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episode.79 hoho かぁこさん 前編
2026-04-08 51:59

episode.79 hoho かぁこさん 前編

spotify apple_podcasts

今週のkisen radioのゲストはhohoのかぁこさんです。

MUYAの撫養さんと一緒にインタビューさせていただきました。


今週は前編です。

どうぞお聴きください💁‍♂️


番組のオープニングとエンディングの楽曲はお寿司のともみさん @osushinotomomi のアワーヤングです。


楽曲が気になった方はお寿司のともみさんの通販サイト、Spotifyをチェックしてみてください。

本町文化堂ではお寿司のともみさんのCDも購入できます。


kisen radioはApple Podcast/Spotify/Anchorなど各種音声配信サービスから聴くことができます。


「kisen radio」で検索よろしくお願いします📲

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感想

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00:23
なんか、終わっても、ちょっとのま、
あ、もう興奮で、寝れないみたいな。
違う違う違う。
なんか、無事に、ちゃんと終われたか、みたいな。
何事もなく、ちょっと迷惑かけあんと、終わったかとか、思うかな。
寝るまで。
あ、そうなんや。
これどうぞ。
ありがとうございます。
ちょっとやで。
でもまあ、その、夜は、カネがね、いい感じってことですね。夜も。
夜、いい、感触はいい。
あ、そうなんや。
なんか、何やろな。
ここだけポッと明かりが灯ってる感じとか、いいなあと思うし、
まあちょっと待ってもらうのは寒いなあと思うけど、
まあでも普段と違う顔ぶれ、着てくれたり、
嬉しいかな。
なんか、近所の人らと、なんかそうやってるんすか、今。
チーム三浜?
うん、チーム三浜。
勝手に作って寝げる。
ちょっと離れてるみたいな。
いや、近い。
1キロずつぐらい?
1キロもない。
1キロぐらい?
まあ車で走ったら近いけど、1キロぐらいあるんかな。
もうちょうどこの通りを松林に沿って行ったら、
もうその道なりに、きっさ、みはる、このぼの、で、
セレクト、バイタネって、もう続いてあるから。
あ、そうなんや。3つ並んでるんや。
近辺にね。
そうそうそうそう。並んで。
だから、みんなぜひはしごしてくださいって。
大体その私のスケジュールを、前の月に、
大体こんな感じで行くよみたいなグループライン入れて、
ほなら、ある程度会わせてくれたりしたり、夜営業とか。
そうなんや。
年齢も近いってこと?
結構近いかな。
わかってます。
じゃあみんな40代。
と思う。
ごめん、言ってなかった。ごめん。
まあでもその辺のね。
そうそうそうそう。
せーの。
女子?全員。
女子、女子。
もも、音バッチリでございます。
え?
音バッチリです。
音バッチリ。
じゃあ、台本読んじゃいますかね。
お願いします。
はい、では行きます。
有田市のコーヒーショップ、ARCの上田です。
この番組は、和歌山で活躍するゲストの方にインタビューしていく番組です。
キセンラジオ第78回です。
本日は、ごぼうし三浜町にある、ほほで収録しています。
本日のゲストは、ほほの川子さんこと坂上和さんです。
03:04
今回は、むやのむやさんにも収録に参加してもらっています。
川子さんの生まれから現在に至るまでのルーツや、ほほのこと、これから計画していることについてお聞きしていきます。
川子さん、むやさん、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
むやさんの気になる人ということで、川子さんの登場なんですけども。
気になってる?
うん、なってますよ。
すいません、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
まずは、川子さんとむやさんから自己紹介してもらってもいいですか?
はい、僕先に行きますね。
和歌山県白浜町で、喫茶と宿泊と服の販売をしています。むやと申します。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
私は去年の8月からベーグルを売り始めました。
ごぼうしじゃなくて、日高郡三浜町なんです。
ごぼうではない?
