00:19
大体2時間くらいですかね。
確かに。
いけるかな。
何が心配なの?
いやいや、僕は話が下手なんで。
その、たどたどしい感じを出せばいいんじゃないですか。
クールでいきましょうかね。
クールキャラね。
でも、普段お店立ってたお客さんと話しするじゃないですか。
それはまだ違うんですか?
そうですね。
その時は、でも聞こえづらい人もいるでしょうね。
声質的にね。
声質的に低いんで。
で、ドリンクもお待たせしましたみたいに呼ぶじゃないですか。
大体僕の声聞こえない。
聞こえない。通らない。
遠いですね。
確かにいますね。
なるほど。
声が低いんですよ。
今日高めの設定で。
高めで。
大きめでちょっととっといて。
ワントーン高めで。
最初のこの挨拶から行きます。
和歌山市のアウトドアショップキセンランドトレイルの白石です。
豆茶豆の石井聡です。
この番組は和歌山で活躍するゲストの方にインタビューしていく番組です。
キセンラジオ第46回です。
46回。
本日は和歌山市にあるバルダコーヒーで収録しています。
本日のゲストはバルダコーヒーマネージャーバリスタの三浦光さんです。
光くんとお呼びしていいですかね。
光くんの生まれから現在に至るまでのルーツや現在の活動のこと、これから計画していることについてお聞きしていきます。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ということでちょっと今日は上田さんが。
まさかのね。
まさかのちょっとご家族が体調不良ということで急遽。
大駄で。
いや残念です。
大駄でその分の倉庫に来ていただきました。
ついに昇格しました。
メインMC枠に昇格しました。
何聞かれるんだろう。
ということでまず何聞かれるんだろうと不安だと思うんですけど。
光くんから自己紹介をしていただけますか。
三浦光と申します。
年齢は32歳で今年36月で33になる年なんですけども。
3年前に和歌山に来まして。
バルダーコーヒーの立ち上げでマネージャー兼バリスタとしてやらせていただいてます。
マネージャーっていうのは最初からマネージャーで。
03:02
バルダーコーヒーっていうブランディングから全部僕がやらせていただいて。
名前からすべてメニュー構成だったり店の感じだったり。
すべて最初から会社にやらせていただいてるっていう感じですね。
なるほど。
バルダーコーヒーってどんなというか。
会社もそうなんですけど。
どういう例えばコンセプトとかそういうのも教えてもらってもいいですか。
確かに。
結構僕多分代表って思われてることも多いかもしれないんですけど。
一応会社が大阪の北浜にある会社で株式会社ボンドっていう会社なんですけども。
もともと母体は一緒に併設してるボアドギーっていう花屋さんが母体の会社で。
いろんな授業をやってるんですけど保育園の授業とかもやってたりするんですけど。
カフェ授業をやるということで。
もともと僕が大阪でバルスターしてたっていうのもあって。
今回立ち上げで呼んでいただいたっていう経緯にはなるんですけど。
もともとバルダーコーヒーを立ち上げる際に。
和歌山で花屋とカフェと。
あと3階にBスタジオっていう宿泊施設もやってるんですけど。
今日は今のBスタジオを使わせていただいて。
おしゃれ空間の宿泊施設ですね。
こういうちょっと非日常的なライフスタイルをご提案できるお店をやりたいということで。
この宿泊と花屋とカフェとをやっているっていう感じですね。
なるほど。
上田さんから見たこのイメージってパッと勘弁にあるんですけど。
今日ちょっといてないんで。
確かに。
そうくんから見たバルダーコーヒーってどんな感じですか。
いきなりそんな感じでいきますか。
軽く。
軽く言ったら。
甘口でお願いします。
和歌山にはなかったスタイルですよね。
かっこいいエスプレッソマシーンとイケメンバリスターと。
店の空間もそうやし。
ニューウェーブが来たなみたいなイメージでしたね。
なるほど。
コーヒーシーンはいろいろできてきた中でも今までなかったところがパンとできてきた。
結構倍戦倍戦に向いているタイミングでエスプレッソをメインにしたお店が新しくできたっていう。
そんな都会的なイメージのカフェとお花屋さんができたところなんですけど。
それを作ってきた光くん。
06:00
例えば。
生まれというか育ちについてまた聞いていきたいんですけれども。
和歌山に来たっていうふうにさっきおっしゃられたと思うんですけど。
生まれ育った場所はどちらですか。
生まれ育ったのは大阪の羽生野っていう。
羽生野市っていう街になるんですけども。
大阪でも南のほうですね。
堺とか富田林とかそっちのほうに位置してるんですけども。
そこで生まれて18年間そこで過ごして。
専門学校も行ってたんですけど。
専門学校1年の時に実家が奈良県に引っ越して。
奈良市のほうにも10年ぐらい住んでました。
そうですね。
なので生まれは大阪で和歌山は移住しにしてきたっていう感じになりますね。
家族構成とかはどんな感じですか。
家族はお母さんとお父さんはちょっと病気で高校生の時に亡くなっているんですよ。
なのでお母さんとお姉ちゃんと妹の女性家族で育っています。
男一人で。
そうですね。なかなか肩身が狭いかもしれない。
肩身が狭かった印象があるんですね。
小さい頃は。
でも高校生までいてたもんね。
そうですね。
全然思い出もあるし。
小学校どんな感じなんですか。
小学校の時は結構今とあんまり変わらないキャラというか浅く広くみたいな。
そんな感じなんや。
小学校の時から結構そんな感じだった。
それは人間関係的に?
