00:17
やっぱりありがたかったんですけど、5年か、あそこで5年やったんですけど、だんだんだんだん騙してるっていう部分が自分の中に出てきたんですよね。
はい、どういうことですか?
喜んでくれてるけど、結局これを若い高校生や若い子らが、これが本物のこういう料理やって思って、外に行ったら違うかったとか、
喜んでくれてるけど、じゃあ自分が全力出した料理なのかっていうと、喜んでくれてるから作ってる料理であったりとか、
なんかそこの中ですごく皆さんが喜んでくれれば喜んでくれるほど自分で自分を追い詰め出したんですよね。
で、その頃になったらすごくいろんな生産者さんたちともすごく仲良くなってきて、
よくしてくれ、じゃあそれをもっとちゃんと伝えたいってなってきたときに、伝えられてないなっていう部分であったり、
その頃ですね、だから4年経ったぐらいの時に、こっちは田辺でいたんですけど、東京に行ったんですよ。
千葉さん、東京に。
東京に行って帰って、もう一回行ったんです。
で、働いてたんですけど、ちょうどずっとうちで働いてくれた若い子がちょっと辞めるってなったときに、
ほんまに何かをするってなったときには自分に足りないものを、真逆なんで2人が勝負するというか、
それをするってなったときにはいてくれたらなと思ったんですけど、まあ帰ってこんやろうと思って、
ただ一応連絡してくれてたのに、帰ってきたのにって言われてもなと思ったんで、
まあとりあえずバカなふりして連絡してみるかと思って、
じゃあまさかのまさかの帰るって言い出したから、逆に困りだすっていう。
そのとき千葉さん何されてた?
そのとき自分で東京の結構有名なパン屋さんで働いてたんですけど、
パン屋さん自身も方向転換とかあって、急にスタッフが増えたりとかして、いわゆるクオリティががっつり下がったんですね、パンの。
03:01
そこだったら、ここだったら違うところで働きたいなと思っているときに声をかけてもらったっていうのが。
パン作りをしてたんですか?
そうですね、少しだけパン作りさせてもらいました。
そうなんですね。
帰ってくると。
やべえと思って、帰ってくんのかいってなって、どうしようこんな場所で。
たぶん後でよく分かるんですけど、今僕らがやってるお店、この場所って、もともとは彼のご実家が白浜の居酒屋から移転してやったお店なんです。
そうなんですね。
そのときに、この階層全部、タイルからカウンターから全部用意して、公務店さんを流せたのがこいつなんです。
その後、いろんな公務店さんから、そのときの困った話を俺、めっちゃ聞かされてたんですけど、悪魔やと。
全部公務店さんにお願いしたときに、やっぱりすごいお金になったらしく。
じゃあパーツから全部用意してきてて、これをこうしてくれって言ったらやっぱりすごく安くなるじゃないですか。
それも無茶苦茶なこと言ってくるじゃないですか。
だいぶぼやきぼやいてましたけど。
でも本当に、この全部、テーブルから何から全部用意したのがこっちなんで。
だからあれだったんですけど、それ見てるし、この彼のお酒であったりとか、
簡単に言うと、僕はややこしいおっちゃんを相手にするのは得意なんですけど、
頭のいい人とかお金持ちを相手にすると何喋っていいか分からないんですよ。
ってなったときに、それができる人が欲しいと。
僕はただ一番いいのは奥で料理作ってるだけっていうのが一番いいなっていうのは。
じゃあそれしてくれる人ってなって、千原。
だけど前のお店では彼の良さが出ないお店だったんで。
そうなったときに移転っていうのをそこから考え出して、いくつかあったんですけど。
そのときちょうど映画って、お兄さん夫婦がされてたときに、
お兄さん夫婦がちょっとその前の師匠、そのお兄さんの師匠から手伝ってほしいって言われた。
そこの部分で悩まれていると。
あとやるっていう話になって、それでじゃあ初めは断ったんです。
僕一人で無理ですって。
ここは本当に家族でおいちゃんがいて、千原のおいちゃんとお兄さんが料理をやってて。
おばちゃんと千原がサービスでやってて。
それを俺一人の料理でできるかいにっていうことで、本当に昔は個室二つもあったんですけど。
無理ですって言ったんです。
06:04
いつまでに言ってくれたら、うち今駐車場14台あるんですけど、そのうち6台は違うところで借りていると。
あと10日で決めてくれたら、ここ一応この新満って呼ばれているところが、
やっぱり津波のこともあってから、高級住宅地になっているんです。
そうですね、小高いというか坂の上ですよね。
だからお医者さんや社長さんらが建ててるけど、駐車場がないんで、みんな駐車場取り合ってるんですよ。
だからそれまでに言ってくれたら、今の金額、すごく親様の優しい思いでリーズナブルにお借りできてるんですけど。
親さん大好きです。
それのあれで貸すよって言ってくれたけど、田舎でやるっていう時に駐車場がないってまず無理じゃないですか。
だけど僕じゃ無理やなと思ってたんですけど、最終になったのが、やっぱりこのお店のこの空間が自分自身がファンだったんですよ。
好きだったし。
これを変なダサいやつに入って、誰かに言われてダサくなるの嫌やなと思ったら、
一番作ったやつがカウンターで建てるのが一番道理に合うというか、一番しっくりくるんやろうなと思って移転ここに決めるっていう感じではあるんですけど。
なるほど。そこでモボに移転する。
そう、モボ。後付けなんですけどね。
自分がしてることっていうのが養殖屋がメインで、結局西洋文化を、とうとう西洋文化でもなくなったんですけど、外の文化を入れてジャパナイズするっていうのが養殖の考え方と、
この建物は大正後期、昭和初期の建物である、そこら辺からモボ、モガ、モダンボーイ、モダンガールってどこからモボって名前を付けたんですけど。
だからずっとモガって何かしたいなっていうのがあって、チーズケーキがモガになったんです。
なるほど。移転されるときはどんなお店にしようっていうイメージとかあったんですか?
