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episode.56 後編 寺下一将さん
2024-09-11 1:07:39

episode.56 後編 寺下一将さん

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episode.56 後編
ゲスト▷ 寺下一将さん
今回のゲストはJUNKRAFT/the echosの寺下一将さんです。
talk topics
2000年前後のこと/インターネットとレイヴカルチャー/アンティークショップ/JUNKRAFT/組み合わせの違和感/七曲市場と日常芸術家
どうぞお聴きください💁‍♂️
番組のオープニングのエンディングの楽曲はお寿司のともみさん @osushinotomomi のアワーヤングです。
楽曲が気になった方はお寿司のともみさんの通販サイト、Spotifyをチェックしてみてください。
kisen radioはApple Podcast/Spotify/Anchorなど各種音声配信サービスから聴くことができます。
「kisen radio」で検索よろしくお願いします📲プロフィールのリンクからも聴けます💁‍♂️

感想

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00:21
DJを仕事にしたいみたいな感じですか。それはね、ありましたね。
そうですね、それはもうそこからもう少し後にはなるんですけど、そういうこう
20、20歳、22、23の頃かな、そのDJっていうのがすごくこう、それこそさっき言ったダンスミュージックに
傾倒していった時に、それを生業にしている方というか、それを職業にしている方とやっぱり知り合うと、やっぱり
あの、まあこうなりたいなっていうのはすごくありましたね。
当時、和歌山にもそういう音楽を仕事にしている人とか結構? いや、なかなかね、和歌山にはね
いなかったのかな。
まあ、そうやね、まああの
マリーナシティっていうのが、僕らが中学生ぐらいの時かな、中学高校生ぐらいの時にできた時に、あそこに大きいクラブができたんですよ。
マリーナシティのところ? 中に。今でも
箱としては残っているのかな、コヨーテっていう
ディスコというかクラブというか、その間ぐらいの位置なんですけど、もともとねマリーナシティっていうのは大きい企業が始めたことなんで
まあすごくこう 人もお金もすごく動いて
まあ 潤ったというか
まああの 活気づいたんですよね結構あのあの頃って
そこでいたDJとかっていうのはやっぱり
ちゃんと仕事として 給料をもらってやってるっていうのは
聞きましたけど、そういうことっていうのはなかなかね長く
うん 続いていかないというか
じゃあ寺下さんはそのDJを続ける道をそこら模索してみたいな そうですねそうですねあのやっぱりプロの
DJっていうものを
体感できる
まああの 県外に遊びに行ってとか
そういうことはよく してましたね
03:00
そこからどうしていくんですかねそこからねー 23、4あたりの時に
DJをしながら バーテンをやりながらっていうことがまあスタートする
まあアンダーグラウンドの中でもやっぱり トップ走ってるDJの人とかと知り合うこととかがあって
そこからすごくもうDJというもので自分は食べていくんやっていうのは
思い入れとしてあったんですけどね
当時そのDJとして食べてる人ってどういう風な活動してたんですかね
ちょっとねその頃はねもちろんちょうどねその頃が インターネットっていうものが
普及し始めた頃
Apple コンピューターが iMac っていうものをリリースした時代で
1997年ぐらいですかね
テクノロジーみたいなものがすごくこう 進歩した時代あってインターネットっていう
言葉を始めて
家にパソコンが一台あるっていう それまではパソコンなんていうのはほんまに
特殊な人しか扱うもんじゃなかったんで ただまああの
僕が系統してた音楽っていうのがパソコンとかコンピューターで作る音楽っていうのもあったんですけど
そこでまぁ
インターネットっていうものに触れるようになってきてやっぱり
そこでの情報とかそういうテクノロジー の進化もあったりとかあったんですけども
まあ そういうジャンルの人っていうのはやっぱり
そういう音楽の流行りっていうのもあったんで
90、2000年ちょっと手前ぐらいっていうのは
テクノみたいな テクノとかハウスっていうのがこの2000年に向けて
2000なんかこう
っていうのかなぁ 2000年に向けてそれはやっぱり結局
音楽をリリースしている人とか
イベント仕掛ける人たちの戦略でもあったと思うんですけども
2000年に向けてハッピーに行こうよっていう
そういうこうなんかこう 空気感とかもあって
でまぁ
テクノとかハウスとかっていうそのテーマが
まあ 国籍とか性別とか
そういう肌の色とか
06:00
そういうことを何も取っ払ってハッピーに行きましょうっていうのが
基本的なテーマになってるんで
だからハッピーで行きましょうっていうことが
もうその元になってるんで
だからまあイベントというよりも僕らはパーティーって言ったんですけど