ごぼう、まあ、位置的にはそうなんですけどね。すいません、細かいこと。
ほほというベーグルのお店をしています。酒神といいます。
皆さんには川子と呼ばれることが多いです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ほほは、ベーグルとスコーンとスープ、お惣菜など、おいしいものをいろいろ売ってるお店なんですけども、超大人気店ということで。
いやいやいや、もう本当に、みんな来てくれるおかげで成り立っております。
何よそれ、ちゃんと真面目に言ってんねん。
聞いてますよ。
この収録、珍しい3人体制となってるわけなんですけども、このそれぞれの関係性といいますか、川子さんとむやさんと、僕と川子さんの出会いから現在に至るまでを軽く説明させてもらえたらと思うんですけど。
知りたい。
聞いてる人はね、前提を。
知ってもらえたら。
そうですね、私は何年ぐらい前やろ、10年ぐらい前から知ってるのは知ってて、ある人を間接的に通じて、会ったら名前を言ってはいけないあの人みたいな感じで、知ってて。
会ったら挨拶するし、みたいなぐらいの感じやって、自分がベーグルを始める店をするってなった時に、もちろんその店の名前を考えなあかん。
そうなった時にロゴとかそういうことって色に違うん?みたいな。
まあでも私はその時当時慌ててはなかったんだけども、あっちゃんが、すみませんARCもあっちゃんっていつも呼んでるんであっちゃんって呼ばせてください。
あっちゃんが、どうせ作るんだったらちゃんと作ったらいいんじゃないって言ってくれて、思い浮かんだのがむやさんだったんです。
06:06
奥さんのなおこちゃんがデザイナーさんっていうことなんで、もうそこはもうお任せしたっていう。
そこで作ってもらって、そこで別にそんなめちゃくちゃ仲良くなるとかそんなのでもなく、ずっと来てたんだけど。
2年くらい前ですか?もっと前?3年くらい?
3年は経ってる。
3年くらい前から。
作ってもらってそのまま活動してて、店するってなるタイミングでちょっと相談させてもらうことが多くなって、そこから結構会う回数も増えたし。
じゃあ脳みつになったのはここ1年くらい?
そう、直接話しするとかってさせてもらうようになったのはほんと1年くらいかな。
ここ2年連続でARCとほほはむやさんのところでポップアップさせてもらったりとか。
うちのロゴもむやのなおこさんに作っていただいたりとか。
すいません、ありがとうございます。
すいませんって何?
かわいいロゴを作ってもらって大人気、みんないいって言ってくれてるからよかったなって思って。
僕と河子さんは?
私はほほを語る上ではARCなしで語れないっていう感じで。
もう話せば1日で済まない。
すいません、僕はあんまり知らないので1分でお願いします。
曲がりをさせてもらうことが始まりで、そこ行くまでも結構いろいろあったんやけども。
それで仲良くさせてもらって、最初はベーグル同行っていう話やってんけども。
やっぱり子供が年近いっていう、お互いの子供が年近いっていうのもあって、すごく仲良くさせてもらって。
今ではもう身内より身内みたいな、そんな感じになってます。
まあそういうことですね。
それで近すぎるからやりづらいということで、僕間に入ってるって感じですよね。
ちょっと恥ずかしい。
そういうことですよね。
私は別に恥ずかしないけど。
じゃあその辺の補佐をさせていただきます今日は。
すいません。
僕から見るとかわこさんはお客さんである日来てくれて。
覚えてた?
そう。
なんかね、有田市にコーヒースタンドができたっていうのを何か記事に載ってたんかな?
で、知ってるのは知ってて。
で、そこでなんか、普通にカフェしに行ったのが1回目。
09:07
お子さんたちと来てくれたような。
で、その当時、幼稚園が子供一緒やって、その時に育幼会長みたいなのされてて。
で、誰が?
あっちゃんが。
あっちゃんが?
あっちゃんが。
で、私は知ってたんですよ。知ってたんよ。
で、その、私そんなの好きやから。こっち知ってるけど、向こう知らんやろみたいなの好きやから。
で、そんな感じで知ってるから、ちょっと行きやすくなっていったって感じ。1回目は。
で、そう、じんこちゃんのコーヒー飲んで、おいしいわ、近くにこんなとこできて、ボルダリングもあるし、みたいな。
それが1回目やったんかな。
で、その後、どんだけちょっと時間空いたかは忘れたけども、その当時ちょっと作るのハマってたベーグルを持ってったんよ。
持ってきてもらいました。
そうなんよ。
それはね、今思えばなんであんなことしたんやろっていう行動やった、私にしたら。
そうなんよ。
そんななんか、なんやろ、かつがついくタイプでもないって自分は思ってるんですけど。
やのに、何を思ってか言ったっていうのが始まり。
それは前からベーグル作ってたってこと?