これはちょっとややこしくて、まず僕がここ移転決めたときに、俺一人で無理やん。じゃあどうするってとこから、
あの頃でいうと日本で一番有名な、一番メディアに扱われてたパン屋のメインが、ちょっとお疲れやと。
さっき市原が言ったような、ちょっといろんなパン屋さんの事情があって、お疲れやと。いけるかもしれん。
自分が働いてたパン屋さんの先輩なんですけど。
09:00
本当に女性なんですけど、フランスに行ってパン修行して、そこのパンチ効いたパン屋の立ち焼けからいてメインでいた人間来るわけないよなと思ったんですけど、
頑張ったら来るって言うから。まさか、正直その時もこんやろうなと思ったから、じゃあ面白そうと思って。
だからまだ移転する前ですね。だから本当だったら一番スタートからそうしたかったんで、
勧誘するのに東京行って、まずは来てくれたんか。いろいろ連れ回して、田辺を。
僕らも辞めるってなってから動き出して、また東京にお願いしに行って。
最終、タイに行くか、田辺に来るかになった。タイ、タイ、田辺。
どっかの会社の何かになってるな。そこにある植物で商品開発か何かっていうのと、田辺に来て、
パン、あの時はパンじゃないな。田辺に来て、初めに行ったのは、1年ぐらい僕の調理補助やって、きれいな空気吸って療養すればいいじゃんぐらいのあれだったんですけど、
こっちで来てもらったり、2回目も来てくれたんか。いろいろしてた時に、田辺に来るって言ってくれて、家でパンを焼いて、
僕はその時初めて食べたんですけど、それを食べた時に、あれ、僕が調理補助した方がいいと思ったんですよ。
これ家庭です。僕その頃のパンブームが大嫌いだったんですね。その頃ってやっぱりパンブームだったんで、いろんな人がパンを持って、
僕がパンそういうの嫌いって言ってたらみんなが持ってきてくれたんですけど、なんかやっぱりどこもかしも同じようなことしてるなっていうのがあった時に。
その時ってどんなパンが流行ってたんですか?
よくあるのはふわふわだったりとか、甘かったりとか、逆にこれはあんまり言わないほうがいいなと。
言わないほうがいい。
いわゆる彼女のパンは、本当に麦の味がしっかりガンってくるようなパンを作られる。
だけど表面ちゃんと焼いたら、ちゃんと香ばしく、表面は香ばしくてあれなんですけど、
本当に1ミリぐらいであとはちゃんと噛み切れる。
ふわふわしてるんじゃなくて噛み切れるんですよね。
で、噛めば噛むほど旨味が出てくるって。
これ家で焼くって頭おかしい人やなと思って。
無理無理無理無理無理って言って。
送ってきてくれたパンを食べた瞬間に、俺料理やめるって言って。
12:01
パン屋になるってこっちに言って。
だからこっちに移転してきてからはどうなるか来てくれるかわからなかったんで、
5ヶ月ぐらいはビストロしてたんですよ。
ここで。
そうですね。2017年ぐらいにインスタグラムで移転しますってなって、
5月にパン屋さんしますみたいな。
その日5月だから狂ってた。
こっちに来たんやんな。
こっちに来て準備になって工事からあったんで。
そこでパン屋になろうと思って。
中途半端にしたら多分伝わらんなと思ったんで。
ここで僕の料理もやりだしたらちょっとややこしくなると思ったんで。
だからこっちがパンの調理補助して。
僕はじめ何にもできんくせに、何にも慣れてないんですけどレジ打ちして。
袋にパンを詰めてっていうことをして。
だから焼きたてで並べるから。
さっき袋入れられないじゃないですか。
行列できるじゃないですか。
めっちゃプレッシャー。
何も慣れてない奴がパン袋入れながらレジ打って。
もう地獄の日々でしたね。
修行時代に戻ったみたいな。
いやもう修行よりも嫌でした。
あと人間ってほんまに汚い生き物やなと思ったのが、
始めだからやっぱり焼かないといけないじゃないですか。
オーブンの特徴や何かもあるから。
だから半額ぐらいで始め合った時に、
本当に人間って汚い生き物なんやなっていうのをすごく感じてしまって。
いくらみんなが並んでてあれしてても、
自分のことしか考えずに大量に。
こんなにその人買ったら並んでる人は絶対買えんやんっていうのが分かってんのに。
とかいろいろあるじゃないですか。
あれ見た時、俺もうほんまに人間恐怖症になってしまって。
後ろに並んでるの見えてんのに。
そう。
それで100円かそれぐらいのに文句言ってくる人もいて、
喧嘩になるっていう。
だけどそこでパン屋になって、
ただちょっとね、機材トラブルでか、
そこの業者が台風の日に持ってきて、
ちょっといろいろあったりとか。
入るって言ってたのに全然入らなかったんですよ、サイズも。
でっかい機材なんで。
オーブンとかですか。
で、オーブンと1週間でオーブンがつぶれて、
そっから半年で2,30回壊れてんな。
そんなに?