そういうパーティーがすごく盛んに行われてたり
とかまあ
結局 歌謡曲とかテレビでかかる音楽とかにも
そういう人たちのリミックスであったりとか
そういうものがすごくまあ誰々 アーティストは誰々
誰々ミックスみたいなことが出てきたんで
だからまあなかなかねやっぱり大きいレベルもそういうDJみたいなものの
ミックスCDをリリースし始めたりとかいうのもあったんでやっぱりまあそういう
もちろんそういうとこじゃないとまあなかなか食べていけない
DJっていうのは所詮
選曲者なんで アーティストではないんで
そこでまあ誰かの楽曲をリミックスするっていうこと自体は
まあDJ っていう肩書きであってもまあクリエイティブなことなんでそこへは
やっぱりねアーティスト的な
要素はあるんですけど そうですね
食べていくにはそういう大きいレベルにいたりとか
大きい
まあ 大きいイベントみたいなのもすごく盛んに行われてたんで
そういうところではやっぱりそれを何枚にしている人っていうのは
あとレコードのリリースとか そういうことになるのかな
そういう状況の中で寺下さんはどういう感じで目指してたんですかね
まあねその頃はやっぱりあの まあとにかく
なんていうのかな 努力はしましたねあのいろんな
結局何かイベントとかパーティーを仕掛けるには 見えてることより見えてないことの方がやっぱり大変なことをやったりとか
やっぱり なんていうのかな一晩作るにはやっぱりその前後
の時間っていうのはすごい 必要で
もう始まっちゃえば一瞬なんですよねその苦労 まあちょうど
そのあたりの 2000年ちょっと手前ぐらいの時代って
レイブカルチャーというか フェスみたいなのがちょうど
日本でも始まった頃なんですよ 97年か98年に初めてフジロックがあって
09:03
その頃に外で
あの dj をしようみたいなそういうのがちょっとこう
日本でもちょっとはまた始まりかけてた時代やって たまーに年に1回2回そういうのをやりましょうっていう店的な
方針でそういうのをやりに行くんですけど まあなぜか毎回雨あったんですよ
天気に恵まれなくてもう外でイベントするのに雨っていうのは 雨降ってない時点で良い半分終わったと思えるんで
だけどなぜか雨 すごく苦労しました
まあ発電機を借りてきてガソリンも自分らで補給しながら でもちろん
あの 基本的に外
に持っていきたくない機械をたくさん外に並べて で
まあ
その当時はまだレコードやったんで今はもうねデジタルになってるんで cd だったり とか
データになってるんですけどレコード 持っていってするっていう
ふうなことやったりとか ちなみにその和歌山でやってたんですかフェスとかも
和歌山ではねフェスと言えるかどうかって感じなんですけどまぁあのレイグっていう 言葉が一番フィットすると思うんですけど
和歌山の 奈良と
和歌山の県境の山の上の方とか そのところで結構そういうのがまあ結構日本でもバタバタと
そういうのはねもちろんもう昔から誰かはやってはいてたはずなんですけども それは別に dj に限らずそういうこう
音楽っていうのを外でやるっていうのはもともとあったことなんですけど たまたまそういう子そういうカルチャーっていうのが
まあそれももちろん海外から海外で起こっていることをこっちに持ってきて誰かがやり 始める
でそれがそういうものって結構結局あの ちょっとこうコミュニティ的なこともあるんで
そこにインターネットの普及っていうことで今までは結局こう物質的な そういうこうチラシラシ
そう レコード屋さんに持って行ったりとかそういう間リアルに手渡しできないんじゃないと広がれ
なかったそうですね インターネットというかまあで特にインターネットっていうのは今でこそねもう誰もが
こう思っているツールなんですけど始まった時っていうのは より深いことに対して
12:02
発信するツールっていう認識あったんですよだからすごくこう まあ今も使わない言葉やけど bbs とか
はいまあチャットというかそういう例えばもう ちょっとカルトなことに対して使うツールっていうイメージやったんで
カルトであればカルトであるほどそこが太くこうなんかこう繋がってなんかそれが コミュニティになってなんか
まあ 何て言う
住所もちゃんと載せてなくて 某所みたいな感じの
載せるだけで何かこう みんなネットワークを使ってそこへたどり着いてくるっていう
打ち方とかそういうこうなんか 本当にインターネットですごくこうそういうこう
カルチャーみたいなの広がり方っていうのがここ 劇的に変わっていくのを見たんで
感じですかね ちなみレイブっていうのは何が行われてるんですか
レイブパーティーっていうのはあの外でダンスパーティーですかね まあもともとレイブっていうまあジャンルがあるんですけどもそれもあの
イギリスのマンチェスターっていう場所で 行われたレイブカルチャーっていうそういうシーンがあるんですよ
後にはそれが法律式にされるんですけど その時代の前にパンクとかあったりとか
あの そういうこう流れがいろいろあったりとか
とかそれをまあ商売にして悪いことする人が出てくるんで それでまあ禁止されるっていうか
だから あれはだから極端なんですよ何人以上集まって音楽をかけて踊ることを禁止しますって