パンは食パン作りにはまってた。
で、これもちょっとつながりたどってったら、それよりどれくらい前かな。
半年、1年ぐらい前に初めて知り合った人が、子供が入院したんですよ。下の子が1歳半ぐらいの時に。
で、その病院の救急外来で知り合ったお母さん。
すんごい知り合い方。
で、その人が、和歌山の人なんやけども、なんかちょっとおしゃれやなって思って。
で、その人、話しかけてきてくれた。
で、それ始まりで、子供同士、誕生日一緒やったり、なんか変にちょっと縁を感じて、話し合ってまうし。
で、その人と付き合い始めて、その付き合いが始まって。
その人が、もともとその実家が京都。
で、もうあちこちおいしいものを食べ歩く人やって。
すんごいグルメやって。
ただ、その人が、私が食パン作りにはまっている時に、おいしいベーグルを取り寄せてくれた。
食べさせてもた。
で、その時は、私、ベーグルって、ほんまにあんまり食べたことなかったんよな。
12:00
なんか、有田にもそんなにないし、和歌山にもそんなにないし、みたいな時代やったんかな。
食べ慣れてなかったんもあって、もうそのおいしさに感動して。
おいしかったん。
おいしかったん。
それが、冷凍便でくるわけ。取り寄せから。
それで、自然解凍して、それを食べただけやけど、めっちゃくちゃおいしかったん。
ベーグルってこんなおいしい、みたいな。
で、その友達が、その友達が、私のことかわこって呼び出した子なんやけど、
かわこ、一回ちょっとベーグル作ってみてくれやんって、注文きたん。
それで、一回作ってみたら、それなりに作れたっていうのが、よかったんか、悪かったんか。
もう、ほんなん、なんか、維持になってきて、おいしく作りたいみたいに、おいしいって言ってほしいから、
もう、毎週休みごとに作って、その子に持ってって、ジャッジしてもらうんよ。
おいしいか、おいしいないか。
そう。で、今回こんなにしてみたんけど、どう?とか。
ほんと、ずんずんおいしくなってくるんよ。
前よりええとか、甘えしかいいとか。
それで、重ねていって、ARCって感じ。
じゃあ、仕上がったところで持ってきてくれて。
そうそう。
で、おいしいんで。
そう、おいしいって言ってくれたんやけど、そりゃなんていうか、そんなめっちゃ知り合いとかでもなかったし、その時は。
顔見知りぐらいの感じやったから、なんかそのまま、社交事例的な感じで言ってくれる。
そりゃまあ、そうよなとかって思ってたんやけども、そのタイミングでちょうど、駅マルシェの出店者募集みたいなタイミングやったのが、第1回の。
キヌ国線の、羽島駅、美濃島駅、木見原駅でやってた、やってる、今もやってるイベントですね。
で、そのイベントが、あっちゃんの奥さんのまいちゃん。
まいちゃんが、主催というか企画してっていう人やって、それで声かけてもらったんやけども、そんなそんな私なんて、そんな店構えてもないし、ただ趣味でやってるだけやからって言って断ってんけども、
後日、あっちゃんが、ARCのブースで一緒に出ませんかって言ってくれたんやで。
ポップアップ前に、その出店があったんや。
そう。
で、それで。
ほんまに美味しくて?それともなんか気合うなとか。
いや、気合うとかそんな。
どう、なんか誘ってみようかなとか。
両方あったようなけど、美味しかったですね。
なんか、僕そんなパン的なものあんま好きじゃないんですけど、かわこさんのベーグルはめっちゃ美味しいってなって。
15:00
その時は結構種類プレーンだった?
いや、結構種類は持ってたんやけど。
でもまあ、実際はその時と今とじゃあその生地の作り方自体また変わってるんやけども。
その時、出ませんかって言ってくれたんで、私も自信はないけども、一緒にやからちょっとお願いしてみようかなみたいな感じで、一緒にちゅって行かせてもらった。
当たり前やけど、仕事してたから、今後ベーグルでよっしゃ、独立とかお店構えたのかなんて、1ミリも持てなかったし。
とりあえずそのイベントで終わりっていう感じやって。
せっかく誘ってくれたから出ようかぐらいで?
そうそうそうそう。
そうそうなんけど、まあでもそのARCはその後も行ってたんね。
そんならなんか、夕方もうほんまにクローズ手前でガラってドア開いて、
いくつぐらいの人なんやろな、近所の人なんか来てくれて、
今日はベーグルないんですか?って言ってくれた。
え?
言ってくれた。
自分も追って?
追って。
で、その駅丸氏から日が近かったから、
あ、駅丸氏来てくれてた人なんやなと思って、ぱーって立って、
あ、私作ってました。
あ、お客さんで追ったの?
そうお客さんでそう。
で、それで、あの時実はそのイベントで限定で作っただけなんでっていう話を説明して、
で、その後あっちゃんが、まあうちで定期的にポップアップしませんか?なんで覚えてないんやろな。
そういうラーやったんですね。
そうなんや。だから、そうそう。
そのお客さんも実在してるかわかんないですね。
わかれへんの。なんかその座敷笑し的な感じで。
天使的なね。
そう。その人に次会ったら、なんかその。
え?それ以来見てない?