うん。
それでちょっともう本当になかなかうまいこといかず。
で、やっぱりあの頃はやっぱり、
それだけの職人さんに来てもらったからには、
やっぱりちゃんとせなあなっていうのがあったんですよ。
だからもうやり切ってくれ。
だから塩も水も、水もトンダの水やし、
15:00
塩もごぼうの、あの塩何でしたっけ。
ごぼうの塩屋の、
天塩、何ていうのかな。
天塩、なんかそういうごぼうの塩であって、
本当にやり切って、
ありがたいことにつながりがあったんで、
皆さん、その生産者さんたちのお野菜や果物を使わせてもらったり。
だけどそれはやっぱり今すごく反省してるのは、
いいものって作るだけじゃなくて、
作るのってまだスタートラインに立つことなんやなっていうのを、
今ではわかるんですけど、
わからない人たちにそれを押しつけたところで、
無理じゃないですか。
結局今の、特に和歌山の、
皆さんが好きなパンと違うものをお出しするときに、
ただただこれがおいしいんやっていうだけじゃ、
やっぱりそこはすごく今反省しているところで、
もうわかりやすく一部の変態と、
県外のパン好きの人しか喜ばれなかったっていう。
和歌山県下ではなかなか。
そうですね、やっぱり原材料にこだわってるとかっていうのを、
今だとSNSとかでよく伝えやすいんですけど、
その頃まだそこまでメジャーでもなかったんで、
やっぱり伝え方も自分たちも下手くそだったなっていうのはすごく感じます。
まず伝え方というよりは、
本当にダメな、言ってもわからんやつはわからんという、
一番ダメな精神状態でしたね。
うまいこと言ってないから。
だからやっぱりそれがどんどん悪い方向に行ったっていう感じでしたよね。
だけど強引に、
みんなありがたいことにつながりだけはあったもんで、
コトブキのマミさんが、
じゃあもううちいつでも来てって言ってくれたんで、
月に1回コトブキさんでパンを販売させてもらったりとか、
そういうことでじわじわと外に広がり始めたんですけど、
それでやっとテレビや雑誌に扱ってもらえて、
やっとホッとしたなと思った矢先に、
家族の事情で山口に帰るっていう話になって、
また膝から崩れ落ちまして、
え?と思って。
そこでどうしようって一日本気で悩んで、
やっぱり人を入れてパン屋のまま継続っていうのもあったんですけど、
やっぱり僕は彼女のファンだからパン屋をやったんで、
じゃあもういいか。
ということでパン屋さんは辞めて、
でっかい機材だけ中にあります。
18:07
そこからどうなるんですか?
そこからですか?そこからの記憶はほぼないです。
そして今に至るという。
ただ正直言うと自分がやっぱり経営者じゃなかったなっていうのは、
はっきりあそこで分かったんで、
その中ですごくプレイヤーというか、
自分は体を動かしてるのは覚えやし、
何よりあの時一番ダメだったのは、
多分それが料理人じゃなくて、
経営者の人だったら彼女の力をちゃんともっと活かせてあげたと思うんですけど、
僕はリスペクトしすぎたんですよね。
できてるパンがおいしいから文句はつけれないけど、
もっと、もうちょっとこうしたら一般受けするんやろうなとか、
そこの持っていき方であったりとか、
じゃあまず結果が出てからそうしてあげてもよかったんですけど、
数年前の僕は僕で、
さっきの一番最初の話じゃないけど、
やっぱり初めの移転しようや何かのスタートっていうのが、
地元の人を騙しているっていうところからなんですよね。
だからこそ地元の人に本物を知って喜んでもらいたい。
その経験ですごくでかいなと思ってたから、
そこはやっぱりあんまりいじりたくないな。
今度は本物すぎて伝わらなかったっていうか、
伝え方が難しかったっていう。
バランスが難しかった。
バランスですよねっていうところで、
すごく反省しまして、
そこから自分が今度は主体になって、
やっぱりこれからやることっていうのは結局は、
やっぱりちゃんと僕がベース、僕がちゃんと軸になって、
そこにどう色をつけれるかっていうことをしなくちゃいけないな。
1年間そこから本当にありがたい出会いがあって、
正直だけど僕の中で心はだいぶ折れてたんですよね。
恐ろしいほどの負債を背負ったまま、
これからどうしようっていうのも、
だけど僕は勝負っていうか、
あれはやめて、ただただお金を返すだけ。
簡単に言ったら面白くないお店をしよう。
それがある程度落ち着いたら千原を自由にしてあげよう。
って初めは思ったんです。
だけどありがたいことに、
頭悪いことしてたらそういうのを喜んでくれる人たちもいて、
その人たちがまあまあ勇気をくれて、
続けていこう、続けられるチャンスをくれたかなって思うんですよね。
21:05
と思ったらコロナになって、
さあどうするよっていう感じだったんですけど、
そういう意味ではこの3年っていうのはずっと2人で話し合って、
本当に初めのカジュアルな店から予約制にして、
コース料理だけにしてっていう。
予約制にしたのはコロナになってから?