いうようなそういう極端な話
例えばもう2人以上でとか外でそういうことをするのは
っていうレイブカルチャーっていうのがまあそういうのはシーンとしてあったんで そういうものを持ってきて
結局そういうインターネットのコミュニティとかがすごく広がったんで
まあ もちろん
今まで見れなかったものを結局簡単に見れるようになったじゃないですか だからまあ
それの真似事じゃないですけどまあでもそれを商売にするああいう ABEXとか大きいとことかもそういうことを仕掛けるようになったんで
15:06
まあ商売にする人も多かったし それで増えたって感じですかね
それの和歌山版を寺須さんが結構主催したりとか 主催までは行かないんですけどお手伝いというかそういうものが始まっているのを
なんていうかお手伝い程度ですけど そこでいろんな苦労も覚えたというか
どういう苦労ですか
やっぱり
たくさん人を巻き込むとやっぱりいろんなことをやっぱり考えないといけないし
人の考えることってやっぱり所詮人の考えることで それをこうなんていうかそれはまあ
どんな 世界でも一緒だと思うんですけど
なんかこう 人が集まるとねなかなか
まとめていくのってしんどいじゃないですか まあそういう苦労とか物理的に雨が降った時に
さあそれは雨どうやって避ける
機械を壊れない雨に濡れないようにとか そういうしんどさもあったかな
でやっぱりなかなかねそういうことって
お金ならないんですよ
お金のためにやってるわけじゃないんですけど やっぱり
あの何 まあ
DJオブにしても そういう外で体感的に大きい音を鳴らして
体感してもらうには 大きいお金をかけて大きい機材を用意しないといけない
それをどう払うか 例えばそれに50万かかるとするっていうことは1000円のチケット
何枚売らなあかんのとかいうそういうこと やっぱりまああの
儲けようとは思わないですけど損はできないというか
そういうこうなんか計算 というか
若山でやるのはちょっと採算取るのが結構難しかったみたいな そうですね僕がやってた頃はそこまでまあブーム起きてたんですけど
そこまでお金のためにやってないにしてもなかなか難しい 続けていくのが僕は難しいかなって僕は
感じたんで
その時お仕事は何してたんですか その時はねー
若山にあった
レコードショップで働いてたりとか その時代はそうですねレコードショップで働いてたんですね
18:10
服屋さんでバイトしたりとかできるだけ結局 そのDJをするために
障害のない働き方 自由聴いたりとか
朝早くないとかもちろん現場の仕事とかはあまりなかなか難しかったんで っていう感じですかね
じゃあバイトしつつDJを続けつつみたいな生活が続くわけなんですか そうですね
まあそのあのでもまあその いろいろ仕掛けてる時はそのバーで毎週DJやってるっていうところはそこに所属してたんで
そこでがまあ仕事だったんで
それでもやっぱりレコード買うためにはやっぱりバイトもしないと
とにかくレコードを買わないとダメ レコードを買うために
っていう感じでしたね なるほどレコード高いっすもんね
レコードがねとにかく高いんで まあでも
今は昔ほどそんなレコード
なかなか買うこと機会も減ったんですけど まあ今はものすごい高いですね
僕らの時は感覚的に
ダンスミュージックとかだと a 面 b 面で1曲ずつとか2曲ですわ
2曲でだいたい1000円ぐらいのイメージだったんですよ 今はもうその倍3倍するって言いますからね
もう2枚組とかやったら8000円9000円は当たり前っていう 僕らの時で2枚組でまあ3000円4000円のレコード買うって結構
まあそういうレイヤー版とかは別として普通にリリースされているもんで言うと 3000円4000円って言うと結構するなっていうイメージのあれだったんで
今とか見るとねすごいですからね
そこからそしたらどうなっていくんですかそこからあの 一旦
まあそのそういうことも継続 音楽のことを継続その音楽をやりながらバイトとして
働き始めたのがアンティークショップで週に3回ぐらいの仕事をし始めたんですよ
それも和歌山の和歌山で
その時にもともとまあ そういう
クラフトというか大工仕事とかそういうものってまあうちの父親は結構好きで心見せとか ほとんど親父と一緒に作ったんですけど
21:01
実はねこの店で1回ね全焼してるんですよ
まあまあ 復元するような作業をやったんですけど全部まあほとんどやり変えて
全焼してまあまあ知り合いの友達の大工とかにもてまあ 構造的なこととかそういうことっていうのはもうプロしかできないんで
まあこういう装飾とか化粧の部分っていうのはね 結構自分らでやったんですけどそういうことも子供の時から得意やったというか
割と なんていうか触れてきてたんで
そういうこともあってまあそういうアンティークショップ行ったとバイト行った時に割といろいろこう
あの そこでは重宝がられるというかまあ道具を持ってたりとか
ちょっとした修理ができるとかそういうことがあの 場合であったんですけど割といろいろさせてもらえることがあって
でまぁ まあそこでまあ
音楽と同時に音楽も好きやったんですけど
そういう クラフトというかまあアートも含めてそういう