そうですね。
言ったらインキャラとか言われる、インキャラというキャラがあるとしたら両方と仲良くできてましたし。
幅広く友達がいてたかなという印象ですね。
それは今も変わらずという感じなんですけど。
なるほど。
スポーツ的な。
そうですね。スポーツも。
小学校は高学年からサッカーを習い始めて中1もサッカーを始めたんですけど部活で。
友達と喧嘩して。
試合中に喧嘩した?
ムカつくな。めっちゃ上手い子やったんですよ。
しかもヒカル君より上手い。
昔から小っちゃい時からやってる子でめちゃくちゃ言われててムカついてやめたるわっつって。
試合中にやめたるわっつって。
やめてそっからバスケ部に入りました。
いけんねんそれは。
部室で会議が行われて。
どっち?バスケ部で?サッカー部で?
やめるってなった時に会議が開かれて。
09:00
ほんまにやめるんかみたいに。
ヒカル君は必要だったってこと?
そう思ってくれてたのかなとは思うんですけどそんなに多い人数でもなかったんで。
スタメン的にちょっと遠いよね。
中1からちゃんと試合も出てたんで。
主軸がブチ切れて。
やめるわっつって。
でも体動かすのは好きやったんですね。
すぐバスケ。僕らの時代というか割と部活って別に強制じゃなかったと思うので。
そうですね強制ではなかったんですけどバスケ部の友達に誘っていただいてちょっとやってみようかなということで。
ただそれがもう専門学校まで続いたんで。
バスケもいけたんやね。
バスケはいけましたね。
割と何でも器用にできる感じの浅く広く。
球技は結構得意でしたね何でも。
今もたまにやってないバスケ?
バスケはもうやってなくてフットサルを今毎月和歌山の飲食界隈とかで集まって毎月やってますテント虫パークで。
高校3年間もバスケして。
そうです専門2年間もキャプテンしてました。
専門学校の部活動ってどんな感じ?
サークルみたいな感じなんですかね。ほぼ遊びですけどしっかりバスケ部みたいな感じで部活として専門学をやってて。
結構きついトレーニングしたり?
そうですね普通に。
遊びクラブじゃなくて。
ちゃんとやってましたね試合も出に行ったり。
出れるんや。実業団みたいな。
そうです。
社会人チームで出るみたいな。
やってましたね。
専門学校。
スポーツ系ですね。
大阪のビジネスカレッジっていう。今もなくなったんやったかな。名前変わったんか。
いろんな学科があるんですけど。
僕はスポーツインストラクターの目指して学科に入ってて。
インストラクターってことはもう選手は若干諦めたみたいな。
選手はもともと全然。
無理。
分かってたんで。
遊び程度にバストやってて。
体を動かすのは好きやったんで。
そうやって体を動かす仕事に携わりたいなということで。
そこに入ったって感じですね。
インストラクターって教える系?
教える。
当時、今は全然流行ってないと思うんですけど。
エアロビックス?
踊るやつや。
踊りながら動かすみたいなのが。
それのインストラクターになろうとしたんだ。
それを習ってたんです。
マジで?
いろいろ学んでたんですけど。
それを資格を取るのをメインで。
考えてたってことかね。
学校に行ってました。
それ一本の学科?
一本というかメインの学科がある?
そうです。
スポーツ学科の中でもスポーツの販売の学科があったりとか。
12:02
ジムの中でやったりとかっていう。
ジムのトレーナーの中があったり。
スポーツビジネスの中があったり。
中で僕はインストラクターを選択して。
で、エアロビーって感じ?
