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episode.31 前編 ミルク&ビアホール九十九
2023-03-29 54:47

episode.31 前編 ミルク&ビアホール九十九

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episode.31 前編

今回のゲストはミルク&ビアホール九十九、九十九別邸 豆の湯、南紀白浜の宿 九十九荘を運営するまるさんかくしかく株式会社の古久保寿樹さんとMUYAの撫養健太さんです。

前編では九十九スタートの経緯、後編ではいいお店とは?についてお話していただきました。

これからお店をスタートしたい人は必聴かと!ぜひお聴きください。

番組のオープニングのエンディングの楽曲はお寿司のともみさん @osushinotomomi のアワーヤングです。

楽曲が気になった方はお寿司のともみさんの通販サイト、Spotifyをチェックしてみてください。

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00:00
kisenra&trailの白石です。
この番組は、和歌山で活躍するゲストの方にインタビューしていく番組です。
kisenradio第31回です。
2023年3月18日午前9時、和歌山県白浜町にあるカフェ豆の湯で収録しました。
今回のゲストは、ミルク&ビアホールつくも、つくも別邸豆の湯、南岐白浜の宿、つくも倉などを運営する丸三角四角株式会社代表の古久保敏樹さんです。
今回のインタビュアーは、MUYAのMUYAさんとARCの上田さんです。
今回の収録に至る経緯や古久保さんとMUYAさんの関係、そして古久保さんの生まれから現在に至るまでのルーツや現在のこと、これから計画していることについて聞かせていただきました。
それではお聞きください。
古久保さんがどうやってつくもを始めて、こんなにお店を広げたりとか、つくもって原二郎さんの時でもめっちゃ言われてたんですけども、和歌山で一番いい店みたいな感じで言われてて。
原二郎さんが言うことはもうその通りやね。
原二郎さんというのはね、僕は客観はあんまり個人的に知らないですよね。一体的な関係ではないし、連絡先も知らないし。
会ったことは、来ていただいた時にお話したことがある程度。
だけども、作ったものを見れば明らかで、結構原二郎さんが作った、全部じゃないと思うけど、聞かせてもらってて。
独創性、一人独創体制みたいな感じで。
なかなかああいう人というか、いないと思っている人がいたし、単純に面白いものを作るし、面白いメニュー組みをするし、
面白い味の構成をしているし、お店として反映できる形をね、そこに執着せずにまだどこかに作ろうとしている感じとか。
ちょっと誰にも似ていない。経営コンサルタントでもないし、すごいなと思っている人なので、本心で。
03:07
その人が、じゃあつくもがいいって言ってくれたんだったら、その人のいいというのがどこにあるんだろうというのは興味はあるけどね。
どこを見て、そういう人がどこを見ていいと思ってくれているのかなというのは、いつか機会があれば聞いてみたいな。
それまたラジオの方で公開でやってもらいましょうか。
対談で。
第50回。一応だから古久保さんは、第何回かはわからないけど、源次郎さんで言ったらアカデミー賞を取っているんで。
ありがとうございます。
だから源次郎さんも多分第22回ぐらいのアカデミー賞を取っているはずなんです。飲食部門の。
だからその主演男優賞の2人が対談するというのはどこかで。
それめっちゃ聞きたいですね。
韓国トッキーナン代表みたいな感じで。
その事前に交わらずに一発で行ったら面白いよね。
それすごいですね。
一応体重も大体覆っていると思うけど、ヘビー級タイトルマッチで。
ブレイキングダウンみたいな。
僕やからね、自分やから何に興味あるんだろうって正直思うけどね。
何でもフリー素材なんで、聞いてくれたら全部答えるんですけど。
ありがとうございます。
僕を知らない人が聞いて楽しい回がいいよね、と思うんで。
だったらまあ、津久保でこういうこと、津久保とか白浜でこういうことをやっている人がやっている。
やっぱり今何をやっているんですかね。
冒頭の挨拶みたいなのは白石くんが別撮りで入れてくれるんで、
まずちょっとその自己紹介的なところからいいですか。
よろしくお願いします。
始まりましたね。
もうこれ始まっている?
