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episode.34 前編 はちむら工務店 八村満さん
2023-05-17 59:42

episode.34 前編 はちむら工務店 八村満さん

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episode.34 前編
ゲスト▷ はちむら工務店 八村満さん

八村さん&あきちゃん/魔神さんとの出会い/from大塔村/高校デビューとハイキック/宅建合格の秘訣は視力/大工の仕事/大工からDAIGOへ/衣食住

などについて話ました。
番組のオープニングのエンディングの楽曲はお寿司のともみさん @osushinotomomi のアワーヤングです。

楽曲が気になった方はお寿司のともみさんの通販サイト、Spotifyをチェックしてみてください。

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感想

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00:22
和歌山市のランニングとハイキングのお店、キセンラ&トレイルの白石です。
有田市のコーヒーショップARCの上田です。
この番組は、毎回和歌山で活躍するゲストの方にインタビューしていく番組です。
kisenradio第34回です。
本日のゲストは、異色獣のその先へ、
田辺市で八村&工、八村コーヒー、ノーデザインオフィス、八村工務店を営む八村光さんと秋ちゃんです。
八村さんの生い立ちから現在に至るまでのルーツ、現在の活動のこと、これからの活動についてお聞きしていきます。
八村さん、秋ちゃん、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
では早速なんですけども、八村さんから自己紹介をお願いしてもいいですか?
はい、自己紹介。
自己紹介ってどんなんだ?
八村光です。
はい。
はい、以上です。
シンプル。
自己紹介ってあんまりしたことない。
自己紹介。
何やろ。
自己紹介。
自己紹介って改めて何なんやろな。
大体お仕事、年齢など皆さん言っていただいてるんですけども。
仕事は今紹介のような感じで、コーヒー屋さんしたり、工務店したり、設計事務所をしたり、
あと昔ちょっと服作ってみたりとか、ちょっと興味あることはやっちゃうみたいな感じです。
ありがとうございます。
年齢は43歳。
はい。
43やったっけ?
44やと思う。
44らしいです。
44?
44じゃないです。
昭和54年。
今年で44?
今年で44ですね。
今年まだなんで43ですね。
よかった。
以上です。
ありがとうございます。
秋ちゃんも自己紹介していただいていいですか?
八村さんの共同代表で一緒にいさせてもらってます。
菅谷紀子です。
コーヒー屋さんは月に2日間設計事務所の1階でやってます。
工務店とデザインと。
私個人で収納アドバイザーの仕事をしてます。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ちょっと2人同時にっていうのはなかなか初のことなんですけども、
まずちょっと八村さんからガッツリと聞かせていただけたらと思うんですけども、
03:01
まず八村さん、前回ゲストのカフェ魔人さんから紹介いただいて、
今回出ていただいてるんですけども、
魔人さんと八村さんのご関係というか、
出会いとかって覚えてらっしゃいますか?
出会いは多分コーヒー屋さんしてる時に来てくれてて、
初め気づかず、
インスタでよく上がってるのは見させてもらってて、
まさかうちに来るとも思ってもないし、
月に2日間だけしか営業してないところなんで、
普通にコーヒー色々やってて、
よく見たらなんかイケメンがおるなと。
これは誰やろみたいな。
よく見たら、あ、三崎さんやと。
あ、魔人さんってあまり言ってなくて、
三崎さんって何故か言ってしまって、
三崎さんがおるとすげえイケメンやっていうので、
ミーハー的に一緒に撮ってくださいっていうところから始まって、
それからだいたい月に来てくれるかな。
来てくれますね、毎月。
来てくれるようになって、
なんとなく喋るようになっていって、
初めもうちょっと失礼な話、
チャラい人なのかなと思ったんですけど、
話していくうちにめちゃくちゃ賢いし、
ちゃんと考えながら行動してたりとか、
お店のこともちゃんと考えて、
そこそこインスタグラマーさんとかインフルエンサーさんやのに、
どうやることもないし、
マウントを取ってくることもないし、
すごくいい人なんで、
なんて人ができた人間なんだろうっていうすごい関心があって、
それでちょっとずつこっちも、
この人はなんなんやろっていうような形で興味が湧いてきて、
みたいな感じですね。
なるほど。
それでイベントも一緒にやるようになってっていうような。
イベント自体も初めは、
これ名前出していいんやな。
うち、僕と秋ちゃんと、
もう一人駅前にあるパン屋の堂っていうパン屋さんのオーナーさんの浅川さんっていう人と、
こっちの街にちょっと大きいコーヒ屋さんの森川っていう、
この4人で始めようとしてたんですね。
これ僕も思いつきで提案はしたんですけど、
ここに集客旅行であったりとか、
そういうところでなんか足らんなって思ったときに、
三崎さんっていうのがちょっと頭にフッとよぎったんで、
ここに三崎さんを入れたいっていうことを言って、
それで三崎さんにお願いしたら心よくOKくれて、
やっぱりすごい集客とか配信力もすごいし、
っていうのでやっぱり必要な存在やなっていう。
あと和歌山市っていうところの情報ってあんまりこっちに、
06:01
僕の目線からいくとあんまり来ないんですね。
カフェがどうとか、今どこが流行ってるとか、
どこにカフェできたとかっていうのも全然僕的に知らなかったんで、
そんな話の中からもそうやし、出店してもらうところも、
基本この街のコーヒ屋さんというよりも和歌山市のほうのコーヒ屋さんとか
カフェの人をちょっと出てほしくて、
一番早いっていうのがやっぱり三崎さんっていう人から紹介してもらって、
っていうのが一番ベストかなっていうとか、
いろいろ思いがあってなんですけど。
なるほど、そういう感じだったんですね。
橋村さん、いろいろと公務店だけじゃなくて、
デザインもコーヒーも服もされてるんで、
そんなにいろいろやるようになるに至ったまでの話とか、
これからのお話っていうのを今日は聞かせてもらいたいんですけども、
まずめっちゃ遡るんですけども、
橋村さん、生まれはどちらですか?