そうです。
取り分けの料理をやめようっていうのがまず大きいんですよ。
そうなるとやっぱり結局コース料理ってなるんで。
こんな感じなんですけど、国の言うことはちゃんと守るタイプ。
どこよりもあの時はガイドラインというか、
ちゃんと補助金や何かはいただきますけども、
だからこそ、
あの時にもっとカジュアルにしてわちゃわちゃして、
集客して小銭稼ぐことができたと思うんですよ。
けどそれ先何もないよねって2人の中でなったんで、
じゃあするなら先のあることをこの時間で全力で用意していこうってなった時に、
まずお金がない。
時間はある。
機材がなぜかわからんけどでっかいオーブンもあったり何かするってところから、
あと僕自身は何もなくても通帳見たら震え上がるんで何とか持つなと思ったんですよ。
あれってすごいですよね。緊張感が一気に出るから。
だけどうちの相棒が何も目標もなく営業もちゃんとできない中、
これからってなった時にはしんどくなるやろうなって思ったんで、
そこでお酒のこと勉強してほしい。腐らんから。
ということでこれだいぶ整理されてますけどコロナ禍これ4弾になったんですよ。
前後にカウンターにお酒が2弾並んでるんですけど。
あれが4弾になるぐらい毎日毎日誰も客こうへんのにお酒ばっか届いたんですよ。
自分で一応あんな単価切った手前、もうやめてって言えないんですけど、
毎日毎日佐川と黒猫が来るたび震えてました。また来た。また来た。
だけどその間にすごく勉強、お酒勉強してくれて。
もう一つはチーズケーキ。今あるやっぱり機材から和歌山の
僕らがよくしてもらってる生産者さんたちの形をどう形にして、
それもMOBOと違ってMOGAというチーズケーキはやっぱり全国に行ってくれるんですよ。
MOGAを通じてMOBOを知ってもらえたらと思ってスタート。
そしてこの3年やっぱりやることなくチーズケーキをもう1000超えたな。
24:03
1000を超える試作をやって。
そりゃ3年間あれだけ0.1グラム単位でずっと焼き続けてやってくると、
そりゃおっさん2人ちゃんとこのおいしそうな体になりますよね。
メタボ体系って言うんですか。
お客さんこんから動かんのに高カロリーの物ばっかりの
0.1グラム単位が何が変わってるのか分かんないんですけど、
だけどやっぱりずっとやってたら分かってくるんですよね。
で、ずっとそれをやって。
やっぱりそこからですよね。だけどやることないから。
けど良かったなって思うのは、
おっさん2人が毎日くだらんことをずっと言い合っても
言い合えて3年間過ごせる関係っていうのは
多分他のお店さんにはないあれなのかな。
意思のすり合わせから。
やっぱりそこっていうのはでかい3年にはなったし、
今東京では、東京っていうか日本全体で今までになくやはり日本のお酒。
日本酒、焼酎、ドブロクであったりっていうのが
やっとムーブが動き出したっていうか。
いろんなすごく雑誌とメディア等で扱われだしたり、
イベントもこの数ヶ月だけでもすごく大きなイベント
数万人単位を集めるイベントが行われ始めた。
その中で僕らが今やってる酒ペアリングっていうのが
お酒をメインとしたペアリング。
だからそれがワインだと思うんです。
それをうちはお酒でやっている。
ただそれも日本酒をただ出すのではなくて
抽出したものをワインと合わせたりとかして、
より料理に合わせる。
あとお酒だったらかん。
やっぱりかんっていうもののすごさ。
かんってネガティブなイメージがあるんですけど。
一回本当に体験してもらいたいのが
やっぱり僕がなぜこれにこだわって
このコロナ禍、勝負そこにかけたかっていうのは
新万八番地っていうのが前のお店の名前なんです。
千原家がやってた。
僕がお客さんとして来てた時に
僕はお酒が飲めなかったんです。
自分で店をするから初めて
勉強するのに教えてもらう。
その時に大井ちゃんらが出してくれるおいしい料理に
千原がカウンターで
いろんなお酒をどう楽しむっていう形のことを
してくれたんですよね。
それが僕はすごく楽しくて。
だからやってることは延長上なんですけど
自分が楽しかった、自分がファンになった
そのあれをみんなに経験してもらいたい。
それがやっぱり一番なのかな。
ただそれだったら本当に
わざわざこの白浜でもない
27:01
景色も良くない
ただの住宅地に駅前でもないから
本当にこれからは宿泊施設のことも
ちょっと考えていかないといけないですけど
やっぱりお酒飲んだ後のことで
ちょっとやっぱりあれなんですけど
やっぱり嬉しかったのはこのゴールデンウィークには
うちを目当てに酒ペアリングを楽しむために
宿をとって来てくださったお客様が
いてくれたっていうのはすごく
嬉しかったし自信になって
ちょっと本当にこれからもっともっと
そういうものができれば
やっぱり棚辺って
どんどん高速や何かができた時に
通り過ぎられる場所じゃないですか
わざわざやっぱり棚辺にっていうのがないんですよね
やっぱりそういう部分で
正直パン屋にあの時来たのっていうのも
それだったんです
パン屋の場合は
皆さん今特に女性の方々は
ドライブカテラに来られるじゃないですか
山の上にあったりとか
そうですね
わざわざそれを何軒か行くうちの一つの
ドライブコースの一つにするじゃないですか
じゃあやっぱり棚辺の街にも
降りてもらいやすいじゃないですか
なんかそういうもので
僕はすでに東京から2人
人を呼んで
まだもうちょっと狙ってるんですけど
頭悪い子は
もうそんな勝負せんとか言ってたくせに
下の根も乾く前に
速攻本当は
だからもがえっていうチーズケーキやる前にも
今東京あれやったら来てくれるんじゃんと思って
パテCを狙おうとしてたんですけど
ちょっと流れたんですけど
体調的な問題で
なんかそういう形でどんどん
いろんな知識や技術がある人が
正直県外でいっぱいいると思うんですね
力を発揮できてない人たちが
けどこの街は
素材はすごくあるんです
ってなった時にはすごく可能性のある街だと思う
わざわざ伸びしろがある