はい。
古久保 津久です。
年齢は1973年8月25日。
これ聞こえてるかな。
1973年8月25日の、今年50歳。
乙女座です。
B型です。
旧市河西です。
今日はよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
以上です。
白浜町で、和歌山県白浜町で飲食店、津久保という飲食店と、
豆の湯という飲食店、お昼間のコーヒー屋さんと、津久保倉という温泉、
糸菓子の宿を営んでおります。
06:03
今日はよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今回のゲストは古久保さんなんですけれども、古久保さんをご紹介いただいた室谷さんにも来ていただいております。
室谷と申します。
1982年の40歳です。
白浜町で喫茶と服の販売と宿泊施設を営んでおります。
本日はよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
どうもご紹介いただきます。
よろしくお願いします。
ご紹介に預かりありがとうございます。
今回の収録の経緯なんですけれども、先日室谷さんのところに上田が遊びに行ったところ、古久保さんがいらっしゃいまして。
そもそも僕は室谷君、そもそも普段から仲良くさせてもらっているので室谷君と言いますけれども、
室谷君が作るMUYAという服のブランドの服は着たことがないんですけれども、
MUYAというプロダクト、飲食店とか宿泊とかということをやっている、彼の頭の中に大変興味があり、
一ファンとして結構ちょこちょこアイスクリームがおいしいのがあるぞと言えば行き、
ホットドッグがうまいのがあるよと言えば食べに行き、従順な一ファンとして通わせていただいているという、
その時にお会いしたという、ラジオに出ていいよ、ラジオとか思いながら帰る時にどうしたもんかと思いながら今日に至っておりますが、何にしゃべりましょうか。
古久保さんとMUYAさんの出会いはどんな感じなんですか?
えーと、覚えてないですね。
そうですね。たぶん一、お客さんとして行かせていただいて、古久保さんはホスピタリティーに溢れている人なんで、
たぶんお客さんと来て一言二言気の利いた感じで、今日は調子どうやとか仕事どうやって、もっと気の利いたことを言ってくれていたと思うんですけど、
そういう感じで静かに交流があって、時間が経っていたって感じですよね。
そうですかね。僕を知っている方なら知っているんですが、基本的にほとんど半袖半パンです。
オールシーズンなので、彼が作るスタイリッシュというかナチュラルな服に興味がないわけではないんですが、
服を作っている人、あと最初にそうや、写真を撮る人で認識したような気がしますね。
09:09
好きなアーティストが一緒で、好きなアーティストの一人が畑崎大輝という人がいて、
その人のCDで、CDジャケットの写真を今までと違うなと。何枚目かのアルバムだって、それまでとは雰囲気が違うから、
誰が撮ったんだろうねっていうのを本人に、畑崎さんに聞いたら、無役に撮ってもらったみたいなので、
こういう写真も撮ってるんやみたいなね。そこで多分、点と点と点が、
彼がこういうことをしている、服を作っている彼が写真を撮っているみたいな感じで、ちょっと認識が広がっていったというのが最初ですね。
一回だけ前の施設に行かせてもらったことがあって。
そうですね。
田んぼの真ん中で行ったことありますか?
あります。
すごい、僕も田舎に生まれたのに、あっ、竜神村出身です。
竜神村に生まれまして、すごく田舎の山志水明京でして、田舎なんですけど、
まあ富田も竜神よりは田舎ではないけども、その田舎の風景の中に突如その農機具小屋みたいなところを改造して、
とてもいい、未だにあそこもお客さんが来れる場所にすれば、もう一回すればいいのになと思うぐらいいいものを作っていて、
それにまず驚いたし、服もすごい、なんていうんですかね、室谷君の話いっぱいして、
ここはもうカットして、
福岡さんのメインに入っていただいて、興味ありますね。
そういうところもあり、室谷君からのパスであったので、断る理由がないなというところで。
正直その時点でラジオを聞かせていただいたことがなかったので、そこから猛勉強してやってまいりました。
ありがとうございます。
改めましてよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今日は福岡さんのつくもを作られた経緯であったりとか、そこに至るまでの人生とか、これからやりたいことというような話を色々聞かせていただきたいんですけど。
短い時に5分ぐらいで。
シャッといきます。
現時点で僕のこと興味ない方も全然いらっしゃると思うので、誰やねんと思っている方いらっしゃると思うので、
12:01
ちょっと簡単に、こんな感じで。
白浜町で2000年に移住しました。
移住と言っても最初は1ヶ月ぐらい。
お金に困っていた時期で海外にその前にいました。
放浪している最中にオーストリアでお金がなくなった旨を日本の友達に電話をしました。
どうしても戻ってお金がすぐ必要だからと言ったら、そいつが白浜町で働いてて、