生まれは、もう今はない大東村っていうところがあるんですね。
もっとここより奥なんですよ。
田辺の山奥という感じの?
そうです、そこが生まれです。
神飛んだの向こうみたいな感じの道で言うと。
どんな村やったんですか?
とりあえず自然しかない。
山に囲まれてて、
そこそこもう何年前、もう30年、35年前の記憶でちょっとあれなんですけど、
お店とかもそんなにないし、夜も真っ暗になるし、
遊ぶって言ったら、記憶にあるのは山で遊ぶか川で遊ぶかっていう感じ。
もしくはゲームを持って友達の家に行ってゲームをするかぐらいで。
そんな何もない自然しかない村です。
人口的にはどれぐらいだったんですか?
当時で多分3000とか。
結構しっかりと。
村も大きくて、大東村の中にも綾川っていうところと富里三川っていうところがあって、
範囲は広かったんですね。
人口も村にしては大きいかもわからないんですけど、広いからすごいまばらなんですよね。
なるほど。
子供時代どんな子やったとかって覚えてますか?
自分的には目指したくないっていう人間で、
クラスに一人はいてるような隅っこの方でじーっとしてるようなやつです。
それこそ授業中、勉強は全然できなかったんで、興味もなかったんでやらなかったんですけど、
ずーっと山に囲まれてるんで、山のてっぺんとかを見ながら、
09:01
あの山の向こうには一体何があるんやろうってずーっと想像して、時間を潰すようなやつです。
すごいネクラな。
いつまで大東村で育ってたんですか?
大東村に高校卒業まではいましたね。
大東村から田辺の学校に通って?
神戸田の学校に通ったというか、高校ですね。
熊野高校?
そうです、熊野高校です。
その時、どんなことが趣味やったとか、子供時代でどんなの好きやったとか覚えてますか?
基本ゲームですね。
ゲームは寝らずにずーっとやってたりとか。
その頃何が流行ってたんですか?
ハマってたものというか。
ハマってたのはFFとか、FF7とかやったかな。
その辺はやり込みすぎて、あと何やったっけかな。忘れたな。忘れましたね。
将来何になりたかったとか?
何にもなくて、何の目的も目標もなくて、だらだら生きてる感じです。
そうなんですね。
熊野高校に行って、高校時代どんな感じやったんですか?
高校時代は一つは明るい方と、もう一つ暗い方の闇があるんですね。
さっき闇の部分を言うと、こう見えていじめられっ子なんですよ。
ちょっといろんないじめはあってきたんですね。
暗くなって大丈夫ですか?
大丈夫です。
いじめについてはいっぱいちょっといろいろあって。
学校のいじめもあるんですけど、家庭内のいじめっていうのもあって、なかなかちょっとしんどかったんですね。
家庭内のいじめってどういうことですか?
家庭内のいじめっていろいろありすぎるんですけど、兄弟僕3人いてて、その一番末っ子なんですね。
ちょっと上の人がちょっと過激な人で、かなり過激な人で、そこからのちょっと圧が強くてっていうのもあったり。
それこそ中学の時にもう家にいたくなかったから、和歌山市の高校に行こうと思って、もう一刻も早く家を出たいっていう思いがあって。
やけどほんまにアホやったんで、どこも受からずに、結局当時一番バカって言ったほうがいいな、今。
グマ校に入るっていう感じやって。
で、やっぱりいじめられ大切やったのか、やっぱり高校入っても、やっぱりちょっといじめの対象になった時期もあったりして、ちょっとしんどかった時期があるんですね。
12:09
今から全然明るくは言えるんですけど。
でもよく捉えると、いじめてくれてよかったなっていう思いもあって。
で、今っていじめられて自殺する人とかなんかっていうのはあるんで、あんまりこういう話題には触れんほうがいいかなと思うんですけど。
ただ、僕もちょっとしたいじめあって、手に入れたものって我慢強さと忍耐なんですね。
我慢強いっていうところは、多分僕誰にも負けん自信はあるんですよ。
どんなことをされても。
いじめっ子っていう人たち、過激な人たちは、我慢するっていうことをあまりしない人が多いかなっていうイメージがあるんですよね。
っていうのもあって、いじめられてよかったなっていうのもあったり。
ちょっと感謝っていうつもりもあるんですけどね。
高校でいじめられて、小中結構いじめ的なことってあるかなと思うんですけど。
高校生だったら結構みんな大人になるんで、そんな激しくってあんまり経験ないんですけど、どんなレベルでやられてたんですか?
覚えてるのは、かわしたんですけど、急に後ろから蹴られるみたいな。
しかもハイキックされるんですよ。
マジでフィジカル的な感じで。
でもその対象は多分点々と映ってた感じなんですね。
そういうグループみたいなのがいてて、たまたま目つけられたやつがそうなったりとか。
っていうふうな感じやったんかなと。
けどあんまりいじめられてるっていうような感覚も薄くて、家庭内の方がもっと激しかったんで。
高校の時も?
はい。っていうのもあって、特にそれこそ耐えれるっていう免疫がついてるんで、しんどいけど特にまあまあみたいな感じで過ごせれてたんですね。
っていうような感じかな。
明るい方に行きますか?
