちから、平和の祈りがとどきますように。

ゲスト:なし・一人トーク

パーソナリティ(第1週目~3週目):やまだまきこ
コンテンツ設計アドバイザー・ゆめのたね放送局札幌スタジオリーダー
https://yamada-makiko.com/
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リアルタイム放送の聴き方:
放送時間になったら以下URL(インスタは@kitanone.radioのURL)を開き
「オレンジチャンネルを聴く」をクリック
https://www.yumenotane.jp/kitanone
※インターネットラジオなので世界中どこからでも聴くことができます
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コメント欄に番組のご感想やご意見をいただけるととても励みになります。
よろしくお願いいたします!
https://www.yumenotane.jp/kitanone

#北の音 #kitanone #ラジオ番組制作楽しい #コンテンツ設計 #ラジオパーソナリティ募集 #北海道応援 #ゲスト出演者募集
#稚内 #樺太 #サハリン #九人の乙女 #上恵須取 #最北端のセイコーマート #氷雪の門
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stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6931830f8ddb67b39659ed03

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サマリー

北海道最北端の稚内を、娘と一泊二日で旅した体験を語る。飛行機とカーシェアで大沼、北防波堤ドーム、白い道、宗谷岬などを巡り、潮風や荒い海、昆布の香りを感じた。稚内市樺太記念館では、南樺太の歴史や、地図に記された「カミエストル」という地名が親族ゆかりの教会や店の名前と重なる不思議な縁に気づく。さらに、真岡郵便局の九人の乙女や戦後の樺太戦、稚内公園の氷雪の門に触れ、歴史と平和を語り継ぎたいという思いを強くする。後半はホタテラーメン、チャーメン、稚内牛乳のソフトクリーム、最北端のセイコーマートでの夕日など、旅の楽しみを紹介する。