ってなった時に
なんかそこの循環がうまくいけば
働くために移情する人であったりとか
それを求めて遊びに来る人であったりとか
一個そういうお店ができると
なんか
キビノ町のジェラート屋さん
あそこってすごくそこから循環されたじゃないですか
なんかああいうのはすごく素敵だなと思うんです
やっぱりあれ
なんかすごく地域や何かにとって動くその中で
なんかそういう一個
特にだけどそれって飲食店ってできやすいと思うんです
なんか自分たちは
30:03
お世話になっている農家さんや生産者さんたちと
なんか一緒にしながら
そういうものになれたらっていうのは
まだ諦めてはないんですけど
そこからまた今の形のモボって
何料理とかもさっきランチいただいたんですけども
何料理とかも言いにくい
創作料理モボっていう風に名乗られてるんですけど
初めオウフ料理だったんですけど
とうとうオウフ料理じゃなくなったんで
初めだからここに上がってくるときに
オウフ料理ってやってたら
まだフランスやイタリアとか
そんなん関係なしでいいやろうって言ってたんですけど
とうとうオウフじゃなくなったんで
もう創作料理かという
一応だから今自分たちの中であるのが
今回コロナ禍になったときに
まず一番にあったのが
リナーの
これはあれなんですけど
自分たちが今43の歳で
一応今回話し合った中で
一番の目標というか
これから先の中で目指すところっていうのが
50歳までにカウンター6席の
お酒とのペアリングのコース一本でやれる
夜の営業はですけど
そこのお店に持っていく
じゃあそこに行くにはどうするかっていう
そこからの逆算で物事を考えていこう
っていうところからスタートしたんですね
それで千原さんもお酒の勉強が始まって
もともと本当にすごいお酒はあったんですけど
やっぱこの3年でとんでもないことになりまして
すごくいろんなオンラインサロンに入ってくれて
勉強してくれたり
いろいろ勉強しに行ってくれて
それでお酒の販売につながるんですけど
本当にそのおかげで
リナーの営業をする
じゃあまずチーズケーキっていうものができた
それはおもたせや外に知らせるもの
じゃあランチをどうするってなったんですね
なったときに
正直もう夜をこだわるから僕としては
昼間はやっぱりもう楽したいなって
あともう一つが
簡単に
簡単に言うたら
この街の皆さんが望んでいる形のものを
リーズナブルにやって
わちゃわちゃちょっと賑わってるぐらいの方がいいんじゃない
僕も楽屋しいって思いますけど
この鬼はそれを許してくれないんで
そんな何食ったか記憶されるようなものもやめろって言われたんで
やっぱり何か専門的にこれって言ったら
モボってなるもの
これ食べたいと思ったらモボ行こうっていうものにせいって言われて
またいろんなこと言ってきたなと思ったんですけど
33:00
でまずスタートしたのが野菜だったんです
やっぱり自分たちの料理していることもそうなんですけど
生産者さんたちのつながりであったり
それはMOGAとリンクすることで
それをダイレクトに形にできる野菜っていうものの
それも2つ食べてもらったと思うんですけど
プレートと焼き野菜
やっぱり
おしゃれな味っていうのは正直言われたら
ちょっとショックな部分もあるんですけど
そうじゃない
ちゃんと食べておいしいけれど
ちゃんと見た目って非日常というか
レストラン外食したときに大切だと思うんで
来たときの華やかさであったりとか
いろんな多様性
いろんな味付けや何かで食べてもらって
野菜を楽しんでもらえるものと
土直球に焼き野菜で野菜の味を楽しんでいただくっていう
その2つの構成で本当に野菜を楽しんでいただいて
動物系本当にお肉やお魚や
それは旨味調味料というか調味料として
野菜をおいしく食べるための調味料として使うっていう
野菜が主役のランチ
それをポタジェっていう形で
まずそれは本当にずっと器から全部特注で作ったりして
あれはしてずっとこの中
トライアンドエラーっていうんですかね
やっては直しやっては直し今の形にできあがって
ってなったんですけど
どうしてもやっぱり男性のお客さん
お酒を飲んでもらいたい
男性のお客様にもモボを楽しんでもらいたい
ってなった時にカレーになって
と思ったら今度はグリーンカレーっていうのは
本当に和歌山の
それはうちのお世話になっている原農園さん
コブミカンっていうものが
多分日本でちゃんとできてるのは
多分2件ぐらいっていう話をしたんですけど
だから国産のコブミカンの葉っぱや実を使って
グリーンカレーができてるのは
多分うちぐらいだと思うんですよ
そこにレモングラスであったり
生姜バナナの皮使ったり
あと何かあったっけ
本当に
生姜とかニンニクも
とか本当に和歌山の食材で
グリーンカレーの特徴を出せるっていうことが
気づいたんで
でグリーンカレー食べた時に
やっぱり皆さん言ってたのが
やっぱりただただ辛いっていうことと
あとやっぱりコブミカンもちゃんと使えないんで
葉っぱでやるんでえぐみがあったりするんですよね
そこでずっとやって
今日食べてもらうときに
グリーンカレーの上に置いてた緑のオイル
あれがコブミカンの葉っぱとバジルの葉っぱで抽出してるんで
すごい綺麗な緑のオイルなんだろうなと思ってたんですけど
だから多分圧倒的な辛さっていうよりは
圧倒的な香りで楽しんでもらうグリーンカレー
36:02
でベースはちょっとこの暇で遊んでた
だいぶちょっと僕の料理も変わったんですけど
今僕の料理っていうのがラーメンの返し
ちょっとラーメンに凝ってた時期がありました
そこから本当に面白いなと思って
塩ラーメンと醤油ラーメンの返しを作って
そこで今だいぶ料理のベースがそこから作られているんです
塩ラーメンの方が本当に干し貝柱とアサリを出汁を使った
メインにした出汁に返しにしてるんで
それをベースにグリーンカレーを
だからクリームでいっぱいやってるというよりは
お出汁とココナッツミルクあれを半々ぐらいでやって
旨味の効いた出汁の効いた
さっぱりした旨味があって