エアロビーをなぜかやるつもりなかったんです。
なかったんや。
自分で志願したわけじゃないってこと?
そのインストラクターがエアロビーを学ぶやつやったんです。
僕はそこまで見てなかったんですけど。
インストラクターを選んだら自動的にエアロビーやったんですか?
そうですね。そこは必須っていう。
危なかったね。
エアロビーとか正直今はなくない?
当時教えて!先生は結構すごい女性なんですけど、すごい方で。
もうなんか年収全万みたいな。
有名のある。
今も多分いるとは思うんですけど、そういう方は。
そういうお仕事だったみたいですけどね。
専門学校が2年間。
2年間。
その時点でもう20歳。
卒業の年で20歳ですね。
就職になった時。
その時は奈良よね?
奈良です。18で奈良なんで、奈良から通ってました。
大阪からですか。
ちょっと戻るんですけど、
例えば、バルダーとかって前にイベントでDJが来てとかっていうのもやってたじゃないですか。
マーケット和歌山のイベントで。
そんな感じで結構音楽とかにも強いのかなとイメージあるんですけど、
そういうカルチャーとはどこで出会ったりとか。
例えば中学の時にどんな音楽聴いてたのかってあります?
中学の時は全然J-POPばっかりでした。
普通に。
決め石が好きでした。
で、高校とかもあれですね。
あんまり音楽に触れだしたのは社会人になってからですかね。
なんかちょっと昔チャラチャラしてたんで。
クラブとかよく行ってたんですよ。
同級生たちとかと。
その時に洋楽とかに出会ってから聴くようになったんですけど、
でも正直DJのイベントとかは僕あんまり知らなくて。
そこはニオ君とか主催者の方が呼んできてくれてるんで。
正直僕はあんまりそこに対してのカルチャーは歩んできてないかもしれないですね。
ちょこちょこでもライブ見に行ってない?
そうですね。
J-POP系が好きなんで。
最近で言うとクレバーは毎年行ってます。
確かにクレバーっぽいもんね。
フェイスフェイス的に。
色々聴いてっていう。
ジャンルはそこも広くですね。
色んなジャンル好きですし。
15:00
何でも聴きますね。
他に色々あると思う?好きなもんとかってありました?
好きなもんですか?
スポーツと音楽と以外なんか。
そうですね。今は。
いいでお願いします。
今は正直やってるって言えないんですけど、
サーフィンを25の年から始めたんですね。
それが今はもう1年半とか2年ぐらいできてない。
他サーファーですけども。
それをずっと和歌山来てからもちょいちょいやってたんで。
そこはリフレッシュできるところでもあるし。
好きなとこは海ですね。海は好きですね。
和歌山は割と近いですもんね。海。
そうなんですよ。今は家もめっちゃ近くて。
その裏の近くに住んでる。
言わんかったら言っちゃうと思うんですけど。
ピー入れましょうかね。
ピー入れといてもらって。歩いて動きますね。
いいですね。なるほど。
20歳か。
じゃあもう結構トントントンと今専門学校まで聞いちゃっても。
確かに確かに。
ちょっと超えてきましたね。
あれなんですけど。
でも専門学校は体育会計というかインストラクター目指してたわけじゃないですか。
今のこの仕事となかなか。
全然違う。
がっつり違う。
がっつり違いますよね。
そんなもんですよ。
学んだことは一つも活かせてないです。
活かせてない。
どんな感じで。
エアロビーイベントしたらいいですか。
ここ広いし無理やな。
無理。
無理ですね。覚えてないですけど。
覚えてない。
どんな感じで。
今に至るってことですか。
そうですね。仕事というか。
就職まず専門学校出て。
そうですね。
インストラクターはやらなかったんですか。
やらなかったんですよ。結局。
全然違うジャンルの仕事に。
そうなんですよ。もともと専門学校の時に
バイトでアパレルで働いてたんですね。
これ大手の言っていいんですか。名前とか別に。
別に大丈夫と思うんですけど。
専門学校の時にユニクロと
ユニクロ辞めた後は紫スポーツで
ずっとバイトしてたんですね。
そこで販売員とかの楽しさを知って
アパレルしたいなってなっちゃったんですね。
インストラクター学びながら。
これじゃないとエアロビじゃない。
正直エアロビはちょっとあんまり楽しいと思わなかったんですよ。
学びながらも。
アパレルでバイトしてて。
就活のタイミングで
18:00
一回アパレルって言ってもスポーツ系で
ちょっとたまたま募集してたとこがあったんで。
アシックス?