見てないよ。
やっぱだから、天使か座敷笑しやね。
かな?そう。
俺は言いたいってずっと思ってるけど、いや、あってるかもしれんけど、気づいてないかな、私は。
おばちゃま?
おばちゃま。おばちゃまって言ったらちょっとあれやけど。
そう、ちょっとあれね。
夫人ね、夫人。
そうそうそう。それが始まりで。
だいたい毎月こう、バカにさせてもらって。
やってくださいみたいな。
言ってくれたんよ。
え、おーって。そうやって声かけたってことですよね。
そう、言ってくれたん。
でも、それでも仕事してたし、その当時は。
趣味程度。
そう、そんな感じやったんよな。
18:02
だいぶ本編の話に食い込んできそうなんで。
え?
あ、言ったの?この続きは本編でって感じで。
え、これ本編じゃない?
生まれからね。
生まれの話をまずね。
めっちゃしゃべってるやん、もうな。
もうほぼ言えてしまったね。
いや、けどいい感じです。
スタート。
ここにつながるまでの話もなんですけど、
今回のラジオはなんか、この曲がりスタートっていうか、出店とかスタートしてから、
店舗をオープンして、人気店になるまで、すごいスムーズに方法はいってるんですけども、
この辺のね、同じような感じでやってる人も多いと思うんですけども、
その人たちのヒントになるような。
道しるべになるような。
いや、そんな、もう私なんて、一人でできてることなんて、たかがベーグル作ることだけなんやけどな。
非常にうまくいってるように見えるんですけどね。どうでしょう?
でもそれはあれ違うかな。みんなのおかげ違うんかな。
その辺のどう考えてどう行動して現在に至ったのかっていう裏側も聞きたいんですけども、
その前にルーツの話から。
そうですね。
もういいのに。
その辺サクサクっと聞かせていってもらえたらと思うんですけど、
カワコさんの生まれはどちらですか?
生まれは有田郡岩沙町です。生まれも育ちもずっと和歌山出てない、有田出てないですね。
カワコさんの家庭環境っていうか、子供の時どんな感じのお家なんですか?
カワコさんの家は、父方のおじいちゃんおばあちゃん、父母妹の6人、家族かな。妹は2つ下で、3つ下。
昔はほんとにおじいちゃんおばあちゃんいる家族が多かったというか、今でこそそんなにないけど、っていう感じで、それが普通と思って育ったけども。
お母さんがご飯作るのが好きだったっていうか、そんな話をちらっと聞いたことあるような。
好きだったと思う。専業主婦っていうのもあって、家帰ったら、おかえりって言ってくれて、夕方ぐらいから、花歌まじりにご飯を作りだすのよ。
それをちょっと後ろから見てて、お姉ちゃん、お姉ちゃん、ちょっと来てって。お姉ちゃん、ちょっと味見てって。
味見言うのは私なのよ。妹じゃなくて。味見したら、どうしたらいいとかって聞かれたら、もっとおいしく作ってって言ったっていう。何足してとか、そんなじゃなくて。
それはちょっと大きくなってから言われたけど、でもどうなんかな。料理好きでめっちゃ作るんですよ。いっぱい。家族分以上に。
21:11
で、それを、なんか近所の人とか、世話になった人とかに配るん。
聞きづいてますね。
ほんまですよね。
もうでも、そんな、もう幼い頃に、誰がそんなん喜ぶみたいな。その、ええと思ってあげてるし、おいしいと思ってあげてるけど、その、受け取る人はおいしいってほんまに思ってくれるんかって思ってたんやけど、同じことやってるの。
たしかに。むっちゃやってるね。
むっちゃやってる。そう。
ちっちゃい頃は、かぼさんどんな感じの人やったとか、覚えてますか?
ええ、めっちゃひっこみじやん。
あの、人見知り。目立つん嫌い。
いや、でもどうなんやろな。その、でも頑固。
分からんな。でも気は弱かったと思う。
いろんな要素が。
あの、保育所だったんやけど、保育所で、あの、おもちゃのある場所があって、部屋があって、それをまあ早い者勝ちで取りに行くんな。
もうみんなガーって行ったん。私用意かんと、でもほしいおもちゃもないから、かといってそれなんも遊ぶものがないから、その倉庫でじーっといてたみたいな。そんな子だった。
味見はするけど、自分で作ったりするのは?
もうそれはもう高校生とか。
そんな先まで。
お手伝いもそんな料理の手伝いなんてしたことなかった。
小中高もそのまま岩瀬で?
うん、岩瀬。ほんまに岩瀬。
学生時代はどんな感じやったんですか?