明るい方に行くと、それこそ大東村出身で、中学校も全校生徒で100人おらんかったんですね。
3年生とか同じクラスでも20何人?20数人しかいなくて。
20数人のとこから、それこそ小学校とかやったら1000人くらいおったのか?
いますね。
急に人がどーんって増えるわけなんですよ。
年頃なんで、やっぱりモテたいっていう気持ちがある。
中学校とか小中学校のときは、ほんまに暗くて、女の子と喋るのもなんかみたいな感じってあるのかなみんな。
思春期のありますよね。
そんな感じでちょっと距離を置くみたいな感じだったんやけど、春休みを経てちょっとモテたいぞみたいなのもよく言う、高校デビュー的なやつ。
15:11
顔面がそんなにイケてないんで、トークで頑張ろうっていう意味でトークをちょっと勉強して、女の子と仲良くなるっていう風にして、高校1年間、2年生の半ばくらいまでは仲良くさせてもらう女の子みたいな感じで遊んでたかな。
その期間もハイキックはされてるわけなんですよね。
その期間のハイキックはなくて、それが終わったくらいからですね。
そんな感じですね。
基本あの頃はただただモテたいだけです。
楽しく高校生活を過ごせたっていう。
そんな感じですね。
部活とかやってなかったんですか?
部活は中学校の時に陸上をやってて、その流れでなんとなく陸上をやったっていう感じです。
陸上部続きますね、確かに。
そうなんですね。
魔人さんも陸上部です。
でも僕走る方法違うんですよ。投げる方法で。
砲眼的な。
そうなんです。
そこそこ中学校の時に合併したんですね。
大人と富里、三河っていうところが合併して大人中学校になったんですけど。
相川中学校の時は卓球部か野球部しかなかったのかな。
2つのどっちかは必ず。
卓球部か野球部。
どっちかやったんですよ。
基本動きたくないんで。
楽な方、卓球。
そうなんですよ。
卓球で適当にやってて。
2年生に上がる時に合併になって、その時に三河と水澤とかに陸上部があったんですね。
陸上部が入ってきたんですよ。
その時に前で陸上部入る人みたいな演説みたいな。
なんかありますね、部活紹介的な。
その時に走るとか投げるとかっていうところの紹介の一つに円盤投げっていうのをやった時に、
初めて見た時になんで円盤を投げるねん。
そうですよね。
なんで円盤を投げてなんやねんっていうのに興味があったんですね。
逆に。
謎が。
そうなんです。
謎すぎるからやってみたい。
なんか面白いと意味がわからなさすぎて。
っていうので円盤投げを選んだっていう。
高校に入っても円盤投げなんですけど、円盤投げ誰もやるやつがいなくて、一人で黙々と円盤を投げる。
ただそれも真面目にやらんので。
真面目にはやらないんですね。
基本しんどいことは嫌なんで。
18:04
やらんくて結局途中から、その頃にそれこそ麻雀を覚えだして。
高校生で。
そうなんです。
武術がジャンソー化して。
2年の半ばくらいにやめたと思う。
先生とちょっといろいろあったんで、やめてそこから普通に帰宅です。
なるほど。
その高校生活を経てどうなっていくんですか。
高校生活を経て、それでも勉強は興味がなくて全くしなかったんですね。
就職するか、次の進学にするかっていうところで、就職はしたくないっていう思いがあって。
そういうのも楽していきたいっていう。
一応僕も2代目で、うちの会長が会社をやってると。
なるほど。
ゴム店をやってたんで。
その後に入ったら楽かなって思ったんですけど。
でも一応社長業をやってるんだったら金あるやろって勝手に思ってた家に。
そうやったら遊べるかなと思って、進学を選ぼうと思ったんですけど。
進学できる頭もなくて。
先生に言われたのが、お前に行ける大学はこの世にないって言われた。
大学は無理かと。
専門学校やったらいけるかもって言われて。
で、専門学校で。
当時ってこんな分厚い専門学校の専門誌みたいなのがあったんですね。
その時、記憶ではパラパラってしてピッて止まったところ。
で、ここに行くって。
それで決めて行ったのがたまたま建築の学校っていうような記憶があるんで。
それはゴム店があったから建築の学校っていうわけではなくて。
でもなくて。
建築に興味はその時全くなかったんですよ。
今は建築のデザインとか設計とかもやりながらなんですけど。
うちの会長の時代はゴム店なんで。
大工さんなんですよね。
大工さん、中学校とか小学校の時もよく手伝いに行ったりとかしててやってたんですけど。
体力勝負しんどいなみたいな。
職人ですもんね。
そうなんです。
今は職人面白いですよ。
なんですけど当時はそんな風に思って。
じゃあ18から働くっていうのもちょっとしんどいなと。
その後死ぬまでに何十年あるねんって思いながら。
そうやったら2年3年遊んでもバチは当たらんやろ。
俺はたぶん金持ってるし、常かじろうって思って。
そこから大阪に出た。
専門学校を受かって大阪に出たっていう感じですね。
21:02
こんなんで大丈夫です。
会社は結構組織的な感じでやってたんですか?
いや組織的なのかな。
社長がいてて、何人か大工さんがいててみたいな感じなんで。
その時大工さん5、6人おったんかな。
こっちのゼネコン関係の下請けでずっとやってた感じですね。
なるほど。お兄さんたちはそこに入ろうとかそんな感じはなかったんですか?