めちゃめちゃスポーツですね。アウトドア系。
ノースフェイスですね。
すごいめっちゃいいとこ。
ゴールドウィンって会社なんですけど。
ただもともとノースには興味なくて。
バスケもやってたんでチャンピオン。
その当時ゴールドウィンチャンピオンも。
一緒やったんだね。
チャンピオンで働きたいなと。
アシックスじゃなくて。
アシックスじゃなかったですね。
ワシはアシックス一緒やった。
よかった。
つながった。
ギリギリ制覇。
アシックスめっちゃいいですよ。
日本人にはワシ。
ノースフェイス、違う。
チャンピオン志望でゴールドウィンに面接行って
1社目だったんですけど就活初めて。
受かっちゃって。
何が良かったんですかそれは。
顔?
顔は分かんないですけど。
たまたま3回面接あったんですけど。
1回目の人が高校一緒やったんですよ。
熱いね。
多分僕内容はめちゃくちゃやったんですけど。
エアロビア人。
エアロビア人。
高校一緒っていうので後々聞いたらそういうのがあって。
もう決まってたみたいな。
通したみたいな。
っていう奇跡があっての2社目もうまくいって。
3社目はもう多分ほぼ決まってるんでそこまで行くと。
そういうことね。1社目がゴールドウィンでってことですね。
面接が3回あるっていう。
人の社ですね。
2人目3人目もうまくクリアして。
すごいな3人別日で3人。
そんな面接あるんや。
ランクが上がっていくんですけど。
最後部長とかになっていく。
役職がどんどん上がっていくと。
そんな面接僕受けたことない。
僕も初めて面接で面接とかめっちゃ苦手なんですけど。
そんな奇跡もあって。
専門学校10人ぐらい受けたんですけど。
僕だけ受かったので。
すごい。
そうなんですよ。
チャンピオン志望でしたけど。
当時ノースフェイスがどんどん拡大していってるとこだったんで。
ノースに配属になって。
そこでも嫌やとなられた。
めっちゃ嫌やったんですけど。
何の興味もなかったんですけど。
興味なかったけど。
興味入ってみたらめちゃくちゃ楽しかった。
良かったと思ってるんですけど。
そこはどんな仕事をするんですか?
基本は販売ですね。
店頭で販売員。
京都に配属されたんですよ。
京都の河原町ですね。
激アツスポットじゃないですか。
21:01
京都では激アツ。
でも当時はコーヒー知らなかったんで。
なるほど。
今となってはいろんな行きたいところがいっぱいあるんですけど。
なるほど。
京都の藤井大丸という百貨店に
ノースに4年間働いてましたね。
その時は一旦京都に住んで。
いや、通ってました。
奈良から通ってた。
片道2時間弱。
マジで。
それはでも京都に行く感じではなかったってこと?
奈良の実家にいてるほうが。
男の人が渡ったほうがいいみたいな。
一人暮らしという選択肢はなぜかなかったですね。
その当時は。
全然通えてたんで。
3年?
4年通ってました。
毎日2時間?
往復4時間。
すごい。
だいぶ時間無駄にしてました。
別に空手じゃなかったですね。
24までノースペースで。
そうですね。
それも4年間ずっとこう、
富士大丸から変わることなく。
変わることなく。
変わることなく。
その時期とかさ、
京都のど真ん中に行ってたらめっちゃ楽しいんじゃない?
めっちゃ楽しかったです。
20代前半。
結構楽しくて。
何が一番楽しかった?
京都、
当時の店長が、
当時35歳くらいの方だったんですけど、
夜遊びが好きな方で、
それによく釣れられて、
夜の遊びも覚えたり。
あとはやっぱりノースなんで、
めっちゃ山登ってました。
それは上野の試験とか?
プライベートでもめっちゃ行ってましたし、
新卒で入ったら、
絶対に富士山登らされる。
マジで?
富士山研修とか絶対。
全部ノースで行く?
全身ノース。
支給されるの?
買わされます。
買わされるって言っていい?
買います。
もちろんシャワーで。
元がいい値段で。
最初は遺体出費ですけど、
全身揃えて。
ユニフォーム的にいるもんね。
揃えたらそれをまた使って、
登山行くっていう。
今後使えるんで。
ノースってやっぱり質がいいんで、長持ちしますし。
今も持ってるんですか?