稚内旅行の計画と最北端の風景
スピーカー 1
こんばんは、北の音パーソナリティーのまきこです。 北海道の音であなたの未来を応援する。
北の音は、北海道の歴史、式、風景、人々の思いを通して、今を生きる人たちにエールを届ける番組です。
北海道は一気に秋が深まりまして、朝晩の空気もキリッと冷えてきました。 皆さんは体調を崩されていませんか?
私、最近、夏に帰省した時に、神奈川に帰省した時に、実家から持ってきた懐かしのフロッピーディスクに入っていたファイルを見てみたいと思いまして、
メルカリでフロッピーディスクドライブを買ってみたんですよね。 で、開けてみたら、2003年、
23年前に作成したファイルの中に、なんと、ラジオドラマの脚本が入っていたんです。
自分ではもう、
自分で保管してなかったので、消えてしまったかなぁと思ってたんですけど、それが出てきて、懐かしいやら、嬉しいやら、
創作活動が大好きだった20代の私が書いていたのは、ゴキブリを主人公にした。
ちょっと笑える。でも、命の価値を考えさせられるお話でした。 高校の放送部のOBで、一度音声にもしたことがあったような、なかったような、
ちょっともう覚えてないんですけどね。 20年経ちまして、またラジオドラマができる環境に今身を置くことができているので、
スピーカー 1
出演者を募ってやってみてもいいかなぁなんて思ってます。 温暖化や住宅設備が良くなったことで、北海道でもゴキブリが増えているらしいというニュースもね、最近目にしましたからね。
やってみても面白いかもしれませんね。
さて、今日は、全然ラジオドラマの話でもゴキブリの話でもなくですね、
テーマは、最北端の街のそのまた北へをテーマに、私自身が先日訪れた日本の最北端、
スピーカー 1
輪っか内の旅についてたっぷりお話ししたいと思っています。 それでは今夜もゆったりとお付き合いください。
この番組は、ご縁、応援、貢献をテーマに、夢ある番組をお届けする、夢の種放送局札幌スタジオからお送りいたします。
肩書きをなくした時残るのは、この絵が好きという純粋な気持ち。
自分が描いた一枚で誰かの心が動く。
あなたの好きが、一人の子供の自信になります。
第13回、わが輩は画家である絵画展は、10月12日月曜祝日。
札幌駅前通り地下歩行空間、憩いの空間で開催します。
あなたの心を動かす一枚に、出会いに来ませんか。
スピーカー 1
詳しくは、わが輩は画家であるで検索。
オレンジチャンネル、毎週日曜21時放送の北海道から発信する番組、北野根では、あなたの北海道にまつわるショートストーリーを募集しています。
北海道への思い、北海道で過ごしたエピソード、北海道民の本音、忘れられない景色や味など、あなたのストーリーをぜひ番組内でご紹介させてください。
番組ホームページのコメント欄、またはお便りフォームでお待ちしています。
わっかない市、北海道のてっぺん、宗谷地方の中心に位置する人口およそ2万9千人の、日本最北端の町です。
東はオホーツク海、西は日本海に面し、澄み渡る晴れた日には海の向こうにうっすらと旧カラフト、サハリンの影を望むことができる国境の町でもあります。
かつては北方高駅やカラフトへの玄関口として栄え、独特の歴史と風情が今も静かに息づいています。
改めましてパーソナリティのまきこです。今回は最北端の町のそのまた北へをテーマに一人トークでお届けしています。
そもそもなぜ今回わっかないに行こうと思ったのかというと、今年の初め、2026年の初めにやりたいことリスト100というのを書いたんですよね。
リストといっても私は一枚の付箋に一つのやりたいことを書くっていう感じで付箋にブワーッと書いて、それを自分のデスクの壁、デスク周りの壁のところにバーンと貼ってあるんですけどね。
その時にせっかく北海道で暮らしているんだからまだ行ったことのない場所に行ってみたいと思って、そのリストにいくつかの都市の名前を入れたのがきっかけで、その中の一つがわっかないだったということです。
さらに高校1年生の娘からも西北端に行ってみたいと言われまして、それなら雪が降る前に行かなくちゃ、もう2026年もあとわずかなしということで、急遽一泊二日で飛行機とカーシェアを使った旅を計画しました。
札幌を出発して、空から車で巡る西北端の旅なんですけど、飛行機で行ったらすごく楽でしたね。車だとやっぱり5、6時間かかってしまうかも。
スピーカー 1
間に休憩とか挟んでね、私が一人で運転するってことになりますから疲れちゃいますしね。飛行機、ピューッと1時間弱ぐらいでわっかない空港に着きまして、そこからカーシェアで、わっかないの街をいろいろ巡っていきました。
最初に巡ったのは、白鳥が飛来すると言われている大沼。ただ白鳥はいませんでした。いたのはサギでした。あと、北防波堤ドーム、白い道、草屋岬、野シャップ岬、北門神社、そしてわっかない公園などなどを車で巡る旅をいたしました。
そんなに大きな街ではないですからね。車でサーッとどこにも行きやすいというかね。30分以内に行ける場所がたくさんあって、ガイドブックに書かれている場所にはだいたい行ったんじゃないですかね。
スピーカー 1
ずっとずっと感じていたのは、やはり潮の香りですね。海が近いんだなあってことを感じる香りがずっとしていましたね。私は海のある街で育っているので、なんだかちょっと懐かしかったり。
でも海の様子を見るとやっぱり違いましたね。関東、私が生まれ育った神奈川県小田原市の海とはやっぱりちょっと違う雰囲気でした。すっごい荒れてるなあっていう感じ。荒れてるっていうのかな。波がすごく大きいな。流れが速いなあって感じるところもたくさんありましたね。