一時期入ってたっぽいんですけど、性格激しいんで親と会わずに一旦別れてとか。
彼の人生はちょっと色々あるんで大変やと思う。
ちょっと嫌味が深い感じです。
じゃあそれは置いといて、専門学校ですかね。
そうですね。専門学校行って、そこで勉強はできるので。
基本2年間やったんですよ、専門学校。大体2年ですよね。
建築科に入って、よくわからない計算方法とか授業で受けるんですけど、そもそも興味がないんで受けようとはしないんですよね。
サボったりとかしつつ。
だらだら過ごしてて。2年あがれて、卒業の時に別の科ができるっていうのを学校が発表して。
そこは資格を取る専門の学科っていうのを試しに作った都市だったんです。
やっぱり遊びたいとまだ。仕事はしたくない。
もうしばらく。
そうなんですよ。
僕はそこの学科に行きたいっていう風に親に交渉をして。行きたくないですよ、別に。
僕の目的は遊ぶことなんで。
行きたい。行かせて行ってこいと。その代わり絶対に建築士は取れって言われて。
遊ぶ代わりにそうやなって思って、そこで人生で初めて勉強したんですよ。建築士の勉強を。
で、たまたま取れて。
たまたま取れるもんじゃないですよ。
取れて、親にこれだけ遊ばせてもらってるし、お金もたぶんいっぱい出してもらってるんで。
一応恩返し的に何か取れる資格だけは取っておこうと思って。
それこそ宅検であったりとか、銃器関係の。あれは免許やな。資格じゃなくて免許を取ったりとか。
1年の間に?
そうなんです。
宅検とかってめっちゃむずいんじゃないですか?
めっちゃむずいんです。裏があるんであんまり言ったらダメなやつ。
宅検に裏なんかあるんですか?そんなルートが。
それこそPEが入るやつです。
ちょっと参考までに聞かせてもらっていいですか?
切るときは切ってください。僕目がいいんですね、すごく。
ちょっと雰囲気が怪しくなってきましたけど。
24:03
今43歳ですけど老眼すらこないんですよ。
で、未だに2点でやるんですよ。
うらやましい。
そうなんです。もう目はいいんですよ。もうお察しの通りやってます。
それ通る試験じゃないと思うんですけど。
なるほど。勉強プラス視力も使いつつみたいな。
そうですね。
才能ですからね。
そうです。才能です。
ちなみに遊んでた期間ってどんなことして遊んでたんですか?
基本は人というのが苦手だったんで。
今はこうやって喋るんですけど、スイッチを入れるとこうやって喋れるんですね。
ただスイッチを切るとほんまに誰とも会いたくないんですよ。
人ってめんどくさいっていうのが昔からずっとあるんで結構嫌味な部分です。
僕の中にブラックとホワイトっていうやつがいて、あとナチュラルっていうのがたまにおる。
ブラックの方は人がとりあえず嫌いなんですよ。めんどくさいし。
で、相手のことを考えながら喋るっていうのも疲れてくるんで。
っていうのもあって、基本はずっとゲームするとか。
それこそ友達もできるんで。
友達とたまにあっちこっち遊びに行ったりとか。
で、向こうの人って車を持ってたりしたんで。みんな成人してるから。
で、車に乗ってとか。それこそ何個やったかな。
一人は走り屋さんやって。で、何個連れてってもらったりとかして。
そういうの見たりとかして。
っていうようななんてない普通の学生生活ですね。
中にめっちゃハマってたとか、こんなことがめっちゃ好きだったとか。
あんまり記憶ないんですよね。だらだら過ごしながら。
ハマってた。何にハマってたのかな。
街歩くのは面白いなと思ってて。
すごい大戸村っていう小さいコミュニティの中から、いきなり大阪というすごい都会に行くときに衝撃なことがいっぱいあって。
休みになると自転車に乗って、路地であったりとかいろんなところをずっと休みの日に回るのが好きだったんですね。
っていうのとか。
それは建築物を見てとかっていうことですか?
いや、街並み。建築物って言うとそうかもわからないですね。
街並みとか人とか。人嫌いなのに人好きってめんどくさいやつなんですけど。
人を見るとかっていうのがなんか面白かったり。
あと公園に行ってぼーっと座ってたりとか。
知らない街っていうのがすごく面白くて。
初めの頃はよくオロオロ一人でしてましたね。
なるほど。
そのときもうっすら家業を継ぐっていうのはずっとあった感じですよね。
ですね。うっすらはありました。
27:01
継ぎたくないけどって思いながら。
でもそんなんは感覚としてはありましたね。
そしたらこういう仕事したいなっていうイメージとか
そのときからちょっとずつ作っていってた感じなんですかね。
そうですね。建築の学校行ってるときに
住んでる近くに餃子の王将があったんですね。
そこで鍋振ってるおっちゃんがめちゃくちゃかっこよく見えたんですよ。
ずーっと振ってるんで。
餃子の王将で働きたいって思って。
でも中途半端なやつなんで結局やらんかったんですけど
影響されやすい人間でもあるんで
中華鍋を買って家でやたら中華を作りまくって
なんとかじゃんとかっていう色々あるじゃないですか。
あれを全部揃えて
どれだけうまい炒飯を家で作れるかっていうのを
一人で黙々と毎日振るっていう。
結局火力がないっていうところで終わるんですけど。
家のコンロではちょっとそうなんですけど。
でも研究機質というか、ちょっとハマったら。
そんなのあったと思いますね。
その資格取りまくり期を経て就職ですか?
就職もちょうどその時
氷河期って言われてて
どこもほんまになくて
一つこれ行こうかなって思ったのが
カンテレやったかな?