ほぼ全部売りました。
売りました。
それがよかった。
リセールがいいというのも、
ランドの力ですね。
そうですね。
登山と夜遊び、
4年間。
そうですね。
当時はやっぱりほぼ年上だったんで、
みなさん関わる人が。
24:01
いろんなことも
させてもらいましたし、
京都で遊びを
覚えたって感じですかね。
何が印象に残ってる?京都。
とりあえず
いいところっていうイメージ。
京都の祇園祭りとかも、
富士大丸一歩出たら
お祭りやってるんですよ。
歩行者天国で。
そんなのもすごい楽しかったですし、
僕自身神社とか
お寺が
好きなんで、
もう京都は歩いて
いろんなとこ回れるんで、
それもすごいよかったですね。
メンタル的に。
そうですね。
すごいな、でもそれ。
神社巡るのと山登りと
夜遊び。
三角形が描けそうな。
どうなっていくんだみたいな。
でも電車
2時間。
片道?
片道2時間ですね。
確かに夜遊び
してたら帰れやんくない?
帰らない日も
多かったですよ。
朝帰り。
若かったんで。
起きたらお姉さんとみたいな?
なかった。
実力が。
実力不足して。
そんな遊びも分からなかったんで。
夜遊びって
飲みに行く?
飲みに行くとかまあまあ。
売れやんといてって。
ブランディングがある。
楽しい
4年間だったわけじゃないですか。
そこからまた
4年っていうことはまた変わっていくわけじゃないですか。
そうですね。
転職っていうのもやっぱり
同じ場所で
4年間いたんで正直ちょっと
飽きてきたのは
あったんですけど
経験としていろんな
経験をさせてもらったんですけど
なんか場所に飽きてたっていうのもあって
当時の
店長も
必要としてくれてたのやとは思うんですけど
移動の話
僕埼玉に移動の話も
言ったんですけど
店長が勝手にもう断ってて
キープされた。
僕としては多分行きたかったんですけど
経験として
止められてたっていうのもあって
なんかそれもちょっと
勝手にっていうのもあって
相談してよっていう
ちょっと嫌やったなっていうのもあるんですけど
飽きが来てて
飽きてるタイミングで
その話もあったって感じやったんや
そうですね
ちょっともう一回やめてみようかな
次も決めずに
だいたい4年ぐらいで嫌になるもんね
向こうもそれを察知して
移動の話を出してきたけど
みたいな感じですか
でちょっともう
やめますと
4年でやめて
って感じですね
1年間
ちょっとフラットというか
知り合い
27:00
地元の同級生が
焼肉屋をオープンした
っていうのもあってそこで
アルバイトさせてもらったりとか
ヒカル君的に地元っていうのは
どっちがメインになる
省きのですね
専門的に行ってるんで
ある程度大人になってからやし
友達もほぼいないですし
アルバイトのところの
知り合い先輩とか後輩
ぐらいなんで
基本地元の友達はもう大阪だけ
羽生きのだけ
でそう羽生きので
オープンしたんでそこ手伝いに
1年間行ってる間に
その子には
社員になってくれって
言われて
でまあ
どうしようかなって並んでたんですけど
1回肉切ってみようか
みたいな
一品の方を作ってたんです
調理をしてた
肉切りやってみようみたいな
やってみたんですけど
めちゃくちゃ重なくて
それは出来やんかったってこと?
出来やんの面白いのあるんですけど
全然楽しくなかったんですよ
肉切ってて
ちょっと理解しがたいし
楽しさを知る前に
思っちゃったんであれなんですけど
面白くないなぁと思って
考えてたら
バリスタっていう仕事が
浮上してきた
じゃあ焼肉屋で働きながら
コーヒー飲みに行ったりしてたってこと?
そうですね
どれぐらいからそれは
意識したっていうか
正直でも飲みに行ったというよりは
雑誌とか?
