数ヶ月経って、なんか料理の時に僕が作ってない家族が作った料理のところで、
それでマスタードも出てきてて、じゃあこれつけて食べるみたいな感じになって、
2人でこうやって食べたら、食べてみたら全然癖が感じられなくて。
え?何が?
あれ?これめっちゃ使いやすいじゃんって思ったんですよ。
変化しちゃってるじゃないですか。
そう、そうなんですよ。
で、食べて、お互い無言で食べて、モグモグしてごっこにして、
で、ちょっとお酒とか飲んだりとかして、一息ついて話し始めたら、
ほぼ同じタイミングで、味変わったよねってなったんですよ。
これ、この料理に合わせたとかじゃなくて、単品で食べても全然癖ないから、
めっちゃ使いやすくね?みたいな話をして、
同じ感想が、そうそう今言おうと思ってたみたいな感じになったんですよ。
そんな味変わる食べ物あります?
寝かせてるうちに味が馴染むみたいなのは、自分で作った調味料とか、
それこそラー油とかさ、そういうのは全然あるなと思ってて味が馴染むみたいな話が。
瓶を開けて、それによって変化が生まれたり、
要は劣化したりしてるものとか、何かの香りが飛んだりとかしてた結果、
まろやかに感じるようになったのかもしれないんですけど、
結果、使いやすいねってなったんですね。
単純に、ちょっと気をつけたかい話でよろしくお願いします。
単純にそれ、めっちゃ嬉しかったんですよ。
同じ感想、同じ体験をして同じような感想が生まれたこととか、
これは別に違ったら違ったら面白いんですけど、
同じだったことが、この人と一緒に暮らしてるしなとか、
結婚もしてるしなみたいな話って考えた時に、
いいっすね、いい話。
一番身近な友達みたいな話じゃないですか。
同じ、これに対してこういうふうな物事の捉え方をするんだみたいな、
物事の切り口というか、レンズの持ち方みたいなのが似てるんだなと思ったんですね。
なんていうんだ、ありがたいなーってその時に単純に思ったんですよ。
今から気圧性高い内蔵使った後悔感謝を伝えようとしてます。
その時に単純に思った後に、
思い返していろいろ考えてたんですけど、
家族なり彼女なりカップルなり恋人とかいいんですけど、
友達でもそうなんですけど、
趣味が合うとか、
自分が好きなものを相手が好きとかっていう話じゃなくて、
解像度が合ってることが大事なのかなって思ったんです。
例えば自分がすごく音楽が好きで、
別に奥さんは音楽も聴くけど、
僕と同じバンド同じアーティストが全く好きかってそうじゃないんですよ。
好みが分かる。
漫画にしても、漫画は読むけど、
僕が面白いと思ったことの全部を別に面白いと思ってるわけではない。
でも体験した時の、
物事をどういうふうに解釈するかの、
レンズの種類みたいなのが似てることが大事なのかなと思ったり、
掘り下げる流土みたいな話が近しいことが大事なのかなと思った。
同じことを体験した時に、
それをどのぐらいの深さまで自分なりに解釈をして落ち着けるかみたいな話だとか、
一つの材料からどれぐらいの情報量を自分に吸収できるかみたいなところの、
転換率みたいなものが近しいことが大事なのかなって思ったんですよ。
なかなかそういう経験ないですね。
よくマッチングアプリとかでもそうですけど、
趣味が合う。
それこそ猫が好きとか犬が好きとかの話だったり、
旅行が好きとか家にいるのが好きみたいな話とか、
それはもちろんあるんですけど、
それが合ってるほうが、
合ってるのも大事だと思ったんですけど。
あなたの感覚分かんないって言われるよりは全然いいですよね。
たまたま音楽が好きですってなったとして、
好きな音楽のジャンルが全然違うかったら受け入れられないみたいな話よりかは、
私は音楽が好き、あなたは映画が好きみたいな話の時に、
ジャンルが違うけど、
物事の面白がり方が似てることのほうが大事なんだと思ったんですよ。
この後はうまく説明できないんですけど。
言葉が悪いんだよな。