カンテレの大道具さんっていうのがあって
給料が初任給で30もあったんですね。
めちゃくちゃいいやないか。
友達とか先生とかに
ここを受けに行きたいって言ったら
とりあえずお前帰れんぞって言われて
やっぱ大道具さんになるとセットをずっと組んでるんで
ほとんどがもうその会社で寝泊まりです。
帰れるのは1ヶ月に1回2回ぐらいしか
多分帰れるようになるから
それでもいいなら行っても面白いんちゃう?
って言われた時に僕は帰りたいって思って
これ無理や。
その頃に親が朝日新聞かどっかで
広告に箸を作る仕事みたいなのを見て
これにお前行ってこいって言われて
そこに面接受けに行ったんですね。
ゼネコンみたいな?
受けに行ったんですけど
一般常識みたいな試験みたいな
SPIみたいな
それを受けた時に全然わからなかったんですね。
記憶にあるのは小学校の問題で
いくら何百円持ってます?
お店に行ってリンゴをいくつ買いました?
あんな問題が出たんですよ。
本気でわからなくて
なんかわからなくて適当に2個とか書いて
次に分数とか出たんですね。
30:01
分数がわからんってなって
足し算って
分数の足し算ってどうするんやったっけ?
掛け算ってひっくり返した気がするみたいな
答えれんかったんですね。
なんとなく雰囲気で全部答えて
その後に面接があって
面接もいろいろ聞かれたんですけど
一つ覚えてるのが
体力に自信はありますか?って聞かれたんですね。
体力に自信があるかっていう質問に対して
どう答えていいかわからん。
相手はアスリート級の体力を求めてるのか
逆に小学生ぐらいの体力でもいいのか
どっちかわからん。
でもひょっとしたら
アスリート級の体力を求められるんやったら
僕にはないって思ったんで
ないですって答えたんですね。
それは困るって知見家の人が言われて
困る?
僕にとってその質問の方が困るっていう風に言って
強いですね。
それはどのレベルで体力が欲しいのかっていうのを
明確にして欲しいみたいなことは言ったんですけど
そこでなんやこいつみたいになって
みたいな変な雰囲気で終わったっていう記憶があるんですよね。
で、案の定落とされるっていう。
落ちたんですね。
そうなんです。
それで結局就職できず
じゃあどうしようかなと。
その頃に、小学生の頃に映画にはハマってたんですね。
映画すごい好きで
いろんな映画見てて
建築とかになってくると
CGとかパースとかってよく使うんで
学校でもパースをよく描いてたりとかしてて
その時に映画とCGって
その時にすごいいろいろ作られてたんで
映画の世界って面白いなって思って
映像の世界
そこでCGとかそういうのを使ったもので
なんかできたらなみたいなのをぼんやり思って
なんですけど
ただやっぱりめんどくさがり屋なんで
真面目にそんなことしたら大変やろなみたいな
やめた
感じで結局どうしようバイトで食いつなごうか
でもバイトフルで入ったとしても
15万前後で大阪で生活するって言ったら
ちょっとしんどいな
じゃあ帰ろうって思って
で、親のとこに入ればなんとなく食っていけるやろう
って思って
甘えて親のところに入って大工を始めるっていう
なるほど
感じですね
じゃあ最初は大工さんの仕事をするんですか?
そうなんです
大工が長くて
真面目にやったのが10年ぐらい大工さんやってて
その間に水道屋さんとか水道の免許を
ちょっととにいけって言われて
水道の免許を取って
33:01
それが20代半ばかな
免許とか資格を取るのが面白いって思ってきて
建築もその時にちょっとずつ好きになってきて
電気の資格とか
いろんな資格を取りに行って
というのでどんどんハマっていきつつ
大工っていう仕事がさらに面白くなってきて
大工さんって初めの1年間とか2年間って
ずっと掃除なんですね
作業させてもらえないんです
そんな中でもやることがなさすぎて
職人さんの手元っていうのかな
どうやってるかっていうのをじーっと見たりとかしてて
仕事遅れてた時に
その時は押入れを5個収めてって言われて
初めて大工として
押入れをやった時にすごく楽しくて
大工さんはすごい面白い
その時に大工にはまったんです
大工って頂点って言うと宮大工さんとかになってきて
宮大工さんってどんなんやろうとか調べつつ
これはちょっと厳しすぎて僕には勤まらん
宮大工さんぽいことはしたいとかって思ってたりとか
その時ご実家の公務店はどんなものを主に作ってたんですか
基本は住宅ですね
たまに店舗とか
けど大工公務店なんで設計してデザインして
建てていくっていうんじゃなくて
割合的には下請けみたいな
下請けではないんですけど
田舎によくある公務店
叩く方がメイン
デザインとかは二の次三の次みたいな感覚でやってましたね
デザインはどこかの設計事務所とかから来たやつを作るっていう感じなんですか
そのパターンもあるし
社長が自分の好きなようにやるとか
それもいけてるかって言ったら
今思えばっていう時もあるんですけど
時代とともにみたいな
なるほど
大工さん期を何年くらい続くんですか
大工さんは
7,8年はやったんかな
真面目にやった時期があって
途中で仕事が切れる時もあったりして
その時に水道屋さんとして
別の水道屋さんの中に入って
会社に入って
とかやったりはしたんですけど
その間に
二代目ってなると
職人さんとかにバカにはされるんですね
ちょっとしたいじめとか
そこでもあるんですけど
ちょっと蹴られてみたいな
そこまではなくて
それやられたら燃えてた
どういう感じなんですか
36:01
二代目っていうのは
ボンみたいな
もうそんな感じです
道具とか買うのも
どうせお前親の金で買ってるのやろ
職人さんらは
ない金で道具を買ったみたいな
そういう苦労話はむちゃくちゃ聞かされるとか
どうせお前なんてみたいな
こんなこともお前できんのやろ
みたいな感じで
よくそういうのを言われてて
それがだんだんムカついてきて
この野郎って思いながら
一旦黙らせるために
資格を取りに行ったっていうのもあるんです
いろんな資格を取って
だんだんと職人さんたちが
あまり言うてこなくなったりとかして