インスタグラムで
当時
ノースの時に
近くのショップで働いてた
お知り合いが
僕が働いた
サタデーズっていうお店で
店長してたんですよ
大阪店
サタデーズの大阪店の
その人も転職で
京都のお店辞めて
なるほど
サタデーズの店長に移ってたんです
それをインスタで見てて
それでサタデーズを知って
めっちゃかっこいい
バリスタやばい
サタデーズ行った時
それは言いかけた
お店がかっこいい方からの
僕の入りは
かっこいいから入りです
コーヒーが好きというよりは
バリスタがかっこいいっていうか
お店がかっこよかったみたいな
あのお店で働いてる人が
かっこいい
それがバリスタやった
2階でアパレルやってるんですけど
アパレルはもうやりたくない
ノースでゴリラ
ノースで僕は才能ないことが分かった
売れないんですよ
なんでやるとしたらバリスタ
っていう感じですね
入りは
新しいこともやってみたかった
バリスタ
いきなりバリスタに
30:02
募集というか
応募していく
っていう感じなんですか
DMしてすぐに
インスタから
はい
今募集してますか
バリスタやったら
一人募集してるよ
でも言ったら別にバリスタではないやん
経験が
サタデーズで働きたい
っていう風に思って連絡したんですけど
経験ではないんですけど
未経験でも
いいよということで
一回面接来たらっていう風に
言ってくれて
向こうもそれは
ヒカル君のこと認識してるってことよね
そうですね
そんな深い関わりじゃなかったんですけど
ノースの子やなみたいな
認識はしてくれてて
すぐに受け入れてくれた
っていう感じですね
なるほど
すぐ合格
そこも
結構当時サタデーズ
すごい人気やったので
結構何十人も来てたみたい
しかも一名
そうですね
奇跡の
やっぱり顔が
顔がいいから
顔なんすかね
それはないと思うんですけど
ユキちゃんとか元気が良かったみたいな
言われたら
僕元気じゃないですもんね
元気じゃないことはないかもしれないけど
でもノースも面接で行けたし
サンデーズも
ごめんなさい
これひどい
サタデーズですね
土曜日
土曜日ですね
確かに
サタデーズも面接で
一人だけ受かるってことは
何かしら持ってる感じ
ヒカルと僕が
名前もヒカル
自分で笑ってもらって
やっぱり上田さんがいないとダメです
笑
いっぱい切らなきゃ
一回ぐらい言うと簡単になる
バリスタ始めてから
それは肉切ると違って
面白かったっていうことですか
めっちゃ面白かったですね
面白かったというよりは
なんていうんだろうな
バリスタとしても面白かったし
やっぱりコーヒーサンドっていう
お客様との距離感というか
サタデーズも
バルダーもそうですけど
よりお客様との距離が近い
カウンターも近い
お客様と喋る機会が
すごく多かったんですけど
僕もともと喋るとかは
すごい好きなんですよ
アパレル自体も
喋るのが好きすぎて
喋って売れなくて帰っていく
喋りに来てるお客さん
33:01
今も結構バルダー
そんな感じやもんね
アパレルはそれに商品を
売りつけないといけない
売りつけないといけないんですけど
それができなかったんですけど
コーヒーって買いに来てるじゃないですか
絶対一杯は頼むよね
絶対買いに来てるので
それがすごいよかったですね
会話を返して商品を
上乗せさせるんじゃなくて
買いに来てるからそれプラス会話
っていうのがよかった
それがすごい僕には合ってて
そこでも楽しい
って思いましたね
バリスタが楽しいというよりは
そっちが結構僕は
最初印象はありますね
外で結構男の人の割合の方が
高かった
そうですねほぼほぼメンズですね
8割メンズ
当時僕入った時は
男3の
女性1位でした
男の人で
かっこいいお店やなって思って
めっちゃかっこいい人ばっかりでしたね
やっぱり買うかもしれないですね
買おうかな
これが
サタデーズ
危ない
サタデーズ
何年ぐらい
サタデーズ4年半ぐらい
いたんですかね
最後の1年ぐらいは
一応
店長として
昇格したんや
3人で回してたんですけど
先輩2人が
急に一気に辞めたんですよ
同じタイミングで
なるほど
正直僕も
それが3年目とかやったんで
つられて
どうしようかなって思ってた時やったんですけど
2人辞めるってなったんで
残るしかないじゃないですか
例えば3年目どうしようかなっていうのは
もう独立
それかもう業種替え
もう業種替えでしたね
危なかったね
それちなみに何を狙ってた
そこで専門学校の
エアロビー
エアロビーはやらない
専門学校それじゃない
専門はそれなんですけど
学んでたインストラクターというか
スポーツのことを活かせる仕事に
1回就こうかな
って思ってるタイミングで
当時
お客さんでピラティスのスタジオを
経営してる方が
ピラティスって何なの
ヨガみたいな
マットで
なんていうの
筋トレじゃないですけど
マットの上で体を動かす感じ
トレーニングする
マシンもあるんですけど
マシンピラティスもあるんですけど
それを経営してる
方が
すごい仲良くさせてもらってて
サーフィンも一緒に行ったり
その方に誘ってもらったんです
うちで
36:00
働いてみたら
でそっちにちょっと
行こうかな
とか考えてるところだったんですけど
先越されちゃった
でもね
Saturdaysで店長するっていう経験は
かなり
いい経験になると思ったんで
Saturdaysにヒカル君が入った時点から
石谷さんも
行ってた? 行ってました
スタートから行ってたって感じ?