当時はあまりSNSとか当然ないですし、
唯一ぐらい知っていた携帯番号にかけたら、
白浜におるから帰ってこいと。
仕事は見つけておいてあるからということで、
7月19日に朝9時半、缶具着というのが来て、
そのまま鈍行で白浜にやってきたと。
20日の日から何をするのか分からないけども、
明け時計40日間ということで、夏だったので、
滋賀浜周辺の駐車場の整理のアルバイトを40日間ほぼ毎日ぐらいさせてもらって、
なんとかしのいだという。
それが終わってからはまた白浜を離れるぐらいの、
予定も立てていないけども、それぐらいの気持ちで来たんですけども、
気が付けば23年、それから今住んでますと。
その間に白浜の方と結婚もしたりとか、
そういうつくもというのがそこから4年後の2004年にやり始めましたが、
そのつくもがある同じ場所にあった飲食店に
勤めさせてもらったのがきっかけですね。
つくもの前にあったお店のオーナーに声をかけてもらって、
働き始めて、ほぼ途中からは一人で。
3年余し一人でやってて、
そのお店が無くなるのと、
同時じゃなかったな。
無くなってからちょっとしたら8ヶ月後ぐらいに
もう一回自分でやってみようかなということで。
当初はもうちょっと違う場所で、
違うこともいろいろ考えたんですけど、
白浜って当時、土地建物を探すのがすごい困難で、
どこの馬の骨かわからない。
僕に建物というかテナントとか、
貸してくれる人が本当にいなくて、
8連敗ぐらい多分して、
15:00
ここいいなと思って聞きに行ったら、
貸してくれない理由が定かではないけども、
そんなことが続いてて、
たまたまそこが、
大谷さんも知ってたので、
借りることができて、
小さく始めたというのが、
たまたま今年でつくもが19年、
続くことになったんですけども、
長くしようとか、
白浜を良くしようだとか、
ビーチクリーンだとか、
そういう志は何も正直なかったですね。
自分のことだけしか考えてなかったし、
自分が環境、
白浜というところが環境として好きだったこととか、
それまでヨーロッパとかを若い時に旅した時に、
例えばイタリアの海岸沿いを、
マルフィー海岸とかを行った時に、
白浜から串本あたりに似てるなとか、
いろいろ再発見することが多くて、
日本に帰ったら、
もう一回自分の町というか、
自分の県、和歌山県を、
いろいろもう一回旅してみたいなと思いながらの、
ヨーロッパの旅がそういう時間だったもので、
帰ってきて、
そういうことをしていると、
すごくもう一回、再度気に入ったと。
和歌山県がね。
で、白浜に今日構えた。
でも理由はそうですけど、
多分それ程度で、
長く本当に続けようとか、
志高く始まった店ではなかったので、
あたり的に毎日毎日やってくる課題を、
一個ずつ一個ずつ解決して、
今日に至るという感じですかね。
原二郎さんが、
和歌山の飲食のアカデミー賞をやっているぐらいの、
いい店のつくもなんですけども、
なんかどうやって、
そんないい店を作っているんですかね。
これちょっとモヤ君も入ってもらって。
でも気になるのは、
最初からも流行っていたのか、
どういう予告説があったのかは知りたいですね。
はい。
まず、当然流行っていなかったです。
流行るとは何ぞやということですけど、
僕にとっては最初の3年ということを、
まず一つの括りで言うと、
まず先ほども言いましたけど、
SNSというものが当時ないので、
口コミが本当の意味で今は口コミなので、
18:00
聞いたよ、できたよというのが、
早くても半年とか、
1年スパンぐらいなので、
半年前に来てくれた、
上田さんのご紹介で、
全部わかるレベルの口コミでね。
誰に聞いたかわからないということもないぐらいの
お客さんの数と、
2年前に来られた上田さんのご紹介で
今日の方がこのお店に来られているんだな、
みたいなぐらいの、
そういうレベルのお客さんの数と質と、
なので会話がちゃんと、
いい意味で誠実だったというか、
店内にもそういう、
自分の自宅にお客さんが来てくれている
みたいなぐらいの、
不特定多数じゃなくて、
不特定少数というか、
の中でやっていたので、
心の準備もできたし、
いつ来られてもいいようにと思いながらやっていたので、
今はそうじゃないかと言われたら、
今はやっぱり20年経ってきた時に、
来られているほとんどの方が知らなかったりとか、
言っていただくまで全然気づかなかったりとか
ということも多くなってきたんですけど、
最初の頃は来ていることが不思議なので、
お客さんが、
あの人は誰に聞いてきてくれたんやろうと、
ずっと思い巡らせながら接客して、
帰るまでに聞いてみたりとかして、
ああ、だからか、みたいな。
というぐらい、やっぱり人が少なかったかなと。
やっぱり、近所の人も、
僕が龍神村出身で、
白浜にほぼ知り合いが一人もいない状態で来たので、
いぶか死んでいるというか、
あいつは、
敵か味方かじゃないけども、
若い、いきなり店をやった、
みたいな感じに見えていたと思うので、
ちょっとちょっかいをかけてくる人もいたし、
仲良くなろうとして来てくれる人もいたりとか、
いろんな反応が、
白浜と言ってもちっちゃい町なんで、
いきなり、
特にあの当時、20代で、