そしてそこに香りを乗せたグリーンカレーになってるんで
本当にそこに関しては
逆に僕がグリーンカレーをちゃんと食べたことがなかったんで
変なイメージがなかったんで
面白いところに着地できたなと
自由に作れたというか
なるほど
もう片方のカレーの方も結構魚介感というか
あったように思うんですけど
あれはSDGsカレーって呼んでるんですけど
あれに関しましては日々違います
そうなんですね
なるほど
アルモン全部入れてます
その日その日で違います
なるほど
美味しかったですね
ありがとうございます
今このMOGAでチーズテリーを全国にというのと
お酒のペアリングコースと
お昼のコースもかなり完成されて
結構今のMOGOって
南さんにとってもう理想的な形になってきてるなって感じなんですか
そうですね
理想的なのかどうかは
これなくて言ったら本当に本末転倒なんですけど
一番の理想は夜酒ペアリングだけでできたら
一番の理想は理想です
だけどだったんですけど
いざそれをやって
突き詰めてずっと同じやって
トライアンドエラーやったときに
自分の中では想像以上に出来上がったなと
今の僕らの目標は今は2人なんですけど
ちょっと本当に2人でやってることじゃないんです
チーズケーキやって
ランチもあって
ディナーもそういう酒ペアリング
そこに今度お酒の販売が始まる
今隣を改装されている
だったら間違いなく足りないんですよ人
だからまずもうちょっと軌道に乗ったときには
39:01
もう一人仲間をまた
どうせ東京から呼ぼうとしてるんですけど
僕の悪いところが人を育てるっていう気が一切ないんですよね
自分が成長することしか考えてないから
だけど前の後藤っていうパン職人もそうです
千原もそうなんですけど
僕は能力ある人に
その人が何かできる状況は作りたいんです
フルパワーでやってもらったらそれを見るのが楽しいし
それが僕のスキルアップになるんで
だから今度も多分パテシエさんを狙ってるんですけど
ちょっとそうなったら
そうなったときに本当に完成されるかなとは思っています
それ楽しみですね
パテシエさんを来ていただいたら
MOGAもお願いというかお任せして
そうですね
だからそうなったらMOGAももっといろいろできるやろうな
バリエーションだったり新しい形に
またさらに新しいものを作ってもらったらいいなっていう感じですかね
本本的に一番僕が手伝ってもらいたいのは
パテシエさんとかにセンスがあると思うので
どうしても僕の料理って結局洋食屋なんで
またやっぱり古臭いというかあれなんです
その僕が作ったパーツをその人が盛り付けや
今の料理コースになってくると
ものだけじゃなくてプレゼンテーションであったりとか
これいるっていうのがいっぱいあるじゃないですか
石の上にちょんと乗ってたりとか枝の上になんかあったり
あの発想が全くないんですよ
見せ方というか
あと今はチーズケーキをやってるんで
チーズケーキが最後なんですけど
なんかやっぱりもう少し違う形の軽やかな
締めであってもいいと思うんです
ランチとかはあれでいいと思うんですけど
ディナーの最後はもう少し軽やかなものになってもいいかなとか思うんで
なんかパテシエさん
あともう一つが結局1・1になってる時に
調理補助
二人を助けて間に入ってくれる人がいてくれたら
千原はカウンターから動かなくていいし
僕は僕でもっと料理に集中できるってなった時に
なんか潤滑意になるようなそういう人が入ってくれると
そうなった時には本当に自分の理想の形になるかな
だから本当に今までだったら
本当にだけどモガっていうのをするにあたって
それはパン屋の反省だったんですよね
人にものを伝えるっていうことの大事さを忘れてた
忘れてたら知らなかった
42:01
そこからまずデザインっていうものをちゃんと考えるようになったんです
それでデザイナーさんと仲良くなって
お願いしてる人がいるんですけど
そこからその人も広がっていって
今本当にものを作る
だからインスタグラムもすごくちゃんと力を入れるようになったし
今までのように知らん奴は知らん
教えても無理やとかそんなんじゃなくて
どういうふうにモボってこういうお店で楽しんでください
こうやって楽しんでください
これで本当に気軽に遊んでくれたらそれでいい
価値観はやっぱり人それぞれなんで
そこがもっと気軽さ
間口を広げられる
そういうふうになればいいな
だからやっぱり
ものを作るだけではない
今回本当にいつもの僕なら絶対に
橋村さんからラジオのお話来たときに
許してくださいって謝ってたんですけど
初めラインが来たときには
ちょっと見て見ぬふりを
どうしよう
だけどやっぱりこの頃すごく実感
やっぱりその人にちゃんと
ブサイクでもドンクサイクでも
ちゃんと自分が伝えようとするっていうことの
大事さっていうのはすごく感じ始めたんで
ちょっとそれだけはしていこうかな
っていうような意識の変化
だから今度これが流れてるときに終わってると思うんですけど
和歌山カレー大会にもちょっと花火にお願いして
頼んでもらって出してもらえ
自分たちから引きこもりが
僕本当に日本一陽気な引きこもり
とにかくお店でいろいろやってて
面白いことしてたらやっぱりありがたいことに
今までみんな来てくれてたんですよ
面白い人たちが勝手に
面白い人たちがまた面白い人たちを
連れてきてくれるから出ていく必要性がなかったんですけど
やっと43になってそれじゃあかん
お前が出てけっていうことに
ちゃんと反省をいたしまして
だいぶみんなに怒られたっていうのもあるんですけど
そしてこの隣の酒屋さんはいつオープンするんですかね
実はもう焼酎は始まってるんですよ
はいはいはい
今は店内で販売しちゃダメなんで
常温で置いとけるものは
今やってるんですけど
外に置いとけるんで
修正法ってやつで飲食店は
中で販売しちゃダメなんです
45:01
だから外にある倉庫を今改装してるんですけど
一応お会計や何かはここでしてもらって
一応瓶を並べといて説明をやって