ずっと監修してる方やったんで
オープンからやってますね
Saturdaysの
今ちょっとお話に出た
石谷さんについてちょっとまた
教えてもらってもいいですか?
石谷隆之さんといって
Saturdaysとか
結構いろんな
カフェ業界の
ディレクションだったり
トレーニングを行ってる人で
SCAJと言われる
コーヒーの大会があるんですけど
それに2度
3度かな
17年、19年と
去年か
優勝された
方なんですね
コーヒー業界ではかなり有名な
方なんですけど
その方はバリスタの
バリスタの
トップですね
日本でいうトップチーム
トップで言われてる方で
その人が
Saturdaysを監修してたんですよ
コーヒー部門を
なので
当時その方にいろいろ
学ぶ機会が
ありまして
かなり貴重な
経験ですねそれは
どんなことを教わるんですか?
基本的には
抽出コーヒーの
ドリップコーヒーとか
エスプレッソの抽出の仕方
だったり味の取り方とか
ですね
その方に
一番学んで
良かったのはやっぱり
書作ですね
コーヒーのサービス、接客のサービスとか
書作ですね
を学んだことが僕の中では
すごい衝撃というか
こんなかっこいい人いるんだ
みたいな
それを聞いて
ヒカル君的にどう
気ぃつけてるっていうか
書作、ヒカル君の書作はどんな感じ?
だから常にやっぱり
見られてる職業なので
見出し並みも
そうですけど
動き方ですよねコーヒーの入れる
動き方にしても
スマートな
音の立て方だったり
例えば
コーヒー提供する時に
ドンって置く
置き方より
スッと綺麗に置いた方が
同じ味でも
美味しく感じる
そういうところを
味とか
見た目も
もちろん重要なんですけど
そこで
味も変わるっていうのは
39:02
その方から
学んだことですかね
雰囲気作りというか
美味しく飲める環境をいかに作るか
そうですね
そこはすごい
学んで良かったな
今でもだいぶ
活かせてるところ
それはバルタスタッフに伝えられてる?
痛いとこ疲れた
もちろん
伝えてるつもりなんですけど
なかなか
それぞれありますので
全員が
自分の読みできてるかって言われたら
まだまだだなと思うんですけど
はいはいはい
これ改めて聞いてもらって
意識してもらう
そこまでやっぱり
うちのスタッフだけじゃなく
そこまでできてる方っていうのは
なかなかいないかなと思ってる
そこまで意識できると
やっぱり
すごい僕は
お客様も気持ちよく
最初から最後まで
気持ちよく帰ってもらうっていうのが
一番の
大事なところだと
気にかけてるところですね
なるほど
めちゃくちゃ羨ましいもんね
石谷さんとか
遠くからしか見たことないけど
YouTubeが遠くからしか
見たことないみたいな
めっちゃ緊張しますよ
でも光くんが
サタデーズに入った時って
サタデーズはどれくらい
何年くらい
大阪店で
3年とか
そっから入って
ある程度形はできてて
サタデーズって
どんなお店なの
元々は
そこもすごい大手の
ジュングループっていう
アパレルとか
いろんなアパレルメインで
やってる会社なんですけど
元々サタデーズ自体はニューヨークの
ブランドですけど
サーフカルチャーの
ブランドで
ジュングループが日本に
持ってきたっていう感じです
東京の
大歓山が1店舗目
になってて
神戸店
大阪店ができて
名古屋にもありますね
っていう感じで全国展開
してるブランドなんですけど
アパレルが
メインですどっちかというと
サタデーズは
結構コーヒーが
入り口というか
人が多く来るのは
コーヒーカフェの方で
カフェのイメージもすごい強いんですけど
元々アパレルの
ブランドですね
2階へ上がったことないもんね
そうなんですよ
カフェで留まる人が多いんで
だから
今はもうリニューアル
僕辞めてから1年2年後ぐらいかな
リニューアルして
今結構
42:02
席数もちょっとスタバっぽい感じの
雰囲気
ライトに入れる
環境になってて
めちゃくちゃすごいみたい
流行りまくってるらしい
噂によると
サタデーズ
それが3年ぐらい
4年半ぐらいですかね
5年半ぐらい
最終1年はバイトで入って
ヘッドブルーアーまで
ごめんなさい
また調子が悪い
ヘッドバリスタ
もう一回やらせてください
ヘッドバリスタまで
先輩2人が辞めたっていうのも