え、変わらずかな。
変わらず。
別にそんな変われへんよな。小学校。
まあ確かに。
小学校は変わらんけど、中高とかなってきたら、なんか好きなもんができてきたりとか。
うーん。
まあでも、どうやろう。
まあ、そりゃ小学校とかも分かれへんけど、中学校ぐらいになったら、やっぱりこの学年の人数が増えるやん。
小学校から中学上がって、他の自己の子入ってきて。
そうなら、やっぱりこう今までと違う人が入ってくるって新鮮で、もう人間観察楽しい。
それがまあ趣味みたいな、趣味っていうか好きなことで言えば、そんなんやったかな。
で、ちょっとこう特徴を何かこう覚えて真似したりね。
24:01
真似したり?モノマネってこと?
そう、ちっちゃい時からモノマネ好きやって。
あの番組あったやろ。モノマネ紅白歌合戦とか、あんなん大好きで。
え、見るん?
見るんも。で、見て歌ってたな家で。
やるんも?
やってた。
モノマネどこで披露すんの?家っていうかその学生の時に。
仲のいい友達。
家に何々ちゃんのモノマネするわけで。
そうそう。
そう、そんな日は楽しかったな。
そうやな。別にそんな特に変わった中学生でもなしやったかな。
高校入っても同じくやったな。
別にそんなクラブもそんなめっちゃ熱心にしてたとかじゃなくて、
どっちかっていうと帰宅部とかそういう感じやったし。
ずっと、でも今もそうかもしれん。ずっとそうかもしれん。
人間観察。
人間観察?
ですって。
じゃあ、そのモノマネもできるってこと?誰かのやつ見てるから。
なになにくんはこんな感じやなみたいな。
うん、まあそうやし。
いや、でもそれを言っても、ほんまやってわかる人ってほんまに少ないというか、
あんまりかぶることないんだ、気になる人が。
私はちょっと癖のある、みんな気にしてないような人見たりするから、
例えばテレビでもど真ん中見やんとちょっと脇見るみたいな人なんで、
これ今面白かったなとかって言ったら、
いや、ごめん、見てなかった。そんな真ん中見てないって言われることが。
けど、知り合いとか友達とか身内でもそうやって気になるとかあって、
見てるってことですよね。
身内やったら言うけど、
面白なかったらそれはもうね、特徴でも別に全然するんやけど、
すごい面白い癖とかあったらもう常にそれで一脇二脇するっていう。
今まで見せたことないですよね。
モノマネ見たことない。
ないですよね、なんか。
そう。
ないけど。
でもどうやろう、仲良くなって、
まあでも男の人に見せることはそうはないかな。
そうはない。噂でも聞いたことないね。
聞いたことないですね。
まあまあ、またおいおい。
で、高校出てどうするんですか。
高校で、高校3年生の時に母親が病気で亡くなったんですよ。
で、それがね、中3ぐらいの時に病気見つかって、
27:06
そっからだから学校帰りに開門寄ってご飯作るが始まったんかな。
で、妹いてて、父親いてて、ご飯をするんやけどもやな。
進学ってなった時に話題行く頭もない。
まあでも通わんかったらあかんしっていうところで
親愛女子短期大学っていうところへ行って、
そこに川が4つぐらいあったんかな。
で、その中で食物栄養専攻っていう課があって、
その課が一番小規模。
保育、英語、家庭の先生になるみたいな。
で、栄養士になるやつ。4つあって。
小規模でピアノ弾きやんから保育はない。
英語も別にそんななりたいことでもないからない。
で、家庭の先生になりたいかって言ったらなりたくない栄養士。
作ること好きやし、食べるの好きやし、みたいな簡単な理由でそこを受けて、
で、受かって、通いで2年間行ったっていう感じ。
じゃあその間も家族のご飯は川子さんが作ってみたいな。
えっとね、そのお母さんが亡くなってからちょっとの間、
母方のおばあちゃんがまだいててその当時。
で、そのおじいちゃんとおばあちゃんがその家に来てくれて、
もうその当時父方のおじいちゃんおばあちゃん亡くなってたんかな。
そんなのでいてなくて来てくれて、
で、その学校遅い時とかおばあちゃんがご飯を作ってくれてた時期もあったかな。
で、まあ短大出て就職してぐらいで、
もうまあまたおじいちゃんおばあちゃんも大丈夫やなみたいな感じでまた別戸になって、
そこからずっと作る感じかな。
え、その時なんかどういう気持ちっていうか、そのご飯作り日。
でも、私作らな、しゃあないしみたいな。
別に好きで作るんじゃないけど、なんやろな。
妹も3つ下やし、
当時だからその3つ下って結構大きいよなって思ったら、
私よなみたいな。
父親にそんな作らすわけにいかんし、
めちゃくちゃ最初めちゃくちゃまずかった。
あ、そうだね。
なんか一応そのなんか母親の料理って食べてきてるから、
なんかそれに近いもん作れるんちゃうみたいな思ってたけど、
30:00
でも実際何入れてるかなんてそんな聞いたこともなかったし、
もう魚ら炊いたらめちゃくちゃまずかった。
いきなり魚炊こうと思った。
いきなり難しい、めっちゃ簡単そうに思った。
複雑な味付けじゃないから簡単そうに思ったけど、
むずかったっちゅう。
さらっとしゃべってるけど、結構なんかハード。
確かにね。
ハード人生な。
そうね。
当時はでもちょっと悲しいとか、
なんで私の家族だけとかそういう気持ちはあったんですか?