あと港がたくさんあるんですけど、すぐ波打ち際まで行ける場所もあって、そこに大量の昆布があったりとかして、これは初めて見る光景。さすが北海道っていう、そういう空気でしたね。
塩の香りもするし、昆布の香りもするし、あと風が強い。それは調べて分かっていたことなので、一枚多めに羽織ってね。羽織って言う?今。ジャンバーを着て。
そして首にショールを巻いて、寒い海岸沿いとかを歩きました。すごい楽しかったですね。
樺太記念館で知る歴史とカミエストルの縁
スピーカー 1
カラフト、サファリンはもともとアイヌをはじめとした先住民族が住む土地で、日本人やロシア人も雑居していました。そのカラフトの北位50度以南、いわゆる南カラフトが日本の領土となった時代がありました。
日露戦争終結後の1905年、明治38年から、太平洋戦争が終わった1945年、昭和20年までの40年間です。
スピーカー 1
輪っか内市では、輪っか内・宗谷の歴史資料とともに、カラフト関係の資料の収集に努めてきましたが、2017年、平成29年に、一般社団法人全国カラフト連盟より2000点にも及ぶカラフト関係資料の寄贈を受けました。
輪っか内市カラフト記念館では、これらの貴重な資料をもとに、明治以降のカラフトとそこに生きてきた人々の姿を紹介しています。
スピーカー 1
輪っか内市カラフト記念館のパンフレットから引用しました。
輪っか内道の駅に隣接する輪っか内市カラフト記念館。
かつてこの地から北へ渡った人々、そして南カラフトで営まれた人々の暮らしと歴史を静かに今に伝える場所です。
明治・大正・昭和。
日本としてのカラフトの40年、そこには厳しい自然とともに懸命に生きた人々の日常と戦争の歴史、輪っか内との深い絆が刻まれています。
グルメや西北端の体験を楽しむ目的で訪れた輪っか内だったんですが、
このカラフト記念館にふらっと立ち寄ったことで、カラフトの地理と歴史を深く学ぶことができました。
特に人気漫画であるゴールデンカムイにも登場する日露国境標識のレプリカだと思うんですけど、それが展示されていたりして、それも印象的でしたしね。
ゴールデンカムイに出てくる地名、それから民族の方々の記述とかね、そういうものも見れて、そこを目的にしていたわけではなかったんですけど、すごい楽しめました。
そしてこの記念館でカラフトの古い地名が書かれている地図を眺めていたときに、ちょっとびっくりするような不思議な五円を見つけたんです。
展示されていた地図にカミエストルという地名が載ってたんですよね。
このカミエストルというのは、海岸沿いのちょっと大きな町エストル。現在はウグレゴルスクというらしいんですけど、このかつてエストルと呼ばれていた町から少し内陸に入ったところにカミエストルっていう場所があるんですよね。
このカミエストルという響き、私にとってはすっごい馴染みのある言葉だったんです。カミエストル。なぜかというと、実は私の母のすぐ上のお姉さん、私から見たらおばさんなんですけど、おばさんがかつては神奈川にいたんですけど、そこから北海道に突入したんですよね。
北海道に突入したのが、私の母や私の祖母は天理教の教会の人だったので、祖母は教会長だったんですけど、北海道の教会に突入したということなんですよね。
その突入した教会の名前がカミエストル文教会だったんです。だから私はカミエストルっていう名前とか、字とかも全然知らなかったというか、気にかけたこともなかったんですけど、おばは北海道のカミエストルの教会に突入したっていう事実だけはあって、
そのおばとは、今ももちろん同じ札幌に住んでますから、時折訪ねて行って、その場所に行ったりしてるわけなんですよ。このカミエストルという名前、なぜここでつながったって思ったんですよね。
私、そのおばからその教会の名前がカミエストルであるっていうことや、カミエストルという名前がカラフトと関係があるってことを一度も聞いたことがなかったんですよね。その教会を作ろうとした最初の方がカラフトのカミエストルにゆかりのある方だったのかなと思うんですけど、今度おばに会ったら聞いてみようかなと思っています。
で、気になったので、私さらにちょっと調べたんですよね。そのカミエストルっていう名前とか土地のことを、ネットとかAIとかを駆使してなんですけどね。
そしたら、カミエストルの別名というのから9名、カミエストルと呼ばれる前の名前は、その場所は茶々と呼ばれていたようなんですよね。茶々はお茶っ葉の茶、草かまりのお茶の茶なんですけど、この茶々という言葉もめちゃくちゃなじみがある言葉なんです。
なぜかというと、先ほどのおばのさらに上のお姉さんがいるんですけど、そのさらに上のお姉さんが昔、ママをやっていたスナックの名前がスナック茶々なんですよね。
スピーカー 1
で、私も小さい頃、何度もスナックに、スナックっていうのかな?昼間はカフェ営業とかもしてたみたいなんですけど、おしゃれな茶々というお店に何度も遊びに行ってたんですよね。すごい思い出のあるお店で。
残念ながら、ママをしていたおばはだいぶ前に亡くなってしまって、経営をしていた旦那さんも亡くなってしまったので、今その場所に茶々はないんですけど。
おばたちのゆかりの言葉が、カラフトの同じ地に重なっていたっていうことを聞いたというか、見て知って、なんか偶然だと思うんですよ。偶然だと思うんですけど、偶然にしては随分と私を引き寄せる名前だなと思って。
私が北海道に来たっていうのも、偶然ですし、このタイミングで輪っか内に行って、目的地としていなかったカラフト記念館に入ったことで、自分との縁を感じることができて、ちょっとゾワッとしましたよね。
なので、次にね、おばに会った時に、そういうことあったんだよっていう話をしたりね、今度実家に帰って母に会った時には、この話したいなぁと思ってます。