インテリアとか
に興味を持ってきっかけになったという感じですかね まあその頃はね少し音楽もちょっとまあ
あの 少し休んでたのかな音楽に関してはどっちかというと
そういうそっちの仕事に切り替えていくときにまあその時ってやっぱり自分の年齢とか もう考えるんで
その時何歳ぐらいですかえっとねー 30手前ぐらいかな
自分のこう 自分の人生設計というか
dj だけで食べていくのは ちょっと難しいかもなみたいなちょっとねそうですねなかなかね
それはもう なかなか
もっとね自分がまあバンドもやってたことはあったっていう話もあったんですけど やっぱり
あの 鍵盤を弾ける人と
弾けない人っていうのはもう劇的に違うんですよやっぱり dj とかでもやっぱり トップ dj になっていろんな人のミックスをやるような人とかって
dj でありながら 楽器を弾けたりとか
コンピューターで音楽作っ 入れたりとかそういうことたけている人がやっぱり多い
ですかね
それでまぁ 少し休む形になるのかなぁ dj とかそういうことに対して
24:11
2002年ぐらい2023年ぐらい
はい からなんかすごくこう
もっと割とハードな音楽をやったんで なんかこう結構
ああいう家具とかインテリアとか自然のこととかそういうことにちょっとこう 興味を持ち出してはい
行く感じですかね一旦ねそれぐらいが その時具体的にはどういう仕事をしてたんですかね
その時はそのアンティーク家具の仕事 がすごく自分にもフィットしてたしそのまあ
そこをされている方もすごくまあ可愛がって もらえてたんでそこをメインの仕事っていうか
立ちん 修理とかそういうことでえっとね修理そうですね輸入海外から輸入した家具を
販売と で途中からあの
建築 そこが海外から材料を買ってきて
ほう でまあ
イギリス の家を
立てる えっ的なはい
今でもはあのたまには付き合いあるんですけど 元脇元脇の方にあるアールスコートっていう
まあもう歴史のある アンティークショップなんですけど
そこで そうですね
10何年いたのかな そこでまぁ今のこのジャンクジャンクラフトっていうのを始める
きっかけになったというかはい そこの方がすごくそういう高インテリアとか
そういうこうなんかブームとかをキャッチする のが早い方やったんではい
ああいうシャビーシックジャンク スタイルの今でこそねえなんか
なんかこう鉄骨のビルを 内装全部めくってしまって
鉄筋なんか出てて そこに何かこう綺麗なものをちょっと置くっていうのはマッチというか
まああの コーヒーとかされているからよく
知ってると思うんですけどそういうちょっとブームってあるじゃないですか なんかこう削ぎ落として
なんかスケルトンにしてしまってあのまあ ヌメロじゃないけどああいうこう
こう錆びたままのものであったりとかこうちょっと未完成な雰囲気とかそういうのって すごくその頃からもうキャッチしてて
27:03
ペンキが剥がれた家具を持ってきたりとかスタッフは全員理解できなかったんやけど それがもう2000年前2000年ちょっと手前ぐらいからそういうのを封印したしこれからはこれやって
はやっ 元々まあアンティークっていうのはまあそこにある
時計じゃないけどこういう子 カビというか美しくてまあ宮殿にあるようなものっていうイメージなんですけどそっ
からこうラスティックというかこう ちょっとペンキが剥がれてるとか錆びて
ルートかそういうまあブームっていうのがまあ日本ではもう今はもう定着しちゃってるんです けど
それをこうまあ 見てそっからそういうものにちょっと興味を持つという感じですかねはい
そこでそこでの仕事もしながら自分のなんかプロジェクトというかその ジャンクラフトもやりそうですねその
ジャンクとクラフトっていうかなんかねー その時ってまあ
言葉って結構なんか自分の中でいろいろ 重要やなぁと思ってるんですけど
なんか いろいろこうまあまあいろいろインターネットの普及も含め
いろんなことが 手に取るようにこうねあの情報も
まあなんかお店フランス語やったりとかなんか言葉もいろんな言葉を知ったりとかいろんな ところのいろんなものを見れるようになった時に
一旦なんかこうもっとシンプルなものっていうもの ジャンクなクラフトとか
リアルなスタイルとかそういうコーナーが言葉的にこうすごいあのシンプルなものに なんか系統するようになって
あの その言葉を自分で
考えた時になんかすごくしっくりきたというか そこからこうなんか
そういう弟とそれを始めて まあさっ今回紹介してもらった草壁君とかも彼はまあインテリアのこととかそういう
あの そういうシーンのことをすごく歴史とかいろんなことを知ってたんで
分かれから教えてもらえることもたくさんあって そこからまあ
そういうものにすごく興味を持つようになったって感じですよねそういうジャンクなもの というか
はい その時はもう音楽で生きていくというよりはそっちのなんか
制作の方で仕事にできたらなそうですねもともとねそういう音楽をやっている中で まあパーティーをすること
とかそういうそういう音楽をするための場所を作るときに 自分がこう店を作っていったりとかそういうことも含めて
30:08