37日ぐらいで店をする人がなかったので、
今から思えばね、
なんかちょっとこう、
警戒されていたような感じですかね、最初は。
だから最初はあまり誰とも仲良くもならず、
ちょっとこういい感じの距離感で、
最初の3年はやっていたかな。
で、やっぱり徐々に、
白浜の力学がわかってきて、
知事 白浜の力学。
知事 力学というかね、
どこにどういうお店があってとか、
例えばこう、斜め向かいの神津市さんというのは、
21:04
もう今は55年もっとかな、
地域一番店としてやられている、
そこの大将が声をかけてくれて、
命をかけてくれるようになったら、
神津市の大将が古くもとちょっと心安いそうやと、
言うようなことになってくると、
ちょっと安心感が出たのか、
他の人も、
それがあって仲良くしてくれて、
に来てくれ始めたなというふうなことがあったりとかね。
力学というほどのことではないけれども、
安心感がない人物だったのが、
いろんなそういう町の人たちと仲良く一人だったら、
その人の周りの人が微笑んでくれて、
みたいなことが。
なのでそこから一気に、
あいつは危険分子じゃないぞとなって、
3年ぐらい経ったくらいから、
急に人間関係が広がったような感じがしましたね。
やっぱりそのターニングポイントは神津市の大将をとって。
僕はその当時から、
1年に1回、1ヶ月休みを取ると決めてたんですよ。
大きくして。
それは子供の時とかに、
大人になったら夏休みがなくなるし、
休みがなくなってずっと働いてるなと。
それしんどくないかなって単純に思ってて。
子供の時は夏休みとか春休みとか冬休みとか
大人になったら働き詰めに働いてると。
そんなにお金儲けてどうするんやろうと。
どこも行けんやんと思ってたので。
それを思いながら大きくなってきたけど、
なるほどって答えがなくて。
自分でやる時がもしくれば、
休みはしっかり子供のような周期で、
子供の時の学校に行ってる時のような気分で、
せめて年に1回は1ヶ月は休むと。
その次は2週間くらいの休みも取るぞと。
ちょこちょこ連休も取るぞということは
決めてたので、
オープンして言うてる間にすぐに1ヶ月休み取って、
ハワイに行ったんですよ。
ハワイで遊んでたら、
高校の時の恩師から国際電話があって、
どうしたんだと。
やっぱりダメだったか。
24:00
最初分かんなくてね。
いきなりやったけど店を閉店した。
閉めて雲隠れしてるみたいな噂が流れたみたいで。
本当に違うんですと。
ちょっと休みを取ってます。
休みってどういうことなのって言うから。
1ヶ月休みを取ってますって言ったら
すごい怒られて。
怒られたというか心配されたよね。
そんな奴はおらんと。
この白浜で夏に定休日で休んでる人も
当時ほんまにいなかったと思うんで。
7月、8月とかね。
無休みたいな。
横行してたというか。
そういう時代だったんで。
柿入れ時ですもんね。
柿入れ時っていう考え方よね。
でもそういう考え方が
僕は商売人の子供ではないので。
そういうのがまずないのと。
そもそもインプット、アウトプットっていうね。
ちょっとこう今風に言うと。
感覚的にですけど
ずっとやり続けるというのは
自分には無理だっていうことが
はっきり分かってたので。
休んで自分も旅をしたりとか
別のものを食べたりとか
する時間が欲しいというのは
未だにだから続けてることとして
20何年前から始めて1ヶ月休むというのも
未だにずっと続けてますし。
続けてきて良かったと思うし
20年経って
結構今の時代ってね
休みを自由にみんなが取るような時代になったし
定休日は当然夏だろうが
どのお店も取ってるようになってるし
そこに関してはちょっと異端というかね
でもなんかすごい最初は
びっくりされたことの1つが
休み取りまくってるぞと
嫌味も結構言われて
結構なもんですねと
よう儲かってるんですねと
心の中でアホかと
お店やってて営業せんかったら
売り上げゼロやのに
儲かるもん何もない
ただね人生観というか
自分の人生時間に
自分の人生においての優先順位の1番目は
昔も今も時間っていうのが
いつ頃からか絶対順位としてあって
時間をどう過ごすかっていうことが
いつもあるので
休みは休みだし
休むことによって
いい営業
営業というかね
つくもにいる時間
僕がノリノリで
やる気充実して
充満してやるためにも
休みは必要やっていうのが
そういう考え方ですよね
でもそこはちょっと人と違うので
27:00
すごい1ヶ月休むってね
なんかあんまりなかったね
普通にやる
情報としてみんなが結構知ってくれてると思う
そこがまあちょっと普通の
一般的な飲食店とは
つくもが違うところだったと思いますね
別にその清寺ってやったとか
やむにやまれずやったとかってことじゃなく
ほんまにカジュアルに普通に
そういうことをやってたら
みんなが驚いたっていうだけのことなんですけどね
それで当時からやっていけてたんですね
やれましたね
やれてたというか
それが楽しみにもなるし
それが最初は自分の楽しみなんですけど
何年か3年とか5年とか
8年10年経ってくると
今年はどこに行ったっていう風に
お客さんの方が
僕の旅を楽しみにしてくれるようになってきましたね
どこに行くん?