遊園地に行きました。
ジェットコースターに乗りました。
単純にフィジカル的に楽しかったみたいな話でしかなかったら、
その後しんどくないですか。
あそここだわりあったよねみたいな、
例えばね。
観察眼だとか、
トータルの体験でこうだったよねみたいな話だとか、
深掘りできる対話が成り立つことのほうが大事だと思ってて、
自分は今まで外出るの苦手だったけど、
外出てみたらこういうところの観点が面白かったみたいな話をした時に、
もちろんそこを専門で好きだっていう人からすると浅いかもしれないけど、
でもそういう面白がり方をしてくれることがすごくいいじゃないですか。
ディスペクトを感じるじゃないですか。
分かりました。
僕今日ちょうどその話をしてて、
ちょっと僕の場合こうなんですけど、
ある山に登るときに、
登山者なら誰もが目指す穂高岳っていう、穂高っていう山があるんですよ。
そこを登る楽しみ方について話をしてたんですよね。
そこをピークハントをするのが好きな人もいれば、
私は隣の山からその山自体を眺めるのが好きだっていう人もいたんですよ。
でも大体それに近いと思うんですけど、
もっと言うとそこが合ってるに越したことないんだけど、
いろんな山の楽しみ方があるんだっていうメタな認知から見たときに、
こういうのもあるし、こういうのもあるし、こういうのもあるよねみたいなことを分かった上で会話ができたら、
私はこの中でもここが好きなんだけどみたいな、
自分はここが好きみたいな話をお互い分かり合って話せたら、
いや、なんでそこの魅力良くないみたいな話が、
例え理解してもらえなかったとしても、
そういう楽しみ方もお互いあるよねって思えることが大事だと思う。
それって解像度のレイヤーの理解の話だと思うんですよ。
山みたいな話があって、
いろんなこういう楽しみ方、こういう楽しみ方っていうレイヤーがあってみたいな、
そのレイヤーの種類があることを理解した上で、
今ここの話をしてるよねみたいなこととかができることとか、
あるいはそれに対してなんかちょっと面白いなと思ってもらえることがすごく大事だと思って、
この解像度のレイヤーが全然違うと、
いろんな物事に対してですよ。
深きでいいってもんでもないと思うんですけど、
深い側の人は浅い人に合わせる努力が必要だとは思いますよ。
浅い人から見たときに深いことの話が全くわからんみたいな感じになるとしんどいじゃないですか。
例えば僕はご飯食べるのがすごく好きで、
そのご飯にまつわるいろんなもの、
例えば食の歴史もそうだし、食材みたいなものに対してどうかみたいな話が詳しくないけど、
そこに付随するいろんなものが面白いと思ってるんですよ。
自分が分かる範囲、自分が経験してる知識から見たときに、
これをどう解釈するかとか、
どういうふうに今の自分の体験、経験として、
記憶に蓄積するかっていう棚のしまい方みたいな話に、
味が美味しいもあれば、
それに合わせたお酒のこれの組み合わせが良かったみたいな話もあれば、
お店の体験、サービス的にどうだったかもあるし、
これを食べるときの自分の感情とか状況みたいなものにも
全然左右されるような、みたいなことによって、
いろんな切り口があるよな、みたいな話をしたときに、
全部が理解できなくても、
そういうレイヤーで話をしてるんだなってことがまず伝わってほしいんですよ。
気がせたかいな。
うまく説明できてるか分かんない。
分かってる。
それは奥さんと合うよねってところじゃないですか。
そう、中身が全部理解できなくても、
そういうエリアがあるんだってことだけでも分かってくれるかどうか。
それって解像度の話だと僕は思ったんだけど。
ちょっとうまく説明できなかったかもしれないんだけど、
趣味が合う、この音楽が好き、このバンドが好きみたいな話よりかは、
物事をどう見ているかっていうレンズの方が
マッチングするときに、
マッチングする上で大事なんじゃないのって思った。