すごく好きやったんで例えばまあ外でイベントするにも例えばテントをどう立てるとか dj ブースをどう作るとか
入場ゲートをどんな感じにするとか頭例えばそこに生えている 竹を使ってするとかそういうことがすごくまあ得意であって好きやったんで
うん まあそれも含めてまあ
ただ単にあの 何もかも用意された場所に
メディアだけ持って言って音を鳴らすだけではなくてなんかそこのまあ空間というか そういう装飾であったりとかそういうことも含めてなんかこう
な表現できるっていうことがあ自分でそこでまぁ自分でもまぁ確認というか こういうことが好きなんやなっていう
を自分でまぁ 思い返して a
まあそういうことをスタートするっていう感じですかね なるほど
作り上げるなんて言うんですかねセンスというか そういうものはどこで培われたんですかね
とにかくどうですかね
ここを見てもらってもわかると思うんですけど まああの
子供の頃から割と 物に囲まれている
生き方なんですよ いいとか悪いとか別としてはい
それでこうなんか 組み合わせっていうのがあの
僕の中でのテーマというかはい 組み合わせとそれと何かます
まあな何もかもまあこう 興味を惹かれる時ってそれはまあ音楽でも
ファッションでもカルチャーでもそうなんですけど 違和感っていうのがすごくテーマというか
はい
なんていうのかなすんなり収まっているものよりも なんか
組み合わせおかしいよねとか
なんかこう 違和感を感じるもんにすごく
惹かれるんで なんかこう
そういうものっていうのは何かまあまあやっぱり 要所とかそういうもので
なんていうのかな のべり込むとこう
33:00
突き詰めていろんなことを調べるっていうこともまあ得意は得意なんで 興味があることに対してすごく調べ上げてしまう
そういう感じかなそれとまあねあのね父親の影響もちょっとあるかな ジャンクスタイルに関してはいろいろこう
制作っていうかも していくにあたって
もともと 親父も
もの作る 作ってそれを
売ってとかいうのをやってきた人なんで うん
ですかね そこから影響を受けて diy 的になんか自分で
アパレル作って売ったりとかそういうのを好きだったみたいな その中何か違和感あるの好きっていうのは何かから直接的に影響を受けてたりとか
するんですか えっとですねまぁあの
そういうこう 物的なものっていうのはそのアンティーク
アンティークショップに勤めた時に
何て言うかな 物に対しての感覚
そこのオーナーさんの影響もあったりもするんですけど なんか
時代的には
1920 10年20年1910年が20年代ぐらいのものを見た時に
もうそこで 答え出てるなって感じだと瞬間があったんですよ
それ以降はまあ僕はもうなんかその 影響を受けた方が言ったのはもう戦前ですべてもデザインは終わってる
あとは 焼き直し
でしょっていう風なことを聞いた時に なんかこうしっくりきたというか
まあたまたまここにある
この1900 これは1917年から32年までの
一つの デザイン様式なんですけど
僕はもうこれで何かこうすごく しっくりきた
瞬間があって
うん オマージュとして
すごく使っている
ことなんですけど
バウハウス
一つの デザイン様式
もともと学校 造形学校
36:03
こういうインテリアであるとか こういうもん
でやっぱりなんか
まあ結局まあ今まで音楽も何もかも 基本的には真似事であると思ってるんですよ
何かの 何かに対してああなりたいああなるにはどうしたらいいかっていう
もの がテーマになっててそこへこの現代のものをどう組み合わせていくかっていう
でも実はこれはあの
元ネタはここにあるんですよでも今見てる人はそれを知らずに 今のものとして見てるけど実は実これはもともと元来
テーマとしてここにあってそれに何かを組み合わせることによって っていう組み合わせ方とか例えば特別汚い部屋に
プラスチックでできたクリアーでピカピカのものを置くとかそういうこうなんか あの組み合わせの違和感っていうのを
探し続けている感じで やってきたって感じですかね
ジャンクラフトを結成してなんですけど実際今は 寺田さんの仕事は飲食関係のお仕事がメインって感じだと思うんですけど
ここのなんか変化というか変わってきたのはどういう経緯があったんですか
ここジャンクラフトスタートしてから
今ちょっとジャンクラフト自体は一旦静かに してて
そこから
また音楽っていうものをスタートし始めたんですけど ちょっとイベント仕掛けたりとかそれもジャンクラフトの
一環として作品としての表現なんですけど そこからまああの
なんていうのかな まあよく
ヌメロ音声でよく させてもらってて
イベントを仕掛けるというかそれもまあ
一つの作品というふうな考え方で そこもやっぱり物質ありきで
やっぱりそこで 結局だからレコードにこだわるっていうのもそこなんですけど
そういうこともあって
たまたまその七尾狩市場っていう ところを一つのテーマとして考えてるんですけども
39:07
そこで何か仕掛けれるっていうもう一つの考え方で そこの目の前にあるそこのマルヒコテっていうお店があるんですけども
今のところそこで実務的なことをしてるんですけども そこの七尾狩市場っていうところで何かこう