思った思った。
病気分かって以降ほんまに、
母親も大きな病院かんと近くの病院、
気になるからやと思うけど行ってて、
授業中も救急車なったらどうしようみたいな。
撃ちちゃおうみたいな。
そんな感じで。
覚悟はちょっと徐々にできてたから、急にじゃなかったから、
まだマシかなっていう。
結構だからそのタイミングから、
ちょっとポジティブに物事を考えるようになったかもしれん。
逆に。
逆に。
なんかなんやろ、
例えばね、女の子やし、
いずれご飯も作らなあかんっていうか、
作れたほうがいいから、
早い段階で作らなあかんようになったけども、
別にマイナスにはなれへんやんとか、
なんかそんな感じで、
母親も亡くなったけど、
長く生きてたらその分、
その人との思い出が増えるわけやん。
だからその分悲しなるんちゃう。
私まだマシちゃうんとか。
そのポジティブ持てます?
悲しポジティブ。
それぐらい思わんと無理あったかな。
しっかり背中そこで植え付けられたというか、
人に頼るんが悪いことではないけども、
そんな感じで、
ちょっとゆいぬくなったかもしれん。
どうやろ、人に頼るってみんなどうなんやろ。
大人になったらそんなね、
みんなそれぞれ自立するから、
そんなこともないんやろけど、
でもたまに言われるからね。
もっと周りに頼ったらええんちゃうんとか、
言われるけど、
でも意識してるわけじゃないんよなみたいな。
それは身内とかには頼ったりできる性格?
33:00
とりあえず自分でやってみるかな。
もうそれでやっぱり無理やってなるまでやってみるかな。
そうなんやな。
まあまあいろいろ。
そりゃみんなそれぞれ。
大なり小なりあるよ。
で、専門学校出て。
出て。
で、その卒業するタイミングで、
その地元岩佐の老人ホームの募集があったんよ。
栄養士の。
で、その採用試験を受けて、
なんかスムーズに受かって、
そこから15年ほど働いたんかな。
老人ホームの栄養士っていうと、
この食事を作ったりっていう。
作る方じゃなくて、
こんだてを考えて、
そのまま栄養管理をするっていう話なんやけど、
ただまあ、
老人ホームでもいろんな種類あって、
最初に出てきたのが養護っていうとこやったんで、
わりかしこう元気なお年寄りが多い老人ホームなんやけど、
私が就職した時は、
ほんまに60代とか、ざらにみんなそんな感じで若い。
めっちゃ食べる。
なんかもう食べるん楽しみやし、はきはき物喋るし、
なんかまあ、働いてても楽しかったっていうかね。
なんか作ったら、ちょっと変わったことしたら、
もうダイレクトに喜びを伝えてくれるみたいな。
まあその反対もあるけど。
故郷とかあったら、バーンって言われたりするけど、
それは楽しかったかな。
なんか僕気になってたんですけど、
給食とか、老人ホームとかのご飯あるじゃないですか、
こうやって味付けしなさいよっていうレシピは決まってるの?