最終職人さんが黙ったのは
自分の家を建った時なんですけど
ちょっと伝わるかどうかわからないんですけど
墨付けとか刻みとかっていう
昔のやり方で
今は工場でプレカットって言って
骨組みを組んでくるんですけど
僕がやったのは
そろそろ宮田役さんみたいな感じで
釘を一本も使わずに家を建てたんですよ
それって教えてくれる
先輩大学さんとかっていなかったんで
全部本で勉強して
墨とかのみで掘り方とかっていうのを
その時YouTubeとかもなかったんで
本で勉強して学んで
それを実践して練習して
休みの日とか休憩時間に全部やって
これやったらボルトとか釘を使わずに作れるんやっていうのを
実験してから
自分の家を胸まで全部あげた時に
その時に初めて教わってた大学さんが
たぶん一人前って認めてくれて
そこからタイトにしゃべってくれるようになったんですよ
それが27歳くらいの時です
その辺から普通に認めてくれて
2代目っていう感じの目でもなくなってきた
こんなんで大丈夫ですか?
めっちゃいい話かなと思って
そのまま言ったら
めっちゃ職人になっていきそうな感じがするんですけど
その時に職人で生きていこうと思って
大学がめちゃくちゃ好きになってきた
そんな頃に仕事がなくなってきたんです
うちの会長さんもすごく頑固な人で
頑固すぎるがゆえに
仕事がどんどんなくなっていく
お客さんが取れなくなっていく
その時にスマホとかが出てきて
こっちに移ってきた営業方法とか
フェイスブックとかが出てきた
若い人たちになってくると
フェイスブックとか何かで情報収集
YouTubeとかも出てきた
ネットっていうところになってきて
そこに会長がついていけなくなってきたんです
ついていけないから仕事もどんどんなくなってきて
39:01
最終ゼロになったんですよ
営業はもう会長だけやっててみたいな感じ
ゼロになった時に代を交代すると
その時に仕事がゼロの時に代を交代されて
2代目になったんだけど
そもそも大工しかしてきてないんで
お金がわからない
営業方法がわからない
どうしたらいいか何もわからなかった
初めてとりあえずよくテレビで見る訪問販売
訪販をやってみようと思って
ただ単に訪販しても面白くないなと思ったんで
お金を持ってる地区とか場所ってどこやろうって思ったら
このやったら南辺の梅農家さん
お金持ってる人やったら建ててくれるんちゃうか
あんな考えで南辺を一軒一軒回ったんですよ
基本バカなんでなんてなくそれは回ってて
それ回ってどういう営業をしてたんですか
もうチャイム鳴らしてこんにちはって言って
何ですかって言われた時に
住宅の営業でって言ったら
もうパチャって閉められることから
よくあるパターンです
おばちゃんとかで暇やったら
喋り相手になるみたいな感じで
それを1ヶ月ぐらい続けたのかな
1ヶ月続けて感が悪いんで
1ヶ月続けてわかったのが
これでは仕事取れんって初めて気づいたんですよやっと
このやり方は違うんやなと思って
じゃあどうしようって考えてた時に
ただテレビをボーっと考えながら見てたんで
いい友かなんか見た時に
メンタリストのダイゴって知ってる?
あの人が出てて
ミートもやったかな
夜の番組やったのか忘れたんですけど
その時にビジネス的なことを言ってたんですね
人を誘導する方法とか
何かを言った時に
人を誘導する?何やろうと
仕事を取る方法みたいなのを
何かちょこっと言ってて
何か分からんけど何か役に立ちそうと思って
その人の本を買ったんですね
初めてビジネス書っていうものを買って
読んだらこれ面白いなと
誘導する方法みたいなの一個一個書いてくれてたんですよ
それを基本アホなんで
一個一個試したんですよ
みんな誘導できたんですね
これ面白い
それを心理学っていうのをその時初めて知って
心理学を学び出したんですね
その第5の本を全部読んで
メールの書き方とか
42:01
メールの返信の書き方の心理学があるとか
ビジネス的に
じゃあこういう場合はこう返すみたいなのを
メールであれとして
それを試してずっとやってた
お客さんに対しても
っていうのとかも試しつつ
こういう話のトークとかでも
こう来たらこう返すじゃないんですけど
なんかそういうのとか
あとは表情筋を読むとかっていうので
この体にも心理っていうのが
全部心の状態が現れて
お客さんと打ち合わせとか
初めての新規のお客さんとかと話する時に
でも今僕が話してることが
興味あるのかないのかって
どういうふうに判断するかっていうのも
その本に書いてたんで
それを試してたら出会ったりとか
本に書いてあることをずっと試しながらやってたら
仕事が取り出してきて
だんだんと大工が面白いっていうのと同時に
営業が楽しいって思うようになってきてて
もっと仕事取りたいっていう思いから
その第五っていう人もそうやし
あと幼少じゃないんですけど
影響力の武器っていう本が
その第五っていう人が紹介してたのが
影響力の武器っていう本があって
その本も読んでみようと思ったら
なかなかボリュームなんですね
字がめっちゃちっちゃいんですよ
それを読んでみて
読んだらまたそれがもっと
第五が書いてることよりも
もっと細かく書いてるような感じで書いてて
それをみっちり読んで
読んでも頭に入らんと思ったから
オーディオブックっていう
あれでも聞いて
聞きながら読むみたいなこともやって
全部脳みそに入れたかったんで
それを一個一個お客さんに対してやったりとか
っていうふうにやっていったら
面白いくらいに話が進むようになってたりとか
していって
これ営業が楽しいというよりも
心理学が楽しいってなってきてて
いろんなことを試しつつ
今はもうそんなもん
もうめんどくさいんでやらないんですけど
そんなんで
何の話からこうなったか忘れたけど
大工から大工
今のよいな
なんか聞いてたら
大工の時に本読みながら
釘とかを使わない工法を学んでっていうのと
同じ経緯というか
そうです
やってますよね
すごいそこにハマったら
それを突き詰めていくんやなっていうのがすごい
そうかも分かんないです
今なんかハマってるのとかあるんですか?