仕掛けたいなっていうのもありまして 七尾狩市場というのはどういう場所なんですか
えっとねもう70年ぐらい歴史のある まあ市場なんですけど
ちょっとまあやっぱりね時代の変化とともにまあ老朽化と やっぱりそういう
なんていうのかな 今はもう市場よりもやっぱり大型商業施設っていうのがメインになってて
もうサビで 始めてるんですけども
まあそこって僕の中でのそのジャンクなクラフト そこで何かこう
仕掛けることってあるなっていうのが長年まあ思ってたことなんで
でまあ今その
まあ僕も肩書きとして マルヒコ株式会社マルヒコっていう
会社の役員ということを兼ねてるんですけども まあそこで今までやってきた
音楽であったりとか
アートとかカルチャーとかを まあそこ自体がもう
ほぼ作品というかあの 時代の
時代が生んだなんかこう造形としてすごいんで
やっぱり すべてのものに感じるのは
なくなっていくものってやっぱりみんな欲しいんですよ絶対に それは間違いないと思ってるんで
で特にやっぱり 今はね大量生産なんでも使い捨ての時代で
それがまああの なんていうのかな
その当時はすごく 大事にされてきたものなんやろうっていうものがこうだんだんだんだんこう
錆びれていっている中で そこで何かこうまた新たな息吹き返せるような
ことができるのではないかということで それはたまたままあ自分が今までやってきた経験とか見てきたものとかを使って
まあ仕掛けれればなあっていう形で今はまあその形に で仕事はしてるんですけども
42:01
いつぐらいからそこは関わられてるんですかね
えっとねそれはねー 2年ぐらいになるのかな
7曲市場で何かするためにそこに まあどちらが先かっていうのもまああれなんですけどもたまたままあ縁があってそこに
仕事として収まるそれまで僕もあの サラリーマンやってたんで10何年
アンティークショップで いやえっとまた別の またちょっとまあぜひ話前後するんですけど
スミ金 まあいまし日鉄での中でクレーンの運転手やってたんですよ
それが10
えっと 十二三年はいその頃が一番もしかすると自分の
表現する音楽とかを自由にできてた 地域なんですよはい
まあ今から2年前 その10
年 前から
たまたままあ 土曜と日曜休みではいまあ
まあこんなジャングラフトも含めて まあ音楽 dj
活動とかそういうことまあ 一番できてた時代やったんですけど
そっからもう あの
フリーになって その目の前にあった
まあ7曲り 丸彦っていうものに対してすごく思い入れがあるんで
それはまあ仕事しながらいろいろ見てきた 見てきて感じてたことでもあったんですけども
そこで自分のできることってあるなっていうのを 思って今に至るって感じですかね
そのサラリーマン時代は 音楽とかジャングラフトの活動
一番できてた時期っていうことだったんですけど今はそれよりもうちょっと仕事の 方に比重が一層ですねそのこの今の仕事自体も
まあ あの
ぶっちゃけジャングラフトとかそういうことの感覚っていうのとは少し離れた部分では あるんですけども大きく大きい
枠組みで言うと その中を7曲りっていう市場があってそれに対して何か今はまあ実務的な
飲食の仕事をしてるんですけども 大きい意味で何か仕掛けるための準備段階というか
いやぜひで見てもらえたら 興味を持ってもらえる場所ではあると思うんですけど
すごいその雰囲気のあるというかちょっと暗く見えるとかもありますし なんか古くからある焦点があったりでも新しくできているところも
45:02
ありますね増えてますよ それも含めてこうもっとそういうところを増やしたいというかそうですね
具体的にはこれからどういうことをやっていくんですか えっとですねまずまあ
今そこのなんていうのかな まあ今そこの飲食店っていうのがまあメインにはなってるんですけど
そこの商店街で何かこう いろいろまあ音楽のイベントとかいろいろやってきた中で
やっぱりどうしても最初のスタートとか っていうのもやっぱり海外への憧れとか
っていうのがやっぱりメインやったんですよ今まではね でもまあ数年前にあの
この君いでらの盆踊りの お手伝いしたことがあって
それはまあ 鳴る音楽が違えど
大きい音で音楽をかけて
なんか みんなが知っている
歴史というか伝わってきた音楽で踊って歌って
で結局僕らがそういうこう やってることと何も違いはないなっていうのを感じて
和太鼓があったりとか三味線を弾いたりとか それがまあ
広い年齢層の人たちがい そういうこうなんかこう
一個の時期に集まってっていうのをやった時にこういう なんか日本の文化というか
なんかこう 一周してなんか僕の中では今年48の年
たまの年男なんですけどなんかすごくこう 一周した感じがすごく自分の中で感じてて
なんか好きあったものを嫌いになったりしたけど結局 なんか一周してきてなんか
あのシンプルな面白さというか まあそれはやっぱり
時代の動きとかもやっぱり昔よりもなんか感じ方も違うし
なんていうのかな 昔は考えへんかったこともやっぱり考えるようになって
なんかこうシンプルなその技術テクノロジーとかそういうものの進化によってこう いろいろ複雑に
なんかこうバーチャルになってきた分 すごくシンプルなことにすごくこう
あの 惹かれるというか