一応、その適正な水晶量みたいなのがそれぞれ決まってて、
エネルギー量からタンパク質、脂質、炭水化物、それぞれ決まってる。
それにすぐった混だて作成をして、
一応調味料は調理員さんに作ってもらうんで、
それを調味料、これをどんだけ入れて作ってくださいみたいなんで出すんやけども、
実際その通り作ったら、味薄いとか。
なるほど。
少ないとか。
そういうこと、固いとか。固いはあれやけども、調理法やけども。
ってなるわけよね。
ってなったら、食べへんやん。残すやん。
あんまちょっとおいしないなみたいな。
で、その吸収する量が減ったりするんは違うから、
ある程度やっぱりちょっと目つぼってじゃないけども、おいしく作って、
36:03
これはちょっと醤油ひと回しにしようかとか。
おいしいぐらいの感じに持っていって、
食べてもらうっていう感じでやってたかな。
じゃあそこはある程度、ファバが作る人で任されてるとこもあるってことですよね。
そうそうそうそうそう。
でもね、自分がやりたいメニューをやって、自分のやりたいことをやってたから、
花見あったら、よし弁当作ろうみたいな。
花見弁当屋みたいな。ゲートホールあったら弁当屋みたいな。
季節ごとに弁当を作る。
で、そのまま表紙にかける紙を手書きするとか。
でも、私が死体を全部受け止めてくれた調理員さんっていうのもやっぱり、
その当時ね、今でも仲良くさせてもらってるけど、
もうその人たち、日本もすごいな、あの人たちと思って。
もう全部やってくれたな、みたいな。私のやりたいこと。
さっき料理作り始めた時、美味しなかった言ってたけど、
就職した頃には結構いろんな料理作れるようになってたみたいな感じなのか。
多分それぐらいやったら作れてたんちゃうかな。
かおくさんがレシピ考えるときは、一回試作やって、
それを調理員さんたちに落とし込むみたいな?
いや、違う。
なんて言ったらいいんかな。既存のメニューをちょっと触るぐらいの感じ、最初はね。
で、そっからちょっとアレンジしてみたいな。新メニューやろうかみたいな。
試作っていうほどではないような、作って、これでいけるなとか、そんな感じ。
別に家で料理するみたいな、それがちょっと大量になるみたいな感じやったかな。
めちゃ楽しかった。
楽しかった。
何年目から、主軸でやるの?最初はだって。
最初だからね、施設に栄養士さんっていうのがいなかったんよ、そこの老人ホーム。
1からスタートって感じ?
いや、役場で栄養士さんがおって、その人がそのホームのコンダテを立ててた。
だからその場にいないから、一人常時いる人を募集したっていう感じ。
なるほど。最初からも自分でやるみたいな感じ?
そう、ただでも最初入ったときは、どこ向いても50代後半のおばちゃんたち。
強烈な、すごい強烈なおばちゃんたちやって、仕事行くの嫌になるぐらい行ったときもあるんやけど、
そこはせっかく入ったんから、そんないいなりになってたら、私来た意味ないやんと思って、
39:01
そこは絶対負けへんと思っていてた。
結局最終ね、自分のやり方になったけど、その後入れ替わりでね、定年退職とかで、次の人入ってきてみたいな、ちょっと年齢がわかなってって、
その人らはほんまに一緒に楽しくやってくれるみたいな人たちやったから、めっちゃ楽しかった。
15年間仕事で栄養士をやりつつ、その間もプライベートでもいろいろ作ったり?
でも、若いときはね、料理なんて、別に作らなあかんから作るけど、好きで、趣味で作るとか全くなくて、歌手のあいこが好きで、もうあちこちライブに行ったり。
知らなかった。
旅行気分で、東京行ったり、広島行ったり、そんな時期結構長かったかな。20代はそんな感じやったかもしれない。
その間も家のご飯はずっとかあこさんが作ってた?
妹はね、まあ料理下手でね、作れへんからねんけど、かんご学校行ったから家にいないし、だから父親と2人になったから、そんな作るって言ったって、みたいな感じやったけど、そんな感じやったかな。
そっからどうなっていくんですか?
そっから?
15年?
15年働いて、
35ぐらい?
いくつやったんの?
そうやな、33、34ぐらいやったんかな。
子どもを産んで、
いつのまに?
いつ恋愛したんですか?
まあ、そらよ、あらよ。
結婚するタイミング、結婚っていうか、子どもを産むタイミングで、もうやめちゃったんよ。
結婚はいくつで?
え、33?4?4で子ども産んだからな、そこらへんか。
で、それで専業主婦っていうか、ちょっとそんなんで行こうか、みたいに思ってたんやけど、
でも、その上の子が1歳になったぐらいで、まだ違う知り合いが、栄養士せえへんってまた言うてきてくれて、違う場所なんやけど。
で、それで、そうかって言って、8年ぐらいまた栄養士をしたっていう。
それはまた老人ホームとは全然違う?
老人ホーム、老人ホームねんけど、さっきは養護。
42:03
で、今度が特別養護老人ホームで、ちょっと重度っていうか介護度の高い人たちのいる場所で、
やっぱ食事はね、養護の方が自由度があったというか、やっぱりこう、介護度高くなってきたら、のど通らん訳よ。
ってなったら、やっぱり食事も細かく洗濯とか、ちょっとブレンダーかけんなんとか、手を施さんとあかん食事になってくるから、
やっぱり見た目も華やかではないし、その中でやっぱりいかにちょっと食べてもらう量を増やすかとか、病気になるのを防ぐかとかっていうのを、
その相方、私は栄養士なんだけども、もう一人管理栄養士って国家試験通った人が部屋でおって、
その人と一緒に栄養管理をしていくっていう感じだったのかな、特養は。
それ一回で何人分ぐらい作るんですか?