行く前はね
帰ってきたら
またドッと来てくれて
どこ行ってきたん?
何語で喋るんとか
そこはどんな料理を食べてるんとか
という風に
お客さんの方が
僕らの休みを楽しみに
取り扱ってくれるように今もなってて
ちょっと話が飛んじゃったなと思うのが
先ほど甲寿司の対象の話をちょっとしてて
甲寿司さんの対象が興味を持ってくれたのは
実はそこで
最初は本当に休みを取ってて
ちょっとフラチというか
ふざけた野郎やなみたいな
多分若いやつやなっていうのは
多分そういうのも空気としては
僕はキャッチしてたんやけど
お構いなしで休んでたりとかするから
でもやってる時にはちゃんとやると
不規則なことを規則的にやるっていうことを
僕はやってたので
それを最初に甲寿司の対象が
どこ行ってきたの今度はと
一番の町の長老でありながら
帰ってきてシャッターを開けて
営業せずにゴソゴソやってる段階で
毎回聞いてきてくれるようになって
そこはどんなもん食べてるんだとか
魚は食べるんかとか
生で食べるんかとか
何語で喋るんだとか
とにかく
わしらもそんなところに行って
勉強さなあかんけどなとかって
評価というかね
僕がやってることを
良しとしてくれる
初めて
だから後にも先にも
年齢も一番年上の町の長老が
僕がやってることを
面白がってくれたっていうのは
すごい僕にとっても
ラッキーだったし嬉しかったし
そこから派生して
30:02
みんなが
これは面白がることなんやし
もしかしたら
大事なことなんかも分からんと
休むってこととか
旅することとかっていう風に
ちょっとした価値観が
変わっていくきっかけになったのは
その対象が面白がって
いつも来てくれ始めたことと
重なるというか
っていうことなんですかね
なるほど
つくもが
古久保さんが町に
馴染んでというか
お店もうまくいってきて
そこからどんな感じで
つくもは流行っていくんですか
つくもも
つくもっていう
これを聞いてくれてる人が
ずっと気になるのは
つくもってどこやねんとか
いう人たくさんいらっしゃる
もうちょっと待ってください
聞いてくださいねこれ
チャンネル切らんといてくださいね
もうちょっとしたら
興味出てきますからね
古久保って誰やねん
というとこやと思うんですけど
何者でもなくて
白浜でお店を19年目やってます
ということなんですけども
同じことを
同じ場所で同じ名前では
やってますけど
例えば
前からそのお店を見ても
バーつくもって書いてるんですよ
そうですね
バー
これに込めた気持ちを言うと
まずヨーロッパとか英語圏とか
ヨーロッパ圏とか
ヨーロッパ圏というのかな
バーの認識が違うのは
日本でもバーといったら
もうなんかね
ちょっと蝶ネクタイでもして
オールバックにして
おもしろいこと言っても
全然笑わん
ぐらいの感じを思い浮かべると思うんですけど
確かにそういう要素も
このお店にはあるよと
バーという要素
あれをイタリア読みすれば
バールになるわけですね
バールとは
ちょっと軽食をつまんだりとか
近所の人が来たり
わきあいあいと
コミュニティとしての
そういう場所
スペインにあれが行くと
バールになるとか
でもコミュニティには変わりがなくて
発音の違いで
いろんな要素がある
ということが
バーつくもには
僕の中で込めた
一つのメッセージで
決して難しいことを言う
にひるな
緊張感のあるお店をやろう
ということで
つくもというのを作ったんじゃなくて
そこが一つのコミュニティ
食べるも良し
飲むも良し
ということが
今後繰り広げられていくように
という思いで
33:00
最初あれをつけました
当初はどうだったかというと
食べ物がほとんどなくて
唯一の食べ物が
古久保三種盛り
これが飛ぶように売れるんですよ
なぜかと言ったら
それしかないから
それは何だったんですか
それは日々変わる
三種盛りなんですよ
でも
あてとして
こだわりがあって
牛タンを
一週間ほど
染みる液につけて
それをちょっと
干し肉のようにして
ソフトジャーキーのようなものを
作ったりとか
チーズも
チーズを
一から作ったんじゃないんですけど
美味しいお酒に合う
チーズの味に
チーズをブレンドして
それを
アイスクリームのように
冷やし固めて
ハチミツをかけて
食べるという