今何ハマってる?
今ハマってるのは
お酒作りですね
コーヒーを使ったお酒作り
お酒そうやね
お酒作ったりとかぐらいか今
45:03
なんか飲んで
これ作れるかもしれんみたいな
帰ってきたらずっと作り続けるんです
納得いくまで作り続ける
ずっと飲み続ける
めっちゃ酔って寝てる
遠急熱ですね本当に
めっちゃ飲みますよね
バー行くのが好きで
バー行ってコーヒー系のカクテルとかあって
必ず注文でもするんですけど
レシピ教えてくれるとやっぱり教えてくれるんで
それ聞いて
それやったらうちで使ってるお豆で
作ったらどういう味になるのかな
作ってみて
違うかったらもうちょっとこうした方がいいとか
考えてる時間がすごい楽しくて
出来上がったら出来上がったで
面白くなくなってくるんですね
そんなん繰り返してるかな
大工機があって社長業で営業ガンガン取れるようになって
からどうなっていくんですか
どうなっていくこれから
そこまでの話では職人で社長業でって
今の色々やってるのに
そこまでまだ繋がってないような感じがするんですけど
特にあまり深く考えてなくて
服作ったっていうのも
こっちから作りたいって言ったんじゃなくて
あるとある服屋さんの社長さんと知り合うことがあったんです
飲みの時席あったっけ
飲みの席でたまたま知り合って
この人面白いって思いながら
その次の日に服作らへんみたいなことを
その人から言ってきたんですね
なんやろ服って何
その時にファッションに関しては全く無知なんですよ
年がら年中ずっと作業服なんですね
出張行くのも作業服なんですよ
どこ行くのも今はこういう小切れな格好はしてますけど
特に服って全く興味がなくて
その人に言われたのが
これだけの住宅をやってるのに
そこそこ販売してる人が
こういう作業服の格好でいいのかな
みたいな問いかけをされたとき
確かになと
デザインもその時にちょっと勉強しつつしてて
でもデザインしてる人間が
作業服ってそもそもどうなんやろって思って
じゃあ服作ってみてみたいな流れだったのかな
じゃあ服作ってみると
それでなんであれシャツになったんやろ
姿勢が綺麗になるから
その時に飲食中みたいなことを意識しだしてきてて
うちも健康住宅みたいな感じで
当時は売りにしててやってたんですけど
48:00
温度とか湿度とかみたいな性能のとこですね
ただ気づいたのが
いくら家が良くても
人は健康になれないって思ったんですね
医学的にでも
23度の50%ぐらいの中で人間がいてると一番いいって言うんですけど
すごく快適とされる空間の中で
毎日毎日ジャンクフードを食べると
人はどうなるかってやっぱりダメになってくる
っていうことは
住が快適になるんであれば
食の方もちゃんとしてるからダメだろうねっていう風に思って
食を考え出したんですね
その時にオーガニックであったりとか
今はビーガンとかいろいろありますけど
食については秋ちゃんからいろいろ教えてくれたんですね
これはあかんあれはあかんみたいな
あかんっていうか
選んで食べた方がいいよっていうことを教えてもらって
添加物であったりとか
たまに毒食べるのもいいんじゃないみたいな感じで
ストレスがたまらないようにっていうことですね
っていう形で教えてもらって
そんな頃にコーヒーやったのか
逆か
逆ですね
もうちょっとコーヒーは早いな
共同でされてる秋ちゃんとの出会いはどの辺なんですか
どうぞ
どの辺やって
7年くらい前ですか
7年くらい前
社長業でバリバリキンみたいな時なんですかね
はちむらさんがですね
そうですそうです
めちゃくちゃ忙しくなったときに
出会ったんですよねあれ
そう
どこで出会われたんですか
もともと姉がはちむらさんの住宅完成見学会を手伝いに行ってて
姉が妊娠したからもうちょっと行けなくなった
次を探してほしいって姉に頼んだらしくて
姉から私も建築の学校出てたんで手伝ってみえへんっていう声がかかって
初めのスタートは見学会
私そのとき主人転勤族なんで和歌山県には住んでなかったんです
見学会だけ月2日間だけ手伝いにこっち来るみたいな感じで来てて
子供が小学校2年生くらいになって
実家はこっちなんで
こっちに引っ越してきてはちむらさんのところで働くかみたいな感じで
決めたのがきっかけですね
それがちょうど6年7年くらい前
そんなんかな
はきちゃんが加入したことでその移植中をやっていこうっていうのがもっと強くなって
そうですね
ずっと一人でやってたんで
一人はきちゃんが入ることによってお金とかっていうのを全部やってくるようになったんで
考えることが減ったんです
っていうのとやれることも逆に増えてきたんで
51:03
そこで服作ってみひんかって言われたときにじゃあやってみよう
面白そうやしっていうのはまずあって
知らない世界を知れるってもっと楽しいかなっていうのもあって
服作ってみてなんですけど
これはちょっと下世話の話しかもわかんないんですけど
売り方とかっていうところも
住宅での売り方とかはなんとなくわかったつもりなんですけど