九人の乙女と氷雪の門、平和への祈り
スピーカー 1
皆さん、これが最後です。さようなら。さようなら。
この言葉は、1945年8月20日、カラフトの真岡の郵便局で、最後まで通信を守ろうとした9人の女性電話交換手が残した言葉です。
終戦の日を過ぎていたにもかかわらず、激しい戦火の中、彼女たちは局に留まり、命がけで交換業務を続けました。
そして、軍の足音が迫る中、20歳前後の若さで生産狩りを飲んで、その命を絶ったのです。
私がこの9人の乙女の物語を知ったのは、NHKの特集映像だったと思います。
そんなことも、この輪っか内に来て、再びこの9人の乙女の物語に触れて思い出しました。
北海道のすぐ北に広がるサハリン・カラフトには、かつて40万人もの日本人が暮らしていました。
昭和20年8月、日本は無条件降伏をして、戦争は終わりました。カラフトでは終わっていなかった。
スピーカー 1
終戦後にもかかわらず、住民を巻き込んだ地上戦が1週間にわたって続き、引き上げ戦への攻撃や集団自決も含め、5000人以上もの人々が命を落としました。
9人の乙女の写真や電話交換器、当時使っていたものは、輪っか内市北方記念館、回帰100年記念塔にあります。
先ほどの言葉、皆さん、これが最後です。さようなら、さようなら。
この言葉が刻まれた9人の乙女の日は、宗谷海峡を望む輪っか内公園の高台に、小説の門とともに佇んでいます。
小説の門は、かつてカラフトで亡くなった多くの同胞の霊を慰め、故郷をしのぶために、1963年昭和38年8月に建てられた遺霊碑です。
門の向こうには、かすかにカラフトの島が見えました。
この小説の門の女性の像も、本当にすごくインパクトのある像です。
強い思いが込められた像なんだなって思いました。
日本では沖縄の地上戦や基地問題が現在も大切に語られるっていうことがありますけれども、
カラフトもまた40年間日本人が生活をして、多くの一般人の命が失われて、そして多くの方が故郷を追われた場所、日本に戻るかどうか決断を迫られて、戻らないという決断をされた方々もいらっしゃると聞きます。
この歴史を決して忘れず語り継いでいきたいなと強く思いました。
スピーカー 1
もともとこの輪っか内に来た目的は、このカラフトの歴史を知るとか、そういう目的で来たわけではなかったんですけれど、
たくさんの歴史や平和に関する様々な情報に触れて、
スピーカー 1
なんかこれって私にラジオでちゃんと発信してねって言われてるような気がして。
今回はちょっと違った、いつもと違った演出でラジオの中でその話をしてみました。
ちょっとこう、しんみりする話が多かったと思うんですけど、エンディングに向けてはね、少しちょっと気分を変えてお話を続けていこうと思います。
稚内の食と最北端のセイコーマート
スピーカー 1
歴史や深い思いに触れた今回の輪っか内旅だったんですが、娘と一緒に行きましたので、おいしいものや西北端ならではの体験もたっぷり楽しんできましたよ。
輪っか内について、まずお昼ご飯食べようということで、行ったのはね、輪っか内空港名物、ホタテラーメン食べに行きました。
輪っか内空港にあるレストランですね、大きなホタテが2つドドンと入っていて、ホタテの出汁が効いたスープが最高でした。
ホタテをね、あの大きさで丸かじりするみたいなこと久しぶりだったんでね、すっごい堪能できましたね、いきなり。
あと、グルメで言うと、香ばしく炒めた具材と麺がたまらない、輪っか内のソウルフード、チャーメンです。
炒めた麺でチャーメンって呼ぶんですよね。あれも絶品でした。
これはね、2日目だったかな、1泊2日の2日目だったかな、さっき言った海の駅に入っているお店で鉄板チャーメンっていうのをいただいたんですよ。
鉄板チャーメンね、もう見た目もあと音もすっごい楽しめました。
鉄板の上でグツグツグツグツと煮え立つあんかけのあの音、ちょっとその音をとってくるの忘れちゃって、せっかくラジオなのにね、もたれないことをしましたが、きてわーってやっぱり鳴りました。
味は一般的なあんかけ焼きそばよりも甘みが少なくて塩が効いていたかなって感じです。
磯の香りがして美味しかったですよ。
あとは輪っか内牛乳のソフトクリームもめちゃくちゃ美味しかったです。
次行ったら絶対また食べると思います。
そしてもちろん北海道民の愛するセイコーマート、日本最北端の店舗セイコーマートとみいそ店にも行ってきました。
ちょうど日没の時間と重なってたので、最北端のセコマで美しい夕日を見ることができました。大満足でしたね。
売ってるものは同じですよ。
でもやっぱり最北端って特別ですよね。
そうこうしていたらもうエンディングのいい時間になってきてしまいましたので、音楽切り替えました。
今回は最北端の街のそのまた北へをテーマに一人トークでお届けしました。
いつもとちょっと違った演出でしたがいかがだったでしょうか。
最北端の神社、北門神社ですっごい発見があったんです。
ですがこちらはですね、今月3週目の北の神社物価御衆院のことをお話しましょう委員の企画番組の方でお話ししています。
そちらもぜひ聞いてください。
本日の番組の感想やご質問取り上げてほしいことなどがありましたら番組ホームページのコメント欄、
お便りフォームまたまたは山田真希子の各種SNSのダイレクトメッセージでお待ちしております。
はいそれでは番組締めていきます。
本日の放送はここまでです。次回も聞いてくださいね。
今夜も心地よい音に包まれた素敵な夜になりますように。
30:00

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