買ってもらってそれを持ってくるっていう
時間あれば覗いてもらいますけど
お客様にも
そこの秘密の小部屋があるんですけど
そこに入ってもらって見てもらうっていう
今橋村さんがすごくわがままにやってくれてますけど
そうなんですね
店の中から行ける
いやですね
それは外から
外から回っていかないと
法律的に言いますね
そうですね
具体的に言うと
飲食スペースとお酒の管理スペースを
丸っきり別にしなきゃいけないっていう
法律がちゃんとあって
そもそもこの辺りを始めたのがコロナの影響で
コロナの患者さんが増えると
家のみになるじゃないですか
そのあたりの件も含めて
取得したっていう流れなんです
なるほど
その時にはもうコロナが終わってる
そうなんですよ
元々は
うちらしいやり方ではあります
販売結構厳しいって聞きますね
お店でその場で飲むっていう出しよりは
なかなか本当に
法律から何から詳しい人に頼んでとか
そうですね
その後は自分で調べて
これだったら取れるっていうのが
時間はいっぱいあったんです
手続きとかは
全部自分で
全員で
すごい
結構飲食されてる方とか
出演された時に
皆さん聞かせてもらってるんですけども
南さんにとって
いいお店ってどういうお店かなって
何かありますか
こういうお店が
まず僕自身が
飲食店に行かないっていう
あれがあるんですけど
何なんだろう
具体的に和歌山で
このお店好きとかって
柴原さんはいかがでしょう
いいお店はいっぱいありますけどね
行ってて思うのは
やっぱりおいしいだけが一番じゃないな
っていうのはすごく感じますよね
やっぱりその空間であったり
誰がされてるのかとか
本当においしいだけだったら
いわゆるチェーン店とか行かれた方が
もしかしたらおいしいのかもしれないし
っていうのはやっぱり思いますし
誰がされてるかとか
その人の持ってる空気感とか
出来とかっていうのがやっぱり
48:00
トータルしてすごくいいお店なのかな
っていうのが
やっぱりいいお店って感じの店って
やっぱりそのあたりが結構しっかりされてる
方がやられてるお店が多いのかなっていうのが
結構あるっちゃあるし
なんていうか
やっぱり僕らは
チェーン店さんや何か
すごいコンビニもすごいじゃないですか
やっぱり僕らは利便性では勝てないと思うんです
そういう今のこれからの流れとして
特に地方なんかは
やっぱり古くからあった
どんどんその個人の
そういうお店が
やっぱり高齢化であったりなんかで
どんどん占められていって
どんどんチェーン店家のお店が
田辺だけではないと思うんですけど
結局やっぱり
こういうお店の名前出したのかな
でっかい回転寿司のお店とか
その有名ハンバーガーチェーンさんとかって
結局今回のコロナ禍だけじゃなくても
地方の場合
この田辺っていうところでも確か
あれですよね
田辺の
ハンバーガーチェーンさんは
西日本で一番のなんかができたんじゃんあれ
大きく改装されて
改装して西日本で一番の
なんかそういうのもできて
有名なチェーン店のお寿司屋さんなんかも
全国のトップ10とかの売り上げ入ってくるぐらいの
今ちょっとわかんないですけど
一番絶頂期の時はそれぐらい入ってくるぐらいの
売り上げされてるんで
っていう街で自分たちが
お店をするってなった時には
やっぱり利便性じゃない
何か提案というか
それはやっぱり悲しいかな
やっぱり同じものでは
自分が養殖をやめた理由っていうのもあるんですけど
養殖屋さんって本当に大変なんです
けどどんどんちゃんとした養殖屋さんが
なくなっていってるのは
どうしても養殖って
日常食の延長になるじゃないですか
家で食べれるもの
同じものじゃなくても
同じものとして捉えられるんですよね
オムライスから何からいろんなもの
けど僕は兄弟子たちが
やっぱすごいなって思うのは
同じパン粉をつける
その行為一個で全然違うんですよね
僕の兄弟子がつけると
全部立ってるんです
パン粉が
押しつぶされてないから
だからフライヤーで揚げても
ちょんちょんって軽く振るだけで
油があとちょっと立てかけてたら
油が全部落ちていくんです
けど下手くそな人がやると
つぶすから全部油がこもるんですよね
それはだけどそれまでにいく
カットの仕方やその粉のつけ方
51:00
全部なるんですけど
あの人たちは毎日同じことを
ずっとやり続けてる
あれには勝てないなって
まず思ったんです
本当に職人ってこういうことやな
だけどそれが評価されないんです
あれを見たときに
けどパスタや何かっていうものを
仕事量からしたときには
全然簡単に作れる
けど値段は高く取れる
重要なのは供給のバランス
ことだと思うんですけど
やっぱりそこの部分の中で
けどそれを間違ってるって言っても
もう何も変わらないことだと思うんです
それをじゃあこれからは自分たちは
その価値をどう伝えるであったり
どう見せるってなったときに
それは空間から始まると思うんです
音楽からカトラリーから
全部になってくると思うんですけど
やっぱりそこの意識というか
それがちゃんとされてるお店って
すごい素敵やなと思うし
すごくいいお店はいっぱいあると思うんです
この街にも
それは僕が知らないだけだと思うんですよね
だからそういう部分で
どういうお店がいいお店って言ったら
あれなのかわからないんですけど
なんか自分は今は
真摯にそれにちゃんと向き合えてるお店が
いいお店なのかなとは思ってはいます
50歳までにカウンターで酒ペアリングの店で
っていうのは言われてたんですけども
MOBOとして
みなみさん個人として
これからの展望であったりとか
こういうことやっていきたいって
なんかイメージされてることとかありますか
展望なのかどうかはわからないんですけど
今この3年で
コロナ明けの
コロナ
自分たちの中でずっとあったのが
コロナ後の世界というのは
もう違う世界だという考えで
動いてきたんで
これから
一番の目標にあるのは
やっぱり
わざわざ
MOBOに来てもらう
それは遠方から
市外から
そういうお店になれば