チーズ味のアイスじゃなくて
丸ままチーズなんですけど
チーズが冷たくて
ハチミツをかけて
食べて
それでワインを飲む
ウイスキーを飲むという
世にも不思議な
独創的な
いまだに同じようなものを
見たことがないけども
今はもう作ってないんですけど
そういうようなものを作ったりとか
とにかくその時に
僕が作りたいもの
燻製とか
っていうものを
作って
三種に盛って出すの
注文しようがないから
もうおかわりしたいとか
お腹空いてる人は
おかわりするしかないから
もうそればっかりでたと
いう感じです
でもそれは最初
そこで
2、3年してくるうちに
ちょっと要望を聞いて
メニューが増えていって
現在に至ると
福岡さん一人でやってたのって
何年くらいなんですかね
それは
つくも2004年の
つくもが正式にオープンする
以前の
2001年から
2004年までくらいの
3年3ヶ月くらいが
つくもの前身として
僕が一人でやってた時期があって
その時は
本当にもう一人仕事
でも一人といえど
一人仕事
するんですけど
知り合いが来たら
来た来たと思って
ちょっとこの子払ってくれるとか
これちょっと運んでくれるとか
言いながら
仲間をちょっと
36:01
引き込んでやるという
そういうスタイルなんです
じゃあ一番最初
一人やられてて
どこかで
奥さん入ったりとか
ある年末にね
2004年か
年末にちょっと
年末年始忙しいだろうなと思って
僕の奥さんと奥さんのおばさんに
ちょっとヘルプを言って
来てもらって
ちょっと2週間くらい
手伝ってっていう風に
気軽に声をかけて
ええでっていう感じで
来てもらって
そうですね
19年
ずっと引っ張ってると
もうお嫁にして
手伝い続けてもらって
プラスそこから
スタッフも増えたので
今はお店は
僕を入れてレギュラーメンバーが
4人
プラス
作業というか
オープンまでの作業をしてくれてる人が
プラス
1人とか2人とかで
忙しい日に
スケットで読んだら来てくれる人が
プラス
2人くらい
通常だったら4人でやって
4人だったら5人くらいでやって
ほんまに忙しい時は6人くらいになってやると
お店の大きさは15坪がいいんで
14坪くらい
そこに厨房とトイレとカウンターと
席があるので
きちきちに座れば30人くらいの
お店ですね
なので
狭いところで
結構今は忙しくしてるけど
当時は1人でもお手余してたので
3年
忙しい日はあれど
何か間違えて
人って間違えて入ってくる時あるから
入ってきてキョロキョロして
女の子のお店ちゃうやんと
大きい男がおるなって言って
でも頼まん訳にいかんし
頼んでくれて出てった感じは
すごい分かってて
間違えて入ってきてくれるのも
これもありがたいので
そんなことしながらやってたけども
今はね
間違えて入ってくる人も
だいぶいなくなって
多分ね
求めてというか
来てくれるお店になったけど
当初はやっぱりスナック街にあるので
お店が
スナックに来た人が
間違えてくる
ことで
たまにお客さんがいるぐらいの
そんな感じですかね
39:00
築雲の
何ですかね魅力というか
宮さんから見てどうですか
難しいです難しい
難しい
聞いてみたい
聞いてみたい
聞いてみたい
ちょっとここあれですね
僕ちょっとトイレ行ってくるんで
その間に喋ってもらっていいですか
ちょっと僕抜けるんで
本音でリスってくれてもいいんで
ちょっと抜けます
築雲の良さは何ですか
僕豆乳屋は
何回か来たことあるんですけど
築雲は行ったことなくて
はいはいはい
そうですね
ちょっと考えさせてもらいますね
はい
築雲の良さ
何でしょうね
ここちょっと
ゆっくり行かせてもらおう
そうですね
難しいカットできるから
築雲の良さ何ですかね
ここトイレ行ってくる間に
絶対言うとかな感じですね
僕ちょっと今日は準備が崩れたら
もうグダグダになってますね
いや大丈夫でしょう
ここからじゃあ僕
文字的な感じで
質問します
お願いします
いつ外から見ても結構人が入ってて
そうですね
ワイワイなっている感じがするんですけど
多分その
僕的にはですよ
はい
言葉に表せられへん空気感が
縁やと思うんですけどね
多分ムードやと思うんですけどね
ムードなんですか
やっぱり店主さんが
常にいてるっていうとこもありますし
はい