あるんですけど
行って
その後
辞めにくくないですか
そうですね
でも
2人が辞めて
その後後輩が
3人入ってきたんです
その時僕も
トレーニングとかできる
レベルになってたので
しっかり後輩たちを
トレーニングして1人前になったので
1年で
任せれるぐらいになった
1人ずっと経験してる子も
入ってきてたので
その子に任して
すっと辞めました
止められることになった
結構
ややこしいというか
ヘッドハンディングやん次は
そうですね
いよいよ今のに近づいてきて
ワルダーコーヒーの
店長
兼ヘッドバリスタに
ヘッドハンディングされるって感じ
そうですね
そうです当時
サタデイズで
今一緒に働いてる
花屋の
リュウジ君が
サタデイズに急に来て
そっちからやったんや
彼が元々今の
株式会社ボンドでずっと
金額してて
花屋で入ってて
今和歌山の事業
やるってなった時に
カフェも併設すると
社長から言われて
最初リュウジが
どっちもやれって言われてたらしい
そうなんや
それは無理って
一人だけ誘いたい子がいると
リュウジ君からの推薦やったんや
そうです急にサタデイズに来て
急にっていうか
面識はあった?
リュウジとは専門学校の同級生
なるほど
エアロビ?
エアロビじゃなくて彼は
エアロビが強く残りすぎてて
真っ当な
フラワー学科
本当にその当時から
葉と花を学んだ
リュウジ君の話はあれやけど
そうですね
リュウジが
声をかけてくれて
45:01
でもちょこちょこで
専門学校終わってからも交流はあったんや
そうですね
京都にも
遊びに来てくれましたし
大阪サタデイズで
働きだしてからは
彼は北浜にいて
よく来てくれてたんです
プライベートも
一緒に飲みに行ったりもしてましたし
交流はずっとあったって感じ
トントン拍子っていうか
それでも
営業中にいきなり来たってことやね
そうです
他にもいてるわけやん
同僚たちが
そうですね
タイミングを見計らって
話があると
でご飯行って
別でね
こういう話があるっていうのをチラッとは聞いて
ちょっとまた会いに行こうかっていう
言ってもらって
僕も
その1年間もずっと悩んでたわけです
誘われてるのもあるし
どっちかと言えば
バリスタかピラティス
ピラティスが増えてきてた
全然考えてないと
すごい話が来て
しかもまた新境地和歌山で
めっちゃ悩んだんですよ
初めて
占いとか行きました
他人任せになった
後押ししてもらわないと
確かに分からんもんね
しかもいきなり
ヘッドバリスタやったと言わゆえ
オープニングで店長って感じ
占いは後押ししてくれた?
めちゃくちゃ後押しになりました
行ったほうがいいってなったんや
絶対コーヒーやつ
それコーヒーってところに出る?
出ましたね
信じるか信じないかあれなんですけど
はいはいはい
前世が
それはやばい
お茶の先生
ラスですね
分かんないですよ
成功してるから信じよう
そういうのもあって
コーヒーだと絶対
体動かせよりも
コーヒーの飲み物のほうが
もちろん多分
ピラティスしても成功というか
いけるけど
成功すると思うけど
コーヒーのほうがより
独立したほうがいいって言われました
絶対独立したほうがいい
言われたんですけど
そこはまだ僕自身は
無理だなと思ってたんで
コーヒーのほうに
行くって決めましたね
そこで
結構すぐ決断できた?
そうですね
もともとでも最初に
社長とご飯行ったんですよ
リュウジと3人で
ボンドの
今の会社の
社長とリュウジとご飯行って
社長とお話しさせてもらって
もうこの人に
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ついていきたいなってなったんですね
最後の後押しで
占いが来て
じゃあこっちやなってなって
決めましたね
決断する理由的に言ったら
和歌山が同行っていうよりかは
社長の人柄にやられた
それはでかいです
社長の人柄とリュウジとも
接点があって仲いいし
一緒にできるっていうのも
すごい面白いなと思ったので
大丈夫一緒の店なんて喧嘩してない?
ってよく言われるんですけど
やっぱり業種が違うんで
喧嘩はないですね
全く
メインが違うもんね
そうなんですよ
そこからいよいよ
和歌山計画が
始まるんですね
ヘッドハンティングの話が
来たのは
それが