この街にも還元できるのではないか
展望ってこれはずっと10年間変わらないことなんです
10年11年
お店を始めてからずっとあることなんですけど
54:01
やっぱり自分は神戸から帰ってくることが嫌だったんです
帰ってきたところで何もできんやろうと思ってたし
だけどそうじゃなくて
地元に帰ってきて田舎に帰ってきて
田辺で商売をさせてもらったときに
めちゃめちゃ楽しかったんです
すごく
何でもできるし
だって今なんて
もう1日で商品が届く時代ですから
ってなったときに
この街の方は絶対都会より面白いことができる
やっぱりそれは知らなかったんですよ
そこに体験するまでに
思ったより
すごい面白い人たちがいっぱいいるんだ
知らんから
田舎に帰ったら都内やって思ってたのが
あれ田舎の方がすんげえ面白い
になったんですよね
多分同じことを思っている人たちがいっぱいいると思うんです
若い子らで
外には出て行ったけど
帰っても何もできんわとか
田舎に帰ってもなーとか
非常に自分で作りゃいいだけの話ですからね
だからそういうのがちゃんと自分たちがやって
大人が
八村さんもそうですけど
大人が一番楽しんでやってる姿っていうのが
若い子らに伝われば
出て行っても帰ってきてくれると思う
新しい地位が入ってくれば
もっともっと
面白い選択肢が増える
街に選択肢が増えるって
すごくいいことだと思うから
なんかそれの一端でありたいなーと
いつまでもだから
あいつ何してるって言われたい
いまだに
この街の人たちは
今の僕らの現在地を分かってない人らが多くて
今何やってんのってよく会ったら言われます
それぐらいずっと変化し続けているというような
節操がないと言われて
飽き性だとも言われてます
否定できないので苦笑いしかできないです
長時間ありがとうございます
暑いっすね
毎回ゲストの方にお伺いしてるんですけども
南さんが今和歌山で気になっている人とか
この人の今回みたいなルーツ的な話を
聞いてみたいとかっていう人っていますか
それは
次回ゲストと言いますか
次回ゲストは
千原さん言ってください
千原さんから
一応勝浦の方で
測り
測りより
オーガニック系の食材
商品を扱ったり
いろんな地球に優しい
いろんな調理道具でやったりとか
57:00
やられている
いろどりさん
中村美奈子さん
がちょうど田辺にもお店を出されて
正直な
正直ちゃんと言っておきますけど
まだそんなにつながったのは少ないんですけど
1回まず何年前
2年前ぐらいに
知り合いを介して
うちに食事しに来てくれてから
知りまして
そこから見てたら
僕と真逆の本当に太陽な人なんですよ
すんげえなこの人って思って
バイタリティというか力というか
本当に引きこもりと全く違って
もう外に出られて
もう走り回ってる人ですよね
俺いっかにここから出らんと
どうやって何とかできんかって
考えてる人間なんですけど
本当に今でも勝浦と田辺を
行ったり来たり行ったりして
やられてる人で
なんかこういう大人になりたかったって
生まれ変わったら
ああなりたいなって今も思ってます
田辺のどの辺にお店を出されてるんですか
田辺の本当に駅前ぐらいのとこなんですけど
駅前商店街
本当にもう田辺駅降りてすぐです
帰りにちょっと寄ってみます
はい 色取さんって
そうですね
多分30ぐらいまでは本人いらっしゃったんですけど
私3時で帰るわ
他のスタッフさんはいると思うんで
ありがとうございます 楽しみですね
パンチが効いております
楽しみです
紹介してくれたのは
ラジオにも出られたヘメンさんが
すごく素敵な人がいるから
ということで紹介してくださって
じゃあまた次回話を聞きに
よろしくお願いします
最後に南さんから何か告知などありますか
告知ですか
告知は
酒屋さん始めます
ちょっと始めの方は
ちゃんと何て言うんですかね
4種類 4蔵なんですけど
ちょっと本当に大体が和歌山始めてとか
そういう形の蔵のものなんですけど
ちょっと何分に
とても人が2人というもので
営業中とかああいう場合は
ちょっとなかなか本当は説明したり
まだできないので
もし本間に興味がある方は
ちょっと予約というか
連絡いただければ
ちょっと他のにお手伝いしてくれる人を入れて
支払いをフリーにしますので
ゆっくりお酒の話してもらえるようにしますので
何かあったらちょっと連絡いただけましたら
と思っております
野望とかは
もう同じモボでされる感じなんですか
1:00:01
たぶん電話番号が一緒なんで
たぶん出るときはモボで出ると思う
そこまで考えていません
またこれからちょっと同心会していく楽しみですね
そうですね
ちょっと本当にそのお酒を絡めて
ちょっとこれからは和歌山市でやったり
もっと南のかつ売れ
何かお酒を使ったポップアップや何かを
ちょっとしていきたいとは思っているので
させてくれる人がいたら
言っていただけたらホイホイいきますので
ぜひモボさんまで
言っていただけたら
ポップアップさせてくれる方がいましたら
ありがとうございます
今回も南さんのお話中心に
がっつり聞かせてもらったんですけど
千原さんのこのルーツ的なところも
すごく気になるところなんで
ちょっと機会があればよろしくお願いします
よろしくお願いいたします
最後に白石君から事務連絡お願いします
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番組のオープニングとエンディングの楽曲は
お寿司のともみさんのOur Youngです
お寿司のともみさんの楽曲は
スポティファイで聴けるほか
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こちらもぜひチェックしてみてください
というわけで本日は
創作レストランMOFOのお二人に
ご出演いただきました
ありがとうございました
ありがとうございました
すみません長時間ありがとうございました
いえいえいえ
大丈夫でした
もういやいや
おやすみなさい