じゃあこういう服とかそういうもの
単価が全然違う
住宅って言ったら3000万4000万5000万のものに対して
僕らが作ったシャツっていうのが約2万円なんです
1枚2万円のシャツっていうのが
どうやって販売したら売れるのかなっていうのを考えるのが楽しかったんです
どっちかっていうと服に興味があるっていうよりも
2万円の服をどうやって売るかっていうことに対しての興味のほうが強かったのかも
そこでいろいろ
今まで言う
プロセスエコノミーっていうのか
プロセスを販売するっていう方を当時やりたくて
作っていく過程とか
打ち合わせしている様子をライブ配信で流したりとか
形はまだないんですけど
形が出来上がる前に僕は売り切りたいっていう目標があったんで
それで一個一個打ち合わせがあるたんびに
配信したりとか投稿したりとかして
狙い通りにシャツが出来上がる前に
全部販売させてたんですよ
それですごく楽しくなってきて
けど結局服っていうのが何なのか分からないし
同時に服っていうのをちゃんとしておかなあかん
っていうのでありとあらゆるブランドのシャツを試着しに行ったんですよ
大阪に行ってて
大阪のメンズ館っていうところに
その時初めて入ったのかな
入って
ハイブランドいっぱいあるじゃないですか
すごいドキドキしながら入って
試着するのもドキドキする
いろんなシャツを着せてもらって
ここのは着やすいとか
あそこでユニクロもGUも全部着に行ったんですよ
ユニクロはユニクロでこうなんやと
ハイブランドはハイブランドでこうなんやみたいなのが
なんとなく分かってきた時に
服も面白いなっていうのと
服も設計とかパターンなってやったんかな
そういうのとか
こういう形とか生地感であったりとか
材質とかっていうのを聞いてると
すごい面白くなってきて
そういうのもかじったり
配信とか投稿はどこでやってたんですか?
全部インスタとフェイスブック
当時フェイスブックの方が強かったよね
54:00
半々でした
両方でずっと流して
あとブログも割と書いてたんで
ブログとかでも書いてて
っていう風にずっと配信し続ける
ってしてましたね
それちなみに何年くらい前のことですか?
こっち移転する前やから5年くらい前ですね
もうちょっと前?5年くらい前?
5年、6年くらい前
服作りはその1回の企画で
今は継続ではされてないんですか?
当時はもうちょっと1回目作りました
2回目販売するときは
シャツをもうちょっとどうにかして
っていうような形でやろうかって言ってたんですけど
両方ともが飽きたのかな
1回目のお互い全力を
ちょっと燃え尽きてしまったような
飽き性なんで
そっちの社長さんも飽き性なんです
興味がなくなったら全くみたいな人なんで
1回売ってもう終わるみたいな形になりましたね
今でも何かチャンスがあったらやりたいなとは思っちゃう
ちなみに今着てらっしゃるやつは
全然違うやつです
それもすごい良いシャツですよね
生地感というかこういう生地が好きで
着やすいとか
ユニクロとかも好きなんですけど
良いものを長く着たいなとか
気に入ったものを長く着たいな
ユニクロも好きなんですけど
言葉がちょっと選べずしゃべれるのでしゃべってしまうんですけど
安いなりに着ちゃうんですね
ユニクロのシャツってそんなに高くないじゃないですか
だから適当に着て適当に脱いだりとか
適当に選択する
適当に買ったものは適当に使うっていうものがあって
それってどうなのかなって思って
ハイブランドとかもそうなんですけど
自分の本当に気に入ったものを着て
それを丁寧に使っていきたいな
長く着ていきたい
トレンドとか流行りとかもいいんでしょうけど
そういうんじゃなくて
ちゃんと着ていきたいなみたいなところも思ったんで
できるだけ
そういう服・生地であったりとか
っていうのを見ながら
好きになったのがたまたまそういうところとか
ブランド名は全然知らないんですけど
何か良いなって触ってみたり着てみたりして
っていう感じで選んでますね
その時はまだ
移転される前なんで
コーヒーとかもされてないっていう感じですかね
57:00
移転する前からコーヒーやってて
ショップみたいな形で
お店がないコーヒー屋さんっていう名前で
イベントばっかり出てたんですね
イベントばっかりやってて
コーヒー屋さんってそもそもあんまり
するつもりもなかったんですよ
別の事務所が手狭になってきたんで
移転しようってなってここ見つけて
買ってリノベして
ショールーム的な感じ
デザイン的なところもちゃんと見せていきたいな
っていうのもあったんでここを作って
オープンした時にここまで作り込んだら
ただ単に打ち合わせとかミーティングだけで終わるのは
もったいないからコーヒー屋さんしたらって言われて
できるかなみたいな
調子に乗ってコーヒー屋さんやっちゃった
そもそもコーヒーを始めたきっかけですね
ご視聴ありがとうございました
59:42

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