なんかこう今はここ最近のブームで言うと サウナが流行ったり
48:05
コーヒートリップコーヒーが流行ったり 焚き火が流行ったり
でそれってよく考えてみるとものすごく昔からやってることだと思うんですよ でなんかこう
ものをこう 人との付き合いとかもものを
買ったりするのも
結局ねー スマホがあれば何でも次の日届いたりと
なくてこうなんかこう人と人とあって
物理的にこう 接触するというかそういうことを
なんかこう大事にできるものをそれって 今のなんていうかな
若い子というか バーチャルで来た人
ものたちにとってはすごい特別なことなんかな逆に特別なことなんじゃないかなって なんか聞くところによると都会の子どもはお釣りっていう言葉を知らないって
あるんやけどはい 結局今はキャッシュレスで払うとお釣りっていう言葉を使うことがないんですよ
だからそういうのを考えるとなんかもっとシンプルにだからあの なんていうのかな
そういうこう仕掛けることももっとこうシンプルで昔からあったことをとか なんかこう
僕はやりたいなと思っているのはなんとか歌謡祭とか 喉自慢大会とか
その中に何かこう なんていうのかな洗練されたものがあったりとか
なんか なんていうのかな面白さがあったりとか
っていうのを出せたらなって今まで見てきたものを
まぁあの なんていうのかな
そういう経験を使ってできるであろうって あの
根拠のない自信なんですけど
それを七曲市場っていう場所を使ってやっていこうっていう そうですねできたらなぁっていうこう
漠然とした今のイメージなんですけど
先ほどのなんか今は仕事がそのプロ 仕事でがプロジェクトというか生刈り市場をっていうのが結構メインで動いてると思うんですけど
そのサラリーマン時代はその 平日の仕事と土日の
表現活動とパキッと分かれててその時活動の方は活発に行けてたっていうことなんですけど なんかその辺の折り合いっていうか
51:04
はい 何て聞いたらいいんですかね
切り替えというかそうですねで今はちょっと混ざってる 状態じゃないですか
どうすかねっていういやもちろんねあの 結局ジャングラーであったりとかまぁ dj の話でもあったんですけども
それをすることで給料というかあの 収入を得て
っていうのが
人によっては理想やと思うんですよはい ただね僕もあのジャンクラフトという肩書で名刺を持っていろんなことをやったときに
自分がしたいことってその結局
それを 仕事ということで収めすぎると結局したいことよりも
あの 収入を得れることをしてしまう自分がいたんですよ
なので あの
サラリーマンで 基本的な生活ができる収入を得て休みの時に日常的に表現できる
あのこれはねあのまあ
僕もそういう先輩とかそういうこう 先人のそういうこう
ものを見て日常芸術家っていうような人もいてるんですよ
ちゃんとサラリーマンというか仕事はしてますでも その
空いた時間で 何か表現することを
40年続けてます それってなんか
言い割別としてなかなかできないことだと思うんですよね だからまあ
その場合やっぱり頭の切り替えっていうのも必要やと思うんですけども そういうこともある
ありやなって思った時があって まあそうするともう自由なんですよ
あの結局まあやっぱり なんていうのかな
したことに対しての対価っていうのは頂かないといけない時っていうのもやっぱり あるんで
それがこう自然に回る時が一番気持ちがいいというか
まあ例えば好きなアーティスト
まあこれは音楽のイベントに関してですけど好きなアーティストを呼びました それに対してチケットがこれだけ売れ売りました
でギャランティーこれだけ払いましたこれだけ残りました っていうこれが一番気持ちいいというか
54:06
うん だからそういう自然な流れ
でもそこには思い入れがすべてないとそうならないというか
そういう感じですかねぇなんかこう 切り替えというか
結構 寺下さんも葛藤しているタイミングとかはあったんですかね
ありましたね結構ねー
どっちが まあいいのが悪いのかじゃなくて自分に合ってるのか
いうのが ありましたかね
結構今はもうそこを抜けて
なんて言ったらいいんですかね 仕事も含めてあのまあ
全部まあ表現活動かなっていうそうでそうですよね そうですねうん
だからまあ あの
なかなかね今回まあ 飲食の仕事をしたのがここまで仕事は元々僕も生まれが心飲食店なんで
まあ 全く畑違いではないんですけど
実際 あの
ここまで仕事っていう形でやるのが 初めてだったんで
なかなか 苦労も多いとことが多くて
まあいろいろ 感じることはあるんですけども
でもまあ
それも経験の一つやなっていうのが すごい今思えてて
だからまあ 時間も出来始めてるんでだからもう今までもそうなんですよ
あの
どっぷり これには
ハマるでまた仕事をする でまた
毎週好きな表現をするというこう 波があってなんか
ローリングストーンじゃないですけどずっと一定に自分はこういう風にしてたいっていう ところはないんですよ最終どうなりたいかっていうのを模索しながら
でもまあ嫌なことはしたくないっていうだけでやってきてるんで だからなかなか
あの ここであの
あの 将来はどうしますかっていう答えもまあはっきり言って出ないという
ただあの 常にまあ