それも入っている人と、デイサービスとかもあったから、昼マックス120食とか。
おー、すごいですね。
朝晩は80食とか90食とか。
そこでもかごさんは調理っていうよりは、レシピというか本立てを考えている。
ヒントが足らないときもあったんで、そこは入ったりもしたけども、手伝いになったのか迷惑かけたのか、よくわからない感じだったけど。
そこで働いているときに、僕と出会って。
そういうことですね。
出すと後半。
6年目ぐらいかな。
そんな感じなんですね。
でもそのとき別にその職場に不満があったから、ベーグルでなんとかとか思っていたわけ全くないってことですもんね。
でもちょっとなんていうか、何がちこたんかな、最初のときとって言ったら。
やっぱり最初のときは自分の好きなようにいろいろできたっていうか、楽しく思えてたっていうのがあったんやけど。
やっぱり何やろう、やったらやっただけ成果が目に見えてあるとか、そんな物足らなさがあったんやと思う、その2回目のAOCのときは。
で、その途中でベーグルをARC化してもらうとか、そういうことができてきて、やっぱりやりがいというか、楽しいみたいなことにやっぱりこうよな、こうしたいわな、みたいなのがちょっと強くはなっていったんかな。
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でも生活もあるし、みたいな感じで仕事を続けてた、みたいな感じやったかな。
冒頭の話に戻りましたね。
で、うちに来てくれて、イベント出展して、そっから月1ぐらいでポップアップするようになってとか。
で、そのあっちゃんがいろんなつながりをつなげてくれたっていうか、縁をつなげてくれたっていうことがあって、最初だから、黄緑のひできさんとか、みどりさんとかを合わせてくれたのも、あっちゃんまいちゃんやったし、
もうすごいいろんな、え、そうやったんや。あっちゃん全然覚えてないわ。そうか知らんけど、なんせ、全部そういうつながりはここやったんで、やっぱりこうなんていうか、裸…なんて言ったらいいんかな、気が合う人らがやっぱり多かったっていうか、
あっちゃんフィルターとおテレビとか。
そうそうそうそう。
そうよなっていう感じながら、ありがたいよなって思いながら、そんな感じですごいつながりが増えて、それがまたやっぱり楽しいし、みんなそれぞれすることは違っても、やっぱりいきいきして楽しそうだし、
すごい気になるっていうか、ええなみたいな、ええことばっかりではないけど、やっぱり自分のしたいことしたいよなみたいにはなってきたかもしれない。
どれぐらいやってたんですか、月1のベーグル販売は。
月1、2年ぐらい。
ほら2年間じわじわじわじわちょっとやる。
で、基本ARCでさせてもらうし、あとロースターズのじんこちゃんとか、行かせてもらったり、そこでもやっぱりじんこちゃんつなげてくれるし、
そんなんであちこちイベントでさせてもらったり、そんなんでやっぱり知ってもらう機会も増えてったんで、出会う人出会う人がみんないい人で、そんな感じで。
やっぱり当時からおいしいって噂になってたんですね。
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そうですね、最初からおいしさが仕上がってたんですけど、その辺がなんか不思議。
でも食べてみるまでわからへんじゃないですか、買いに最初は。
はい、そういうベーグル売りますって言っても、食べてみるまでおいしいかわからへんから、最初からでもそうやって人来て、ちゃんと売れてたんですね。
いや、そこはあれじゃないかな、ARCの知名度というか。
絶対来いよと。
やっぱり告知とかもうまいから、私当時インスタもめちゃくちゃ下手くそやったから、どう書いたらいいかとか、写真もどんどん撮ったらいいかとか、全然わからんくって、全部教えてもらった。
最初の1年ぐらいはアカウント共有して、僕がほほの中身みたいにやってた時がありますね。
で、私はつい感情とか文に入ってくるんよ。
でも、あっちゃんはわりとすっきりさせるんよね。
さらっと。
っていうのも、その時は難しいよって思ったけど、今や入るけど、見てくれる人とかって知らん人もおるわけよな。
私の感情は別に関係ないよって言う人もおるわけよ、見てくれる人なんか。
ってなった時に、やっぱりわかりやすく文章せなあかんなみたいになったかもしれない。
2年間もやってたんですね。
やってましたね。
ここは進めてしまいそうやけど、どっかで決断やろうかって思ったってことですね。
お店やるタイミングの話とか教えてもらってもいいですか?
はい。
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