なんとも言えん空気感があるっていうのが
やっぱりいいと思うんですけどね
ちょっと行かないとですね
店行ったらでも分かりますけど
はい
その接客一つに対して
呪文の取り方
喋りかける間合いとか
はい
それ全てにおいて勉強になるんですけど
こうやっての
空気感だと思うんですけどね
なるほど
るこさんちょっといいこと言えんかったんで
ここカットでいきます
津久保のそのいい空気感は
どうやって作ってるんですか
いい空気感あるのかな
僕があると思ってるか
一つ心がけてたこと
はい
未だに心がけていることは
まず
旅行
観光地なので
はい
ご意見いただきます
どうぞ
僕は旅人だったので
旅人の心理は分かると
42:00
ちょっと待って
階段上がっただけでこんなに
つまりどういうことかというと
ツーリスト向けの施設とかには
はい
そんなに興味がやっぱり
旅をしてると
日常に触れたいというのが
やっぱあって
日常に触れるということは
やっぱり地元の人でワイワイしてる
お店を探していきたいし
うん
昔は地球のある着方ぐらいしか
なかったので
当然そのスマホもないし
はい
携帯を持って行って街を散策するわけじゃないので
とにかくそのインフォメーションに行って
街の地図をもらって
どこにどんな店があるよぐらいは
軽く丸付けてもらって
街を歩く
はい
その時にやっぱりその
人だかりしてるようなとこよりは
地元の人が集まってるようなとこ
今行くこと
だんだんそういう風になっていって
って言ってると
やっぱり地元の人が集まってるとこって
結構入りぬくくて
2種類あって
1個入ったときに
もうすいませんって言う感じ
僕も入れてくださいみたいな感じで
全員がカウンターで
ぎょろっとこっち向いて
新入り来たなみたいな
圧力がかかってくるような
お店と
Aね
Bはワイワイしてるし
旅行の人が来ても
おーなんか旅行の人?みたいな
おいでおいでみたいな
どっから来た?みたいな感じで
受け入れてくれる
同じ地元の人が集まってる店でも
2種類あって
そういうことが
初めて来た経験があったので
やっぱりその
地元の人が
集うのはいいんやけども
初めて来ましたみたいな人
常連とお母式
人たちが
全員でぎょろって
カランカランって
ドア開いて
瞬間に全員が見るみたいな
そういう店はやりたくないなと
だからそういう店にならない
さっき言ったら
Bのような
温かく迎えるではないんやけども
その人が
例えば喋りたかったら
喋れるような環境を作ってくれたり
っていう意味で
お店側も
常連のお客様というのは
地元の方との
関係づくりにおいて
変な
ちょっと生意気な言い方かもしれないけども
自分がその店で
大きい顔できる店なんやと
いうような
思い違いが
生まれにくいように
するというか
これ言葉でなかなか上手く言えないけども
お店やられてる方が
これを聞いれたら
45:01
みんなあると思うんですけど
お客さんに対して
きちんと接したいと
お客さんが何か言うことに対しては
速やかに答えたりとか
居心地がいいよ
ということは務めるんですけど
が結果
やっぱりその人が
お店の中で
立場逆転じゃないけど
お店の中で
イニシアチブを取り過ぎて
次来るお客さんが
その人が移宿したりとか
その人が
あるよね
そういうケースが
お店を
そういう空気が支配する
ことを避けたかったので
僕が
いいお客さんと
認識をするお客さんというのは
そういうことをしない人
例えば
混み合ってきた時に
僕らはいつでも来れるから
開けてあげるよとばかりに
チェックしてって言って
パッと席を作ってくれたりとか
した人とかが
やっぱり注意してみてると
そういう方は中にはいらっしゃるので
そういう人たちとの
関係を深めてきた
やっぱりそういう
そういう
お店の思い方というか
教えていただく方に
僕もちゃんと気づいて
言葉でお礼を言うとか
その人との
信頼関係を気づいてくることを
地道にやってきたことで
今、つくもに
例えば初めての方が入っても
アウェイ感というのは
ないと思うんですよね
一瞬どの人が
常連でよく来てくれてる人か
旅行の人なのかが
分からないぐらいの
店内の溶け込みを
週にほんまに
8回ぐらい来るぐらいの
常連の人もいるけども
でもその人は声が大きくて