アンテナを張りながら自分にあった 自分の無理のない
57:01
やり方で
でも 振り返った時になんかこうあれ面白かったよなって言えるし
あわせというか その時は苦労でも後で笑い話にできるというか
っていう形でやっててでも常に あの
人よりはこう 物を見る
こう見るのかこう見るのかこう見るのかこう見るのかという高 角度というかそういうことをまあ
得意とするというか
って感じですかねだからなかなかここで具体的にね今までのアーカイブキー まあ
だ 聞いてるよりもなんか内容もいまいちやったんかなと思うんですけど
面白いですよ思いますかいやん 何かその具体的にこれをやりたいっていう
将来の姿はないにしてもなんかそのどうありたいっていうか どういう
スタイルでやってるのが理想みたいなのって あるんですかね
運動スタイル
これもちょっと考えながら話させてください
まああのなんていうかな
何もかもそうなんですけど 後でこう
後にその 行ったことに対して
今よりも後々 自分も他人も
何かこう 納得してもらえ納得できる納得してもらえるような何かこう
まあそれはもう事柄であってもものであっても 行動であっても
っていうのを残せ
残せれるようなそういうこう ものやったり
出来事を作っていけたらなっていうのがありますかね
まああの これってまあ話前後するんですけど最初に音楽とか
1:00:09
ファッションとか興味持った時にすごく好きやった先輩がいたっていう話したと思うん ですけどもその方が
僕が17歳の時 その方が21歳の時
いなくなってしまったんですよ
その時にあの 初めてまああの親戚のお年寄りの方が亡くなるっていうことは子供の時に
あったとしてもそういう身近な人が亡くなるっていうことを初めて体感して
あの それはもうすべてのテーマになるんですけど
あの全ての人に 対して
なんですけど 今回最後になるかもしれないっていう気持ちでやってるんですよ
それはまあここも漏れなくですだから
今回も会うの最後になるかまあそれはねあの 素縁になって会わなくなるっていうことも含めてだから
そこはだから
なんていうのかな それはだから何かイベントを仕掛けましたここにいる人
生まれたら中にはもう今回最後になるかもしれないと その気持ちで
やっていくっていうのが大きくテーマにあって だからまあ
できる限り 自分の
持てるスキルというかできることは なんていうのかな下手ながらにも
したいというか
ですかね
うん ありがとうございます
めっちゃ長時間ありがとうございます いやなかなかなんかまとまりのないな思ったよりなんか思ったことを話せたのかなーって
あるんですけど そしてあの毎回ゲストの方にお伺いしてるんですけども
寺下さんが今和歌山で気になっている人とか この人のルーツ的な話を聞いてみたいなって人とかいますか
はい えっとあの味噌のにある
味噌のブティック
ラーメン丸いはいとかをされている 幾島友子さんはい
っていう方まああのイベントで あの
付き合いというか知り合ってはそんそこまで長くないんですけども なんかこうすごくこう
1:03:00
なんていうのかなパワーというか なんかこう
なんか 短時間ですごく好意気投合した
なかなかねあの この年になるとなかなかそういうこう
ねあの いろんな
なんていうのかなそういうこう 気持ちが一致するというかフィットする人っていうの
方と知り合うかことってなかなか減ったんですけども すごくあの
優しい方でうん でこう仕掛けていることもすごく面白いなって尊敬できる方なので
はいその方の話を聞きたいなと思います ありがとうございます
最後に寺下さんから何か告知とかありますか えっとですねまぁあの
具体的な告知というのはちょっと今のところ ないんですけども
7曲がり市場の近くにある丸彦亭で ステーキを焼いています
うううううはい 平日の夜はまあ比較的
静かなのでまた何か えっと
話だけでもいいんではい 美味しいステーキ焼いてますのでぜひ
来てくださいありがとうございます営業日とかってどんな感じなんで 定休日が水曜日で
お昼の営業が11朝11時から 2時オーダーストップの2時半まで
ありがとうございますじゃあまた寺下さんが気になる方は丸彦亭にぜひって 感じでよろしくお願いしますありがとうございます
そして最後に白石くんから事務連絡をお願いします はいきせんラジオはスポーティファイアアップルボタン
キャストなど各種音声配信サービスで配信しています スポーティファイで番組をフォローしていただけたら嬉しいです
この人の話を聞いてみたいというリクエストや番組改善のためのフィードバックも募集 中です
番組のオープニングとエンディングの楽曲はお寿司の友美さんのアワヤングです お寿司の友美さんの楽曲はスポティファイで聞けるほかお寿司の友美通販サイトで cd も
購入可能ですこちらも是非チェックしてみてください というわけで本日は寺井一政さんにご来店いただきましたありがとうございました
ありがとうございました
まだ見ていない映画に合わせ飽きて飛び立つ
1:06:43
エルフもないだけど
01:07:39

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