明らかに常連って分かるような
ふりをする
そういう速報ではないし
旅行の方は旅行の方で
来やすく
当然観光地なので
入って来やすいし
しゃべったら
地元の人なんですか
しょっちゅう来てる人なんですか
分かんなかったです
みたいな感じになっているのは
僕は最初から
そういう風に
イメージがあったというか
自分が旅をしてた時に
心地よかった
お店のイメージを
そういう空気感というか
目に見えない
空気感というのは
日々の積み重ねで
できるものだということが
自分の中にはあったので
そういう風に
心がけてきたという感じですかね
48:03
もうちょっと具体的に
分かりやすく
例えばどうしたかということを
自分だけじゃないなと
聞いている人
今思っている人は
何人かおるなというのを
今察知したので
例えばですよ
観光地です
海水浴場の近くなので
2,3人
4人ぐらいの
可愛い女の子が
来ているとします
店はガラス張りなので
前を通りながら
お店に対する興味じゃなくて
もう明らかに
ナンパ目的で入ってくるような人も
そういうお客さんの中には
いらっしゃる
その時に
中を透けて見えるということは
僕のカウンターからも
外は見えていて
入ってきた瞬間に
女の子に声をかける気満々
見て分かるわけですよ
すると
席は当然空いていたとしても
ご予約いただいている方ですか
ご予約の方ですね
予約していない
実はこの後予約があって
席空いているところも
予約席なんですよと
本当に申し訳ないけど
今ちょっと座ってもらえない
そうなんとか言って
返すわけですよね
こういう
お店として売り上げとして考えた時には
当然入ってもらったら
お客さんが来てもらった方が
いいに決まっているんですけど
その後繰り広げられる
そういう構造をした時に
明らかに店内で声をかけたりとか
その女の子たちは
それを望むか望まないかは別として
それ以外のお客さんもいらっしゃるので
そういうやりとりを
店内で
見なくても聞こえてきたりとか
そういう
ちょっと不愉快とまではいかんけども
なんか心地の
良くない空間になることを
事前に
防ぐために
そういうことをすると
とかね
なるほど
もちろん怖そうな人もいますよね
そっちの人からみたいな
だったら同じように
したりとかね
なんとなく
誰か特定のお客さんがいらっしゃることで
他のお客さんが
我慢しなくちゃいけない空間を
いかに作らないか
っていうのを
入ってしまったら
ある程度
そのお客さんの
動向に沿わないといけない部分もあるので
はい
だから入る段階でまず
これはものすごい
生意気な言い方ですけど
セレクションしてるっていうのは
もう
これを結構
あそこ行ったらいつも断られるんやと
っていう人も
51:00
いるんですけど
そういう人もいらっしゃるかもしれないですね
入ってき方とかね
僕くわえ煙草をしながら
入ってくる人嫌いなんですよ
昔は店内で煙草吸えたので
それでも別に
いいっちゃいいんでしょうけど
だいたい人の家に行くのに
煙草を吸いながら
火をつけたまま
入ってくる人ってないと思うんですよね
だからそういうのも含まれて
なんか
そうですね
ちょっといっぱいなんですよ
みたいなことをすぐ言うっていう
はい
そこはもう
お店のお客さん
売り上げ
そういったことは
そこでは比較の対象にならないというか
店内の空気感を
とにかくいかに
心地よく保つか
っていうことが
一番
注意した
重力したとこ
未だにそういうとこはあるから
古川さんってもう
一プレイヤーでもあるんですけど
今も経営者っていう
もうたくさんスタッフを抱えてるじゃないですか
なんかこの
僕らより一つ上のペダの人って
もう現場に立たない人も
たくさん出てきていらっしゃって
老害やね
老害
老害
気づかんからね
その辺は僕
自身は
現場に立つことが
いいとまだ自分は思ってるんですね
自分が店に立つことが
いいと思ってるんですけど
その辺のことって
どう考えてらっしゃるのか
っていうのは
お聞きしたいと思うんですけど
はいはいはい
えーとね
もやくんってあるよね
もやくんを知ってる人
もやくんの印象を知ってる人が
54:47

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